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247 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:28:37.09 ID:iytu5xOE0
 金曜日、解決策が思いつかない俺は古泉と共に桜高へ訪れていた。本来ならばこの時間はSOS団の団活なのだが明日のバンド練習準備に忙しいハルヒが早々に部室を後にしたのである。
 ハルヒには悪いがただでさえのっぴきならない事態に輪をかけるようにこいつが騒ぎ出したら誰も対処できないのでかえって好都合だ。朝比奈さんは昨日のショックから立ち直れないのか部室に姿を見せなかった。
 桜高の校門前に平沢さんがいた。やはりあまり元気はないようだ。
「お待たせしてすみません」
 古泉が朝の冷たい空気みたいな爽やかフレッシュ声で遅刻を詫びている。しかし平沢さんは相変わらず梅雨シーズン真っ盛りで湿度にやられちまったかのようなダウナー空気に満ちている。
 そりゃあ変態パワーが突如目覚めたら誰であれそうなるだろう。ハルヒなら喜んで「異世界人出てきなさい!」と言うのだろうが。
 で、昨日と同じ喫茶店に俺と古泉、そして平沢さんがいるわけだが古泉はいくつか平沢さんに聞きたいことがあったそうだ。
 まあ俺の無い知恵では解決方法などが思い浮かぶはずもなく、一日を無為に過ごすことになりかねなかったので付き合うことにした。
「なるほど。つまり力を自覚されたのは火曜日というわけですね」
 古泉の再確認に、
「はい、でもそれは自分で試してみた日なんで実際はもっと前かもしれないです」
 平沢さんが答える。
 平沢さんが自分自身のへんてこパワーに気付いたのが火曜であっても実際はその一日か二日前なのだろう。長門が前日の月曜日、既に軽音部に顔を出していたし間違いない。
「その場で入れ替わったわけではなく、おそらく涼宮さんは自宅に帰られてから意識的に、あるいは無意識的に願ったのでしょう。平沢さんと変わりたいとね」
 つまり日曜の夜に力が移ったというわけか。まあ普通に考えればそれが妥当なのだろう。
「平沢さん、ありがとうございました。とても参考になりました」
 聞きたいことは全て聞けたようで、古泉は平沢さんに帰宅を促した。平沢さんもあまり冴えないのかふらふらしながら喫茶店を出て行く。
 どうして古泉と二人きりで茶をせにゃならんのだなどと悪態をついていられるほど余裕はない。
「どうだ古泉、何か思いついたか」
 自分は何も考えつかないので古泉に話を振った。
「ええ、少しばかりは。まあ簡単なことです」
 こんな時までもったいぶるな。俺はカツ丼を前にしても自供をはじめないホシを問い詰める刑事みたいな視線を古泉にぶつける。


