※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

86 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 19:32:27.83 ID:9Krt.Sk0

【ハコイリムスメ】 

 文化祭が終わってから、もう一週間ぐらい経った頃だったような気がする。
 気がする―――というのは文化祭ライブの直前まで唯が風邪っぴきで、やっとこさ全快したと思えば家にギターを忘れてくるなんていうまさしく唯にしかできない芸当をやってのけたからだ。
 確かに感動のライブだったことには間違いがないけど、そのせいで私達がどれだけ精神をまるで高速大根おろし器にかけるが如くすり減らしていったことか。
 そこから考えてみれば人間という生き物は良くできたモノで、終わりよければすべて良しなんてよく言ったものだ。
 今なら分かる。十分、いや十二分にその言葉の有難さが手に取るように分かるってものだ。
 行き過ぎれば燃え尽き症候群とも呼べるこの文化祭後特有の虚脱感に苛まされてはや一週間………だろうか?
 もはや今日が何日で何曜日であのドラマの放送時間は何時だっけなんて考えることも忘れていた。

 だからだろうか。
 
 『唯がもう何日も学校に来ていない』こともムギに言われるまで気付くことすらなかった。
 
 でも違う。

 私達の友情はそんなものじゃない―――絶対に。
 
  
87 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 19:33:19.58 ID:9Krt.Sk0

「ねぇ、りっちゃん」
「んぁ?」
 目の前に広げた数学のノートには数字の代わりにかびるんるんがうじゃうじゃ繁茂していた。
 私は慌てて消しゴムでそれを駆除しようと必死になるが、もう遅い。
 ムギにはすべてお見通しだった。
「ふふっ、りっちゃんらしいですね」
 絵に描いたようなお嬢様の含み笑い。いや、この場合は絵に描くんじゃなくて、耳で聞いてるんだけど。
 無駄だと分かっていても否定したくなるのが人間の性。あまのじゃくである。
「あははっ、やだなぁムギ! これはこういう計算のやり方……そうそう、あれだ! インド式計算法なんだぞ!!」
 ナイスだ律! と私は心の中でガッツポーズを決めかけたのだが……
「あらあら」
 そう言いながらムギが鞄からおもむろにインド式計算法と書かれた本を取りだしたものだからたまらない。
 私はすっかり青ざめて、ただただ引きつった笑みをムギに向けることしかできなかった。
「ムギ、なんでそれを持ってる?」
「これが私の高得点を支える大事なバイブルだからですわ」
「なッ……!」
 こともあろうにムギはインド式計算法の使い手だったのだ。
「き、貴様ッ!! 日本国民であるということも忘れて異国の密教に手を出すというのかッ!!」
 ビシッと指を突きつけて睨みを利かせたが、ムギはその頬笑みを崩さない。
「うふふふ」
「…………」
「うふふふふふ」
 時間にして10秒程。
「すみませんでした、私にもそのインド式計算法を伝授してくださいませ」
 私は机に手を付き深々と頭を下げていた。
88 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 19:36:48.98 ID:9Krt.Sk0

「そんなことより、ちょっと大事な質問があるのよ」
 ムギにしては珍しく、少し真剣味を増した声でそうささやく。
 私としては今までの会話が『そんなこと』に分類されてしまい、少々物悲しかったが。
「唯ちゃんは、また風邪をこじらせたの?」
「………?」
 その質問の意味を理解するまでに数秒かかった。
「あぁ、唯なら……ってあれ? 唯が風邪ってどういうこと?」
 ように思えたのけど、結局理解できていなかった。
「やっぱりね……」
 結末が読めてしまう推理小説に落胆するがの如く、ムギは残念そうな表情になる。
「おかしいとは思っていたのよ。そもそもなんで『唯ちゃんが学校に来ていないことに誰も気付いていない』のかなって」
「……どういうこと?」
 話の足も尻尾もつかめず、私はムギに答えを求めた。
「えっとね、私も唯ちゃんが『学校に来ていない』ことに気付いたのが昨日だったの。だからあまりよく状況は把握できてはいないんだけど……」
 ムギはそこで一旦言葉を切り、しばらく思案するように首をかしげ、それからまた口を開いた。
「どうも唯ちゃんの存在が消えかかっているみたいなの」
 と言ってから「あ、やっぱり違うのかな? でもそれが一番的を得ている言葉かしら」とぶつぶつ言うので、どうやらムギにもよく分かっていないらしい。
 ただ、これだけは分かった。
「つまり……唯に何かあったってことなのか? ムギ」
「ええ」

