【眠り姫の見る夢 ~今日から~】

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  [[ラノで読む>http://rano.jp/2807]]  ◇序  夜、ベッドへ横になるたびに思い知らされる。  ――一人は寂しい、一人は嫌だ。  この双葉学園に編入されてから早一ヶ月。  今までの生活と全く異なる不思議な環境に最初は驚きもしたが、慣れとは恐ろしいもので、私はこのたった一ヶ月で瞬く間に順応してしまっていた。  ただ、私以上にこのあまりに不思議な環境に順応しきっている人々の中において、異能に目覚めたわけでもない、突出した特徴を持ち合わせているわけでもない、面白い話ができるわけでもない、どこにでもいるような、人よりちょっと小柄という以外にまったく取り柄が思い当たらない、あまりに平々凡々な自分が嫌になってしまう。  今日もまた三連休明けに登校したものの、特に誰かと親しく話をすることもないままに下校し、気がつけば既に就寝時間となってしまっていた。  明日、明後日と登校すればまた四連休が待っている。しかし一緒に過ごせる友達と呼べる間柄がいない自分にとって、三連休の後に三日登校そしてまた四連休という今年の|GW《ゴールデンウィーク》の日程はあまりに中途半端だ。もっと長い連休だったのなら、学園へ申請して地元へ帰省し、家族や中学時代の旧友たちと楽しく過ごすことも出来ただろうに。 「もう、やだ……」  布団に深く潜り込み、小さく呻く。こんな一人ぼっちの状況も嫌だが、その状況を嘆くだけしか出来ない自分自身にも嫌になる。  ――もう寝よう。今夜も旧友たちと一緒にいられる『あの夢』を見られるだろうか……。  ◇一  高等部一年B組、窓から二列目、前から三番目の住人は、その名をもじって「眠り姫」と呼ばれていた。  彼女は名を姫音《ひめね》離夢《りむ》という。  私は高校進学時にこの双葉学園へと編入されたばかりなので細かいことは噂でしか聞いたことがないが、彼女は中等部時代にその能力を開花し、異能者としてここへと編入されたらしい。  その頃から既に彼女は『眠り姫』と呼ばれていたようだ。まぁ編入直後から現在と同じように授業のほとんどを居眠りして過ごし、またそれが異能による特例と扱われたこともあり、結果、誰からともなくそう呼ばれるようになっても不思議ではないだろう。 「姫音さん起きて、次の化学は移動教室だよ」  今もまた机に突っ伏したままの姿の彼女に、出席番号一つ前の姫川哀《ひめかわあい》さんが声をかけていた。  教室での授業と違い、化学などの専門教室で行う授業は、席順や班分けが出席番号順になることが多い。姫音さんを起こそうとしている姫川さんも、彼女の性格も相まって同班メンバーに対する責任といった面も強かったのだろう、なんとか起こして連れて行こうと頑張っているようだ。  私はそんな彼女たちを横目に教科書ノート筆記用具を揃え、一人で教室を出ようとした。 「相羽さん、ちょうどよかった。ちょっといい?」  教室を出る間際、私は姫音さんを起こす努力をしていた姫川さんから声をかけられた。 「姫音さん起きそうもないからこのまま何とか連れていこうと思うんだけど、相羽さんの手借りてもいいかな?」 「このまま何とか……って、二人がかりで寝てる人を担いでいくの?」 「うん……男子の手を借りられれば楽なのかもしれないけど、もうみんな先に化学室のほうへと行っちゃったみたいだし……」  言われて教室内を見回してみる。私たち以外で残っていたのは、ケラケラと談笑しながらちょうど今まさに教室を出ていった柄の悪そうな茶髪の女子二人組だけだった。確かに面識ないとアレには声かけづらいな。 「……私ちっちゃいからあまり力になれないかもだけど。それに三人揃って授業に間に合わないかもしれないよ?」 「うん……でも、姫音さんを連れてきたって理由があればきっと『それじゃしょうがない』って許してもらえると思う」  サラリと言い放ち、姫川さんはまた姫音さんの肩をユサユサと動かす。その振動で彼女の綺麗な長い黒髪がサラサラと揺れ、仄かなシャンプーの匂いが私の嗅覚をくすぐった。 「それはやっぱり……姫音さんが『そういう異能者』だから?」 「そう。こればかりは人それぞれだから」  少しだけ悲しそうな表情で、姫川さんがぽつりとつぶやく。