【Mission XXX Mission Extra-03】

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Mission XXX Mission Extra-03 ある記念日の話 [[ラノで読む>http://rano.jp/2898]] 「今日のミヤがね、妙に機嫌がいいんだ」 「?いいことじゃないですか」  ある土曜日の昼下がり、学園内にあるカフェテリアの一つ。皆槻直(みなつき なお)に呼び出された結城光太(ゆうき こうた)は、困惑の体で放たれた彼女の言葉に首を傾げつつそう答えた。 「いや、まあ、それはそうなのだけどね…」  妙に歯切れの悪い直の返答にらしくないな、と思いつつ、光太は頷きで話を促す。 「どうも何かの記念日だと思うのだけれど、その…何の記念日かどうにも思い出せないんだよ」  なるほど、と納得の表情を見せる光太。 「でも、それなら宮子姉ちゃんに直接聞いたらいいんじゃないですか?」 「うーん、あんなに嬉しそうにしていたのに私がそれを全然覚えていないと知ったら…」 「ああ、そうですよね…」  直の親友であり光太の従姉である少女、二人の話の中心にいる結城宮子(ゆうき みやこ)。彼女の姿がそんな二人の脳裏に全く同じタイミングで浮かんでくる。 「きっと悲しむよ」 「絶対ぶち切れますね」 「…?」 「…?」  お互いの言葉にいぶかしむ二人。相手の認識に対する疑問符の提示すら、滑稽なまでにかみ合っていなかった。  その後しばらく、二人は本題をそっちのけで互いの認識の齟齬を確認しあう作業に没頭していた。 「あー、直さん羨ましいなー」  椅子にもたれかかりながら光太はそうぶうたれる。 「オレなんかいっつも怒鳴られてばっかですよ」 「それだけ大事な家族だって思ってくれているんだよ。むしろ私のほうが羨ましいな」 「外から見たらそう思うかもしれないけど、中から見たら鬱陶しいだけですよ。直さんだってそうでしょ?」 「いや、そういうものはよく分からないんだ。家族とか、いなかったから」 (地雷踏んじゃったー!?)  真っ青になる光太。彼女に迷惑をかけたと知れれば宮子にどやされるというのもあるが、それ以上に彼はこの年上の女性が好きだったのだ。  戦うことが好きだと公言し、巨大なラルヴァ相手に単身で殴り合いを挑む。そんな直の周りにはいくつもの血生臭い噂(中にはデマと言ってもいいほどに誇張されたのも少なくないが)が渦巻き、普通の人はまず近づいてはこない。  だが、彼がこの双葉学園に転校する際の成り行きもありそんな噂よりも先に実物を知った光太から見れば、確かに戦っている時の姿は少し怖さを感じるけれども、それをひっくるめても直のことは変わり者ではあるが頼れるお姉さんという認識だ。  四肢を大きく晒すきわどい格好が刺激する少年のスケベ心という要素もあり、転校して間もないにも関わらず光太は直にすっかり懐いていた。  そんな、ある意味もう一人の姉のような存在にいらぬことを思い出させてしまったことにしゅんとなる光太。それを見て取った直は慌ててかぶりを振った。 「いやいや、私は全然気にしていないよ。なんでも唯一の身内だった母が死んだのが私が一歳のときだったという話だから、そもそも家族という記憶すらないしね。だから光太くんもそんな顔しないで」 「うん…ごめんなさい」 「謝らなくていいから。…で、何か思い当たることは無いかな?」  このままでは埒が明かないと思った直が強引に話を戻す。問われた光太は眉を寄せてしばらく考え込んでいたが、 「俺の知ってる限りじゃ今日、宮子姉ちゃんにとって何か特別なことがあったって話は無いはずです。やっぱりここに来てからの話じゃないですか?」  と断言した。 「やはりそうなのかな。むう…」 「もう一回しっかり思い出してみたらどうです?」 「ああ、なんというか、ね」  直は目をそらして頭をかく。 「どうもね、私は記念日とかそういうものをあまり覚えられないみたいなのだよ、これが」 「そうなんですか…」 「うん」  そう言われてしまうとどうしようもない。光太は溜息をついて別の手を考えることにした。 「だったら…宮子姉ちゃんのクラスメートに聞いてみるのはどうですか?」 「クラスメート?」 「はい」  と光太は脳内の手帳をめくりながら話を続ける。 「今の時間なら宮子姉ちゃんは仲のいいクラスメートと教室で駄弁ってるはずです。その人たちから宮子姉ちゃんにばれないように話を聞くんですよ」 「なるほど…じゃあ善は急げだ、すぐに行こうか」  そういうと直は伝票を掴んで立ち上がった。 「あ、ゴチになります」 「あ」  宮子のクラスがある校舎が目に入ってきたあたりで、直が突然そんな声を上げた。 「直さん?」 「いや、どうやってそのクラスメートの人を呼び出すの?