【A Big Gun Epic 後】

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4月16日 双葉学園醒徒会 今回の連続水死体事件のことで、双葉大学より醒徒会に報告書が届いた。 ・事件概要 ①今回の事件は蜃によるものと考えられる。 ②成熟年齢に達した蜃は、出水管より幼生(larvae)を体外に放出する。幼生は浮遊に適した体の構造を有し、海水表層付近を漂う。 ③幼生を放出した母体は、幻覚性の霧により、陸上動物を海岸へと誘引、海水を多量に飲ませることにより、体内に幼生を侵入させる。 ④体内に侵入した幼生は消化管に付着、傷をつけ、そこから管を刺し込む。一部は最も新鮮な血液が採取できる肺に移動する。海水と成分がよく似ており、栄養も豊富な血液を幼生体内に取り込むことで成長する。同時に血液中のカルシウムより貝殻の形成を行う。 ⑤体内に寄生中、幼生はある種の化学物質を分泌することで、宿主の痛みを和らげる。 ⑥貝殻と体内器官を完成させた幼生(貝殻を完成させた時点で稚貝と呼ぶ)は、幻覚によって宿主を海に誘引し、溺死させる。 ⑦宿主の体内に海水が侵入した時点で、稚貝は付着場所を離れ、海底に着底し、蜃として成長していく。 ⑧上記の経過を経て、水死体と化した宿主が今回発見されたものと思われる。 ※1、蜃はこの再生産のために、普段は通常の霧を放出して姿を隠していると考えられる。 ※2、蜃は貝殻から水管を空気中に伸ばし、そこから霧や蜃気楼を放出する。そのため、蜃は水管を水上で伸ばせる深度に棲息していると予測され、それほど深くない位置にいるものと考えられる。 ※3、前回、今回の死傷者は、干潮時間帯が昼に来る日に発見されているため、蜃の活動は、潮の干満より、17~20日、その次は28~5月2日に活発化すると予想される。 ・対策 ①蜃の水管(水管上部は水上に姿を現しているはずである)を破壊し、霧、蜃気楼の放出を止める。 ②母体である蜃を破壊、除去する。 ③海水中より幼生を除去する。 ※幼生は摂餌器官を有していない、そのため、母体から放出後、一定時間以内に動物の体内に侵入できない場合、餓死すると考えられる(現在実験中)。 ※幼生は体表の傷などからは侵入できないと考えられる。しかし、念のため、幼生が消滅するまで海水には触れないことが望ましい(現在実験中)。 これを受け、醒徒会副会長、水分が中心となって作戦の立案が行われた。 ポイントとなったのは、どのようにして、水管を破壊するかである。水管を破壊するには、接近して攻撃するか、遠距離から射撃するか、2つの選択肢がある。確実なのは前者であるが、そのためには、幼生うごめく海水に浸かる必要性がある。例え、幼生をなんとかできたとしても、蜃の形状、すなわちハマグリの形をした二枚貝は、clamと呼ばれ、潜砂能力に優れた形状、機能を有している。そのため、接近を察知されて砂中に逃亡される恐れがあった。 そこで、まず強力な一撃によって水管を破壊し、霧の発生を停止せしめる。しかる後に本体を陸揚げするという戦法が決定された。水管は二枚貝が砂中での呼吸に使用していることから、これを破壊すれば潜砂能力も大きく低下することが期待できたためである。 ただし、海岸に広くダメージを与えるような強力すぎる攻撃は、人造砂浜そのものを崩壊させる恐れがあるため、「ちょうど良い」攻撃力が求められた。 同日 2-Q教室 昼休み、俺のところに珍しい来客があった。醒徒会副会長水分である。水分は、蜃討伐の作戦案を披露し、蜃の水管を破壊するために、俺のリーゼントキャノンの能力を使いたいと言って来たのだ。 俺はこの申し出にノリ気だった。何人も死者を出しているラルヴァを俺の異能で倒す。断る理由などない。しかし、不安材料はあった。 「協力してくれって頼まれれば、協力するぜ。ただ、話を聞く限り一撃必殺を期さなきゃいけないってことだろ? 俺のリーゼントじゃむずくね?」 俺のリーゼントキャノンは精密射撃で敵を倒す、というよりも爆発に巻き込む形でダメージを与えたり、牽制しつつ接近し、必殺の零距離射撃を叩き込むための能力だと思っている。この作戦のように、遠距離から一発必中を期すことは、正直なところ自信がなかった。 「その点についてですが、貴方のご友人が素敵な解決策を提示してくれました。」 申し合わせていたかのように、水分の後方から退院したばかりの根本が現れる。 「ねも……?」 「よぉ、牧野! いい手を考えたんだ」 目を細めた満面の笑み……、いつもやる気のない表情をしている根本の顔が活き活きと輝いている。ろくでもないことや、しょーもないイタズラを考え付いたときの根本の顔だった。 「どうすんだよ?」 俺の問いかけに対して、根本は自信たっぷりの表情で答える。 「ロング・バレルさ!」 「は?」 根本が何をしようとしているのか、さっぱり分からなかった。 「伸ばすんだよぅ、リーゼントを! 狙撃用の銃ってのは、銃身が長いもんだろ? お前のリーゼントも伸ばして、こう台座みたいなので固定すれば一発必中を狙えると思うぜ!」 「はあっ!?」 自分ではこのリーゼントはかなりボリュームがある方と思っていたのだが、これをさらに伸ばすとなると、その分髪の毛、特に前髪を伸ばし、固めなければならない。一体、どれくらい時間をかけて伸ばそうというのだろうか? 「安心しろ、いい異能の持ち主を知っている。ひょっとしたら、お前のリーゼントが少々不恰好になってしまうかもしれんが、どうせ一時的だ。ラルヴァを倒し、これ以上の被害者を出さないために力を貸してくれ!」 根本はいつになく真剣だった。こいつは時として、自分がおもしろがるためにいくらでも仮面を被ることのできる男になる。今回もそんな性の悪い一面が出ているのだろうか? それとも本気でこの事件を解決しようとしているのだろうか? 「伸ばすったって……どうやんだよ?」 「牧野、我が友よ、心配するな! 俺の知り合いに植物とか髪の毛とか成長させる異能持ちがいる。そいつに話は通してある。」 得意気な顔で朗々としゃべる根本。 「おーけぇい、分かった。俺に何ができっかわかんねーけど、力は貸すよ。」 放課後、俺は醒徒会室に顔を出した。 「ちわーすっ、呼ばれたんで来ましたぜ?」 そこにいたのは、副会長他、メンバーと思しきもの2名。