【六谷彩子と正義のミカタ 後編】

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「俺の名は『アカズフミキリ二号』。踏切なんて開けてやらないよーだ」  この日二度目のステージ。ラルヴァは人間顔負けのサービス精神で、悪役を演じる。 「そこまでだ、アカズフミキリ!」  高層ビルも震え上がらんばかりの大歓声。デンデンジャーのお出ましだ。  だが、ここから先のシナリオが変化している。アカズフミキリ二号はこう不穏なことを言ったのだ。 「甘く見るなよデンデンジャー。俺は兄貴の敵討ちに来たんだ」 「みんな、気をつけろ!」  レッドが二人に声をかける。デンデンジャーは三人がかりでアクションを繰り広げるが、怪人は楽々彼らをあしらい、追いつめてしまった。 「0系ヘッドライトビーム!」 「馬鹿め、二度も通じるか! ラッシュアワー踏切バリケード!」  デンデンジャーの発射したビーム攻撃は跳ね返されたらしく、爆発音ともに三人は吹き飛んでしまった。 「どうしたデンデンジャー? お前たちの力はそんなもんか」 「くそっ。このままでは……」  この想像もしなかった展開に、そろそろ子供たちは本気で心配を始める。泣き出した子まで出てきた。「負けないで!」という悲痛な応援が上がる。  そして、満を持してニューヒーローは登場した。 「とぉりゃぁ――――――――ッ!」  女性の叫び声。子供たちはピンク色のスーツに身をまとった新たな戦士が、アカズフミキリを蹴っ飛ばしたのを見た。 「ええー!」 「誰なのあれ!」 「デンデンジャーにピンクがぁ?」  こっそり熱心に番組を観ていた親御さんも、びっくりのご様子である。 (ありゃりゃ。ちょっとやりすぎた)  ピンクの中身は彩子であった。いつもの調子で攻撃に出たが、ついつい加減を忘れてアカズフミキリをステージから吹っ飛ばしてしまった。自分は異能者だということを自覚しないと大変だ。 「ちょっと、少しは手加減しろぉ!」  わざわざ走って戻ってきたアカズフミキリはそう大げさに抗議をし、子供たちの笑いを誘う。たぶん半分ぐらい本音が混じっている。 「開かない踏切なんて潰せばいいじゃない。ねえグリーン?」  会場がどよめく。ピンクだけでなく、「グリーン」という名前まで出たのだから。 『そうだなピンク。立体交差や地下化で踏切なんてなくせばいい』  スピーカーから聞こえてきた、謎のイケメンボイス。 「ぐ、グリーンだとぉ! どこだ、どこにいる――」 『ここだ』  アカズフミキリの脳天にグリーンの足が直撃する。真上から降ってきた彼はそのままバク宙でステージに着地し、子供たちに振り向く。ショーとは思えないド派手なスタントに、一同絶句。 「知ってた? 私たちデンデンジャーは五人だったのよ?」  ばっちりポーズを決めながら、ピンクこと彩子は言った。すると、「うおおおお!」という大人も子供も一体となった大歓声が上がった。 「ど、ど、どいつもこいつも乱暴すぎじゃあ! もう怒ったかんな!」  ステージにめりこんでいたアカズフミキリが起き上がる。真正面から突撃してきた。おそらく本気で怒っていることだろう。  それからはグリーンの独断場だった。アクションが得意と胸を張っただけのことはあり、パンチからキックまで力強くこなしては子供たちを喜ばせる。魅せ方というものをよくわかっている。しかもスタントマン以上の技のキレであり、素人とは思えない。  そして、もちろん目立ちたがりの彩子も黙っていないわけがない。 「フライ旗ソード!」  鉄道員が使用する赤旗を、ぎゅっと絞ったものを両手に持った。  一応デンデンジャーにも武器として長剣が用意されており、彩子にとって見せ場が訪れた。ラルヴァ相手に面打ちから胴、突きまで日頃のうっぷんを晴らすかのごとくバシバシ決めまくる。やがてアカズフミキリはまともに立っていられなくなる。 「もう……ダメ……ぐふっ」  仰向けにズテーンと倒れ、とうとう敗北を喫した。  こうしてドッキリ要素を含んだステージは、見事に大成功を収めた。