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「梓ちゃん梓ちゃん」
「どうしたの? 憂」
 いつもどおりの時間に登校して、いつもどおりの時間に教室に入ると、これまたいつもどおり席に座っていた憂が話しかけてきた。
 いつも思うのだけれど、憂は何時ぐらいに学校に着いてるんだろう?
「今日は私、食堂で食べるから」
「そうなの? それじゃ、私も一緒に行こうか?」
「だめだよ梓ちゃん。お姉ちゃんにお弁当作ってきたんでしょ?」
 その言葉に。
 憂の放った何気ない言葉に、私の動きが止まった。
 どうしてそれを知っているの? これは誰にも言ってないから知る由も無いはずなのに、一体どうして……。
 私の疑問に、憂はにっこりと笑って一言。
「だって、梓ちゃんお弁当を手に持ってるじゃない」
「あ」
 言われてハタと気付く。
 そう。私は今朝、唯先輩に食べてもらうために、家族にも内緒で台所を使い、お弁当を作ったのだ。そして、完成したものをハンカチで包み、中身が崩れないように両手で支えて、学校まで持ってきた。
 こんな大切なことをどうしてすぐに思い出せなかったのだろう? せっかく作ったのにそれを忘れてたなんてちっとも笑えない。最悪だ。
「それはそうと、梓ちゃん……」
「ん? 何?」
「その……、クラスの子から注目を浴びてるよ?」
「えっ」
 恐る恐る後ろを振り返ると、クラスの大半の生徒が私と私の持っているお弁当を興味深そうに見ている。
 失敗したな……。いつも鞄に入れているお弁当を大事そうに抱えてきたんだから、そりゃ気になるよね……。
 おまけに、近くで私たちの会話を聞いていた純ちゃんが「梓ちゃん、2年の平沢先輩にお弁当作ってきたんだって!」と叫んだせいで、更に注目を浴びてしまう。
 中には、「ヒューヒュー」「熱いねー」「これはもう夫婦だね!」とかなんとか、好き勝手言ってくれる子もいて、恥ずかしさがMAX状態になってしまった。
 恥ずかしさに耐え切れず、持ってきたお弁当を机の中に入れて、そのまま机に上に突っ伏してしまう。今日は一日このままで過ごそうかな……。
 いや、さすがにそれは不味いか。下手したら単位を落としちゃうし。でも、やっぱり恥ずかしいな……。
「梓ちゃん」
「なに?」
「お昼休み、楽しみにしててね」
 ――そんな憂の言葉が、やけに耳に残った。

