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「【招き猫の飼い主 第一話】」(2012/07/29 (日) 19:23:21) の最新版変更点
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「いやー、やっぱり掃除姿はフクスケが一番似合うよなー」
「えっと……でも、これは当番制なんだから……」
無理矢理押し付けられた箒《ほうき》とチリトリを手に持たされ、|福永《ふくなが》|幸助《こうすけ》(略してフクスケ)はしどろもどろになりながらも、今日が掃除当番であるちょっとガラの悪いクラスメイトたちのグループに声をかける。しかし、
「だからー、今度お前が当番の時には俺らが代わってやるってさっきから言ってんじゃん」
「でも、やっぱり……」
「っつーわけで、頼んだぜフクスケ!」
彼らはうまく言い返せないでいる幸助の肩をぽんぽんと叩き、ゲラゲラと笑いながら明日からの週末の予定に花を咲かせながら帰り支度を済ませ勝手に教室を出て行ってしまった。
「そんなぁ……」
中等部三年に進級してまだ間もないというのに、さっそく厄介な人たちに目を付けられてしまったと、幸助は肩を落としため息をつく。
わかっていた。今度掃除当番が回ってきたとき、幸助が彼らに向かって「掃除当番を代わってくれ」と言い出せないことを、少年も、そして彼らもまた、わかっていた。
別に普段からいじめられているというわけではないが、面倒事があるといつも押し付けられてしまう。根が真面目で気弱で口下手。幸助は彼らのような者にとって恰好の駒だった。
いつの間にかほかのクラスメイトも居なくなり、幸助は今日もまたひとり寂しく教室の掃除を続けていた。
ある程度片づいただろうか。後は片方に寄せた机を元の位置に戻し、その上に乗せられた椅子を全員分下ろして、最後にゴミを集積場に捨てに行けば完了というタイミングで、
「あれ? フクスケ君ひとりで掃除してるー」
不意に教室へと足を踏み入れた小柄な少女が声をかけられ、ガタガタと机を持ち上げて運んでいた幸助は急に頬を赤く染めた。
「あ、式守《しきもり》さん、どうしたの……?」
「ちょっと忘れ物を……って、あれ? 今日の掃除当番って……あー、さてはまたあいつらか?」
肩の上に正八面体をした握り拳大の黒い物体を浮かべたクラスメイト、|式守《しきもり》|晴香《はるか》は、仁王立ちでビシっと幸助を指さすと、
「ダメだよフクスケ君、イヤならイヤって言わないと、いつまで経ってもあいつらに良いように使われるだけだよ!?」
ゴミを集め終わった後に換気のため開けておいた窓から初夏の風が吹き込み、晴香のポニーテールを揺らす。可愛い、綺麗というよりは、凛々しい、格好いいという形容がふさわしい。彼女の心の強さが体現されたその表情に、幸助は無意識に見とれてしまった。
魂源力《アティルト》の多さだけで双葉学園へと編入され、今に至るまで何の才能の片鱗も見せていない自分とは違い、彼女はその肩の上に浮かぶ黒い物体を扱う魔術系異能者だと幸助は聞いている。どのようなものかまでは知らないが、そこそこの戦闘もこなせる、らしい。
そして、幸助はそんな晴香に対し仄《ほの》かな恋心を抱いていた。
「っと、何? 私の顔になんかついてる?」
じっと見つめられていることに気づき、晴香はペタペタと自身の頬を触ってみせる。
「……あ、ううん。ごめん。ただ、式守さんて、何て言うか、凄いなぁって思って」
自分の気持ちを上手く表現できず、幸助はボソボソと途切れ途切れに口にした。
「お姉ちゃんやお兄ちゃん達も言うんだよね、『うちではハルカが一番凄い』って。私はそれが自分に出来ることだって思ってるから、そのために頑張ってるだけなのに」
晴香は肩の前で上向きに両手を広げ、首を左右に振ってみせる。
「でも、式守さんのそういうところを周りのみんなが……」
「ううん、違う」
彼女は急に幸助に向けて手のひらを突きつけ彼の言葉を遮ると、
「周りのみんなにどう見られるかとか、どんな評価されるとかじゃなくて、私は私の信じる正義のためにやってるだけだから」