……そういえば姫川さんってかなり上位ランクのラルヴァ討伐チームのメンバーなんだよな……。 「じゃあそろそろ行こう? あまり遅すぎるとさすがに許してもらえないかもしれない」  姫川さんはポンと手を打ち、姫音さんの左腕を肩に担いだ。促されるように私も彼女の右腕を担ぎあげ――左腕へと触れる凶悪なほど柔らかな感触にわずかな苛立ちを感じながら――あたかも引きずっていくかのように無理矢理、二人係でなんとか化学室まで彼女を連れていった。  ひょんなことから姫川さんと話をする事ができ、これから親しくなれるかと淡い期待を抱いた矢先、彼女はクラスメイトのチームメンバーである伝馬君と氷浦君と三人でラルヴァ討伐の任を受け、昼休み前にはすでに教室を出て行ってしまった。  結局私はいつもの通り、特に誰と話をすることもないまま帰りの|HR《ホームルーム》を迎え、春奈先生からの簡単な連絡事項と学級委員のやる気のない挨拶が済むとすぐ、既に帰り支度をすませた鞄を手にそそくさと下校してしまうことにした。  ふと、教室のドアを出る際ちらりと『眠り姫』を覗き見てみたら、彼女は相変わらず机に突っ伏した姿のまま。  そういえば姫音さんは私と同じ寮棟に住んでいるらしいことを思い出す。本人や誰かに聞いたというわけではなく、単に登下校時に同じ方向へ歩いていく姿を幾度か見かけたことがあった、という程度ではあるが。  ……そして一瞬だが脳裏に「起こしてやるべきか」と浮かんだが、同時に「私がしてやらなくてもそのうち誰かがやってあげるだろう」と考え直し、私はそのまま教室を後にした。  明日が終わればまた四連休が待っている。特に予定もないがろくに友達すらいない学校に通うくらいなら自室で一人のんびり過ごしてた方が幾分ましなのかもしれない……。  しかしながら、早く帰宅したとはいえ結局のところ特にすることもなく、私はさっさと宿題を終えるとすぐだらだらと無益に時を浪費していき、気が付けばもう就寝すべき時間となっていた。  電気を消し、ごろりとベッドへ横たわる。  暗闇に目が慣れる間もなく意識は徐々に混濁していき、今夜もまた「あの夢」へと私を誘《いざな》っていった――  ◇三  夢の中、中学時代の旧友たちはいつも私を快《こころよ》く迎えてくれた。長くを共に過ごしてきた私たちは互いを完全に理解しあえていた。  からかい合い、笑い合い。今の学園生活で友達と呼べるような人がまだほとんどいない自分にとって、いつでも心の底から本音で語り合えるこの夢の世界がとても居心地がよかった。  もうずっとこのまま夢の中に居られたらいいのに……。  しかし。  今の私にとってその唯一の楽しい時間はあまりに意外な形で打ち崩されてしまった。 「――相羽さん、助けに、来たよ」  たくさんの旧友たちと一緒に談笑していた私の目の前にあの「眠り姫《ひめねさん》」が現れたのだ……だが。  普段、教室で机に突っ伏している時の雰囲気とは異なり、今の彼女は鋭くりんとした表情で、また八重歯や爪が獣のように尖っており、目鼻立ちもどことなくくっきりしているようにも見える。  そして何よりもあの綺麗な長い黒髪が、赤茶けた色をした緩《ゆる》いウェーブがかった髪となっている点が強い違和感として残る。  その、私の眼前に佇み私の旧友たちと対峙する、記憶と明らかに異なる姫音さんの姿。  いやちょっと待て。そもそも「助けに来た」って、何で? 誰を?  旧友たちと楽しい時を過ごしてる私に対し言っているのであれば、それがまったく見当違いであることは日の目を見るより明らかだ。 「ははっ、助けに来たとかありえないよ。こんなの……ただのクラスメイトの姫音さんにとやかく言われる筋合いはない、そうでしょ?」  乾いた笑いをあげる私を、姫音さんは表情を陰らせながらも、 「んー、私は、私の意志で相羽さんの悪夢《あくむ》を退治しに来たんだよ」  言い放ち、そして――  突如、姫音さんは地を蹴り、予想外の俊敏《しゅんびん》な動きで、私たちへと駆け寄り、その鋭い爪で私の周りにいた旧友たちを右へ左へと次々と斬り裂いていった。 「なっ!?」  私は悲鳴混じりに声を上げた。  姫音さんによって斬り裂かれた旧友たちは、血を流しその場に倒れ込む……というようなことはなく、何故かその姿を『黒いもやのようなもの』へと霧散していき――、そしてなにより一番驚いたのは姫音さんがその『黒いもやのようなもの』を次々と食べ始めたことだった。 