【金色蜘蛛と逢魔の空 】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/1395]] 1 物語の始まり、あるいは無関係な出来事  炎が、まるで黄金の輝きのように夜闇を照らし、金色に塗り潰す。  交通事故だ。  車が燃え、鉄と肉の焼ける音と臭いが周囲に充満する。  ほんの少し離れたアスファルトの上、車から投げ出された少女が血を吐く。  満身創痍、全身を朱に染めて息も絶え絶えの状態で、少女は命を乞う。 「助けて……誰か、ソラを助けて……」  父も母も死んだ。車の中で即死し、炎に包まれて無惨な肉塊となっている。  そしておそらく自分も、もうすぐ死ぬだろう。  ああ、それはいい。  だが……だからこそ。  少女は抱きかかえた弟を想う。  まだ息はある。だがそれも時間の問題かもしれない。  自分と同じく、死んでしまう。  それは駄目だ。それだけは駄目だ。  誰か、弟を助けてください。おねがいします。 「お願い、神様でも……悪魔でもいいから……!」 『それは本当だな?』  声が響いてくる。  地の底から響いてくるような、そして荘厳な響きを湛えた声。  それが、少女の耳に届く。  そして少女は、顔を上げる。一縷の望みを込めて。 「……!」  少女は見る。  そこに立っていたモノを。  その声を発したモノを。  それは黄金だった。  人型の黄金。八つの赤い瞳を持つ、人ならざるヒトガタの蜘蛛だった。  悪魔。  少女の頭に、そんな言葉が浮かび上がる。  そう思うほどに、炎に照らされた黄金は、幻想的で美しく……  そして少女は頷いていた。  ああ、そうだ、その通りだ。  自分はもう助からないだろう。だけど、この子は。  この子だけは――  そして、黄金蜘蛛は肯首する。 『ならば助けてやろう。その代償として――』  そして。  十年の歳月が流れた。   コンジキグモトオウマノソラ  金色蜘蛛と逢魔の空 2 空気のような男  新しい転校先が決まったときも、私はさして期待はしていなかった。  必要なのは、期待ではなく、自制だ。  そこがどんな場所であれ、私にとってはあまり意味が無い。  今度こそは、自制し、自重して、ボロを出さないようにしないといけない。  ただ、それだけだった。  双葉学園、高等部2年E組。  それが私の新しい学校とクラスだ。  この学園は色々と、「普通ではない」らしい。  だからこそ、私のような問題児も受け入れられる。  でも、つまりはここが最後だということだ。  ここで問題を起してしまうと、もう私には行く場所がない。あとは家に引きこもってのニート暮らしか、働きに出るしか残されていないだろう。  どちらも、私はごめんだと思う。  だから、この学園では……私はとにかく心静かに、目立たず、協調性を持って生きて行きたいと思う。  私は閉じていた目を開ける。  視界に映るのは教室と、生徒達。これが私の級友たちになるのだ。  隣に立つ先生が、私の名前を黒板に描き、言う。 「転校生の浅羽鍔姫(あさばつばき)さんだ」  そう、それが私の名前。  おなじツバキなら、椿とかの方が女の子らしくてよかったと思うが、実家がどうにも堅苦しい家だったのでそんな古めかしくも物騒な名前になった ようだ。  まあ、痛い名前をつけられるよりはよほどマシだと思っておこう。ツバキ、という響き自体は好きだしね。 「初めまして、浅羽鍔姫です。よろしくおねがいします!」  元気に明るく言う。  よし、感触はオッケー。誰も私を知らないここにきたんだ、今度こそは上手くやっていこう。  落ち着いて、冷静に。二度とあんな事を繰り返さないように、気持ちを引き締める。  私はクラスを見回す。  見たところ、特に際立った素行の悪そうな生徒などは居なさそうだ。  本土に居たときに、ネットのウワサで「変人・変態の吹き溜まり」と聞いたのだが、うわさはあくまでもうわさということか。  これなら上手くやっていけるだろう。私が私を自制していれば。 「ちっちゃ、かわいー」 「小学生みたいでいいよねー」  そんな囁き声が耳に入るが、努めて聞かなかった事にしておく。  背が小さいのは、私の悩みだ。  それをかわいいともてはやす人も多いが、もう少し背が欲しい。  せめてあと10センチ。いや5センチぐらい。 「では、君は……窓際の後ろの開いてる席に」 「はい」  先生の言葉に従い、私は足を踏み出す。  時々、女の子や男の子が手を振ってくれたりする。  よかった、歓迎してくれているようだ。  私はそれに笑顔を返しながら、先生に言われた無人の机へと向かう。  ふたつ並んでいる人のいない椅子、その前の方に腰掛ける。  ぎゅむっ。 「ぎゅむ?」  妙な感触。  まるで人間の上に座ったかのような……  というか、座っていた。  誰もいないと思っていた椅子には、男子生徒が当然のように座っていた。  つまり、わたしはその彼の上に座っていた。  男の子の上に腰掛けていた。  ザ・人間椅子。  背面座位とも言う。 「……」 「……」  クラスが凍る。雰囲気が固まる。天使が通り過ぎる。  やってしまったーーーーーーーーッ!?  私は慌てて飛び跳ね、急いでその「椅子」から飛び降りる。 「うわっ!?」  その拍子に、その男子生徒が椅子ごと盛大に倒れた。  ああ、やってしまった。 「いたたた……」  その男子生徒が打ち付けた頭をさすっている。  大ケガはしていないようだが……とにかく、謝らないと。 「ご、ごめんっ、その、不思議だけど気づかなくて、本当に不思議だけど……っ!」  私が謝罪の言葉を口にすると、それを見ていた隣の女生徒がくすくす笑いながら言う。 「あー、いや仕方ないよ。ソラ君、空気だもん」 「空気……?」  いや、流石に空気とかそんなレベルじゃ……  だって、見えなかったんですよ? 