全員高等部の制服を着ているところから判断するに、ここには噂の会長様はいないようだ。 「ようこそ、醒徒会室へ、牧野さん、こちらが園芸部副部長の慶田花さんです。彼女は生体の成長を促進させる異能をお持ちです。」 水分がそのうち一人を紹介する。 「どーもー、O組の慶田花、 慶田花碧(けだはな みどり)ですよ。ふふん。」 そこにいたのは、土気色の顔をした、見るからに明朗活発とは無縁そうな、猫背の女子生徒だった。長い髪はそれなりに手入れしてあるようだが、相手の顔を覗き込むようにうかがうその目は明らかに死んでいた。 この女、本当に生き物の成長を促進させることなんてできるのだろうか? その顔はどうも死神の方が似合っているような気がする。俺はそう思った。 「うわ、これが噂のリーゼント? ふん、すっげぇですね? いや感動? まるで海苔巻きですね? これでドついたらガラスとか割れるんですかね? ふんっ!」 もうここまでで、俺はこの慶田花とかいう女が、話して楽しい人間ではないということが理解できた。無理に明るくおしゃべりしようとしているのが、ひしひしと伝わって来るのだ。そして、その一方で、彼女の振る舞いはどこか投げやりなものが感じられた。 「あ、いらっとしました? いらっとしましたよね? ふん、すいませんね、あたし、コミュニケーション能力とかないんで、ふん、花いじる以外に能がないもんでー」 「そーなんすか」 俺は努めて感情を抑えて受け答えた。時折入る「ふん」という鼻を鳴らす音が俺を疲れさせる。根本はどうやってこいつと知遇を得て、俺のことをお願いしたのだろう? それが不思議でならなかった。なんだか話していて疲れる女だった。 「あー、ふん、あたしの能力ですけどー、魂源力を抽入することでー、ふん、植物とか、生きてるもの全体や、その一部の成長を促進させることができるんですよー。ふん。爪とか髪の毛だけ伸ばしたこともあるんでー、ふん、いけると思いますよ?」 「慶田花さんはその異能を用い、学校の花壇を常に花で一杯にするのに貢献なされているんです。以前、花壇が野良猫に荒らされたときも、彼女が一晩で直してくれたんですよ」 たまりかねたのか、心配になったのか、水分がフォローを入れる。少なくとも、俺にはそう見えた。 「で、副会長? ふん。どーします? 早速やるんですか? リーゼント延長戦?」 慶田花が水分に訪ねる。 「蜃を倒すには、潮の状態が良くないといけません。蜃は潮が満ちているときは砂の中に隠れている可能性が高いそうです。そして、潮がいいのは明後日まで。天気予報によれば、しばらく好天が続くようなので、可能なら明日、遅くても明後日には、ラルヴァにリーゼントキャノンを撃ってもらいます。このチャンスを逃したら、しばらくは潮が悪くなるので、ラルヴァを退治できなくなります。」 水分の説明によれば、昼間に潮がある程度引くのは明後日までであり、それ以降は潮が引かなかったり、引いてもその時間が夜間になるため、任務達成が困難になると判断したそうだ。また、このチャンスを逃したら、次の潮が良い日まで時間が空いてしまうため、中途半端にしかリーゼントを伸ばせなくても、明後日には作戦を決行するとのことだった。 「ふん、じゃあ、早速やってみましょう。リーゼント借りますねー? ふふん。うっわ、べっとべっとぉ……ポマードしっかりくっつけてるんですねー?」 「俺のリーゼント、ぐしゃぐしゃにすんなよ?」 俺が用意された椅子に座ると、慶田花が向かい合うように別の椅子に座り、その手を俺のリーゼントに添える。俺は他人の魂源力が見えたりはしないが、次第に頭がぽかぽかと暖まっていき、毛穴がむずむずするのが感じられた。今、俺の髪が伸びて行ってるのだろうか? 慶田花のいう「リーゼント延長戦」は30分ほど続いたが、唐突に終わった。 「かはー、すんません、牧野さん、副会長、ふん、今日はここまでですねー!」 相変わらず、死んだような目のまま慶田花がお手上げというポーズをする。なんでもここに呼ばれるまでに、植物の育成に異能を使っていたため、もう魂源力がなくなってしまったらしい。この続きは後日となり、俺は明日の朝、またこの部屋に来ることになった。 リーゼントの先端からは伸びた分の髪の毛が垂れている。長さにして30cmくらいであろうか? 水分の顔が引きつっている。もう一人いたはずの醒徒会役員らしき生徒は逃げ出すようにして、部屋から出て行ってしまった。俺はリーゼントから伸びた部分を整えようとするが、いつもポケットに入れているはずの手鏡がない。どうやら教室に置いてきてしまったらしい。 「じゃあ、お疲れーっすっ!」 俺は副会長に挨拶を済ませると、さっさとQ組の教室へと戻った。教室にはまだ数人の生徒がいた。根本は俺を待っててくれていたらしく、机に寝そべるような格好で何やら本を読んでいる。 根本と目が合う。何か言いかけた根本の視線が俺の頭部へと向かう。そして…… 「スネちゃまああああああああっ!!」 神経を逆なでする絶叫の後、爆発でも起こったかのように笑い声が四方から飛び交う。その笑い声の十字砲火の中心にいるのは、まぎれもなく、俺だった。 俺は、根本の絶叫まで気がつかなかったのだが、カチカチに固めた自慢のリーゼント、その先端からさらに髪が伸び、地球に負けてダラリと垂直に垂れる姿、それはまさしく前衛的なスネオ君ヘアーそのものであったのだ。 「何してるざますぅぅぅ? スネちゃまぁぁぁっ!? あはっ! あはははははっ!!」 その日、俺は根本をど突きながら、足早に寮へと帰った。 4月17日 双葉学園醒徒会室 俺は打ち合わせ通り早めに登校し、醒徒会室で、再び慶田花の異能による「リーゼント延長戦」を受けた。 たっぷりと養生してきたらしく、俺のリーゼントはあっという間に俺の身長と同じくらいまで伸びた。もはや、歩くリーゼントだ。ポマードとハードスプレーを1ダースほど消費してやっと固めることが出来た。 しかし、これほどの長さになると先端は地球に負けて垂れ下がり、床をぴかぴかに磨こうとしている。これでは狙撃なんてできやしない。 「無理はすんなよ……ぷっ」 根本が、必死に笑いをこらえながら見送りの言葉を告げる。今、例の海岸には醒徒会や警察の許可なく立ち入ることは出来ない。 「行って来るぜ!」 根本といつものハイタッチを決める。ハイタッチを完遂するまでに、根本の頭を俺のロングリーゼントが三回叩いた。 