248 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:35:04.54 ID:iytu5xOE0
「力が移ったと思える深夜まで朝比奈さんの力で時間遡行をしてもらいます。そして涼宮さんが平沢さんと変わりたいと思った時間に別のことをして気を紛らわしてもらえばいいのですよ」
 確かにそりゃ簡単だがその後また思ったら意味ないんじゃないのか。
「仰るとおりです。継続的に涼宮さんには刺激を受けてもらっていなければなりません。いっそバンドやSOS団のことを忘れるほどのね」
 誰がどうやってそれを出来るというのだ。
「あなた以外いますかね。深夜涼宮さんに電話を入れ『大事な話がある』と呼び出して抱きしめていただければ。これで解決したも同然ではありませんか」
 古泉の野郎は自分で提案したくせにまったく実行する気がないんじゃないかというほどふざけてやがった。
「ふふ、冗談です。そもそも事実の改変には長門さんの協力も必要ですからね」
 冗談なら貴重な時間が無駄になることを話すな。しかし手詰まりだ。やはり長門の力を借りられないのは痛いぜ。平沢さんも「長門さんが協力してくれれば」と言ってたしな。どうやら平沢さんから見ても長門が問題解決の本命に見えるらしい。
 古泉曰く、平沢さんの力はまだまだこれでも不完全なものであり、それが自身の力をハルヒに戻そうとしても戻せない原因の一端ではないかと推測していた。確かに平沢さんも出来ないと言っていたな。
 しかしかといって平沢さんが完璧に力を使えるようになったとき、果たして本当に俺達に協力してくれるか――古泉はそれを危惧しているようだ。
 平沢さんに限ってそんなことはなさそうだが仮にそうなれば俺達は完全に手出しできなくなる。それならば本人が望んでいるうちにどうにかしなけりゃならんよな。
 結局何も浮かばないまま俺と古泉は喫茶店を後にした。確かに今までみたくハルヒに願わせればいいわけじゃないから良い解決案が浮かばないのも無理なかった。
 だが意外な展開を迎え事態は急変する。事態が動いたのは俺が自宅でシャワーを浴びているときだ。妹が風呂場の扉を開けてきた。人が入っているときに何も言わずに開けるんじゃありません。
「キョン君でんわ~」
 誰からだと尋ねると、
「みくるちゃーん」
 の声が返ってきた。朝比奈さんがわざわざ家の電話にしてくるとはどういうことだ。受話器を受け取り話しかける。
「代わりました、どうしました?」
 すると受話器の向こう側から朝比奈さんの声が聞こえてきた。ただし、
「久しぶり、キョン君」
 今の時代の朝比奈さんではなかった。
「今からあの公園に来てください。お話したいことがあります。あと、服装は必ず制服でお願い。待ってますから」
 それだけ言うと伝えることを終えたのか、俺の返答を待たずして朝比奈さん(大)は電話を切ってしまった。朝比奈さんの頼みであるので拒否するつもりはないが、どうやら未来人からすればハルヒの力はハルヒにあってこその力らしい。
 未来人のご都合に利用されることは気に食わないが、今回ばかりは利用されようが構いやしない。そう思い湯船に浸かる時間を省き俺は自転車にまたがった。


249 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:45:03.90 ID:iytu5xOE0
 いつぞや朝比奈さんと七夕にやってきた公園にたどり着いた。公園と言えばここしかないからな。そしてお目当ての人物も予想通りそこにいた。
「早かったですね」
 その笑顔の可憐さはそのままに、大人の魅力で三割増の朝比奈さん(大)だ。
「お久しぶりです、朝比奈さん」
 果たしてこの人にとっても俺と会うのは久しぶりなのだろうか……だが相手が久しぶりと電話口で声をかけてきていたので俺もそれに従った。
「うん。今何が起きているか知ってますよね?」
 そしてやはり予想通りの会話が始まる。ええ、知っていますよ。
「長門や古泉はともかく、朝比奈さんは困ってしまうんですよね」
「はい。原因を作った涼宮さんが当事者でなくなることは未来にとって……その、まずい状態なの。それについて今はお話できません」
 俺としましてもそれぞれの目的については興味ありませんので結構ですよ。平沢さんに移ったあの阿呆の力を戻せればいいわけですし。
「ありがとうキョン君」
 朝比奈さんは深い追求を受けずにほっとしたらしい。その姿は上司に言いたいことをスッパリ言ったOLみたいに晴々していらっしゃる。
「それじゃあ今から時間遡行します」
 古泉が言っていたアホ提案が目の前にちらつく。いやまさかな。
 俺の不安を察したのか、朝比奈さんは綺麗な顔をさらに可愛くしてそれ以上美しくなったら世の女性を敵に回してしまいますよと伝えたくなるほどの笑顔を向けてきた。
「うふふ、平気ですよ。ただ……ちょっと精神的に乗り気はしないかもしれないな。でも時間遡行で涼宮さんと何かするわけじゃないんでその点は安心してください」
 なんだその煮え切らない表現は。まあ頭を撃ち抜きたくなるような行動を閉鎖空間で行うわけではないらしい。俺は深く考えずに何度目かわからない時間遡行を朝比奈さんと共に行うことになった。
 あの気持ち悪いぐるんぐるんした感覚やら何やらを味わい到着した先で俺が行ったことは、この上なく心臓に悪いことであった。
 たどり着いた場所は北高である。ちょっと肌寒く周囲は明るかった。
「いったいいつの朝ですか? ライブ前日とかですか?」
 この空気は朝の澄んだ空気であることはわかった。ただし、いつの朝なのかまではわからない。暑すぎず寒すぎずの過ごしやすい気候……真夏、真冬でないことは確かだ。俺の疑問に朝比奈さんは大変気まずそうに答えた。
「昨年の5月です。ちょうど涼宮さんがSOS団を立ち上げた頃の、時間は午前7時。運動部の朝錬に参加する生徒はそろそろ登校してくる頃かな」
 一年前か。そんな前に戻って何をする気なのだ。不安に駆られていると朝比奈さんはさらに俺の不安を煽った。
「そのですね、今からキョン君のクラスに行くと協力してくれる人が……います」
 嫌な予感がする。俺はその先を聞く勇気がなかったのでこの場でそのまま朝比奈さんに連れられて歩き出すことにした。
 そして教室の扉を開けると嫌な予感が的中した。