89 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 19:39:00.82 ID:9Krt.Sk0

 私はすぐにろくに使っていない手帳を取り出して文化祭から今日までの日数を数え始める。
「ごぉ、ろく、しち……丁度一週間だ」
「えぇ、一週間ね」
 私達はしばし無言になった。
「……てことは、今日から部活再開。ってわけだよな」
「えぇ、そうね」
 そうそう思い出した。
 文化祭ライブから一週間はみんなも疲れているだろうからと、『実質』部長として頑張ってくれている澪が休みにしたのだった。
『いいかみんな? どんな活動をするにしてもまずは体調管理からしっかりしてないと意味が無いんだ。だからこの一週間はしっかり休むんだぞ』
 あの練習熱心な澪にしては珍しい台詞だとは思ったけど、まぁ唯が風邪ひいたりとか色々あったからみんな納得していたのだが……
「空白の一週間って訳か」
「そういうことになるわね」
 ムギは軽く頷く。
「たとえ部活をやっていなかったとしても、クラスが同じ私達が気付かないはずは無いわ」
「なのに、この一週間全く気付いていなかった……」
 私はパタンと手帳を閉じた。
「こりゃあ、なにかありますな。ムギえも~ん」
「りっちゃん……ここはシリアスになってほしかったわ」
 残念よ、と言わんばかりの憐みを込めた視線を送られ、私は思わず「うぅっ」と視線を外す。
 だめだ、今日のムギはいつものムギじゃない。
「と、とにかく、音楽室に行くぞ! 澪と梓にも早く伝えないとだしな」
「そうね。とにかく今はそれしかないわ」
 鞄を肩にかけるの合図に、私とムギは教室のドアへと歩き始めた。

 続く

90 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 20:25:24.39 ID:9Krt.Sk0

 音楽室にはまだ誰も来ていなかった。
 私達は適当に鞄をそこらに置いて、おもむろに腰を下ろす。
 私はソファ―。ムギはテーブルのそばの椅子だ。
「とりあえず、紅茶いれますね」
「いやムギ、今日はエスプレッソで」
 冗談のつもりだったのだが。
「あら残念。そちらは今日は切らしてるのよ」
「ってあるんかい!!」
 もうビックリだ。
 だって今まで部室でコーヒーを飲んだことも匂いを嗅いだこともなかったはずなのに。
 ムギが色々と私物を持ち込んでいるのはさわちゃん公認なんだけど、まさかコーヒーメーカーまで持ち込んでるとは思いもしなかった。
「もしかして、今まで一人で楽しんでた?」
「あらあら、知らなくてもいいことを知ると痛い目に会いますわよ?」
 二コリと笑うその微笑みの裏に隠された感情をこれ以上読み取るなと私の本能がストップをかける。
 間違いない。こいつはクロだ。
 そんでもって完全犯罪まで成し遂げてやがる。
 だがしかし……このままでは私までムギの完全犯罪の中に組み込まれてしまう。
 一人で冷や汗をかきながらうんうんと唸っていると、突然音楽室の扉が開いた。
「おぉ、二人とも。待たせてごめんな」
 相変わらずの黒髪巨乳な私の幼馴染の澪と。
「お久しぶりです、ムギ先輩、律先輩」
 相変わらずのツインテール貧乳な後輩の梓だった。
91 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 20:27:23.19 ID:9Krt.Sk0

