【皇女様と猫 後編-Aパート】

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[[ラノで読む(前後編通して)>http://rano.jp/1278]]  双葉区のはずれにある一軒家。純和風建築の二階建てに見えるが、中は最新の技術が集まったゴミ屋敷だ。 「それで、頼みって何?」  その屋敷の主である難波那美《なんば なみ》が、タバコを灰皿に押し付けながら聞いてくる。見掛けは妙齢の女性であるが、その実は独立して研究所を構えるラルヴァ研究者であり、彼女自身も特級の異能者……能力の出白に疑いもあるが……である。 「那美さん、昔はネックレスつけてたよね? あの重そうな飾りがついた」 「……あれが、どうしたの?」 「あれと、同じものを作って欲しい。今月中に」  目の前の少女……実年齢で言えば女性だが……の言葉を聞き、那美の眼鏡がずり落ちた。 「あ、あれと?……つまり、『そういう事』なの?」 「うん、『そういう事』。ただし、那美さんの所みたいな関係とは、だいぶ違う」 「それはどういう意味でしょう」  横からメイド服の少女が突っ込みを入れる。 「那美さんたち二人の方が良好な関係、って意味」 「……それほど技術的には難しくないし、今ならあんな重いパーツは必要無いけど、詳細な素体データが必要よ。その子を呼んできてくれる?」 「事情があって、それは無理だけど……これじゃ、不十分?」  女性が取り出した光ディスクを那美が受け取り、近くにあったコンピュータに読ませる……那美の眉間に、皺が寄った 「これだけあれば十分……というか、多すぎよ……ん? このデータ、三年前みたいだけど……」 「そこは大丈夫、気にしなくても」  ……これで、一つ。  春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスが、一人の少女を助けるための準備を、一つ終えた。 「でも、今月中に間に合うかどうかは微妙よ? 出来るだけ急ぐけど」 「ごめん、お願い」   皇女様と猫 後編  『血塗れ仔猫』と世間で呼ばれている異形《ラルヴァ》……その実、春奈のかつての教え子だった少女、立浪《たつなみ》みき。人に害をなすラルヴァを討つことが目的である双葉学園の中にあって、『血塗れ仔猫』を討ち『立浪みき』を助けるという、相反するような望みを叶えるため、春奈はひたすら頭を働かせた。  その時間、実に九十時間。  どこかの名探偵なら天啓を得られるほどの時間、普段の仕事にあわせて考え続けた。  目的その一『立浪みきを、血塗れ仔猫から元に戻す』  これが大前提となる。これが出来なければ……彼女を、殺さなくてはいけなくなる。これ以上の犠牲者を出すぐらいなら、自らの手で終わりにしなければならない。  幸い、これについての見通しはある程度立っている。先日、難波那美に依頼した、ラルヴァの制御装置……体内に潜むラルヴァの活動を抑制する、既に実績のあるシステムがあれば、あの怪物を押さえ込む事は可能だろう。殆どの人は知らないが、あの装置は『ワンオフ』の力をも押さえ込んでいたのだ。今はその必要は無いし、当時も『本気で活動していなかっただけ』の可能性があるのだが。  そのシステムが組み込まれたネックレスをどうやって彼女に身につけさせるか。それも問題にはならない。近いうちに、醒徒会が何とかしてくれるはずだ。彼らの力は、十分信じるに値する。  目的その二『世間に、血塗れ仔猫は死んだと思わせること』  これも前提、と言っていいだろう。この夏のうちに、血塗れ仔猫の事件は完結させなくてはいけない。そうでなくては、この島の人々は安心して眠れないだろうし、授業にも支障が出る。  しかし、ここで問題なのは『密かに立浪みきを助けた上で、血塗れ仔猫が死んだと思わせる』という芸当をしなければならない、という事だ。これについても、いちおう案はある。  目的その三『彼女が望むなら、立浪みきの復学への道筋を作る』  それほど難しいことではない。彼女は行方不明扱いであり、日本の法律での死亡扱いは、普通の行方不明の場合、失踪してから七年だ。それに、彼女を排除しようとした集団は既に存在しない。頭であっただろう学部長が突然の変死を遂げて以来、職員会議等でも右往左往しては中道派にコテンパンにのされ、大人しくしている。気炎をまいている人物も居るには居るが、既に隅で騒いでるうるさい人物扱いだ。もっとも、その中道派からも『早く解決してくれ』と突っつかれているが……  なお、夏休み中に片付けたい理由の一つとして『その方が復学手続きに好都合だろう』というのもある。中途半端な時期の転校生は注目されてしまうが、新学期と共に入れば少しは目立たなくなるだろう。  目的その四『立浪みきと、血塗れ仔猫の関係を完全に断ち切り、関連性を追えなくする』  これが、事後処理でもっとも重要だ。  与田技研に関係した人物には、彼女の異能と血塗れ仔猫の力を結びつける者が現れるかもしれない。それらのデータは、まだ学園内に残っている可能性がある。  学園のデータベースで、彼女のアクセス権より少し高い程度の権限で見れる情報は全て確認し、それらが無いことは確認できた。後は、学部長レベルか、非公開となっている独立したデータベースだ。前者は既に、学部長逝去に伴う事務手続きのついでに覗き見し、データが存在しない事を確認した。後は…… 「独立したデータベース。数は少ないけど、いくつかは管理者しか入れないからなぁ……」  ぼやきながら、学生名簿と異能詳細リストを洗い出す……出てきた。彼女が今、必要とする異能者の名前が。 「それで、あたしに?」 「そう、血塗れ仔猫事件の解決のために、ね」  春奈が面会した生徒は、二年の四方山智佳《よもやま ともか》。彼女が双葉区内に残っていて助かった。 「けど、端末は……」 「それなら大丈夫、もう借りてきたから。執行部にはちゃんと説明しておいたから、そこのところは大丈夫だよ」 「早っ!!」  