ミヤと一緒にいるんだったら直接行くのは見つかる危険があるし、電話で呼び出すのも内容を聞かれて怪しまれない?」 「ああ、そういうことですか。オレに考えがあります、任せてください」 「じゃあお願いするね」  光太は一つ大きく頷くと、丁度校舎から出てきたばかりの女生徒の方に走り寄った。 「こんにちは、オレ、中等部の結城光太って言います。お姉さんと同じ学年の結城宮子の従弟です」 「ああ、結城さんなら知ってるわ。呼び出してほしいの?でもクラス違うから今いるかどうか分からないよ」 「あ、いや、そうじゃないんです」  困ったように僅かに顔を伏せる光太。 「実は、オレが用事があるのは宮子姉ちゃんの友達の方なんだけど…ちょっと事情があってオレがその人と会うのを宮子姉ちゃんに知られたくないんです。だから、お姉さんが誰か宮子姉ちゃんのクラスメートの人に知り合いがいるならその人を通じて呼んでもらいたいんです…。突然こんなややこしい話してごめんなさい、でも、もし忙しくなかったらお願いできませんか?」  姉的存在である宮子の無自覚の薫陶の賜物か、光太のわざとらしすぎない程度の上目使いでの懇願はまさしく一人っ子らしからぬ堂に入った末っ子スキルであった。悩む様子を見せていた女生徒だったが、にこりと笑顔を見せて光太に答える。 「わかったわ。同じクラブの子が結城さんと同じクラスだったはずだから言ってみるね。でも、一応直接確認してもらいたいから君が話をして」 「はい!ありがとうございます!」  その元気なお礼を受け携帯端末を取り出した女生徒は通話先の相手といくつか言葉をかわし、端末を光太に渡す。光太は慣れた様子で相手に先ほどの話を繰り返し、 「…そちらに沢野井さんと八代さんはいます?……はい、じゃあその二人を呼んでくれませんか?…はい、本当にありがとうございます、お願いします!」  端末を返した光太は再びぺこぺこと頭を下げ、陽気な足取りで直の元に戻ってきた。 「うまくいきました。すぐに来ると思いますよ」  おおー、と感嘆の拍手で光太を出迎える直。 「宮子姉ちゃんのクラスの女子とは全員話はしたことありますしね、最初からこうする気だったんですよ」  照れ笑いを浮かべながら光太はそう答える。 「わざわざありがとうね、光太君」 「へへ、こんな機会でもないと直さんがオレの事頼ってくれるって一生なさそうですしね」  そんな話をしているうちに、セミロングの髪の少女がゆっくりと走り寄ってきた。 「光君お久しー…ってこないだ会ったばっかやったな、あはは」  どこかほわほわした暖かいオーラを振りまきながら挨拶する少女。 「あ、皆槻先輩も。こっちはほんまにお久しぶりですー」 「うん、久しぶり。いつもどおり元気そうで何よりだよ」 「それよりむつみさん、知香さんどうしたんです?」  いぶかしげな光太に問われた少女、宮子のクラスメートでよく一緒に居る友人でもある八代(やつしろ)むつみは「あー…」と視線をそらした。 「ちーちゃんは皆槻先輩のファンであれやからなー、会うわけにはいかへんって待っとるわー」 「あれ?」 「え、ファンだったの?」  別々の理由で驚きを見せる二人。だが、むつみはそれを無視してずい、と光太に詰め寄った。 「なんやややこしいやり方で呼び出されたけど…ひょっとして宮ちゃんになんかあったん?」  宮子のことを真剣に心配しているのだろう、彼女の全身は緊張に満ちていたが、それでもどこかのんびりとした感は拭いきれない。本質的にそういうキャラなのだろう。 「あ、それは私が説明するよ」  と直がむつみに一連の話を説明する。 「そっかー」  話を聞き終わったむつみはほう、と体の力を抜いた。 「びっくりしたわ。めっちゃ心配やってんで?」  安堵の吐息を漏らすむつみに二人して謝り、改めて問いかける。 「で、何か覚えは無いかな?」 「そう言われてみると今日の宮ちゃんは確かにいつもより機嫌よかったなー」  どうにも頼りない返答をよこすむつみ。 「頼りにしてもらって悪いんやけど、私も全然見当つかへん。多分分からん思うけど、一応ちーちゃんにも聞いてみるわ」  そう言うとむつみは実際以上にのんびりな風に見える走りで階段の踊り場まで駆け上がる。その影にいるのであろうちーちゃんこと沢野井知香(さわのい ちか)と話をしているのだろう、しばらく切れ切れの声が伝わってきたが、やがて肩を落として戻ってきた。 「やっぱちーちゃんも知らんねんて。お役に立てんで申し訳ないですわ…」 「結局知香さん出てきませんでしたね」 「うん、私も一度も会ったことが無いんだよ。てっきり嫌われているのだとばかり思っていたのだけど…」  むつみと分かれた二人は、とりあえず宮子が近くに居るこの場から離れようとのことで近くの公園に移動していた。 「それはそうと、これからどうしようか…」 「だったら、オレがそれとなく宮子姉ちゃんに聞いてみましょうか?」 「それはありがたいけど…いいの?」  