「……おい律。私を値踏みするような目で見るんじゃない」
「どんなに眺めても何も出てきませんよっ」
 どうやら二人は誤解をしているようだ。
「いやいや、私はこの黒ひげ危機一髪な状況を打破してくれたお二人に称賛の眼差しを送っているんだぞ?」
「あらやだ、りっちゃんたらそんなに黒にこだわりがあるのかしら」
「……ふ~ん」
「すいませんでした」
 ……結局誤解は解けなかった。
「り~つ~!!」
 ごりごりと二つの握りこぶしが私の頭部を締め付ける。
「あぁイイ!! いいよッ!! みおォ!!」
「ヤバいです澪先輩。律先輩目がイってます!!」
「あらあら、よだれまでたらしちゃって」
 これぞまさしく予定調和。
「ってオイ!!」
 からくも私は意識を取り戻し、二つの握りこぶしから離脱する。
 ……危なかった。
「大変な事が起きてるんだ! 唯が大変なんだ!!」
 なんだかもう色々とはしょりにはしょってしまったような気がするが、それでも今の脳みそとろとろ状態を考慮すれば上出来だった。
「ゆ、唯先輩がっ!?」
 梓は不安げに私を見上げ
「ま、まさかまた風邪引いたのか!? あれほど言ったのに……」
 澪は呆れておでこに手を当てた。
 
92 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 20:29:16.43 ID:9Krt.Sk0

「それはまだ分からない。ただ、文化祭が終わってから一週間、唯は学校に来てない」
「もしかして、風邪をこじらせたんじゃ……」
 梓が消え入るように呟く。
「いや、そこじゃなくて」
 と私は諭すように否定した。
「私達、唯ちゃんの存在を一週間忘れていたのよ」
 ムギの言葉は誰よりも落ち着いていた。
「つまり、ね。唯ちゃんが学校に何日も来ていないことに対して私達は何の疑問も持たなかったの。もちろん他の人達も」
「そういうこと」
 澪と梓は青汁を一気飲みしたような顔で私達を見つめる。
 分かるよ、その気持ち。だって私だって今の今まで気付かなかったんだから。
「た……確かに……」
「そうですよね……」
 顔を見合わせる二人。
「もし何日も学校を休んでいるなら、心配するだろうしメールの一つでも送るだろ?」
 そう、それなのに。
「……私達は気付けなかった。」
 澪は元から白い顔をさらに脱色させている。
「いや違う」
 すぐさま否定。だってそんなはずがないから。
「気付かせられなかったんだ」
 
 ―――そう。気付かせられなかった。『何か』によって。

93 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 21:05:21.99 ID:9Krt.Sk0

 唯が自室に一週間篭りっきりであるということを聞いたのはその直後だった。

 突然音楽室入って来たのは唯の妹―――憂。
 二、三歩歩いてその場に泣き崩れてしまい、最初は何事かと音楽室はおおわらわになったのだが。
 すかさず梓が駆け寄り、憂に寄り添う。
「ど、どうしたの憂?」
 だが、憂は泣き崩れたままその顔を上げようとしない。
「さっきまで普通だったのに……」
 梓は困惑しきった表情で憂をなだめ続けつつ、そう呟いた。
 梓と憂は同じクラス。
 だからもし憂に何か異変があったら一番初めに気付くのは梓のはず。
「これは……唯ちゃんと同じケースではなさそうね」
 二人を見ながら、ムギが言う。
 そういえば、さっきまで全く気付いていなかったことがある。
 唯の事を一番知っているのは?
 それは当たり前だが妹の憂だ。
 そして、軽音部で一番憂と近しいのは梓だ。
 だが、梓は何も知らなかった。
 だけど、憂は今泣いてるのを見る限り『何か』を知っている。

94 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 21:07:04.78 ID:9Krt.Sk0

「……つまり、隠していた。ってことか」
 床にしゃがみ込む二人からムギに視線を移し、澪が納得したように言う。
 だが、私は納得できない。
「何か引っかかるんだよなぁ」
「りっちゃん、引っかかるって?」
「いやだってさ、一週間もの間なんで……」
 その時。
「え? う、憂?」
 顔を伏せたまま、憂が驚くほどの声量でこう言った。
「お姉ちゃん……部屋から出てきてくれないの……助けてあげて……おねがい!! おねがいッ!!」
 それだけ言って、また泣き始めるのだった。
「ひ、ヒッキー?」
 ガゴン、と私の視界に星が散った。
「言葉を選べ、律」
 だがこれで納得できたことがある。
 一週間もの間、憂が唯の欠席の理由を隠し続けてきた理由。
『ひきこもり』
 それはある意味非社会的・非常識的な行為であり、なおかつ超お姉ちゃんっ子の憂のことだ。
 とてもじゃないが、そんなことを学校で口外できるはずがない。
 とにもかくにも、私達には泣き続ける憂なだめ、泣きやんでもらうしか為す術がない。
 という訳で、憂がひっくひっくとしゃくり上げつつも、ムギの勧める紅茶をちびちびと飲み始めるまでに10分程かかり、今に至る。