智佳の異能は、ネットワーク上にあるコンピュータから特定ワードの情報を引き出す、超高性能検索エンジンのようなものだ。発動には専用端末が必要で、これは普段学園が管理している。勝手に持ち出すことは不可能な代物だが、今回は『血塗れ仔猫の解決に必要』と管理者を説き伏せ、強引に借り受けた。これが真実を知る誰かの耳に入ればまずい事になるが、その前に情報さえ得られれば問題ない。 「分かりました……検索ワードは?」 「えっとね……『2016年 立浪みき』で」 「立浪……あの、三年前に居たっていう姉妹でしたっけ? もしかして、あの事件って……」 「そう、あの姉妹も『血塗れ仔猫』の犠牲者だった可能性があるの」  嘘は言っていない。  彼女の異能で情報を引っ掛けるには、対象の端末がネットワークに繋がっている必要があり、そういう物から隔離されている国家機密レベルには触れられない。逆に言えば、ネットワークに繋がってさえいれば、公開データベースの非公開部分や、存在すら秘匿されているデータベースの中身すら探ることが可能だ。さらには『まだ存在しない未来の情報』すら検索が可能だが、これは今回の調査では特に意味を成さない。知りたいのは、三年前の事件に関する情報だからだ。 「検索範囲は、学内の全情報端末。公開、非公開は無視してね」 「はーい……と、出ましたけど、これって……」  智佳が、検索した情報の一覧を春奈に見せる。雑多な情報の中に一件、映像ファイルが含まれていた。ある資料室の情報端末で外部メディアから再生され、一時ディスク領域にコピーされていた物が元ネタらしい。 「見たことない部屋の名前ですけど……知ってますか?」 「……うん。だけど、知らないほうがいい部屋だよ」  その部屋には、学園の暗黒面が封印されているという。部屋は多重に電子ロックがされており、一般教師の権限では近寄ることすら困難だ。  彼女が『見たこと無い部屋』という事は、本来は情報を端末に保存せず、外部メディアに保存しているという事なのだろう。新学年早々にあの部屋で、三年を担任する教師が自殺し、それを皮切りに学園内の様々な人物が連続で自殺するという『悪夢の四月』事件が発生した。それ以降、あそこは本当の入室禁止となっている。恐らくはその前に再生されてから、端末を再起動もせず放置されていたのだろう。僥倖と言うしかない。 「これって、外部に保存できたっけ?」 「いえ、機密保持とかうるさいですから。印刷なら出来ますけど」 「そっか……じゃあ、ちょっとだけ前、失礼してもいい? あ、四方山さんは見ないほうが……」 「分かってます。『知らないほうがいい情報もある』……さっきの口ぶりだと、そういう物なんでしょう? 超がつくぐらいのグロ画像とか」 「ま、そんな感じだろうね」  彼女の特等席ともいえる端末の正面を借りて、その動画を確認する。音声もイヤホンに出力するようにした。    ……詳細は、割愛する。春奈は何度か、トイレに駆け込んで吐きそうになる衝動を堪えるのに必死だった。  それでも、何とか見終える。その時の心境は、散々たる物……寝不足の頭が、理解を拒否してシャットダウンしなかったのが奇跡のようだ。  学園生徒が、大熊ラルヴァと人のハーフである少年を虐殺し、それを見せつけられた立浪姉妹も、攻撃される。そんな場面が映されていた。一時的に画像が乱れ、復帰したときには、立浪みかが銃殺されている場面が映っていて、そこで映像は終わっている。  そこには、彼女の始めての教え子も、何人か映っていた。何人かが、それに参加していたのだ。映像には映っていなかったが、立浪姉妹は反撃をした可能性がある。それで…… 「そう、だから……」  三年前のあの事件で、怪我をした生徒を見舞った時のことが思い出される。彼らが事件について話そうとしなかったのは、その為だったのか。彼女を、傷つけないために。 「……彦野、さん」  もう一人、あの事件で犠牲になった少女、彦野舞華《ひこの まいか》の名前が口をつく。彼女が怨んでいた、最期まで戦おうとしていた相手は誰なのか。立浪みきなのか、全てのラルヴァなのか……それとも、彼女の家庭を破壊したラルヴァの幻、春奈が追おうとして、その不毛さに諦めた、幻影なのだろうか。  そして、映像から得られたもう一つの事実 「……また、彼が」  与田光一《よだ こういち》の姿。巧みにカメラワークをずらして映らないようにしていたが、それでも一部に映りこんでしまった姿、そして、まるで去年行われた醒徒会選挙の演説を再現しているような声の張りは、まさしく彼のものだった。  彼が先導して、立浪姉妹を、彦野舞華を殺した。立浪みか……みきの姉に関しては、自身で手を下した可能性すらある。  黒い何かが、心の奥から出てくるのを感じる。こういう時は放置するのに限る。全てが出尽くし、どこかに流れ去った後は、いつもの気持ちに戻れるから。  しばらくそうやって、放心状態になっていた。全てが流れ去ったと感じたそのとき、横から声が聞こえる 「……あの、大丈夫ですか? そこまでヤバい物だったとか」  横から覗き込んできた智佳に、弱弱しい笑みを浮かべる 「うん、ヤバかった。ヤバかったけど、知りたいことは分かった。ありがと……後の情報は広報とかのレベルだし、いいかな。端末返しに行くよ~」  足元のおぼつかない春奈と共に端末を返却しに行った智佳は、検索情報にあった雑多な物の一件を気にしていた。 「……あれって、もしかして……」  ふらふらになりながら、職員室に戻ってくる。コーヒーを飲んで一息つこうと思ったが、財布の中に小銭が無かった。電子マネーはチャージが切れてる。結局何も買えないまま席に戻ってきて椅子に座ったところで、大柄の男に声をかけられた。 「あー、居た居た……ちょっと、いいか? 例の事件の事なんだが……」  声の主は、龍河弾《たつかわ だん》。醒徒会の広報である。春奈は『よいしょ』と口に出しているかのような動きで起き上がり、そちらに身体を向ける。 「……何か、分かった?」 「ああ。