済まなそうに問う直に、光太はきっぱり「はい」と答える。 「他ならぬ宮子姉ちゃんのことだからやっぱり気になるし、それにここまで関わっといて今更分かりませんでしたーじゃこっちだって気になって仕方ないですよ」 (…それだけじゃないんだけどね)  光太の異能、〈ストレイト・エピファニー〉。「答え」を指し示すこの啓示の能力を、実は光太はさっきから何度も使おうとしていた。  だが、何度やっても上手くいかない。覚醒したてのこの能力をまだ上手く使いこなせていないためか、それともそもそもそれが能力の限界なのか。「問い・答え共に10文字以内でないといけない」「その問いの答えを知ることに対する強い欲求がないと発動できない」などなどこの異能にはやたらと制限が多い。その制限のどれかに引っかかっているのだろう。  力があるのに肝心なところで役に立たないというのは、ある意味で力が無いよりも辛く、無力感を感じるものだ。そして、中学生になったばかりとはいえ光太はまぎれもなく「男」であり、女性の――それも好ましく思っている――前で情けないところは絶対に見せたくないと考えていた。  だから、光太は内心の悔しさを覆い隠すように快活に声を上げる。 「任せてください、上手く聞き出してみせますよ!」 「…で、何を聞き出すの?」 「何をって、そりゃ今日が何の記念日だってことに決まってるじゃない宮子姉ええええぇぇぇぇ!?」  驚愕の表情で振り向く光太を出迎えるのは得心がいったという顔の宮子。 「なるほどねえ、そういう訳ですか」 「な、なんでオレたちのこと分かったの宮子姉ちゃん…」 「女の勘」  身も蓋もない一言で切って捨てた宮子だったが、思い返して言葉を加える。 「ま、知香とむつみが揃って呼び出されたのをみて何となくぴんときたって程度だけどね。それで気になって調べてみたらあんたとナオが近くをうろついてたって話を聞いたから。後はまあ、追っかけるのは簡単だったわ」  ちらりと直のほうを見やって言う宮子。同様に直を見やり納得する光太。女性としては群を抜く直の180センチ以上の長身は確かに人目から逃れるには不都合なことこの上ない。 「それで」  宮子はじろりと光太を睨む。 「ナオを連れ出して何やってたのよ。またくだらない事で迷惑掛けてたりしたら許さないからね」 「…むー」  宮子の言い方にふくれながら、光太は必死に思考を巡らせる。 (直さんのこと考えるとほんとのこと言えないよね…いっそどやされるの覚悟で『デートしてた』とでも言おうかな、二人で居て楽しかったのは事実なんだし)  決心した光太が口を開こうとしたその瞬間、二人の間に黙って二人の会話を見守っていた直が割り込んできた。 「待って。私が光太君を呼び出して引っ張りまわしたんだ。光太君は悪くないから怒らないであげて」 「そうなの?」  まだ少し疑わしげな視線で問いただす宮子。光太もさすがに腹に据えかねた様子で言い返す。 「…そうだよ。いつも宮子姉ちゃんはオレのこと疑うんだから」 「あんたは普段の言動が…まあ、今回に関しては謝るわ。ナオ、どういうことなの?」  罪の意識に耐えかねて懺悔する罪人のように訥々と話を始める直。見かねた宮子の計らいで一時中断してジュースを買い、ベンチに座って話を続けることになった。 「そういうことなのだよ。ミヤには余計な心配を掛けて、光太君にも迷惑を掛けて、私のせいで…本当に、ごめん」 「私は別に気にしてないよ。こいつはどうせスケベ心で動いてるだけなんだから気にせずこき使って構わないし」  軽い調子で光太の頭を叩く宮子。不満げに口を尖らせる光太だったが、彼も今はそれはさておき直のフォローに回る。 「そうそう、宮子姉ちゃんは変なこと言ってるけど、オレが気にしてないのは本当だよ。というか今日直さんと一緒に居れてとっても楽しかったし」 「そうかな、ありがとう」  まだ少し暗い面持ちの直を見、光太は咄嗟に話題を変えにかかる。 「そういや宮子姉ちゃん、結局今日って何の記念日だったの?」 「ああ、あれはね」  宮子はに、と笑って指を一本立てる。 「私とナオが永遠の愛を誓い合った記念日よ」  ブフォゥ!  予想外の方向からの強烈な一撃に思わず口の中のジュースを残らず吹きだしてしまう光太。 「な、な、あ、愛、直さ、宮子ね、え、ええ?」 「何本気にしてるのよ」  泡を食った表情の光太に対し、宮子の表情は実に冷ややかなものだった。 「冷静に考えなさいよ。もしそんなことがあったとしたら欠片も記憶に無いわけないじゃない。ねえ、ナ…」  直に同意を求めようと振り向き、そして絶句する宮子。 「そ、そうだよね。そんな大事なことを全く覚えていないなんて、私はなんて薄情な人間なんだって自分に絶望しかけたところだったよ…はは…」 「ごめんなさいふざけすぎました本当にごめんなさい」  顔面蒼白になり引きつった表情の直を見るや否や、宮子はその場に平伏して詫びを入れた。 