誰もいなかったはずなんですよ?  影が薄いとかそんなレベルじゃないじゃないか。  アレか、武術の達人で常日頃から気配を消しているニンジャか何かなのかこの男は。  とにかく、私は手を差し伸べて助け起す。  ……?  気のせいだろうか。  制服の袖口から、タトゥーのようなものが見えた。いやそれはまあいい、そういう趣味に口を出す気は無い。  だが、そのタトゥーみたいなものが動いたような気がしたのだ。  まるで、蜘蛛がこちらをぎょろりと睨んだかのような…… 「どうかした?」 「あ、いや何も! いや、本当にごめんなさい」 「気にしないでいいよ。よくあることだし」  あるのか、しかもよく。 「ええと、ソラ……君? ごめんね、本当に悪かったと……」 「ソラ、じゃないよ。それはあだ名。本名は逢馬空(おうまうつお)。空と書いてウツオ」  ウツオ……なんか欝キャラみたいだと思った。だからソラか、確かにそう呼んだ方が響きがいいだろう。  欝キャラでは確かになさそうだ。だが、かといって元気な活発キャラというかんじでもない。  なんといえばいいか、確かに……  第一印象としては、まさに空気だった。  透明な存在。  そこにいてもいなくても誰も気づかないような、飄物静かな雰囲気。 「君が気にする事じゃない。影が薄いとよく言われるし、僕が悪かった」 「……いや、君何もしてないし、悪いのは私で……」 「確かに客観的に考えると君が一方的に加害者で僕が被害者だ」 「……は?」  いきなり何言い出すんだ、この人は。 「だけど故意じゃないことはわかる。  なのに何度も謝まられると……逆に最初から加害の意図があったのかと考えるよ」 「え……」 「そういうことなら僕も怒るべきだろうけど」 「いや、故意じゃないわよ、っつーか過失で。つーかどんな故意よそれ」 「ふむ」  なにいってんのコイツ。  いや落ち着け私。  ここで怒ってはいけない。礼儀正しく淑女な私として、ここは穏便に。  そう、穏便に…… 「なら両成敗、ってことで。  影が薄く存在感の無い僕にも問題は確かにあるし、それに女の子にいきなり座られるというのは珍いし。  僕を含めた大抵の男子はそれを幸運と思っても嫌がる事は無いだろう。  ただ……」 「……ただ?」 「発育に難があるから感触としてはあまり良好とは言えないのが残念で……」  ぷちん。  あ、私駄目ですかみさま。 「だれがちんちくりんどちびか――――ッッ!!」  私は思わず、窓際後ろ教室の一番すみに立てかけてある箒を手に取り、盛大に殴りつけてしまった。  そしてその空とかいう男子生徒は、窓際から廊下側まで盛大に吹っ飛び、扉をぶち破る。  こうして。  私の転校デビューは、最悪の始まりを迎えたのだった。 3 ともだち  危ないところだった。  昼休み、廊下を歩きながら、私は反省する。  あまりのアレっぷりに怒鳴り散らした私だが、「例の発作」は出なかった。  ただの癇癪、で済んだらしい。だがあのままエスカレートしていたら、どうなっていたか……  というかあの男、「空気」どころか「空気の読めないバカ」じゃないか。  あんな奴のせいで…… 「あートサカにくるうっ!」 「ひゃっ!?」  私が叫んだと同時に、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。  振り向くと、確か同じクラスの女の子が。 「あ……ご、ごめんなさい」 「こ、こちらこそ!」    私たちは、同時に頭を下げる。  そして少しの沈黙。 「……ぷ」  噴き出したのも、同時だった。  そんなわけで。  彼女の名前は、秋森有紀と言うらしい。  私のクラスの委員長である。  私は、その子に誘われて昼食をとっていた。有紀のほかにも、二人いる三人グループだ。  転校初日で食事に誘われる。幸先がいい。私は隠れてガッツポーズを取る。  昼食は中庭にある、白いテーブル。  そこでは他にも何人もがそれぞれのテーブルを占拠し、弁当やパンの包みを広げている。 「でもすごかったよね、浅羽さん、あのフルスイング」 「秋森さん、それは蒸し返さないでほしい……」  すごく、その、恥ずかしい。  あれは別の意味でやりすぎた。 「ま、ソラっちなら仕方ないかー」 「あいつ、いつもああなの?」 「そうよ。天然というか空気読めないというか」  なるほど、普段からアレはあんなかんじなのか。 「もう慣れたけどねー」 「クラスによくいる珍妙キャラ? まあ害はないし」  私には思い切り有害でした、ええ。 「しっかし前から空気空気だって思ってたけど、まさかいきなりいないものとして座られるとか!  いやびっくりしたなー、空気感に磨きかかってて!」  だから本当にやめて欲しい。恥ずかしい。  だがまあ、不思議とそうやって話されることに嫌悪感はなかった。恥ずかしさはあるけど。 「そのうちソラっち、都市伝説になったりして」 「透明人間とか空気人間とか? いやむしろ空気椅子人間とか!」 「あなたが座った椅子は、椅子ではなく人間なのかもしれない……あなたの尻の下にも彼が……」  どんな怪談ですかそれ。  いや実際に気づいたときは本当にびっくりしたけどさ。  そうやってしばしその話題で盛り上がった後に、一人が言った。 「そういや、都市伝説で思い出したけど……出たんだって、また」 「またって何が?」 「ほら、例のあれ。見たらしいよ、G組の子が。コンジキグモ」 「コンジキグモ? なにそれ」 「んー、都市伝説? ほら、あっちに作りかけの校舎あるじゃない」 「あれ、計画変更だか何かでそのまま放置されてるんだけど。  あそこに出るらしいのよ」 「ラルヴァが?」  秋森さんが口を挟む。 「ううん、ラルヴァじゃない……コンジキグモ」  どこが違うのだろう、と思ったけど私は口を挟まない。  ラルヴァとは、人外の怪物の総称だという。  