きっぱりと言いきった。
「正義……」
「そう、正義。私の前に立ちはだかる悪いラルヴァを討ち倒す正義。来年、高等部に進学したらお兄ちゃんとこの討伐チームに入れて貰う約束してるんだ。そして頑張って頑張って学園一のチームにするのが私の夢」
晴香はぐっと拳を握るとニヤリとしてみせた。心なしか肩の上の黒い物体が彼女の言葉に頷いているように見て取れた。
「って、ごめん。フクスケ君掃除の途中だったね。私も手伝うからさっさと終わらせちゃお?」
自分の夢を語ったことに気恥ずかしくなったのか、晴香は急に思い出したかのように大声で言うと、手近の机を運び始めた。
「夢かぁ、叶うといいね、式守さんの夢」
運んだ机に乗せられた椅子を降ろしながら言う幸助の言葉に、
「フクスケ君は何もわかってないなぁ。叶う、叶えるんじゃなくて、やって、やるんだよ」
机を運ぶ手を止め、晴香は幸助へと背を向けたままぼそりと呟いた。
幸助は手伝ってくれた晴香に礼を言うと「後はコレだけだから」とゴミ袋を持って慌てて教室を飛び出した。
足早に廊下を進む幸助の表情は暗く沈んでいる。
「変なこと言ったかな、僕、式守さんに嫌われたかな……」
頭の中で教室での二人のやりとりを思い返すが、どうしても最後の『フクスケ君は何もわかってないなぁ』が心に重くのし掛かってくる。自分としては彼女を応援したつもりだったのだが――
中等部棟を出て渡り廊下を越え、中庭を迂回して体育館裏を通り抜けてようやくゴミ集積場へと辿り着く。可燃ゴミ、ペットボトル、缶、ビン、不燃ゴミと並んだそれは学園内に何ヶ所か設置されているのだが、最寄りの集積場ですらこの距離なのだから、掃除を面倒がる人が出てもおかしくはない。
途中まで一人で掃除していたからか他のクラスより大幅に遅れたらしく、可燃ゴミは既に山と積まれている。幸助はその山を崩さないよう手元のゴミ袋を積むと、
「僕、情けないなぁ……」
そのままゴミ集積場を前に再びため息をついた。
|福《・》永家に生まれ、両親から|幸《・》助と言う名を与えられ、クラスメイトからは「|フ《・》|ク《・》|ス《・》|ケ《・》」などと呼ばれているというのに、(自分は不幸だと嘆くわけではないが、それでも)決して幸福ではないよなぁ、とうなだれる。
名は体《たい》を表すとはよく言うが、せめて名に恥じない程度に幸福を呼べるようなラッキーアイテムなんかあればいいのに、などとくだらないことを考えていると――
「――招き猫……?」
幸助の目の前、ゴミ集積場の不燃ゴミ置き場に、左前足を挙げた|ソ《・》|レ《・》は捨てられていた。
「何となく持って帰って来ちゃったけど……」
凹んでいる時分に藁にもすがる思いで、幸助はゴミ集積場に捨てられていた膝丈ほどの大きめな招き猫の置物を抱え自宅の自室へと運び込んだ。
彼は、ラルヴァ研究員の父と専業主婦の母、そして初等部生の妹との四人家族であり、島内の住宅地にある一般的な一軒家で暮らしている。今し方幸助が帰宅した際に母の姿が見当たらなかったのは、夕刻のタイムサービス目当てにスーパーへと買い物へ出かけたからだろう。居間に放置された赤いランドセルから察するに妹もまた帰宅してすぐ母に同伴していったと思われる。何にせよ、変な物拾って帰ってきた幸助にとって、ひとまず何も文句を付けられずに持ち込めたことは幸いである。
自室の床へと改めてその招き猫を眺めてみると、右耳の先が少し欠けそこから目尻をぬけ頬の途中までヒビが入っており、その傷を接着剤によって補修されている。そして、おそらく長年どこかに仕舞い込まれていたのだろう、かなり埃《ほこり》まみれになっていた。
汚れたままにしておくわけにもいかないので、幸助は家族がまだ帰って来ないうちに風呂場へと運び洗い流してやった。すると、綺麗な白地に三毛柄でその首に鈴をさげ左前足を挙げた招き猫がお目見えした。
「ちょっと大きいけど、招き猫なんか飾っておけば、ちょっとくらい僕にもいいことがあったりしないかな」
とりあえずその招き猫を部屋の真ん中に置き、何処かにいいスペースはないかと室内を見回しながら、幸助はふと脳裏に浮かんだくだらない妄想を無意識に呟いた。