「何それ……酷いよ。なんでこんなことするの……? っていうか、姫音さんっていったい何者なの!?」  姫音さんは黒いもやを口へ運ぶ手を止めると、ほんの少しだけ悲しそうな表情でを浮かべ、 「私も双葉学園の異能者、だよ。ちょっと特殊ではあるけど」  そして力なく微笑み答えた。 「……いやそれは知ってるよ、毎日教室で見てるし。居眠りするだけの異能でしょ?」  たった一ヶ月間とはいえ連日目にしている『机に突っ伏している姫音さん』という光景を思い返し、私は無意識に鼻で笑ってしまった。 「そう。確かに現実世界の私自身はそれだけしか発現してない、かな」 「……現実世界?」  私は眉をひそめた。それを察したのか、姫音さんが続ける。 「うん。こっちは夢の世界。そしてこれが私の本当の異能、だよ」 「なにそれ。じゃあ姫音さんは人の夢の中で……勝手に人の友達を切り刻んで食べちゃうような異能者だっていうの!?」  理解が追いついていかない。単に姫音さんが私の旧友に襲いかかったという事実だけが私の意識の中でどんどんと大きく埋め尽くしていく。しかし彼女はまるで悪びれもせず、 「話せば長くなるけど、そんな感じ、かな。相羽さんが今見てるこの夢は、存在しちゃいけない悪夢《あくむ》だから。私が、私の異能でなんとかしないと――」 「存在しちゃいけない……これが、この夢が……悪夢《あくむ》!?」  淡々と言い放つ姫音さんのあまりに無慈悲な言葉に、私は彼女の襟首を掴み上げると激昂《げっこう》した。 「……やだよそんなの、今の私にとってこっちの方が大事なんだから! それならむしろたった一人でずっと寂しい思いしてなきゃならないようなあんなつまらない現実のほうがいらない!! 私はずっとこの夢を見ていたいの! ずっとこのまま昔の友達といっしょがいいの!! 勝手に人の夢に現れて邪魔しないでよ!!」 「……それは駄目、だよ」  自分の胸元から今にも噛みつかんほどに睨み叫ぶ私に、彼女は表情を崩さないまま、しかし優しい口調で諌めた。 「これは悪夢《ナイトメア》が見せる『人を堕落させるための悪夢《あくむ》』なんだから」 「……悪夢《ナイトメア》?」 「そう。それは人の心に巣食いその寄生主の夢へと擬態し、負の感情を増殖させるラルヴァ『悪夢《ナイトメア》』」  ラルヴァ……?  それってつまり、私の夢の中にラルヴァがいるってこと?  突如知らされたラルヴァの存在に私は驚愕した。彼女の襟首を掴んでいた手の力が抜け、滑り落ちるように地に膝をつく。 「うーん、もしかすると相羽さんは取りつかれやすいタイプなのかも? まぁ実際、ただの悪夢《ナイトメア》ならよかったんだけど……」  姫音さんは、項垂《うなだ》れる私の肩を支えると、まるで子供をあやすような優しい手つきで私の頭を一撫でし、 「こいつは『|夢見せ悪夢《ナイトメア・デザイア》』。現実で叶えられないような『良い夢』を見せつけて、その差異から現実に嫌気をさすように仕向けるちょっと厄介な悪夢《ナイトメア》なんだ」  そして私の手を引き、立ち上がらせると、再び力なく微笑んで見せた。 「現に相羽さんもかなり毒されちゃってるから、早く『|夢見せ悪夢《こいつら》』退治してこの夢消し去って、明日の晩から見る夢を正常なものに戻さないと、ね」  そして姫音さんは私から離れると、『私の友達に化けていた黒いもや』を口へと運ぶ作業を再開した。 「――やめて……やめてよぉ!!」  しかし……、例えそれがラルヴァだと説明されようと目の前で繰り広げられる状況に黙っていられず、私はまたしても彼女に向って大声で叫ぶ。 「……相羽さん、大丈夫、だよ。この夢が消えてなくなっても、相羽さんの現実の友達はいなくなったりはしない。そうでしょ?」 「……そうだけど、でも……でも!」  確かに、彼女の言う通りこれが夢であるなら、ここでどんなことが起ころうと|現《・》実《・》に《・》影《・》響《・》が《・》出《・》る《・》こ《・》と《・》は《・》な《・》い《・》だろう。 「それに……私なんかじゃ頼りにならないかもだけど――」  そうこうしているうちに、いつのまにか辺りに漂っていた黒いもやを食べ尽くした姫音さんは、クルリと私へと振り返ると、俯《うつむ》き加減に上目がちで少し照れながら、 「――今日から、私が相羽さんの友達になるから……っていうのは駄目?」 