ならば都市伝説に出てくるキャラクターも、ラルヴァであるといえるだろうが、それを都市伝説に向かって言うのは空気が読めない、と言うのだろ う。  最も、そういう空気を読まない言を平然と言いそうな人間が約一名居たが。 「そこに在るんだって。普段は見えないけど、金色の巣が」 「金色の?」 「うん。夕日に照らされて浮かび上がる、黄金の糸で出来た蜘蛛の巣。  そして夕暮れの闇の中に、金色の蜘蛛が……  そしてそれに出会った人間は生きて帰れない、って」  ……いつも思うが。  会った人間が生きて帰れないなら、どうやってそういう話が伝わるのだろうか。  望遠鏡とかで見ていたのか、それとも遺品の携帯のカメラに写真が映ってたとか、ダイイングメッセージが残されていたとか。  しかし、蜘蛛、ねえ……  私はふと、あの時のあいつの腕を思い出していた。  あそこに見えたのは、確かに蜘蛛の刺青……それも動いていた。  まさか……ね。 「私が聞いたのは、旧校舎だなー。出会ったら死ぬ、じゃなくてぇ、隷属か死か、だって」 「へぇ、そういうパターンもあるんだ」  なるほど、隷属……なら生きて還ったものもいる、ということか。そしてそこから噂になった……?  ……なにを真面目に考えているんだろう、私は。ばかばかしい。 「他にもけっこう都市伝説あるよー、怪人ジョーカーとか、血塗れ仔猫とか……」 「こわいのね、この学校って」  確かに怖い。そういう物騒な話には大抵ウラというか、元ネタというか……  幻想の仮面の下にある、生々しい「人間」という真実がある。  だけど。  それを言うなら、私だって同じかもしれない。  私だって、もはや前の学校ではソレと同じモノとして扱われているだろう。 「まあそれでも結構安全でしょ? それにコンジキグモってさ、隷属する人間は助けてくれるって話らしいし」 「でも従わなきゃ殺すんでしょ。ボークンだねそれって」 「いや超美形だってウワサもあるよ? あーそれなら支配されたいー!」 「駄目だコイツ、早く何とかしないと……」  そして爆笑。    ……本当に、久しぶりに、私は楽しいひと時を過ごせた。  そう、ともだちが出来たんだ。  嬉しかった。すごく嬉しかった。  だから、私は守りたい。  この陽だまりを……  ソウダ。  マモルンダ。  ソノタメニハ……  ウバウスベテヲ、ヤキツクシテヤレ。 4 怒り 「あ」 「おや」  食事を終わらせて歩いていたら、ばったりとソラと出会う。  朝の厭な事を思い出してしまった。  だが……  冷静に考えると、逆に彼はある意味私の恩人だ。  朝の事件のおかげで、というとあれだが、私には友達が出来た。感謝してやってもいい。  なにより今の私は機嫌がいいのだ。朝の無礼も水に流せる気がする。  まあ、こいつがまた変な事言わなければだが。   「朝はごめんね。それ言いたくて、探していたんだ。うん、あれは軽率だった、僕が悪い」  しかしその言葉は予想外だった。  ある意味、変な事を言われた。 「それ言うためにずっと?」 「うん」 「昼食は?」 「優先順位が違うよ。他人を不快にさせてしまったなら謝るのが優先だ。  なにより……」 「なにより?」 「そういうのを放置してたら、ご飯が不味い」  ……。  また妙なことを、この男は。 「なに、それ」 「ご飯の美味しさは、心境に左右される。  いやな気分でご飯食べても美味しくないだろ。  だから謝罪もされないまま、怒ったままだとご飯がおいしくないと思って」 「……いやちょっと待って。私はね、あんたのご飯のことを……」  その言い方だと、まるで私のご飯を心配していないか? 「そうだね。でも一緒だよ。  怒ったままだとご飯が不味いけど、怒らせたままだとご飯もまずい。  どうせならおいしく食べたいし食べてもらいたいじゃないか」 「……」 「それで、君はご飯は美味しくたべられた?」 「え? あ、うん。友達が出来たから……一緒に。秋森さんとか……」  私は彼女達の名前を言う。  すると、彼は表情を緩める。 「そうか。彼女はおせっかいだからね。すぐに他人の領域に入り込んでくる」  その言い方はどうだろう、と私が腹を立てる前に、 「だから君のような人とは上手くやっていけるだろう。  彼女は僕たちのクラスのムードメーカーみたいなものだからね。  それは幸先がいい、ご飯は美味しかっただろう?」  ……悪口を言っているわけではなかった。  なんというか、言葉を選んでいないだけ? その口調や表情には、有紀への嫌悪感や敵愾心などは欠片も見当たらない。  さわやかな空気のような、飾りの無い親愛の情だけだ。  なるほど、わかった。  この男は、ただ空気が読めないだけでなく……  馬鹿なんだ。  そして、お人よしだ。  なんというか、思ったことを言ってるだけで。  それがストレートなので、逆に変になっているだけの……まっすぐなバカなんだ。 「もういいよ。不注意だったし、暴力に訴えた私だって悪い。  これであいこ、おたがいさま、今度こそ両成敗。仲直り、ね」 「仲直りって、直るほどの仲がないけどね、今朝初対面だったし」  ははは、もうこいつは。  本当に、空気読みなさいよバカ。  ……でも、私は本当に安心し、安堵していた。  この学校は。  私のクラスは。  いい人たちばかりだ。うん、うまくやっていける。    そして。  そう思った瞬間―― 「転校初日から男をたらし込んでて、流石は妾の娘さんね? 男に手を出す速さは母親ゆずりかしら?」  悪意が、私に叩きつけられた。 「……!?」  私は振り向く。  そこにいた女生徒を見て、私は凍りついた。 「あんた……」 「久しぶりね、鬼媛鍔姫さん」  その名前。  私が、実家を……父方の家を勘当される前まで名乗っていた苗字。  そう、あの事件を起すまで――  それを知っているこの女は。 