ここだとマズいし、醒徒会室に来てもらっていいか?」  珍しく人が居ない醒徒会室、事前に人払いをしたのかもしれないそのテーブルの前に、二人が向かい合う。 「……回りくどいのは苦手だからよ、ストレートに言うしか無いんだが……『血塗れ仔猫』、あいつは、立浪みき、だろ? 先生が前に担任だった」  頭をハンマーで殴られたようだった。自分でそう確信していても、他人からそれを突きつけられると、流石にキツい。 「……どこで、そう思った?」 「この前、俺と雅があいつと対峙した時だ。あの動きも姿も、あの時のまんまだった」 「待って!? 龍河くんあそこに……」  映像には映っていなかった。だが、彼も………聞いた話だと、弾もラルヴァに両親を殺されたという。そういう思考に陥っても仕方が無い……が 「待て待て待てって!! 先生、何か勘違いしてないか!? 『あそこ』って、多分三年前の事件のことだろ?」 「う、うん……」  慌てた春奈を落ち着かせ、弾がその時の状況をぽつり、ぽつりと話す。  あのラルヴァハーフが撃たれた直後、立浪みきが暴走し、『血塗れ仔猫』と同じ姿になったこと。  立浪みきの暴走を、姉のみかと、彼女達を撃った人たちとは別の有志が止めたこと。  その暴走が止まったあと……映像の最後にあった事件が起こっただろう、ということ   「……ごめんね、辛いこと話させちゃって」 「いや、多分もう一回、御鈴に話さなきゃマズい話だしな……話して、大丈夫か?」 「……教えたく、ないけどね」 「おお、龍河にせんせーさんではないか。二人でどうしたのだ? 龍河、どこでヘンシェルが見ているか分からぬのだ、二人っきりはよくないぞ」  ……最悪のタイミングか、最高のタイミングか。今さっき話題になった醒徒会長、藤神門御鈴《ふじみかど みすず》が現れた。両手に抱えるように、何かのファイルを抱えて。 「なんつーか……間がいいのか悪いのか、わかんねーな」 「……藤神門さん、それは!?」  春奈が、御鈴の持っていたファイルの表紙に載っていた文字を見分ける。 『2016年上級ラルヴァ・学園強襲大災害』 「うむ、先生らしき姿をした者に渡されたのだ……『血塗れ仔猫』の秘密が載っている、と言われてな」 「ちょっと借りるぜ!!」  御鈴がそれを開こうとする直前、弾がそれを取り上げ、パラパラと中を確認する 「あーっ!! 龍河、何をするのだ!!」 「こりゃ……おい先生、これ見てくれ!!」 「まさか……その、まさか……?」 「ああ、まさかだ」 「二人とも、何を言っているのだ。私にも見せぬかー!!」  それは、事件の内容が克明に記述された記録文章だった。春奈が見た映像、弾の記憶の両者と比較しても矛盾が無く、さらに整合性がとれたものになっている。 「三年間追いかけてきたものが、たった一日で全部判明する……こんなものなのかな」  春奈がため息交じりで独り言をもらす横で、御鈴が震えていた。 「……これは、本当に起こったことなのか? これが、三年前に……」 「……俺と先生の記憶違いがなけりゃ、な」 「ならば、私たちは、どうやってあの二人に、立浪姉妹に謝ればいいのだ!?」 「落ち着いて、藤神門さん!!……まずは、あの子を止めることが、先決です。一回は止められたんです、二回目もきっと、出来るはず」 「……三回目は?」 「発生させなければいいんです」 「……御鈴、先生、ちょっといいか? コレなんだが……なんで、こんなモンがあるんだ?」  二人の言い合いに割り込んだ弾が、レポートについてそんな疑問を浮かべている。御鈴はそれをオウム返しにし、春奈はその理由を思案する。 「……? どういうことだ、それは」 「確かに……例えば、何かの宣伝に使うんだったら、一部編集とかで偏向したビデオで……あたしが見たもので十分。映像のマスターはともかく、これだけ克明な記録文章は必要ない。それにこのファイル、誰かが事後報告をする為に作ったレポートの類《たぐい》とは、どうしても思えないよ。『何が起こったかしか書いてない』なんて、レポートとしては赤点だもん。それに、学園としては出来るだけ隠しておきたい事件の筈、レポートを作ること自体が不自然……まだこれに、原因の推測とか再発防止の施策とか、そういう私見が添えられていれば、話は別なんだけど」 「これは、誰から貰ったんだ?」 「う、うむ……薄い顔をした男で、クロールだか、カオスだか、そんな風に名乗っていた……思い出そうとすると、なかなか思い出せない、妙に存在感が薄い男だったぞ」  恐らく本名ではないだろうその名前は、彼らにはまだ聞き覚えが無いものだった。結局そのファイルは『出所は分からないが、資料としては有用』という事で、他の醒徒会役員や、ごく一部の関係者に対する説明資料として使われた。  そして、この日手に入った資料の数々によって更にいくつかの事実が明らかになり、醒徒会長による『決着宣言』に繋がることとなる。 「……まあな。藤神門があんだけブチあげたんだから、どこもかしこも大入り満員間違いなし、って所だ」 「うん、それじゃあお願い……ある意味要になるところだから、頑張って」 「いや、俺はほとんど頑張らねーよ。頑張るのは特ダネ目当てのヤツラだ……ま、一番美味しいところは取れない仕掛けになってんだけどな」  成宮金太郎《なりみや きんたろう》との打ち合わせを終えた春奈は、遠藤雅《えんどう まさ》と御鈴の話が終わるのを待っている。さすがに連続起床ではないが、一日三時間程度しか眠っていないため、凄く眠い。待ってる間も、舟をこいでいる始末だ。 「お、おい。大丈夫か?」 「……起きてるよー……」  目の前で金太郎が手を振っているのに、辛うじて反応するぐらいの体力しか無いが、異能の方はフル稼働している。  血塗れ仔猫に、島のラルヴァ出現予知システム『神那岐システム』をスルーされた実績がある以上、彼女が休んでいる間に血塗れ仔猫が出現したりしたら、致命傷になる可能性がある。『位相界《エセリアル》の《・》眼《アイ》』という、ラルヴァ発生を完全把握する異能を持つ生徒も居るには居るが、その生徒の異能は『ラルヴァが居る』という事しか分からないという欠点がある。