250 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:50:23.84 ID:iytu5xOE0
「久しぶり……そう言えばいいのかな?」
 こいつを忘れることは俺が死ぬまでないだろう。いや、この場で俺は死ぬかもしれない。ハルヒのとんちんかんエネルギーの爆発を期待し、その引き金として俺を殺すとわめき長門に消された元クラスメイトで長門と同じ存在、

 朝倉涼子がそこにいた。

 背筋が凍るなんて生易しいものではない。なんたって長門が助けてくれた後、俺は実際に刺されたのだからな。目の前の朝倉はその端整な顔立ちを笑顔にする。
 その笑顔のままナイフを振りかざしてきたシーンが俺の脳内で絶賛再生中だ。朝比奈さんも俺が刺された現場にいたからか朝倉の前で完全に萎縮している。
「そんなに構えないで。あなたを殺そうとは思わないから。もっとも、もう少ししたらそうなるみたいだけどね」
 朝倉はまるで来週には自分に恋人が出来るという事実を未来日記か何かで知り浮かれている女のような可愛らしい笑顔で俺たちに話しかけた。
「異時間同位体のあなた達が来るのは知っていたわ。さ未来人さん、早く終わらせちゃいましょう?」
 そして今度は朝比奈さんにだけその笑顔を振りかけた。
「はっはい……そうですね」
 朝比奈さんはビクッとして朝倉の言葉に肯定する。その姿は高校生朝比奈さんと同じような姿であり、ああやっぱりあの人の成長した姿なんだなぁとこんなとこで実感させられた。
「待ってくれ……朝倉よ、まあお前が俺に何もしないということは……六百歩ほど譲って信じよう。だが、どうしてお前が俺達に協力するんだ?」
 出来るなら話しかけないに越したことはないが聞かなければならないこともある。俺は思い切って朝倉に言葉を投げかけた。
「長門さんはともかく、私たち急進派にとってはあの力が涼宮さん以外にあっても駄目なのよ」
 情報爆発が得られないということだろうか。
「大正解! あなたも色々涼宮さんに振り回されて素敵になったみたいね!」
 朝倉のような美人に素敵と言われてもちっとも嬉しい気持ちにならないのは察して知るべきであろう。
「我々急進派は情報フレアを観測することに進化の可能性を求めているの。だけど平沢さんは感情の波こそあれど涼宮さんのような情報爆発を期待できないのよ」
 溜息まじりに朝倉は言葉を続ける。
「私たちも今や少数勢力、私の代わりをそちらに用意することも出来ない。だから今回あなた達にここまで来てもらったの」
 なるほどな。つまり朝倉一派と朝比奈さんたち未来人が一時的に手を組んだというわけか。どちらもハルヒに力がないと困るとは難儀な存在だ。それにしてもまさか朝倉と再会することになるとはな。
「平沢さんのおかげじゃない?」
 朝倉は柔和な笑顔でそう言っている。古泉風に言わせればそう願ったからですよということか。確かに平沢さんは“長門さんの協力があれば……”と言っていたが……平沢さん、これじゃあ宇宙人違いです。


