【とらとどらの事件簿 三冊目】

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[[ラノで読む(推奨)>http://rano.jp/1227]] 『すぐ地図の場所まで来てくれ』  夏休み最終日の9月1日、友人である錦 龍《にしき りゅう》、通称ドラから、そんな添付ファイル付きメールが飛んできた。  宿題関係ではない。それはおとといに来たメールで、その中身を写し終えたのを俺は確認している。ならば、何か……厄介な予感しかしない。    曲がりなりにも大親友と言っていい奴であり、その奴がSOSを出しているのだから、行かざるを得ないだろう。  問題は、外の天気。天気予報を見ると、今年初の台風直撃コースだ。まだ雨は降り出していないとはいえ、不気味な潮風が外では渦を巻いている。 「仕方ねーな……」  愚痴をこぼしつつ、雨具の準備だけして寮を出る……そして例によって、俺、中島虎二《なかじま とらじ》は、厄介なことに巻き込まれるのだ。  とらとどらの事件簿  三冊目「ぼくらのお稲荷様」  通りには、人が少ない。  学園が中心となっているこの街で、明日から普段の生活に戻るために静まり返っているのか、今から襲い掛かってくる自然の驚異に、息を潜めてじっと耐えようとしているのか。そのどちらかなのだろうが、俺には判断つかない。  雲行きはだんだんと怪しくなっているが、まだ雨が降るような状態ではない。俺にしては早足でその道のりを歩き、ドラが今居るという海辺に向かう。  少し前なら人でにぎわっていただろう海岸も、二つの理由で人がさっぱり居ない。今年の営業は終了しました、また来年……という事だろうか。波も高くなりつつあり、ちょっと残るには危険だ、  そして、その危険そうな場所に、ドラが居た……そして居たのは、ドラだけではない。 「おーい、こっちだー!!」  片膝をついてかがんでいるドラの足元には、一人の女性が倒れこんでいた。    背丈は俺より低いぐらいで、女性としては十分高い。お嬢様然とした白いワンピースに麦藁帽子という装い。そのワンピースと素肌には、帽子から溢れた、腰まで届かんばかりの髪がかかっている。色は金髪というより、濃い栗色といったほうが近い。薄着では到底隠せない豊満なボディラインは、健全な男どもを存分にうならせる逸材と言っていいだろう。下半身には何故か、そこら辺から調達したであろうビニールシートがかけられていた。    俺は無言で学生証を取り出し、こういう場合にかけるべきは警察か風紀委員か考える。 「ちょっと待てぇ!! お前は親友がそんなに信用できないのか!?」 「このバストを見る限りお前の射程圏内じゃないだろ。それはスルーするとしても、行き倒れか遭難かは分からないが、その筋の人間に任せるのが専門だ。そうだろ?」 「俺も基本的にはそう思う、だがそうも行かない事情があるんだ。ちょっと来てくれ」  ドラの手招きに応じてそちらへ駆け寄る。俺が見える範囲に来たと判断したドラは、女性の麦藁帽子をそっと持ち上げる。    ……そこには、髪の毛と同じ栗色の毛に覆われた、大きな突起物が二つ。ぴくん、ぴくんと震えている。多分、耳でいいと思う。  続いてドラが、ビニールシートをまくって俺に見えるようにする。  そこでは、脛《すね》まであるスカートの後ろのほうをたくし上げて、何かが……それもやはり、髪の毛と同じ色の毛に覆われて、寝返りをうつように動いている。それが、計四本……本と言うのが、その形状から見ても正しいだろう。見るからに尻尾だ。 「……狐?」 「俺もそう見える。犬とかとはちょっと違う気がする」  ……さて、この狐の耳と尻尾。ひいてはこの女性の正体は、大きく三つの可能性が考えられる。  その一、こういう仮装をしているお茶目な女性。これは真っ先に除去していいだろう。だって耳も尻尾も動いているし。そのジャンルには疎いので、もしかしたらそういうアイテムが売っているのかもしれない。多分売ってないと思うが。  その二、異能を発動する時にそういう物が生える異能者。全裸で有名な醒徒会の広報や、俺達が入学する何年も前に居たという猫耳姉妹のような異能者が、姿を変えている可能性。これも可能性は少ない。そういうタイプの自己強化異能者は、意識を失うと元の姿に戻るパターンが多い。そして彼女は今眠っている。一度変身したら戻れない、という説は捨てきれないが。  そして、残った可能性は…… 「……ラルヴァ、だよな。多分」  デミヒューマン型の怪物《ラルヴァ》である可能性。多分これが一番大きいと思う。化け狐とか、そういうのの類だろうか。 「どうする?」  ドラが問いかけてくるのに呼応して、今目の前にある選択肢を思い浮かべる。    一、介抱して事情を聞いてみる  二、風紀委員に連絡して対応を投げる  三、放置      真っ先に三の選択肢を破棄した。人に災いを持ってくるラルヴァなら後が怖いし、そうでない場合は後味が悪い。もともと害が無くても、怨まれたりしたら大変なことになるかもしれない。  残るはその一とその二。その一は、相手が危険なラルヴァだったりしたらヤバいが、そうでなければ大事にならないだろうし、最良の選択肢だろう。その二はお手軽かつ妥当だが、後味が悪い結果になるかもしれない。 「……ドラ、お前はどうしたい?」  質問にあえて質問で返す。こういう場合、得てして『どうするべきか』と考えるより『どうしたいか』と考えたが後腐れの無いものだ。