その後、討伐チームの面々と共に、蜃が棲息している双葉島北部の海岸を再び訪れたのだが、俺のロングリーゼントは、街を歩けば街路樹にひっかかり、首を曲げれば、先端が鞭のようにしなり、横にいる通行人を打つ。とある親子連れは「見ちゃいけません、よしおちゃん!」とか言いながら俺から目をそらした。 小学生が泣き出したときは、本当に自殺したくなった。挙句の果てには、「兄貴と呼ばせてください!!」と面識のない不良が集団で土下座してきた。タクシーに乗ったときは、その先端がフロントガラスをコツコツ叩き、運転手は余程気になったのか、一度事故りそうになった。 ついでに言えば、討伐チームの面々は、副会長の水分を筆頭に誰も俺と目を合わせようとしなかった。おそらく、彼らなりに気を使ってくれているのだろう。 「では、牧野さんはここに座ってください。あ、しばらく動けなくなりますから、トイレなら今のうちに……」 水分は、相変わらず海岸に立ち込めている霧を払い、砂浜から海を見下ろせる位置に陣取るよう促した。海からの風に乗って霧は内陸部への流れていく。そこには、あの褐色の危険な霧も混ざっていた。 「大丈夫! 始めてもらっていーぜ! さっさとラルヴァをぶっ殺そう」 トイレなら学校から出る前に済ませておいた。小便をしようとすると、リーゼントの先端が壁にあたって、こちらに曲がってくるため、危うく引っ掛けそうになったが。いや、実際のところ少し引っかかったかもしれない。自分の髪に小便ひっかけるなんて、なかなかできない体験だった。 「では……」 水分は何やら神那岐と話した後、いつもの要領で、霧を晴らす。俺たちのいる場所から、海上のとある場所までの霧が払われ、そこには、水上へわずかに顔を出している2つの水管が見えた。片方の水管からは霧が出ているのが見える。 「あれが、今回のターゲットです。」 水分がその2つの水管を指差す。何人かの生徒は測量に使う道具だろうか? 何やら見慣れない道具を水管に向けている。距離を測定しているのだろうか? 「長時間、広範囲の霧を晴らすことは私でも容易ではありません。攻撃準備が整うまで、私たちがいる、この場所周辺のみに限定して異能を使います。できるだけ早く準備をしてください。」 水分の指示の下、何人かの学生が仕事を始める。 「おい! ちょっと、何すんだよ?」 彼らはなんと、俺のリーゼントを2台の三脚のようなものに固定し始めたのだ。 「申し訳ありませんが、牧野さんのリーゼントを真っ直ぐにしないといけないんです。少しの間、辛抱してください。」 「……」 ここまで来ては拒否権はなかった。俺のリーゼントはてきぱきと三脚みたいな台座にくくりつけられ、角度の微調整が行われていく。椅子に座った俺から伸びるリーゼントが固定されている姿、それはまるで頭の上に天体望遠鏡がのっかっているみたいだ。 さらに俺の横では髪の跳ねた小柄な女子生徒がビデオカメラを設置し始めた。 「何してんの?」 「? いや~、こんなおもし……勇壮なラルヴァとの戦い、映像に記録するのも書記の仕事かな~って、思ってさ~。まあ、気にしないでね!」 ぺろりと舌を出してウインクをする。明らかに遊んでるだろ?、と言いたくなったが、恐らく、立場が逆だったら自分も野次馬根性を発揮していただろうと思い直し、気にしないことにした。 「初めまして、渡辺と言います。」 暇を持て余しているのだろうか? 眼鏡をかけた男子が一人、俺に話しかけてきた。先程、測量っぽいことをしていた生徒の一人のようだ。なんでも、計算に関する異能の持ち主らしく、蜃の水管の位置を測量法を利用して計算し、俺のリーゼントキャノンの射角や方向を決定するために呼ばれたらしい。 「正直、これくらいの計算誰でもできますよ。でも、せっかく僕の異能を必要としてくれたわけですから、任せてください。ばっちり正確に計算してご覧に入れますよ」 渡辺と名乗った一年生は、計算の仕方などを「分かりやすく」披露してくれたが、俺の頭ではさっぱり分からなかった。 「しかし、先輩もよくこんな役目引き受けましたね? これも犠牲者を出したラルヴァへの怒りですか?」 「ん~、そうだな~……それもあるが、こいつは俺のダチをあぶねー目に合わせたから……万死に値する」 渡辺はこの言葉に感動したようだ。 「熱い! 熱いっですよ先輩! 友のためですか? 分かりました、この不肖渡辺、先輩の友情のために人肌脱がせていただきます! 先輩、頑張ってくださいね!」 「……? ん、ありがとよ」 話が終わるのを待って、水分がこちらにやって来た。 「そろそろ始めます」 さっき、ビデオカメラをいじっていた女子生徒が俺のリーゼントの触れる。 「失礼するね、あたしは醒徒会書記、加賀杜、よろしく。あたしは他人の能力を強化させることができるんだ。あたしが触れていれば、だけどね!」 水分が蜃がいた場所まで霧を晴らす。水管は依然としてその場所にあった。渡辺らがその位置を確認し、リーゼントの向きを微調整する。 「いけます!」 作業を終えた渡辺はこちらに向かって親指を立てた。「その時」が迫る。 「ちょっと待った!」 子供、女の子の声がリーゼントキャノンの発射準備を妨げた。 何やら得体の知れない獣に乗っかった女の子がやってくる。それは、醒徒会会長、藤神門御鈴(ふじみかどみすず)その人であった。 「会長、確か今日は忙しいと……?」 水分が驚いた顔をする。 「うむ、やはり生で見たいのだ。ほう、これがリーゼントキャノン・ロングバレルバージョンか……かっこいい……」 きらきらと瞳を輝かせる会長。リーゼントの良さが分かるとは関心な子だが……分かっているのだろうか? ちょっと違う気もした。 「良し! 準備は済んだんだな? いいか、私の合図に合わせて発射するんだ! しっかり頼むぞ、リーゼント!」 獣から飛び降り、右手を高々と掲げる会長。ひょっとして会長は、「うてー!」とかするのをやりたかっただけなのだろうか? 「会長! 準備オーケーです!」 加賀杜が会長に調子を合わせる。 「うむ! 軌道照準ゲル・ドルバ!!」 照準はもうついてるはずなのに、会長が何やら指令を飛ばす。ゲル・ドルバとはなんのことだろう? 俺の困った顔を見た加賀杜が小声で説明する。 「会長、最近見たアニメの影響を受けてしまってて……照準は大丈夫?」 「大丈夫です! いけます!」 