※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

267 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 22:20:43.37 ID:AxlAC0oe0
ハンバーガーが二つ。ストロベリーシェイクが一つ。ポテトのMが一つ。

よし、後は復唱するだけ。

「ご注文の確認をさせていただきます。ハンバーガーがお二つ、ストロベリーシェイクがお一つ、ポテトのMがお一つ。以上でお揃いでしょうか?」

「はい」

よし、うまくできた。
ホッ、と肩の荷が下りそうになるが、まだまだ。これからが本番みたいなものだ。
まずは打ち込んだハンバーガーが上がるまでの時間、シェイクを作っておく。
シェイクができあがったらトレーに置き、ストローを横に添える。
ここまでの間に、ハンバーガーがシューターから下りてきているのを確認、すばやく受け取り、ポテトを準備する。
ここまで一分弱。お客様を待たせることもなかったようだ。

「大変お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

最後に一礼。ここまでが、一人のお客様に対してのおもてなしだ。
だが、ここで動きを止めている暇もない。次のお客様が待っているからだ。
額の汗を拭い、満面の笑みで挨拶をする。

「いらっしゃいませ!」

唯ちゃん、澪ちゃん、りっちゃん、梓ちゃん。

私、いますごく楽しいです!

277 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 22:30:11.88 ID:AxlAC0oe0
「それじゃあ、お疲れさまです!」

「「お疲れさまです」」

バイト仲間に挨拶をし、今日の私のバイトは終了した。
店内から出ると、既に傾き半分以上姿を隠している太陽が、名残惜しげに山肌から顔を覗かせている。
今日も一日が終わる。
週に三日ほどだが、私は一ヶ月ほど前からバイトを始めた。
全国どこにでもあるハンバーガーショップが私のバイト先だ。
新入りの私にも優しく仕事を教えてくれる先輩ばかりで、とても楽しい。
店長さんなんかは、「ほら、今日のおみやげは何がいい? ご両親に持っていきな!」
なんて言って、ハンバーガーを十個ぐらい包んでくれるぐらいのいい人だ。よくわからないけど。


…自分で言うのもなんだけど、私は今まで箱入りの生活を送ってきていた。
外の事なんてあんまり知らないし、気にもしなかった。駄々をこねたこともあまりないし、欲しかったものはなんでも手に入った。
それが当たり前だと思っていた。いや、それ以外はないものだと思っていた。
けれど、高校に入ってからその価値観は大きく塗り変えられることになった。
部活、そして本当の意味での友達。
みんなが居てくれたから、私はこうやって変われた。
自分が働いた分、お金が入ってきた時の衝撃といったら、嬉しくて思わず泣いてしまったほどだ。
そのお金は家族のために使ったり、部活の時のお菓子をこっそり自分で調達して使ったけど、それでいいと思う。
きっと、バイトで私が得たかったものはお金ではなく、もっと別のモノだと思うから。

290 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 22:38:01.79 ID:AxlAC0oe0
「・・・あ、早く帰らなくっちゃ!」

早く帰らないと心配して迎えが来ちゃうからなぁ・・・
まだもう少し、あの綺麗な夕日を見ていたかったけど、残念。私は歩き出す。

薄ぼんやりとした町並みを、てくてくと歩いていく。
すごく充実した毎日。すごく楽しくて、すごく嬉しくて、でも・・・ちょっとだけ悲しい。

「あと・・・一年ぐらいしかないのか・・・」

今、軽音部では、梓ちゃんを除いてみんな二年生。
もうこんな日々も一年とちょっとしかないなんて、あまりにも短い。
お茶会も、練習も、ライブも、きっと今までのようにはできなくなってしまう。

ああ、やっぱり私はわがままなんだなぁ。
今私が持っているどんなものを使ってもどうしようもない事を、どうやってか変えようとしている。
手には入らない物はない。そんな過去からくる、どうしようもないワガママ。
星に手を伸ばしたって、掴めるはずもなく、その手は空(から)を握るだけ。
そんな空虚な気持ちが、私の心を埋めている。

「はは・・・今から考えても仕方ないか」

ちょっとだけ言い訳して、ちょっとだけ気持ちを前向きにしてみる。
そう、物は考えようだ。一年ちょっとではなく、まだ一年もあると考えてみればいい。
毎日を必死に生きよう。そして、毎日を楽しく生きよう。そうすればきっと、未来は明るいから。