俺は後から首を突っ込んだのもあり、ここでは受身の立場だ。この場合、ドラが決めるのが筋だろう。 「なんでこんなところに倒れてたのかとか、色々聞いてみたいけどよ。全然起きないんだこいつ」  ドラが彼女を揺すってみるも、それで目を覚ますような様子はない。が、少しむずがっていることから、まったくの昏倒という訳ではないようだ。   「……仕方ないか、俺の部屋使っていいぞ」 「助かる」  俺だけだったら渋々ながら二番を選んでいただろうが、ドラがそう決めたのなら、それで行くべきだ。  眠ったままのその女性を、ドラが軽々と抱き上げる。耳と尻尾が見えないよう麦藁帽子の位置を直し、ビニールシートをひざ掛けのように垂らす。人は少ないのでそこまで注意する必要は無いかもしれないが、念のためだ。  俺とドラの学生寮は、けっこう違う。  ドラが住んでいる寮は、いわゆる集団生活での寮だ。朝と夜にメシが出たりするが、その分掃除の義務とかがあったりするらしい。いちおう部屋は個室らしいが、壁が薄かったり何なりで、あまりプライバシーとかは無いと聞く。根っから体育会系のドラには問題ないだろうが、女性を連れ込めるような場所ではない。  一方の俺が住んでいるのは、マンションごと借り上げたタイプ。全部を自分でやらなきゃいけないが、その分気楽だ。流石に寮が同じという所まで腐れ縁は発揮されなかったらしい。もっとも、学生寮は双葉区のあちこちにあり、その内容もだいぶばらつきがある。歩いて行き来できるような距離になった事自体が腐れ縁だとも言えるだろう。  その俺の寮、一つだけあるベッドにその少女が寝かされ、俺達は床に座り込む。すやすやと安らかな寝息を立てる女性を見て、砂でシーツが汚れるし、換えなきゃな……などという事を考えている。 「しかし、ラルヴァねえ……そうは見えないけど」 「いや、この耳とか尻尾は明らかにおかしいだろ」 「そういう意味じゃねえって」  彼女が目覚めるのを待ちながら、ドラとそんなグダグダな会話を続ける。    古来、神様はすぐ近くに居た。なにせ八百万《やおよろず》の神がおわせられる国だ、生活のいたるところに神や妖怪……今ではラルヴァと一くくりにして呼んでいるが……が存在していた。幾度もの西洋文化流入があったにも拘らず、日本人の心の奥には、未だにそのような存在が残っている。もはや国民性というべきだろう。無信仰というか、無差別信仰が日本の宗派なのだ。   「まあ、日本人にとっちゃ妖怪は愉快な隣人だからな。色々あって見なくなったけど」 「そういうもんかね。烏龍茶飲ませてもらうぞ」 「勝手にやってくれ」  立ち上がったドラが、俺の冷蔵庫からペットボトルを取り出し、流しにあった洗いざらしのコップを二つ引っつかむ 「おーい、お前も飲むかー?」 「俺はいいから、こいつにやってくれ」  あごでしゃくるようにベッドの方に顔を向けさせる。 「……んー……」  ベッドの女性は、うっすらと目を開けて、眠そうな声をあげている。  ベッドの淵に座る女性と、それを囲む俺達二人。一見するとヤバい情景だが、ただの設問準備だ。 「まずは、その耳と尻尾」 「へ?……あっ!!」  ドラに耳と尻尾を指摘されたその女性は、ビックリしたように一瞬ビクンと跳ね上がり、わたわたとそれを隠そうと手を動かす……すると不思議なことに、その耳と尻尾が見えなくなった。消えたのかもしれない。となると、最初の三択のうち一つが消える。 「うう、お父様から隠すようにって言われてるのに……」 「ここじゃもうバレてるんだし、キツかったら出したままでもいいぞ」 「……ホントですか?」  ドラの問いかけに答え、再び耳と尻尾を飛び出させる。こっちの方が楽なんだろうか 「……異能者?」 「いえ、違う……らしいです。よく分からないですけど。異能者だと言っておけ、とは教えられてます。このお話は秘密ですよ?」  選択肢の二つ目が消えた。となると、残る選択肢は一つしか存在しない。 「えっと、他の人からラルヴァって呼ばれることがあります。『金狐仙《きんこせん》』っていう種族名もあるらしいです」  その単語から、図書館篭りでの記憶を辿る。ラルヴァ『金狐仙』、等級付けは中級Sの0、ただし詳細は本には載ってなかった……研究者だったら何か知ってるんだろうけど 「金狐仙……ねぇ。それで、その金――」 「あ、ちゃんと私の名前で呼んでください。ちゃんと名前あるんですから」  俺が聞こうとする端で発言をストップさせられる。名前があるってことは、ラルヴァの集団で、それなりにしっかりした社会を作っているのだろうか。 「名前を聞く前に、こっちから名乗らなきゃな。俺は錦龍、ドラって呼ばれてる。あんたが海辺で倒れてるのを拾ってきた。で、そこの頭でっかちが中島虎二、通称トラ。この部屋の本来の使用者だ……で、あんたの名前は?」 「もこ……豊川《とよかわ》もこ、です。曖昧模糊《あいまいもこ》のもこですけど、難しいのでひらがなで書いちゃっていい、って言われてます」 「……えらく日本人っぽい名前だな」 「当然です、これでも一家全員、れっきとした日本臣民ですから」 「……はい?」  豊川もこと名乗ったラルヴァの一言に、俺は身動きがとれなくなる。一方のドラはそこの所をスルーした。考えないことは時に武器になる 「今は臣民とは言わないよな、いつの時代の言葉だっけか」 「あー……ひいおじい様の口癖だったのが、うつっちゃいました。