【反逆のオフビート 第三話:part.4】

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元が縦書きなのでラノをおすすめします [[part.4をラノで読む>http://rano.jp/1044]] #ref(offbeat1.jpg) 第三話    【反逆のオフビート 第三話】  〈キャスパー・ウィスパー侵略:part.4〉  オフビートは駆けた。  傷だらけの身体を引きずりながら、なおも護るべき恋人の下に向かって走り続けた。  彼が伊万里のいる廃研究室の場所を見上げると、突然轟音ともに研究室の天井に穴が開き、巨大で不気味な、タコやイカのような黒い触手が天に向かって伸びていた。 (なんだあれ? あそこで何が起きているんだ!?)  オフビートは不安にかられながらその触手の下に急いだ。  しかし、その触手は腕を破裂させ、眷属たちをオフビートの後方の廃工場にばら撒いていく。 (ちっ、ラルヴァかあれは。なんだってこんな都市の一部に出るんだ!)  オフビートは一先ずその眷属たちを無視することに決めた。おそらくあのラルヴァたちは他の異能者がなんとかするだろうと踏んでいた。  やがて伊万里が監禁され、魔女キャスパー・ウィスパーがそこにいるはずの廃研究室の扉前までたどり着いた。だが、その扉は閉ざされている。恐らく崩れた天井の瓦礫で扉が埋まってしまったようだとオフビートは理解した。 「伊万里!」  オフビートは扉の向こうにいるはずの伊万里に向かって叫んだ。しかし、伊万里の返事はなく、代わりに弥生のか細い声が聞こえてきた。 「斯波・・・・・・君?」  その声はまるで泣き叫んだ後のように枯れていた。オフビートは弥生のそんな声に嫌な予感がしていた。 「や、弥生か。なんでお前がここに・・・・・・いや、それよりも伊万里はそこにいるのか?」  オフビートは扉の向こうの弥生にそう問いかけるが、弥生はしゃくりあげるように泣いている。やはり、何かがあったのだ。 「どうした弥生! 伊万里は、伊万里は無事なのか!?」 「斯波君、ごめんなさい・・・・・・私がちゃんとしてれば伊万里ちゃんは・・・・・・」 「な、何があったんだ――!?」  弥生は一連の出来事をオフビートに伝えた。それを聞いてオフビートの顔は絶望に染まっている。恐るべき謎のラルヴァの侵略。一体何が起こっているのかオフビートにも予想はつかなかった。 「糞、そうか伊万里はあの触手のラルヴァに取り込まれたのか・・・・・・弥生、伊万里は身体を丸ごと飲込まれたんだよな?」 「う、うん・・・・・・。もう何も残ってないよ・・・・・・もう伊万里ちゃんは戻ってこないの・・・・・・」  弥生は自分の無力を呪うように力なく答える。しかしオフビートはそれを聞いて、少しだけ希望的な瞳を見せた。 「いや、だとするならば伊万里を助け出す方法があるかもしれない」 「え?」  オフビートは疑念を抱いているような弥生の声を諭すように伊万里を助ける方法を伝える。 「そのラルヴァは周りのものを取り込んでいるのに見た目は変わっていないんだろう?」 「う、うん。あれだけ食べてるのに一体食べたものはどこにいってるんだろう」 「それだ弥生。おそらくそのラルヴァは亜空間そのものが形になっているんだ。だから食料として伊万里や周りのものを食べているじゃなくて唯亜空間の中に吸収しているだけ・・・・・・この仮説が正しければ伊万里を助ける方法は、ある!」  オフビートは決意のこもった瞳でそう言い切った。 「ほ、本当なの斯波君!」 「ああ、だがまずはこの扉をどうにかしないとどうしようもない。こっち側からではどうやっても開けることはできない。弥生、お前に頼みがある」 「な、何・・・・・・?」 「そっち側から瓦礫をどかしてこの扉を開けて欲しい。俺は伊万里を助けるために能力を温存したい。俺の能力もそろそろ限界が来ているんだ・・・・・・頼む!」  弥生は目の前にある瓦礫の山を呆然とみつめる。  後ろには今にも襲いかかってきそうな黒きモノが触手を蠢かせて控えている。  弥生は覚悟を決め、近くにおちている鉄棒を手にとり瓦礫の山を崩し始めた。思い切り鉄棒で瓦礫を叩いているため、その振動が弥生の素手を響かせている。 (痛い――でも、でも! 伊万里ちゃんを護るためなら!!)  弥生はその柔らかく白い手が傷つくのも構わず瓦礫の山を叩き続け、少しずつだが瓦礫の山は崩れていく。 (私はいつも伊万里ちゃんに護ってもらってたばかりだった・・・・・・あの日伊万里ちゃんを護るって決めたのに、私は・・・・・・・だから今度こそ!)  弥生が鉄棒で瓦礫を崩していると、後ろから黒きモノの触手が伸びてきた。それに気づいた弥生は咄嗟に鉄棒でその触手を弾こうとするが、触手はその鉄棒を根元から飲込んでしまった。弥生は瓦礫の山を崩す唯一の道具を奪われ、唖然としていた。 (そんな、もう道具は無いのに――)  弥生は少し放心していたが、すぐに気を取り直して瓦礫の山に対面する。 (道具が無いなら、手で――!)  弥生は自分の手が傷つくのも構わず、瓦礫を掘り返す。  弥生は伊万里と幼いころからずっと親友であった。  幼稚園のころ人見知りの激しい弥生は誰も友達を作れずにいた。とろくさい彼女は何かをしようとしてもすぐに転んだりミスをしたりして周りから馬鹿にされてもいた。そんな弥生を馬鹿にもせず同情の目でみたりもしなかったのが伊万里だった。  伊万里は弥生を可愛い可愛いと言っていつも可愛がってくれていた。伊万里だけが弥生の支えだった。  そして、伊万里の両親が亡くなったとき、弥生は伊万里を護りたいと決意していた。  だが彼女は自分の無力を心底感じていた。  伊万里を護るのは自分の役目じゃない、そんなことはわかっている。しかし、それでも弥生は少しでも伊万里の助けになるために必死だった。 (私に出来るのはほんのわずかなことだけ、あとは斯波君が――)  瓦礫を掘る爪が剥がれだし、血が流れ出てくる。痛みで感覚が麻痺してくる。  手に力が入らず、弥生の体力も限界に近づいてきた。 「痛い・・・・・・痛いよぅ伊万里ちゃん・・・・・・」  涙を流し、弱音を吐きながら尚も弥生は手を休めはしなかった。しかし、それでも瓦礫の山は悠然と弥生の前に立ちふさがっている。 (駄目、やっぱり私の力じゃ・・・・・・でもこのままじゃ伊万里ちゃんが――あっ!)  弥生はそのとき伊万里が何をしようとしていたかを思い出した。  自分の力で瓦礫を崩せないなら、このラルヴァの力を利用すればいい。それは先程伊万里がしようとした作戦である。伊万里は失敗してそのままラルヴァに飲込まれてしまったわけだが、それでもこれしか方法はないと弥生は考えた。  弥生は後ろを振り返りいまだ触手を振り回している黒きモノと体面する。 「こ、こっちよ化け物! 私はここにいるわ!!」  身体も足も震わせながら弥生は目の前の化け物を挑発する。  もし失敗すれば自分も触手の餌食になり、黒きモノに取り込まれることになる。それでも弥生は恐るべき目の前のラルヴァを睨みつける。  弥生は辺りに落ちている瓦礫を黒きモノに投げつけ注意をこちらに向けさせる。それに黒きモノの触手は反応していた。 「ここよ! さあいつでもかかってこい!!」  黒きモノは薄気味の悪い声で鳴き、触手を弥生にむかって思い切り振り下ろした。弥生の身体は恐怖で固まっているが、弥生の目ははっきりと触手の動きを読むために必死に開かれている。 (伊万里ちゃん――)  凄まじい破壊音と共に扉を塞いでいた瓦礫の山が触手により砕かれ、一部は触手に取り込まれていったようで、ぽっかりとそこに穴が開いていた。  弥生は間一髪避けたようで、なんとか無事である。  しかしその衝撃で転んでしまったのか、床に寝そべってる格好になってしまっている。 「いたた・・・・・・でも、これで扉が開いたはず・・・・・・」  弥生がそう言うように扉は開通したが、弥生を取り込み損ねた触手はまだ弥生の上で蠢いていた。そして、その触手が転んで動けないでいる弥生に再び狙いを定めた。 (あっ――!)  触手が弥生目掛けてふり降ろされ、弥生はもう駄目だ、そう思っていた。 (私がどうなってもいいから伊万里ちゃんだけは――!)  弥生は覚悟を決め、全てを伊万里の恋人である斯波涼一に任せようとしていた。  しかし、彼女がどんなに待っても、暗黒の世界が視界を覆うことは無かった。そこにあるのは男の子の身体の温もり。弥生はオフビートに抱きかかえられていた。  彼の光る右手により触手は受け止められており、弥生はぎりぎりのところで彼に救われたのである。 「斯波・・・・・・君」 「大丈夫か弥生。お前は強いやつだよ・・・・・・ありがとう」  弥生が扉を開通さえせたおかげでオフビートもこの廃研究室に入ってこれたのである。弥生は自分が成したことに達成感を覚えていた。ようやく伊万里に恩返しが出来た。ようやく対等な存在になれた、そんな気がしていた。  だがオフビートは目の前に存在するおぞましい姿をしたラルヴァを見て戦慄していた。 「一体どうなってるんだ。俺を襲撃したり伊万里を拉致ったりしたのがあのラルヴァなのか? あれがスティグマの刺客だとでも言うのか!?」  オフビートは正体不明の敵に少しだけ気おされたが、一歩足を前に進める。 「怯んでてもしょうがねえな。弥生だって頑張ったんだ、俺が、俺が絶対に伊万里を助け出してやるんだ!」  オフビートは一歩ずつ黒きモノに近づいていく。弥生はそんな彼を見て心配そうにしていた。