デンデンジャーは改めて五人でポーズを決めると、ますます子供たちは喜んでくれる。  サービスの一環で、そのまま舞台を降りて子供たちの前に立つ。降りたとたん、彩子は観客にもみくちゃにされてしまった。 「ピンクすごい! かっこいい!」 「ねえねえ、いつテレビに出てくるの?」 「握手してください!」  彩子は子供たちのきらきらした瞳に包まれていた。どうしてかお父さん方の視線も熱い。  自分が戦うことで、こんなに喜んでもらえるなんて。  マスクの中で、彩子が心から笑顔になっていたのを子供たちは知る由もない。  この日はそのあと三回ステージがあり、いずれも大盛況だった。 「新戦士が登場した!」という書き込みが掲示板にされ、それは個人のSNSなどで瞬く間に拡散した。噂を聞きつけた親子連れがJRや地下鉄、京王や小田急、西武線などを利用してどんどん集まってくる。  ここは新宿。乗降客数日本一の名は伊達ではないのだ。 「サクラピンク、愛の天罰落とさせてもらいます!」  後先考えないアドリブでノリに乗っているのは、もちろん我らが負け女こと六谷彩子である。学園で鍛えた戦闘技術を駆使し、遠慮なく敵役をボコボコにしてしまう。 (あっしのことは考えんでええからな、思い切りやってくれー)  アカズフミキリも相当なプロ根性だ。そんな彼の犠牲精神もむなしく、バカな彩子は毎回彼が失神するまでけちょんけちょんに叩きのめしてしまう。  そして目が離せなかったのは、同じく新戦士のグリーンである。  彼もまた彩子以上のバトルアクションで観客を魅了していた。  まずスピードが違う。まるで彼だけ1.2倍ぐらいの早さで動いているようだ。ジャンプをすれば大人二人分の高さにまで及び、正拳突きをさせれば、ラルヴァはとんでもない勢いでぶっ飛んでしまう。 (あいつ何者なの? 絶対常人じゃないわ)  と、彩子もグリーンの謎の多さに首をかしげていた。  そしてステージが終わると、今度は激しいフラッシュ攻めにあう。だんだんと子供よりも大きいお友達のほうが多くなってきた気がする。特にピンクへの視線がすさまじい。  ピンクが愛想よく手を振っているよそで「見てんじゃないわよキモオタども」と思っているとは、きっと誰もわからない。なおグリーンに対しては、子供と一緒に番組を視聴しているお母様方からの声援が多かった。彼も「参ったな」と苦笑していた。  握手会を兼ねたグッズ販売も成功だったようで、爆発的な売れ行きだったという。レッドとイエロー、ブルーが交代で子供たちと握手をしていた。  そんな調子で無事に全公演が終わり、彩子は「ふう」とマスクを外した。興奮冷めやらぬなか、頬が紅潮している。  すっかり任務のことを忘れてしまったが、今日は仕方ない。最初のステージを混乱させてしまった負い目もある。現場責任者もニコニコ顔でやってきた。 「おつかれ彩子ちゃん。おっぱで選んで正解だったよ」 「殺すわよ」  ビッとフライ旗ソードを突きつける。それにイエローとブルーが爆笑した。 「彩子さんのおかげで大成功です」  そう、ブルーが丁寧な口調で話しかけてきた。 「握手会もいつもよりたくさん子供が来てくれました。みんなピンクに興味深々でしたよ」 「と~ぜんじゃないっ。この彩子様が頑張ったんだからね!」  胸をムンと突き出し、両手を腰に当ててドヤ顔になる。 「来週はちゃんと役者さん呼ぶからねー。今日はほんとにありがとー彩子ちゃん!」  イエローもへらへらとした調子で彼女にお礼を言った。 「こちらこそ楽しかったわ。またどこかで会いましょう」 「元気でねー」  満面の笑みで手を振りながら、彩子は彼らと別れた。充実感を胸に更衣室へと向かう。  今日は事件調査とは関係ないことで一日を終えてしまったが、たまにはこんな日があってもいいと思う。子供たちの笑顔が忘れられない。 「正義の味方かぁ」  子供たちや純子が憧れるのが、少しだけ理解できた気がする。みんなは守られることに夢見るのではなく、「あんな正義の味方になりたい」と思うからこそ、強いあこがれを持つのだ。