「え?」  突然の彼女の申し出に、私は思いがけず面喰ってしまった。 「……駄目、かな?」  姫音さんがその表情にうっすらと悲しみとも戸惑いともとれるような憂いさを浮かべ再び尋ねる。そんな彼女を見上げていた私の中に不思議と熱い何かがこみ上げ、 「駄目……じゃない」  頬が熱くなっているのがわかった。って何を照れているんだ私は。  その返答に姫音さんはぱっと目を輝かせ、満面の笑みで私の手を取る。 「ふふっ。もう夢なんかに引きこもらなくても、この夢のことは朝に目が覚めた時にはもう忘れられちゃうけど……それでも私がずっと一緒にいるから。よろしくね、相羽さ……じゃなくて、コトちゃん」  予期せず下の名で呼ばれ、私は目を見開き、恥ずかしながら過剰に反応してしまった。  確かに地元にいたころはそう呼ばれることも多かったしそれが当たり前だったのに……、この双葉学園に編入されて一ヶ月、初めてそう呼んでくれた『新しい友達』ができたことがすごく嬉しかった。 「コト、でいいよ。私もリムって呼んでもいい?」  不意に瞳が潤んでしまったことに気付き、照れ臭さを隠すように、彼女の手を強く握り返す。 「うん。よろしくね、コト」 「こちらこそよろしく、リム」  見上げた先の、リムの笑顔がとても眩しかった。  ◇終  目覚まし時計の音に、私はゆっくりと瞼《まぶた》を開いた。  体を起こしボーっとした思考のまま、鳴り響く目覚まし時計を止める。針はセットした通り六時半を指している。  んーっと両腕を上へと体を伸ばし、再びベッドへ倒れ込み大あくびを一つ。  ――何か今、すごく大事なことを忘れてるような気がする……?  しばらく首を傾げるも結局それが何だったのか思い出せないまま、私は簡単に朝食を取り身支度を整えると、いつもの通り一人、登校のため寮室を後にした。  今日が終わればまた四連休が待っている。特に予定もないがろくに友達すらいない学校に通うくらいなら自室で一人のんびり過ごしてた方が幾分――?  ――さっき忘れていた『何か』を一瞬だが思い出した……ような気がした……が気のせいだった。  やきもきしながら首を傾げ眉間にしわを寄せ、私は寮棟の扉を開け…… 「お……おはよう、相羽さん。一緒に学校行こう?」  そこには、そういえば同じ寮棟に住んでいた|眠り姫《ひめねさん》が笑顔で私のことを待っていた。彼女の表情がまた私の中の『思い出せない何か』を何故か強く揺さぶった。  しかしながら旧知の仲というほど会話が弾むわけでもなく、かといって終始無言というほどでもなく、ぽつぽつと世間話程度の会話を続けながら二人、学園へと足を進める。  しばらく様子を伺っていたのだろう、姫音さんは不意に、 「ねぇ、相羽さん」 「なに?」  俯き加減で上目がちに照れながら私に声をかけた。 「相羽さんのこと、これから『コト』って呼んでもいい、かな?」 「え?」  突然の彼女の申し出に、私は思いがけず面喰い――不意に寝起きから感じ続けていた『思い出せない何か』が再び私の脳裏を過《よ》ぎった。 「……駄目、かな?」  姫音さんがその表情にうっすらと悲しみとも戸惑いともとれるような憂いさを浮かべ再び尋ねる。  そんな彼女を見上げていた私の中でその『思い出せない何か』が徐々に大きく埋め尽くしていく。不思議と熱い何かがこみ上げた。 「駄目……じゃない。それじゃ私もリムって呼んでいい?」 「もちろんっ」  姫音さ……リムはぱっと眼を輝かせ満面の笑みで私の手を取ると、 「それじゃコト、|GW《ゴールデンウィーク》後半戦の四連休、一緒に何処か行かない?」 「あ、そうだ。リムって中等部からこの学園にいるんだよね。そしたら、この島の案内をお願いしてもいいかなぁ?」  そして私の手を引きながら、リムはとても嬉しそうに、 「うんっ、私で務まるかわからないけど、頑張って案内するよ」 「よろしくね、リム」  私も彼女の手を強く握り返し笑顔で答えた。  ――今日から。  リムのお陰で、今日から私の新しい学園生活が始まった。  【眠り姫の見る夢 ~今日から~】終  [[続(戻?)【眠り姫の見る夢 -Koto-】>【眠り姫の見る夢 -Koto- 前編】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]