当然である彼女はさっきまであの化け物の脅威を目の当たりにしてきたからだ。 「斯波君、大丈夫なの? あの化け物の中が亜空間だって保障も、そこから戻ってこれる保障もないんでしょ・・・・・・」 「ああ、だが、やらなきゃならない。たとえ地獄の底であろうと俺は伊万里を連れ戻す。それが俺の、俺の生きる意味だ」  それでもオフビートは歩を進める。  もはや彼を止められるものはどこにもいない。 「弥生、お前はこの場から離れて醒徒会に助けを求めろ。戻ってきてお前に何かあったら伊万里に申し訳が立たない」 オフビートはそう言い遺すと目の前のラルヴァ目指して駆け出した。そしてそのまま黒きモノの本体に向かって飛び込み、自ら取り込まれていった。 弥生はオフビートの言うとおりにその場から駆け出し、彼らの命運を祈った。   目の覚めるような暗黒。 オフビートは黒きモノの中に潜り込み、その広さと暗さを見て亜空間であると確信を持った。それに空間に浮いている自分や、取り込まれた瓦礫などがそこにはあり、光も無いのに物体たちはよく見えている。 (しかしこんな広い場所で伊万里を見つけられるんだろうか)  あまりに広大なこの空間の中でどうしたものかとオフビートは考えていた。空間中に浮遊する瓦礫の山を押しのけてどこともわからない場所を彷徨う。 「おーい伊万里! いたら返事してくれ!!」  オフビートはそう叫ぶが、そもそもこの空間に音が伝わるのかが疑問であった。当然ながら伊万里の返事は返ってこない。  しかし、オフビートが浮遊している飲込まれた研究室の機材に触れると、突然頭の中にイメージが流れ込んできた。  それは兵器研究局の過去の映像であった。  何人もの白衣を着た者たち、恐らくは研究者であろう彼らは様々な実験を繰り返していた。超人製造計画による何万という人造人間の屍が打ち捨てられ、過剰で凶悪な兵器が次々と作られている。  オメガサークルの前身である彼らは、こうした倫理と道徳を捨てた研究を求め続けたゆえに双葉学園により存在を抹消された。しかしそれでも科学の限界と究極の研究に取り付かれた彼らはオメガサークルを立ち上げ、今でも世界に闇を与えている。  そしてまた新たに流れ込んできたイメージは、また別のものであった。  真っ白な研究室の中心に、一人の少女が奇妙な椅子に座らされていた。椅子についた拘束具で両手足を縛られ、ゴテゴテしたコードや機器がついたヘルメットのようなものを頭全体に被らされて、少女の顔はよく確認できない。  だがその少女の顔は苦悶に歪み、周りの研究者たちはそんな少女の苦痛の表情も意に介さず無表情でデータを取っているようだ。 (これはなんだ――!?)  そしてその少女が悲鳴を上げ、計器などが異常を知らせる音を鳴らせている。研究者たちは焦った様子もなく、その様子もデータにとり、少女を見下ろしていた。  やがて映像がフラッシュし、オフビートの意識はまた暗黒の空間に戻ってきた。 (今のはこの取り込まれた研究機材の記憶――か? まさかここは普通の亜空間ではなく、強いテレパスが形成できるという精神世界なのか。だとするなら距離や場所は関係ないはず・・・・・・)  オフビートは目を閉じ、精神を統一させる。前身から発せられる魂源力を感覚神経に行き渡す。それで感覚が強化されるわけではないが、この空間に存在する他の魂源力を感知することができるかもしれない。オフビートはそう考えてこの精神世界に存在するはずである伊万里の精神にアクセスしようと試みる。  ここが精神世界ならば限定的な擬似テレパスが使えるはずである。  オフビートはどこかにいるはずの伊万里に向かって呼びかけ続ける。 (お願いだ伊万里、いるなら返事をしてくれ。この暗闇の中で自我を保つのは強い意志が必要だ、だがお前にはその強い意志があるはずだ――)  オフビートの呼びかけに答えるように、目の前に小さな光の粒が現れた。  それはなんだか不定形で、まるで自分の形を忘れてしまったかのようである。 (これが伊万里――なのか? 強い精神力の干渉を受けて自我が崩壊しかけているのか。俺も長いことここにいると不味いかもしれないな) オフビートがその光に手を触れるが、そこには感触はなく、ただすり抜けるだけであった。それはまだ彼女自身の精神が不安定で形を保てていないからであろう。 しかしオフビートが触れたことで彼女の精神に少し揺らぎが生じたのか、光は形を取り戻したかのように人型を形成していく。 しかし、それは小さな人型、伊万里の幼い時の姿をしていた。恐らく彼女自身の自我がまだ完全に取り戻せていないせいであろう。 「い、伊万里?」  虚ろな目をしている小さく幼い少女の姿をした伊万里を見て、オフビートは何かでデジャブを感じていた。どこかでその姿をみたことがあるような、そんな気がしたのである。 (俺は伊万里の小さな頃を知っている――?)  そんなことはありえない、そう思いながらもオフビートは心のどこかで彼女の幼い姿に何か曳かれていた。オフビートは何か自分でもわからない感情の高鳴りを感じ、何か熱いものが頬を伝っていることに気づいた。 (俺は今、泣いているのか――?)  手でそれを拭い、オフビートは自分が涙していることに驚いていた。自分でも理解できない感情の高鳴り。何かが込み上げてきて涙が止まらない。彼は今まで泣いたことなんてなかった。少なくとも彼の記憶にある中ではそんなことは一切なかった。  それ故に彼は自分自身のこの感情に戸惑っていた反面、少し嬉しさもあった。  人間の証明。  戦いのための改造人間である彼、兵器として存在する彼は自分自身の人間らしさに触れ、身体が震えていた。 (伊万里に出会えたから俺は――!)  涙で濡れた掌を握りしめ、オフビートはその幼い姿の伊万里の手を引っ張ろうと手を伸ばすが、その幼い伊万里の身体を何か黒いものが浸食し、オフビートから引き離してしまう。そしてその黒い空間に、一つの顔が浮かんできた。  それは人形のように白い、美しい顔をした女。  しかしどこか醜悪さを感じさせる空気を持ち、目にはとてつもない殺意を感じた。  魔女、そう呼べる雰囲気がその女にはあった。 「だ、誰だお前は。そうか、お前が伊万里を攫ったスティグマの・・・・・・」 「私は魔女キャスパー・ウィスパーよ、私は本物の魔女になったのよ。あはははは、私は無敵よ、世界を相手にしても負けないわ!」  目の前の女は不気味に笑いながらこの精神世界における自分の身体を形成していく。それはまるで蛸かイカのようなおぞましい姿で、ぐちゃぐちゃと内臓が絡まっているような触手のついた巨大な下半身に、何個もの無数の目玉がついている。  魔女の裸の上半身だけが唯一人間である部分になっている。しかしその魔女の目は奇妙な赤色で、人間味は一切感じなかった。 「なんだこいつ、精神がここまで奇形化してるなんてまともな人間じゃありえない・・・・・・」 「そうよ、私は人間を超越したのよ。悪魔すら殺せる、神に私は成ったのよ」 「何が神だ、この化け物め!」  目の前の恐ろしい姿をした魔女は幼い伊万里を抱きかかえている。  恐らくはこの魔女がこの精神世界の基盤になっており、彼女を倒さない限り伊万里を取り戻すことはできない。この絶望的な相手を目の前にして、オフビートは臆してはいなかった。彼女を取り戻すためならば神にすら戦いを挑む。  それが彼、オフビートの信念であった。 「化け物、ね。あなたがそれを言えるのかしら、オメガサークルの玩具の癖に」 「俺は――俺は人間だ!」  オフビートはそう叫びながら空間に浮いている瓦礫を蹴り、勢いをつけて魔女のもとまで飛んでいく。この精神世界には重力など存在しないのだ。 ポケットからナイフを取り出し、それを魔女の喉下に突き刺そうとオフビートはナイフを構える。だが、 「無駄よ」  魔女のその冷徹な言葉と共に放たれた触手がオフビートの身体にまで伸びていくが、オフビートは絶対防御の異能である“オフビート・スタッカート”を発動させ、掌でその触手を弾いていく。 「無駄はどっちだ、俺の能力ならお前の攻撃なんか――」  しかしそう言うオフビートの動きががくんと止まる。弾いた触手は動くことをやめずオフビートの足に絡み付いていた。 「しまった!」 「弾いたところで私の触手はあなたを捕らえることを止めないわ。あなたの能力の範囲は所詮両掌のみ、今の私の敵じゃないわ」 「こ、こんな触手ごとき!」  オフビートは右手にもったナイフで触手を切り離す。外の世界の黒きモノの触手とは違い、触れただけで飲み込まれるということはないようである。しかし、魔女は無数に触手を伸ばしてきて、オフビートの身体を締め上げていく。足も腕も胴体にも触手が纏わりつき、ぎりぎりとした痛みが身体全体に走る。 「く、糞。こんなもの!」 「私から逃れることは不可能よ、さあ死になさい」  魔女は自分の掌を広げ、オフビートにその手をかざす。その手にエネルギーの粒子が収束していき、目が眩むような光を放っている。 「レイザースピア」 その光の粒子はまるで槍のような形に変化し、魔女はそれをオフビートに向かって思いきり投げつけた。  高速で打ち出された光の槍をオフビートは左手を突き出して防御しようとするが、光の槍は彼の左腕を吹き飛ばし、消滅させた。  オフビートの能力は限界が近づいていたため、出力が出なかったのであろうか、左腕が二の腕の辺りから下が完全に持ってかれていた。 「ぐ・・・・・・嘘だろ・・・・・・」  自分の身体の一部の喪失に、オフビートは愕然としていた。圧倒的な力の差を前にして、絶望を感じていた。 