「ちょっとだけ待っててね」  直の住むワンルームの扉の前でそう言うと、宮子は鍵を開けて(宮子は直から合鍵を渡されている)一人部屋に入っていった。 「結局、何の記念日だったんでしょう?」 「何なのだろうね?」  あの後再び宮子に問いただしてみたものの結局はぐらかされ、結局そのまま何も教えられずここまで連れて行かれたのだ。ちょっとといってもいつまでなのだろうと二人が途方に暮れていると、中から宮子の声が聞こえてきた。 「お互い忙しい身だし、私たち記念日なんてあまり祝う機会なんてなかったよね。ナオはあまり記念日とか頓着しない人だしねえ」 「うん…」 「あ、いや、さっきも言ったけどだから不満だとかそういうことじゃないのよ」  慌てた感じの声。それはすぐに穏やかなものへと戻る。 「正直言うと、最初はちょっと嫌だった。でもね、この間気付いたのよ」 「何?」 「記念日って何のためにあるのかってこと。過去の大事な思い出を思い返して忘れずに未来に繋いでいく。そういうものだと思わない?」  静かに頷く直。それを見ていたかのようなタイミングで宮子は話を続けた。 「だったらね、一番大事なのは『忘れない』ってこと。そのときの思い出を、気持ちを。それがあるなら必ずしも日付にこだわる必要はないんだって、そう気付いたの」  台所の方に移動したのか、宮子の気配が一時遠ざかる。 「…だから」  再びの声は、玄関の扉の向こうから響いてきた。だが、その後ただ沈黙だけが続く。 「…こ、光太、扉開けなさい!」 「う、うん!」  珍しく取り乱した様子の宮子の声に慌てて扉に飛びつく光太。 「…えへへ」  扉の外の二人にごまかし笑いを浮かべる宮子。緑の地に白の水玉模様のエプロンを羽織っており、その両手は手のひらの上に載せられた皿――それぞれにケーキが鎮座している――で塞がれていた。 「だから、私たち二人とも一日フリーな今日が今年の一年分の記念日をまとめて祝っちゃう記念日。そう決めたのよ」 「一年分の、記念日…」  おうむ返しで繰り返す直に、「そうよ」と宮子は勢い込んで返す。 「祝う気持ちも一年分、用意したスイーツも一年分。たっぷり味わってね♪」 「ありがとう…ありがとう」  潤んだ目の、その目頭を押さえながらただただ感謝の言葉を口にする直。  一件落着にほっとした光太、その体の奥で今まで我慢していた本能の一つが囁きを発する。 「あのー、宮子姉ちゃん」 「ん?」 「オレの分は…」 「員数外のあんたの分なんてあるわけ無いじゃない」 「ですよねー」  がっくりとうな垂れる光太。そんな光太の姿に宮子の顔にしょうがないなあという笑顔が浮かぶ。 「冗談よ」 「え?」 「多めに作っておいたからね。あまり日持ちするものでもないし、あんたも協力しなさい。た・だ・し。あくまで主賓はナオなんだからね。分はわきまえること」 「うん、わかってるって!」  ころっと満面の笑みを見せる現金な光太に苦笑する宮子。直は「よかったね」と素直に喜んでいる。  そして二人+一のパーティは始まった。 (――――――――) 「ほら、あの大雨の時の仕事、覚えてる?二人で泥だらけになったあの時の」 「ああ、思い出したよ。何がおかしいのか真っ黒になった姿を見て笑いあったっけ」 (――――そう、そのときに気付くべきだったんです)  和気藹々の直と宮子をよそに、光太の中ではそんな一歩引いた言葉がよぎっていた。 「そしてこれがその記念のチョコケーキ。大変だったあの時みたくビターチョコでコーティングしてるけど、味はあの時のような泥の味じゃないから安心して」 「ふふ、それじゃいただきます」 (あの時の『多め』という言葉は直さん基準の『多め』だったということに…)  視線を横に移動させる。隣に居る直の姿は積みあげられた皿の山で半ば隠されている。  彼女がとてつもない大食いだというのは従姉の話や商店街でのおどろおどろしい噂(何より恐ろしいことに、同格以上の人間がまだいるという話なのだ!)で耳にはしていたが、まさかこれほどとは。  更なる問題として、光太がこの世で一番好きな少女、宮子から勧められたものを断るという選択肢は彼には存在しない。そして、中学生になったばかりとはいえ光太はまぎれもなく「男」であり、であるからして女性に特有の甘いものを別に保存する別腹は持ち合わせていない。  結果として光太は今、好きな人の手作りのお菓子を味わう幸福と満腹を越えて食べ続ける苦痛を同時に味わっていた。 (あー……でもやっぱり宮子姉ちゃんの作ったのはどれもおいしいなあ)  直と宮子がこの一年の思い出を堪能している中、光太は今口に放り込んだマドレーヌが食道から胃を経由し、玉突き式に自分の魂を外に押し出すそんな感覚を堪能していたのだった。     おしまい ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