血塗れ仔猫と他のラルヴァが一度に発生した場合の対処で大混乱になる恐れがあり、この状況には向かない。結局、今は春奈が踏ん張るしかないのだ。  そうこうしているうちに、会長室から遠藤雅が出てくる。恐らくは『あの話』をしていたのだろう。彼の表情は浮かない……確か彼は、あの姉妹の妹である、立浪みくと同棲(!!)していたという。春奈は雅に声をかけようとして、やめた。 (どうせ再会するなら、感動的なほうがいいしね)  立浪みくは、この双葉区に戻っている。学生証のGPSサービスによると、先日久しぶりに学生証が起動し、その際にたまっていたメールの刈り取り……その中には、御鈴の『決着宣言』も含まれている……が行われた。その翌日には双葉区へ戻る道を進んでいたという。そろそろ春奈の異能でも感知できていい筈だ。  先走らないでよかった、と安心する一方、まだ血塗れ仔猫事件が決着していないタイミングでの帰還であり、不安も大きい。 「せんせーさん、何か用があったのではないか?」  考え事をしている所へ、ドアの影から御鈴が顔を出している。それで我に返った。 「ああ、そうそう。成宮くんに、例の件をお願いしたから……全部が終わったら、よろしく。そういうのも会長さんのお仕事だから」 「うむ……しかし、例のものはまだ届かないのか?」 「……うん」  血塗れ仔猫の包囲網は、少しずつ縮まっている。次に出現したとき、決着となる可能性が高い。だが、それを前にして準備が出来ていない部分がある。 「……那美さんに頼んだのが間に合わなかったら、そのときはお願い」  詳細な生体データを利用し、ラルヴァの活動レベルを大幅に低下させる電磁波、及び魂源力《アツィルト》の波動を発生させる制御装置。『八月中に間に合うか微妙』と言っていたとおり、まだ完成の一報は届いていない。 「……そのときも、一応呼びかけてはみよう。立浪みくやせんせーさんの声なら、届くかもしれん」  届かなかった時のことも、ちゃんと考えているだろう。それを口に出さないのは、彼女の優しさか、単に考えたくないだけか。 「……そしたら、余計負担になっちゃうと思うけど。よろしくね」 「任せておけ、三年前と同じ結末など、そーぞーもしたくない……!!」  その夜、春奈は夢を見た。  夢というのは、自分の脳内にある記憶を整理する過程で出てきた映像だ、という説がある。だとすれば、これは彼女が見たこと、感じたことをそのまま映像化したものなのだろう。    一面、黒だけの空間だった。  目の前に、血塗れ仔猫が立っていた。  黒いドレス、黒い尻尾、黒い耳。  黒尽くめの中で、目だけが赤く光っていた。  手に持つ鞭も赤。けれどこれは、暗い、暗い、血の色の赤。  その後ろに、犠牲者として資料に載っていた七人の姿があった。血の海の中に沈んでいたり、身体をバラバラにされていたりとその姿は様々だが、皆一様に、身動きが取れなかった。  血塗れ仔猫の中から、声が聞こえる。  『それ』の声ではない。ガラスの箱に閉じ込められた仔猫のような、くぐもった、しかしその悲痛さが身にしみるような声。 『もう、やめて』  彼女は、立浪みきは、泣きながらそう言っていた。  彼女が泣くたびに、血塗れ仔猫が顔をしかめる。泣き声を振り払うように、鞭を振り回す。  血塗れ仔猫の鞭が、春奈の腹部を撫でる。  内臓があふれ出てきた気がしたが、それは夢の中だけの感覚だった。戦場で臓物《はらわた》を抉られた異能者の感覚を思い出す。  血塗れ仔猫の中の彼女は、まだ、泣いていた。 「……そっか、そういう事なんだ」  その朝も、寝不足が祟って起きるのに苦労した。だが、その寝不足のお陰で、春奈は重大な事実に気づいた。  気づいたからといって、彼女に出来ることはほとんど無いのだが。  その朝は、学食の朝食メニューで久々のドカ喰いを敢行した。幸い前日が給料日であり、彼女の財布にもそれなりにはお金が入っている。今、打ち上げを行うとしても十分彼女のおごりで行けそうだ。  朝食を食べた後、思い出のあの地へと向かう。  高等部棟近くにある、白樫の樹。その下に座って、空を見上げる。  実務的な理由もある。双葉区の中心部に位置する双葉学園の中でも、もっとも『区の中心』に近いスポットであるここなら、探査区域を最大限に広げることができる。  実務的でない理由もある。三年前から始まった、春奈と、立浪姉妹と、血塗れ仔猫の因縁に決着をつけるのには、ここが一番の舞台だと彼女は思った。少なくとも、彼女にとってはそうなのだ。  『ザ・ダイアモンド』を最大範囲にまで展開する。風とそれ以外の何かが春奈の髪をなびかせ、その異能を島の全体に行き届かせる。  今の自分なら、この島の全てのものを感じることが出来る。それは流石に錯覚であるが、事実、彼女の異能は、ここ数年で最高の冴えを見せていた。    日々を生きる人たち、部活に汗を流す生徒達、こっそりと人の中で生きようとしているラルヴァ、その全ての声を感じることができた。    双葉山の頂上、展望台に、遠藤雅と立浪みくの二人がいるのが分かった。三年前の事件が終わった場所で、彼らもまた、決着を待っているのだろう。  彼らは、『そこ』で決着をつけるだろう。しかし春奈は『ここ』で決着をつける。彼女にとって始まった地で、終わらせてみせる。彼ら二人には、声援を送りたかった。その能力は、ある。  しかし、彼女からは声を送らない。今、春奈が声をかけるべき相手は、一人しか居ない。 「そうでしょう? 『血塗れ仔猫』さん」  『ザ・ダイアモンド』は、双葉山山頂に向かう血塗れ仔猫の気配を完全に掴んでいた。そして春奈は理解した。『立浪みき』と『血塗れ仔猫』の違いと、血塗れ仔猫の『動機』を。正しいかどうかは、本人にしか分からないだろうが。 [[後編Bパートへ続く>【皇女様と猫 後編-Bパート】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む(前後編通して)>http://rano.jp/1278]]  双葉区のはずれにある一軒家。