252 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:04:21.11 ID:iytu5xOE0
「でっでは時間もありませんので平沢さんに力が移った時間へ移動しましょう!」
 そんな声なき思いを俺が胸の内に秘めていると俺以上にカチコチの朝比奈さんが言葉を発した。本当に時間がないというよりも朝倉と対面しているのが辛いだけなんじゃないかね。だが朝倉が朝比奈さんに待ったをかける。
「私はついていけないわ。プログラムをここで渡すまでが私の役目。だけど何がいいかしらね」
 どうやら宇宙人さんの都合で俺達と異時間へ移動するわけにはいかないらしい。プログラムを渡すという一言に、ハルヒがいなくなっちまった世界を修正するために長門が渡してくれたピストルを思い出す。
「そうね、あなたにプログラムを打つからあなた自身でそれを注入してくれるかしら?」
 朝倉の表情に悪意ある笑顔が浮かぶ。俺の誰にどうやってという表情を察して朝倉は、
「平沢唯さんに。方法は……男女なんだから簡単じゃない? 幸い男は勝手に射出する身体構造だし」
 そう答えた。俺を変態の犯罪者にするつもりか。平沢さんと然るべき関係にあるのであればまだしも間違いなく俺はそれ相当の社会的制裁を受け、ハルヒには「二度と外道にならないようにしてあげるわ!」と不能者に追い込まれるだろう。
「ふふふ、冗談よ。まあ別にそれでもいいんだけど」
 思わずハルヒに向けているようなツッコミをこいつに入れようとしていたが、下手に手を出して刺されでもしたら困るのでやめておいた。
「頼むから真面目にしてくれ」
 俺の困り果てた表情を十分堪能したのか、朝倉は持っていた自分の弁当箱を取り出し俺に手渡した。
「これを食べてもらって。味には自信あるわよ。なんなら味見してみる? 私が食べさせてあげよっか?」
 多分朝倉の手料理は最高にうまいのだろうが遠慮しておこう。注射やピストルではなく食べ物にプログラムを仕込んでいる辺りが長門と違って明るい朝倉らしい。
「わかった。そんじゃ世話になったな」
 そして俺はわかってはいたがついこう言ってしまった。
「なあ朝倉」
 一呼吸置いて、
「俺を襲ったらお前は消されちまう。だから」
「無駄」
 俺の発言が最初からわかっていたかのように、朝倉は俺の言葉に自分の言葉をおおいかぶせた。
「今の私に何を言おうと、そのときはあなたを殺そうとして私は長門さんに消されるのよ。わかっているけど変えられない運命なの」
 だよな。あったことがなかったことになるわけにはいかないらしい。それは俺もわかっていたがどうしても言いたくなってしまったのだ。
 なんというか、朝倉の異常動作だってもしかしたらハルヒ以外の遠因もあるんじゃないかと――この朝倉やハルヒの消えちまった世界の朝倉を見ると思ってしまう。
「ふふ、本当あなたって甲斐性なしよね。でもありがとう。もしまた私がそっちに現れたらそのときは優しくしてね」
 俺はどうしても魯鈍な駄目人間らしい。朝倉の柔らかい口調と笑顔を見て殺されかけた相手にもかかわらず可愛いと思ってしまった。