「さあ、串刺しにしてあげるわ」  魔女はもう一度光の槍を形成し、オフビートに向かって放射する。  今度のそれはオフビートの腹部に突き刺さり、致命傷とも思える傷をオフビートに与えていた。内蔵が傷つき、血がどんどん溢れ出てくる。 「うぁあああああああああああああ!」  オフビートは腹部から全身に走る激痛に思わず叫び声を上げる。だが叫べば叫ぶほど痛みが増幅され、臓物がはみ出そうになる。痛みのために暴れようとするが、触手が彼の身体を拘束し、何も出来ない。 「あらあら、意外としぶといわねぇ」  魔女はせせら嗤うように瀕死のオフビートを見下す。  血まみれになりながらも尚、魔女を睨みつけるオフビートを、魔女は冷酷で残酷な目で見つめ返す。 「一体なぜあなたはこんな小娘一人にそんな必死になるのかしらね」  魔女は幼い姿をした伊万里を抱きかかえながらそう言う。魔女はその長い指の爪を伊万里の柔らかな頬に押し当てる。 「こんなか弱い存在、護ってもしょうがないのにね。私がちょっと爪を動かすだけでこの可愛い顔も傷でズタズタになるっていうのに」 「やめろ、伊万里に手を出すな!」  オフビートは血反吐を吐きながらも抗うことをやめない。  なぜ彼が目の前の少女にそこまで固執するのか、それは彼自身もわからない。 「任務ってだけじゃないのね、この女を護ろうっていうのは。まったく理解しがたいわ」  それでもオフビートは彼女を見捨てるという選択肢を考えることすらなかった。  まるでそれは遠い日の約束を果たすためのような、そんな確固たる想いがオフビートにはあった。 「はいはい、熱いわねぇ。いいえ、暑苦しいわ。もう十分でしょ、消えてなくなりなさい」  魔女は先程よりも大きく手にエネルギーを集中させていく、次にこれを食らえばオフビートの身体はもたないであろう。確実に命を落とす。  オフビートはそれを見て絶望に顔を歪ませる。  自分がここで死んだら伊万里はどうなる、そればかりが彼の気がかりであった。 「うおおおおお! 伊万里・・・・・・伊万里、伊万里いいいいいいいいいいいい!」  オフビートは最後の咆哮をこの暗黒の空間に轟かせる。  これでオフビートの物語は終わりを告げる――だがしかし、 「斯波君・・・・・・」  絶体絶命の絶望の中、それでも戦うことを、運命に対して反逆を止めない人間に奇蹟は起こるのだ。 「斯波君!!」  精神を破壊された幼い姿の伊万里の瞳に、光が戻り、オフビートの呼びかけに答える。 「斯波君、斯波君!」 「ちっ、なぜだ、私の力で精神は――!」  驚いて油断をしていた魔女を突き放し、伊万里は魔女の手から離れていく。魔女はエネルギーを手に溜めていたために伊万里のほうに気を配っていなかったのだ。  伊万里は空間を飛びながらオフビートのもとに向かっていく。  オフビートのもとにたどり着いた伊万里は、オフビートの傷だらけの身体に思いきり抱きつく。その瞬間、伊万里の幼い身体は光とともに今の十六歳の姿に戻っていく。 「伊万里・・・・・・あんま強く抱きつくなよ、痛いだろ」 「斯波君、斯波君・・・・・・こんな、こんな姿に・・・・・・」  伊万里は腕をもがれ、臓物をはみださせる大怪我を負ったオフビートの姿を見て涙を流していた。自分を助けるために大切な人が傷つくなんて彼女には耐えられなかった。 「泣くなよ、俺はお前に泣かれたら・・・・・・」  オフビートはそれ以上声も出せなかった。限界が来ていた。  愛するものの胸の中で、死んでいく。それはとても理想的ではあるが、この状況で自分だけが死んでも伊万里は助からない。 オフビートは今のこの状況の中でも決して諦めることを考えなかった。 「伊万里、どけ。またあいつはあの技を撃ってくる・・・・・・お前も死ぬぞ・・・・・・」 「いや、斯波君を放っておけないよ!」  伊万里はオフビートの身体にすがりつく。そのか細い体躯が微かに震えている。  オフビートは考える。  今この場で自分の死は伊万里の死だ。  自分自身があの魔女を突破しない限り伊万里にも安全はない。  考えろ。考えろ。考えろ。  生きて、目の前の敵を倒すんだ。  オフビートは元の姿に戻った伊万里を抱きしめながらそう決意していた。 (・・・・・・いや、まてよ。それってつまり――)  オフビートが何かを考え込んでいる間に魔女はエネルギーの収束を終えていた。魔女は最後の一撃をオフビートに放とうと、再び構える。 「ちっ、さっきは邪魔が入ったせいでやり損ねたわね。でも、これで本当に終わりよ。死の巫女と一緒に塵になりなさい」  巨大な光の槍が放射され、その一撃で全てが決する、はずであった。  だがありえないことにその光の槍はオフビートの目の前で眩い閃光と共に完全に消滅した。いや、正確にはかき消されたかのように相殺されたのだ。 「そんな、まさか!」  ちぎれ飛んだはずのオフビートの左腕がそこには存在していた。オフビートは左掌を突き出し、魔女の光の槍をその異能、オフビート・スタッカートで防御したのである。 「し、斯波君・・・・・・なんで・・・・・・?」  普通ではありえない、オフビートは再生能力者でもなんでもない。肉体は強化あれているとはいえこのような力があるわけではない。 「な、なんでお前は・・・・・・・」  魔女は信じられないものを見るようにオフビートを睨んでいた。そんな魔女をオフビートはまるで苦痛を感じていないように不適に笑う。 「なんでって、それはお前が一番よく知ってるだろ魔女さんよ。あんたのその技のトリックは見破ったぜ」  オフビートは目を瞑り、精神を集中させていく。  やがて穴の開いた腹も、傷が塞がり、まるで最初から何も傷を負っていない状態になっていく。だがそれも有り得ないのだ、なぜなら腹を貫かれて破れた服すらも元通りになっていったからである。 「し、斯波君、これは一体・・・・・・」 「心配させたな伊万里。これは、この傷もあの攻撃も全部幻覚だったんだ」  そう、異能力は一人につき一つ、魔女の能力が精神世界を構築するほどの精神感応者ならば、あの光の槍は物理的なものではありえないのだ。  伊万里の身体が幼い姿になったり、魔女が化け物姿になったりと同様に、オフビートの精神体を変形させるほどの精神波をあの光の槍に込めていたのだ。  逆に言えば、それにさえ気づけば、自分自身の本来の姿に戻ることができる。伊万里のように元の形を得ることができるのだ。 「もうお前の攻撃は俺に通用しないぞ。観念しろ」 「ふざけるな、貴様なぞ下らない奴にこの私が・・・・・・」  魔女は怒りと焦燥により鬼のように醜悪な表情をし、手の爪をさらに鋭く伸ばす。オフビートを縛っている触手にもさらに力を込めていく。しかし、 「だからこんなもんも通用しないって言ってるだろ!」  オフビートは自分の身体に纏わりつく触手を、左手で切り離していく。彼の異能の力が宿った手で握り締めればそれらのものは簡単に千切れてしまう。  触手を切り離し、オフビートの右手も自由になる。これで彼の力は完全に解放されたのだ。伊万里はそんな彼の邪魔にならないように、そっと離れる。 「オフビート・スタッカート、全開!!」  オフビートの両掌が輝き、高周波のシールドが形成されていく。まるでそれは、この絶望の暗黒に輝く、希望の光のようであった。 「さあ来い魔女! 決着をつけてやる!!」 「調子に乗るなこのドチビがああああああ!!」  魔女は化け物の身体をした巨体を揺らしながらオフビートに突進してくる。しかし、オフビートも退くこともせずに、同じように魔女に向かって駆けて行く。  魔女は懲りもせずに無数の触手をオフビートに伸ばすが、オフビートはそれを受け止めるのではなく掌で斜めにずらし、受け流していく。  魔女の懐にまで潜り込んだオフビートを、魔女はその刃のように鋭い爪で斬りかかってきた。オフビートはそれを片手で防御しながら、ナイフでその両腕を逆に切り落としてやった。ナイフは弧を描き、魔女の手首を綺麗に切断する、しかし、魔女の切り落とされた手は瞬時に再生され、元通りになっていく。まるで映像を巻き戻しているかのように。 「ちっ!」 「馬鹿ね、あなたに出来ることは私にも出来るのよ。精神体であるこの私をいくら傷つけても無駄なのよ」 無限の精神力を誇るこの魔女には、まともな攻撃は通じない。 長期戦になれば精神的持久力に無いオフビートに勝ち目は無い。 しかし、オフビートには考えがあった。 「そうかい、だったらこれはどうだ!」  オフビートは両手で魔女の頭をがしっと掴んだ。 「な、何をする気だ!」 「あんたの精神体がここまで奇形化して精神世界を形成するほどにテレパス能力が増幅されてるのは、あの黒いラルヴァに精神が侵食されているからだ。だったらそれを引き剥がしてやれば――」  「や、やめなさい! 折角私は神の力を手に入れたのよ! 世界と戦う力を――」  オフビートは魔女の悲痛な叫びを無視して、異能を全開にしていく。彼の能力は触れるものを拒絶し、遮断することができる。その力を応用し、魔女に取り憑いているラルヴァの精神を弾き飛ばそうというのだ。  だがそれは強力な魂源力のエネルギーを消耗するため、オフビートにとってはとてつもない負担であった。  連戦により彼の脳も身体も限界が来ているのだ。  そして、幻覚だと見極めたとは言え、何度もあの光の槍という精神攻撃を受けていたため、精神もボロボロであった。  失敗すれば次は無い。下手をしたらオフビートもラルヴァに取り込まれる可能性もある。そうなったら勝機は永遠に失われる。  しかし、それでも、オフビートは前に進むしかないのだ。