純和風建築の二階建てに見えるが、中は最新の技術が集まったゴミ屋敷だ。 「それで、頼みって何?」  その屋敷の主である難波那美《なんば なみ》が、タバコを灰皿に押し付けながら聞いてくる。見掛けは妙齢の女性であるが、その実は独立して研究所を構えるラルヴァ研究者であり、彼女自身も特級の異能者……能力の出白に疑いもあるが……である。 「那美さん、昔はネックレスつけてたよね? あの重そうな飾りがついた」 「……あれが、どうしたの?」 「あれと、同じものを作って欲しい。今月中に」  目の前の少女……実年齢で言えば女性だが……の言葉を聞き、那美の眼鏡がずり落ちた。 「あ、あれと?……つまり、『そういう事』なの?」 「うん、『そういう事』。ただし、那美さんの所みたいな関係とは、だいぶ違う」 「それはどういう意味でしょう」  横からメイド服の少女が突っ込みを入れる。 「那美さんたち二人の方が良好な関係、って意味」 「……それほど技術的には難しくないし、今ならあんな重いパーツは必要無いけど、詳細な素体データが必要よ。その子を呼んできてくれる?」 「事情があって、それは無理だけど……これじゃ、不十分?」  女性が取り出した光ディスクを那美が受け取り、近くにあったコンピュータに読ませる……那美の眉間に、皺が寄った 「これだけあれば十分……というか、多すぎよ……ん? このデータ、三年前みたいだけど……」 「そこは大丈夫、気にしなくても」  ……これで、一つ。  春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスが、一人の少女を助けるための準備を、一つ終えた。 「でも、今月中に間に合うかどうかは微妙よ? 出来るだけ急ぐけど」 「ごめん、お願い」   皇女様と猫 後編  『血塗れ仔猫』と世間で呼ばれている異形《ラルヴァ》……その実、春奈のかつての教え子だった少女、立浪《たつなみ》みき。人に害をなすラルヴァを討つことが目的である双葉学園の中にあって、『血塗れ仔猫』を討ち『立浪みき』を助けるという、相反するような望みを叶えるため、春奈はひたすら頭を働かせた。  その時間、実に九十時間。  どこかの名探偵なら天啓を得られるほどの時間、普段の仕事にあわせて考え続けた。  目的その一『立浪みきを、血塗れ仔猫から元に戻す』  これが大前提となる。これが出来なければ……彼女を、殺さなくてはいけなくなる。これ以上の犠牲者を出すぐらいなら、自らの手で終わりにしなければならない。  幸い、これについての見通しはある程度立っている。先日、難波那美に依頼した、ラルヴァの制御装置……体内に潜むラルヴァの活動を抑制する、既に実績のあるシステムがあれば、あの怪物を押さえ込む事は可能だろう。殆どの人は知らないが、あの装置は『ワンオフ』の力をも押さえ込んでいたのだ。今はその必要は無いし、当時も『本気で活動していなかっただけ』の可能性があるのだが。  そのシステムが組み込まれたネックレスをどうやって彼女に身につけさせるか。それも問題にはならない。近いうちに、醒徒会が何とかしてくれるはずだ。彼らの力は、十分信じるに値する。  目的その二『世間に、血塗れ仔猫は死んだと思わせること』  これも前提、と言っていいだろう。この夏のうちに、血塗れ仔猫の事件は完結させなくてはいけない。そうでなくては、この島の人々は安心して眠れないだろうし、授業にも支障が出る。  しかし、ここで問題なのは『密かに立浪みきを助けた上で、血塗れ仔猫が死んだと思わせる』という芸当をしなければならない、という事だ。これについても、いちおう案はある。  目的その三『彼女が望むなら、立浪みきの復学への道筋を作る』  それほど難しいことではない。彼女は行方不明扱いであり、日本の法律での死亡扱いは、普通の行方不明の場合、失踪してから七年だ。それに、彼女を排除しようとした集団は既に存在しない。頭であっただろう学部長が突然の変死を遂げて以来、職員会議等でも右往左往しては中道派にコテンパンにのされ、大人しくしている。気炎をまいている人物も居るには居るが、既に隅で騒いでるうるさい人物扱いだ。もっとも、その中道派からも『早く解決してくれ』と突っつかれているが……  なお、夏休み中に片付けたい理由の一つとして『その方が復学手続きに好都合だろう』というのもある。中途半端な時期の転校生は注目されてしまうが、新学期と共に入れば少しは目立たなくなるだろう。  目的その四『立浪みきと、血塗れ仔猫の関係を完全に断ち切り、関連性を追えなくする』  これが、事後処理でもっとも重要だ。  与田技研に関係した人物には、彼女の異能と血塗れ仔猫の力を結びつける者が現れるかもしれない。それらのデータは、まだ学園内に残っている可能性がある。  学園のデータベースで、彼女のアクセス権より少し高い程度の権限で見れる情報は全て確認し、それらが無いことは確認できた。後は、学部長レベルか、非公開となっている独立したデータベースだ。前者は既に、学部長逝去に伴う事務手続きのついでに覗き見し、データが存在しない事を確認した。後は…… 「独立したデータベース。数は少ないけど、いくつかは管理者しか入れないからなぁ……」  ぼやきながら、学生名簿と異能詳細リストを洗い出す……出てきた。彼女が今、必要とする異能者の名前が。 「それで、あたしに?」 「そう、血塗れ仔猫事件の解決のために、ね」  春奈が面会した生徒は、二年の四方山智佳《よもやま ともか》。彼女が双葉区内に残っていて助かった。 「けど、端末は……」 「それなら大丈夫、もう借りてきたから。執行部にはちゃんと説明しておいたから、そこのところは大丈夫だよ」 「早っ!!」  智佳の異能は、ネットワーク上にあるコンピュータから特定ワードの情報を引き出す、超高性能検索エンジンのようなものだ。