加賀杜の問いかけに渡辺が答える。 「トゥールハンマー、エネルギー充填開始!」 会長の次なる指令が飛ぶ。俺はリーゼントに魂源力を集中させた。加賀杜の異能のせいだろうか? いつもより力強く、エネルギーがリーゼントに満ちていくのが分かる。俺は限界までチャージした。全ての魂源力をこの一発に込める。 いつもはチャージ時に金色に輝くリーゼントは、さらに光を増し、七色の光を神々しく放っていた。根本がこの場にいたら、さぞかし笑ったことだろう。 そこに会長から意味不明な言葉が飛んでくる。 「どうした? それでも世界で最も邪悪な一族の末裔か!?」 (いえ、会長、俺は普通の人間だぜ?) これも多分、アニメか何かの影響なのだろう。俺は心の中で反論すると、チャージに意識を集中した。全ての魂源力が頭部に集中する。 「魂源力充填完了!」 俺の報告に対し、会長は即座に右手を前方に振り下ろした。 「焼き払え!」 「ファイアーッ!!」 閃光が走り、凄まじい衝撃が俺の頭部を襲う。リーゼントが固定されていなかったら、後頭部を地面にぶつけていただろう。 「やった!」 「うおおおおっ!!」 次の瞬間、歓声と共に濛々と水蒸気が立ち上った。着弾したのだ。 「はぁー、はぁー、はぁー……疲れた……」 一度に全ての魂源力を撃ち出したせいか、どっと疲れが俺の全身を襲った。このまま寝転びたいが、リーゼントが固定されているのでそれはできない。 そうしている間に、次第に水蒸気が消え、視界がクリアーになってきた。 「どうだ? やったのか?」 会長が結果を知りたくてそわそわしている。 「今、確認させます。瑠杜賀さん、よろしくお願いします!」 水分の指示を受けて、何やら本格的なメイド服を着た黒髪、三つ編みの女子生徒が立ち上がる。 「了解しました、司令官。」 「し、司令官?」 司令官と呼ばれた水分が一瞬、戸惑った表情を見せた。多分、あれがC組名物のポンコツメイド、瑠杜賀羽宇(るとがはう)だろう。噂では聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。 自動人形だか、アンドロイドだか、サイボーグだか忘れたが、とにかく異能によって生み出された人形らしい。 瑠杜賀はメイド服のまま、海水に濡れるのも気にしないかのようにざぶざぶと海の中を歩いていった。おそらく、人形ならば、蜃の幼生も何も出来ないだろう、という判断のもとに行われた人選なのだろう。 瑠杜賀はそのまま歩き続け、水面が胸の辺りまで来たところで、海中にしゃがみ込んだ。しばらくして顔を上げる。 「司令官! 対象物の破壊を確認。水管は全壊、貝殻は後方が破壊されています。対象物は殻長がおよそ1.2メートルです。どうしますか?」 「予めお伝えした指示通りにお願いします!」 遠い距離なので、水分は必死に叫び、指示を伝える。 「了解しました!」 瑠杜賀はてきぱきと作業をすると、何も持たずに海から戻ってきた。いや、ロープの先を持っていた。蜃にロープを結び付けてきたらしい。 「星崎さん、よろしく」 そして、また、星崎の異能によって、蜃はロープごと砂浜の上へと移動させられた。後は、これを双葉大学の調査チームが引取りに来れば、任務完了である。 俺は伸びに伸びたリーゼントの大部分を切り落とされ、帰途につくことになった。真っ白な砂浜の上には、でっかい恵方巻きのような、俺のリーゼントだったものが残された。 4月19日 双葉学園高等部男子学生寮 翌日、俺はひどい風邪をひいてしまった。一度に魂源力を放出してしまったのが悪かったらしい。昨日は高熱が出て、のども腫れ、エライ目にあった。数日は寮の自室で休息をとることになったが、やることがない。 『助さん、格さん、下がっていなさい……』 『ご隠居!?』 朝からつけっ放しのテレビでは、「暴れん坊黄門」が流れている。これをまともに見たのは小学生の頃以来だった。 (この番組まだやってたんだ……) コンコンと扉を叩く音がする。 「鍵なら開いてるぜー、どーぞー」 「よお、見舞いに来たぜ……お~、まあ顔色良くなったじゃん」 根本だった。 「わざわざ見舞いに来てくれたんだ、何かうまいもんくらい持ってきてくれたんだろうな?」 「え? 食いもん欲しかったの?」 根本はちょっと困ったという表情で自分の鞄をがさごそと漁った。そして、何かを取り出す。 「わりぃ、ちくわしか持ってねぇ」 コンビニで買ったであろう、100円のちくわを取り出す。俺はとりあえず、それを受け取っておいた。 「あと、これ、でこ子爵から」 そう言って、根本はプリントの束を鞄から取り出す。でこ子爵とは、2-Qの担任、佐久間盛寛のことだ。 「今日の授業で使った数学、生物、世界史のプリント、あとでこ子爵の学級通信」 でこ子爵は普段、冗談一つ言わない堅物なのだが、「Don Quixote」と題された学級通信(生徒に風車に突撃して欲しいのだろうか?)の中では、四コマ漫画を連載したり(絵は劇画調で上手だが、すんごいつまらない)、毎号自分で占ったという12星座占いを掲載したりと、なかなかファンキーなことをしている。 「をい、俺かよ……」 その学級通信には、でかでかと俺の写真が載っていた。リーゼントキャノンの発射シーンだ。バックブラストが凄いせいで、一見、俺の頭が無数の悪霊に囲まれているようにしか見えない。 「結局、あの蜃だっけ? でっかい貝の化け物、あれの幼生は親の助けがないと受身でしか寄生できないってことで、海岸を立ち入り禁止にしたら、餓死して死滅したらしいぜ? 幾つか成長をはじめていた稚貝もいたらしいけど、異能者がしらみつぶしに退治したってさ」 根本がこの前の事件の顛末を説明する。どうやら、あの事件は無事終わったみたいだ。 「で、これは俺からの差し入れだぜ」 根本が制服の胸ポケットから緑色の小袋を取り出す。それは「病気平癒」と書かれた双葉神宮の御守りだった。 「お賽銭奮発して、お前が早く良くなるようお祈りしてきてやったぜ? 俺も一応異能持ちらしいからさ、いつか一緒にラルヴァと戦おうぜ? 頑張ってお前の背中預けられるようになるよ、多分」 そう言って、根本は無邪気ににこにこと笑っていた。 「変わらないな、お前」 「ん~?」 ~ 「A Big Gun Epic」 完 ~ ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