戦争の時に、若い命を無駄にするなーって、特攻機を発進させなかったり色々やってたのを自慢話してました」 「戦争っつっても、実感も何もないよなぁ、俺達の世代だと」 「でも、今も戦争みたいなものじゃないですか? 双葉島はその最前線ですし、そこで戦えるのを私は誇りに思います」 「そーいうものかねー。はいポテチ」 「ありがとうございます、やっぱりうす塩ですよね」  ドラとラルヴァの少女は、俺をスルーして和気藹々と世間話? をしている……って待て待て待てぇ!!  ようやく凍りついた頭が解凍され、中で色んな考えが駆け巡る。   「待て待てぇ!! 国民!? マジで日本国民なのか!?」 「はい、えーと、確か……明治維新、でしたっけ? 黒船が来たりしてドタバタした時期に、ご先祖様がそれにまぎれて戸籍を登録したそうです」 「ラルヴァって言い切っちゃっていいのかよ!!」 「普段は黙ってます、ここでも普段は『異能者だって言っておけ』って言われてます……さっき話しましたよね、確か」 「というか、ここ双葉島だぞ! 要石《かなめいし》どうしたんだよ!!」 「住民票も家族で移しましたし、結界を管理してる人にもちゃんと相談して入ってきました。明日からはここの学校に通うことになります……お二人は、学生さんですか?」 「ああ、俺もこいつも高1だ。もこ、だったっけ? あんたは?」 「いやドラ、お前は少し混乱しろ!!」 「愉快な隣人だって言ってただろ、さっき」 「今年で十四歳になります。お二人は先輩ですね、よろしくお願いします」 「「若っ!!」」  さて、中学2年にしてグラビアアイドル並のナイスバディを持った愛国心溢れる日本国民の狐耳ラルヴァ、豊川もこがなんで海岸で倒れていたのか。それを問いただそうとする直前にドアのチャイムが鳴った。 「……誰だ? こんな時間に」 「トラ、俺が出るか?」 「いや、お前が出てどうすんだよ」 「あの、私は……」 「耳と尻尾隠して物影にいりゃ大丈夫だろ。はいはーい、今出ますよー」  二人を制止しながらドアへ向かう。そしてドアノブを握った瞬間……嫌な汗が、全身から噴き出した。    しかし、一度動き始めた体はなかなか止まらない。そのままドアを開け……喉元に、何かをつきつけられた。  極々細い、銀色をした一本の髪の毛のようだが、それが異常な硬度を持っていることは、喉に当てられた感触だけで分かりすぎるほどよく分かる。  ドアの向こうに立ってそれを突きつけているのは、眉目秀麗と言ってもいい、俺と同じぐらいの背丈をした女性だ。ずっと下まで伸びた超ロングの銀髪に、冷ややかな視線……そして、髪の中から伸びた、狐のような耳。    ……嫌な予感しか、しない   「ドラ、もこ、逃げろっ!!」  状況を飲み込む前に、咄嗟に叫んでしまう。ここはマンションの一階、窓から飛び出ればすぐに外だ。    窓がガラガラと開く音と、そこから吹き込む暴風雨の音。そしてそこから飛び出た二つの影を視界の端に確認し、にやりと笑みを見せる。 「あんたの狙いは、あの子だろう? 俺に構ってる暇は無いよな?」  目の前の女性が舌打ちするのが聞こえた。俺の首に突きたてていた物を手放し、外へと駆け出していく。   「……あーぶなかったぁ……」  ほっと一息。あのまま刺し殺されていた可能性もあるのに、よく無事でいたものだ……鞄の中から雨具を引っ張り出し、嵐の中に駆け出していった三人を追う為に走り出す。  龍ともこは、荒れ狂う嵐のど真ん中を裸足で駆けている。足元に怪我をするようなものが無いのが幸いだ。 「そういや、お前の家は!? 逃げるにしても帰るにしても、それが分かんなきゃ……」 「引っ越したばっかりで道に迷ってしまったんです!!」 「迷子かよ!! なんか近くの建物でも分かんないのか!?」 「ごめんなさいっ!!」  行き先も分からずに駆ける二人の前に、銀色の影が立ちふさがる。その両手には、銀色の束。 「だれ……!?」 「もこ、下がってろ、俺が相手をする」 「同胞に、これ以上の狼藉は許しません」  銀髪を翻して、目の前の女が何かを構える。 「あの、私のために、そんな……」  もこの言葉を遮り、龍は啖呵を切る。自身に発破をかけるように。 「困ってる女の子を身体張って助ける意気込みが無くて、男って言えるか? 言えないよなぁ!!」  俺は雨合羽《あまがっぱ》を着込み、銀髪の狐女を追いかける。  あの二人が逃げおおせたなら良し、逃げ切れないならそのうち遭遇戦になっている所へ出くわすだろう。  しばらく走り、早々に俺の息が切れたところで……後者の場面となった。  銀髪の女とドラが、雨の中で対峙している。とは言っても、戦況は一方的だ。ドラの斜め後ろでは、呆然と立ち尽くしているもこの姿がある。    銀髪が手に持っている獲物を次々に投擲し、それをドラが辛うじて回避している。それだけだ。  投擲の速度とこの嵐、さらには獲物の異常なまでの細さによって、投げた物の軌跡はほとんど分からない。ドラは、恐らくあの女の手と指の動きを見切って、辛うじて回避しているのだろう。嵐のせいで、正確な照準をつけられないのも幸いし、回避し切れなかった攻撃でいくつもの切り傷を作っているものの、致命傷はまだ無い。  だがそれでも、女の圧倒的優位は揺るがない。髪の毛ほどの細さと思ったあの獲物は、本当に髪の毛らしい。時折十本ほどまとめて髪を切り、手元のそれを補充している。弾切れになるまで……という所までは粘れないだろう。人間の頭髪は約十万本ほどだという。