甥っ子がごっこ遊びに夢中になっていたのもわかる。  ……自分は異能者だ。人とは違う力を持ち、悪と戦う存在だ。  明日からはちゃんと本業である事件調査に戻り、異能者としての仕事を始めなければならない。子供のエネルギーを吸い取ってしまう極悪な存在。それを倒すために彩子は双葉島からやってきた。 「あんなきらきらした子たちを……。許せない」  怒りに燃える。これはテレビの中やショーでの出来事ではない。  現実の世界で、彼女は命をかけて子供たちを救わねばならないのだ。  学園の制服がしまってあるロッカーの前に、段ボール箱が置いてあった。  中身を確認してみると、デンデンジャーグッズがたくさん詰め込まれていた。 「あはっ」  いきな計らいについ笑みがこぼれる。彩子はデンデンジャーの熱心なファンである長女のことも、彼らに話していた。  これで純子のおつかいも果たせた。子供たちのために思い切り働けて、今日は本当に有意義な一日であった。あとはホテルに帰ってゆっくりお風呂に入って寝るだけ。  ……こでも。 「んなにいただいちゃって、申し訳ないなぁ」  そう思い、彩子はマスクを片手にロッカールームを出る。  ステージではスタッフが後片付けに追われていた。まだ周辺を歩くファンに気付かれないよう、こっそり裏を回ってある場所に向かっていた。  併設されている、グッズ販売所である。ここもかなりの親子連れが殺到したようで、つい数分前までレッドは商売と握手に追われていたことだろう。 (ちょっとはお手伝いしたいな)  彩子は少しでも彼のお手伝いをしたいと思い、販売所のドアノブに手を触れる。  だが扉を開けかけたところで、その手が止まった。 「どんだけ集まりましたか? 子供のエネルギーは」 「すっげぇ集まったよ。おっぱい女効果だぜ」 「あれは大成功でしたね。口コミで知れ渡ったみたいですし」  そのとき彩子はショックのあまり硬直してしまった。 (な……何言ってるの……この人たち……?)  レッドは両足を机に投げ出し、大量の万札を数えていた。 ブルーは相変わらずの落ち着いた口調で彼に話しかける。 「僕の作ったエネルギー吸収器、どうでしたか?」 「いい感じだ。まさか手袋に仕込まれてるとは思わないだろ。握手会とかうまいこと考えたなぁ、がははは」 「それはイエローの悪知恵ですよ、くすくす」  いま首都圏で騒然となっている、子供が植物状態になる謎の事件。  それはすべて、この三人が仕組んだものであった。ラルヴァの仕業などではなく、正義の味方を騙ったこいつらが子供を集め、握手会で生気を抜き取ってしまったのだ。  光り輝く羨望のまなざしを、きらきらした瞳を、デンデンジャーが根こそぎむしり取った……。 「あんたたち……うそでしょ……」 「誰だ! ……ああ、お前か。まだ帰ってなかったのか」 「彩子さん、今のは聞かなかったことにしませんか? いいえ、ぜひそうしてください」 「ほらよ、口止め料だ」  レッドが無造作に札束を放り投げる。札束が落下してきた重たい音が、足もとに響いた。今日一日のグッズ売り上げだ。 「大損だが仕方ねえ。聞いちゃならねぇことを聞いたんだ。わかるよな? 俺の言ってること」  彩子の右目から、一粒の涙がこぼれた。 「まあそれで好きなもの買ってください。今日一日お疲れ様でした」  彩子の両目から、とめどない量の悲しみがあふれ出た。 「わかったらとっとと失せな。お前の仕事はもう終わりだ」  そして歯を喰いしばった鬼の形相となる。ベリーショートの髪が浮き上がる。 「こんなものッ!」  札束を蹴とばした。販売所の室内を飛び交い、ひらひらと舞い落ちるお札。  そんな怒れる少女を、レッドとブルーは微動たりせず眺めている。 「そりゃあキレますよレッド。くすくす」 「やっぱ?」  どっと哄笑が起こった。二人だけで出しているとは思えない声の大きさ。尋常でない悪意の大きさ。 「よくもこんなことのために私を……っ」 「ほんっとよく働いてくれたよなぁ。