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」  改造人間オフビートと魔女キャスパー・ウィスパー、その二人の全エネルギーを賭した戦いが今、決着を迎えることになる。そして――     「はやはや! アタシがはやはやを蹴ったりすれば威力は倍だよ!!」 「そうか、わかった!!・・・・・・いや、意味わかんね――うわぁああ!」  加賀杜が足で早瀬に触れることにより、早瀬の加速は強化され、キックの威力は通常の倍になり、目の前の黒いラルヴァの群れを吹き飛ばしていく。だが背中を加賀杜に蹴られた早瀬は思い切りすっ転んで顔面を地面に打ってしまった。 「いてて・・・・・・無茶しないで下さいよ加賀杜先輩――うげっ」  鼻血を出した早瀬が起き上がろうとした瞬間、ルールは「とうっ!」という掛け声と共に早瀬の頭を踏み台にして、大ジャンプをして空に舞った。  早瀬の音速キックにより、空中に吹き飛ばされた黒いラルヴァたちをルールはその異能の力の宿った手で次々と消し去っていく。 「出た! 必殺ルールチョップ!!」  加賀杜はルールがラルヴァたちを攻撃していくのを見て興奮して実況していた。  やがて最後の一体になった黒ラルヴァを消滅させると、ルールは空中で一回転をして見事に地面に着地をした。 「これで、雑魚共は全て消し去ったか」 「そうみたいだねエヌルン」  ルールと加賀杜は黒ラルヴァたちを全滅させたことを確認すると、この黒ラルヴァたちを生み出したあの廃研究所の化け物の元に向かおうと足を向ける。  加賀杜に蹴られ、ルールに踏みつけられた早瀬は、涙目になりながらもその方向に目を向ける。すると、向こうから可愛い女の子が走ってきているのが目に入った。 「あ、あの子なんでこんなところに?」 「ふむ、おいキミ。ここで何をしているんだ?」  早瀬がその女の子に話しかける前に、ルールがその女の子に声をかけてしまった。早瀬はまたもいい所をとられがっくりと項垂れた。  その女の子は青ざめた様子で、全力疾走してきたのか息を切らしていた。 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。よかった、醒徒会の人がここにいて・・・・・・はやく伊万里ちゃんや斯波君のところに・・・・・・」 「何が起きているんだ。落ち着いて話してくれ」  ルールは弥生から今の状況を聞いて、驚きを隠せなかった。 「人間がラルヴァに、か」 「ルール先輩、早くあそこに向かいましょう。あんなのが都市部にきたら大惨事ですよ」 「そうだな。行くぞ」  ルールは加賀杜とバイクに跨り、早瀬は憔悴している弥生をおんぶして走っていく。弥生の柔らかな身体が背中全体にあたり、早瀬は役得と感じ、顔がにやけていた。 「あーはやはやってば、またいやらしいこと考えてたね」 「げっ、ち、違いますよ!」  そうこう言っているうちに、四人は例の廃研究室に辿りついた。  その中には遠くからしか確認できなかった触手の本体が蠢いていた。 「これがさっきの黒いラルヴァの親ですかね。でもこの子の言うことが本当なら生徒が二人も飲込まれているんでしょ? 下手に攻撃できないですね」 「そうだな。ぼくの能力では彼らも消し去ってしまうかもしれない」 「じゃあどうするの、このままじゃこいつこの辺りのもの全部飲込んじゃうよ」  目の前の黒きモノは、未だに触手を振り回し、周りのものを飲込み続けている。やがて黒きモノはルールたちの存在を感知したのか、その巨大な触手を彼らに向かって伸ばしてくる。 「うわぁ! なんかきましたよ!」 「ちっ、仕方あるまい――」  ルールが臨戦態勢に入ろうとした瞬間、その触手は彼らの手前でぴたりと止まった。 「なんだ?」  突然その触手は止まったかと思ったら、次に触手は痙攣を始めた。いや、それを辿っていくと、本体そのものが痙攣してビクビクと震えていた。 「ちょ、何が起きてるのエヌルン!?」 「わからない、だがこのラルヴァは苦しんでいるようだ・・・・・・」 黒きモノはこの世のものとは思えない叫び声を上げて、その黒い巨体をドロドロと形を崩していく。アイスが溶けるかのように液状になって地面に落ちていく。 「あれは!?」 黒きモノの形が崩れていくのと同時に、黒きモノの本体から人間の手が生えてきた。いや、生えてきたのではない、あの黒きモノの中から突き破ってきたのだ。その手は掌が輝いており、次々とその黒きモノの身体を引きちぎっていく。  そして、その黒きモノの中から現れた者は―― 「伊万里ちゃん――斯波君!!」  黒きモノの巨体を完全に内部から破壊し、その中から出てきた人物は伊万里を抱きかかえたオフビートであった。  飛び出してきたオフビートは伊万里を庇うように地面を転がり、そのまま動かなくなってしまった。そして、その黒きモノの中から出てきたもう一つの人影が地面に倒れていた。それは人形のように美しい少女、黒きモノの触媒になっていた西野園ノゾミであった。 「この女生徒がこのラルヴァに寄生されていたのか・・・・・・」  ルールはノゾミに近寄り、安否を確認しようとしたが、意識はあるのに目は虚ろで、まるで心を失っているかのようになっていた。 「なんてことだ。精神が完全に崩壊している。これじゃあ廃人じゃないか・・・・・・」  ルールは自分がもっと早く駆けつけていればこんなことにはならなかったのではないかと悔いていた。それに、この女生徒がなぜラルヴァに寄生されたのか、このラルヴァが一体なんなのかもこれではわからない。  目の前の虚ろな瞳の少女を抱きかかえ、ルールは自分の無力さを嘆いていた。  そんなルールに早瀬は戸惑いながら話しかける。 「しかしルール先輩、先日の青山や和泉、今日の銃を持った生徒たちは操られていたんですよね、このラルヴァ騒動と何か関係あるんですかね」 「さあな。一体誰に操られていたのかはぼくらにはわからないだろう。この女生徒からは聞き出せないしな。だが、関係者は他にもいる」  ルールはちらりと後ろに転がっている転校生斯波涼一に視線を向ける。  彼が学園に来てから何かがおかしい、何かが起きている。ルールは彼の安否と同様に彼が一体何者なのかということが気がかりであった。なにか自分と近いものを感じる、そう思っていた。 「うーん、斯波っち大丈夫なのかな、もしかしてこの女の子みたいに斯波っちも・・・・・・」  加賀杜は心配そうにオフビートを見つめている。  オフビートは伊万里と共に黒きモノから吐き出され、そのままぴくりとも動かないでいる。加賀杜はオフビートの安否を確かめようと向かおうとしたが、早瀬の背中から飛び降りた弥生が、地面に伏せている伊万里とオフビートのもとに駆け寄っていく。 「伊万里ちゃん、斯波君!」  弥生は伊万里の手をとり、涙を流していた。伊万里は意識はあるようで、少しの間ぼーっとしていたが、すぐに状況を理解した。 「そうだ、私・・・・・・あの化け物に、それで斯波君が・・・・・・」  はっとしたように伊万里はオフビートを抱き支える。あの精神世界で受けた傷は幻覚でも、その前に傀儡たちに受けた傷は酷いものであった。そして、魔女との戦いで彼の精神も限界に達していた。もしかしたらこの魔女、西野園ノゾミが廃人になったようにオフビートも意識を取り戻さないのではないか、と伊万里も弥生も心配をしていた。 「斯波君、斯波君! 目を覚まして!!」  伊万里はオフビートの頬をひっぱたきながら彼の名を呼び続ける。涙を流し、彼の胸に顔をうずめるその姿は悲痛なものであった。  それを見て、加賀杜もルールも早瀬も表情を暗くしていた。 「斯波っちも、まさかこの女の子みたいに・・・・・・」 「わからない、だが、あのラルヴァの影響でこの女生徒の精神が崩壊したと言うなら彼もまた――」  ほんの少しの沈黙。 「重てーっつーの。少しはダイエットしろよ伊万里」  そして聞こえるいつもの調子外れな声。  オフビートは目を開け、自分の上に圧し掛かっている伊万里に対してそう言った。  意識を取り戻したオフビートを見て、伊万里もいつもの調子で彼にこう答えた。 「重くないわよこのバカ・・・・・・・バカ! 無茶しないでよバカァ・・・・・・」 「バカバカ言うなっての・・・・・・あー頭いてえ」 「でもよかった・・・・・・本当に・・・・・・」  毒づくオフビートを伊万里は怒りながら、そして泣きながら抱きしめた。 「なぁ、伊万里。観覧車・・・・・・乗ろうぜ」 「へ? な、何言ってるのよ突然・・・・・・」 「だってよ、俺たちデートの途中だったんだぜ。それなのにこんなことに・・・・・・」  オフビートが自分が乗りたがっていた観覧車のことを覚えていたことに伊万里は驚いていた。そして、とても嬉しかった。 「うん、絶対乗ろう。でも怪我治してからね。また一緒にあそこのデパートのアイスも食べようよ」  オフビートは伊万里の涙を手で拭い。伊万里は笑顔をオフビートに向ける。その可愛らしい笑顔を見てオフビートは思わず呟いた。 「そうだ、俺はこの笑顔を護るために、戦い続けるんだ・・・・・・」  それは誰にも聞こえないほどの小さな呟きであったが、それでも大きな決意が込められた声と言葉であった。  どんなに過酷で残酷な運命が目の前に立ちふさがっても、それに屈することなく、反逆し続ける限りオフビートの物語は終わらない。少年と少女の物語は終わらない。                   ――――――――――――To Be Continued?    ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]