その百分の一、千本も粘れず、ドラの体力を削りきってしまうだろう。    痺れを切らした女が、一本ずつ放っていた髪を、二本、三本と纏めて投擲するように切り替える。どうせ正確な狙いをつけられないのなら……という事だろう、ドラの身体に、どんどん切り傷が増えていく。 「ドラっ!!」  思わず叫んでしまうが、ドラも、銀髪の女も反応しない。両者とも戦闘に集中しているのだ。    唯一反応したのは、ドラの斜め後ろで惚けたように戦闘を見ていたもこ。我に返ったような表情となり、一瞬こちらを見て……口元と目元をを、引き締めた。  もこがゆっくりと手を挙げ……下ろす。    それだけ、次の瞬間で戦況が逆転した。    銀髪の女の頭上に無数の火の玉が現れる。  暴風に煽られても揺らがず、暴雨に打たれても消えない、鬼火《おにび》と言われる類《たぐい》の炎。   「……何故!?」  動転した女だが、次の瞬間には回避運動をとっている。攻撃を完全に放棄したダッシュで、空から降ってくる火の玉を辛うじて避けきった。  その隙を逃すドラではない。温存していた体力をフルに稼動して踏み込み、身体が覚えているもっとも強力な型、胴回し蹴りを放つ。    飛び込んで放ったその足技も、女が辛うじて身を捻ることで回避され……本来ドラが放てる筈の魂源力《アツィルト》衝撃波も、本来の威力を発揮出来ないスカ当たり。かすり傷が積み重なった上、この暴風雨で体力を消耗しすぎたのだ。力を使い切ったドラは、受身を取れずに水溜りへ突っ込んでしまう。 「ドラっ!!」 「龍さま!?」  倒れこんだドラのところへ、俺ともこが駆け寄る。息はある、みたいだが……俺達では、あの女と戦うのは無理だろう。    ドラの蹴りをカス当たりとは言えぶつけられた銀髪の女も、地面を少し転がり……こちらは、地面に伏せることもなく起き上がる。ただ、その顔はさっきまでの冷ややかな物ではなく、驚きが多分に含まれている。 「……貴女、これはどういう……」  何かを言いかけて、口を閉じる。改めてもこを見たときに、何か自分の勘違いに気づいたようだ。それを無視して、もこが彼女を睨み言い放つ。 「命の恩人を助けて、何が悪いんですか?」 「……恩人?」  銀髪の女が、さらに間の抜けた表情になる。 (ああ、こりゃ勘違いで襲われたんだ……)  そう、悟った。  それから双方、冷静になって話し合い。ドラともこは俺が持ってきた折り畳み傘を差し、銀髪の女……フォクシィアは、自身が持ってきていた傘を差して。  フォクシィアは、俺の部屋に同属の少女と、俺達二人の気配を察し……いかがわしい事をしようとしてると勘違いしたらしい。そこで、有無を言わさず強襲をかけようとした所、こんな結果となった。単純な勘違いによる悲しいすれ違いだ。 「男二人の所に女性を連れ込む方が、どうかしているとは思わないんですか?」 「マズい事態だったんだから勘弁してくれ。というか、急に喉元に凶器を突き立てるのはどうかと思うぞ」 「それが軽率だったことは認めます……しかし、同胞ではなく『東方の親戚』だったとは……焦って損をしました」 「……『西方の親戚』は口が悪くて手も早い、というのは本当だったんですね」 「『東方の親戚』が狡猾だという事も聞いたとおりで驚きました……では、私はこれで」 「ちょーっと待った!!」 「どうしました? 私はもう用はありませんし、こんな暴風雨の中長居をしたく無いのですが」 「もこの住所、調べる方法、何かないか? 最近越してきたらしくて分かんないんだよ」 「……はい?」  その件は、学園だと同学年になるらしい彼女(驚いたことに、フォクシィアも年齢は14歳だそうだ)が、学園の関係者に問い合わせて無事判明。彼女はそのままとっとと帰ってしまい、俺達二人でもこを送り届ける羽目になった。  両親は相当心配していたところを無事に帰ってきてくれたため大喜び。ドラの怪我も、怪我自体は軽傷の積み重ねである為、彼らが秘伝としている塗り薬を使えば一日で快復するという。    ……もこがあんな所で倒れていた理由だが、非常に簡単なものだった。   「散歩に出ていたんです。天気予報を見ていなかったので、海が荒れているのに気づかず……しかも道に迷ってしまって、途方に暮れて海を見ていたら、流れ着いていたクラゲ型ラルヴァに刺されてしまい、力を吸い取られて……ご迷惑をおかけしました」  翌日から二学期が始まり、相変わらず騒がしい毎日が戻ってきた。 「龍さまー、お昼ご一緒にどうですかー?」  あの事件のせいか、豊川もこはすっかりドラに懐いている。中等部棟からはるばるこっちの教室にやって来て、他の男から見たら羨ましいお誘いを受けることもしばしばだ。 「趣味じゃない。というか奴の弁当は大抵お稲荷さんがメインだから少し飽きる」  と言いつつ付き合っている(大抵他のヤツも巻き込むが)ドラも、まんざらではない……筈だ。奴の性癖はさっぱり分からん 「中等部制服にあのボディは反則モノっすね……あのおっぱいの達人《おっぱいマイスター》が見たら洒落にならない事になりそうっす。ドラー、ちゃんと守ってやんないと駄目っすよー」 「やかましいぞ外道」  なお、普段はちゃんと耳や尻尾を隠せているが、驚いたときに飛び出たりしてしまうらしい。学園内では、異能を使うときに生えてくるとごまかしているらしいが……どこまで持つものやら。 (四冊目があれば)続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]