「これがギャルゲーだったら、猫耳っ娘に変身して『ご主人様に幸福を呼んであげます~』みたいな展開が起きたりするんだけどねぇ……」
しかし現実は無情《むじょう》で無常《むじょう》だ。幸助は本日何度目かのため息をつくと、招き猫の頭を撫でてやっ――
「うわっ!?」
突然その招き猫が激しく輝きだし、幸助はとっさに強く目を瞑りすぐさまその上を両腕で覆った。
瞼《まぶた》の裏側が真っ白に見えるくらいに強い光。たった数秒のことだったがかなり長い時間に感じられた。
そして、目を瞑ったままの幸助の耳に、
「……シャバだーーーーー!!」
可愛らしい少女の声で、その声色には似合わぬセリフが届いた。
【招き猫の飼い主】
第一話 君の名前は……
現実は不定《ふじょう》で不条理《ふじょうり》だ。
光は収まり、徐々に目が慣れてくる。幸助の目の前、さっきまであったはずの招き猫の置物がなくなり、その代わりに、見知らぬ猫耳少女が胡坐《あぐら》で座って彼をを見上げていた。
「そんな馬鹿な……」
歳の頃は幸助と同じか少し上くらい。白地の着物を茶色と黒の斑《まだら》模様をした帯で締め、首には鈴をぶら下げ、長いシルバーブロンドの髪をアップにまとめ上げている。
何より幸助の目についたのは、額から右目尻を抜け頬の途中まで抜けた古傷の痕。それは可愛らしい彼女の顔に対して強いインパクトがあった。
少女はしばらくの間、あたりを見回したり自分自身の姿を眺めたりしていた。そして再び幸助を見上げると、
「なるほど、『オレの力』がお前《めぇ》を呼び、『お前の力』がオレを呼んだんだな」
何が何だかわからないままたじろいでいる幸助に、自分自身をオレと呼ぶ少女はにやりと笑い、彼女の傍らで立ちつくす彼の手をそっと握った。
「えっ……!?」
普段女性に触れることなどまずあり得ない幸助にとって、彼女の行動そしてその手の柔らかさに理解の範疇を超え、何もできないまま硬直してしまった。
「お前の手、やっぱり温《あった》け~わ。体を洗ってもらったときも頭を撫でてもらったときもそうだったけど、こうしてるとお前の力が凄《すげ》ぇ感じられるぜ」
と、その可愛らしい見かけに似つかわしくない口調で言い、握った幸助の手に頬ずりした。その際に彼女の猫耳が幸助の腕を撫で、
「うわぁっ!」
幸助は慌ててその手を振りほどいた。
「っんだよ、急に! ビックリするじゃねぇか!!」
猫耳の少女は今一度幸助の手を握ろうと再び幸助へと伸ばしたが、あからさまに自分を警戒している彼の様子に気づいたのか、小さく舌打ちをすると表情を陰らせゆっくりとその両腕を引っ込めた。
「ビックリしてるのはこっちだ! いったい、君は何者なんだ……?」
幸助が叫ぶ。確かに、猫の力を借りたりその姿に変身できる異能者がいるという話は聞いたことがある。しかし、招き猫の置物が猫耳少女に姿を変えたという今この部屋で起きている事態はそれとはまた異なるだろう。もしも招き猫の|付喪神《つくもがみ》、だとするならこの猫耳少女は――
「――君は、ラルヴァ、なのか?」
臆しながら言葉を吐き出す幸助の姿に少女は首を傾《かし》げ、
「らるば? らるばって何だ? オレはオレだ。どこにでもある普通《ふつー》の招き猫だぜ?」
「いや、僕の知る限り普通の招き猫は人の姿に変身したりしないはずだ」
「んなこと言われたってなぁ。ってゆーかオレは今お前の……まぁいいや」
少女は口ごもり、胡坐をかいた自身の膝を見下ろす。ちょうど彼女の顔の傷が幸助の視界に入った。
「……傷の位置も一致するし。やっぱりあの招き猫なのか」
「あぁこれか。ったくこちとら焼き物なんだから割れ物注意だってのによぉ。せっかくの器量良しが台無しだぜ」
猫耳少女は再び舌打ちするとふてくされた表情で右目脇の傷跡を手の甲でごしごしと擦った。
「ま、これのせいでゴミとして捨てられかけてたところを助けてくれたんだ。それは感謝してるぜ」
猫耳少女は立ち上がり――奇しくも幸助よりも頭半分ほど背が高かった――彼を見下ろすとニコリと微笑んだ。口調は何かと汚らしくまた右目尻の傷のこともあるものの、元々の綺麗な顔立ちもありその笑顔はとても可愛らしかった。