「あんた、なんで……」 「私も転校して来たんですの。最も、貴女のように逃げ出してきた訳ではありませんが」  見下すような嫌な視線が私を貫く。  ……大丈夫だ、落ち着け私。  あんな女を馬鹿にされたぐらいじゃ、私は揺るがない。 「そう。まあ私には関係ないけど。じゃあね」  そう言って私は踵を返す。  だが、その私の横を通り抜けて、彼があろうことかその女の前に立つ。 「訂正してもらおう」 「あら、何かしら」 「僕はたらしこまれてはいないし手を出されてもいない。  いや、正確には確かに朝方に出されたといえるのだろうが、あれは手というよりは攻撃だった。故にそれは違う」  ……。  だから何を言ってるのよこの男は!?  私の驚愕をよそに彼は続ける。 「君の言動からは彼女に対する明確な悪意を感じる。  そういう事は慎んだほうがいい。円滑に人間関係を回すには百害しかないと思うよ」  いやいや、あんたの言動が円滑な人間関係を壊す典型的な空気読めてないパターンなんだけど!?  だから何で、あんたはそんな事を…… 「なにより僕も不快だ。取り消して欲しい」 「へえ……ずいぶんと調教が行き届いてますこと」 「調教ではない、友誼だ」  え……? 「僕は彼女のクラスメートであり、そして先ほど仲直りした友人だ。  加えて、彼女の友人の秋森有紀にも僕は世話になっている。  彼女への悪評を振りまかれると、色々と困るんだ。  誰だって友達が悪口を言われたり、そしてそれによってその周囲の友達が怒ったり悲しんだりするのはいやなものだろう。  ご飯が不味くなる。  だから僕は撤回を求める」  そのソラの言葉に対して、  その女は…… 「はっ。  何を言い出すかと思えば、全く甘ちゃんですわね。  そんな薄汚い女と友達になるなんて……」  やめろ。  やめて。  あんたの言いそうな事は判る。  だから、その言葉を言うな。言わないで、おねがいだから。 「その秋森有紀とかいう女も、薄汚い同類 に決まってますわね」  言ってはいけない事を、言ってしまった。  馬鹿にしたな。  馬鹿にしたな貴様。  私に手を差し伸べてくれた、優しくしてくれた、ともだちをばかにしたな。  うすぎたないと言ったな。  ああ、わかってる。私は確かに薄汚い。  だからと言って。  あの子まで馬鹿にして侮蔑する権利が貴様にあるのか。  ふざけるな。  ふざけるな貴様!  ああ、まただ。  私の中で、何かが燃える。  心の奥にくすぶっていた何かに火がつく。  それは私の心を、魂を、酸素のように喰らいながら、大きくなっていく。  それは炎だ。  熱くて昏い、不和の火種が燃え上がる。破壊衝動と、怒りとともに。  ああ、駄目だ。  こうなるともう――止まらない。  また、あの時を繰り返す。 「おい」  私は気がつけば、あの女の眼前にいて。  そして仰々しいポーズで笑っていた、口元にかざしたその腕を掴みあげる。 「もう一度言って見ろ」  私の口から漏れる声は、自分のものではないように暗く乾いている。  でもこれは私の声。  自分の声でないと思うのは、きっと私の現実逃避。自分の醜さを認めたくないだけの、浅ましい行為に過ぎない。 「なんですの……」  最後まで、そいつは声を出せなかった。  何故なら。  私はもう片方の手で、  そいつのみぞおちを思いっきりぶん殴っていたからだ。 「ぃぎゃぶっ!」  不細工な悲鳴をあげて、そいつの体がくの字に曲る。  「ぉ……げっ」  うわ、吐いたよコイツ。人前で無様すぎる。ふざけんな、てめぇ!  てめぇがどんだけ臭いかわかってんのか。そんなヤツが、彼女を馬鹿にした?  許されると思ってんのか、このブタが!  私はそのブタの頭を掴み上げ、そして壁に叩き付けた。  それも、二度、三度と繰り返す。  何か言っているようだが聞こえない。  ていうかブタの言語をわかるわけがない。  ただ、壁に叩きつけられる乾いた音に、水音が混じりだしたのだけはわかる。 「ぁ……や、め……」 「うるさい」  私は顔面を掴み上げ、持ち上げる。  体が熱い。腕が熱い、掌が熱い。  炎のように、熱い。 「あ……ぎゃひぃいいいいい! ぎ、あぎゃああああああああ!!」  ブタが何か叫んでる。  みれば、その顔面から煙を吹いている。じゅうじゅうと、音が出ている。  焼きブタだ、これは。  ああ、まただ。  こうして私は破壊する。  押さえられない破壊衝動に身を焼かれながら、手当たり次第に破壊する。  それをまた、繰り返し……自分の守りたかったものまで、破壊してしまう。  これが私。  前の学校で発作的に破壊を繰り返し、次々と学校を転々としてきた、疫病神だ。 「っ、やめろっ!」  声が聞こえる。  彼が……逢馬空が、私とブタを引き剥がす。  どさり、と落ちたその女の無様な音を聞いて――  ようやく、私は我に帰った。 「あ……」  周囲を見回すまでもなく、みんな引いている。距離をとっている。  これは――よく知っている空気。  忌避と拒絶。  もう終わりだ。  これをしでかしてしまった以上、私はまた終わり。  彼女達の、おびえた顔が目に浮かぶ。  もう、友達として見てもらえるはずが無い。  だってそうだ、誰が好き好んで、化物を友達と呼ぶものか。 「浅羽鍔姫……」  ソラが私に何か声をかけようと口を開く。  この男は、こういう時ですら空気が読めていない。  そういう時は、一人にしてくれるものでしょうに。  私は、彼に向かって振り向き、笑う。 「……前もこうだった。友達とか、大事な人を馬鹿にされると……」  理由はわからない。  だけど、私の中の凶暴な何かが、暴れだす。 「……また居場所、無くなっちゃった。今度こそは、うまく出来たと思ったんだけどなあ」 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/1395]] 1 物語の始まり、あるいは無関係な出来事  炎が、まるで黄金の輝きのように夜闇を照らし、金色に塗り潰す。  