[[ラノで読む(推奨)>http://rano.jp/1227]] 『すぐ地図の場所まで来てくれ』  夏休み最終日の9月1日、友人である錦 龍《にしき りゅう》、通称ドラから、そんな添付ファイル付きメールが飛んできた。  宿題関係ではない。それはおとといに来たメールで、その中身を写し終えたのを俺は確認している。ならば、何か……厄介な予感しかしない。    曲がりなりにも大親友と言っていい奴であり、その奴がSOSを出しているのだから、行かざるを得ないだろう。  問題は、外の天気。天気予報を見ると、今年初の台風直撃コースだ。まだ雨は降り出していないとはいえ、不気味な潮風が外では渦を巻いている。 「仕方ねーな……」  愚痴をこぼしつつ、雨具の準備だけして寮を出る……そして例によって、俺、中島虎二《なかじま とらじ》は、厄介なことに巻き込まれるのだ。  とらとどらの事件簿  三冊目「ぼくらのお稲荷様」  通りには、人が少ない。  学園が中心となっているこの街で、明日から普段の生活に戻るために静まり返っているのか、今から襲い掛かってくる自然の驚異に、息を潜めてじっと耐えようとしているのか。そのどちらかなのだろうが、俺には判断つかない。  雲行きはだんだんと怪しくなっているが、まだ雨が降るような状態ではない。俺にしては早足でその道のりを歩き、ドラが今居るという海辺に向かう。  少し前なら人でにぎわっていただろう海岸も、二つの理由で人がさっぱり居ない。今年の営業は終了しました、また来年……という事だろうか。波も高くなりつつあり、ちょっと残るには危険だ、  そして、その危険そうな場所に、ドラが居た……そして居たのは、ドラだけではない。 「おーい、こっちだー!!」  片膝をついてかがんでいるドラの足元には、一人の女性が倒れこんでいた。    背丈は俺より低いぐらいで、女性としては十分高い。お嬢様然とした白いワンピースに麦藁帽子という装い。そのワンピースと素肌には、帽子から溢れた、腰まで届かんばかりの髪がかかっている。色は金髪というより、濃い栗色といったほうが近い。薄着では到底隠せない豊満なボディラインは、健全な男どもを存分にうならせる逸材と言っていいだろう。下半身には何故か、そこら辺から調達したであろうビニールシートがかけられていた。    俺は無言で学生証を取り出し、こういう場合にかけるべきは警察か風紀委員か考える。 「ちょっと待てぇ!! お前は親友がそんなに信用できないのか!?」 「このバストを見る限りお前の射程圏内じゃないだろ。それはスルーするとしても、行き倒れか遭難かは分からないが、その筋の人間に任せるのが専門だ。そうだろ?」 「俺も基本的にはそう思う、だがそうも行かない事情があるんだ。ちょっと来てくれ」  ドラの手招きに応じてそちらへ駆け寄る。俺が見える範囲に来たと判断したドラは、女性の麦藁帽子をそっと持ち上げる。    ……そこには、髪の毛と同じ栗色の毛に覆われた、大きな突起物が二つ。ぴくん、ぴくんと震えている。多分、耳でいいと思う。  続いてドラが、ビニールシートをまくって俺に見えるようにする。  そこでは、脛《すね》まであるスカートの後ろのほうをたくし上げて、何かが……それもやはり、髪の毛と同じ色の毛に覆われて、寝返りをうつように動いている。それが、計四本……本と言うのが、その形状から見ても正しいだろう。見るからに尻尾だ。 「……狐?」 「俺もそう見える。犬とかとはちょっと違う気がする」  ……さて、この狐の耳と尻尾。ひいてはこの女性の正体は、大きく三つの可能性が考えられる。  その一、こういう仮装をしているお茶目な女性。これは真っ先に除去していいだろう。だって耳も尻尾も動いているし。そのジャンルには疎いので、もしかしたらそういうアイテムが売っているのかもしれない。多分売ってないと思うが。  その二、異能を発動する時にそういう物が生える異能者。全裸で有名な醒徒会の広報や、俺達が入学する何年も前に居たという猫耳姉妹のような異能者が、姿を変えている可能性。これも可能性は少ない。そういうタイプの自己強化異能者は、意識を失うと元の姿に戻るパターンが多い。そして彼女は今眠っている。一度変身したら戻れない、という説は捨てきれないが。  そして、残った可能性は…… 「……ラルヴァ、だよな。多分」  デミヒューマン型の怪物《ラルヴァ》である可能性。多分これが一番大きいと思う。化け狐とか、そういうのの類だろうか。 「どうする?」  ドラが問いかけてくるのに呼応して、今目の前にある選択肢を思い浮かべる。    一、介抱して事情を聞いてみる  二、風紀委員に連絡して対応を投げる  三、放置      真っ先に三の選択肢を破棄した。人に災いを持ってくるラルヴァなら後が怖いし、そうでない場合は後味が悪い。もともと害が無くても、怨まれたりしたら大変なことになるかもしれない。  残るはその一とその二。その一は、相手が危険なラルヴァだったりしたらヤバいが、そうでなければ大事にならないだろうし、最良の選択肢だろう。その二はお手軽かつ妥当だが、後味が悪い結果になるかもしれない。 「……ドラ、お前はどうしたい?」  質問にあえて質問で返す。こういう場合、得てして『どうするべきか』と考えるより『どうしたいか』と考えたが後腐れの無いものだ。俺は後から首を突っ込んだのもあり、ここでは受身の立場だ。この場合、ドラが決めるのが筋だろう。 