お前のおかげで二倍は増えたんじゃないか、子供も金も、エネルギーも」 「さながら客寄せパンダってとこですかね」 「客寄せおっぱいさまさまだぜ!」  その瞬間、彩子の怒髪が天を突いた。左手を高く掲げ、右手を突き出す。  彩子の異能「ファランクス」が火を噴いた。邪悪なヒーローを蜂の巣にせんと、無数の弾が叩き込まれる。 「死ね! 死ね! 死んじゃえぇえええ――――――――――――――――――ッ」  放った弾丸の数だけ、灼熱の涙粒も無数に彩子の顔面から散らばる。  もう、ここが新宿であることなどどうでもよかった。自分が一般人を殺害して犯罪者になっても構わなかった。  何が正義の味方だ。そんなものが存在しないのなら、たとえ自分が悪者になっても悪を成敗してやる! 彩子は怒りのままに暴走を起こす。  アツィルトを一時的に消耗し、異能が止まる。肩で荒い呼吸をしていたときだった。 「お前、異能者だったのか」  分厚い黄土色の粉じんの向こうから聞こえてきた、レッドの声。  馬鹿な。異能を食らって人間が生きているはずがない。  そうして呆然としてしまったことが、致命的な隙となった。 「そこまでだよ」  イエローのものとわかる能天気な声。しかしすぐ、後頭部に強い衝撃。  頭を叩き割られたかと思った。背後から現れたイエローに強襲され、彩子は前のめりに倒れてしまった。彼は金属パイプを手にしていた。 「遅っせえなあイエロー。何してたんだよ?」 「こっちのセリフだよー。で、どうすんのさ? バレちゃったわけだけど」 「殺すしかないでしょう」  ブルーが露骨なことを言った。 「あんたたち、デンデンジャーじゃなかったの?」  頭部から激しく出血している彩子は、痛みをこらえながらそう言った。  主犯格の三人は彩子を見下ろすように、横に並んだ。 「違うな。俺たちはとある組織の異能者だ」 「デンデンジャーショーを乗っ取り、子供のエネルギーを奪うため我々は活動しているのです」 「子供の生気をね、アツィルトとして活用する研究が始まったんだよー」 「ひどいよ。私、子供たちのために頑張ったのにぃ……!」  良心を踏みにじられた彩子は、床に這いつくばったまま泣きじゃくる。 「このスーツもちょっとやそっとじゃビクともしないんだぜ?」  レッドがステージでの振る舞いのように、全身にまとう特性スーツを正面から側面、背面まで隈なく見せつてくる。 「だが、ちょっと痛かったぞオラ」  そのまま、うつぶせに転がる彩子を蹴った。それが引き金となり、三人がかりで彼女を好き放題に殴る、蹴る。レッドとイエローとブルーが揃ってピンクを痛めつける、むごたらしい構図だ。  彩子は情けなくてたまらなかった。  学園の使者として派遣され、事件を調査していたはずがいつの間にかこんな目に遭っている。まさかデンデンジャーの三人が黒幕とは知らず、彼らに協力してたくさんの子供を集め、たくさんの子供を不幸に陥れたなんて。まさに双葉学園の恥だ。  とっくにメガネはどこかに吹き飛んでしまい、顔面もいたるところが膨れ上がってひどいものになっている。感覚も麻痺し始めた。 「このガキいいカラダしてんなぁ。どうする?」 「嫌ですよ僕は。時間の無駄です」 「もう、ブルーはいつも几帳面なんだから!」 「……でしょ?」  足蹴にしている彩子が、何かを言った。レッドは「ん?」と答えてから、踏みつける力を強める。ぎりぎりと頭蓋骨がきしみ、うめき声が上がる。  それに負けじと、彩子は三人にこうきいた。 「あんたたち、正義の味方なんでしょ……?」  それの問いかけに三人は一瞬だけ、きょとんとしてしまった。  それから大爆笑をする。 「何言ってんだ! 俺んたのどこが正義なんだよ」 「正義の味方とかヒーローとか、いるわけないじゃんっ」 「これはただのビジネスなんですよ、お嬢ちゃん」 「それでも子供たちはみんな、あんたたちに憧れてた。デンデンジャーつよいって、ありがとうって。それを踏みにじったなんて」  レッドが銃口を突きつけて黙らせる。