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このSSは『【けいおん!】唯×梓スレ 3』というスレに投下されたものです
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967 名前:ウメネタ2[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 00:41:29 ID:SHpUvc4C
気付かなければ良かったのかな。
ううん、それを言うならきっと――出会わなければ良かった、のかな。
もしそうだったとしたら、私は――

あの人と初めて顔を合わせたとき思ったことは、ほんわりした人だな、とかそんな印象だった。
そして、なんていい加減な人なんだろう、とかそんな思い。
練習よりティータイム、そんな姿勢は当時の私にとってとても許容できないものだったし。
変なあだ名はつけてくるし、行動は何かおかしいし、ぼんやりしていて全然先輩っぽくないし。
そんな感じだったから、好印象、とはとても程遠かった。
だけど、不思議と嫌いにもなれなかった。
ほんわりしたその雰囲気は、傍にいると何故か優しい気持ちにさせられたし。
ぎゅっと抱きしめられると、とても柔らかくて暖かくて、気持ちよかったのも確かだったから。

それに最初に気がついたのは、いつだったのか。
今ではもう思い出せない。いつの間にかそれはこの中にあって、気がつけば私の胸を焦がしていた。
毎日毎日、私をぎゅっと暖めるぬくもりに慣らされている内に、気がつけばもう後戻りできないところまで踏み込んでしまっていた。
部活に行けばあずにゃーんなんて気の抜けた声で駆け寄ってきて。
これが日課と言わんばかりに、あずにゃん分補給なんていいながらぎゅーっと抱きついてきて。
長いティータイムに不満げな顔を見せると、懐柔しようとほいっとケーキつきフォークなんて差し出してきて。
そんなことじゃ誤魔化されません、と思いつつもそれはとても甘くて私をあっさり溶かしてくれて。
それでも、いざそのときになれば真剣な顔を見せてくれたりして。
難しいなーと悩んでるところにアドバイスをしてあげたら、嘘みたいに素敵な笑顔でありがとう、なんて言ってくれて。
私の大好きな、その音を奏でてくれたりして。
それはみんな私の日常。そう、そんなふうに私の中にいろんな唯先輩を積み上げていくことが、今の私の日常になっていた。
そして積み上げられたそれは、すぐに想いと呼べるものに変換されていく。
日に日に高まるそれは、私のちっちゃな胸に詰め込まれて、外に出してよってどんどんと内側から叩いてくる。
その笑顔を向けられるたびに、その胸にぎゅっと抱きしめられるたびに、あずにゃんって優しく呼びかけられるたびに。
だから胸はどくんと高鳴って、私にそれを思い知らせてくれる。
中野梓は、平沢唯のことが大好き――なんて。
そんな言葉を抵抗なく浮べられてしまう自分を。

傍にいられればいい、なんて最初は思っていた。
そう望むまでもなく、先輩はいつも私の傍によってきて、私に笑顔とぬくもりを与えてくれた。
私は――口にしたりはしなかったけど――それをとても幸せだって思ってた。
そんな幸せの中で、こっそりと表に出さないように、私はただひたすらにこの人を慕っていた。
それだけでよかったはずなのに。
だけど、私はいつの間にか思ってしまっていた。
私からだけじゃなくて、先輩にも私のことを大好きでいて欲しい、特別な存在だと思って欲しいって。

それが叶わないことは、私が一番良く知っていたはずだったのに。
968 名前:ウメネタ2[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 00:42:49 ID:SHpUvc4C
あずにゃん、って先輩は私を呼ぶ。先輩が着けた私のあだ名。
私をその名で呼ぶ人は唯先輩だけ。私にとって特別になったその呼び名。
そう呼ばれて、かわいいよぅなんていわれながらぎゅーっとされて。そうされる私はきっと、先輩に好かれてるんだろうなとは思えるけど。
だけど、ただそれだけのこと。それ以上の意味はそこにはない。
だって、先輩が私に向ける笑顔は、あっさりと私じゃないほかの誰かにも向けられてしまうから。
先輩は誰にでも、大好きって気持ちを振りまいてくれる。その最高の笑顔で、皆に幸せを振りまこうとするように。
そして実際に、周りのみんなを幸せにしてくれる。
それはおそらく、特に意識していることではなくて、そういう風に先輩はできているんだと思う。
おそらく尋ねてみれば、自分に触れる全てのものが大好き、なんってあっさり言ってのけるに違いない。
ふんわりと全てを受け入れてしまって、そして優しく包み込んでしまう。
それが、私の大好きな唯先輩。
だから、わかってた。
私は先輩の特別にはなれないってことは。
私は大好きなみんなの中の一人ってだけ。
ひょっとしたら、いつか。その存在を持って唯先輩に、特別だと思わせる人が現れるかもしれないけど。
それは私じゃない。
そんなの、とっくにわかってたことなのに。