4月16日 双葉学園醒徒会 今回の連続水死体事件のことで、双葉大学より醒徒会に報告書が届いた。 ・事件概要 ①今回の事件は蜃によるものと考えられる。 ②成熟年齢に達した蜃は、出水管より幼生(larvae)を体外に放出する。幼生は浮遊に適した体の構造を有し、海水表層付近を漂う。 ③幼生を放出した母体は、幻覚性の霧により、陸上動物を海岸へと誘引、海水を多量に飲ませることにより、体内に幼生を侵入させる。 ④体内に侵入した幼生は消化管に付着、傷をつけ、そこから管を刺し込む。一部は最も新鮮な血液が採取できる肺に移動する。海水と成分がよく似ており、栄養も豊富な血液を幼生体内に取り込むことで成長する。同時に血液中のカルシウムより貝殻の形成を行う。 ⑤体内に寄生中、幼生はある種の化学物質を分泌することで、宿主の痛みを和らげる。 ⑥貝殻と体内器官を完成させた幼生(貝殻を完成させた時点で稚貝と呼ぶ)は、幻覚によって宿主を海に誘引し、溺死させる。 ⑦宿主の体内に海水が侵入した時点で、稚貝は付着場所を離れ、海底に着底し、蜃として成長していく。 ⑧上記の経過を経て、水死体と化した宿主が今回発見されたものと思われる。 ※1、蜃はこの再生産のために、普段は通常の霧を放出して姿を隠していると考えられる。 ※2、蜃は貝殻から水管を空気中に伸ばし、そこから霧や蜃気楼を放出する。そのため、蜃は水管を水上で伸ばせる深度に棲息していると予測され、それほど深くない位置にいるものと考えられる。 ※3、前回、今回の死傷者は、干潮時間帯が昼に来る日に発見されているため、蜃の活動は、潮の干満より、17~20日、その次は28~5月2日に活発化すると予想される。 ・対策 ①蜃の水管(水管上部は水上に姿を現しているはずである)を破壊し、霧、蜃気楼の放出を止める。 ②母体である蜃を破壊、除去する。 ③海水中より幼生を除去する。 ※幼生は摂餌器官を有していない、そのため、母体から放出後、一定時間以内に動物の体内に侵入できない場合、餓死すると考えられる(現在実験中)。 ※幼生は体表の傷などからは侵入できないと考えられる。しかし、念のため、幼生が消滅するまで海水には触れないことが望ましい(現在実験中)。 これを受け、醒徒会副会長、水分が中心となって作戦の立案が行われた。 ポイントとなったのは、どのようにして、水管を破壊するかである。水管を破壊するには、接近して攻撃するか、遠距離から射撃するか、2つの選択肢がある。確実なのは前者であるが、そのためには、幼生うごめく海水に浸かる必要性がある。例え、幼生をなんとかできたとしても、蜃の形状、すなわちハマグリの形をした二枚貝は、clamと呼ばれ、潜砂能力に優れた形状、機能を有している。そのため、接近を察知されて砂中に逃亡される恐れがあった。 そこで、まず強力な一撃によって水管を破壊し、霧の発生を停止せしめる。しかる後に本体を陸揚げするという戦法が決定された。水管は二枚貝が砂中での呼吸に使用していることから、これを破壊すれば潜砂能力も大きく低下することが期待できたためである。 ただし、海岸に広くダメージを与えるような強力すぎる攻撃は、人造砂浜そのものを崩壊させる恐れがあるため、「ちょうど良い」攻撃力が求められた。 同日 2-Q教室 昼休み、俺のところに珍しい来客があった。醒徒会副会長水分である。水分は、蜃討伐の作戦案を披露し、蜃の水管を破壊するために、俺のリーゼントキャノンの能力を使いたいと言って来たのだ。 俺はこの申し出にノリ気だった。何人も死者を出しているラルヴァを俺の異能で倒す。断る理由などない。しかし、不安材料はあった。 「協力してくれって頼まれれば、協力するぜ。ただ、話を聞く限り一撃必殺を期さなきゃいけないってことだろ? 俺のリーゼントじゃむずくね?」 俺のリーゼントキャノンは精密射撃で敵を倒す、というよりも爆発に巻き込む形でダメージを与えたり、牽制しつつ接近し、必殺の零距離射撃を叩き込むための能力だと思っている。この作戦のように、遠距離から一発必中を期すことは、正直なところ自信がなかった。 「その点についてですが、貴方のご友人が素敵な解決策を提示してくれました。」 申し合わせていたかのように、水分の後方から退院したばかりの根本が現れる。 「ねも……?」 「よぉ、牧野! いい手を考えたんだ」 目を細めた満面の笑み……、いつもやる気のない表情をしている根本の顔が活き活きと輝いている。ろくでもないことや、しょーもないイタズラを考え付いたときの根本の顔だった。 「どうすんだよ?」 俺の問いかけに対して、根本は自信たっぷりの表情で答える。 「ロング・バレルさ!」 「は?」 根本が何をしようとしているのか、さっぱり分からなかった。 「伸ばすんだよぅ、リーゼントを! 狙撃用の銃ってのは、銃身が長いもんだろ? お前のリーゼントも伸ばして、こう台座みたいなので固定すれば一発必中を狙えると思うぜ!」 「はあっ!?」 自分ではこのリーゼントはかなりボリュームがある方と思っていたのだが、これをさらに伸ばすとなると、その分髪の毛、特に前髪を伸ばし、固めなければならない。一体、どれくらい時間をかけて伸ばそうというのだろうか? 「安心しろ、いい異能の持ち主を知っている。ひょっとしたら、お前のリーゼントが少々不恰好になってしまうかもしれんが、どうせ一時的だ。ラルヴァを倒し、これ以上の被害者を出さないために力を貸してくれ!」 根本はいつになく真剣だった。こいつは時として、自分がおもしろがるためにいくらでも仮面を被ることのできる男になる。今回もそんな性の悪い一面が出ているのだろうか? それとも本気でこの事件を解決しようとしているのだろうか? 「伸ばすったって……どうやんだよ?」 「牧野、我が友よ、心配するな! 俺の知り合いに植物とか髪の毛とか成長させる異能持ちがいる。そいつに話は通してある。」 得意気な顔で朗々としゃべる根本。 「おーけぇい、分かった。俺に何ができっかわかんねーけど、力は貸すよ。」 放課後、俺は醒徒会室に顔を出した。 「ちわーすっ、呼ばれたんで来ましたぜ?」 そこにいたのは、副会長他、メンバーと思しきもの2名。全員高等部の制服を着ているところから判断するに、ここには噂の会長様はいないようだ。 「ようこそ、醒徒会室へ、牧野さん、こちらが園芸部副部長の慶田花さんです。