95 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 21:36:21.03 ID:9Krt.Sk0
 
 やっとこさ一杯飲み干した所で、憂が再び口を開く。
「何の前触れも無かったんです。文化祭の次の日の朝から、お姉ちゃん部屋から出てこなくなっちゃって……」
「ドア越しに話はしていないの?」
 次の一杯をティーカップに注ぎながら、ムギが尋ねる。
「何を言っても返事してくれないんです。だから私……凄い不安になっちゃって」
 なるほど……と澪が頷くが、私は一つの疑問を憂にぶつける。
「あのさ、ご飯は……食べてないの?」
 他三人から「くだらない質問してんじゃねぇよ」的な少し痛い視線を感じながらだが。
「えっと……なんかお姉ちゃん、私が学校行ってる間にご飯食べてるみたいで」
「なるほどう……」
 唯憂姉妹のご両親は普段は在宅していないとのことなので、納得できる理由だ。

96 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/09(月) 21:38:06.62 ID:9Krt.Sk0


「あの、その……ホントにお姉ちゃんがどうして出てきてくれないのか分からないんです。だから、その、後はもう軽音部の皆さんに頼るしか……」
 どうやら憂にとってこの一週間は愛する姉との一方通行な孤独の戦いの日々だったらしい。
 だが、残念なことにすべては憂の全敗という結果でここまで来ているという訳だ。
 しかし、その全敗記録も今日で打ち止めだ。
「よしっ、決まりだな」
「えっ?」
 少し驚いて憂が私を見る。
「まかしとき。軽音部の部長として絶対唯を部屋から連れ出してあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃっ、とりあえずは現場に直行だ! 行くぞぉ皆の衆!!」
 とりあえず、この暗い雰囲気の中でハイテンションで行こうとした私が痛いほど浮いているというのは今更ながらまごうことなき事実だ。
 だが。
「ぉ~」
 それでも乗ってくれた梓には今度絶対ラーメンでも奢ってやろうと心の奥底で誓ったのだった。

98 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 01:08:25.66 ID:NH/K.Bc0

 まだ日が短くなるには少し早い季節ではあるが、やはり秋の終わりを予感せざるを得ない肌寒い風を感じながら私達は歩いていた。
 唯の家は学校からそんなに遠くない。
 電車通学を強いられている私と澪から比べれば相当に恵まれているに違いないのだが、当の本人はその恩恵に気付かないというのがかなりムカツク所だ。
 さらに、それはぼけーっとした唯だから気付いていないのではなく、電車通学以外の輩にほぼ当てはまるパターンであり、さらにさらにムカツク所なのだ。
 二度の夏合宿で利用したようなボックス席とは違う通勤列車の生き地獄というものをいつか唯(もちろん憂にも)味わらせてやりたい。
 
 さて、出発時に無理やりハイテンションに持って行こうとしたのが裏目に出たのか、私達5人は無言で唯の家に向かって歩き続ける。
 まるで威厳のない大名行列みたいで、なんだか悲しくなってくる。
 歩いているだけだとヒマなので、今の今までで起こった出来事を頭の中で整理してみることにした。
 私らしくもないと思ったけど、こういう分野も開拓してみるといいんじゃないかな、と田井中律は確信したのだ。 