 ☆☆☆

 で。
 授業の合間の休み時間に何度も何度も冷やかされたけど、それに耐えているとようやくお昼休みになった。
 と同時に次々に立ち上がっていくクラスの子たち。みんな、どこに行くんだろう?
 私の不思議そうな視線に気付いた純ちゃん。周りの子たちと目配せをして、にやにやと私を見てくる。
「私たち全員、今日は食堂でお昼ごはんなんだ」
「そうそう」
「へ?」
「だから、平沢先輩と二人っきりで甘~いランチタイムを楽しんでねー」
「夫婦なんだから、あ~んぐらいはしないとだめだよー?」
「いや、あ~んぐらいじゃ物足りなくて口移しで食べさせたりとか……」
「キャー! 熱々ー!」
「そ、そんなことしませんッ!」
 唯先輩にあ~んとか……、あまつさえ口移しなんて……そんな。考えただけで頭が沸騰してしまいそうになる。
『唯先輩、あ~ん』
『あ~ん』
『おいしいですか?』
『おいしいよ~』
『よかった、頑張って作ったかいがありました』
『うん。それとね? お願いがあるんだけど……』
『なんですか?』
『うん……、口移しで食べさせてくれないかな……なんて』
『いいですよ……んっ』
『んちゅ……れろ……』
 唯先輩の口に食べ物を送り届けてから、そのまま舌を侵入させて、口内を荒らす。
 唯先輩は、それに驚きながらも次第に目を閉じて舌を絡ませて――って何を考えてるんだ私は落ち着けクールになれ。
 ようやくイケナイ考えを振り払うと、目の前にはにんまりと笑った純ちゃん。
「お盛んですなー」
「ちちち違――――――――――――――うッ!!!!」
 大声で反論しても、純ちゃんはけらけらと余裕の表情。うぅ……勝ち目が無い……。
 絶望的な表情になった私を元気付けようとしたのか、純ちゃんは他の子たちに聞こえないように、
「ま、本当に妄想みたいになりたいっていうんならまずは素直にならなくちゃねー」
「なっ……」
 心を読まれたことに動揺している間に、純ちゃんは私から離れて、クラスの子たちと一緒に教室を出て行ってしまった。残ったのは憂と私だけ。
 あれだけ騒がしかった室内も、みんなが出て行ったことによって静寂が訪れる。そんな静寂を打ち破るようにして、憂が口を開いた。
「えっと……」
 憂が言い難そうにしているのは、私が反応しないからだろう。でも、しょうがない。さっきのショックからはなかなか抜け出せないのだから。
 まさか心の中を読まれるとは思わなかったし、しかもその内容が私の願望だらけのイケナイ妄想だったから、余計にダメージが大きい。
「そ、その……頑張ってね!」
 お姉ちゃんも頑張ってるから……と続けて、憂はそそくさと教室を抜け出していった。
 後に残されたのは私一人だけ。だだっ広い空間で何をするでもなく唯先輩が来るのを待つ。胸に宿るのは不安と、そして期待。
 今からでも逃げ出そうと思わないでもないけど、留まっていられるのはこの期待があるからだ。
 私の作ったお弁当をおいしいと言ってくれるのを期待して、私は唯先輩を待ち続ける。……それ以上に、不安で心臓が張り裂けそうだけど。
 というか、本当に唯先輩は来るのだろうか? 心配になってくる。
 憂は、絶対来ると言っていたけど、そもそも唯先輩とお昼ごはんを一緒に食べたことは無かったはずだ。それなのに、今日、このタイミングで来るの?
 そう考えていると、ドアの所に見慣れた姿が見えた。その人は、私以外誰もいない教室を、不思議そうに見回している。
「唯先輩、どうしたんですか?」
「いや、別に何も無いけど……」
「入らないんですか?」
「入っていいの?」
「はい」
「そ、それじゃ……」
 おずおずと、唯先輩は室内に入ってきた。視線はきょろきょろと動いて、まるで珍しいものを見たときみたいだ。
 ……まぁ、確かに珍しいかもしれないけど。
 そして、唯先輩は真っ直ぐ私の机に向かってきて、前の子のいすに座った。
「憂たちはどこに行ったの?」
「みんな食堂に行っちゃいました」
 私の答えに、そっかと返事をして、唯先輩は私の机の上に自分用と思われるお弁当を置いた。
 ……きた。
 ここで作ってきたお弁当を出さないと、『実は唯先輩にお弁当を食べてもらおうと思って』って言わないと。
「あずにゃん? どうしたの?」
「い、いえ……」
 机の下で握り締めた手がぷるぷると震える。緊張で背中が寒くなってきた。言わなきゃ、このタイミングで言わなきゃ。
「「あ、あの……ッ」」
 被った。
「せ、先輩からどうぞ」
「い、いや、あずにゃんから先に」
「そ、それじゃせーので一緒に言いましょう」
「う、うん」
「「せーの」」
 その言葉と同時に、机の中に入れっぱなしだったお弁当を机の上に置く。
「先輩にお弁当作ってきましたァッ!」「あずにゃんにお弁当作ってきたのっ!」
「「……へ?」」
 なんだろう……、聞き間違いかな? 先輩がお弁当を作ってきてくれたって言ったような気がしたんだけど……。
「聞き間違いじゃないよ」
「え」
「これ、あずにゃんに食べてもらおうと思って頑張って作ったんだ」
 言いながら箱を包んでいたハンカチを解いて、自由になったお弁当を私に渡してくる。
 ……食べてくれということですか、それなら。
「私も先輩に作ってきたので、よかったら食べてください――味は保障できませんけど」
 そう断りを入れてから、ハンカチを解いてから、お弁当を唯先輩に渡す。
 二人で顔を見合わせて、タイミングを合わせて、お弁当の蓋を開ける――