どう見てもデンデンジャーが使用するとは思えない、無骨で真っ黒な本物のピストルそのものだ。 「これが現実なんですよ」とブルー。 「しょせん世界は嫌な奴と姑息な奴と、悪者だらけ~」とイエロー。 「夢は夢、空想は空想。わかったかい?」  レッドは彩子の額にぴったり銃口を密着させた。皮膚がえぐれて出血してしまうぐらい、容赦なく押し付けてくる。 「……あんたら六谷を敵に回してただで済むと思うなよ」  そう、怨念を込めて捨て台詞を吐くのが背一杯だった。  誰も助けてくれるはずなどないのだから。彼らのほくそ笑む通り、こんなときに駆けつけてくれる正義の味方などいるわけがないのだ。  しかし、そのとき何かが飛来してきてレッドの手に直撃する。  ガァンとピストルは火を噴いた。だがすんでのところで横やりが入り、彩子は死なずに済んだ。床にはデンデンジャーの「フライ旗ソード」が転がっている。 「誰だ!」  そして、五人目の戦士は登場した。  デンデンジャーのグリーンがゆっくりとした足取りで、近づいてくるのだ。 「ダメ! あんたまで死ぬわ!」  彩子がそう制止するが、グリーンはその足を止めることはない。 「ふん。君まで来たんですか」  ブルーがピストルを拾い、すかさずグリーンの前に立つ。  立ち止まったグリーンは何も言葉を発することはなく、ピストルを前にしても全く臆する様子はない。その堂々とした立ち姿に、逆にブルーが威圧され始めた。 「何をそんな自信たっぷりに。いいことを教えてあげましょう、グリーンのスーツには防弾効果はありません。僕たちのだけが特製なんですよ?」  だからどうした、と言わんばかりのグリーン。 「撃ったら死ぬんですよ、わかりませんか!」 「ブルー、とっとと殺せ!」  レッドの一喝で、ブルーはようやく冷静になることができた。引き金を引いて脳天を貫けば勝てるのだから、こんなにも有利な状況はない。 「くすくす、わざわざ殺されに来るとはね。死ねぇッ!」 「ガナル・チェンジ!」  ブルーが発砲したと同時に、ついにグリーンが叫んだ。  緑のコスチュームが破け、まばゆい赤の光に包まれる。「何だ!」とレッドが驚愕して声を上げた。  光は彼を中心にドーム状に広がり、つむじ風のようにくるくると回転する。  やがて赤い光は彼の体を薄く覆う様に集束していき、プロテクターを形成して一層眩しく、白く輝く。  そして彩子は、真紅の鎧に包まれた戦士を見た。グリーンの正体はケーヨーレッドなぞよりもっともっと赤い、見るも鮮やかな紅の戦士であったのだ。 「だ、誰ですかあなたぁ!」  眼前で正体を見せた謎のヒーローに、ブルーが動揺する。だがすぐに謎の赤い男は視界から消える。  真横を取られ、右の側頭部に裏拳が叩き込まれた。吹っ飛ばされたブルーは壁に叩きつけられ、意識を失う。 「許さねえ……!」  裏拳を決めたポーズのまま、たじろいでいるレッドとイエローを睥睨する。そのまま右拳を胸の前に持ってきて、ぎりぎり握りしめる。 「てめえらだけは許さねえ!」  そう吠えると同時に、彼は右手を斜めに振り下ろした。赤い流星が跡となって残る。  彩子はこの展開が理解できない。突然乱入してきたグリーンが実は助太刀にやってきたヒーローで、しかも異能者並みの強さときた。 (まさか!)  脳裏に、のほほんとした醒徒会書記の笑顔が浮かぶ。  彼が双葉島から急きょ派遣された、二人目の学園生徒だったのだ。それならショーであれだけのアクションを見せつけたことも納得がいく。  これに見かねたイエローが出てきて、彼の前に立ち塞がった。 「ごっこ遊びはおしまいだよ。痛い目に遭ってもらうから」  血濡れた鈍器を片手に、思い切り叩きつけてきた。パイプが頭に直撃したのを見たとき、彩子は目を伏せてしまった。 「……な」  効いていない。びくともしていない。  何度もイエローは彼を滅多打ちにする。金属パイプが直撃するたび大きな音が響く。モース硬度七に迫る高硬度を誇るカーネリアン。いくら殴ったところで軽い衝撃程度しか与えることができないのだ。  