297 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 22:45:19.23 ID:AxlAC0oe0
「ねーねームギちゃん」

「ん? どうしたの唯ちゃん」

放課後のティータイム。みんなで談笑している場で、唯ちゃんが私に耳打ちしてきた。

「最近ちょっと元気ないみたいだけど・・・なにかあったの?」

…なにか、か。

「ううん。何でもないよ。それより、早くしないとシフォンケーキ無くなっちゃうよ」

「ああ! りっちゃんそれ私の!」

「へへーん! こういうのは早い者取りなんだよ! 悔しければ」

「律! 行儀悪いぞ!」

いつもの光景が、そこにはある。
とても楽しい、大事な空間。
唯ちゃん、澪ちゃん、りっちゃん、梓ちゃん、さわ子先生・・・
さっき唯ちゃんに心配されてしまった『元気のなさ』を増長させる原因が、その大事な仲間たちだなんて、とても言えない。
きっとみんな困ってしまうだろうから。私が、将来が怖いなんて言うと。
駄々をこねる子供をどうやって落ち着かせればいいのか分からない親のように、きっと、何も言えないで立ち尽くしてしまうのだろう。
そんなのは嫌だ。だから私は、

303 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 22:49:34.72 ID:AxlAC0oe0
「ほら唯ちゃん、泣かないの。私の分あげるから」

「ほんと!? ムギちゃん優しい~」

こうやって、何もないかのように装うしかないのだ。
未来は明るい、か。昨日までそうやって考えれていたのに、幸せを感じてしまうとまた戻ってしまう。

「・・・ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」

そう言って席を立つ。きっと、今の私は泣きそうな顔になっているだろうから。
談笑の輪を背に向けて、ドアに向かって歩く。
ああ、声が遠い。けど、近づきすぎると離れるのが怖い。

ーーなんて矛盾。自分でも何が怖いのか、まったく分からなくなっているではないか。

323 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:10:22.35 ID:AxlAC0oe0
「紬ちゃん! 注文間違えてるよ!」

「す、すいません!」

やってしまった。
仕事中もずっとあの事が頭に張り付いて、全く集中できていない。その結果がこれだ。
カウンターへと走り、お客様へ急いで説明、そして謝罪。

「大変申し訳ありません! 急いで作りなおしますので!」

そして再び作業へと戻る。この前までものすごく楽しかったバイトが、今は苦痛になっていた。
なんでこんなことしているんだろう。あの充実感はどこへ行ってしまったのだろう。そんなことばかり考えてしまう。
意識が手元ではなく、頭の方へと向かってしまう。

なんで? なぜ?

そんな答えのでない問答を一人でしているうちに、いつの間にか私は店の外にいた。
いつの間にかバイトは終わっていたらしい。真正面に見える夕暮れが、とても眩しい。
誰も悪くないのに、誰も責めていいはずないのに、なんでこんなに、イライラするんだろう。
私が泣きたくなるほど心配なのに、なんでみんなは笑っていられるんだろう。不思議だ。本当に。
ああ、なんだろうこの気持ち。何かに、何かにぶつけないと、壊れてしまいそう。


328 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:19:12.12 ID:AxlAC0oe0
グルグルと暗いイタチごっこを頭の中でしていると、ドン、と誰かにぶつかった。

「す、すいません・・・」

「・・・」

相手の男の人は無言だった。とても背が高い人で、私なんか食べられちゃいそうなぐらい。
…今は悩んでいるけど、ここで終われたらそれは幸せなんじゃないだろうか?
それが幸せなら、それでいいのなら、いっそ食べられたい。ここで、終わりたい。
そんな訳の分からない考えばかり浮かんできてしまう。私、どうしちゃったんだろう。ほんとに。
何に対してなのかわからない自嘲をしながら、男の人の横を通り抜ける。・・・早く帰って寝よう。

視界の横から男の人が消え、その存在を忘れようとした。

すると突然、腕を後ろに引っ張られた。

「・・・え?」

急に腕を引かれ、バランスを崩した私はたたらを踏んでしまう。
倒れる。そう感じたが、私の体は倒れることなく、誰かに受け止められた。

「す、すいま、せん・・・」

さっきの男の人だった。何故だか知らないが、とても動揺しているように見える。
腕を引っ張ったのもこの人だろう。けど、なんのために?