 まず、唯は文化祭翌日から今日まで自室に閉じこもりっきりだが、食事は取っているらしい。
 そして、唯がその一週間の間学校に来ていなかったことに関して、おそらく憂以外『誰も』気付いていなかった。
 (おそらくこれからも気付かないんじゃないのかな)
 で、憂はそれを黙っていたからそのままで来てしまった、と。
 あれ、じゃぁなんで私達はそれに気付いたんだ?
 憂が音楽室に泣きながら駆けこんでくる前に私達軽音部の四人は『なんでそれを知っていた』のか?
 と、ここで私は思い出した。
 そもそもはムギが私に話しかけてきて始まったことだ。
 つまり、最初に気付いたのはムギ。
 と、いうことは……?
99 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 01:09:52.58 ID:NH/K.Bc0

「分かったぞ!!」
 突然大声を上げたので、前を行く四人は何事かと後ろを振り向く。
「唯が引きこもってしまった、その原因は」
 だが、私は構わず続けた。
「ムギっ! お前だぁ!」
 と、指を突きつけた。
「……………」
 あれ?
「……………」
 あ、この空気は逆転裁判で間違った証拠を突きつけちゃった空気に似てるぞ。
「……………」
 ありゃりゃ。
「ふふ」
 と、ムギが少し笑う。
「りっちゃんは、やっぱりりっちゃんなのね」
「ど、どういう意味だムギっ!!」
 あらあら、とムギは首を少しかしげる。
「確かに唯ちゃんの存在を忘れているということに最初に気付いたのは私ですわ」
 でも、とムギは続ける。
「私が気付いたのは昨日の夜に『日直の日誌』を見ていたからよ」
「と……いいますのは?」
 あぁ、とそこに梓が相槌を入れる。
「ムギ先輩は過去の欠席者名に唯先輩がずっと載っているのを見たんですね?」
「そういうことですわ」
 と、頷くムギ。
 つまり、だ。
 日直は毎日欠席者と遅刻者をその日誌のページに書く。
 そして昨日は日直の当番がムギであり、ムギは日誌を家に持ち帰って書いていた。
「そこで、初めて気付いたの。唯ちゃんの名前が文化祭の次の日からずっと欠席者の欄に書いてあることに」
「でもっ」
 私はすかさず反論する。
「ならムギの前の人がそれに気付いてもおかしくないんじゃないかっ?」
 2日3日なら別に気にしなくても、さすがに5日となれば少しは気にする人がいてもおかしくないはず――――

100 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 01:14:19.81 ID:NH/K.Bc0

「ところでりっちゃん。今日は何曜日かしら?」
 と言われたので私は素直に携帯を開いて
「火曜日だぞ」
 と。
 そうだ。
 今日は火曜日。ムギは昨日日直だった。そして文化祭はこともあろうに月曜日に行われていた(なぜならその日は祭日なのだ)
 金曜日まででも四日間、だが文化祭の翌日というのは疲れで休む人が比較的多い。
 だから、そこにうもれて唯の名前が見つけられなかったとして3日間。
 ムギは土日を挟んだにも関わらず月曜日にも唯が休んでいるのを確認している。
 そして、今日も学校に来ていないという事実を確認している。
「………っていうか」
「もとより唯ちゃんの名前で反応するなんて、クラスじゃ私とりっちゃんと一部の人たちだけだと思いますわ」
 そう、そうなのだ。
 つまり、偶然が重なってたまたまムギはそのことに気付いたのだ。
「というわけで、疑惑は晴れたかしら?」
「すいませんでした」
 今日だけで三回も『すいません』って言ってしまった。
 なんだか言葉の価値が下がるような気がしてならない。
「あの……」
 と、そこで憂が気まずそうに口を開く。
「家、目の前なんですけど」
 目先に見える表札は『平沢』
 ――――つまりそいうことだった。
 という訳で私達一行はすごすごと平沢家の中にお邪魔した。

103 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 16:46:21.88 ID:NH/K.Bc0