元が縦書きなのでラノをおすすめします [[part.4をラノで読む>http://rano.jp/1044]] #ref(offbeat1.jpg) 第三話    【反逆のオフビート 第三話】  〈キャスパー・ウィスパー侵略:part.4〉  オフビートは駆けた。  傷だらけの身体を引きずりながら、なおも護るべき恋人の下に向かって走り続けた。  彼が伊万里のいる廃研究室の場所を見上げると、突然轟音ともに研究室の天井に穴が開き、巨大で不気味な、タコやイカのような黒い触手が天に向かって伸びていた。 (なんだあれ? あそこで何が起きているんだ!?)  オフビートは不安にかられながらその触手の下に急いだ。  しかし、その触手は腕を破裂させ、眷属たちをオフビートの後方の廃工場にばら撒いていく。 (ちっ、ラルヴァかあれは。なんだってこんな都市の一部に出るんだ!)  オフビートは一先ずその眷属たちを無視することに決めた。おそらくあのラルヴァたちは他の異能者がなんとかするだろうと踏んでいた。  やがて伊万里が監禁され、魔女キャスパー・ウィスパーがそこにいるはずの廃研究室の扉前までたどり着いた。だが、その扉は閉ざされている。恐らく崩れた天井の瓦礫で扉が埋まってしまったようだとオフビートは理解した。 「伊万里!」  オフビートは扉の向こうにいるはずの伊万里に向かって叫んだ。しかし、伊万里の返事はなく、代わりに弥生のか細い声が聞こえてきた。 「斯波・・・・・・君?」  その声はまるで泣き叫んだ後のように枯れていた。オフビートは弥生のそんな声に嫌な予感がしていた。 「や、弥生か。なんでお前がここに・・・・・・いや、それよりも伊万里はそこにいるのか?」  オフビートは扉の向こうの弥生にそう問いかけるが、弥生はしゃくりあげるように泣いている。やはり、何かがあったのだ。 「どうした弥生! 伊万里は、伊万里は無事なのか!?」 「斯波君、ごめんなさい・・・・・・私がちゃんとしてれば伊万里ちゃんは・・・・・・」 「な、何があったんだ――!?」  弥生は一連の出来事をオフビートに伝えた。それを聞いてオフビートの顔は絶望に染まっている。恐るべき謎のラルヴァの侵略。一体何が起こっているのかオフビートにも予想はつかなかった。 「糞、そうか伊万里はあの触手のラルヴァに取り込まれたのか・・・・・・弥生、伊万里は身体を丸ごと飲込まれたんだよな?」 「う、うん・・・・・・。もう何も残ってないよ・・・・・・もう伊万里ちゃんは戻ってこないの・・・・・・」  弥生は自分の無力を呪うように力なく答える。しかしオフビートはそれを聞いて、少しだけ希望的な瞳を見せた。 「いや、だとするならば伊万里を助け出す方法があるかもしれない」 「え?」  オフビートは疑念を抱いているような弥生の声を諭すように伊万里を助ける方法を伝える。 「そのラルヴァは周りのものを取り込んでいるのに見た目は変わっていないんだろう?」 「う、うん。あれだけ食べてるのに一体食べたものはどこにいってるんだろう」 「それだ弥生。おそらくそのラルヴァは亜空間そのものが形になっているんだ。だから食料として伊万里や周りのものを食べているじゃなくて唯亜空間の中に吸収しているだけ・・・・・・この仮説が正しければ伊万里を助ける方法は、ある!」  オフビートは決意のこもった瞳でそう言い切った。 「ほ、本当なの斯波君!」 「ああ、だがまずはこの扉をどうにかしないとどうしようもない。こっち側からではどうやっても開けることはできない。弥生、お前に頼みがある」 「な、何・・・・・・?」 「そっち側から瓦礫をどかしてこの扉を開けて欲しい。俺は伊万里を助けるために能力を温存したい。俺の能力もそろそろ限界が来ているんだ・・・・・・頼む!」  弥生は目の前にある瓦礫の山を呆然とみつめる。  後ろには今にも襲いかかってきそうな黒きモノが触手を蠢かせて控えている。  弥生は覚悟を決め、近くにおちている鉄棒を手にとり瓦礫の山を崩し始めた。思い切り鉄棒で瓦礫を叩いているため、その振動が弥生の素手を響かせている。 (痛い――でも、でも! 伊万里ちゃんを護るためなら!!)  弥生はその柔らかく白い手が傷つくのも構わず瓦礫の山を叩き続け、少しずつだが瓦礫の山は崩れていく。 (私はいつも伊万里ちゃんに護ってもらってたばかりだった・・・・・・あの日伊万里ちゃんを護るって決めたのに、私は・・・・・・・だから今度こそ!)  弥生が鉄棒で瓦礫を崩していると、後ろから黒きモノの触手が伸びてきた。それに気づいた弥生は咄嗟に鉄棒でその触手を弾こうとするが、触手はその鉄棒を根元から飲込んでしまった。弥生は瓦礫の山を崩す唯一の道具を奪われ、唖然としていた。 (そんな、もう道具は無いのに――)  弥生は少し放心していたが、すぐに気を取り直して瓦礫の山に対面する。 (道具が無いなら、手で――!)  弥生は自分の手が傷つくのも構わず、瓦礫を掘り返す。  弥生は伊万里と幼いころからずっと親友であった。  幼稚園のころ人見知りの激しい弥生は誰も友達を作れずにいた。とろくさい彼女は何かをしようとしてもすぐに転んだりミスをしたりして周りから馬鹿にされてもいた。そんな弥生を馬鹿にもせず同情の目でみたりもしなかったのが伊万里だった。  伊万里は弥生を可愛い可愛いと言っていつも可愛がってくれていた。伊万里だけが弥生の支えだった。  そして、伊万里の両親が亡くなったとき、弥生は伊万里を護りたいと決意していた。  だが彼女は自分の無力を心底感じていた。  伊万里を護るのは自分の役目じゃない、そんなことはわかっている。しかし、それでも弥生は少しでも伊万里の助けになるために必死だった。 (私に出来るのはほんのわずかなことだけ、あとは斯波君が――)  瓦礫を掘る爪が剥がれだし、血が流れ出てくる。痛みで感覚が麻痺してくる。  手に力が入らず、弥生の体力も限界に近づいてきた。 「痛い・・・・・・痛いよぅ伊万里ちゃん・・・・・・」  涙を流し、弱音を吐きながら尚も弥生は手を休めはしなかった。しかし、それでも瓦礫の山は悠然と弥生の前に立ちふさがっている。 (駄目、やっぱり私の力じゃ・・・・・・でもこのままじゃ伊万里ちゃんが――あっ!)  弥生はそのとき伊万里が何をしようとしていたかを思い出した。  自分の力で瓦礫を崩せないなら、このラルヴァの力を利用すればいい。それは先程伊万里がしようとした作戦である。伊万里は失敗してそのままラルヴァに飲込まれてしまったわけだが、それでもこれしか方法はないと弥生は考えた。  弥生は後ろを振り返りいまだ触手を振り回している黒きモノと体面する。 「こ、こっちよ化け物! 私はここにいるわ!!」  身体も足も震わせながら弥生は目の前の化け物を挑発する。  もし失敗すれば自分も触手の餌食になり、黒きモノに取り込まれることになる。それでも弥生は恐るべき目の前のラルヴァを睨みつける。  弥生は辺りに落ちている瓦礫を黒きモノに投げつけ注意をこちらに向けさせる。それに黒きモノの触手は反応していた。 「ここよ! さあいつでもかかってこい!!」  黒きモノは薄気味の悪い声で鳴き、触手を弥生にむかって思い切り振り下ろした。弥生の身体は恐怖で固まっているが、弥生の目ははっきりと触手の動きを読むために必死に開かれている。 (伊万里ちゃん――)  凄まじい破壊音と共に扉を塞いでいた瓦礫の山が触手により砕かれ、一部は触手に取り込まれていったようで、ぽっかりとそこに穴が開いていた。  弥生は間一髪避けたようで、なんとか無事である。  しかしその衝撃で転んでしまったのか、床に寝そべってる格好になってしまっている。 「いたた・・・・・・でも、これで扉が開いたはず・・・・・・」  弥生がそう言うように扉は開通したが、弥生を取り込み損ねた触手はまだ弥生の上で蠢いていた。そして、その触手が転んで動けないでいる弥生に再び狙いを定めた。 (あっ――!)  触手が弥生目掛けてふり降ろされ、弥生はもう駄目だ、そう思っていた。 (私がどうなってもいいから伊万里ちゃんだけは――!)  弥生は覚悟を決め、全てを伊万里の恋人である斯波涼一に任せようとしていた。  しかし、彼女がどんなに待っても、暗黒の世界が視界を覆うことは無かった。そこにあるのは男の子の身体の温もり。弥生はオフビートに抱きかかえられていた。  彼の光る右手により触手は受け止められており、弥生はぎりぎりのところで彼に救われたのである。 「斯波・・・・・・君」 「大丈夫か弥生。お前は強いやつだよ・・・・・・ありがとう」  弥生が扉を開通さえせたおかげでオフビートもこの廃研究室に入ってこれたのである。弥生は自分が成したことに達成感を覚えていた。ようやく伊万里に恩返しが出来た。ようやく対等な存在になれた、そんな気がしていた。  だがオフビートは目の前に存在するおぞましい姿をしたラルヴァを見て戦慄していた。 「一体どうなってるんだ。俺を襲撃したり伊万里を拉致ったりしたのがあのラルヴァなのか? あれがスティグマの刺客だとでも言うのか!?」  オフビートは正体不明の敵に少しだけ気おされたが、一歩足を前に進める。 「怯んでてもしょうがねえな。弥生だって頑張ったんだ、俺が、俺が絶対に伊万里を助け出してやるんだ!」  オフビートは一歩ずつ黒きモノに近づいていく。弥生はそんな彼を見て心配そうにしていた。当然である彼女はさっきまであの化け物の脅威を目の当たりにしてきたからだ。 「斯波君、大丈夫なの? あの化け物の中が亜空間だって保障も、そこから戻ってこれる保障もないんでしょ・・・・・・」 「ああ、だが、やらなきゃならない。