彼女は生体の成長を促進させる異能をお持ちです。」 水分がそのうち一人を紹介する。 「どーもー、O組の慶田花、 慶田花碧(けだはな みどり)ですよ。ふふん。」 そこにいたのは、土気色の顔をした、見るからに明朗活発とは無縁そうな、猫背の女子生徒だった。長い髪はそれなりに手入れしてあるようだが、相手の顔を覗き込むようにうかがうその目は明らかに死んでいた。 この女、本当に生き物の成長を促進させることなんてできるのだろうか? その顔はどうも死神の方が似合っているような気がする。俺はそう思った。 「うわ、これが噂のリーゼント? ふん、すっげぇですね? いや感動? まるで海苔巻きですね? これでドついたらガラスとか割れるんですかね? ふんっ!」 もうここまでで、俺はこの慶田花とかいう女が、話して楽しい人間ではないということが理解できた。無理に明るくおしゃべりしようとしているのが、ひしひしと伝わって来るのだ。そして、その一方で、彼女の振る舞いはどこか投げやりなものが感じられた。 「あ、いらっとしました? いらっとしましたよね? ふん、すいませんね、あたし、コミュニケーション能力とかないんで、ふん、花いじる以外に能がないもんでー」 「そーなんすか」 俺は努めて感情を抑えて受け答えた。時折入る「ふん」という鼻を鳴らす音が俺を疲れさせる。根本はどうやってこいつと知遇を得て、俺のことをお願いしたのだろう? それが不思議でならなかった。なんだか話していて疲れる女だった。 「あー、ふん、あたしの能力ですけどー、魂源力を抽入することでー、ふん、植物とか、生きてるもの全体や、その一部の成長を促進させることができるんですよー。ふん。爪とか髪の毛だけ伸ばしたこともあるんでー、ふん、いけると思いますよ?」 「慶田花さんはその異能を用い、学校の花壇を常に花で一杯にするのに貢献なされているんです。以前、花壇が野良猫に荒らされたときも、彼女が一晩で直してくれたんですよ」 たまりかねたのか、心配になったのか、水分がフォローを入れる。少なくとも、俺にはそう見えた。 「で、副会長? ふん。どーします? 早速やるんですか? リーゼント延長戦?」 慶田花が水分に尋ねる。 「蜃を倒すには、潮の状態が良くないといけません。蜃は潮が満ちているときは砂の中に隠れている可能性が高いそうです。そして、潮がいいのは明後日まで。天気予報によれば、しばらく好天が続くようなので、可能なら明日、遅くても明後日には、ラルヴァにリーゼントキャノンを撃ってもらいます。このチャンスを逃したら、しばらくは潮が悪くなるので、ラルヴァを退治できなくなります。」 水分の説明によれば、昼間に潮がある程度引くのは明後日までであり、それ以降は潮が引かなかったり、引いてもその時間が夜間になるため、任務達成が困難になると判断したそうだ。また、このチャンスを逃したら、次の潮が良い日まで時間が空いてしまうため、中途半端にしかリーゼントを伸ばせなくても、明後日には作戦を決行するとのことだった。 「ふん、じゃあ、早速やってみましょう。リーゼント借りますねー? ふふん。うっわ、べっとべっとぉ……ポマードしっかりくっつけてるんですねー?」 「俺のリーゼント、ぐしゃぐしゃにすんなよ?」 俺が用意された椅子に座ると、慶田花が向かい合うように別の椅子に座り、その手を俺のリーゼントに添える。俺は他人の魂源力が見えたりはしないが、次第に頭がぽかぽかと暖まっていき、毛穴がむずむずするのが感じられた。今、俺の髪が伸びて行ってるのだろうか? 慶田花のいう「リーゼント延長戦」は30分ほど続いたが、唐突に終わった。 「かはー、すんません、牧野さん、副会長、ふん、今日はここまでですねー!」 相変わらず、死んだような目のまま慶田花がお手上げというポーズをする。なんでもここに呼ばれるまでに、植物の育成に異能を使っていたため、もう魂源力がなくなってしまったらしい。この続きは後日となり、俺は明日の朝、またこの部屋に来ることになった。 リーゼントの先端からは伸びた分の髪の毛が垂れている。長さにして30cmくらいであろうか? 水分の顔が引きつっている。もう一人いたはずの醒徒会役員らしき生徒は逃げ出すようにして、部屋から出て行ってしまった。俺はリーゼントから伸びた部分を整えようとするが、いつもポケットに入れているはずの手鏡がない。どうやら教室に置いてきてしまったらしい。 「じゃあ、お疲れーっすっ!」 俺は副会長に挨拶を済ませると、さっさとQ組の教室へと戻った。教室にはまだ数人の生徒がいた。根本は俺を待っててくれていたらしく、机に寝そべるような格好で何やら本を読んでいる。 根本と目が合う。何か言いかけた根本の視線が俺の頭部へと向かう。そして…… 「スネちゃまああああああああっ!!」 神経を逆なでする絶叫の後、爆発でも起こったかのように笑い声が四方から飛び交う。その笑い声の十字砲火の中心にいるのは、まぎれもなく、俺だった。 俺は、根本の絶叫まで気がつかなかったのだが、カチカチに固めた自慢のリーゼント、その先端からさらに髪が伸び、地球に負けてダラリと垂直に垂れる姿、それはまさしく前衛的なスネオ君ヘアーそのものであったのだ。 「何してるざますぅぅぅ? スネちゃまぁぁぁっ!? あはっ! あはははははっ!!」 その日、俺は根本をど突きながら、足早に寮へと帰った。 4月17日 双葉学園醒徒会室 俺は打ち合わせ通り早めに登校し、醒徒会室で、再び慶田花の異能による「リーゼント延長戦」を受けた。 たっぷりと養生してきたらしく、俺のリーゼントはあっという間に俺の身長と同じくらいまで伸びた。もはや、歩くリーゼントだ。ポマードとハードスプレーを1ダースほど消費してやっと固めることが出来た。 しかし、これほどの長さになると先端は地球に負けて垂れ下がり、床をぴかぴかに磨こうとしている。これでは狙撃なんてできやしない。 「無理はすんなよ……ぷっ」 根本が、必死に笑いをこらえながら見送りの言葉を告げる。今、例の海岸には醒徒会や警察の許可なく立ち入ることは出来ない。 「行って来るぜ!」 根本といつものハイタッチを決める。ハイタッチを完遂するまでに、根本の頭を俺のロングリーゼントが三回叩いた。 その後、討伐チームの面々と共に、蜃が棲息している双葉島北部の海岸を再び訪れたのだが、俺のロングリーゼントは、街を歩けば街路樹にひっかかり、首を曲げれば、先端が鞭のようにしなり、横にいる通行人を打つ。