「そりゃ、どうも……」
「よし、今日からお前はオレの御主人だ。お前んちは何屋だ。|蕎麦《そば》屋か? 団子屋か? 千客万来商売繁盛、私が来たからにはどんどんお客を呼び込んでお前んちを日本一にしてやるぜぇ!?」
いかにも得意げに万遍の笑みで仁王立ちする少女へ、幸助は申し訳なさそうに、
「……いや、うちは普通の一般家庭だよ」
「へ? 店やってないのか? じゃあ何でお前オレのこと拾ったんだよ」
呆れ顔で問い返す。幸助はあまりにバツが悪そうに彼女へと小声で答える。
「幸せに、なりたいから……」
「そりゃまぁ結果的に福を呼ぶことになってるかもしれねぇけどさ、でもオレはこうやって人を招き寄せるだけの招き猫だぜ?」
言って、彼女は左手の手首を折り曲げ優しく拳を握ると、顔の横でクイクイッと招くポーズをとった。
その時だった。
ガチャリと玄関のドアを開ける音と、階下から「ただいまー」という声が幸助の耳に届く。
「まずい、母さん達が帰ってきた!?」
彼は大いに慌てふためいた。それもそのはず、彼が招き猫の置物を抱えて帰宅してから既に二十分以上は経過している。うっかりしていたが母達がいつ帰って来てもおかしくないことを失念していた。誰もいない家でこんな変な子とは言え女子と二人きりでいるところを見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
「おい! 早く元の置物姿に戻れ!!」
「なんでだよ、やだよ。せっかく自由に動けるようになれたってのによぉ……」
「いいから、早く!!」
幸助は我を忘れ先ほど拒んだ彼女の両手を掴み、嫌がる彼女へ「早く!」とせがむ。勢い余り二人は足をもつれさせ、
「「ぅわっ……!!」」
幸助は少女に覆いかぶさって床へと倒れ込んでしまった。
そして、最悪のタイミングで彼の部屋のドアが開く。
「ただいまお兄ちゃんおかえり!! ママがお菓子買ってくれたから一緒に――」
床へと仰向けになって倒れた少女に、うつ伏せで向かい合う二人と、勢いよく開け放たれたドアを挟んで笑顔のまま幸助達を見下ろしていた妹との間で数秒の沈黙が続く。
「――――ママー!! お兄ちゃんが部屋で女の子を押し倒してるー!!」
「違っ……これは……!」
間に合わなかったと幸助は嘆いた。
二人は妹に連れられ(どうやら耳と尻尾は隠せると言うので嫌がる少女に無理矢理隠させた後に)リビングのソファに座らされた。
「あらあらまぁまぁ、幸《こう》ちゃんもお年頃ねぇ。ママのいない間にお部屋に女の子を連れ込むなんて」
幸助の母はキッチンで四人分のお茶を用意しながら、おっとりとした口調で彼らに声をかけた。彼の妹はリビングのテーブルの上に先ほど買って来た菓子の封を開け、
「お兄ちゃん、カノジョ? カノジョ!?」
興味深々に二人へと尋ねながら、むしゃむしゃとそのお菓子を口へ運び続けている。
母の淹れてくれたお茶を啜りながら、幸助はどうしたもんかと頭を悩ませていた。少女は恐らくは何も考えていないだろう、お茶を一口含むなり「熱《あち》ぃ熱《あち》ぃ」と騒ぎながらフゥフゥと吹き冷ましている。
「で、お姉さんのお名前はなんて言うの?」
妹がいきなり核心に触れ、幸助は一気に血の気が引いた。当然ながら彼はまだ彼女の名前を知らない。口裏を合わせるわけにもいかず、また初対面であり互いにフォローしあえる程知り合えているわけでもなく幸助は困り果てた。
「名前? オレは『招き猫』だ」
彼女は幸助の苦悩などどこ吹く風で即答した。
「まね……え?」
しかし、上手く聞き取れなかったのか妹が聞き返す。幸助はこれ幸いにと、
「っと……まね、ねこ……。そう。この子は……|木根《きね》まね子さんっていうんだ。な、まね子?」
即興で、頭をフル回転させ慌てて捲し立てる。
「「まね子、ちゃん?」」
母と妹はいかにも「変わった名前ね」と言わんとした表情で声をハモらせ聞き返す。
「おい、なんだそ――むぐっ」
いかにも不機嫌そうに口を挟もうとした|ま《・》|ね《・》|子《・》の口元を、幸助は腕で遮《さえぎ》り、
「な、まね子?」
もう何が何だかさっぱりわからないがこうなったら騙し通すしかない、と幸助は腹をくくった。