254 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:09:58.32 ID:iytu5xOE0
 再び時間遡行をした朝比奈さんと共に平沢さんの家にやってきた。ただ今深夜二時過ぎ、ハルヒの力がもうすぐ移るらしい。
 朝倉はハルヒの力が移る前に弁当を、移っちまった後にデザートのクレープを食べさせるようにと言っていた。まるで食前薬と食後薬だなと思いながらすうすう寝息を立てている平沢さんの前にやってきた。
 平沢さんの可愛い寝顔を彼氏でもないのに見るのは申し訳ない気持ちになったが今回ばかりは仕方ないと自己解決して平沢さんをゆすり起こす。
「ふええ……う~ん…………れえ? キョン君だぁ。夢見てるのかあ~うーん。キョン君はハルヒちゃんの恋人だからね~」
 平沢さんは寝ぼけている上に大きな勘違いをしていらっしゃるらしい。それを訂正することも含めて話し合いが必要だな。
 で、目を覚ました平沢さんに事情を説明……しても信じてくれるわけがない。なんせ今目の前にいる平沢さんはまだ力もないしそんな存在を知らないのだからな。
 苦肉の策で俺と朝比奈さんは適当にごまかし夢の中であると誤解してもらう線で話を進めた。夜食に大喜びした平沢さんは朝倉の手作り弁当を完食し、食後のクレープを食べきってくれた。
「ぷはあ、ごちそうさまでしたぁ」
 そしてそのまますやすやと寝息を立てて再び眠ってしまった。単純でうらやましい。寝ている平沢さんを起こさないように小声で朝比奈さんに声をかける。
「どうですか?」
「はい。これで元通りです。よかったぁ」
 朝比奈さんの安心した表情に見とれていたが平沢さんの部屋で長居するのもなんなので朝比奈さんに帰宅しましょうと告げる。しかし
「ふふ」
 慈愛に満ちた母なる修道女に劣らぬ微笑みを俺に投げかけてきた。そして、
「キョン君、最後に大事なお仕事があるの。もう少しだけ付き合ってね」
 仕事はまだ終わってないと告げられてしまった。俺は言われるがまま三度時間遡行を行い……今までで一番くだらないことをして元の時間並列に帰ってくるのだった。

 翌日、目が覚めるとすでに朝の九時過ぎを回っていた。ケータイの着信履歴には涼宮ハルヒの五文字がこれでもかと羅列されていた。そしてまたケータイが着信音をばら撒く。
「死刑だから!」
 マジ切れ数秒前の口調でハルヒはいの一番にそうがなり立ててきやがった。寝坊して悪かったな。何せ俺は昨日、馬鹿げた一言を最後ハルヒに言っちまった。
 あんな非日常の無駄遣いとそれで全てが解決したのかという二重の不安によりなかなか寝付けなかったんだ。休息ぐらいさせてくれ。俺は先に行ってくれと伝え制服に身を包む。
 今日は休日であるが例のごとく桜高へ出向くことになっていたので制服である。さすがに私服で他校にお邪魔するわけにはいかんからな。
 SOS団どころか桜高軽音部のご飯まで俺が払う羽目になりかねん寝坊も問題が解決しているのなら気にはならない。さて、果たしてどうだろうかね。


