中国に現る! 最強の恐竜ハンター
ニューズウィーク日本版 1月6日(金)17時37分配信
中国各地で次々と化石を発見する古生物学者、徐星が、恐竜の進化と移動に関する従来の学説を根底から覆す?
ローレン・ヒルガース(ジャーナリスト)
北京から南東へ600キロ。山東省のひなびた地方にある飛行機の格納庫で、古生物学者の徐星(シュイ・シン、42)はほろ酔い加減の観光客をぼんやり眺めていた。
観光客は靴を脱いで座り込み、ハドロサウルスの巨大な大腿骨をカメラに収めようとしている。9900万年前の白亜紀後期に生息したアヒルのような平たい口部を持つ草食恐竜の化石だ。
骨は高さ約1.5メートル。中国語で「恐竜の化石をなでてみよう」と書かれた表示がある。地元では恐竜の骨に触れば幸運が訪れると信じられている。
中国は近年、恐竜の化石の発見ラッシュに沸いている。なかでも徐が発掘を手掛ける山東省の諸城市は、最新かつ最も重要な化石発掘場だ。格納庫からそう遠くない場所にある発掘溝をのぞくと、砂岩の表面に巨大な骨が無秩序に散乱している。
諸城市はおそらく、世界最大の恐竜化石の宝庫だ。徐は世界の誰よりも、重要な化石発掘に関与した恐竜ハンターと言えるかもしれない。「徐星は恐竜研究の歴史上、最も多くの新種を紹介した」と、米ペンシルベニア大学のピーター・ドッドソン教授は言う。徐本人は発見した新種の数を正確には覚えていないが、「30ぐらい」だと言う。
徐は過去15年間、遼寧省で羽毛のあるドロマエオサウルス、新疆ウイグル自治区で肉食恐竜の獣脚類、内モンゴル自治区でダチョウに似たシノオルニトミムスの発見に関わった。いずれも恐竜の生態と進化をめぐる従来の学説を書き換えるだろうとみられている発見だ。
「中国は広大な国で、化石の埋まった岩が大量にある」と、諸城市で3年間発掘調査に携わったイギリスの古生物学者デービッド・ホーンは言う。
■始祖鳥は恐竜だったのか
北米大陸では三畳紀後期(2億2800万~1億9960万年前)、ジュラ紀後期(1億6110万~1億4550万年前)、白亜紀後期(9950万年~6550万年前)の化石が数多く発見されているが、その中間期に生息した恐竜の化石はほとんど見つかっていない。
ホーンによれば、中国の化石は恐竜の進化と移動の「時間的空白」を埋める貴重な手掛かりだ。北米、アジア、ヨーロッパの恐竜の類似点から、かつて存在した古大陸を恐竜がどう移動したかが分かる可能性がある。
遼寧省と新疆ウイグル自治区の化石は鳥類の起源解明に役立ちそうだ。徐は、現代の鳥類は恐竜から進化したと考えている。
徐の最新の発見の1つで、シャオティンギア・チョンギと命名されたニワトリぐらいの大きさの恐竜は、長いこと鳥類の祖先とされてきた始祖鳥の分類を見直すきっかけになるかもしれない。始祖鳥も「羽毛恐竜」の一種であることを示す証拠がシャオティンギアだと、徐は主張している。
化石の発見ラッシュは、徐の国際的名声を高める役割も果たした。出身はカザフスタンとの国境に近い新疆ウイグル自治区のイリ・カザフ自治州。北京大学に入学する際、古生物学科に振り分けられたが、恐竜についてはまったく無知だった。
「入学許可証を見せた高校の先生も古生物学を知らなかった」と、徐は言う。「先生は『たぶん新しい学科で、ハイテクかなんかの学問だろう』と言った」。徐はコンピューターを学ぶのだろうと思って大学に向かった。
彼は古生物学をなかなか好きになれなかった。大学院への進学を希望したのは、北京に住み続けるための方便だった。ようやく興味を持てるようになったのは、古生物学科に奇妙な化石が集まるようになってからだ。
彼はトリケラトプスの仲間である小型の角竜の化石と出合ったときのことを、今もよく覚えている。「その瞬間、自分は古生物学者になるために生まれてきたのだと思った」
■研究室は化石でいっぱい
