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「私も後輩が欲しいなぁ……」
 まさか、なんとなく呟いた言葉からこんなことになるなんて――

 ☆☆☆

「それなら、今日一日私が後輩になってあげるよ!」
「……はぁ!?」
 いつもどおりのお昼休み。唯先輩と憂と一緒にお昼ごはんを食べているときにふと呟いた言葉に、先輩は思いもよらぬことを提案してきた。
「な、何言ってるんですか急に」
「ん~? あずにゃんが後輩欲しいって言うから、私が後輩になってあげようって」
「どうしてそうなるんですかッ! だ、大体、先輩が後輩になるってどうするんですか、授業とか!」
「さすがに学年を変えるのは無理だから、とりあえず立場だけでも変えてみようよ~。……梓先輩!」
「ッ……」
 あんまりな提案に何かを言おうかと思ったけど、最後の「梓先輩」という言葉に胸がドキリとしてしまって言葉が出せない。
 何でだろ……。どうして唯先輩に「先輩」と呼ばれただけで胸がどきどきするんだろう。どうして顔が熱くなるんだろう。どうして……。
「梓先輩? どうしたんですか?」
「……ハッ」
 私の意識がどこか遠くへ飛びかけたところで、唯先輩の声に引き戻される。
「な、なんでもないです。それより、その呼び方止めてください」
「え~? どうして? 面白いのに」
「違和感がありすぎてやり難いです」
「そんなことないよ~。楽しいからいいじゃんっ」
「だめです! 憂も、おかしいと思うよね?」
「うん? 別にいいんじゃないかな、楽しそうだし」
 私に対する同意を求めたのに、返ってきた言葉は唯先輩に同意するものだった。
 ……そうだった、平沢家の感覚は私のような常人には理解できないものだったんだ……。
 困った。これじゃ勝ち目が無い……。強情な唯先輩のことだから、私がいくら言っても止めることはあり得ない。
「それじゃ、多数決により今日一日私とあずにゃんの立場が逆転することになりました~」
「わぁ~い」
「ちょ、何勝手に決めてるんですかッ!?」
「いいじゃないですか梓先輩~、今日一日ぐらい楽しみましょうよ~」
「う……」
 この人は私がその言葉にどきどきしていることを知っているのだろうか。もし知っていたとしたら最悪だ。
「はぁ……。解りましたよ、唯先輩」
「違う違う! 唯、って呼び捨てにしなきゃ!」
「えぇ!?」
「だって、先輩が後輩に先輩って言うのは変でしょ?」
「それはそうですけど……」
 というか、一瞬何の話をしているのか解らなくなった。先輩後輩先輩と続くとやり難いなぁ……。
「だから、ほら、唯って呼んでみて?」
「うぅ……ゅ、ゅぃ……」
「もっと大きな声で~」
「ゆい……」
「もうひとこえ~」
「唯!」
「は~い、よくできました~」
 ようやく納得してくれたのか、唯先輩は私の頭を撫でてくれた。すると、火照っていた顔からすぅっと熱が出て行った気がする。やっぱり、先輩に撫でられると落ち着くなぁ……。
 そんなことを考えていると、背中に視線を感じる。なんだろうと思って振り返ってみると、全員が一斉に別の方向を向いた。それはもう、本当に首が捻じ曲がってしまうんじゃないだろうかと思うぐらいの勢いで。
「?」
 みんな、一体どうしたのかな……。いつも聞こえる話し声も何だかひそひそしてるし、しかもたまに私を横目で見てくるし……。
 私が反応に困っていると、遠くにいた純ちゃんがわざわざ近くまで来て――
「あ、梓ちゃん……。平沢先輩と付き合ってたんだね……」
 とんでもない爆弾を投下してくれた。
「は……、はぁ――――――――――――ッ!?」
 そのとき、校内に私の声が響き渡る。うるさいとかそういうのを気にする余裕も無く、ただひたすら叫び続けた。
 何を言っているんだこの子は。私と唯先輩が付き合っている? 一体何を根拠にそんなことを言っているんだ。どこからどう見てもただの他人ではないか。いや、他人というのも少しおかしいけど、ただの先輩後輩なのに。
 いや、追究は後にしよう。今は早く誤解を解かないと。噂好きの彼女のことだ、すぐに近くの子たちに話すだろう。そして、その子たちから噂に尾ひれや背びれ、その他諸々のひれが付いて最終的には私たちが結婚しているなんて話にもなりかねん。その前に――
「梓ちゃんと平沢先輩付き合ってるんだってーッ!」
 ……手遅れでした。
「えー?」「ほんとなの?」「それマジソース」「ヒューヒュー」「私は知ってたよ? キミたちは遅れてるね」「ヒューヒュー」「で、式はいつするの?」「もう初夜は済ませたの?」「なんだか知らないけどおめでとー!」
 ほら見ろただでさえ女の子はそういった話に食いつきやすいっていうのに、しかもこのクラスの子たちはそれの数倍食いつくっていうのに。案の定噂にいろいろなひれが付いてしまった。このままだと校内に広まるのは時間の問題だ。
 こんなことを考えている間にも、噂を広めようと教室を出ようとしている子がいる。早く対処しないと――