とある親子連れは「見ちゃいけません、よしおちゃん!」とか言いながら俺から目をそらした。 小学生が泣き出したときは、本当に自殺したくなった。挙句の果てには、「兄貴と呼ばせてください!!」と面識のない不良が集団で土下座してきた。タクシーに乗ったときは、その先端がフロントガラスをコツコツ叩き、運転手は余程気になったのか、一度事故りそうになった。 ついでに言えば、討伐チームの面々は、副会長の水分を筆頭に誰も俺と目を合わせようとしなかった。おそらく、彼らなりに気を使ってくれているのだろう。 「では、牧野さんはここに座ってください。あ、しばらく動けなくなりますから、トイレなら今のうちに……」 水分は、相変わらず海岸に立ち込めている霧を払い、砂浜から海を見下ろせる位置に陣取るよう促した。海からの風に乗って霧は内陸部への流れていく。そこには、あの褐色の危険な霧も混ざっていた。 「大丈夫! 始めてもらっていーぜ! さっさとラルヴァをぶっ殺そう」 トイレなら学校から出る前に済ませておいた。小便をしようとすると、リーゼントの先端が壁にあたって、こちらに曲がってくるため、危うく引っ掛けそうになったが。いや、実際のところ少し引っかかったかもしれない。自分の髪に小便ひっかけるなんて、なかなかできない体験だった。 「では……」 水分は何やら神那岐と話した後、いつもの要領で、霧を晴らす。俺たちのいる場所から、海上のとある場所までの霧が払われ、そこには、水上へわずかに顔を出している2つの水管が見えた。片方の水管からは霧が出ているのが見える。 「あれが、今回のターゲットです。」 水分がその2つの水管を指差す。何人かの生徒は測量に使う道具だろうか? 何やら見慣れない道具を水管に向けている。距離を測定しているのだろうか? 「長時間、広範囲の霧を晴らすことは私でも容易ではありません。攻撃準備が整うまで、私たちがいる、この場所周辺のみに限定して異能を使います。できるだけ早く準備をしてください。」 水分の指示の下、何人かの学生が仕事を始める。 「おい! ちょっと、何すんだよ?」 彼らはなんと、俺のリーゼントを2台の三脚のようなものに固定し始めたのだ。 「申し訳ありませんが、牧野さんのリーゼントを真っ直ぐにしないといけないんです。少しの間、辛抱してください。」 「……」 ここまで来ては拒否権はなかった。俺のリーゼントはてきぱきと三脚みたいな台座にくくりつけられ、角度の微調整が行われていく。椅子に座った俺から伸びるリーゼントが固定されている姿、それはまるで頭の上に天体望遠鏡がのっかっているみたいだ。 さらに俺の横では髪の跳ねた小柄な女子生徒がビデオカメラを設置し始めた。 「何してんの?」 「? いや~、こんなおもし……勇壮なラルヴァとの戦い、映像に記録するのも書記の仕事かな~って、思ってさ~。まあ、気にしないでね!」 ぺろりと舌を出してウインクをする。明らかに遊んでるだろ?、と言いたくなったが、恐らく、立場が逆だったら自分も野次馬根性を発揮していただろうと思い直し、気にしないことにした。 「初めまして、渡辺と言います。」 暇を持て余しているのだろうか? 眼鏡をかけた男子が一人、俺に話しかけてきた。先程、測量っぽいことをしていた生徒の一人のようだ。なんでも、計算に関する異能の持ち主らしく、蜃の水管の位置を測量法を利用して計算し、俺のリーゼントキャノンの射角や方向を決定するために呼ばれたらしい。 「正直、これくらいの計算誰でもできますよ。でも、せっかく僕の異能を必要としてくれたわけですから、任せてください。ばっちり正確に計算してご覧に入れますよ」 渡辺と名乗った一年生は、計算の仕方などを「分かりやすく」披露してくれたが、俺の頭ではさっぱり分からなかった。 「しかし、先輩もよくこんな役目引き受けましたね? これも犠牲者を出したラルヴァへの怒りですか?」 「ん~、そうだな~……それもあるが、こいつは俺のダチをあぶねー目に合わせたから……万死に値する」 渡辺はこの言葉に感動したようだ。 「熱い! 熱いっですよ先輩! 友のためですか? 分かりました、この不肖渡辺、先輩の友情のために人肌脱がせていただきます! 先輩、頑張ってくださいね!」 「……? ん、ありがとよ」 話が終わるのを待って、水分がこちらにやって来た。 「そろそろ始めます」 さっき、ビデオカメラをいじっていた女子生徒が俺のリーゼントの触れる。 「失礼するね、あたしは醒徒会書記、加賀杜、よろしく。あたしは他人の能力を強化させることができるんだ。あたしが触れていれば、だけどね!」 水分が蜃がいた場所まで霧を晴らす。水管は依然としてその場所にあった。渡辺らがその位置を確認し、リーゼントの向きを微調整する。 「いけます!」 作業を終えた渡辺はこちらに向かって親指を立てた。「その時」が迫る。 「ちょっと待った!」 子供、女の子の声がリーゼントキャノンの発射準備を妨げた。 何やら得体の知れない獣に乗っかった女の子がやってくる。それは、醒徒会会長、藤神門御鈴(ふじみかどみすず)その人であった。 「会長、確か今日は忙しいと……?」 水分が驚いた顔をする。 「うむ、やはり生で見たいのだ。ほう、これがリーゼントキャノン・ロングバレルバージョンか……かっこいい……」 きらきらと瞳を輝かせる会長。リーゼントの良さが分かるとは関心な子だが……分かっているのだろうか? ちょっと違う気もした。 「良し! 準備は済んだんだな? いいか、私の合図に合わせて発射するんだ! しっかり頼むぞ、リーゼント!」 獣から飛び降り、右手を高々と掲げる会長。ひょっとして会長は、「うてー!」とかするのをやりたかっただけなのだろうか? 「会長! 準備オーケーです!」 加賀杜が会長に調子を合わせる。 「うむ! 軌道照準ゲル・ドルバ!!」 照準はもうついてるはずなのに、会長が何やら指令を飛ばす。ゲル・ドルバとはなんのことだろう? 俺の困った顔を見た加賀杜が小声で説明する。 「会長、最近見たアニメの影響を受けてしまってて……照準は大丈夫?」 「大丈夫です! いけます!」 加賀杜の問いかけに渡辺が答える。 「トゥールハンマー、エネルギー充填開始!」 会長の次なる指令が飛ぶ。俺はリーゼントに魂源力を集中させた。