330 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:25:41.55 ID:AxlAC0oe0
「あの・・・そこの店で働いている人ですよね・・・?」

「え、あ、はい」

「あの・・・自分、店の外から貴女のこと見て・・・その・・・ちょっと気になって・・・」

なんだか要領を得ないしゃべり方をする人だった。
それと、体つきと中身があんまり一致していないなぁ、とも感じた。
男の人はおずおずと喋っている。視線もあまり固定されていないで、キョロキョロとあたりを見回している。

「あの・・・自分こういうの慣れてないんで、すいませんけど、あの・・・お茶とかどうですか?」

「お茶・・・ですか?」

「はい。あ、代金は自分持ちますんで・・・ちょっとつきあってもらうだけでいいんで」

…なんだかよく分からない人だ。これが俗に言う「ナンパ」というやつだろうか。
この状況、果たして喜ぶべきかどうするべきか。ふつうに考えて、あまりついていくような状況ではない。
でも、疲れていたか悩んでいたかどうかわからないけど、なんだかその時の私には、知らない人とのお茶というものに、すごく興味がわいた。

「・・・いいですよ」

「あ、嫌ならその・・・嫌って・・・え?」

「だから、お茶行きましょう? すぐそこの喫茶店が美味しいケーキ置いてるんですよ。さ、早く!」

334 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:32:56.61 ID:AxlAC0oe0
喫茶店の奥の席。学校帰りの学生の姿もだいぶ少なくなった店内で、私は知らない男の人とお茶を飲んでいる。
うん。やっぱり疲れたときは甘い物がおいしい。とくにこのティラミスなんて舌触りが最高だ。
…ちらり、と男の人の様子を伺い見る。
さっきもどこか様子がおかしかったが、今はそれがさらに悪化して、完全に動きが固くなっていた。
警戒とかそういう感じではなくて、なんというか、本当に緊張している様子だった。

「美味しいですね。このティラミス」

「あ・・・? は、はい! すごく、美味しいです!」

私が話しかけると、飛び上がるように反応を返す。
そして忘れていたかのように紅茶を一口。一息ついてから小さくカットしてティラミスを口に運ぶ。
どうやらこの人は、外見とは違って中身は非常に繊細な人のようだ。む、外見とは、は失言かもしれない。

「あの・・・すいません。いきなりこんなとこに誘ってしまぅて・・・迷惑じゃなかったですか?」

男の人はようやく緊張が解けてきたのか、相変わらず声は小さいが、どもることなく私に尋ねてきた。

「ぜんぜん大丈夫ですよ」

「そ、それはよかった・・・」

そしてティラミスを一口。
…この人、なんかかわいいかもしれない。

336 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:40:05.16 ID:AxlAC0oe0
…しばしの無言。紅茶を飲み干してから、私は何故声をかけられたのか聞いてみることにした。

「あの・・・一つ聞いてもいいですか?」

「は・・・はい、なんでしょう」

「最初に聞くべきだとは思うんですけど・・・何で私を誘ったんですか?」

この言葉に、男の人は明らかに体を固くした。そしてだんだんと顔が赤くなってくる。
あ、やっぱりこの人おもしろい。私はそう確信した。
男の人は顔を赤くしながら、ゆっくりと話し出す。

「あ、あのですね・・・一言で言っちゃうと・・・貴女のことが・・・貴女に一目惚れというか・・・」

段々と小さくなってくる声。完全に最後の方は尻すぼみになってしまっていた。
…というか、彼はなんと言っただろうか? 一目惚れ・・・?

ボッと、自分の顔も彼に負けないぐらいに一瞬にして赤くなった。
そうだ、なんの用件もなく男の人が女の人に声をかけてお茶なんかしないに決まっている。
それなのになんで今まで気づかなかったのか・・・自分の鈍感さに少々呆れてしまう。
いや、それよりも、こう、こういう場ってのは、答えを出さなきゃいけないのだろうか?
なにぶん経験がないから、赤くなってモジモジしているぐらいしかできない自分が余計に恥ずかしい。

341 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:47:26.30 ID:AxlAC0oe0
「そ、それでなんですけど・・・段階すっ飛ばしてんですけど・・・オレと・・・もしよければでいいんですけど・・・
 その・・・嫌じゃなかったら、嫌じゃなかったらでいいんで、付き合ってもらえませんか?」

