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効果付与(エンチャント)と部類される異能力がある。主に魔術系統の異能力者が使う能力の一種だ。
一口に効果付与と言ってもそのタイプは様々な種類がある。
装備に対して効果付与を行い、その攻撃力や防御力などの機能性アップに、炎・雷のような力を与えるもの。
肉体に対して効果付与を行い、筋力増加や治癒能力アップの身体能力上昇に、特殊な攻撃を無効化するもの。
また術式も多彩で、直に力を送り込むタイプ、歌で届けるタイプ、紋様を刻むタイプなどエトセトラエトセトラ。
直接的な攻撃や回復は出来ない上に戦闘での決定打となる事も少ないが、その高いサポート能力はラルヴァとの戦闘においても必要不可欠なものである。
そんな効果付与を専門に使う異能力者たちは、単純な魔術師や妖術師などとは別にもう一つの呼び名を持っていた。
効果付与術者(エンチャンター)と――
双葉学園教師、大道寺功武(だいどうじいさむ)もそんな効果付与の異能を持つ男だ。
長身のガッチリとした体格で何かスポーツでもやっていた方が似合いそうだが、彼の担当教科は社会科の地理。
おまけに趣味は刺繍で、その趣味が高じて手芸部の顧問までやっていたりする。
その日も通常授業を終えた部活の時間、生徒たちと一緒に針仕事に精を出していた。
「よし出来たぞ」
皆が黙々と作業をしている中、ひとり大道寺は嬉しそうな声をあげると刺繍枠を外してハンカチを広げる。
元は白く無地だったハンカチには今、野花から桜の木まで色彩豊かな春の花がひしめき合っていた。
花の一つ一つはとても素晴らしい出来でとても綺麗ではあるのだが、じっくり見ていると何だか少し詰め込みすぎてごみごみしているような印象を受けてしまう。
「先生、これはいくら何でもやりすぎじゃありません?」
手芸部に所属する女子生徒の一人が、大道寺に近づいてはその手にある作品を見ながら言った。
「先生って腕はイイけどセンスないもんね」
まだ作業をしている別の生徒からもそんな声があがる。彼の今までの作品を知っている生徒たちはその言葉にうんうんと頷く。
「いいんだよ、好きでやってるんだから」
自分でもその事を理解しているのか大道寺は若干ふて腐れたようにぼやくのだった。
「そんな事よりお前たちはちゃんと出来たんだろうな? 今日は全員ちゃんと提出して貰うぞ」
「そろそろそう言ってくると思ってました。はい先生、出来ましたよ」
さっき大道寺の元に来た女子生徒がバッと目の前にハンカチを出してきた。
左上と右下に桜草が刺繍された可愛らしい仕上がりである。ただ一つ目に付くのが、
「ここに男の名前が刺繍してあるのはどうしてだ」
「はい、彼氏にプレゼントするからです」
「……あっそ、次」
大道寺は目をキラキラさせながら答える女子生徒から視線をそらし、まともな採点は後でまた付けるとしてまずは提出に○を名簿に付けて放置する。
今回の課題は好きなモノを何か刺繍してみろと言ったが、まさか彼氏の名前を刺繍してくるとは、恋人いない歴=年齢の大道寺にとっては予想も付かない事だった。
「はい先生」
「なんだお前もか」
次の生徒の作品にもやはり男の名前が刺繍されていた。
だがそれ以上に気になるのはデカデカと「必勝!」の文字も縫われている事だ。
「だって彼もうすぐ試合近いし……なら、何かお守り代わりに渡せたらなって」
「だったら今度お守りの作り方教えてやるよ、次」
嬉しそうに喜ぶ女子生徒を横目見ながらまた提出○を付けて次を待つ。
「あの、先生これ」
次の生徒が持ってきたのは花でも文字でも無かった。
「おぉ、随分変わったものを刺繍したな、モグラか?」
「違うます! 虎です!!」
「と、虎?」
「はい、あの人、虎が好きだから」
かなりデフォルメされて虎に見えないが彼女が虎だと言い張るのなら虎なのだろう。
それよりも大道寺はまた彼氏用な事をつっこむべきか迷っていた。
この手芸部は家庭科部と並んで花嫁修業目的の女子が多く入部する部の所為か、彼氏のいる女子が多い。
まぁその殆どが花嫁修業などただの口実で、彼氏に手作りの料理や小物をプレゼントしたいというのが事実だったりもする。
大道寺自身、好きで続けている顧問の仕事だが、このような現実をたまに目にするとどこか切ない気持ちに襲われていた。
「これで全部か……いや、まだ一人出してないな。掃除でも遅れてるのか」
一通り課題のハンカチを回収し終えたかと思った大道寺だが、まだ一人提出はおろか顔も見せにもこない生徒の存在に気が付く。
「せんせぇ」
そこへタイミングを見計らったかのように涙混じりの声が聞こえた。
扉の方を見ると未提出の女子生徒がやってきたようだ。だが何やらいつもと雰囲気が違っている。