加賀杜の異能のせいだろうか? いつもより力強く、エネルギーがリーゼントに満ちていくのが分かる。俺は限界までチャージした。全ての魂源力をこの一発に込める。 いつもはチャージ時に金色に輝くリーゼントは、さらに光を増し、七色の光を神々しく放っていた。根本がこの場にいたら、さぞかし笑ったことだろう。 そこに会長から意味不明な言葉が飛んでくる。 「どうした? それでも世界で最も邪悪な一族の末裔か!?」 (いえ、会長、俺は普通の人間だぜ?) これも多分、アニメか何かの影響なのだろう。俺は心の中で反論すると、チャージに意識を集中した。全ての魂源力が頭部に集中する。 「魂源力充填完了!」 俺の報告に対し、会長は即座に右手を前方に振り下ろした。 「焼き払え!」 「ファイアーッ!!」 閃光が走り、凄まじい衝撃が俺の頭部を襲う。リーゼントが固定されていなかったら、後頭部を地面にぶつけていただろう。 「やった!」 「うおおおおっ!!」 次の瞬間、歓声と共に濛々と水蒸気が立ち上った。着弾したのだ。 「はぁー、はぁー、はぁー……疲れた……」 一度に全ての魂源力を撃ち出したせいか、どっと疲れが俺の全身を襲った。このまま寝転びたいが、リーゼントが固定されているのでそれはできない。 そうしている間に、次第に水蒸気が消え、視界がクリアーになってきた。 「どうだ? やったのか?」 会長が結果を知りたくてそわそわしている。 「今、確認させます。瑠杜賀さん、よろしくお願いします!」 水分の指示を受けて、何やら本格的なメイド服を着た黒髪、三つ編みの女子生徒が立ち上がる。 「了解しました、司令官。」 「し、司令官?」 司令官と呼ばれた水分が一瞬、戸惑った表情を見せた。多分、あれがC組名物のポンコツメイド、瑠杜賀羽宇(るとがはう)だろう。噂では聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。 自動人形だか、アンドロイドだか、サイボーグだか忘れたが、とにかく異能によって生み出された人形らしい。 瑠杜賀はメイド服のまま、海水に濡れるのも気にしないかのようにざぶざぶと海の中を歩いていった。おそらく、人形ならば、蜃の幼生も何も出来ないだろう、という判断のもとに行われた人選なのだろう。 瑠杜賀はそのまま歩き続け、水面が胸の辺りまで来たところで、海中にしゃがみ込んだ。しばらくして顔を上げる。 「司令官! 対象物の破壊を確認。水管は全壊、貝殻は後方が破壊されています。対象物は殻長がおよそ1.2メートルです。どうしますか?」 「予めお伝えした指示通りにお願いします!」 遠い距離なので、水分は必死に叫び、指示を伝える。 「了解しました!」 瑠杜賀はてきぱきと作業をすると、何も持たずに海から戻ってきた。いや、ロープの先を持っていた。蜃にロープを結び付けてきたらしい。 「星崎さん、よろしく」 そして、また、星崎の異能によって、蜃はロープごと砂浜の上へと移動させられた。後は、これを双葉大学の調査チームが引取りに来れば、任務完了である。 俺は伸びに伸びたリーゼントの大部分を切り落とされ、帰途につくことになった。真っ白な砂浜の上には、でっかい恵方巻きのような、俺のリーゼントだったものが残された。 4月19日 双葉学園高等部男子学生寮 翌日、俺はひどい風邪をひいてしまった。一度に魂源力を放出してしまったのが悪かったらしい。昨日は高熱が出て、のども腫れ、エライ目にあった。数日は寮の自室で休息をとることになったが、やることがない。 『助さん、格さん、下がっていなさい……』 『ご隠居!?』 朝からつけっ放しのテレビでは、「暴れん坊黄門」が流れている。これをまともに見たのは小学生の頃以来だった。 (この番組まだやってたんだ……) コンコンと扉を叩く音がする。 「鍵なら開いてるぜー、どーぞー」 「よお、見舞いに来たぜ……お~、まあ顔色良くなったじゃん」 根本だった。 「わざわざ見舞いに来てくれたんだ、何かうまいもんくらい持ってきてくれたんだろうな?」 「え? 食いもん欲しかったの?」 根本はちょっと困ったという表情で自分の鞄をがさごそと漁った。そして、何かを取り出す。 「わりぃ、ちくわしか持ってねぇ」 コンビニで買ったであろう、100円のちくわを取り出す。俺はとりあえず、それを受け取っておいた。 「あと、これ、でこ子爵から」 そう言って、根本はプリントの束を鞄から取り出す。でこ子爵とは、2-Qの担任、佐久間盛寛のことだ。 「今日の授業で使った数学、生物、世界史のプリント、あとでこ子爵の学級通信」 でこ子爵は普段、冗談一つ言わない堅物なのだが、「Don Quixote」と題された学級通信(生徒に風車に突撃して欲しいのだろうか?)の中では、四コマ漫画を連載したり(絵は劇画調で上手だが、すんごいつまらない)、毎号自分で占ったという12星座占いを掲載したりと、なかなかファンキーなことをしている。 「をい、俺かよ……」 その学級通信には、でかでかと俺の写真が載っていた。リーゼントキャノンの発射シーンだ。バックブラストが凄いせいで、一見、俺の頭が無数の悪霊に囲まれているようにしか見えない。 「結局、あの蜃だっけ? でっかい貝の化け物、あれの幼生は親の助けがないと受身でしか寄生できないってことで、海岸を立ち入り禁止にしたら、餓死して死滅したらしいぜ? 幾つか成長をはじめていた稚貝もいたらしいけど、異能者がしらみつぶしに退治したってさ」 根本がこの前の事件の顛末を説明する。どうやら、あの事件は無事終わったみたいだ。 「で、これは俺からの差し入れだぜ」 根本が制服の胸ポケットから緑色の小袋を取り出す。それは「病気平癒」と書かれた双葉神宮の御守りだった。 「お賽銭奮発して、お前が早く良くなるようお祈りしてきてやったぜ? 俺も一応異能持ちらしいからさ、いつか一緒にラルヴァと戦おうぜ? 頑張ってお前の背中預けられるようになるよ、多分」 そう言って、根本は無邪気ににこにこと笑っていた。 「変わらないな、お前」 「ん~?」 ~ 「A Big Gun Epic」 完 ~ ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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