「ああああああああの」

「・・・はい?」

「わわわわわ、私も、その、け、経験がなくて・・・その・・・」

「い、嫌だったらその、無理しなくても・・・」

「い、嫌とかそういうことじゃなくて・・・その・・・あの・・・」

言葉が出てこない。緊張で完全に取り乱してしまっている自分がなんだか自分じゃないみたいで、でもそれは確実に自分自身で。
なんとかがんばって頭から言葉を出そうとするけれど、あの、その、なんて言葉ばかりが口から出てくる。
ああもう、なにやっているのよ私。さっきから身振り手振りばかりじゃないか。せめて、何か一言でも…

「・・・その、ですね・・・」

「・・・はい」

ようやく間を持てる言葉が出てきたので、一旦深呼吸。よし、落ち着け私。
…付き合うということが、どういうことなのかまだ私はよくわかっていない。
でも、澪ちゃんとか梓ちゃんとかを見ていると、きっと二人で居れてとても楽しい人となら、付き合ってもいいのだろうと思う。
そういう意味では、目の前の彼は、なんというか、安心できる。
中身が小動物というか・・・なんか守ってあげたくなるというか・・・
よくわからないけど、悪い印象ではない。

349 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/07/31(金) 23:54:14.99 ID:AxlAC0oe0
…恥ずかしながら、十七年間生きてきて、彼氏という存在は今まで一度もできたことがない。
この出会いをきっかけにするというなら、それは悪くはないだろう。
…でも、

「・・・貴方は悪い人じゃなさそうです。だから、付き合ってもいいかな、と思います」

「ほんとですか!?」

「・・・けど、まだあんまり早すぎると思いますから、まずはお友達から」

違う。口ではそう言っているけど、心は違う。
誰でもいいから、内側の叫びを外に出したいと暴れている。その叫びは、さっきまでの悩みと同じ苦しみ。
付き合って・・・もし、別れたら?
辛くて、泣いて、後悔して、きっと、付き合わなきゃよかったと思うはず。
だったら、これ以上自分の苦しみを自分で拾いになんて行きたくない。
なら、最初からこうやって逃げるしかない。例え心が泣いていても、私は耐えるしかないのだ。

「そう、ですか・・・」

彼は少し残念そうだったが、どことなく嬉しそうな雰囲気が出ていた。
たぶん、彼はフられた分類に入るのに、何故そこまで嬉しそうなのだろうか。
心が傷つくのは、すごく辛いことなのに。
彼は少しの間だけうつむいていたが、すぐに顔を上げ、

「じゃ、じゃあ・・・これから、少しだけデートしませんか」

私にそう提案してきた。

354 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:00:38.81 ID:PMsiRbMg0
「ここ、すごく綺麗でオレのお気に入りなんです。まあ、あんまり一人で来る場所じゃないですけどね」

彼は照れくさそうに頭をかいている。
そんなことはないだろうに。この観覧車の装飾は、私もとても美しいと思う。

「乗ったことはないんですけど、なんだかこの光を見てると不思議と安心できるんです」

まっすぐに光の華を見上げ、彼はそう言う。
大きな観覧車はゆっくりと回転し、大空を舞っているようにも見える。
ああ、確かにこの光の下にいれば、自分の居場所が見えてくるような気持ちになってくる。
…見ているだけっていうのも、何か物足りない。

「じゃあ、乗りましょうか」

「はい、そうですね・・・って、え?」

「ほら、早く早く!」

少し前は彼が私の腕を引いたが、今度は私が彼の腕を引いた。
とても大きくて重いが、一度引いたら彼は簡単についてきてくれた。
二人で無人の観覧車へと乗り込む。中はあまり広くなく、体が大きい彼は若干狭いようだった。

「大丈夫ですか?」

「はは、こういうのは慣れてますから」

なんだか、頭を屈めながらそういうことを言っている彼がとてもおもしろくて、私は思わず笑ってしまった。

356 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:05:48.79 ID:PMsiRbMg0
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

「ご、ごめんなさい。なんだかおかしくって・・・」

ああ、本当におかしい。こんなことでこんなに笑ってしまうなんて。
ギシギシと歪みながら空へと登る観覧車。その中で、初めてあった男の人と二人で笑い合っているなんて、いったいどんな状況だろう。