【招き猫の飼い主】第一話 完
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「いやー、やっぱり掃除姿はフクスケが一番似合うよなー」
「えっと……でも、これは当番制なんだから……」
無理矢理押し付けられた箒《ほうき》とチリトリを手に持たされ、|福永《ふくなが》|幸助《こうすけ》(略してフクスケ)はしどろもどろになりながらも、今日が掃除当番であるちょっとガラの悪いクラスメイトたちのグループに声をかける。しかし、
「だからー、今度お前が当番の時には俺らが代わってやるってさっきから言ってんじゃん」
「でも、やっぱり……」
「っつーわけで、頼んだぜフクスケ!」
彼らはうまく言い返せないでいる幸助の肩をぽんぽんと叩き、ゲラゲラと笑いながら明日からの週末の予定に花を咲かせながら帰り支度を済ませ勝手に教室を出て行ってしまった。
「そんなぁ……」
中等部三年に進級してまだ間もないというのに、さっそく厄介な人たちに目を付けられてしまったと、幸助は肩を落としため息をつく。
わかっていた。今度掃除当番が回ってきたとき、幸助が彼らに向かって「掃除当番を代わってくれ」と言い出せないことを、少年も、そして彼らもまた、わかっていた。
別に普段からいじめられているというわけではないが、面倒事があるといつも押し付けられてしまう。根が真面目で気弱で口下手。幸助は彼らのような者にとって恰好の駒だった。
いつの間にかほかのクラスメイトも居なくなり、幸助は今日もまたひとり寂しく教室の掃除を続けていた。
ある程度片づいただろうか。後は片方に寄せた机を元の位置に戻し、その上に乗せられた椅子を全員分下ろして、最後にゴミを集積場に捨てに行けば完了というタイミングで、
「あれ? フクスケ君ひとりで掃除してるー」
不意に教室へと足を踏み入れた小柄な少女が声をかけられ、ガタガタと机を持ち上げて運んでいた幸助は急に頬を赤く染めた。
「あ、式守《しきもり》さん、どうしたの……?」
「ちょっと忘れ物を……って、あれ? 今日の掃除当番って……あー、さてはまたあいつらか?」
肩の上に正八面体をした握り拳大の黒い物体を浮かべたクラスメイト、|式守《しきもり》|晴香《はるか》は、仁王立ちでビシっと幸助を指さすと、
「ダメだよフクスケ君、イヤならイヤって言わないと、いつまで経ってもあいつらに良いように使われるだけだよ!?」
ゴミを集め終わった後に換気のため開けておいた窓から初夏の風が吹き込み、晴香のポニーテールを揺らす。可愛い、綺麗というよりは、凛々しい、格好いいという形容がふさわしい。彼女の心の強さが体現されたその表情に、幸助は無意識に見とれてしまった。
魂源力《アティルト》の多さだけで双葉学園へと編入され、今に至るまで何の才能の片鱗も見せていない自分とは違い、彼女はその肩の上に浮かぶ黒い物体を扱う魔術系異能者だと幸助は聞いている。どのようなものかまでは知らないが、そこそこの戦闘もこなせる、らしい。
そして、幸助はそんな晴香に対し仄《ほの》かな恋心を抱いていた。
「っと、何? 私の顔になんかついてる?」
じっと見つめられていることに気づき、晴香はペタペタと自身の頬を触ってみせる。
「……あ、ううん。ごめん。ただ、式守さんて、何て言うか、凄いなぁって思って」
自分の気持ちを上手く表現できず、幸助はボソボソと途切れ途切れに口にした。
「お姉ちゃんやお兄ちゃん達も言うんだよね、『うちではハルカが一番凄い』って。私はそれが自分に出来ることだって思ってるから、そのために頑張ってるだけなのに」
晴香は肩の前で上向きに両手を広げ、首を左右に振ってみせる。
「でも、式守さんのそういうところを周りのみんなが……」
「ううん、違う」
彼女は急に幸助に向けて手のひらを突きつけ彼の言葉を遮ると、
「周りのみんなにどう見られるかとか、どんな評価されるとかじゃなくて、私は私の信じる正義のためにやってるだけだから」
きっぱりと言いきった。
「正義……」
「そう、正義。私の前に立ちはだかる悪いラルヴァを討ち倒す正義。来年、高等部に進学したらお兄ちゃんとこの討伐チームに入れて貰う約束してるんだ。そして頑張って頑張って学園一のチームにするのが私の夢」