「なんでこんなところに倒れてたのかとか、色々聞いてみたいけどよ。全然起きないんだこいつ」  ドラが彼女を揺すってみるも、それで目を覚ますような様子はない。が、少しむずがっていることから、まったくの昏倒という訳ではないようだ。   「……仕方ないか、俺の部屋使っていいぞ」 「助かる」  俺だけだったら渋々ながら二番を選んでいただろうが、ドラがそう決めたのなら、それで行くべきだ。  眠ったままのその女性を、ドラが軽々と抱き上げる。耳と尻尾が見えないよう麦藁帽子の位置を直し、ビニールシートをひざ掛けのように垂らす。人は少ないのでそこまで注意する必要は無いかもしれないが、念のためだ。  俺とドラの学生寮は、けっこう違う。  ドラが住んでいる寮は、いわゆる集団生活での寮だ。朝と夜にメシが出たりするが、その分掃除の義務とかがあったりするらしい。いちおう部屋は個室らしいが、壁が薄かったり何なりで、あまりプライバシーとかは無いと聞く。根っから体育会系のドラには問題ないだろうが、女性を連れ込めるような場所ではない。  一方の俺が住んでいるのは、マンションごと借り上げたタイプ。全部を自分でやらなきゃいけないが、その分気楽だ。流石に寮が同じという所まで腐れ縁は発揮されなかったらしい。もっとも、学生寮は双葉区のあちこちにあり、その内容もだいぶばらつきがある。歩いて行き来できるような距離になった事自体が腐れ縁だとも言えるだろう。  その俺の寮、一つだけあるベッドにその少女が寝かされ、俺達は床に座り込む。すやすやと安らかな寝息を立てる女性を見て、砂でシーツが汚れるし、換えなきゃな……などという事を考えている。 「しかし、ラルヴァねえ……そうは見えないけど」 「いや、この耳とか尻尾は明らかにおかしいだろ」 「そういう意味じゃねえって」  彼女が目覚めるのを待ちながら、ドラとそんなグダグダな会話を続ける。    古来、神様はすぐ近くに居た。なにせ八百万《やおよろず》の神がおわせられる国だ、生活のいたるところに神や妖怪……今ではラルヴァと一くくりにして呼んでいるが……が存在していた。幾度もの西洋文化流入があったにも拘らず、日本人の心の奥には、未だにそのような存在が残っている。もはや国民性というべきだろう。無信仰というか、無差別信仰が日本の宗派なのだ。   「まあ、日本人にとっちゃ妖怪は愉快な隣人だからな。色々あって見なくなったけど」 「そういうもんかね。烏龍茶飲ませてもらうぞ」 「勝手にやってくれ」  立ち上がったドラが、俺の冷蔵庫からペットボトルを取り出し、流しにあった洗いざらしのコップを二つ引っつかむ 「おーい、お前も飲むかー?」 「俺はいいから、こいつにやってくれ」  あごでしゃくるようにベッドの方に顔を向けさせる。 「……んー……」  ベッドの女性は、うっすらと目を開けて、眠そうな声をあげている。  ベッドの淵に座る女性と、それを囲む俺達二人。一見するとヤバい情景だが、ただの設問準備だ。 「まずは、その耳と尻尾」 「へ?……あっ!!」  ドラに耳と尻尾を指摘されたその女性は、ビックリしたように一瞬ビクンと跳ね上がり、わたわたとそれを隠そうと手を動かす……すると不思議なことに、その耳と尻尾が見えなくなった。消えたのかもしれない。となると、最初の三択のうち一つが消える。 「うう、お父様から隠すようにって言われてるのに……」 「ここじゃもうバレてるんだし、キツかったら出したままでもいいぞ」 「……ホントですか?」  ドラの問いかけに答え、再び耳と尻尾を飛び出させる。こっちの方が楽なんだろうか 「……異能者?」 「いえ、違う……らしいです。よく分からないですけど。異能者だと言っておけ、とは教えられてます。このお話は秘密ですよ?」  選択肢の二つ目が消えた。となると、残る選択肢は一つしか存在しない。 「えっと、他の人からラルヴァって呼ばれることがあります。『金狐仙《きんこせん》』っていう種族名もあるらしいです」  その単語から、図書館篭りでの記憶を辿る。ラルヴァ『金狐仙』、等級付けは中級Sの0、ただし詳細は本には載ってなかった……研究者だったら何か知ってるんだろうけど 「金狐仙……ねぇ。それで、その金――」 「あ、ちゃんと私の名前で呼んでください。ちゃんと名前あるんですから」  俺が聞こうとする端で発言をストップさせられる。名前があるってことは、ラルヴァの集団で、それなりにしっかりした社会を作っているのだろうか。 「名前を聞く前に、こっちから名乗らなきゃな。俺は錦龍、ドラって呼ばれてる。あんたが海辺で倒れてるのを拾ってきた。で、そこの頭でっかちが中島虎二、通称トラ。この部屋の本来の使用者だ……で、あんたの名前は?」 「もこ……豊川《とよかわ》もこ、です。曖昧模糊《あいまいもこ》のもこですけど、難しいのでひらがなで書いちゃっていい、って言われてます」 「……えらく日本人っぽい名前だな」 「当然です、これでも一家全員、れっきとした日本臣民ですから」 「……はい?」  豊川もこと名乗ったラルヴァの一言に、俺は身動きがとれなくなる。一方のドラはそこの所をスルーした。考えないことは時に武器になる 「今は臣民とは言わないよな、いつの時代の言葉だっけか」 「あー……ひいおじい様の口癖だったのが、うつっちゃいました。戦争の時に、若い命を無駄にするなーって、特攻機を発進させなかったり色々やってたのを自慢話してました」 「戦争っつっても、実感も何もないよなぁ、俺達の世代だと」 「でも、今も戦争みたいなものじゃないですか? 