発動には専用端末が必要で、これは普段学園が管理している。勝手に持ち出すことは不可能な代物だが、今回は『血塗れ仔猫の解決に必要』と管理者を説き伏せ、強引に借り受けた。これが真実を知る誰かの耳に入ればまずい事になるが、その前に情報さえ得られれば問題ない。 「分かりました……検索ワードは?」 「えっとね……『2016年 立浪みき』で」 「立浪……あの、三年前に居たっていう姉妹でしたっけ? もしかして、あの事件って……」 「そう、あの姉妹も『血塗れ仔猫』の犠牲者だった可能性があるの」  嘘は言っていない。  彼女の異能で情報を引っ掛けるには、対象の端末がネットワークに繋がっている必要があり、そういう物から隔離されている国家機密レベルには触れられない。逆に言えば、ネットワークに繋がってさえいれば、公開データベースの非公開部分や、存在すら秘匿されているデータベースの中身すら探ることが可能だ。さらには『まだ存在しない未来の情報』すら検索が可能だが、これは今回の調査では特に意味を成さない。知りたいのは、三年前の事件に関する情報だからだ。 「検索範囲は、学内の全情報端末。公開、非公開は無視してね」 「はーい……と、出ましたけど、これって……」  智佳が、検索した情報の一覧を春奈に見せる。雑多な情報の中に一件、映像ファイルが含まれていた。ある資料室の情報端末で外部メディアから再生され、一時ディスク領域にコピーされていた物が元ネタらしい。 「見たことない部屋の名前ですけど……知ってますか?」 「……うん。だけど、知らないほうがいい部屋だよ」  その部屋には、学園の暗黒面が封印されているという。部屋は多重に電子ロックがされており、一般教師の権限では近寄ることすら困難だ。  彼女が『見たこと無い部屋』という事は、本来は情報を端末に保存せず、外部メディアに保存しているという事なのだろう。新学年早々にあの部屋で、三年を担任する教師が自殺し、それを皮切りに学園内の様々な人物が連続で自殺するという『悪夢の四月』事件が発生した。それ以降、あそこは本当の入室禁止となっている。恐らくはその前に再生されてから、端末を再起動もせず放置されていたのだろう。僥倖と言うしかない。 「これって、外部に保存できたっけ?」 「いえ、機密保持とかうるさいですから。印刷なら出来ますけど」 「そっか……じゃあ、ちょっとだけ前、失礼してもいい? あ、四方山さんは見ないほうが……」 「分かってます。『知らないほうがいい情報もある』……さっきの口ぶりだと、そういう物なんでしょう? 超がつくぐらいのグロ画像とか」 「ま、そんな感じだろうね」  彼女の特等席ともいえる端末の正面を借りて、その動画を確認する。音声もイヤホンに出力するようにした。    ……詳細は、割愛する。春奈は何度か、トイレに駆け込んで吐きそうになる衝動を堪えるのに必死だった。  それでも、何とか見終える。その時の心境は、散々たる物……寝不足の頭が、理解を拒否してシャットダウンしなかったのが奇跡のようだ。  学園生徒が、大熊ラルヴァと人のハーフである少年を虐殺し、それを見せつけられた立浪姉妹も、攻撃される。そんな場面が映されていた。一時的に画像が乱れ、復帰したときには、立浪みかが銃殺されている場面が映っていて、そこで映像は終わっている。  そこには、彼女の始めての教え子も、何人か映っていた。何人かが、それに参加していたのだ。映像には映っていなかったが、立浪姉妹は反撃をした可能性がある。それで…… 「そう、だから……」  三年前のあの事件で、怪我をした生徒を見舞った時のことが思い出される。彼らが事件について話そうとしなかったのは、その為だったのか。彼女を、傷つけないために。 「……彦野、さん」  もう一人、あの事件で犠牲になった少女、彦野舞華《ひこの まいか》の名前が口をつく。彼女が怨んでいた、最期まで戦おうとしていた相手は誰なのか。立浪みきなのか、全てのラルヴァなのか……それとも、彼女の家庭を破壊したラルヴァの幻、春奈が追おうとして、その不毛さに諦めた、幻影なのだろうか。  そして、映像から得られたもう一つの事実 「……また、彼が」  与田光一《よだ こういち》の姿。巧みにカメラワークをずらして映らないようにしていたが、それでも一部に映りこんでしまった姿、そして、まるで去年行われた醒徒会選挙の演説を再現しているような声の張りは、まさしく彼のものだった。  彼が先導して、立浪姉妹を、彦野舞華を殺した。立浪みか……みきの姉に関しては、自身で手を下した可能性すらある。  黒い何かが、心の奥から出てくるのを感じる。こういう時は放置するのに限る。全てが出尽くし、どこかに流れ去った後は、いつもの気持ちに戻れるから。  しばらくそうやって、放心状態になっていた。全てが流れ去ったと感じたそのとき、横から声が聞こえる 「……あの、大丈夫ですか? そこまでヤバい物だったとか」  横から覗き込んできた智佳に、弱弱しい笑みを浮かべる 「うん、ヤバかった。ヤバかったけど、知りたいことは分かった。ありがと……後の情報は広報とかのレベルだし、いいかな。端末返しに行くよ~」  足元のおぼつかない春奈と共に端末を返却しに行った智佳は、検索情報にあった雑多な物の一件を気にしていた。 「……あれって、もしかして……」  ふらふらになりながら、職員室に戻ってくる。コーヒーを飲んで一息つこうと思ったが、財布の中に小銭が無かった。電子マネーはチャージが切れてる。結局何も買えないまま席に戻ってきて椅子に座ったところで、大柄の男に声をかけられた。 「あー、居た居た……ちょっと、いいか? 例の事件の事なんだが……」  声の主は、龍河弾《たつかわ だん》。醒徒会の広報である。春奈は『よいしょ』と口に出しているかのような動きで起き上がり、そちらに身体を向ける。 「……何か、分かった?」 「ああ。ここだとマズいし、醒徒会室に来てもらっていいか?」  珍しく人が居ない醒徒会室、事前に人払いをしたのかもしれないそのテーブルの前に、二人が向かい合う。 