  [[ラノで読む>http://rano.jp/2807]]  ◇序  夜、ベッドへ横になるたびに思い知らされる。  ――一人は寂しい、一人は嫌だ。  この双葉学園に編入されてから早一ヶ月。  今までの生活と全く異なる不思議な環境に最初は驚きもしたが、慣れとは恐ろしいもので、私はこのたった一ヶ月で瞬く間に順応してしまっていた。  ただ、私以上にこのあまりに不思議な環境に順応しきっている人々の中において、異能に目覚めたわけでもない、突出した特徴を持ち合わせているわけでもない、面白い話ができるわけでもない、どこにでもいるような、人よりちょっと小柄という以外にまったく取り柄が思い当たらない、あまりに平々凡々な自分が嫌になってしまう。  今日もまた三連休明けに登校したものの、特に誰かと親しく話をすることもないままに下校し、気がつけば既に就寝時間となってしまっていた。  明日、明後日と登校すればまた四連休が待っている。しかし一緒に過ごせる友達と呼べる間柄がいない自分にとって、三連休の後に三日登校そしてまた四連休という今年の|GW《ゴールデンウィーク》の日程はあまりに中途半端だ。もっと長い連休だったのなら、学園へ申請して地元へ帰省し、家族や中学時代の旧友たちと楽しく過ごすことも出来ただろうに。 「もう、やだ……」  布団に深く潜り込み、小さく呻く。こんな一人ぼっちの状況も嫌だが、その状況を嘆くだけしか出来ない自分自身にも嫌になる。  ――もう寝よう。今夜も旧友たちと一緒にいられる『あの夢』を見られるだろうか……。  ◇一  高等部一年B組、窓から二列目、前から三番目の住人は、その名をもじって「眠り姫」と呼ばれていた。  彼女は名を姫音《ひめね》離夢《りむ》という。  私は高校進学時にこの双葉学園へと編入されたばかりなので細かいことは噂でしか聞いたことがないが、彼女は中等部時代にその能力を開花し、異能者としてここへと編入されたらしい。  その頃から既に彼女は『眠り姫』と呼ばれていたようだ。まぁ編入直後から現在と同じように授業のほとんどを居眠りして過ごし、またそれが異能による特例と扱われたこともあり、結果、誰からともなくそう呼ばれるようになっても不思議ではないだろう。 「姫音さん起きて、次の化学は移動教室だよ」  今もまた机に突っ伏したままの姿の彼女に、出席番号一つ前の姫川哀《ひめかわあい》さんが声をかけていた。  教室での授業と違い、化学などの専門教室で行う授業は、席順や班分けが出席番号順になることが多い。姫音さんを起こそうとしている姫川さんも、彼女の性格も相まって同班メンバーに対する責任といった面も強かったのだろう、なんとか起こして連れて行こうと頑張っているようだ。  私はそんな彼女たちを横目に教科書ノート筆記用具を揃え、一人で教室を出ようとした。 「相羽さん、ちょうどよかった。ちょっといい?」  教室を出る間際、私は姫音さんを起こす努力をしていた姫川さんから声をかけられた。 「姫音さん起きそうもないからこのまま何とか連れていこうと思うんだけど、相羽さんの手借りてもいいかな?」 「このまま何とか……って、二人がかりで寝てる人を担いでいくの?」 「うん……男子の手を借りられれば楽なのかもしれないけど、もうみんな先に化学室のほうへと行っちゃったみたいだし……」  言われて教室内を見回してみる。私たち以外で残っていたのは、ケラケラと談笑しながらちょうど今まさに教室を出ていった柄の悪そうな茶髪の女子二人組だけだった。確かに面識ないとアレには声かけづらいな。 「……私ちっちゃいからあまり力になれないかもだけど。それに三人揃って授業に間に合わないかもしれないよ?」 「うん……でも、姫音さんを連れてきたって理由があればきっと『それじゃしょうがない』って許してもらえると思う」  サラリと言い放ち、姫川さんはまた姫音さんの肩をユサユサと動かす。その振動で彼女の綺麗な長い黒髪がサラサラと揺れ、仄かなシャンプーの匂いが私の嗅覚をくすぐった。 「それはやっぱり……姫音さんが『そういう異能者』だから?」 「そう。こればかりは人それぞれだから」  少しだけ悲しそうな表情で、姫川さんがぽつりとつぶやく。……そういえば姫川さんってかなり上位ランクのラルヴァ討伐チームのメンバーなんだよな……。 