Mission XXX Mission Extra-03 ある記念日の話 [[ラノで読む>http://rano.jp/2898]] 「今日のミヤがね、妙に機嫌がいいんだ」 「?いいことじゃないですか」  ある土曜日の昼下がり、学園内にあるカフェテリアの一つ。皆槻直(みなつき なお)に呼び出された結城光太(ゆうき こうた)は、困惑の体で放たれた彼女の言葉に首を傾げつつそう答えた。 「いや、まあ、それはそうなのだけどね…」  妙に歯切れの悪い直の返答にらしくないな、と思いつつ、光太は頷きで話を促す。 「どうも何かの記念日だと思うのだけれど、その…何の記念日かどうにも思い出せないんだよ」  なるほど、と納得の表情を見せる光太。 「でも、それなら宮子姉ちゃんに直接聞いたらいいんじゃないですか?」 「うーん、あんなに嬉しそうにしていたのに私がそれを全然覚えていないと知ったら…」 「ああ、そうですよね…」  直の親友であり光太の従姉である少女、二人の話の中心にいる結城宮子(ゆうき みやこ)。彼女の姿がそんな二人の脳裏に全く同じタイミングで浮かんでくる。 「きっと悲しむよ」 「絶対ぶち切れますね」 「…?」 「…?」  お互いの言葉にいぶかしむ二人。相手の認識に対する疑問符の提示すら、滑稽なまでにかみ合っていなかった。  その後しばらく、二人は本題をそっちのけで互いの認識の齟齬を確認しあう作業に没頭していた。 「あー、直さん羨ましいなー」  椅子にもたれかかりながら光太はそうぶうたれる。 「オレなんかいっつも怒鳴られてばっかですよ」 「それだけ大事な家族だって思ってくれているんだよ。むしろ私のほうが羨ましいな」 「外から見たらそう思うかもしれないけど、中から見たら鬱陶しいだけですよ。直さんだってそうでしょ?」 「いや、そういうものはよく分からないんだ。家族とか、いなかったから」 (地雷踏んじゃったー!?)  真っ青になる光太。彼女に迷惑をかけたと知れれば宮子にどやされるというのもあるが、それ以上に彼はこの年上の女性が好きだったのだ。  戦うことが好きだと公言し、巨大なラルヴァ相手に単身で殴り合いを挑む。そんな直の周りにはいくつもの血生臭い噂(中にはデマと言ってもいいほどに誇張されたのも少なくないが)が渦巻き、普通の人はまず近づいてはこない。  だが、彼がこの双葉学園に転校する際の成り行きもありそんな噂よりも先に実物を知った光太から見れば、確かに戦っている時の姿は少し怖さを感じるけれども、それをひっくるめても直のことは変わり者ではあるが頼れるお姉さんという認識だ。  四肢を大きく晒すきわどい格好が刺激する少年のスケベ心という要素もあり、転校して間もないにも関わらず光太は直にすっかり懐いていた。  そんな、ある意味もう一人の姉のような存在にいらぬことを思い出させてしまったことにしゅんとなる光太。それを見て取った直は慌ててかぶりを振った。 「いやいや、私は全然気にしていないよ。なんでも唯一の身内だった母が死んだのが私が一歳のときだったという話だから、そもそも家族という記憶すらないしね。だから光太くんもそんな顔しないで」 「うん…ごめんなさい」 「謝らなくていいから。…で、何か思い当たることは無いかな?」  このままでは埒が明かないと思った直が強引に話を戻す。問われた光太は眉を寄せてしばらく考え込んでいたが、 「俺の知ってる限りじゃ今日、宮子姉ちゃんにとって何か特別なことがあったって話は無いはずです。やっぱりここに来てからの話じゃないですか?」  と断言した。 「やはりそうなのかな。むう…」 「もう一回しっかり思い出してみたらどうです?」 「ああ、なんというか、ね」  直は目をそらして頭をかく。 「どうもね、私は記念日とかそういうものをあまり覚えられないみたいなのだよ、これが」 「そうなんですか…」 「うん」  そう言われてしまうとどうしようもない。光太は溜息をついて別の手を考えることにした。 「だったら…宮子姉ちゃんのクラスメートに聞いてみるのはどうですか?」 「クラスメート?」 「はい」  と光太は脳内の手帳をめくりながら話を続ける。 「今の時間なら宮子姉ちゃんは仲のいいクラスメートと教室で駄弁ってるはずです。その人たちから宮子姉ちゃんにばれないように話を聞くんですよ」 「なるほど…じゃあ善は急げだ、すぐに行こうか」  そういうと直は伝票を掴んで立ち上がった。 「あ、ゴチになります」 「あ」  宮子のクラスがある校舎が目に入ってきたあたりで、直が突然そんな声を上げた。 「直さん?」 「いや、どうやってそのクラスメートの人を呼び出すの?ミヤと一緒にいるんだったら直接行くのは見つかる危険があるし、電話で呼び出すのも内容を聞かれて怪しまれない?」 「ああ、そういうことですか。