双葉島はその最前線ですし、そこで戦えるのを私は誇りに思います」 「そーいうものかねー。はいポテチ」 「ありがとうございます、やっぱりうす塩ですよね」  ドラとラルヴァの少女は、俺をスルーして和気藹々と世間話? をしている……って待て待て待てぇ!!  ようやく凍りついた頭が解凍され、中で色んな考えが駆け巡る。   「待て待てぇ!! 国民!? マジで日本国民なのか!?」 「はい、えーと、確か……明治維新、でしたっけ? 黒船が来たりしてドタバタした時期に、ご先祖様がそれにまぎれて戸籍を登録したそうです」 「ラルヴァって言い切っちゃっていいのかよ!!」 「普段は黙ってます、ここでも普段は『異能者だって言っておけ』って言われてます……さっき話しましたよね、確か」 「というか、ここ双葉島だぞ! 要石《かなめいし》どうしたんだよ!!」 「住民票も家族で移しましたし、結界を管理してる人にもちゃんと相談して入ってきました。明日からはここの学校に通うことになります……お二人は、学生さんですか?」 「ああ、俺もこいつも高1だ。もこ、だったっけ? あんたは?」 「いやドラ、お前は少し混乱しろ!!」 「愉快な隣人だって言ってただろ、さっき」 「今年で十四歳になります。お二人は先輩ですね、よろしくお願いします」 「「若っ!!」」  さて、中学2年にしてグラビアアイドル並のナイスバディを持った愛国心溢れる日本国民の狐耳ラルヴァ、豊川もこがなんで海岸で倒れていたのか。それを問いただそうとする直前にドアのチャイムが鳴った。 「……誰だ? こんな時間に」 「トラ、俺が出るか?」 「いや、お前が出てどうすんだよ」 「あの、私は……」 「耳と尻尾隠して物影にいりゃ大丈夫だろ。はいはーい、今出ますよー」  二人を制止しながらドアへ向かう。そしてドアノブを握った瞬間……嫌な汗が、全身から噴き出した。    しかし、一度動き始めた体はなかなか止まらない。そのままドアを開け……喉元に、何かをつきつけられた。  極々細い、銀色をした一本の髪の毛のようだが、それが異常な硬度を持っていることは、喉に当てられた感触だけで分かりすぎるほどよく分かる。  ドアの向こうに立ってそれを突きつけているのは、眉目秀麗と言ってもいい、俺と同じぐらいの背丈をした女性だ。ずっと下まで伸びた超ロングの銀髪に、冷ややかな視線……そして、髪の中から伸びた、狐のような耳。    ……嫌な予感しか、しない   「ドラ、もこ、逃げろっ!!」  状況を飲み込む前に、咄嗟に叫んでしまう。ここはマンションの一階、窓から飛び出ればすぐに外だ。    窓がガラガラと開く音と、そこから吹き込む暴風雨の音。そしてそこから飛び出た二つの影を視界の端に確認し、にやりと笑みを見せる。 「あんたの狙いは、あの子だろう? 俺に構ってる暇は無いよな?」  目の前の女性が舌打ちするのが聞こえた。俺の首に突きたてていた物を手放し、外へと駆け出していく。   「……あーぶなかったぁ……」  ほっと一息。あのまま刺し殺されていた可能性もあるのに、よく無事でいたものだ……鞄の中から雨具を引っ張り出し、嵐の中に駆け出していった三人を追う為に走り出す。  龍ともこは、荒れ狂う嵐のど真ん中を裸足で駆けている。足元に怪我をするようなものが無いのが幸いだ。 「そういや、お前の家は!? 逃げるにしても帰るにしても、それが分かんなきゃ……」 「引っ越したばっかりで道に迷ってしまったんです!!」 「迷子かよ!! なんか近くの建物でも分かんないのか!?」 「ごめんなさいっ!!」  行き先も分からずに駆ける二人の前に、銀色の影が立ちふさがる。その両手には、銀色の束。 「だれ……!?」 「もこ、下がってろ、俺が相手をする」 「同胞に、これ以上の狼藉は許しません」  銀髪を翻して、目の前の女が何かを構える。 「あの、私のために、そんな……」  もこの言葉を遮り、龍は啖呵を切る。自身に発破をかけるように。 「困ってる女の子を身体張って助ける意気込みが無くて、男って言えるか? 言えないよなぁ!!」  俺は雨合羽《あまがっぱ》を着込み、銀髪の狐女を追いかける。  あの二人が逃げおおせたなら良し、逃げ切れないならそのうち遭遇戦になっている所へ出くわすだろう。  しばらく走り、早々に俺の息が切れたところで……後者の場面となった。  銀髪の女とドラが、雨の中で対峙している。とは言っても、戦況は一方的だ。ドラの斜め後ろでは、呆然と立ち尽くしているもこの姿がある。    銀髪が手に持っている獲物を次々に投擲し、それをドラが辛うじて回避している。それだけだ。  投擲の速度とこの嵐、さらには獲物の異常なまでの細さによって、投げた物の軌跡はほとんど分からない。ドラは、恐らくあの女の手と指の動きを見切って、辛うじて回避しているのだろう。嵐のせいで、正確な照準をつけられないのも幸いし、回避し切れなかった攻撃でいくつもの切り傷を作っているものの、致命傷はまだ無い。  だがそれでも、女の圧倒的優位は揺るがない。髪の毛ほどの細さと思ったあの獲物は、本当に髪の毛らしい。時折十本ほどまとめて髪を切り、手元のそれを補充している。弾切れになるまで……という所までは粘れないだろう。人間の頭髪は約十万本ほどだという。その百分の一、千本も粘れず、ドラの体力を削りきってしまうだろう。    痺れを切らした女が、一本ずつ放っていた髪を、二本、三本と纏めて投擲するように切り替える。