「じゃあそろそろ行こう? あまり遅すぎるとさすがに許してもらえないかもしれない」  姫川さんはポンと手を打ち、姫音さんの左腕を肩に担いだ。促されるように私も彼女の右腕を担ぎあげ――左腕へと触れる凶悪なほど柔らかな感触にわずかな苛立ちを感じながら――あたかも引きずっていくかのように無理矢理、二人係でなんとか化学室まで彼女を連れていった。  ひょんなことから姫川さんと話をする事ができ、これから親しくなれるかと淡い期待を抱いた矢先、彼女はクラスメイトのチームメンバーである伝馬君と氷浦君と三人でラルヴァ討伐の任を受け、昼休み前にはすでに教室を出て行ってしまった。  結局私はいつもの通り、特に誰と話をすることもないまま帰りの|HR《ホームルーム》を迎え、春奈先生からの簡単な連絡事項と学級委員のやる気のない挨拶が済むとすぐ、既に帰り支度をすませた鞄を手にそそくさと下校してしまうことにした。  ふと、教室のドアを出る際ちらりと『眠り姫』を覗き見てみたら、彼女は相変わらず机に突っ伏した姿のまま。  そういえば姫音さんは私と同じ寮棟に住んでいるらしいことを思い出す。本人や誰かに聞いたというわけではなく、単に登下校時に同じ方向へ歩いていく姿を幾度か見かけたことがあった、という程度ではあるが。  ……そして一瞬だが脳裏に「起こしてやるべきか」と浮かんだが、同時に「私がしてやらなくてもそのうち誰かがやってあげるだろう」と考え直し、私はそのまま教室を後にした。  明日が終わればまた四連休が待っている。特に予定もないがろくに友達すらいない学校に通うくらいなら自室で一人のんびり過ごしてた方が幾分ましなのかもしれない……。  しかしながら、早く帰宅したとはいえ結局のところ特にすることもなく、私はさっさと宿題を終えるとすぐだらだらと無益に時を浪費していき、気が付けばもう就寝すべき時間となっていた。  電気を消し、ごろりとベッドへ横たわる。  暗闇に目が慣れる間もなく意識は徐々に混濁していき、今夜もまた「あの夢」へと私を誘《いざな》っていった――  ◇三  夢の中、中学時代の旧友たちはいつも私を快《こころよ》く迎えてくれた。長くを共に過ごしてきた私たちは互いを完全に理解しあえていた。  からかい合い、笑い合い。今の学園生活で友達と呼べるような人がまだほとんどいない自分にとって、いつでも心の底から本音で語り合えるこの夢の世界がとても居心地がよかった。  もうずっとこのまま夢の中に居られたらいいのに……。  しかし。  今の私にとってその唯一の楽しい時間はあまりに意外な形で打ち崩されてしまった。 「――相羽さん、助けに、来たよ」  たくさんの旧友たちと一緒に談笑していた私の目の前にあの「眠り姫《ひめねさん》」が現れたのだ……だが。  普段、教室で机に突っ伏している時の雰囲気とは異なり、今の彼女は鋭くりんとした表情で、また八重歯や爪が獣のように尖っており、目鼻立ちもどことなくくっきりしているようにも見える。  そして何よりもあの綺麗な長い黒髪が、赤茶けた色をした緩《ゆる》いウェーブがかった髪となっている点が強い違和感として残る。  その、私の眼前に佇み私の旧友たちと対峙する、記憶と明らかに異なる姫音さんの姿。  いやちょっと待て。そもそも「助けに来た」って、何で? 誰を?  旧友たちと楽しい時を過ごしてる私に対し言っているのであれば、それがまったく見当違いであることは日の目を見るより明らかだ。 「ははっ、助けに来たとかありえないよ。こんなの……ただのクラスメイトの姫音さんにとやかく言われる筋合いはない、そうでしょ?」  乾いた笑いをあげる私を、姫音さんは表情を陰らせながらも、 「んー、私は、私の意志で相羽さんの悪夢《あくむ》を退治しに来たんだよ」  言い放ち、そして――  突如、姫音さんは地を蹴り、予想外の俊敏《しゅんびん》な動きで、私たちへと駆け寄り、その鋭い爪で私の周りにいた旧友たちを右へ左へと次々と斬り裂いていった。 「なっ!?」  私は悲鳴混じりに声を上げた。  姫音さんによって斬り裂かれた旧友たちは、血を流しその場に倒れ込む……というようなことはなく、何故かその姿を『黒いもやのようなもの』へと霧散していき――、そしてなにより一番驚いたのは姫音さんがその『黒いもやのようなもの』を次々と食べ始めたことだった。 「何それ……酷いよ。