オレに考えがあります、任せてください」 「じゃあお願いするね」  光太は一つ大きく頷くと、丁度校舎から出てきたばかりの女生徒の方に走り寄った。 「こんにちは、オレ、中等部の結城光太って言います。お姉さんと同じ学年の結城宮子の従弟です」 「ああ、結城さんなら知ってるわ。呼び出してほしいの?でもクラス違うから今いるかどうか分からないよ」 「あ、いや、そうじゃないんです」  困ったように僅かに顔を伏せる光太。 「実は、オレが用事があるのは宮子姉ちゃんの友達の方なんだけど…ちょっと事情があってオレがその人と会うのを宮子姉ちゃんに知られたくないんです。だから、お姉さんが誰か宮子姉ちゃんのクラスメートの人に知り合いがいるならその人を通じて呼んでもらいたいんです…。突然こんなややこしい話してごめんなさい、でも、もし忙しくなかったらお願いできませんか?」  姉的存在である宮子の無自覚の薫陶の賜物か、光太のわざとらしすぎない程度の上目使いでの懇願はまさしく一人っ子らしからぬ堂に入った末っ子スキルであった。悩む様子を見せていた女生徒だったが、にこりと笑顔を見せて光太に答える。 「わかったわ。同じクラブの子が結城さんと同じクラスだったはずだから言ってみるね。でも、一応直接確認してもらいたいから君が話をして」 「はい!ありがとうございます!」  その元気なお礼を受け携帯端末を取り出した女生徒は通話先の相手といくつか言葉をかわし、端末を光太に渡す。光太は慣れた様子で相手に先ほどの話を繰り返し、 「…そちらに沢野井さんと八代さんはいます?……はい、じゃあその二人を呼んでくれませんか?…はい、本当にありがとうございます、お願いします!」  端末を返した光太は再びぺこぺこと頭を下げ、陽気な足取りで直の元に戻ってきた。 「うまくいきました。すぐに来ると思いますよ」  おおー、と感嘆の拍手で光太を出迎える直。 「宮子姉ちゃんのクラスの女子とは全員話はしたことありますしね、最初からこうする気だったんですよ」  照れ笑いを浮かべながら光太はそう答える。 「わざわざありがとうね、光太君」 「へへ、こんな機会でもないと直さんがオレの事頼ってくれるって一生なさそうですしね」  そんな話をしているうちに、セミロングの髪の少女がゆっくりと走り寄ってきた。 「光君お久しー…ってこないだ会ったばっかやったな、あはは」  どこかほわほわした暖かいオーラを振りまきながら挨拶する少女。 「あ、皆槻先輩も。こっちはほんまにお久しぶりですー」 「うん、久しぶり。いつもどおり元気そうで何よりだよ」 「それよりむつみさん、知香さんどうしたんです?」  いぶかしげな光太に問われた少女、宮子のクラスメートでよく一緒に居る友人でもある八代(やつしろ)むつみは「あー…」と視線をそらした。 「ちーちゃんは皆槻先輩のファンであれやからなー、会うわけにはいかへんって待っとるわー」 「あれ?」 「え、ファンだったの?」  別々の理由で驚きを見せる二人。だが、むつみはそれを無視してずい、と光太に詰め寄った。 「なんやややこしいやり方で呼び出されたけど…ひょっとして宮ちゃんになんかあったん?」  宮子のことを真剣に心配しているのだろう、彼女の全身は緊張に満ちていたが、それでもどこかのんびりとした感は拭いきれない。本質的にそういうキャラなのだろう。 「あ、それは私が説明するよ」  と直がむつみに一連の話を説明する。 「そっかー」  話を聞き終わったむつみはほう、と体の力を抜いた。 「びっくりしたわ。めっちゃ心配やってんで?」  安堵の吐息を漏らすむつみに二人して謝り、改めて問いかける。 「で、何か覚えは無いかな?」 「そう言われてみると今日の宮ちゃんは確かにいつもより機嫌よかったなー」  どうにも頼りない返答をよこすむつみ。 「頼りにしてもらって悪いんやけど、私も全然見当つかへん。多分分からん思うけど、一応ちーちゃんにも聞いてみるわ」  そう言うとむつみは実際以上にのんびりな風に見える走りで階段の踊り場まで駆け上がる。その影にいるのであろうちーちゃんこと沢野井知香(さわのい ちか)と話をしているのだろう、しばらく切れ切れの声が伝わってきたが、やがて肩を落として戻ってきた。 「やっぱちーちゃんも知らんねんて。お役に立てんで申し訳ないですわ…」 「結局知香さん出てきませんでしたね」 「うん、私も一度も会ったことが無いんだよ。てっきり嫌われているのだとばかり思っていたのだけど…」  むつみと分かれた二人は、とりあえず宮子が近くに居るこの場から離れようとのことで近くの公園に移動していた。 「それはそうと、これからどうしようか…」 「だったら、オレがそれとなく宮子姉ちゃんに聞いてみましょうか?」 「それはありがたいけど…いいの?」  済まなそうに問う直に、光太はきっぱり「はい」と答える。 