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アントニオ猪木<実在の選手>


アントニオ猪木
本名:猪木 寛至(いのき かんじ)、1943年2月20日 - )
プロレスラー・格闘家として、政治家としてもプロレスファンならずとも
異様なまでの認知度を誇る偉大なレスラー。
身長191cm 体重102kg。
新日本プロレスの創始者として今日でも多大な影響力を持つが
その影響力は新日のみならず、他格闘団体や選手、周辺のファンに対しても強烈に根付いている。

力道山の直弟子で、日本プロレスでのデビュー。
ジャイアント馬場と同期で『BI砲』として看板を背負っていた。

全日・新日分裂後では1度しかタッグを結成する事ができなかった。
また直接対決は事実上なかったと言え、
プロレスファンの間では『馬場か猪木か』は実現されなかった無常のビッグカードとして話題に上がり続けている。

数々の印象に残るマッチメイク・言動が非常にインパクトのある人物で
リング内外での全てがプロレスラーだ、と言わんばかりの生き方をしている人物。
名言・迷言は紙一重、を地で行っているとも言える。

アントニオ猪木の技と言えば、となると熱狂的なファンの間でも票が割れる程である。東プロではその中でも
八雲藍のアルティメットブティスト(八雲卍固め)が
猪木を象徴する卍固めのフォロワーと言われている。
また猪木全盛期でのジャーマンスープレックスは、そのブリッジが極めて素晴らしい形であり、首で支えていると言われた程のもの。
限りなく近い形とされているのが咲夜の瀟洒ジャーマンと思われる。

余談だが、タバスコを日本に広めたと言われてる人物である。

<参考動画>
http://www.nicovideo.jp/watch/sm950182

猪木引退スピーチ、どれだけ人気があったかがわかる瞬間です。