なんでこんなことするの……? っていうか、姫音さんっていったい何者なの!?」  姫音さんは黒いもやを口へ運ぶ手を止めると、ほんの少しだけ悲しそうな表情でを浮かべ、 「私も双葉学園の異能者、だよ。ちょっと特殊ではあるけど」  そして力なく微笑み答えた。 「……いやそれは知ってるよ、毎日教室で見てるし。居眠りするだけの異能でしょ?」  たった一ヶ月間とはいえ連日目にしている『机に突っ伏している姫音さん』という光景を思い返し、私は無意識に鼻で笑ってしまった。 「そう。確かに現実世界の私自身はそれだけしか発現してない、かな」 「……現実世界?」  私は眉をひそめた。それを察したのか、姫音さんが続ける。 「うん。こっちは夢の世界。そしてこれが私の本当の異能、だよ」 「なにそれ。じゃあ姫音さんは人の夢の中で……勝手に人の友達を切り刻んで食べちゃうような異能者だっていうの!?」  理解が追いついていかない。単に姫音さんが私の旧友に襲いかかったという事実だけが私の意識の中でどんどんと大きく埋め尽くしていく。しかし彼女はまるで悪びれもせず、 「話せば長くなるけど、そんな感じ、かな。相羽さんが今見てるこの夢は、存在しちゃいけない悪夢《あくむ》だから。私が、私の異能でなんとかしないと――」 「存在しちゃいけない……これが、この夢が……悪夢《あくむ》!?」  淡々と言い放つ姫音さんのあまりに無慈悲な言葉に、私は彼女の襟首を掴み上げると激昂《げっこう》した。 「……やだよそんなの、今の私にとってこっちの方が大事なんだから! それならむしろたった一人でずっと寂しい思いしてなきゃならないようなあんなつまらない現実のほうがいらない!! 私はずっとこの夢を見ていたいの! ずっとこのまま昔の友達といっしょがいいの!! 勝手に人の夢に現れて邪魔しないでよ!!」 「……それは駄目、だよ」  自分の胸元から今にも噛みつかんほどに睨み叫ぶ私に、彼女は表情を崩さないまま、しかし優しい口調で諌めた。 「これは悪夢《ナイトメア》が見せる『人を堕落させるための悪夢《あくむ》』なんだから」 「……悪夢《ナイトメア》?」 「そう。それは人の心に巣食いその寄生主の夢へと擬態し、負の感情を増殖させるラルヴァ『悪夢《ナイトメア》』」  ラルヴァ……?  それってつまり、私の夢の中にラルヴァがいるってこと?  突如知らされたラルヴァの存在に私は驚愕した。彼女の襟首を掴んでいた手の力が抜け、滑り落ちるように地に膝をつく。 「うーん、もしかすると相羽さんは取りつかれやすいタイプなのかも? まぁ実際、ただの悪夢《ナイトメア》ならよかったんだけど……」  姫音さんは、項垂《うなだ》れる私の肩を支えると、まるで子供をあやすような優しい手つきで私の頭を一撫でし、 「こいつは『|夢見せ悪夢《ナイトメア・デザイア》』。現実で叶えられないような『良い夢』を見せつけて、その差異から現実に嫌気をさすように仕向けるちょっと厄介な悪夢《ナイトメア》なんだ」  そして私の手を引き、立ち上がらせると、再び力なく微笑んで見せた。 「現に相羽さんもかなり毒されちゃってるから、早く『|夢見せ悪夢《こいつら》』退治してこの夢消し去って、明日の晩から見る夢を正常なものに戻さないと、ね」  そして姫音さんは私から離れると、『私の友達に化けていた黒いもや』を口へと運ぶ作業を再開した。 「――やめて……やめてよぉ!!」  しかし……、例えそれがラルヴァだと説明されようと目の前で繰り広げられる状況に黙っていられず、私はまたしても彼女に向って大声で叫ぶ。 「……相羽さん、大丈夫、だよ。この夢が消えてなくなっても、相羽さんの現実の友達はいなくなったりはしない。そうでしょ?」 「……そうだけど、でも……でも!」  確かに、彼女の言う通りこれが夢であるなら、ここでどんなことが起ころうと|現《・》実《・》に《・》影《・》響《・》が《・》出《・》る《・》こ《・》と《・》は《・》な《・》い《・》だろう。 「それに……私なんかじゃ頼りにならないかもだけど――」  そうこうしているうちに、いつのまにか辺りに漂っていた黒いもやを食べ尽くした姫音さんは、クルリと私へと振り返ると、俯《うつむ》き加減に上目がちで少し照れながら、 「――今日から、私が相羽さんの友達になるから……っていうのは駄目?」 「え?」  突然の彼女の申し出に、私は思いがけず面喰ってしまった。 