たとえ地獄の底であろうと俺は伊万里を連れ戻す。それが俺の、俺の生きる意味だ」  それでもオフビートは歩を進める。  もはや彼を止められるものはどこにもいない。 「弥生、お前はこの場から離れて醒徒会に助けを求めろ。戻ってきてお前に何かあったら伊万里に申し訳が立たない」 オフビートはそう言い遺すと目の前のラルヴァ目指して駆け出した。そしてそのまま黒きモノの本体に向かって飛び込み、自ら取り込まれていった。 弥生はオフビートの言うとおりにその場から駆け出し、彼らの命運を祈った。   目の覚めるような暗黒。 オフビートは黒きモノの中に潜り込み、その広さと暗さを見て亜空間であると確信を持った。それに空間に浮いている自分や、取り込まれた瓦礫などがそこにはあり、光も無いのに物体たちはよく見えている。 (しかしこんな広い場所で伊万里を見つけられるんだろうか)  あまりに広大なこの空間の中でどうしたものかとオフビートは考えていた。空間中に浮遊する瓦礫の山を押しのけてどこともわからない場所を彷徨う。 「おーい伊万里! いたら返事してくれ!!」  オフビートはそう叫ぶが、そもそもこの空間に音が伝わるのかが疑問であった。当然ながら伊万里の返事は返ってこない。  しかし、オフビートが浮遊している飲込まれた研究室の機材に触れると、突然頭の中にイメージが流れ込んできた。  それは兵器研究局の過去の映像であった。  何人もの白衣を着た者たち、恐らくは研究者であろう彼らは様々な実験を繰り返していた。超人製造計画による何万という人造人間の屍が打ち捨てられ、過剰で凶悪な兵器が次々と作られている。  オメガサークルの前身である彼らは、こうした倫理と道徳を捨てた研究を求め続けたゆえに双葉学園により存在を抹消された。しかしそれでも科学の限界と究極の研究に取り付かれた彼らはオメガサークルを立ち上げ、今でも世界に闇を与えている。  そしてまた新たに流れ込んできたイメージは、また別のものであった。  真っ白な研究室の中心に、一人の少女が奇妙な椅子に座らされていた。椅子についた拘束具で両手足を縛られ、ゴテゴテしたコードや機器がついたヘルメットのようなものを頭全体に被らされて、少女の顔はよく確認できない。  だがその少女の顔は苦悶に歪み、周りの研究者たちはそんな少女の苦痛の表情も意に介さず無表情でデータを取っているようだ。 (これはなんだ――!?)  そしてその少女が悲鳴を上げ、計器などが異常を知らせる音を鳴らせている。研究者たちは焦った様子もなく、その様子もデータにとり、少女を見下ろしていた。  やがて映像がフラッシュし、オフビートの意識はまた暗黒の空間に戻ってきた。 (今のはこの取り込まれた研究機材の記憶――か? まさかここは普通の亜空間ではなく、強いテレパスが形成できるという精神世界なのか。だとするなら距離や場所は関係ないはず・・・・・・)  オフビートは目を閉じ、精神を統一させる。前身から発せられる魂源力を感覚神経に行き渡す。それで感覚が強化されるわけではないが、この空間に存在する他の魂源力を感知することができるかもしれない。オフビートはそう考えてこの精神世界に存在するはずである伊万里の精神にアクセスしようと試みる。  ここが精神世界ならば限定的な擬似テレパスが使えるはずである。  オフビートはどこかにいるはずの伊万里に向かって呼びかけ続ける。 (お願いだ伊万里、いるなら返事をしてくれ。この暗闇の中で自我を保つのは強い意志が必要だ、だがお前にはその強い意志があるはずだ――)  オフビートの呼びかけに答えるように、目の前に小さな光の粒が現れた。  それはなんだか不定形で、まるで自分の形を忘れてしまったかのようである。 (これが伊万里――なのか? 強い精神力の干渉を受けて自我が崩壊しかけているのか。俺も長いことここにいると不味いかもしれないな) オフビートがその光に手を触れるが、そこには感触はなく、ただすり抜けるだけであった。それはまだ彼女自身の精神が不安定で形を保てていないからであろう。 しかしオフビートが触れたことで彼女の精神に少し揺らぎが生じたのか、光は形を取り戻したかのように人型を形成していく。 しかし、それは小さな人型、伊万里の幼い時の姿をしていた。恐らく彼女自身の自我がまだ完全に取り戻せていないせいであろう。 「い、伊万里?」  虚ろな目をしている小さく幼い少女の姿をした伊万里を見て、オフビートは何かでデジャブを感じていた。どこかでその姿をみたことがあるような、そんな気がしたのである。 (俺は伊万里の小さな頃を知っている――?)  そんなことはありえない、そう思いながらもオフビートは心のどこかで彼女の幼い姿に何か曳かれていた。オフビートは何か自分でもわからない感情の高鳴りを感じ、何か熱いものが頬を伝っていることに気づいた。 (俺は今、泣いているのか――?)  手でそれを拭い、オフビートは自分が涙していることに驚いていた。自分でも理解できない感情の高鳴り。何かが込み上げてきて涙が止まらない。彼は今まで泣いたことなんてなかった。少なくとも彼の記憶にある中ではそんなことは一切なかった。  それ故に彼は自分自身のこの感情に戸惑っていた反面、少し嬉しさもあった。  人間の証明。  戦いのための改造人間である彼、兵器として存在する彼は自分自身の人間らしさに触れ、身体が震えていた。 (伊万里に出会えたから俺は――!)  涙で濡れた掌を握りしめ、オフビートはその幼い姿の伊万里の手を引っ張ろうと手を伸ばすが、その幼い伊万里の身体を何か黒いものが浸食し、オフビートから引き離してしまう。そしてその黒い空間に、一つの顔が浮かんできた。  それは人形のように白い、美しい顔をした女。  しかしどこか醜悪さを感じさせる空気を持ち、目にはとてつもない殺意を感じた。  魔女、そう呼べる雰囲気がその女にはあった。 「だ、誰だお前は。そうか、お前が伊万里を攫ったスティグマの・・・・・・」 「私は魔女キャスパー・ウィスパーよ、私は本物の魔女になったのよ。あはははは、私は無敵よ、世界を相手にしても負けないわ!」  目の前の女は不気味に笑いながらこの精神世界における自分の身体を形成していく。それはまるで蛸かイカのようなおぞましい姿で、ぐちゃぐちゃと内臓が絡まっているような触手のついた巨大な下半身に、何個もの無数の目玉がついている。  魔女の裸の上半身だけが唯一人間である部分になっている。しかしその魔女の目は奇妙な赤色で、人間味は一切感じなかった。 「なんだこいつ、精神がここまで奇形化してるなんてまともな人間じゃありえない・・・・・・」 「そうよ、私は人間を超越したのよ。悪魔すら殺せる、神に私は成ったのよ」 「何が神だ、この化け物め!」  目の前の恐ろしい姿をした魔女は幼い伊万里を抱きかかえている。  恐らくはこの魔女がこの精神世界の基盤になっており、彼女を倒さない限り伊万里を取り戻すことはできない。この絶望的な相手を目の前にして、オフビートは臆してはいなかった。彼女を取り戻すためならば神にすら戦いを挑む。  それが彼、オフビートの信念であった。 「化け物、ね。あなたがそれを言えるのかしら、オメガサークルの玩具の癖に」 「俺は――俺は人間だ!」  オフビートはそう叫びながら空間に浮いている瓦礫を蹴り、勢いをつけて魔女のもとまで飛んでいく。この精神世界には重力など存在しないのだ。 ポケットからナイフを取り出し、それを魔女の喉下に突き刺そうとオフビートはナイフを構える。だが、 「無駄よ」  魔女のその冷徹な言葉と共に放たれた触手がオフビートの身体にまで伸びていくが、オフビートは絶対防御の異能である“オフビート・スタッカート”を発動させ、掌でその触手を弾いていく。 「無駄はどっちだ、俺の能力ならお前の攻撃なんか――」  しかしそう言うオフビートの動きががくんと止まる。弾いた触手は動くことをやめずオフビートの足に絡み付いていた。 「しまった!」 「弾いたところで私の触手はあなたを捕らえることを止めないわ。あなたの能力の範囲は所詮両掌のみ、今の私の敵じゃないわ」 「こ、こんな触手ごとき!」  オフビートは右手にもったナイフで触手を切り離す。外の世界の黒きモノの触手とは違い、触れただけで飲み込まれるということはないようである。しかし、魔女は無数に触手を伸ばしてきて、オフビートの身体を締め上げていく。足も腕も胴体にも触手が纏わりつき、ぎりぎりとした痛みが身体全体に走る。 「く、糞。こんなもの!」 「私から逃れることは不可能よ、さあ死になさい」  魔女は自分の掌を広げ、オフビートにその手をかざす。その手にエネルギーの粒子が収束していき、目が眩むような光を放っている。 「レイザースピア」 その光の粒子はまるで槍のような形に変化し、魔女はそれをオフビートに向かって思いきり投げつけた。  高速で打ち出された光の槍をオフビートは左手を突き出して防御しようとするが、光の槍は彼の左腕を吹き飛ばし、消滅させた。  オフビートの能力は限界が近づいていたため、出力が出なかったのであろうか、左腕が二の腕の辺りから下が完全に持ってかれていた。 「ぐ・・・・・・嘘だろ・・・・・・」  自分の身体の一部の喪失に、オフビートは愕然としていた。圧倒的な力の差を前にして、絶望を感じていた。 「さあ、串刺しにしてあげるわ」  魔女はもう一度光の槍を形成し、オフビートに向かって放射する。  今度のそれはオフビートの腹部に突き刺さり、致命傷とも思える傷をオフビートに与えていた。