唯先輩はいつも私に笑いかけてくれる。
触れ合えるほど近くで、時にはぴたっとほっぺを合わせて、嬉しそうに。
いつもそんなに近くにいるのに。私は思ってしまう。何でこんなに遠いんだろうって。
後輩としての私なら、あっさりと先輩に触れられるのに、その胸に抱きしめてもらえるのに。
それ以上を求める私の手は、先輩に届くことはない。
先輩の手が、その私に触れることはない。
可愛いよとか大好きだよとは言ってくれるのに、特別だとは決して言ってくれない。
ぎゅうっと抱きしめて可愛がってはくれるのに、そこに特別な何かをこめてはくれない。
優しく笑いかけて私の名前を呼んでくれるのに、その響きは私が望むものじゃなくて。
その甘い声で、その優しいぬくもりで、ふわりとした笑顔で、私にくれた沢山のもので、私をその気にさせてしまったくせに。
先輩は絶対に、そのラインを超えてはくれない。
私のことは可愛い後輩、それだけだよ、なんて言うかのように。そのラインの向こう側で相変わらずのその笑顔を浮かべている。
私なんかじゃ、ここまでこれないよって、私に思い知らせるかのように。

わかってたのに。
何で望んでしまったんだろう。
何でそう望むまでに、好きになってしまったんだろう。
望まなければ良かったのかもしれない。
好きにならなければ、良かったのかもしれない。
私は先輩のかわいい後輩のままで、唯先輩は私の――ただの先輩のままで。
そうすればきっと、こんな思いを抱くことは無かった。
こんな苦しい思いをしなくてもすんだ。
そう、例えば唯先輩じゃなければ、誰か違う人に思いを預けられていたらよかったのかもしれない。

例えば――あの人とか。

梓、と優しく私を呼ぶその人。
澪先輩、と私が呼ぶ人。
振り返った私の目に映るのは、長くて綺麗な黒髪と、嘘みたいに整った顔立ち。
そして、思わず自分を卑下してしまいそうになるくらいの完璧なプロポーション。
ベースを弾かせれば、なんでこんな人がこんなところにいるんだろうと疑問を浮べるほどの音を聞かせてくれて。
怖がりで恥ずかしがりやなところは玉に瑕だけど、それを差し引いても十分にかっこいいと呼べる人。
いい先輩、なんて言葉はこの人のために在るんじゃないかと思える。実際に、澪先輩はあっさりと私の尊敬を得てしまっていたから。
そう、ファンクラブの会員証を自慢げに見せびらかして、うっとりとしていた私のクラスメイトのように、この人を慕ってしまえばよかったのかもしれない。
だけど澪先輩はしっかりしてるから、きっと上手に応えてくれて、私はきっと幸せでいられたのだろうと思う。
こんな苦しい思いをすることも、無かったんだと思う。
969 名前:ウメネタ2[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 00:43:48 ID:SHpUvc4C
だけど、無理だってことは分かってた。
だって、私は出会ってしまったから。
その最初の瞬間に、既に私は気付いていたんだと思う。
それはきっと、まだ顔を合わせる前、その音をはじめて耳にしたとき。
今思い返せば、そこには確かな予感があった。むしろ、予言と言ってもいいかもしれない。
私が、その人のことを、唯先輩のことを大好きになってしまうことは。

あずにゃん、ってあの人が私を呼ぶ。
自分が傍にいないことが寂しいよ、なんて顔で私を呼んでいる。
それだけで、もう私の中はあの人でいっぱい。
甘くてとろけるような声と、ふんわりとした笑顔に全て奪われてしまう。
ふらふらと、ごはんだよって声に呼ばれる飼い猫のように、その傍らへと歩み寄ってしまう。

ずるいですよ、こんなの。

私を捕まえてはくれないくせに、私をぐぐっと引き寄せて離れることを許してはくれない。
私はくるくると、まるで重力に囚われた衛星みたいにこの人の周りを回り続けるだけ。
届かない距離にどんなに私が恋焦がれているか、そんなの何も知らないよって笑うこの人の周りを。

もしもですよ、唯先輩。
ぎゅうっと先輩を抱きしめて、捕まえて逃げられないようにしてしまって、耳元で先輩のことが大好きです、なんて言ったらどうしますか?
私は世界で一番先輩のことが大好きです。先輩も、私のことを世界で一番大好きでいて欲しいです。
そんな風に続けたら、先輩はどんな顔を見せてくれますか?

そうできたら、どんなにいいのかと思うけど。

私は後輩。先輩のかわいい後輩。先輩の思う沢山の可愛いものの、そのうちの一つ。
少し口うるさくて、怒りっぽいけど、ぎゅうっとされるだけで大人しくなってしまう、そんな後輩。
どこまで言っても、私はそのまま。どんなにこの想いを募らせたって、その分だけ胸の痛みが増していくだけ。
私の胸を締め付けて、ばらばらにしてしまいそうな苦しさだけ、強くなっていくだけ。
だけど、止めることはできない。止められるはずがない。
だって、私は先輩に出会ってしまったのだから。
ううん、きっと。何度やり直してもきっと私は先輩に出会い、そして好きになる。
私は必ず、その私を選ぶ。だって何処まで行っても、何処にいても、私は先輩を大好きな私だから。

とん、と先輩の音が鼓膜を叩く。
視界には、ギターを爪弾きながら私に微笑みかける先輩がいる。
私は微笑み返して、背中にまわしていたギターをグルっと戻し、先輩の音に合わせてピックを振り下ろす。
私の大好きな時間。
私の先輩の関係も、距離も、何も変わらないままだけど。私たちの音だけは、この瞬間一つになってくれる。
一つになって、響いていく。それは、私にとって幸せと呼べる瞬間。
こんなにもあっさりと、私たちは一つになれるのに。
この音のように、私の想いも一つになってしまえばいいのに。
そんな奇跡が、起きてくれればいいのに。

なんて、無理ですよね、唯先輩。




すばらしい作品をありがとう