255 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:13:34.91 ID:iytu5xOE0
 結論から言おう。平沢さんの無邪気な笑顔を見て自信、長門への確認により確信に変わった。なんて某野球選手みたいなことを言ってはいるが、へんてこパワーはどうやらハルヒにちゃんと戻っているらしい。
 これには古泉と朝比奈さんも驚いていた。
「驚きました。もしやあなたも情報統合思念体の一派ですか?」
 これは古泉による冗談だ。ふざけるのも大概にしてくれ、俺は長門や朝倉みたいに万能じゃないぜ。
「でもよかったあ! キョン君本当にありがとう!!」
 いえいえ、朝比奈さんのお陰ですよ。
「え? 私は何もしてませんよお?」
 してくれましたよ。未来のあなたがね。それは言えないので笑ってごまかしておいた。
「…………」
 長門は相変わらずいつもの調子である。そりゃこいつらにとってはハルヒだろうが平沢さんだろうが関係ないようだしな。興味もないんだろう。少しばかり朝倉たち急進派がかわいそうになってくるがまあいい。
「ほらそこぉ!! 喋ってないでさっさとこっち来なさい!!」
 濃縮還元したかのようなとびきりの笑顔でハルヒは俺達に声をかけてきた。おい、今は休憩中でお前は中野さんをいじり倒していたんじゃないのか。
「キョン、あんた今日の醜態を忘れているんじゃないわよね? 言っておくけどあんたはこれから一週間、私たちと軽音部のみんなにおごり確定なんだからね!」
 ちょっと待て、お前らにおごるのは論外だが軽音部の皆さんには一週間どうやっておごれと。まさか桜高へわざわざ出向けと言うんじゃないだろうな。
「言うわよもちろん! 私も代表としてあんたと共に責任を背負って一緒に行ってあげるから安心なさい」
 こいつと一緒で安心できたことなど一度しかない。誰もが知っている規定事実である。
「ハルにゃん今日も元気だな!」
 田井中さんがハルヒのテンションに合わせ自分も負けてられないぜとさらにテンションを上げる。
「おい律、みんないるんだから騒ぐなよ。恥ずかしいだろ」
 それを早々に抑える秋山さんはもじもじしている。本当に人見知りの激しい人だ。
「そろそろお昼ごはんにしよーよー!」
 そんなやり取りの繰返しも飽きたのか、平沢さんがお昼ご飯を催促している。
「先輩も相変わらず元気……でしたよね?」
 そんな平沢さんのいつも通りに後輩の中野さんは微妙な表情をしている。
「どうしたのあずにゃん? 私はずっと元気だよ?」
 様子のおかしい中野さんにクエスチョンマークを頭に浮かべた平沢さんが尋ねる。当然だが俺達SOS団以外の部外者は記憶が上塗りされている。平沢さんがあんな奇怪な体験をして精神を病む必要もなくなったわけだ。
 ただ俺達の悩みを共有できる人間が一時的に増えていたので、少し惜しむ気分もある。
「それじゃあお昼にしましょ! みんな今日はキョンのおごりだからじゃんじゃん好きなものを注文しなさい!!」
 ハルヒを先頭に十人もの団体一行は近くのファミレスへ移動するため歩き出した。まあいいぜ、今日ぐらいは俺がおごってやってもな。


257 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:17:11.86 ID:iytu5xOE0
 週明けの月曜日、部室にはようやくいつもの景色が戻っていた。
「……」
 ようと声をかけると視線だけ俺に移し長門は読書の世界へと帰っていった。何も言わないが、どうやらちょっとだけ改変された世界の不都合とやらを修正してくれたのは長門のようだ。結局こいつの世話になっちまった。
 程なくして朝比奈さんがやってきたがメイド服をクリーニングに出すためすぐ帰られてしまった。俺もご一緒したかったが部室にいなかったらその場で死刑にするからと意味不明なことをあいつに言われていたのでおとなしく待っていることにした。
「いるわねキョン! それじゃあお詫び行脚へ行くわよ!!」
 そして部室にやってきたハルヒに腕をつかまれ俺は桜高へ向かうこととなった。ハルヒの肩にはギターがかけられている。盗んできたのかと思いきや、どうやら平沢さん中野さんの桜高ギタリスト二名と昨日の休日を利用して買ってきたものらしい。
 とうとうマイギターを手に入れるまでになったかこいつのバンド熱は。そして普通の人と仲良く買い物をするという女子高生らしい暮らしもできるようになったか。
 そんなにあの一言がこいつのバド魂に火をつけるとは。やはり言葉の力は恐ろしいものであり、滅多なことは言えないと再認識したぜ。
 そもそも合同練習以来、ハルヒが妙にハイテンションだったのは俺のあの一言が原因だったのかもな。