やけになったイエローが大根切りを仕掛けてきたところを、彼は最低限の動きでかわした。そのまま左手を真上に振り上げ、カウンターでアッパーをぶちかます。  ドガンとイエローは天井に突っ込み、首から下の部分だけを垂らした状態でこと切れてしまった。 「つ、強すぎる!」  彩子も怪我の痛みも忘れ、彼の大活躍を見届けていた。 「ふざけるな! いったい何者だ貴様ぁ!」  彼は何も答えず、無言で最後の一人に接近する。詰め寄られるそのたびにレッドはどんどん後方に下がっていくが、やがて壁際まで追いつめられてしまう。 「ちょっとやそっとじゃ、ビクともしねえんだってな」  彼は右手を握り、拳を作る。レッドは悲鳴を上げた 「試してみるか?」  半身に構え、右拳を腰だめにする。これからどんな技が飛び出すのか、相手も彩子もわかった。 「やめろ、やめてくれ!」  レッドは情けなく両手を振り、彼に許しを請う。今にも腰を抜かして座り込んでしまいそうな、哀れな様子だ。  だが正義の味方は悪を討つために存在する。無邪気な子供を騙して生気を奪い、金もうけをし、しかも学園の同胞まで痛めつけたこの連中を彼は絶対に許さないだろう。 「ガナル・パンチ!」  怒りの右ストレートが放たれた。右ひじのレンズのような部分から真っ赤に輝く粒子が噴き出し、空気が引き裂かれる「ボッ」という短い音が室内に響く。直後、凄まじい打撃音がさく裂した。彼はレッドをぶん殴り、壁ごと吹っ飛ばしてしまった。  とんでもない量の粉じんが収まったとき、彩子は壁を突き破って数メートル前進してしまった、彼の背中を見た。  鮮やかな赤い二本のラインがまだ残っている。その雄姿を彼女は一生忘れることはないだろう。 「デンデンジャーショー」を極秘裏に乗っ取り、子供のエネルギーを強奪していた殺し屋が捕まった。  三人は本来のレッド・イエロー・ブルーの担当役者を殺害し、デンデンジャーに成りすましていた。ショーの現場責任者もスタッフも全く気付かなかったという。  警視庁の対異能者チームが追っている悪の組織が背景にあり、三人の逮捕により捜査の進展が期待されていた。だが彼らが目を離した隙に、三人はいつの間にか脳を焼かれて暗殺されていたそうだ。  なお本家本元のデンデンジャーとは何の関わりもなく、テレビ放送に影響は及ばなかった(話を知った純子は安堵の息を漏らしていた)。エネルギーが戻って元気になった子供たちは、普段と変わらずデンデンジャーごっこに明け暮れている。 「僕もデンデンジャーみたいなヒーローになるんだ!」  今日も都内の幼稚園では、そんな声が青空に響いていた。 「あううー、今日もいいお天気です」  双葉学園・高等部の敷地内。  立浪みきは白樫の木に縁りかかり、お昼寝を楽しんでいた。 「みきお姉ちゃんっ」 「はれ? みくちゃ、どうしたのそれ」  寝ぼけ眼で、妹が手にしているものを見る。たこ焼きの入ったプラスチック容器だ。 「そこの屋台で買ったの。とってもおいしいのよ」  みくが差し出したたこ焼きに、みきはぱくりと食いついた。 「うん、おいひい」  双葉学園の校門の近くで、とあるラルヴァがたこ焼きを売っている。 「へいらっしゃい! ってありゃりゃ先生方、毎度ありがとうございますぅ」  黄と黒の警戒色をしているカマキリがお店を運営している。アカズフミキリは先日の事件に巻き込まれた無害なラルヴァだが、表社会で働いていたことが問題となったので双葉島に移住してきた。なお彩子が問い詰めたときに強い動揺を見せたのは、単なる彼のアドリブだったらしい。  相変わらずの精勤ぶりで、数日間のたこ焼き屋に住み込んで働いたのち、自分の屋台を持って独立してしまった。売れ筋は上々とのこと。サービスもすこぶる良く、みくは子供だという理由で三個おまけとして付けてくれた。 「みくちゃ、元気だね。何してるの?」  みくは青空のもと、爪を出してひっかくしぐさをしたり、木に登ってからとび蹴りをしたり、落ち着かない様子だ。 「お姉ちゃん知ってる? この島にはね、かっこいいヒーローがいるんだよっ」  そう言ってから小さな右手で拳を作り、腰を貯める。 