「ここがお姉ちゃんの部屋です」
 憂が案内してくれたのは二階にある唯の部屋。
「やっぱり鍵掛かったままなんだね」
 がちゃがちゃと梓がドアノブを回すが、ドアは開かない。
「おねーちゃん!! お客さん沢山来たよぉ!! 開けてぇ!!」
 だが、ドアの向こうからは物音ひとつしない。
 続いて梓が声を張り上げる。
「唯先輩! 梓です、あずにゃんですぅ!! 開けて下さい」
 梓が自分であずにゃんと言ってしまった所に本気を感じでしまった私は決して間違っていないはずだ。
 だが、梓の捨て身の特攻も虚しく、やはりドアは一向に開かない。
「これは……突入しかないか」
 ドアをコツコツと手の甲で叩きながら、私がそう言うと。
「ケガしたらどうすんだよ!! やだよ! やだやだ!」
 ……そうだった。澪は流血沙汰はまっぴらな人間だった。
 幼馴染のくせにそれを忘れていたなんて、少し澪に申し訳なく思った。
「だけど、それじゃあいつまでたっても埒が明かないぞ……っておいムギ、何してるんだ」
 カチャカチャと小気味良い音を立てて、ムギがやっているのは――――どう見てもピッキングだ。
「これこそ今日一番の平和的解決法―――ピッキングですわ」
 だめだこいつ。隠す素振りすら見せようとしない。
 それにしてもいつの間にこんな物を持ってきていたんだろうか。
「あぁ、もうなんかやっぱり今日からムギのことムギえもんって呼ぶから、ムギえもん!! とありあえず秘密でも何でもない秘密道具にありがとう!!」
 と、私が言ったと同時にガチャッとドアが開いた。
「唯ちゃん、入りますわ」
 私達はムギを先頭にぞろぞろと唯の部屋に入った。

104 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 16:48:46.38 ID:NH/K.Bc0

 だが、唯はそこにはいなかった。
「あらあら、窓は閉め切っているのね」
 外から見た時には気付かなかったが、雨戸までしっかりと閉じられ、おまけに消灯されているので部屋は真っ暗だ。
「とりあえず、電気つけますね」
 憂が入口近くのスイッチをカチリと押すと、ぱらぱらと白い光が瞬き、蛍光灯が光り始めた。
 私達の視界に浮かんできたのは紛れもなく唯の部屋。
 ――――そういえば、一緒に勉強会をしたのも、もう一年以上前のことになるのか。
 部屋の端には唯のギター『ギ―太』が寂しそうに立て掛けられている。
「なんだか……何年も使われてない部屋みたいな感じがしますね……」
 梓は部屋を見回してそんなことを呟いた。
 そこで、私は憂に一つ尋ねた。
「なぁ、憂ちゃん。この一週間で一回も唯を見聞きしてないなんてことはないよね?」
 返事は返ってこない。
 返事の代わりに憂は顔面蒼白になって行く。
「……見聞きしてないんだね」
 そう。
 私達は今まで、ある大前提に基づいて行動してきた。
 『唯が部屋に引きこもっている』という大前提に基づいて。
 だけど、もし、もしもだ。
 『そもそも唯が部屋に引きこもっていないとしたら?』
 そして
 『唯が憂のいない間に食事を取っているなんてどうして分かる?』

105 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. [sage]:2009/11/10(火) 16:49:52.18 ID:NH/K.Bc0

「……おかしいとは思ったんです」
 顔面蒼白のまま、憂は震える声で喋り出す。
「お姉ちゃん、きっとコンビニで食べ物買ってきてるんじゃないのかなって」
 ―――――痛々しい勘違い。
「お姉ちゃん、なんで家中にゴミを散らかしたりしてないのかなって」
 ―――――違う意味で痛々しいな、それ。
「お姉ちゃん、なんでトイレに行かないのかなって」
 ―――――行かないと痛々しいことになっちゃうね、それ。
「つまり、だ」
 これ以上痛々しい思いをする訳にも行かず、私はそこで口をはさむ。
「唯は家出少女になってしまった可能性がある。ってことか」
 私の言葉を澪が引き継ぐ。
 その時。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
 梓が慌てて唯の机に駆け寄る。
「これ……手紙ですよね?」
 机の上に置いてあったのはギターをかたどった小さなレターカード。
 そこに、赤いペンで唯らしい小さな可愛らしい文字で何か書いてあるようだ。
「……遺書?」
 澪とムギに同時に頭をはたかれ……あぁ、今間違いなくバカになったな、私。
 私達はその手紙を部屋にあった小さなテーブルの上に置いて読み始めた。

 続く