晴香はぐっと拳を握るとニヤリとしてみせた。心なしか肩の上の黒い物体が彼女の言葉に頷いているように見て取れた。
「って、ごめん。フクスケ君掃除の途中だったね。私も手伝うからさっさと終わらせちゃお?」
自分の夢を語ったことに気恥ずかしくなったのか、晴香は急に思い出したかのように大声で言うと、手近の机を運び始めた。
「夢かぁ、叶うといいね、式守さんの夢」
運んだ机に乗せられた椅子を降ろしながら言う幸助の言葉に、
「フクスケ君は何もわかってないなぁ。叶う、叶えるんじゃなくて、やって、やるんだよ」
机を運ぶ手を止め、晴香は幸助へと背を向けたままぼそりと呟いた。
幸助は手伝ってくれた晴香に礼を言うと「後はコレだけだから」とゴミ袋を持って慌てて教室を飛び出した。
足早に廊下を進む幸助の表情は暗く沈んでいる。
「変なこと言ったかな、僕、式守さんに嫌われたかな……」
頭の中で教室での二人のやりとりを思い返すが、どうしても最後の『フクスケ君は何もわかってないなぁ』が心に重くのし掛かってくる。自分としては彼女を応援したつもりだったのだが――
中等部棟を出て渡り廊下を越え、中庭を迂回して体育館裏を通り抜けてようやくゴミ集積場へと辿り着く。可燃ゴミ、ペットボトル、缶、ビン、不燃ゴミと並んだそれは学園内に何ヶ所か設置されているのだが、最寄りの集積場ですらこの距離なのだから、掃除を面倒がる人が出てもおかしくはない。
途中まで一人で掃除していたからか他のクラスより大幅に遅れたらしく、可燃ゴミは既に山と積まれている。幸助はその山を崩さないよう手元のゴミ袋を積むと、
「僕、情けないなぁ……」
そのままゴミ集積場を前に再びため息をついた。
|福《・》永家に生まれ、両親から|幸《・》助と言う名を与えられ、クラスメイトからは「|フ《・》|ク《・》|ス《・》|ケ《・》」などと呼ばれているというのに、(自分は不幸だと嘆くわけではないが、それでも)決して幸福ではないよなぁ、とうなだれる。
名は体《たい》を表すとはよく言うが、せめて名に恥じない程度に幸福を呼べるようなラッキーアイテムなんかあればいいのに、などとくだらないことを考えていると――
「――招き猫……?」
幸助の目の前、ゴミ集積場の不燃ゴミ置き場に、左前足を挙げた|ソ《・》|レ《・》は捨てられていた。
「何となく持って帰って来ちゃったけど……」
凹んでいる時分に藁にもすがる思いで、幸助はゴミ集積場に捨てられていた膝丈ほどの大きめな招き猫の置物を抱え自宅の自室へと運び込んだ。
彼は、ラルヴァ研究員の父と専業主婦の母、そして初等部生の妹との四人家族であり、島内の住宅地にある一般的な一軒家で暮らしている。今し方幸助が帰宅した際に母の姿が見当たらなかったのは、夕刻のタイムサービス目当てにスーパーへと買い物へ出かけたからだろう。居間に放置された赤いランドセルから察するに妹もまた帰宅してすぐ母に同伴していったと思われる。何にせよ、変な物拾って帰ってきた幸助にとって、ひとまず何も文句を付けられずに持ち込めたことは幸いである。
自室の床へと改めてその招き猫を眺めてみると、右耳の先が少し欠けそこから目尻をぬけ頬の途中までヒビが入っており、その傷を接着剤によって補修されている。そして、おそらく長年どこかに仕舞い込まれていたのだろう、かなり埃《ほこり》まみれになっていた。
汚れたままにしておくわけにもいかないので、幸助は家族がまだ帰って来ないうちに風呂場へと運び洗い流してやった。すると、綺麗な白地に三毛柄でその首に鈴をさげ左前足を挙げた招き猫がお目見えした。
「ちょっと大きいけど、招き猫なんか飾っておけば、ちょっとくらい僕にもいいことがあったりしないかな」
とりあえずその招き猫を部屋の真ん中に置き、何処かにいいスペースはないかと室内を見回しながら、幸助はふと脳裏に浮かんだくだらない妄想を無意識に呟いた。
「これがギャルゲーだったら、猫耳っ娘に変身して『ご主人様に幸福を呼んであげます~』みたいな展開が起きたりするんだけどねぇ……」