交通事故だ。  車が燃え、鉄と肉の焼ける音と臭いが周囲に充満する。  ほんの少し離れたアスファルトの上、車から投げ出された少女が血を吐く。  満身創痍、全身を朱に染めて息も絶え絶えの状態で、少女は命を乞う。 「助けて……誰か、ソラを助けて……」  父も母も死んだ。車の中で即死し、炎に包まれて無惨な肉塊となっている。  そしておそらく自分も、もうすぐ死ぬだろう。  ああ、それはいい。  だが……だからこそ。  少女は抱きかかえた弟を想う。  まだ息はある。だがそれも時間の問題かもしれない。  自分と同じく、死んでしまう。  それは駄目だ。それだけは駄目だ。  誰か、弟を助けてください。おねがいします。 「お願い、神様でも……悪魔でもいいから……!」 『それは本当だな?』  声が響いてくる。  地の底から響いてくるような、そして荘厳な響きを湛えた声。  それが、少女の耳に届く。  そして少女は、顔を上げる。一縷の望みを込めて。 「……!」  少女は見る。  そこに立っていたモノを。  その声を発したモノを。  それは黄金だった。  人型の黄金。八つの赤い瞳を持つ、人ならざるヒトガタの蜘蛛だった。  悪魔。  少女の頭に、そんな言葉が浮かび上がる。  そう思うほどに、炎に照らされた黄金は、幻想的で美しく……  そして少女は頷いていた。  ああ、そうだ、その通りだ。  自分はもう助からないだろう。だけど、この子は。  この子だけは――  そして、黄金蜘蛛は肯首する。 『ならば助けてやろう。その代償として――』  そして。  十年の歳月が流れた。   コンジキグモトオウマノソラ  金色蜘蛛と逢魔の空 2 空気のような男  新しい転校先が決まったときも、私はさして期待はしていなかった。  必要なのは、期待ではなく、自制だ。  そこがどんな場所であれ、私にとってはあまり意味が無い。  今度こそは、自制し、自重して、ボロを出さないようにしないといけない。  ただ、それだけだった。  双葉学園、高等部2年E組。  それが私の新しい学校とクラスだ。  この学園は色々と、「普通ではない」らしい。  だからこそ、私のような問題児も受け入れられる。  でも、つまりはここが最後だということだ。  ここで問題を起してしまうと、もう私には行く場所がない。あとは家に引きこもってのニート暮らしか、働きに出るしか残されていないだろう。  どちらも、私はごめんだと思う。  だから、この学園では……私はとにかく心静かに、目立たず、協調性を持って生きて行きたいと思う。  私は閉じていた目を開ける。  視界に映るのは教室と、生徒達。これが私の級友たちになるのだ。  隣に立つ先生が、私の名前を黒板に描き、言う。 「転校生の浅羽鍔姫(あさばつばき)さんだ」  そう、それが私の名前。  おなじツバキなら、椿とかの方が女の子らしくてよかったと思うが、実家がどうにも堅苦しい家だったのでそんな古めかしくも物騒な名前になった ようだ。  まあ、痛い名前をつけられるよりはよほどマシだと思っておこう。ツバキ、という響き自体は好きだしね。 「初めまして、浅羽鍔姫です。よろしくおねがいします!」  元気に明るく言う。  よし、感触はオッケー。誰も私を知らないここにきたんだ、今度こそは上手くやっていこう。  落ち着いて、冷静に。二度とあんな事を繰り返さないように、気持ちを引き締める。  私はクラスを見回す。  見たところ、特に際立った素行の悪そうな生徒などは居なさそうだ。  本土に居たときに、ネットのウワサで「変人・変態の吹き溜まり」と聞いたのだが、うわさはあくまでもうわさということか。  これなら上手くやっていけるだろう。私が私を自制していれば。 「ちっちゃ、かわいー」 「小学生みたいでいいよねー」  そんな囁き声が耳に入るが、努めて聞かなかった事にしておく。  背が小さいのは、私の悩みだ。  それをかわいいともてはやす人も多いが、もう少し背が欲しい。  せめてあと10センチ。いや5センチぐらい。 「では、君は……窓際の後ろの開いてる席に」 「はい」  先生の言葉に従い、私は足を踏み出す。  時々、女の子や男の子が手を振ってくれたりする。  よかった、歓迎してくれているようだ。  私はそれに笑顔を返しながら、先生に言われた無人の机へと向かう。  ふたつ並んでいる人のいない椅子、その前の方に腰掛ける。  ぎゅむっ。 「ぎゅむ?」  妙な感触。  まるで人間の上に座ったかのような……  というか、座っていた。  誰もいないと思っていた椅子には、男子生徒が当然のように座っていた。  つまり、わたしはその彼の上に座っていた。  男の子の上に腰掛けていた。  ザ・人間椅子。  背面座位とも言う。 「……」 「……」  クラスが凍る。雰囲気が固まる。天使が通り過ぎる。  やってしまったーーーーーーーーッ!?  私は慌てて飛び跳ね、急いでその「椅子」から飛び降りる。 「うわっ!?」  その拍子に、その男子生徒が椅子ごと盛大に倒れた。  ああ、やってしまった。 「いたたた……」  その男子生徒が打ち付けた頭をさすっている。  大ケガはしていないようだが……とにかく、謝らないと。 「ご、ごめんっ、その、不思議だけど気づかなくて、本当に不思議だけど……っ!」  私が謝罪の言葉を口にすると、それを見ていた隣の女生徒がくすくす笑いながら言う。 「あー、いや仕方ないよ。ソラ君、空気だもん」 「空気……?」  いや、流石に空気とかそんなレベルじゃ……  だって、見えなかったんですよ? 誰もいなかったはずなんですよ?  影が薄いとかそんなレベルじゃないじゃないか。  