「……回りくどいのは苦手だからよ、ストレートに言うしか無いんだが……『血塗れ仔猫』、あいつは、立浪みき、だろ? 先生が前に担任だった」  頭をハンマーで殴られたようだった。自分でそう確信していても、他人からそれを突きつけられると、流石にキツい。 「……どこで、そう思った?」 「この前、俺と雅があいつと対峙した時だ。あの動きも姿も、あの時のまんまだった」 「待って!? 龍河くんあそこに……」  映像には映っていなかった。だが、彼も………聞いた話だと、弾もラルヴァに両親を殺されたという。そういう思考に陥っても仕方が無い……が 「待て待て待てって!! 先生、何か勘違いしてないか!? 『あそこ』って、多分三年前の事件のことだろ?」 「う、うん……」  慌てた春奈を落ち着かせ、弾がその時の状況をぽつり、ぽつりと話す。  あのラルヴァハーフが撃たれた直後、立浪みきが暴走し、『血塗れ仔猫』と同じ姿になったこと。  立浪みきの暴走を、姉のみかと、彼女達を撃った人たちとは別の有志が止めたこと。  その暴走が止まったあと……映像の最後にあった事件が起こっただろう、ということ   「……ごめんね、辛いこと話させちゃって」 「いや、多分もう一回、御鈴に話さなきゃマズい話だしな……話して、大丈夫か?」 「……教えたく、ないけどね」 「おお、龍河にせんせーさんではないか。二人でどうしたのだ? 龍河、どこでヘンシェルが見ているか分からぬのだ、二人っきりはよくないぞ」  ……最悪のタイミングか、最高のタイミングか。今さっき話題になった醒徒会長、藤神門御鈴《ふじみかど みすず》が現れた。両手に抱えるように、何かのファイルを抱えて。 「なんつーか……間がいいのか悪いのか、わかんねーな」 「……藤神門さん、それは!?」  春奈が、御鈴の持っていたファイルの表紙に載っていた文字を見分ける。 『2016年上級ラルヴァ・学園強襲大災害』 「うむ、先生らしき姿をした者に渡されたのだ……『血塗れ仔猫』の秘密が載っている、と言われてな」 「ちょっと借りるぜ!!」  御鈴がそれを開こうとする直前、弾がそれを取り上げ、パラパラと中を確認する 「あーっ!! 龍河、何をするのだ!!」 「こりゃ……おい先生、これ見てくれ!!」 「まさか……その、まさか……?」 「ああ、まさかだ」 「二人とも、何を言っているのだ。私にも見せぬかー!!」  それは、事件の内容が克明に記述された記録文章だった。春奈が見た映像、弾の記憶の両者と比較しても矛盾が無く、さらに整合性がとれたものになっている。 「三年間追いかけてきたものが、たった一日で全部判明する……こんなものなのかな」  春奈がため息交じりで独り言をもらす横で、御鈴が震えていた。 「……これは、本当に起こったことなのか? これが、三年前に……」 「……俺と先生の記憶違いがなけりゃ、な」 「ならば、私たちは、どうやってあの二人に、立浪姉妹に謝ればいいのだ!?」 「落ち着いて、藤神門さん!!……まずは、あの子を止めることが、先決です。一回は止められたんです、二回目もきっと、出来るはず」 「……三回目は?」 「発生させなければいいんです」 「……御鈴、先生、ちょっといいか? コレなんだが……なんで、こんなモンがあるんだ?」  二人の言い合いに割り込んだ弾が、レポートについてそんな疑問を浮かべている。御鈴はそれをオウム返しにし、春奈はその理由を思案する。 「……? どういうことだ、それは」 「確かに……例えば、何かの宣伝に使うんだったら、一部編集とかで偏向したビデオで……あたしが見たもので十分。映像のマスターはともかく、これだけ克明な記録文章は必要ない。それにこのファイル、誰かが事後報告をする為に作ったレポートの類《たぐい》とは、どうしても思えないよ。『何が起こったかしか書いてない』なんて、レポートとしては赤点だもん。それに、学園としては出来るだけ隠しておきたい事件の筈、レポートを作ること自体が不自然……まだこれに、原因の推測とか再発防止の施策とか、そういう私見が添えられていれば、話は別なんだけど」 「これは、誰から貰ったんだ?」 「う、うむ……薄い顔をした男で、クロールだか、カオスだか、そんな風に名乗っていた……思い出そうとすると、なかなか思い出せない、妙に存在感が薄い男だったぞ」  恐らく本名ではないだろうその名前は、彼らにはまだ聞き覚えが無いものだった。結局そのファイルは『出所は分からないが、資料としては有用』という事で、他の醒徒会役員や、ごく一部の関係者に対する説明資料として使われた。  そして、この日手に入った資料の数々によって更にいくつかの事実が明らかになり、醒徒会長による『決着宣言』に繋がることとなる。 「……まあな。藤神門があんだけブチあげたんだから、どこもかしこも大入り満員間違いなし、って所だ」 「うん、それじゃあお願い……ある意味要になるところだから、頑張って」 「いや、俺はほとんど頑張らねーよ。頑張るのは特ダネ目当てのヤツラだ……ま、一番美味しいところは取れない仕掛けになってんだけどな」  成宮金太郎《なりみや きんたろう》との打ち合わせを終えた春奈は、遠藤雅《えんどう まさ》と御鈴の話が終わるのを待っている。さすがに連続起床ではないが、一日三時間程度しか眠っていないため、凄く眠い。待ってる間も、舟をこいでいる始末だ。 「お、おい。大丈夫か?」 「……起きてるよー……」  目の前で金太郎が手を振っているのに、辛うじて反応するぐらいの体力しか無いが、異能の方はフル稼働している。  血塗れ仔猫に、島のラルヴァ出現予知システム『神那岐システム』をスルーされた実績がある以上、彼女が休んでいる間に血塗れ仔猫が出現したりしたら、致命傷になる可能性がある。『位相界《エセリアル》の《・》眼《アイ》』という、ラルヴァ発生を完全把握する異能を持つ生徒も居るには居るが、その生徒の異能は『ラルヴァが居る』という事しか分からないという欠点がある。