「どうした、何があった?」
「うぅ、クラスの、男子が……」
そこまで言って彼女は泣き崩れてしまった。
「全く風紀委員の目を盗んで何やってんだか」
どうにか落ち着いた女子生徒から話を聞いた大道寺は、彼女の教室までやってきた。
彼女の話では掃除を終えて部活に行こうとしたが、課題のハンカチを教室に忘れてしまったのを思い出して急いで取りに戻ったそうだ。
だが運の悪い事に教室ではクラスでも柄の悪い生徒たちが、他のクラスの連中と屯しては煙草を吸っていた。
注意をする勇気もなかった彼女は、関わり合いたくないなと思い急いでハンカチを取って教室を出ようとしたけど、そこで向こうの方から絡まれてしまう。
何とかその場から立ち去ろうと口答えするも、相手はからかい混じりに異能の炎まで出してきて折角取りに戻ったハンカチを燃やされてしまった。
彼らは異能の扱いには慣れているようで、彼女に怪我は負わせていなかったが、いたずらにしては度が過ぎている。
同じように異能の使い手ならば何か対抗手段があったかも知れないが、彼女に異能の力は無く、彼らの隙を突いて逃げ出すしか無かった。
本来こういう時にこそ風紀委員の出番なのだが、風紀委員とて普通の学生である。学園内の全てのいざこざに対応できる訳ではない。
異能の力を察知出来る異能を持つような生徒もいるが、彼らだけで全校生徒の状況を掴むのは流石に無理があり、結果的に今回のように風紀委員の目を逃れて好き勝手やっている連中がいたりするのだ。
「お前ら、弱い者イジメしてそんなに楽しいか」
教室に入ってすぐに問題の生徒たちを見つけた大道寺は、単刀直入に言い放つ。
一瞬男子生徒たちは白を切ろうとしたが、大道寺の後ろに立つ女子の姿を見て「めんどくせー」と呟いた。
「ウッゼーな、せんこーが出しゃばってんじゃねぇよ」
「せんせも怪我したくなかったら、さっさとどっか消えてくんないかな」
完全になめきった態度である。だが双葉学園ではこういう生徒は少なくない。
特に双葉学園に来てから異能に覚醒した生徒に多く、今まで触れた事無いようは力を手に入れた所為か、その力を慢心してしまうのだろう。
おまけに他の異能力者にも喧嘩で勝ったりしてしまったらこの始末である。
「ちょっと指導が必要みたいだな」
話しても無駄だと判断して大道寺は、持ってきていた鞄からおもむろに取り出したメリケンサックを手に付ける。
「はっ、たかが効果付与術者のくせに何かっこつけてんだよ、このクソせんこー!」
教師がどんな異能力を持っているかなんて事は広く知れ渡っている場合が多い。
彼らも大道寺の異能がどんなタイプのものか知っていたようで、抵抗する術を持っていないと思ったのだろう、何の躊躇いもなく異能の炎を放つ。
――だが大道寺はその炎を殴り消した。
「効果付与術者が戦えないなんて誰が決めた」
目が据わっていた。
メリケンサックに刻まれた特殊な紋様をほのかに輝かせながら、大道寺は鬼のような形相で彼らを睨み付ける。
「俺の沈黙魔術を甘く見るなよ」
その後は実に一方的だった。
大道寺が一人一人に真っ正面から近づいて行ってはボディーブローの一発で沈めていく。
まともにやって勝てないと判断して異能の炎や雷撃で反撃する奴もいたが、そちらも真っ正面から殴り飛ばされていった。
流石に装備しているモノがモノだけにテンプルは狙わず腹を殴ったのだろうが、一般教室で何人もの男子生徒がうずくまって悶絶している姿は、ある種の地獄絵図のようにも見える。
「さてと、俺が首突っ込むのはここまでだ。誰か風紀委員を連れてくるから、後は生徒だけで蹴りつけろよ」
今回はたまたま顧問をしている部活の生徒だったから出向いたが、基本的には大道寺は生徒の自主性にまかせた放任的な教育方針の持ち主である。生徒同士の事は生徒同士で解決させるのが常だ。
今回も後の事は風紀委員に引き継がせようと思い、メリケンサックを外して教室を出ようとする。
「そうだ、お前もこいつらに色々言いたい事もあるだろうし、これを使いなさい」
何かを思い出したかのようにふと立ち止まった大道寺は、そう言って鞄からハリセンを取り出すと女子生徒に手渡す。
「死ぬ事は無いと思うから思う存分怒りをぶつけなさい」
はいと言う元気な返事を聞いて今度こそ大道寺は教室を後にする。
彼の立ち去った後の教室からは、すぱこーんと景気の良い音が響き渡るのだった。
効果付与術者と呼ばれる異能力者がいる。
彼等の使う効果付与の能力はサポート主体の決して前線向きな能力ではない。
だけど忘れてはいけない。
効果付与術者だからと言って前線で戦う力を持たないわけでは無い事を――
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