 あの日、朝比奈さんと最後に向かった過去で俺は帰宅するハルヒの後を追いかけ声をかけることになった。それが朝比奈さんの命令だったからだ。そして実にシンプルな一言を伝えた。桜高での合同練習初日を終えた帰り道である。
「何よ」
 夕日に照らされた赤い顔をこちらに向け、ハルヒはぶっきらぼうに俺へ言葉を投げかける。思ってもいないと言えばそうだし、思っていると言えばそうである言葉をお前にかけようと思ってな。言われた通りに俺はこうハルヒに言った。
「今日のバンド練習、楽しかったぜ。またSOS団で桜高に邪魔させてもらおうな」
 珍しく素っ頓狂な顔をしているハルヒである。
 そんなに俺の前向き発言が珍しかったのか、あるいは自分のもやもやを俺のこの言葉が吹き飛ばしたのか、ハルヒは急に馬鹿でかい声になり光り輝くかの有名な黄金の剣にも負けないまぶしい笑顔で、
「そうね……当たり前よ!! だって私が企画したんだもの!! でもあんたがわざわざそう言ってくれて確信したわ!! また来週も絶対行くからね!!」
 うんうんと頷きながら上機嫌の体で帰っていった。夕日に照らされていた赤い顔は赤いままだった。にしてもこんなアホみたいな言葉をかけただけなのだが、これでよかったのだろうか。呆けていると朝比奈さん(大)が近づいてきた。
「お疲れ様でした」
「朝比奈さん、これで本当にいいんですか?」
 朝比奈さんは大きく頷き肯定の仕草、続けて、
「完璧です。これで涼宮さんは平沢さんと変わりたいと思うこともなはずです。あとは長門さんやそちらの私がどうにかすると思います」
 と言った。


258 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:26:20.08 ID:iytu5xOE0
 さて、ひとまず解決はしたが疑問も残る。現在、俺は今回の時間遡行について話を聞きたいと古泉にせがまれたのでそのあらましを語ってやっている。暇だったのでポーカーをやりながらだ。
 一方的に話すのもなんなので、残った疑問を古泉に逆質問してみる。
「結局ハルヒは何がしたかったんだろうな」
 迷惑極まりない自分の力なすりつけという無自覚の悪行は何が原因だったのか俺には理解できなかった。古泉は珍しく簡潔かつわかりやすい言葉で俺に教えてくれた。
「恐らくですが、平沢さんや軽音部の皆さんがうらやましかったんですよ」
 でも、自分自身が入れ替わってしまったらSOS団が蔑ろになってしまう。そんな風に悩んでいるうちに力だけが移っちまったってわけか。それにしたって俺達との活動が不満だったのかあいつは。
「そうとは思えませんね。むしろ逆でしょう」
 僕の仮説ですけど、と古泉はいつもの説明口調で前置きし語ってくれた。
「涼宮さん自身、音楽が好きでバンドにも興味があります。しかし僕を含め他メンバーはまったくの素人です。それを気に病み軽音部に教えてもらえばいいと考え今回の企画を立案した」
 しかし、と古泉は言葉を繋げお得意の演説を続ける。
「僕達団員がこの企画を楽しめていたのかどうかを考え、そう考えているうちに自分と軽音部、特に涼宮さんが気に入っていた平沢さんと自分を比較して今回の事態が発生したんですよ」
 非常に勝手な思考でまことにあいつらしいな。だけどあいつが自分のことではなく俺達のことを優先的に考えた結果の出来事だとはにわかに信じがたい。
「以前もお話しましたが、涼宮さんも人として成長しているのです。もちろんあなたや……僕だってね」
 古泉はそう言いながら手札を明かす。成長か……そんなもんかね。俺は古泉のフラッシュをフルハウスで粉砕しながらハルヒのいない団長席を眺めていた。
 結果としてハルヒが気を変えることもなく、全員が全員元の鞘に納まり今回の事件は解決した。
 まったく無関係であった平沢さんに非日常な体験をさせてしまったのは申し訳なかったがその力をハルヒみたいにわけのわからんことに使う人じゃなくて助かった。