 ☆☆☆

「わぁ……」
 蓋を開けて真っ先に目に入るのは、箱の半分以上のスペースを使って作られているハートマークのオムライスだった。
 それだけでも充分恥ずかしいのに、ケチャップで書かれている『I LOVE AZUNYAN』という文字を見て、更に頬の紅潮が増す。
 その周りにはパセリがパラパラと降っていて、どことなくキラキラと耀いている気がした。
「先輩……これ……」
「えへへ、気合入れちゃった」
「恥ずかしいですよ……」
「そういうあずにゃんだって、ほら」
「わ、見せないでください!」
 対する私の作ったお弁当は、ごく普通の庶民のお弁当だった。
 違うところといえば、ハート型の楊枝を入れていたり、卵焼きをハート型にくりぬいていたり、ハート型に切り取った海苔をごはんに乗っけているぐらいだ。
 ……冷静に考えたら、これ、愛妻弁当だ……。
「あずにゃんからの愛妻弁当~っ」
「わ、わ、わ、そんな、愛妻弁当なんて言わないでください!」
「どうして?」
「ど、どうしてもですっ!」
「ぶぅ~、あずにゃんのいけず」
 ぶつくさ文句を言いながらも、ついに唯先輩は私のお弁当に手をかけた。
「それじゃ、まずはこの『ハート型の』卵焼きから食べようかな」
 なぜかハート型のという部分を強調して言う先輩。突っ込もうと思ったけど、不安と期待がそれをさせてくれなかった。
 そして、私が祈るようにして見つめている間に、唯先輩は卵焼きをぱくり。
「ど、どうですか……?」
「もきゅもきゅ……うん、おいしいよっ」
「ほ、ほんとですか!?」
「ほんとだよ~」
 よ、良かった……。卵焼きをハート型にくりぬいたのは今回が初めてだったから心配だったけど……おいしいって言ってもらえた……。
「で、でも、無理しなくていいんですよ? おいしくないなら素直にそう言ってくれても……」
 なのに、私の口からはそんな言葉が出てしまう。どうして信じられないのだろう。唯先輩がおいしいと言ってくれて、それがとても嬉しかったはずなのに。
 やっぱり、この不安は消え去ってくれない。
「本当においしいよ?」
 にこにこと、本当においしいものを食べたと言ってくれるけど、それが信じられない。信じたいのに、不安から疑心暗鬼になってしまう。
 唯先輩は、そんな私の顔を見て困ったような表情をしていたけど、不意に何かを思いついたように、口を開いた。
「それじゃ、あずにゃんも食べてみるといいよ」
「へ?」
「はい、あ~ん」
 ぽかんと口を開いた私に、唯先輩はお箸を持ってくる。私が口を閉じようとする前に、先端に摘まんだ卵焼きをさっさと口の中へと運んでしまう。
 仕方なしに、その卵焼きをもきゅもきゅと食べると、確かに、食べられるぐらいの味にはなっていた。
「どう? おいしいでしょ?」
「は、はい……」
 私がそう答えると、先輩はうんうんと大きく頷いて、そしてにっこりとした太陽のような笑顔を私に向けて、先輩の作ってきたお弁当を指差す。
「それじゃ、それを食べてね」
「はい」
 先輩のお弁当は、見た目にきれいに整っていて、明らかに私より美味しそうだった。
 先輩からの愛の告白をスプーンで平らにして、ハートに塗っていく。そして、スプーンでハートの一部をくりぬいて、その破片を口に運び――
「……美味し」
「ほ、ほんと!?」
「本当に、美味しいです」
「よかったぁ……」
 そう言って心底ほっとした表情になる唯先輩。まるでさっきの私みたいだ。
「で、でも、無理しなくて」
 本当にさっきの逆verになりそうだから、その前に唯先輩を黙らせることにする。
「それなら、先輩も食べてみればどうですか?」
 言いながら、スプーンを先輩の口へと持っていく。
「唯先輩、あ~ん」
「あ~ん」
「おいしいですか?」
「もきゅもきゅ……ほんとだ、おいしい」
「でしょ? 先輩はもっと自分に自信を持つべきですよ」
「そうだね~」
 ――それから、お互いのお弁当を交互に『あ~ん』で食べさせていたら、いつのまにかお弁当箱が空っぽになっていた。

 ☆☆☆

「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした~」
「ご馳走さま~」
「お粗末様でした」
 食後の挨拶をして、空っぽになったお弁当箱を片付けていく。時計を見てみると、そろそろチャイムが鳴る時間だった。
「美味しかったね~」
「そうですね、また食べたいです」
「それじゃ、明日も作ってくるね」
「私も作ってきます。今度はもっと美味しくなってるはずですから、楽しみにしててくださいね」
「うんっ」
 明日も作ってくると約束をしたところで、唯先輩が立ち上がった。そろそろ自分の教室に戻るのだろう。せめて教室の外までは見送ろう。
 そう思って唯先輩と一緒に教室を出ると、廊下にクラスの子たちが集まっていた。教室から出てきた私たちを見て、一斉に動きが止まる。
「あ」
「えっ?」
 ザ・ワールド、時よ止まれ。
 クラスの子たちは気まずそうに私から目を逸らした。その反応を見て、まさかと思い、冷や汗をかきながら、私は恐る恐る口を開く。
「えっと……、見てた?」
「…………ご、ご馳走様でしたっ!」
 ――一部始終を窓の外から見ていたクラスの子たちから、また冷やかされることになったのは、別の話。



Fin