 ☆☆☆

「あ、あの!」
 唯先輩の手を引っ張り、ガタンとイスを蹴って立ち上がると、クラスの子たちの動きが止まった。教室を出ようとしていた子も、何事かと足を止めて私を振り返る。
 当然、急に引っ張られる形となった唯先輩もびっくりしている。驚いたように私の名前を呼ぼうとするけど、それを制して口を開く。
「私は、唯先輩と付き合ってはいません!」
「…………へ?」
 その言葉に、全員がきょとんとする。純ちゃんたちはもちろんのこと、唯先輩や憂も突然何を言い出すのだろうかという感じできょとんとしている。
 全員が動きを止めた今がチャンス。誤解を解くにはここしかない! ということで私は次々と言の葉を紡ぎだしていく。
「完全な誤解なんです! 私は唯先輩のことを呼び捨てにしたのは、唯先輩が私の後輩役をしてくれると言ったからなんです!」
「……どういうこと?」
「だから、今日一日、私と唯先輩の立場が逆転することになったんです! 先輩が後輩になって、私が先輩に。で、先輩が後輩のことを呼ぶときに『先輩』なんてつけたらおかしいでしょということで呼び捨てにしただけなんです!」
 ああもう自分が何を言っているのか解らなくなってきた。やっぱり先輩後輩先輩は頭がこんがらがってくる。
 みんなも私と同じように頭が混乱しているのか、よく解らないといった表情をしている。私もこれ以上続けるとわけが解らなくなるから、無理やり話をまとめにかかる。
「つまり! つまり、私は唯先輩と付き合っていません! ただの部活仲間なだけです!」
「…………」
 そして、場に静寂が訪れる。やがて、秒針が数回回った後に、純ちゃんが恐る恐る口を開いた。
「それって梓ちゃんだけが言ってることかもしれないよね。平沢先輩が黙っているだけで本当は付き合ってるんじゃ」
「そんなこと無い! それなら、先輩直々に言ってもらいましょう。はい、先輩」
 そう言って、未だにきょとんとしている唯先輩を前に出す。だけど、先輩は何を言っていいのか解らないのか、不思議そうな瞳を私に向けてくる。
 アイコンタクトで本当のことを言ってくださいと言っても、返ってくるのは不思議そうな瞳だけ。どうしたんだろう?
 不思議に思っていてもしょうがない。私は質問に答えてもらう形で先輩に話しかけることにする。
「先輩。私があなたのことを呼び捨てたのは、あなたがそう提案したからですよね?」
「うん」
「その提案の元となった原点はなんですか?」
「今日一日、私があずにゃんの後輩になってあげようって」
「私たちは付き合ってませんよね?」
 そう訊くと、唯先輩は大きな瞳を一瞬揺らめかせ、だけどすぐに「うん」と答えた。
「……ということです。解りましたか?」
「う、うん……」
 あれだけ食い下がってきた純ちゃんも、先輩本人から聞かされてようやく諦めたみたいだ。でも、どことなくほっとしてるのは気のせい?
「ってことは、梓ちゃんが先輩役をやるの?」
 誰かがそう呟いた。
「そうです。ま、今日一日だけですけどね」
 そう答えると、なぜだか周りから笑い声が聞こえてくる。
「梓ちゃんが先輩ー?」「そんなの無理だよねー」「そうそう。梓ちゃんは完全に後輩体質だからねー」「で、式はいつなの?」「初夜は?」「なんだか解らないけどとにかくおめでとー」
 一部変な声が混じってるけど、無視して聞き捨てならないところに反論する。
「そ、そんなこと無いです! やってやるです!」

 ☆☆☆

 放課後。
 あんなこと言ったんだからちゃんと先輩しないと。でも、私に先輩役なんてできるのかと考えていたら、教室のドアが開いて唯先輩が入ってきた。
「あ、梓先輩!」
 そして、私の姿を見つけると、嬉しそうに両腕を広げて私に抱きついてきた。
 このやり取りは、先輩後輩逆転しても変わらないんですか……。別に悪い気はしませんが、やっぱりみんなの前でやられるのは恥ずかしいですよ……。
「梓先輩! 早く部室に行きましょう!」
「はいはい。解ったから少し落ち着きなさい、唯」
 というか、ノリノリですね唯先輩。顔はにこにこしてるし、全身から幸せオーラが出ている。もしかして、後輩をやってみたかったのかな?
 早く早くと急かしてくる唯先輩をなだめながら、荷物をまとめて席を立つ。目指すは音楽室。というか、他先輩方は知ってるのだろうか。知らなかったとしたらどう反応するのか気になるけど……。
「梓先輩」
「うん? どうしたの唯」
「実は、コードで解らないところがあって」
「またぁ? ほんと、唯は仕方ない子だね」
「ごめんなさい……。でも、いつか先輩に追いつきますから!」
「ん。そこまで言うのなら仕方ないね。先輩がちゃんと教えてあげるよ」
「わぁい! 梓先輩ありがとうございます!」
「こらこら、まったく……。そうやってすぐ人に抱きつくのはやめた方がいいよ?」
「だってぇ~、先輩すっごく暖かいから~」
「ははは、調子いいんだから」
 そして、気が付いたら音楽室の扉の前に着いていた。
「ところで唯」
「なんですか梓先輩」
「他の先輩方には言ったの?」
「何をですか?」
「私たちの立場が逆転していること」
「言ってませんよ~」
「どうして?」
「だって、そのほうが反応を見れて楽しいじゃないですか~」
「そっか」
 そう返事をして、私は音楽室の扉に手をかけた。
 ――さあ、どんな反応を返してくれるのか楽しみだね、唯。



Fin