「……駄目、かな?」  姫音さんがその表情にうっすらと悲しみとも戸惑いともとれるような憂いさを浮かべ再び尋ねる。そんな彼女を見上げていた私の中に不思議と熱い何かがこみ上げ、 「駄目……じゃない」  頬が熱くなっているのがわかった。って何を照れているんだ私は。  その返答に姫音さんはぱっと目を輝かせ、満面の笑みで私の手を取る。 「ふふっ。もう夢なんかに引きこもらなくても、この夢のことは朝に目が覚めた時にはもう忘れられちゃうけど……それでも私がずっと一緒にいるから。よろしくね、相羽さ……じゃなくて、コトちゃん」  予期せず下の名で呼ばれ、私は目を見開き、恥ずかしながら過剰に反応してしまった。  確かに地元にいたころはそう呼ばれることも多かったしそれが当たり前だったのに……、この双葉学園に編入されて一ヶ月、初めてそう呼んでくれた『新しい友達』ができたことがすごく嬉しかった。 「コト、でいいよ。私もリムって呼んでもいい?」  不意に瞳が潤んでしまったことに気付き、照れ臭さを隠すように、彼女の手を強く握り返す。 「うん。よろしくね、コト」 「こちらこそよろしく、リム」  見上げた先の、リムの笑顔がとても眩しかった。  ◇終  目覚まし時計の音に、私はゆっくりと瞼《まぶた》を開いた。  体を起こしボーっとした思考のまま、鳴り響く目覚まし時計を止める。針はセットした通り六時半を指している。  んーっと両腕を上へと体を伸ばし、再びベッドへ倒れ込み大あくびを一つ。  ――何か今、すごく大事なことを忘れてるような気がする……?  しばらく首を傾げるも結局それが何だったのか思い出せないまま、私は簡単に朝食を取り身支度を整えると、いつもの通り一人、登校のため寮室を後にした。  今日が終わればまた四連休が待っている。特に予定もないがろくに友達すらいない学校に通うくらいなら自室で一人のんびり過ごしてた方が幾分――?  ――さっき忘れていた『何か』を一瞬だが思い出した……ような気がした……が気のせいだった。  やきもきしながら首を傾げ眉間にしわを寄せ、私は寮棟の扉を開け…… 「お……おはよう、相羽さん。一緒に学校行こう?」  そこには、そういえば同じ寮棟に住んでいた|眠り姫《ひめねさん》が笑顔で私のことを待っていた。彼女の表情がまた私の中の『思い出せない何か』を何故か強く揺さぶった。  しかしながら旧知の仲というほど会話が弾むわけでもなく、かといって終始無言というほどでもなく、ぽつぽつと世間話程度の会話を続けながら二人、学園へと足を進める。  しばらく様子を伺っていたのだろう、姫音さんは不意に、 「ねぇ、相羽さん」 「なに?」  俯き加減で上目がちに照れながら私に声をかけた。 「相羽さんのこと、これから『コト』って呼んでもいい、かな?」 「え?」  突然の彼女の申し出に、私は思いがけず面喰い――不意に寝起きから感じ続けていた『思い出せない何か』が再び私の脳裏を過《よ》ぎった。 「……駄目、かな?」  姫音さんがその表情にうっすらと悲しみとも戸惑いともとれるような憂いさを浮かべ再び尋ねる。  そんな彼女を見上げていた私の中でその『思い出せない何か』が徐々に大きく埋め尽くしていく。不思議と熱い何かがこみ上げた。 「駄目……じゃない。それじゃ私もリムって呼んでいい?」 「もちろんっ」  姫音さ……リムはぱっと眼を輝かせ満面の笑みで私の手を取ると、 「それじゃコト、|GW《ゴールデンウィーク》後半戦の四連休、一緒に何処か行かない?」 「あ、そうだ。リムって中等部からこの学園にいるんだよね。そしたら、この島の案内をお願いしてもいいかなぁ?」  そして私の手を引きながら、リムはとても嬉しそうに、 「うんっ、私で務まるかわからないけど、頑張って案内するよ」 「よろしくね、リム」  私も彼女の手を強く握り返し笑顔で答えた。  ――今日から。  リムのお陰で、今日から私の新しい学園生活が始まった。  【眠り姫の見る夢 ~今日から~】終  [[続(戻?)【眠り姫の見る夢 -Koto-】>【眠り姫の見る夢 -Koto- 前編】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]

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