内蔵が傷つき、血がどんどん溢れ出てくる。 「うぁあああああああああああああ!」  オフビートは腹部から全身に走る激痛に思わず叫び声を上げる。だが叫べば叫ぶほど痛みが増幅され、臓物がはみ出そうになる。痛みのために暴れようとするが、触手が彼の身体を拘束し、何も出来ない。 「あらあら、意外としぶといわねぇ」  魔女はせせら嗤うように瀕死のオフビートを見下す。  血まみれになりながらも尚、魔女を睨みつけるオフビートを、魔女は冷酷で残酷な目で見つめ返す。 「一体なぜあなたはこんな小娘一人にそんな必死になるのかしらね」  魔女は幼い姿をした伊万里を抱きかかえながらそう言う。魔女はその長い指の爪を伊万里の柔らかな頬に押し当てる。 「こんなか弱い存在、護ってもしょうがないのにね。私がちょっと爪を動かすだけでこの可愛い顔も傷でズタズタになるっていうのに」 「やめろ、伊万里に手を出すな!」  オフビートは血反吐を吐きながらも抗うことをやめない。  なぜ彼が目の前の少女にそこまで固執するのか、それは彼自身もわからない。 「任務ってだけじゃないのね、この女を護ろうっていうのは。まったく理解しがたいわ」  それでもオフビートは彼女を見捨てるという選択肢を考えることすらなかった。  まるでそれは遠い日の約束を果たすためのような、そんな確固たる想いがオフビートにはあった。 「はいはい、熱いわねぇ。いいえ、暑苦しいわ。もう十分でしょ、消えてなくなりなさい」  魔女は先程よりも大きく手にエネルギーを集中させていく、次にこれを食らえばオフビートの身体はもたないであろう。確実に命を落とす。  オフビートはそれを見て絶望に顔を歪ませる。  自分がここで死んだら伊万里はどうなる、そればかりが彼の気がかりであった。 「うおおおおお! 伊万里・・・・・・伊万里、伊万里いいいいいいいいいいいい!」  オフビートは最後の咆哮をこの暗黒の空間に轟かせる。  これでオフビートの物語は終わりを告げる――だがしかし、 「斯波君・・・・・・」  絶体絶命の絶望の中、それでも戦うことを、運命に対して反逆を止めない人間に奇蹟は起こるのだ。 「斯波君!!」  精神を破壊された幼い姿の伊万里の瞳に、光が戻り、オフビートの呼びかけに答える。 「斯波君、斯波君!」 「ちっ、なぜだ、私の力で精神は――!」  驚いて油断をしていた魔女を突き放し、伊万里は魔女の手から離れていく。魔女はエネルギーを手に溜めていたために伊万里のほうに気を配っていなかったのだ。  伊万里は空間を飛びながらオフビートのもとに向かっていく。  オフビートのもとにたどり着いた伊万里は、オフビートの傷だらけの身体に思いきり抱きつく。その瞬間、伊万里の幼い身体は光とともに今の十六歳の姿に戻っていく。 「伊万里・・・・・・あんま強く抱きつくなよ、痛いだろ」 「斯波君、斯波君・・・・・・こんな、こんな姿に・・・・・・」  伊万里は腕をもがれ、臓物をはみださせる大怪我を負ったオフビートの姿を見て涙を流していた。自分を助けるために大切な人が傷つくなんて彼女には耐えられなかった。 「泣くなよ、俺はお前に泣かれたら・・・・・・」  オフビートはそれ以上声も出せなかった。限界が来ていた。  愛するものの胸の中で、死んでいく。それはとても理想的ではあるが、この状況で自分だけが死んでも伊万里は助からない。 オフビートは今のこの状況の中でも決して諦めることを考えなかった。 「伊万里、どけ。またあいつはあの技を撃ってくる・・・・・・お前も死ぬぞ・・・・・・」 「いや、斯波君を放っておけないよ!」  伊万里はオフビートの身体にすがりつく。そのか細い体躯が微かに震えている。  オフビートは考える。  今この場で自分の死は伊万里の死だ。  自分自身があの魔女を突破しない限り伊万里にも安全はない。  考えろ。考えろ。考えろ。  生きて、目の前の敵を倒すんだ。  オフビートは元の姿に戻った伊万里を抱きしめながらそう決意していた。 (・・・・・・いや、まてよ。それってつまり――)  オフビートが何かを考え込んでいる間に魔女はエネルギーの収束を終えていた。魔女は最後の一撃をオフビートに放とうと、再び構える。 「ちっ、さっきは邪魔が入ったせいでやり損ねたわね。でも、これで本当に終わりよ。死の巫女と一緒に塵になりなさい」  巨大な光の槍が放射され、その一撃で全てが決する、はずであった。  だがありえないことにその光の槍はオフビートの目の前で眩い閃光と共に完全に消滅した。いや、正確にはかき消されたかのように相殺されたのだ。 「そんな、まさか!」  ちぎれ飛んだはずのオフビートの左腕がそこには存在していた。オフビートは左掌を突き出し、魔女の光の槍をその異能、オフビート・スタッカートで防御したのである。 「し、斯波君・・・・・・なんで・・・・・・?」  普通ではありえない、オフビートは再生能力者でもなんでもない。肉体は強化あれているとはいえこのような力があるわけではない。 「な、なんでお前は・・・・・・・」  魔女は信じられないものを見るようにオフビートを睨んでいた。そんな魔女をオフビートはまるで苦痛を感じていないように不適に笑う。 「なんでって、それはお前が一番よく知ってるだろ魔女さんよ。あんたのその技のトリックは見破ったぜ」  オフビートは目を瞑り、精神を集中させていく。  やがて穴の開いた腹も、傷が塞がり、まるで最初から何も傷を負っていない状態になっていく。だがそれも有り得ないのだ、なぜなら腹を貫かれて破れた服すらも元通りになっていったからである。 「し、斯波君、これは一体・・・・・・」 「心配させたな伊万里。これは、この傷もあの攻撃も全部幻覚だったんだ」  そう、異能力は一人につき一つ、魔女の能力が精神世界を構築するほどの精神感応者ならば、あの光の槍は物理的なものではありえないのだ。  伊万里の身体が幼い姿になったり、魔女が化け物姿になったりと同様に、オフビートの精神体を変形させるほどの精神波をあの光の槍に込めていたのだ。  逆に言えば、それにさえ気づけば、自分自身の本来の姿に戻ることができる。伊万里のように元の形を得ることができるのだ。 「もうお前の攻撃は俺に通用しないぞ。観念しろ」 「ふざけるな、貴様なぞ下らない奴にこの私が・・・・・・」  魔女は怒りと焦燥により鬼のように醜悪な表情をし、手の爪をさらに鋭く伸ばす。オフビートを縛っている触手にもさらに力を込めていく。しかし、 「だからこんなもんも通用しないって言ってるだろ!」  オフビートは自分の身体に纏わりつく触手を、左手で切り離していく。彼の異能の力が宿った手で握り締めればそれらのものは簡単に千切れてしまう。  触手を切り離し、オフビートの右手も自由になる。これで彼の力は完全に解放されたのだ。伊万里はそんな彼の邪魔にならないように、そっと離れる。 「オフビート・スタッカート、全開!!」  オフビートの両掌が輝き、高周波のシールドが形成されていく。まるでそれは、この絶望の暗黒に輝く、希望の光のようであった。 「さあ来い魔女! 決着をつけてやる!!」 「調子に乗るなこのドチビがああああああ!!」  魔女は化け物の身体をした巨体を揺らしながらオフビートに突進してくる。しかし、オフビートも退くこともせずに、同じように魔女に向かって駆けて行く。  魔女は懲りもせずに無数の触手をオフビートに伸ばすが、オフビートはそれを受け止めるのではなく掌で斜めにずらし、受け流していく。  魔女の懐にまで潜り込んだオフビートを、魔女はその刃のように鋭い爪で斬りかかってきた。オフビートはそれを片手で防御しながら、ナイフでその両腕を逆に切り落としてやった。ナイフは弧を描き、魔女の手首を綺麗に切断する、しかし、魔女の切り落とされた手は瞬時に再生され、元通りになっていく。まるで映像を巻き戻しているかのように。 「ちっ!」 「馬鹿ね、あなたに出来ることは私にも出来るのよ。精神体であるこの私をいくら傷つけても無駄なのよ」 無限の精神力を誇るこの魔女には、まともな攻撃は通じない。 長期戦になれば精神的持久力に無いオフビートに勝ち目は無い。 しかし、オフビートには考えがあった。 「そうかい、だったらこれはどうだ!」  オフビートは両手で魔女の頭をがしっと掴んだ。 「な、何をする気だ!」 「あんたの精神体がここまで奇形化して精神世界を形成するほどにテレパス能力が増幅されてるのは、あの黒いラルヴァに精神が侵食されているからだ。だったらそれを引き剥がしてやれば――」  「や、やめなさい! 折角私は神の力を手に入れたのよ! 世界と戦う力を――」  オフビートは魔女の悲痛な叫びを無視して、異能を全開にしていく。彼の能力は触れるものを拒絶し、遮断することができる。その力を応用し、魔女に取り憑いているラルヴァの精神を弾き飛ばそうというのだ。  だがそれは強力な魂源力のエネルギーを消耗するため、オフビートにとってはとてつもない負担であった。  連戦により彼の脳も身体も限界が来ているのだ。  そして、幻覚だと見極めたとは言え、何度もあの光の槍という精神攻撃を受けていたため、精神もボロボロであった。  失敗すれば次は無い。下手をしたらオフビートもラルヴァに取り込まれる可能性もある。そうなったら勝機は永遠に失われる。  しかし、それでも、オフビートは前に進むしかないのだ。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」  改造人間オフビートと魔女キャスパー・ウィスパー、その二人の全エネルギーを賭した戦いが今、決着を迎えることになる。