しかし現実は無情《むじょう》で無常《むじょう》だ。幸助は本日何度目かのため息をつくと、招き猫の頭を撫でてやっ――
「うわっ!?」
突然その招き猫が激しく輝きだし、幸助はとっさに強く目を瞑りすぐさまその上を両腕で覆った。
瞼《まぶた》の裏側が真っ白に見えるくらいに強い光。たった数秒のことだったがかなり長い時間に感じられた。
そして、目を瞑ったままの幸助の耳に、
「……シャバだーーーーー!!」
可愛らしい少女の声で、その声色には似合わぬセリフが届いた。
【招き猫の飼い主】
第一話 君の名前は……
現実は不定《ふじょう》で不条理《ふじょうり》だ。
光は収まり、徐々に目が慣れてくる。幸助の目の前、さっきまであったはずの招き猫の置物がなくなり、その代わりに、見知らぬ猫耳少女が胡坐《あぐら》で座って彼をを見上げていた。
「そんな馬鹿な……」
歳の頃は幸助と同じか少し上くらい。白地の着物を茶色と黒の斑《まだら》模様をした帯で締め、首には鈴をぶら下げ、長いシルバーブロンドの髪をアップにまとめ上げている。
何より幸助の目についたのは、額から右目尻を抜け頬の途中まで抜けた古傷の痕。それは可愛らしい彼女の顔に対して強いインパクトがあった。
少女はしばらくの間、あたりを見回したり自分自身の姿を眺めたりしていた。そして再び幸助を見上げると、
「なるほど、『オレの力』がお前《めぇ》を呼び、『お前の力』がオレを呼んだんだな」
何が何だかわからないままたじろいでいる幸助に、自分自身をオレと呼ぶ少女はにやりと笑い、彼女の傍らで立ちつくす彼の手をそっと握った。
「えっ……!?」
普段女性に触れることなどまずあり得ない幸助にとって、彼女の行動そしてその手の柔らかさに理解の範疇を超え、何もできないまま硬直してしまった。
「お前の手、やっぱり温《あった》け~わ。体を洗ってもらったときも頭を撫でてもらったときもそうだったけど、こうしてるとお前の力が凄《すげ》ぇ感じられるぜ」
と、その可愛らしい見かけに似つかわしくない口調で言い、握った幸助の手に頬ずりした。その際に彼女の猫耳が幸助の腕を撫で、
「うわぁっ!」
幸助は慌ててその手を振りほどいた。
「っんだよ、急に! ビックリするじゃねぇか!!」
猫耳の少女は今一度幸助の手を握ろうと再び幸助へと伸ばしたが、あからさまに自分を警戒している彼の様子に気づいたのか、小さく舌打ちをすると表情を陰らせゆっくりとその両腕を引っ込めた。
「ビックリしてるのはこっちだ! いったい、君は何者なんだ……?」
幸助が叫ぶ。確かに、猫の力を借りたりその姿に変身できる異能者がいるという話は聞いたことがある。しかし、招き猫の置物が猫耳少女に姿を変えたという今この部屋で起きている事態はそれとはまた異なるだろう。もしも招き猫の|付喪神《つくもがみ》、だとするならこの猫耳少女は――
「――君は、ラルヴァ、なのか?」
臆しながら言葉を吐き出す幸助の姿に少女は首を傾《かし》げ、
「らるば? らるばって何だ? オレはオレだ。どこにでもある普通《ふつー》の招き猫だぜ?」
「いや、僕の知る限り普通の招き猫は人の姿に変身したりしないはずだ」
「んなこと言われたってなぁ。ってゆーかオレは今お前の……まぁいいや」
少女は口ごもり、胡坐をかいた自身の膝を見下ろす。ちょうど彼女の顔の傷が幸助の視界に入った。
「……傷の位置も一致するし。やっぱりあの招き猫なのか」
「あぁこれか。ったくこちとら焼き物なんだから割れ物注意だってのによぉ。せっかくの器量良しが台無しだぜ」
猫耳少女は再び舌打ちするとふてくされた表情で右目脇の傷跡を手の甲でごしごしと擦った。
「ま、これのせいでゴミとして捨てられかけてたところを助けてくれたんだ。それは感謝してるぜ」
猫耳少女は立ち上がり――奇しくも幸助よりも頭半分ほど背が高かった――彼を見下ろすとニコリと微笑んだ。口調は何かと汚らしくまた右目尻の傷のこともあるものの、元々の綺麗な顔立ちもありその笑顔はとても可愛らしかった。
「そりゃ、どうも……」
「よし、今日からお前はオレの御主人だ。お前んちは何屋だ。|蕎麦《そば》屋か? 団子屋か? 千客万来商売繁盛、私が来たからにはどんどんお客を呼び込んでお前んちを日本一にしてやるぜぇ!?」