アレか、武術の達人で常日頃から気配を消しているニンジャか何かなのかこの男は。  とにかく、私は手を差し伸べて助け起す。  ……?  気のせいだろうか。  制服の袖口から、タトゥーのようなものが見えた。いやそれはまあいい、そういう趣味に口を出す気は無い。  だが、そのタトゥーみたいなものが動いたような気がしたのだ。  まるで、蜘蛛がこちらをぎょろりと睨んだかのような…… 「どうかした?」 「あ、いや何も! いや、本当にごめんなさい」 「気にしないでいいよ。よくあることだし」  あるのか、しかもよく。 「ええと、ソラ……君? ごめんね、本当に悪かったと……」 「ソラ、じゃないよ。それはあだ名。本名は逢馬空(おうまうつお)。空と書いてウツオ」  ウツオ……なんか欝キャラみたいだと思った。だからソラか、確かにそう呼んだ方が響きがいいだろう。  欝キャラでは確かになさそうだ。だが、かといって元気な活発キャラというかんじでもない。  なんといえばいいか、確かに……  第一印象としては、まさに空気だった。  透明な存在。  そこにいてもいなくても誰も気づかないような、飄物静かな雰囲気。 「君が気にする事じゃない。影が薄いとよく言われるし、僕が悪かった」 「……いや、君何もしてないし、悪いのは私で……」 「確かに客観的に考えると君が一方的に加害者で僕が被害者だ」 「……は?」  いきなり何言い出すんだ、この人は。 「だけど故意じゃないことはわかる。  なのに何度も謝まられると……逆に最初から加害の意図があったのかと考えるよ」 「え……」 「そういうことなら僕も怒るべきだろうけど」 「いや、故意じゃないわよ、っつーか過失で。つーかどんな故意よそれ」 「ふむ」  なにいってんのコイツ。  いや落ち着け私。  ここで怒ってはいけない。礼儀正しく淑女な私として、ここは穏便に。  そう、穏便に…… 「なら両成敗、ってことで。  影が薄く存在感の無い僕にも問題は確かにあるし、それに女の子にいきなり座られるというのは珍いし。  僕を含めた大抵の男子はそれを幸運と思っても嫌がる事は無いだろう。  ただ……」 「……ただ?」 「発育に難があるから感触としてはあまり良好とは言えないのが残念で……」  ぷちん。  あ、私駄目ですかみさま。 「だれがちんちくりんどちびか――――ッッ!!」  私は思わず、窓際後ろ教室の一番すみに立てかけてある箒を手に取り、盛大に殴りつけてしまった。  そしてその空とかいう男子生徒は、窓際から廊下側まで盛大に吹っ飛び、扉をぶち破る。  こうして。  私の転校デビューは、最悪の始まりを迎えたのだった。 3 ともだち  危ないところだった。  昼休み、廊下を歩きながら、私は反省する。  あまりのアレっぷりに怒鳴り散らした私だが、「例の発作」は出なかった。  ただの癇癪、で済んだらしい。だがあのままエスカレートしていたら、どうなっていたか……  というかあの男、「空気」どころか「空気の読めないバカ」じゃないか。  あんな奴のせいで…… 「あートサカにくるうっ!」 「ひゃっ!?」  私が叫んだと同時に、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。  振り向くと、確か同じクラスの女の子が。 「あ……ご、ごめんなさい」 「こ、こちらこそ!」    私たちは、同時に頭を下げる。  そして少しの沈黙。 「……ぷ」  噴き出したのも、同時だった。  そんなわけで。  彼女の名前は、秋森有紀と言うらしい。  私のクラスの委員長である。  私は、その子に誘われて昼食をとっていた。有紀のほかにも、二人いる三人グループだ。  転校初日で食事に誘われる。幸先がいい。私は隠れてガッツポーズを取る。  昼食は中庭にある、白いテーブル。  そこでは他にも何人もがそれぞれのテーブルを占拠し、弁当やパンの包みを広げている。 「でもすごかったよね、浅羽さん、あのフルスイング」 「秋森さん、それは蒸し返さないでほしい……」  すごく、その、恥ずかしい。  あれは別の意味でやりすぎた。 「ま、ソラっちなら仕方ないかー」 「あいつ、いつもああなの?」 「そうよ。天然というか空気読めないというか」  なるほど、普段からアレはあんなかんじなのか。 「もう慣れたけどねー」 「クラスによくいる珍妙キャラ? まあ害はないし」  私には思い切り有害でした、ええ。 「しっかし前から空気空気だって思ってたけど、まさかいきなりいないものとして座られるとか!  いやびっくりしたなー、空気感に磨きかかってて!」  だから本当にやめて欲しい。恥ずかしい。  だがまあ、不思議とそうやって話されることに嫌悪感はなかった。恥ずかしさはあるけど。 「そのうちソラっち、都市伝説になったりして」 「透明人間とか空気人間とか? いやむしろ空気椅子人間とか!」 「あなたが座った椅子は、椅子ではなく人間なのかもしれない……あなたの尻の下にも彼が……」  どんな怪談ですかそれ。  いや実際に気づいたときは本当にびっくりしたけどさ。  そうやってしばしその話題で盛り上がった後に、一人が言った。 「そういや、都市伝説で思い出したけど……出たんだって、また」 「またって何が?」 「ほら、例のあれ。見たらしいよ、G組の子が。コンジキグモ」 「コンジキグモ? なにそれ」 「んー、都市伝説? ほら、あっちに作りかけの校舎あるじゃない」 「あれ、計画変更だか何かでそのまま放置されてるんだけど。  あそこに出るらしいのよ」 「ラルヴァが?」  秋森さんが口を挟む。 「ううん、ラルヴァじゃない……コンジキグモ」  どこが違うのだろう、と思ったけど私は口を挟まない。  ラルヴァとは、人外の怪物の総称だという。  ならば都市伝説に出てくるキャラクターも、ラルヴァであるといえるだろうが、それを都市伝説に向かって言うのは空気が読めない、と言うのだろ う。  