どうせ正確な狙いをつけられないのなら……という事だろう、ドラの身体に、どんどん切り傷が増えていく。 「ドラっ!!」  思わず叫んでしまうが、ドラも、銀髪の女も反応しない。両者とも戦闘に集中しているのだ。    唯一反応したのは、ドラの斜め後ろで惚けたように戦闘を見ていたもこ。我に返ったような表情となり、一瞬こちらを見て……口元と目元をを、引き締めた。  もこがゆっくりと手を挙げ……下ろす。    それだけ、次の瞬間で戦況が逆転した。    銀髪の女の頭上に無数の火の玉が現れる。  暴風に煽られても揺らがず、暴雨に打たれても消えない、鬼火《おにび》と言われる類《たぐい》の炎。   「……何故!?」  動転した女だが、次の瞬間には回避運動をとっている。攻撃を完全に放棄したダッシュで、空から降ってくる火の玉を辛うじて避けきった。  その隙を逃すドラではない。温存していた体力をフルに稼動して踏み込み、身体が覚えているもっとも強力な型、胴回し蹴りを放つ。    飛び込んで放ったその足技も、女が辛うじて身を捻ることで回避され……本来ドラが放てる筈の魂源力《アツィルト》衝撃波も、本来の威力を発揮出来ないスカ当たり。かすり傷が積み重なった上、この暴風雨で体力を消耗しすぎたのだ。力を使い切ったドラは、受身を取れずに水溜りへ突っ込んでしまう。 「ドラっ!!」 「龍さま!?」  倒れこんだドラのところへ、俺ともこが駆け寄る。息はある、みたいだが……俺達では、あの女と戦うのは無理だろう。    ドラの蹴りをカス当たりとは言えぶつけられた銀髪の女も、地面を少し転がり……こちらは、地面に伏せることもなく起き上がる。ただ、その顔はさっきまでの冷ややかな物ではなく、驚きが多分に含まれている。 「……貴女、これはどういう……」  何かを言いかけて、口を閉じる。改めてもこを見たときに、何か自分の勘違いに気づいたようだ。それを無視して、もこが彼女を睨み言い放つ。 「命の恩人を助けて、何が悪いんですか?」 「……恩人?」  銀髪の女が、さらに間の抜けた表情になる。 (ああ、こりゃ勘違いで襲われたんだ……)  そう、悟った。  それから双方、冷静になって話し合い。ドラともこは俺が持ってきた折り畳み傘を差し、銀髪の女……フォクシィアは、自身が持ってきていた傘を差して。  フォクシィアは、俺の部屋に同属の少女と、俺達二人の気配を察し……いかがわしい事をしようとしてると勘違いしたらしい。そこで、有無を言わさず強襲をかけようとした所、こんな結果となった。単純な勘違いによる悲しいすれ違いだ。 「男二人の所に女性を連れ込む方が、どうかしているとは思わないんですか?」 「マズい事態だったんだから勘弁してくれ。というか、急に喉元に凶器を突き立てるのはどうかと思うぞ」 「それが軽率だったことは認めます……しかし、同胞ではなく『東方の親戚』だったとは……焦って損をしました」 「……『西方の親戚』は口が悪くて手も早い、というのは本当だったんですね」 「『東方の親戚』が狡猾だという事も聞いたとおりで驚きました……では、私はこれで」 「ちょーっと待った!!」 「どうしました? 私はもう用はありませんし、こんな暴風雨の中長居をしたく無いのですが」 「もこの住所、調べる方法、何かないか? 最近越してきたらしくて分かんないんだよ」 「……はい?」  その件は、学園だと同学年になるらしい彼女(驚いたことに、フォクシィアも年齢は14歳だそうだ)が、学園の関係者に問い合わせて無事判明。彼女はそのままとっとと帰ってしまい、俺達二人でもこを送り届ける羽目になった。  両親は相当心配していたところを無事に帰ってきてくれたため大喜び。ドラの怪我も、怪我自体は軽傷の積み重ねである為、彼らが秘伝としている塗り薬を使えば一日で快復するという。    ……もこがあんな所で倒れていた理由だが、非常に簡単なものだった。   「散歩に出ていたんです。天気予報を見ていなかったので、海が荒れているのに気づかず……しかも道に迷ってしまって、途方に暮れて海を見ていたら、流れ着いていたクラゲ型ラルヴァに刺されてしまい、力を吸い取られて……ご迷惑をおかけしました」  翌日から二学期が始まり、相変わらず騒がしい毎日が戻ってきた。 「龍さまー、お昼ご一緒にどうですかー?」  あの事件のせいか、豊川もこはすっかりドラに懐いている。中等部棟からはるばるこっちの教室にやって来て、他の男から見たら羨ましいお誘いを受けることもしばしばだ。 「趣味じゃない。というか奴の弁当は大抵お稲荷さんがメインだから少し飽きる」  と言いつつ付き合っている(大抵他のヤツも巻き込むが)ドラも、まんざらではない……筈だ。奴の性癖はさっぱり分からん 「中等部制服にあのボディは反則モノっすね……あのおっぱいの達人《おっぱいマイスター》が見たら洒落にならない事になりそうっす。ドラー、ちゃんと守ってやんないと駄目っすよー」 「やかましいぞ外道」  なお、普段はちゃんと耳や尻尾を隠せているが、驚いたときに飛び出たりしてしまうらしい。学園内では、異能を使うときに生えてくるとごまかしているらしいが……どこまで持つものやら。 (四冊目があれば)続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]

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