いかにも得意げに万遍の笑みで仁王立ちする少女へ、幸助は申し訳なさそうに、
「……いや、うちは普通の一般家庭だよ」
「へ? 店やってないのか? じゃあ何でお前オレのこと拾ったんだよ」
呆れ顔で問い返す。幸助はあまりにバツが悪そうに彼女へと小声で答える。
「幸せに、なりたいから……」
「そりゃまぁ結果的に福を呼ぶことになってるかもしれねぇけどさ、でもオレはこうやって人を招き寄せるだけの招き猫だぜ?」
言って、彼女は左手の手首を折り曲げ優しく拳を握ると、顔の横でクイクイッと招くポーズをとった。
その時だった。
ガチャリと玄関のドアを開ける音と、階下から「ただいまー」という声が幸助の耳に届く。
「まずい、母さん達が帰ってきた!?」
彼は大いに慌てふためいた。それもそのはず、彼が招き猫の置物を抱えて帰宅してから既に二十分以上は経過している。うっかりしていたが母達がいつ帰って来てもおかしくないことを失念していた。誰もいない家でこんな変な子とは言え女子と二人きりでいるところを見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
「おい! 早く元の置物姿に戻れ!!」
「なんでだよ、やだよ。せっかく自由に動けるようになれたってのによぉ……」
「いいから、早く!!」
幸助は我を忘れ先ほど拒んだ彼女の両手を掴み、嫌がる彼女へ「早く!」とせがむ。勢い余り二人は足をもつれさせ、
「「ぅわっ……!!」」
幸助は少女に覆いかぶさって床へと倒れ込んでしまった。
そして、最悪のタイミングで彼の部屋のドアが開く。
「ただいまお兄ちゃんおかえり!! ママがお菓子買ってくれたから一緒に――」
床へと仰向けになって倒れた少女に、うつ伏せで向かい合う二人と、勢いよく開け放たれたドアを挟んで笑顔のまま幸助達を見下ろしていた妹との間で数秒の沈黙が続く。
「――――ママー!! お兄ちゃんが部屋で女の子を押し倒してるー!!」
「違っ……これは……!」
間に合わなかったと幸助は嘆いた。
二人は妹に連れられ(どうやら耳と尻尾は隠せると言うので嫌がる少女に無理矢理隠させた後に)リビングのソファに座らされた。
「あらあらまぁまぁ、幸《こう》ちゃんもお年頃ねぇ。ママのいない間にお部屋に女の子を連れ込むなんて」
幸助の母はキッチンで四人分のお茶を用意しながら、おっとりとした口調で彼らに声をかけた。彼の妹はリビングのテーブルの上に先ほど買って来た菓子の封を開け、
「お兄ちゃん、カノジョ? カノジョ!?」
興味深々に二人へと尋ねながら、むしゃむしゃとそのお菓子を口へ運び続けている。
母の淹れてくれたお茶を啜りながら、幸助はどうしたもんかと頭を悩ませていた。少女は恐らくは何も考えていないだろう、お茶を一口含むなり「熱《あち》ぃ熱《あち》ぃ」と騒ぎながらフゥフゥと吹き冷ましている。
「で、お姉さんのお名前はなんて言うの?」
妹がいきなり核心に触れ、幸助は一気に血の気が引いた。当然ながら彼はまだ彼女の名前を知らない。口裏を合わせるわけにもいかず、また初対面であり互いにフォローしあえる程知り合えているわけでもなく幸助は困り果てた。
「名前? オレは『招き猫』だ」
彼女は幸助の苦悩などどこ吹く風で即答した。
「まね……え?」
しかし、上手く聞き取れなかったのか妹が聞き返す。幸助はこれ幸いにと、
「っと……まね、ねこ……。そう。この子は……|木根《きね》まね子さんっていうんだ。な、まね子?」
即興で、頭をフル回転させ慌てて捲し立てる。
「「まね子、ちゃん?」」
母と妹はいかにも「変わった名前ね」と言わんとした表情で声をハモらせ聞き返す。
「おい、なんだそ――むぐっ」
いかにも不機嫌そうに口を挟もうとした|ま《・》|ね《・》|子《・》の口元を、幸助は腕で遮《さえぎ》り、
「な、まね子?」
もう何が何だかさっぱりわからないがこうなったら騙し通すしかない、と幸助は腹をくくった。
【招き猫の飼い主】第一話 完
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