最も、そういう空気を読まない言を平然と言いそうな人間が約一名居たが。 「そこに在るんだって。普段は見えないけど、金色の巣が」 「金色の?」 「うん。夕日に照らされて浮かび上がる、黄金の糸で出来た蜘蛛の巣。  そして夕暮れの闇の中に、金色の蜘蛛が……  そしてそれに出会った人間は生きて帰れない、って」  ……いつも思うが。  会った人間が生きて帰れないなら、どうやってそういう話が伝わるのだろうか。  望遠鏡とかで見ていたのか、それとも遺品の携帯のカメラに写真が映ってたとか、ダイイングメッセージが残されていたとか。  しかし、蜘蛛、ねえ……  私はふと、あの時のあいつの腕を思い出していた。  あそこに見えたのは、確かに蜘蛛の刺青……それも動いていた。  まさか……ね。 「私が聞いたのは、旧校舎だなー。出会ったら死ぬ、じゃなくてぇ、隷属か死か、だって」 「へぇ、そういうパターンもあるんだ」  なるほど、隷属……なら生きて還ったものもいる、ということか。そしてそこから噂になった……?  ……なにを真面目に考えているんだろう、私は。ばかばかしい。 「他にもけっこう都市伝説あるよー、怪人ジョーカーとか、血塗れ仔猫とか……」 「こわいのね、この学校って」  確かに怖い。そういう物騒な話には大抵ウラというか、元ネタというか……  幻想の仮面の下にある、生々しい「人間」という真実がある。  だけど。  それを言うなら、私だって同じかもしれない。  私だって、もはや前の学校ではソレと同じモノとして扱われているだろう。 「まあそれでも結構安全でしょ? それにコンジキグモってさ、隷属する人間は助けてくれるって話らしいし」 「でも従わなきゃ殺すんでしょ。ボークンだねそれって」 「いや超美形だってウワサもあるよ? あーそれなら支配されたいー!」 「駄目だコイツ、早く何とかしないと……」  そして爆笑。    ……本当に、久しぶりに、私は楽しいひと時を過ごせた。  そう、ともだちが出来たんだ。  嬉しかった。すごく嬉しかった。  だから、私は守りたい。  この陽だまりを……  ソウダ。  マモルンダ。  ソノタメニハ……  ウバウスベテヲ、ヤキツクシテヤレ。 4 怒り 「あ」 「おや」  食事を終わらせて歩いていたら、ばったりとソラと出会う。  朝の厭な事を思い出してしまった。  だが……  冷静に考えると、逆に彼はある意味私の恩人だ。  朝の事件のおかげで、というとあれだが、私には友達が出来た。感謝してやってもいい。  なにより今の私は機嫌がいいのだ。朝の無礼も水に流せる気がする。  まあ、こいつがまた変な事言わなければだが。   「朝はごめんね。それ言いたくて、探していたんだ。うん、あれは軽率だった、僕が悪い」  しかしその言葉は予想外だった。  ある意味、変な事を言われた。 「それ言うためにずっと?」 「うん」 「昼食は?」 「優先順位が違うよ。他人を不快にさせてしまったなら謝るのが優先だ。  なにより……」 「なにより?」 「そういうのを放置してたら、ご飯が不味い」  ……。  また妙なことを、この男は。 「なに、それ」 「ご飯の美味しさは、心境に左右される。  いやな気分でご飯食べても美味しくないだろ。  だから謝罪もされないまま、怒ったままだとご飯がおいしくないと思って」 「……いやちょっと待って。私はね、あんたのご飯のことを……」  その言い方だと、まるで私のご飯を心配していないか? 「そうだね。でも一緒だよ。  怒ったままだとご飯が不味いけど、怒らせたままだとご飯もまずい。  どうせならおいしく食べたいし食べてもらいたいじゃないか」 「……」 「それで、君はご飯は美味しくたべられた?」 「え? あ、うん。友達が出来たから……一緒に。秋森さんとか……」  私は彼女達の名前を言う。  すると、彼は表情を緩める。 「そうか。彼女はおせっかいだからね。すぐに他人の領域に入り込んでくる」  その言い方はどうだろう、と私が腹を立てる前に、 「だから君のような人とは上手くやっていけるだろう。  彼女は僕たちのクラスのムードメーカーみたいなものだからね。  それは幸先がいい、ご飯は美味しかっただろう?」  ……悪口を言っているわけではなかった。  なんというか、言葉を選んでいないだけ? その口調や表情には、有紀への嫌悪感や敵愾心などは欠片も見当たらない。  さわやかな空気のような、飾りの無い親愛の情だけだ。  なるほど、わかった。  この男は、ただ空気が読めないだけでなく……  馬鹿なんだ。  そして、お人よしだ。  なんというか、思ったことを言ってるだけで。  それがストレートなので、逆に変になっているだけの……まっすぐなバカなんだ。 「もういいよ。不注意だったし、暴力に訴えた私だって悪い。  これであいこ、おたがいさま、今度こそ両成敗。仲直り、ね」 「仲直りって、直るほどの仲がないけどね、今朝初対面だったし」  ははは、もうこいつは。  本当に、空気読みなさいよバカ。  ……でも、私は本当に安心し、安堵していた。  この学校は。  私のクラスは。  いい人たちばかりだ。うん、うまくやっていける。    そして。  そう思った瞬間―― 「転校初日から男をたらし込んでて、流石は妾の娘さんね? 男に手を出す速さは母親ゆずりかしら?」  悪意が、私に叩きつけられた。 「……!?」  私は振り向く。  そこにいた女生徒を見て、私は凍りついた。 「あんた……」 「久しぶりね、鬼媛鍔姫さん」  その名前。  私が、実家を……父方の家を勘当される前まで名乗っていた苗字。  そう、あの事件を起すまで――  それを知っているこの女は。 「あんた、なんで……」 「私も転校して来たんですの。最も、貴女のように逃げ出してきた訳ではありませんが」  見下すような嫌な視線が私を貫く。  ……大丈夫だ、落ち着け私。  あんな女を馬鹿にされたぐらいじゃ、私は揺るがない。 「そう。まあ私には関係ないけど。じゃあね」  そう言って私は踵を返す。  だが、その私の横を通り抜けて、彼があろうことかその女の前に立つ。 「訂正してもらおう」 「あら、何かしら」 「僕はたらしこまれてはいないし手を出されてもいない。  いや、正確には確かに朝方に出されたといえるのだろうが、あれは手というよりは攻撃だった。故にそれは違う」  ……。  だから何を言ってるのよこの男は!?  私の驚愕をよそに彼は続ける。 「君の言動からは彼女に対する明確な悪意を感じる。  そういう事は慎んだほうがいい。円滑に人間関係を回すには百害しかないと思うよ」  いやいや、あんたの言動が円滑な人間関係を壊す典型的な空気読めてないパターンなんだけど!?  だから何で、あんたはそんな事を…… 「なにより僕も不快だ。取り消して欲しい」 「へえ……ずいぶんと調教が行き届いてますこと」 「調教ではない、友誼だ」  え……? 「僕は彼女のクラスメートであり、そして先ほど仲直りした友人だ。  加えて、彼女の友人の秋森有紀にも僕は世話になっている。  彼女への悪評を振りまかれると、色々と困るんだ。  誰だって友達が悪口を言われたり、そしてそれによってその周囲の友達が怒ったり悲しんだりするのはいやなものだろう。  ご飯が不味くなる。  だから僕は撤回を求める」  そのソラの言葉に対して、  その女は…… 「はっ。  何を言い出すかと思えば、全く甘ちゃんですわね。  そんな薄汚い女と友達になるなんて……」  やめろ。  やめて。  あんたの言いそうな事は判る。  だから、その言葉を言うな。言わないで、おねがいだから。 「その秋森有紀とかいう女も、薄汚い同類 に決まってますわね」  言ってはいけない事を、言ってしまった。  馬鹿にしたな。  馬鹿にしたな貴様。  私に手を差し伸べてくれた、優しくしてくれた、ともだちをばかにしたな。  うすぎたないと言ったな。  ああ、わかってる。私は確かに薄汚い。  だからと言って。  あの子まで馬鹿にして侮蔑する権利が貴様にあるのか。  ふざけるな。  ふざけるな貴様!  ああ、まただ。  私の中で、何かが燃える。  心の奥にくすぶっていた何かに火がつく。  それは私の心を、魂を、酸素のように喰らいながら、大きくなっていく。  それは炎だ。  熱くて昏い、不和の火種が燃え上がる。破壊衝動と、怒りとともに。  ああ、駄目だ。  こうなるともう――止まらない。  また、あの時を繰り返す。 「おい」  私は気がつけば、あの女の眼前にいて。  そして仰々しいポーズで笑っていた、口元にかざしたその腕を掴みあげる。 「もう一度言って見ろ」  私の口から漏れる声は、自分のものではないように暗く乾いている。  でもこれは私の声。  自分の声でないと思うのは、きっと私の現実逃避。自分の醜さを認めたくないだけの、浅ましい行為に過ぎない。 「なんですの……」  最後まで、そいつは声を出せなかった。  何故なら。  私はもう片方の手で、  そいつのみぞおちを思いっきりぶん殴っていたからだ。 「ぃぎゃぶっ!」  不細工な悲鳴をあげて、そいつの体がくの字に曲る。  「ぉ……げっ」  うわ、吐いたよコイツ。人前で無様すぎる。ふざけんな、てめぇ!  てめぇがどんだけ臭いかわかってんのか。そんなヤツが、彼女を馬鹿にした?  許されると思ってんのか、このブタが!  私はそのブタの頭を掴み上げ、そして壁に叩き付けた。  それも、二度、三度と繰り返す。  何か言っているようだが聞こえない。  ていうかブタの言語をわかるわけがない。  ただ、壁に叩きつけられる乾いた音に、水音が混じりだしたのだけはわかる。 「ぁ……や、め……」 「うるさい」  私は顔面を掴み上げ、持ち上げる。  体が熱い。腕が熱い、掌が熱い。  炎のように、熱い。 「あ……ぎゃひぃいいいいい! ぎ、あぎゃああああああああ!!」  ブタが何か叫んでる。  みれば、その顔面から煙を吹いている。じゅうじゅうと、音が出ている。  焼きブタだ、これは。  ああ、まただ。  こうして私は破壊する。  押さえられない破壊衝動に身を焼かれながら、手当たり次第に破壊する。  それをまた、繰り返し……自分の守りたかったものまで、破壊してしまう。  これが私。  前の学校で発作的に破壊を繰り返し、次々と学校を転々としてきた、疫病神だ。 「っ、やめろっ!」  声が聞こえる。  彼が……逢馬空が、私とブタを引き剥がす。  どさり、と落ちたその女の無様な音を聞いて――  ようやく、私は我に帰った。 「あ……」  周囲を見回すまでもなく、みんな引いている。距離をとっている。  これは――よく知っている空気。  忌避と拒絶。  もう終わりだ。  これをしでかしてしまった以上、私はまた終わり。  彼女達の、おびえた顔が目に浮かぶ。  もう、友達として見てもらえるはずが無い。  だってそうだ、誰が好き好んで、化物を友達と呼ぶものか。 「浅羽鍔姫……」  ソラが私に何か声をかけようと口を開く。  この男は、こういう時ですら空気が読めていない。  そういう時は、一人にしてくれるものでしょうに。  私は、彼に向かって振り向き、笑う。 「……前もこうだった。友達とか、大事な人を馬鹿にされると……」  理由はわからない。  だけど、私の中の凶暴な何かが、暴れだす。 「……また居場所、無くなっちゃった。今度こそは、うまく出来たと思ったんだけどなあ」 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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