「他ならぬ宮子姉ちゃんのことだからやっぱり気になるし、それにここまで関わっといて今更分かりませんでしたーじゃこっちだって気になって仕方ないですよ」 (…それだけじゃないんだけどね)  光太の異能、〈ストレイト・エピファニー〉。「答え」を指し示すこの啓示の能力を、実は光太はさっきから何度も使おうとしていた。  だが、何度やっても上手くいかない。覚醒したてのこの能力をまだ上手く使いこなせていないためか、それともそもそもそれが能力の限界なのか。「問い・答え共に10文字以内でないといけない」「その問いの答えを知ることに対する強い欲求がないと発動できない」などなどこの異能にはやたらと制限が多い。その制限のどれかに引っかかっているのだろう。  力があるのに肝心なところで役に立たないというのは、ある意味で力が無いよりも辛く、無力感を感じるものだ。そして、中学生になったばかりとはいえ光太はまぎれもなく「男」であり、女性の――それも好ましく思っている――前で情けないところは絶対に見せたくないと考えていた。  だから、光太は内心の悔しさを覆い隠すように快活に声を上げる。 「任せてください、上手く聞き出してみせますよ!」 「…で、何を聞き出すの?」 「何をって、そりゃ今日が何の記念日だってことに決まってるじゃない宮子姉ええええぇぇぇぇ!?」  驚愕の表情で振り向く光太を出迎えるのは得心がいったという顔の宮子。 「なるほどねえ、そういう訳ですか」 「な、なんでオレたちのこと分かったの宮子姉ちゃん…」 「女の勘」  身も蓋もない一言で切って捨てた宮子だったが、思い返して言葉を加える。 「ま、知香とむつみが揃って呼び出されたのをみて何となくぴんときたって程度だけどね。それで気になって調べてみたらあんたとナオが近くをうろついてたって話を聞いたから。後はまあ、追っかけるのは簡単だったわ」  ちらりと直のほうを見やって言う宮子。同様に直を見やり納得する光太。女性としては群を抜く直の180センチ以上の長身は確かに人目から逃れるには不都合なことこの上ない。 「それで」  宮子はじろりと光太を睨む。 「ナオを連れ出して何やってたのよ。またくだらない事で迷惑掛けてたりしたら許さないからね」 「…むー」  宮子の言い方にふくれながら、光太は必死に思考を巡らせる。 (直さんのこと考えるとほんとのこと言えないよね…いっそどやされるの覚悟で『デートしてた』とでも言おうかな、二人で居て楽しかったのは事実なんだし)  決心した光太が口を開こうとしたその瞬間、二人の間に黙って二人の会話を見守っていた直が割り込んできた。 「待って。私が光太君を呼び出して引っ張りまわしたんだ。光太君は悪くないから怒らないであげて」 「そうなの?」  まだ少し疑わしげな視線で問いただす宮子。光太もさすがに腹に据えかねた様子で言い返す。 「…そうだよ。いつも宮子姉ちゃんはオレのこと疑うんだから」 「あんたは普段の言動が…まあ、今回に関しては謝るわ。ナオ、どういうことなの?」  罪の意識に耐えかねて懺悔する罪人のように訥々と話を始める直。見かねた宮子の計らいで一時中断してジュースを買い、ベンチに座って話を続けることになった。 「そういうことなのだよ。ミヤには余計な心配を掛けて、光太君にも迷惑を掛けて、私のせいで…本当に、ごめん」 「私は別に気にしてないよ。こいつはどうせスケベ心で動いてるだけなんだから気にせずこき使って構わないし」  軽い調子で光太の頭を叩く宮子。不満げに口を尖らせる光太だったが、彼も今はそれはさておき直のフォローに回る。 「そうそう、宮子姉ちゃんは変なこと言ってるけど、オレが気にしてないのは本当だよ。というか今日直さんと一緒に居れてとっても楽しかったし」 「そうかな、ありがとう」  まだ少し暗い面持ちの直を見、光太は咄嗟に話題を変えにかかる。 「そういや宮子姉ちゃん、結局今日って何の記念日だったの?」 「ああ、あれはね」  宮子はに、と笑って指を一本立てる。 「私とナオが永遠の愛を誓い合った記念日よ」  ブフォゥ!  予想外の方向からの強烈な一撃に思わず口の中のジュースを残らず吹きだしてしまう光太。 「な、な、あ、愛、直さ、宮子ね、え、ええ?」 「何本気にしてるのよ」  泡を食った表情の光太に対し、宮子の表情は実に冷ややかなものだった。 「冷静に考えなさいよ。もしそんなことがあったとしたら欠片も記憶に無いわけないじゃない。ねえ、ナ…」  直に同意を求めようと振り向き、そして絶句する宮子。 「そ、そうだよね。そんな大事なことを全く覚えていないなんて、私はなんて薄情な人間なんだって自分に絶望しかけたところだったよ…はは…」 「ごめんなさいふざけすぎました本当にごめんなさい」  顔面蒼白になり引きつった表情の直を見るや否や、宮子はその場に平伏して詫びを入れた。 「ちょっとだけ待っててね」  直の住むワンルームの扉の前でそう言うと、宮子は鍵を開けて(宮子は直から合鍵を渡されている)一人部屋に入っていった。 