「でも・・・想像通りのいい人でよかった。声をかけただけでも正解でした」

「そんな・・・結局フっちゃいましたし」

「はは、いいんです・・・お知り合いになれただけでも、オレは十分ですよ」

彼は窓の外を眺めながら、横顔にほんの少しの哀愁を漂わせながら、自分に諭すようにそう言った。

…本当は、違うのに。

「・・・本当は」

知らず、言葉が出ていた。

「・・・え?」

「本当は、怖かったんです」

358 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:11:42.31 ID:PMsiRbMg0
「貴方が怖いとかじゃなくて、私は何かを失うのが怖いんです。
 付き合って、二人でおしゃべりして、買い物に行って、ご飯を食べて、笑い合う。きっと、すごく楽しい。
 ・・・けど、その先は?」

「・・・その、先?」

「その先、ずっと先。お互いに関心が薄くなって、別れたら?
 きっと、そのときはいままでの思い出とか、お互いのプレゼントとか、そういったものが全て苦痛に変わっちゃうんです。
 思い出すだけで胸が苦しくなって、見るだけで泣きたくなっちゃう。
 想像しただけで、私は苦しいんです」

誰にも話していなかった私のウチガワを、今日会ったばかりの男の人に話している。
誰にも話すつもりなかったのに、ずっとウチガワにとどめておくつもりだったのに、

なんでこんなに、勝手に口が動くんだろう。

「ずっと幸せでいたい。それだけが私の願いなんです。ケンカしたっていい。仲直りすれば。
 病気にかかっても治せばいい。でも、別れたら・・・? 会えなくなったら・・・?」

だって、怖かった。自分の中身がこんなに歪んでいるなんてこと、みんなには言えなかった。
私の世界の中にいる人たちに、こんな醜い自分がいるなんて知って欲しくなかった。

359 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:16:25.14 ID:PMsiRbMg0
「今すごく楽しいことをしていても、私の頭の中はそればっかりなんです。
 未来の、いつ来るかもわからないそんなあるのかもわからない恐怖に怯えていて・・・
 自分から傷つく場所に飛び込んでいくぐらいなら、私は今のままの方がいい。
 そうすれば、これ以上未来の私が傷つくことはないから」

…そう、だから付き合えない。だって怖いから。傷つきたくないから。

「だから、ごめんなさい。貴方とは付き合えません。これからも、仲良くーー」

一言謝り、それで終わり。お友達とはいったけど、もう多分次にあったときは私は逃げてしまうだろう。
だって、ウチガワを見せてしまったから。だから、これでもう・・・

「・・・そんなの」

…え?

「そんなの、間違ってる」

さっきまで、無言だった彼が、とても優しい表情をしていた彼が、今はとても悔しそうな表情で怒っている。
…何のために?

361 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:22:37.26 ID:PMsiRbMg0
「だって、そんなの、悲しいじゃないか」

「・・・悲しくなんて。将来来る悲しみに比べたら、なんてことないです」

「いいや。違う。だって、悲しみってのは、嬉しさの裏側なんだから。
 嬉しさが回ってこない人には、悲しみも回ってこない。どっちともない人は・・・たぶん、それが一番辛い」

「・・・貴方にはわからないですよ。私の気持ちは。
 友達とのおしゃべりが、自分を蝕んでいる私の心は」

「わかりませんよ。けど、貴女の考えが間違えてるっていうのはよくわかります。
 そうやって怯えていたら、いずれ何もできなくなってしまうでしょう」

「そんなこと、ないです」

「・・・ありますよ。 貴女だって・・・分かっているでしょう?
 だって、貴女・・・

 いますぐにでも、泣き出しそうな顔してるじゃないですか」

366 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:29:46.53 ID:PMsiRbMg0
「ッ!・・・泣きそうなんて、そんなこと」

「じゃあなんで、オレとお茶してくれたんですか。幸せが怖いなら、新しく出会いなんて求めないはずです」

「・・・それ、は」

「本当は、幸せが恋しいんですよね? なにも考えないで、ただ笑っていられる生活が欲しいんですよね?」

「・・・違う」

「・・・」

違う、違う、違う。
私は、幸せなんか欲しくない。あと一年なんて考えながら生活を過ごしたくない。
もし誰かが死んじゃったら、なんて考えたくない。誰かが転校しちゃったら、なんて考えたくもない。
だから、だから、私はそんな恐怖を感じたくないから、幸せなんか欲しくない。
そしたら一年後、きっと最低限の悲しみで済むはずだから。だから、幸せなんて、いらない。
…いらないのに、いらないって自分で言い聞かせてるはずなのに、なんでこんなにもーー