徐はレベルの高い国際的な学術誌に論文を発表するために英語を学んだ。「90年代には、中国でも重要な化石がいくつか発見されていた。しかし、世界的な注目を集めることはなかった。論文はすべて、中国の学術誌に発表されただけだったからだ」
言語の壁だけではなく、研究スタイルの違いも大きい。中国では専門家同士の議論や相互批判、検証の伝統がない。世界の潮流に乗り遅れた理論や研究手法も目に付く。
中国で初めて恐竜が発見されたのは1920年代。だが、その後の数十年間は、少数の専門家がまともな支援体制もないまま、細々と研究を続けていた。
今は国際協力の枠組みが整い、幅広く資金を集められるようになった。「以前は中国で得られる補助金は年間1~2件だけだった。今は9~10件になった」と、徐は言う。
中国の急速な経済成長も古生物学の発展を後押しした。建築工事の増加で化石を発見する機会が増えたのだ。徐が大学院生だった頃、研究に使える化石の量はごくわずかで、状態のいい標本はベテランの学者が独占するケースも多かった。
だが現在、徐が所属する中国科学院古脊椎動物古人類学研究所の研究室は化石でいっぱいだ。「ティラノサウルスの化石を徐のオフィスで見たんだ」と、ホーンは言う。「『私は忙し過ぎる。もしあなたがこれを研究したければ......』と彼は言った」。ホーンは即座にイエスと答えた。
古生物学者は20年以上前から諸城市に化石が出る場所があることを知っていたが、その規模の大きさに気付いたのは08年に巨大な化石群を偶然に見つけてからだ。それ以来、深さ300メートルの発掘溝からは、ホーンが研究した体重6トンのティラノサウルスの近縁種(白亜紀後期のチューチョンティラヌス・マグヌス)をはじめ、新種の恐竜9種が発見されている。
■古大陸の謎を解くカギ
化石の採掘場は龍骨澗(竜の骨の村)という村の郊外にある。この周辺では何百年も前から化石が見つかっていた。
この採掘場は規模が大きいだけでなく、埋まっている骨の量も多い。「なぜ(恐竜の)化石がこれほど多く集まっているのか、私には見当もつかない」と、ドッドソンは言う。
その理由はまだ謎のままだ。徐は地滑りが恐竜たちを押しつぶし、骨を散乱させたとみている。ホーンは恐竜の死後、大規模な洪水か泥流によって骨がここに運ばれたと考えている。
諸城市の主発掘溝には、ハドロサウルスの化石が大量にあった。だが研究者を興奮させているのは、採掘場全体にまばらに埋まっているチューチョンティラヌス・マグヌスの骨だ。
完全な骨格はまだ未発見だが、最も重要な上あごの骨は見つかっている。「ティラノサウルス類は上あごの骨に明確な特徴がある。この化石は(北米の)ティラノサウルス・レックスに極めて近い」と、ホーンは言う。
大型の角竜シノケラトプスもアジアで初めて見つかった。北米で発見された恐竜の多くがアジアでも見つかっていることから、両者は白亜紀後期には陸続きだったと考えられているが、アジアで大型角竜の化石が発見されないことがこの説の弱点になっていた。だが、シノケラトプスの発見で問題は解決されたと、徐は言う。
この発見は、今後さらに多くの恐竜が見つかる可能性が高いことを示している。「極めてよく似た種が両大陸にいる。その1つが見つかったのだから、ほかの種も見つかるはずだ」と、ホーンは言う。
諸城市の発掘溝を歩く徐は、これからも多くの発見が続くと確信している。まだ名前が付いていない恐竜の化石の前で足を止めた。岩の中から骨格が突き出ている。「こいつはとても奇妙な恐竜だ」と、彼はうれしそうに言う。「科学者はいつだってとんでもなく奇妙な恐竜を見つけたくてたまらないんだ」
(ニューズウィーク日本版9月7日号掲載)
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最終更新:1月6日(金)17時37分