「結局、何の記念日だったんでしょう?」 「何なのだろうね?」  あの後再び宮子に問いただしてみたものの結局はぐらかされ、結局そのまま何も教えられずここまで連れて行かれたのだ。ちょっとといってもいつまでなのだろうと二人が途方に暮れていると、中から宮子の声が聞こえてきた。 「お互い忙しい身だし、私たち記念日なんてあまり祝う機会なんてなかったよね。ナオはあまり記念日とか頓着しない人だしねえ」 「うん…」 「あ、いや、さっきも言ったけどだから不満だとかそういうことじゃないのよ」  慌てた感じの声。それはすぐに穏やかなものへと戻る。 「正直言うと、最初はちょっと嫌だった。でもね、この間気付いたのよ」 「何?」 「記念日って何のためにあるのかってこと。過去の大事な思い出を思い返して忘れずに未来に繋いでいく。そういうものだと思わない?」  静かに頷く直。それを見ていたかのようなタイミングで宮子は話を続けた。 「だったらね、一番大事なのは『忘れない』ってこと。そのときの思い出を、気持ちを。それがあるなら必ずしも日付にこだわる必要はないんだって、そう気付いたの」  台所の方に移動したのか、宮子の気配が一時遠ざかる。 「…だから」  再びの声は、玄関の扉の向こうから響いてきた。だが、その後ただ沈黙だけが続く。 「…こ、光太、扉開けなさい!」 「う、うん!」  珍しく取り乱した様子の宮子の声に慌てて扉に飛びつく光太。 「…えへへ」  扉の外の二人にごまかし笑いを浮かべる宮子。緑の地に白の水玉模様のエプロンを羽織っており、その両手は手のひらの上に載せられた皿――それぞれにケーキが鎮座している――で塞がれていた。 「だから、私たち二人とも一日フリーな今日が今年の一年分の記念日をまとめて祝っちゃう記念日。そう決めたのよ」 「一年分の、記念日…」  おうむ返しで繰り返す直に、「そうよ」と宮子は勢い込んで返す。 「祝う気持ちも一年分、用意したスイーツも一年分。たっぷり味わってね♪」 「ありがとう…ありがとう」  潤んだ目の、その目頭を押さえながらただただ感謝の言葉を口にする直。  一件落着にほっとした光太、その体の奥で今まで我慢していた本能の一つが囁きを発する。 「あのー、宮子姉ちゃん」 「ん?」 「オレの分は…」 「員数外のあんたの分なんてあるわけ無いじゃない」 「ですよねー」  がっくりとうな垂れる光太。そんな光太の姿に宮子の顔にしょうがないなあという笑顔が浮かぶ。 「冗談よ」 「え?」 「多めに作っておいたからね。あまり日持ちするものでもないし、あんたも協力しなさい。た・だ・し。あくまで主賓はナオなんだからね。分はわきまえること」 「うん、わかってるって!」  ころっと満面の笑みを見せる現金な光太に苦笑する宮子。直は「よかったね」と素直に喜んでいる。  そして二人+一のパーティは始まった。 (――――――――) 「ほら、あの大雨の時の仕事、覚えてる?二人で泥だらけになったあの時の」 「ああ、思い出したよ。何がおかしいのか真っ黒になった姿を見て笑いあったっけ」 (――――そう、そのときに気付くべきだったんです)  和気藹々の直と宮子をよそに、光太の中ではそんな一歩引いた言葉がよぎっていた。 「そしてこれがその記念のチョコケーキ。大変だったあの時みたくビターチョコでコーティングしてるけど、味はあの時のような泥の味じゃないから安心して」 「ふふ、それじゃいただきます」 (あの時の『多め』という言葉は直さん基準の『多め』だったということに…)  視線を横に移動させる。隣に居る直の姿は積みあげられた皿の山で半ば隠されている。  彼女がとてつもない大食いだというのは従姉の話や商店街でのおどろおどろしい噂(何より恐ろしいことに、同格以上の人間がまだいるという話なのだ!)で耳にはしていたが、まさかこれほどとは。  更なる問題として、光太がこの世で一番好きな少女、宮子から勧められたものを断るという選択肢は彼には存在しない。そして、中学生になったばかりとはいえ光太はまぎれもなく「男」であり、であるからして女性に特有の甘いものを別に保存する別腹は持ち合わせていない。  結果として光太は今、好きな人の手作りのお菓子を味わう幸福と満腹を越えて食べ続ける苦痛を同時に味わっていた。 (あー……でもやっぱり宮子姉ちゃんの作ったのはどれもおいしいなあ)  直と宮子がこの一年の思い出を堪能している中、光太は今口に放り込んだマドレーヌが食道から胃を経由し、玉突き式に自分の魂を外に押し出すそんな感覚を堪能していたのだった。     おしまい ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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