「へぇ。誰なのかな?」  ボッとみくは正拳突きを、真正面にいるみきに見せつけた。 「ガナリオン!」 「ガナル・クラーッシュ!」  勢いある女子高生の蹴りを、拍手敬は「おっと」とかわす。  着地した彩子は、楽しそうに彼のほうを振り向く。頭や顔は包帯やばんそうこうで痛々しいが、彼女の笑顔は元気そのもの。 「甘いな六谷。俺の知ってるガナリオンはもっと強かったぜ?」 「何ですって!」  彩子はすっかりガナリオンのとりこになっていた。  間一髪のところを助けてもらい、深い恩義がある。当然それだけではなく、ガナリオンそのものや正義のヒーローのカッコ良さに目覚めてしまったのが大きい。  あの後、ガナリオンに担がれて部屋を出たのはうっすら覚えている。既に警視庁異能隊が到着しており、殺し屋三人の確保にあたっていた。彩子も彼らに保護されて病院へ直行したというが、記憶はそのあたりで途切れている。  グリーンを演じていたガナリオンの青年は、まさかピンクの女の子が双葉学園生だとは思わなかったようである。彩子同様にショーが怪しいと踏み、たまたまグリーンとして紛れ込んでいたのだ。 「ねえねえ教えなさいよっ、ガナリオンって他にどんな技があるの?」  拍手はどういうわけか、やけにガナリオンに詳しい。過去に夏のビーチで戦ったこともあると聞き、彩子はいてもたってもいられなくなった。今では暇さえあればガナリオン談義で盛り上がる仲だ。  彼が気を利かせて「本人に会わせてやろうか?」ときいたが、彩子は「イヤよ! 何てお礼言ったらいいかわからないじゃないの!」と断固拒否していた。だから、未だに彼女はガナリオンの正体を知らない。 「ちょっと二人とも、掃除しようよ!」  箒を片手に声を荒げたのは、美作聖である。掃除の時間であった。  ガナリオンごっこに夢中な彩子は、敵役の拍手を通路側の壁に追いつめた。さらに教室の隅へと追いやった。  彩子は不敵な笑みを浮かべると、右手をしっかり握る。 「さー観念するのよデビルワカメチャーハン。正義の味方に成敗されなさいっ」 「へっ、来るなら来い。泣くまで揉みしだく!」  拍手も迎え撃つつもりだ。彩子は腰を落とし、力を貯める。  あの日あの時、自分を救ってくれた必殺技。  発動からさく裂に至るまで、彼女はしっかりその目に焼き付けていた。 「ガナル・パァーンチ!」  床面を蹴った。彩子は猛烈な速さで、拍手を撃破せんと踏み込んだ。  だが、そのとき教室の扉がガラッと開いた。 「こらぁ! 遊んでないで掃除しなさ――ぐへぇ!」  バキィ! と気持ちいいHIT音。  手ごたえ十分なあまり、ニンマリとなる彩子。頭の中では赤いレールのエフェクトが燦然と輝いていることだろう。だがよく見てみると拍手敬でなく、C組の委員長こと笹島輝亥羽の顔面に自分の右拳がめり込んでいるではないか。 「って、委員長!」 「あ……が……が……?」  びっくらこいて手を放すと、彼女のメガネに「ビシッ」とひびが走る。 「やれやれ」と呆れる召屋正行。 「あらあら」と呟く星崎真琴。 「もう、知らない」とそっぽを向く美作聖。  クラス一同が彩子を見捨て、何事もなかったかのように掃除に戻る。処刑の時はやってきた。汗だくになった彩子は、精いっぱいのおちゃめな調子で委員長に謝罪する。 「オホホホ。委員長、ごめんあそばせっ」  笹島は左ほほを左手で押さえ、ワナワナ震えている。湯気のごとく、背後から黒いオーラが沸き立っている。ぎゅっと握っている右手が仄かに光り出していた。 「そうね。悪は成敗しないとねぇ……!」  そのとき笹島の右手が凄まじい閃光を見せた。  教室の窓ガラスが弾け飛ぶ。彩子は笹島の復讐に遭い、弾丸となって青空に吸い込まれていった。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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