そして――     「はやはや! アタシがはやはやを蹴ったりすれば威力は倍だよ!!」 「そうか、わかった!!・・・・・・いや、意味わかんね――うわぁああ!」  加賀杜が足で早瀬に触れることにより、早瀬の加速は強化され、キックの威力は通常の倍になり、目の前の黒いラルヴァの群れを吹き飛ばしていく。だが背中を加賀杜に蹴られた早瀬は思い切りすっ転んで顔面を地面に打ってしまった。 「いてて・・・・・・無茶しないで下さいよ加賀杜先輩――うげっ」  鼻血を出した早瀬が起き上がろうとした瞬間、ルールは「とうっ!」という掛け声と共に早瀬の頭を踏み台にして、大ジャンプをして空に舞った。  早瀬の音速キックにより、空中に吹き飛ばされた黒いラルヴァたちをルールはその異能の力の宿った手で次々と消し去っていく。 「出た! 必殺ルールチョップ!!」  加賀杜はルールがラルヴァたちを攻撃していくのを見て興奮して実況していた。  やがて最後の一体になった黒ラルヴァを消滅させると、ルールは空中で一回転をして見事に地面に着地をした。 「これで、雑魚共は全て消し去ったか」 「そうみたいだねエヌルン」  ルールと加賀杜は黒ラルヴァたちを全滅させたことを確認すると、この黒ラルヴァたちを生み出したあの廃研究所の化け物の元に向かおうと足を向ける。  加賀杜に蹴られ、ルールに踏みつけられた早瀬は、涙目になりながらもその方向に目を向ける。すると、向こうから可愛い女の子が走ってきているのが目に入った。 「あ、あの子なんでこんなところに?」 「ふむ、おいキミ。ここで何をしているんだ?」  早瀬がその女の子に話しかける前に、ルールがその女の子に声をかけてしまった。早瀬はまたもいい所をとられがっくりと項垂れた。  その女の子は青ざめた様子で、全力疾走してきたのか息を切らしていた。 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。よかった、醒徒会の人がここにいて・・・・・・はやく伊万里ちゃんや斯波君のところに・・・・・・」 「何が起きているんだ。落ち着いて話してくれ」  ルールは弥生から今の状況を聞いて、驚きを隠せなかった。 「人間がラルヴァに、か」 「ルール先輩、早くあそこに向かいましょう。あんなのが都市部にきたら大惨事ですよ」 「そうだな。行くぞ」  ルールは加賀杜とバイクに跨り、早瀬は憔悴している弥生をおんぶして走っていく。弥生の柔らかな身体が背中全体にあたり、早瀬は役得と感じ、顔がにやけていた。 「あーはやはやってば、またいやらしいこと考えてたね」 「げっ、ち、違いますよ!」  そうこう言っているうちに、四人は例の廃研究室に辿りついた。  その中には遠くからしか確認できなかった触手の本体が蠢いていた。 「これがさっきの黒いラルヴァの親ですかね。でもこの子の言うことが本当なら生徒が二人も飲込まれているんでしょ? 下手に攻撃できないですね」 「そうだな。ぼくの能力では彼らも消し去ってしまうかもしれない」 「じゃあどうするの、このままじゃこいつこの辺りのもの全部飲込んじゃうよ」  目の前の黒きモノは、未だに触手を振り回し、周りのものを飲込み続けている。やがて黒きモノはルールたちの存在を感知したのか、その巨大な触手を彼らに向かって伸ばしてくる。 「うわぁ! なんかきましたよ!」 「ちっ、仕方あるまい――」  ルールが臨戦態勢に入ろうとした瞬間、その触手は彼らの手前でぴたりと止まった。 「なんだ?」  突然その触手は止まったかと思ったら、次に触手は痙攣を始めた。いや、それを辿っていくと、本体そのものが痙攣してビクビクと震えていた。 「ちょ、何が起きてるのエヌルン!?」 「わからない、だがこのラルヴァは苦しんでいるようだ・・・・・・」 黒きモノはこの世のものとは思えない叫び声を上げて、その黒い巨体をドロドロと形を崩していく。アイスが溶けるかのように液状になって地面に落ちていく。 「あれは!?」 黒きモノの形が崩れていくのと同時に、黒きモノの本体から人間の手が生えてきた。いや、生えてきたのではない、あの黒きモノの中から突き破ってきたのだ。その手は掌が輝いており、次々とその黒きモノの身体を引きちぎっていく。  そして、その黒きモノの中から現れた者は―― 「伊万里ちゃん――斯波君!!」  黒きモノの巨体を完全に内部から破壊し、その中から出てきた人物は伊万里を抱きかかえたオフビートであった。  飛び出してきたオフビートは伊万里を庇うように地面を転がり、そのまま動かなくなってしまった。そして、その黒きモノの中から出てきたもう一つの人影が地面に倒れていた。それは人形のように美しい少女、黒きモノの触媒になっていた西野園ノゾミであった。 「この女生徒がこのラルヴァに寄生されていたのか・・・・・・」  ルールはノゾミに近寄り、安否を確認しようとしたが、意識はあるのに目は虚ろで、まるで心を失っているかのようになっていた。 「なんてことだ。精神が完全に崩壊している。これじゃあ廃人じゃないか・・・・・・」  ルールは自分がもっと早く駆けつけていればこんなことにはならなかったのではないかと悔いていた。それに、この女生徒がなぜラルヴァに寄生されたのか、このラルヴァが一体なんなのかもこれではわからない。  目の前の虚ろな瞳の少女を抱きかかえ、ルールは自分の無力さを嘆いていた。  そんなルールに早瀬は戸惑いながら話しかける。 「しかしルール先輩、先日の青山や和泉、今日の銃を持った生徒たちは操られていたんですよね、このラルヴァ騒動と何か関係あるんですかね」 「さあな。一体誰に操られていたのかはぼくらにはわからないだろう。この女生徒からは聞き出せないしな。だが、関係者は他にもいる」  ルールはちらりと後ろに転がっている転校生斯波涼一に視線を向ける。  彼が学園に来てから何かがおかしい、何かが起きている。ルールは彼の安否と同様に彼が一体何者なのかということが気がかりであった。なにか自分と近いものを感じる、そう思っていた。 「うーん、斯波っち大丈夫なのかな、もしかしてこの女の子みたいに斯波っちも・・・・・・」  加賀杜は心配そうにオフビートを見つめている。  オフビートは伊万里と共に黒きモノから吐き出され、そのままぴくりとも動かないでいる。加賀杜はオフビートの安否を確かめようと向かおうとしたが、早瀬の背中から飛び降りた弥生が、地面に伏せている伊万里とオフビートのもとに駆け寄っていく。 「伊万里ちゃん、斯波君!」  弥生は伊万里の手をとり、涙を流していた。伊万里は意識はあるようで、少しの間ぼーっとしていたが、すぐに状況を理解した。 「そうだ、私・・・・・・あの化け物に、それで斯波君が・・・・・・」  はっとしたように伊万里はオフビートを抱き支える。あの精神世界で受けた傷は幻覚でも、その前に傀儡たちに受けた傷は酷いものであった。そして、魔女との戦いで彼の精神も限界に達していた。もしかしたらこの魔女、西野園ノゾミが廃人になったようにオフビートも意識を取り戻さないのではないか、と伊万里も弥生も心配をしていた。 「斯波君、斯波君! 目を覚まして!!」  伊万里はオフビートの頬をひっぱたきながら彼の名を呼び続ける。涙を流し、彼の胸に顔をうずめるその姿は悲痛なものであった。  それを見て、加賀杜もルールも早瀬も表情を暗くしていた。 「斯波っちも、まさかこの女の子みたいに・・・・・・」 「わからない、だが、あのラルヴァの影響でこの女生徒の精神が崩壊したと言うなら彼もまた――」  ほんの少しの沈黙。 「重てーっつーの。少しはダイエットしろよ伊万里」  そして聞こえるいつもの調子外れな声。  オフビートは目を開け、自分の上に圧し掛かっている伊万里に対してそう言った。  意識を取り戻したオフビートを見て、伊万里もいつもの調子で彼にこう答えた。 「重くないわよこのバカ・・・・・・・バカ! 無茶しないでよバカァ・・・・・・」 「バカバカ言うなっての・・・・・・あー頭いてえ」 「でもよかった・・・・・・本当に・・・・・・」  毒づくオフビートを伊万里は怒りながら、そして泣きながら抱きしめた。 「なぁ、伊万里。観覧車・・・・・・乗ろうぜ」 「へ? な、何言ってるのよ突然・・・・・・」 「だってよ、俺たちデートの途中だったんだぜ。それなのにこんなことに・・・・・・」  オフビートが自分が乗りたがっていた観覧車のことを覚えていたことに伊万里は驚いていた。そして、とても嬉しかった。 「うん、絶対乗ろう。でも怪我治してからね。また一緒にあそこのデパートのアイスも食べようよ」  オフビートは伊万里の涙を手で拭い。伊万里は笑顔をオフビートに向ける。その可愛らしい笑顔を見てオフビートは思わず呟いた。 「そうだ、俺はこの笑顔を護るために、戦い続けるんだ・・・・・・」  それは誰にも聞こえないほどの小さな呟きであったが、それでも大きな決意が込められた声と言葉であった。  どんなに過酷で残酷な運命が目の前に立ちふさがっても、それに屈することなく、反逆し続ける限りオフビートの物語は終わらない。少年と少女の物語は終わらない。                   ――――――――――――To Be Continued?    ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]

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