259 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:29:14.89 ID:iytu5xOE0
「目標は合同ライブよ合同ライブ!!
 三週連続で軽音部にお邪魔した俺達は、現在お昼ごはんのため先週と同じファミレスで食事中だ。ハンバーグを早々に食い終えたハルヒはウマの合う田井中さんと合同ライブ開催に向け日程を話し合っている。
「へーこんなお茶っ葉もあるのねぇ」
「ムギちゃん今度一緒に買いに行かない?」
 琴吹さんと朝比奈さんもそれぞれ予定を立てている。朝比奈さんのキーボードはまるで進歩の兆しが見えていないが、琴吹さんは根気強く教え続けているという情報も付け加えておく。
「皆さん色々予定を立てているようですし僕達もいかがですか?」
 古泉、野郎との予定は俺のスケジュール帳に書く欄がないんだ。
「それは残念」
 俺や長門、古泉は普段の団活と同じポジションにいる。そんな黙っている俺達よりもイジりがいがあると思ってか、ハルヒは、
「梓ちゃんいらっしゃーい!」
 中野さんを呼びつけ何やらはじめやがった。田井中さんもそれに加わり妖しい空気になってきた。やれやれ、俺が止めないと誰も止めないのはいつものことか。そうしてあまり調子にのるなよとハルヒに声をかけようとした。
「おいハ」
「律! お店の中であんまり騒ぐな!」
 ハルヒと言う前に秋山さんが田井中さんへ釘を刺した。どうやら軽音部的俺ポジションは秋山さんらしい。
「なんだよー! いいじゃん別にー」
 ぶーぶー駄々をこねる田井中さんに対しハルヒは
「りっちゃん逆に考えなきゃ。つまり部室に帰ればいいってことよ!」
 それは揚げ足だろと言わんばかりの解釈を言っていた。この調子だとまた練習どころじゃないんだろうな。


260 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 22:32:49.54 ID:iytu5xOE0
「もう面倒くさいわ! 来週はみんなで遊びに行きましょう。不思議探索ツアーよっ!」
 ハルヒの提案に田井中さんや琴吹さん、それに平沢さんと朝比奈さんが賛同と取れる笑顔を向けている。
 よく見ると秋山さんや中野さんも部長田井中さんに意見しても無駄だし的な空気をかもし出しているし、古泉や長門に至っては言われるがままな空気である。
 いやまあ、多分ここにいるみんなは表情や内情どうあれ、同じことを考えているはずだ。そして誰よりもハルヒ自身が一番感じているだろう。
 まあいいぜ、せっかく色んな人と仲良くなったんだ。ハルヒだって楽しんでいるみたいだし、俺は文句も言わずその場の流れに乗っかることにした。
 ハルヒにまた分かり合える友達ができたことも良い事だし、俺としてもなんだかんだで音楽を提供する側も悪くない気分だし、たまにはハルヒが持ち込んでくるイベントも悪いもんじゃないなと考えていた。
「じゃあ当日はキョンが費用の十割を負担するから財布は持ってこないように!」
 さっそく前言を撤回せざるを得ない事態に陥ってしまったようだ。やれやれ、十割負担はどうにか避けるとするがこのままでは平沢さん達をはじめとする軽音部の皆さんにハルヒの専属財布だと思われかねん。
 俺は肩を竦め依然中野さんにセクハラを続けているハルヒを静止するのであった。その様子を田井中さんが冷やかす。
「お! ハルにゃんのカレシが俺を構えってさー!」
「バッバカ言うんじゃないわよ! 誰がこんな奴!」
 そう言いながら俺の首根っこを掴むハルヒを軽音部の方々はそれぞれ顔を赤らめて見ていらっしゃる。ハルヒよ、それじゃあ誤解の上塗りだ。
 俺はこのまま軽音部の皆さんに勘違いされ続けるのと財布として見られるのでは、どちらが幸せなのかと思案するのであった。

『ディストーション・シミュレーション』終わり