血塗れ仔猫と他のラルヴァが一度に発生した場合の対処で大混乱になる恐れがあり、この状況には向かない。結局、今は春奈が踏ん張るしかないのだ。  そうこうしているうちに、会長室から遠藤雅が出てくる。恐らくは『あの話』をしていたのだろう。彼の表情は浮かない……確か彼は、あの姉妹の妹である、立浪みくと同棲(!!)していたという。春奈は雅に声をかけようとして、やめた。 (どうせ再会するなら、感動的なほうがいいしね)  立浪みくは、この双葉区に戻っている。学生証のGPSサービスによると、先日久しぶりに学生証が起動し、その際にたまっていたメールの刈り取り……その中には、御鈴の『決着宣言』も含まれている……が行われた。その翌日には双葉区へ戻る道を進んでいたという。そろそろ春奈の異能でも感知できていい筈だ。  先走らないでよかった、と安心する一方、まだ血塗れ仔猫事件が決着していないタイミングでの帰還であり、不安も大きい。 「せんせーさん、何か用があったのではないか?」  考え事をしている所へ、ドアの影から御鈴が顔を出している。それで我に返った。 「ああ、そうそう。成宮くんに、例の件をお願いしたから……全部が終わったら、よろしく。そういうのも会長さんのお仕事だから」 「うむ……しかし、例のものはまだ届かないのか?」 「……うん」  血塗れ仔猫の包囲網は、少しずつ縮まっている。次に出現したとき、決着となる可能性が高い。だが、それを前にして準備が出来ていない部分がある。 「……那美さんに頼んだのが間に合わなかったら、そのときはお願い」  詳細な生体データを利用し、ラルヴァの活動レベルを大幅に低下させる電磁波、及び魂源力《アツィルト》の波動を発生させる制御装置。『八月中に間に合うか微妙』と言っていたとおり、まだ完成の一報は届いていない。 「……そのときも、一応呼びかけてはみよう。立浪みくやせんせーさんの声なら、届くかもしれん」  届かなかった時のことも、ちゃんと考えているだろう。それを口に出さないのは、彼女の優しさか、単に考えたくないだけか。 「……そしたら、余計負担になっちゃうと思うけど。よろしくね」 「任せておけ、三年前と同じ結末など、そーぞーもしたくない……!!」  その夜、春奈は夢を見た。  夢というのは、自分の脳内にある記憶を整理する過程で出てきた映像だ、という説がある。だとすれば、これは彼女が見たこと、感じたことをそのまま映像化したものなのだろう。    一面、黒だけの空間だった。  目の前に、血塗れ仔猫が立っていた。  黒いドレス、黒い尻尾、黒い耳。  黒尽くめの中で、目だけが赤く光っていた。  手に持つ鞭も赤。けれどこれは、暗い、暗い、血の色の赤。  その後ろに、犠牲者として資料に載っていた七人の姿があった。血の海の中に沈んでいたり、身体をバラバラにされていたりとその姿は様々だが、皆一様に、身動きが取れなかった。  血塗れ仔猫の中から、声が聞こえる。  『それ』の声ではない。ガラスの箱に閉じ込められた仔猫のような、くぐもった、しかしその悲痛さが身にしみるような声。 『もう、やめて』  彼女は、立浪みきは、泣きながらそう言っていた。  彼女が泣くたびに、血塗れ仔猫が顔をしかめる。泣き声を振り払うように、鞭を振り回す。  血塗れ仔猫の鞭が、春奈の腹部を撫でる。  内臓があふれ出てきた気がしたが、それは夢の中だけの感覚だった。戦場で臓物《はらわた》を抉られた異能者の感覚を思い出す。  血塗れ仔猫の中の彼女は、まだ、泣いていた。 「……そっか、そういう事なんだ」  その朝も、寝不足が祟って起きるのに苦労した。だが、その寝不足のお陰で、春奈は重大な事実に気づいた。  気づいたからといって、彼女に出来ることはほとんど無いのだが。  その朝は、学食の朝食メニューで久々のドカ喰いを敢行した。幸い前日が給料日であり、彼女の財布にもそれなりにはお金が入っている。今、打ち上げを行うとしても十分彼女のおごりで行けそうだ。  朝食を食べた後、思い出のあの地へと向かう。  高等部棟近くにある、白樫の樹。その下に座って、空を見上げる。  実務的な理由もある。双葉区の中心部に位置する双葉学園の中でも、もっとも『区の中心』に近いスポットであるここなら、探査区域を最大限に広げることができる。  実務的でない理由もある。三年前から始まった、春奈と、立浪姉妹と、血塗れ仔猫の因縁に決着をつけるのには、ここが一番の舞台だと彼女は思った。少なくとも、彼女にとってはそうなのだ。  『ザ・ダイアモンド』を最大範囲にまで展開する。風とそれ以外の何かが春奈の髪をなびかせ、その異能を島の全体に行き届かせる。  今の自分なら、この島の全てのものを感じることが出来る。それは流石に錯覚であるが、事実、彼女の異能は、ここ数年で最高の冴えを見せていた。    日々を生きる人たち、部活に汗を流す生徒達、こっそりと人の中で生きようとしているラルヴァ、その全ての声を感じることができた。    双葉山の頂上、展望台に、遠藤雅と立浪みくの二人がいるのが分かった。三年前の事件が終わった場所で、彼らもまた、決着を待っているのだろう。  彼らは、『そこ』で決着をつけるだろう。しかし春奈は『ここ』で決着をつける。彼女にとって始まった地で、終わらせてみせる。彼ら二人には、声援を送りたかった。その能力は、ある。  しかし、彼女からは声を送らない。今、春奈が声をかけるべき相手は、一人しか居ない。 「そうでしょう? 『血塗れ仔猫』さん」  『ザ・ダイアモンド』は、双葉山山頂に向かう血塗れ仔猫の気配を完全に掴んでいた。そして春奈は理解した。『立浪みき』と『血塗れ仔猫』の違いと、血塗れ仔猫の『動機』を。正しいかどうかは、本人にしか分からないだろうが。 [[後編Bパートへ続く>【皇女様と猫 後編-Bパート】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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