「・・・怖いのは、嫌です」

なんで、こんなに、

「苦しいのは・・・もっと、嫌です」

「・・・」

「でも・・・でも!」

あふれる涙が、止まらないんだろう。

373 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:34:58.11 ID:PMsiRbMg0
「みんなとのつながりを無くしたくない! みんなともっと触れあっていたい!
 でも、みんなも都合とかあるし、いつだって集まれる訳じゃないし、でも時間は過ぎていく・・・
 集まれなかったとき、私はいつまでも悲しいのに、みんなは笑っている。なんで? 悲しくないの?
 こうやって悩んで、悩んで! でも答えが出なくて、だったら、拒絶するしかないじゃない!」

「・・・拒絶して、今、どうなってるんですか?」

「・・・ッ!」

なんでだろう。この悲しみは。どこから、来ているのだろう。
関わりを断っている時の話をしていて、それが私の理想だったはずなのに。
だったら、こんな気持ちになることはないはずなのに、なんで、こんなにも胸が苦しいのだろう。
ああ、認めたら、たぶん崩れちゃう。

「わ、私はーー」

でも、

「私はーー!」

やっぱり、

「みんなと会いたい! 仲良くしたいよ! でも怖いよ! どうしたらいいのかわからないよ!」

384 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:42:31.63 ID:PMsiRbMg0
「あ・・・うぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁん!!」

崩れた堤防は止まらず、私は声を上げて泣いた。
どうしたらいいのか、もうわからない。いままで作ってきていた道が崩れ、先が見えなくなってしまった。
怖い。怖い。怖い。
誰か、誰か助けて・・・

「いつだって、会いに行ける」

彼が、何か言っている。

「呼べば飛んでいく。絶対一人になんかさせない」

言葉の意味を理解できるほど頭が働いていない。けど、なんだかその言葉がとても温かいものに感じる。
気がつけば、私は彼の胸に飛び込んでいた。
力強く抱きしめられる。私は彼の胸に顔を埋めて、泣いた。

「いつだって話を聞く。悩みだってなんだっていい。
 突然オレのところに来たって構わない。だから・・・もう泣かないで」

「う・・・ぐすっ。・・・でも」

「オレが! 悲しみなんて感じさせないくらいに幸せにする! 未来に不幸が何一つ見えないぐらい愛する!
 ーーだから!」

「・・・だから?」

「だから、オレと付き合ってください!」

387 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:47:00.47 ID:PMsiRbMg0
…静か。とても静かだ。
せまい観覧車の中、二人で寄り添って座っている。
彼は更に体を縮めて、精一杯スペースを確保してくれている。
席の真ん中には、私と彼が手を重ね合わせて置いている。

「・・・本当に、いつでもかけつけてくれる?」

「・・・うん」

「・・・いつ来ても、文句言わない?」

「・・・うん」

「重いなんて、思わない?」

「・・・うん」

「じゃあ・・・証明して」

「え・・・?」

「私が・・・貴方のものだって・・・証明して」

390 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:49:34.81 ID:PMsiRbMg0
重ねた手を、強く握り合う。

「・・・オレ、初めてだからうまくできないと思う」

「・・・私も」

お互いに顔を見合わせて、はにかみ合う。そしてそのまま私は瞼を閉じた。
観覧車の頂上、進むべき道を見失った私は、道をなくすと同時に、空を羽ばたける翼を手に入れた。
下を見ないように、高く高く羽ばたくのだ。そうすればきっと、恐怖なんて感じることはないのだからーー

394 :ぽんじゅーす ◆dmeDqVUA961G :2009/08/01(土) 00:51:58.23 ID:PMsiRbMg0
エピローグ

「というわけで、この人が私の彼氏さんです」

「・・・どうも」

「もう、この前の饒舌っぷりはどこに行っちゃったの?」

「・・・いや、完全にキャラ忘れてたって言うか・・・うん」

「それにしても大きいな~・・・」

「本当だな・・・190近くあるんじゃないか」

「ムギちゃんムギちゃん」

「ん? どうしたの唯ちゃん?」

「心配ごと、なくなったみたいだね」

「・・・うん!」

~fin~