【眠り姫の夢現茶話会】

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少女は暗がりの中で目を覚ます。 いや、この表現は本質的な意味では間違っている。彼女の「肉体」は今だ深い眠りの中にあるのだから。 夢の中にあって覚醒した少女、姫音 離夢(ひめね りむ)は夢の中で歩を進める。 「ここは、誰の夢なのかなぁ?」 首を傾げて考えてみたが、やはり誰かがいないと分からない。 彼女、リムには特殊な異能が備わっている。 対外的にはただただ「眠っている」ようにしか見えないが、異能の本質は、今時分のように他者の夢に介入し、そして 悪夢を見せて人々を蝕むラルヴァを狩る能力である。 とはいうものの、彼女のこの能力を知っているものはごく僅かである。というのも、この能力で悪夢(ナイトメア)を狩ると 「自分が出てきた夢」そのものも消失してしまうため相手方には何も残らないというのがまず一つ。 そしてもう一つ、この能力は時に、垣間見られた相手にとって秘密にしたいことを、願望と直結した夢として相手方の了解なく 知ることになってしまうこともある。 そういった事情があるため、彼女自身はこの能力のこと、垣間見た夢のことは誰にも話そうとはしない。 「あ、なんか見えてきた……あれは、お屋敷?」 数歩歩いたところで、誰かの夢と接続し突如森の中に放り込まれる。 目の前には、周囲を取り囲む木々より少し大きめな、大きな洋館がそびえている。 「ほぁ~~、おっきぃなぁ~~! どこかの御嬢様の夢かな?」 あるいは、御嬢様的生活を夢見る誰かの夢かもしれない。 いつもならナイトメアが当人に何かしらの影響を与えている場面に直接遭遇するだけに、こういう舞台の袖からこっそりと 入っていくような状況から始まるのは珍しいことだ。 夢の舞台があの洋館なら、行ってみるより他はない。よし行ってみよう、意を決したリムは林中を進む。   ※※ 森が切れると、そこには花盛りの広々とした庭と、テーブルと、大きなパラソルと、 「あら、そんなところからお客様とは珍しいわね。ようこそ、私の庭へ。歓迎するわ」 正真正銘掛け値なし、純度100%の御嬢様がティータイムをご満悦の最中だった。 (うわぁ、かっわいぃ!) よくかわいらしい女の子のことを「お人形さんの様な」と喩えることがあるが、まさにその言葉がぴったりだ。 ……でも、油断よくない。こんな格好をした悪夢(ナイトメア)だって、何体も倒してきた。 いつでも臨戦態勢を取れるように、警戒を怠るわけにはいかない。 だが、しかし、そうは言っても! 「いっただっきまぁ~~す!」 「はい、おあがりなさいな」 だってだって、おいしそうなパンプキンパイが目の前にあるんだもん! 女の子としては食べないわけには行かないよ! たとえ肉体的におなかが膨れなくても、おいしいデザートで私のハートはおなかいっぱいなのさ! 「うふふ、随分といい食べっぷりね。お出しした甲斐があったというものだわ」 たとえるなら猫まっしぐら、リムは肉体が覚醒しているときには決して出ないであろう俊敏さでテーブルに着き、 パンプキンパイをはもはもと頬張る。 (こんなおいしいパイを食べさせてくれる人が、ナイ) 「ナイトメアのはずがない、かしら? ふふふ……」 「!?」 (私の能力を悟られた!?) おいしいパンプキンパイは惜しいが、それ以上に命は惜しい。 テーブルに着いたときと同じくらい、いや、それ以上の速度で紅茶を啜る御嬢様から距離をとる。 「くぅぅ! さようなら私のパンプキンパイ! 甘いもので私を篭絡しようとしても、そうはいかないんだからね!」 「おもいっきり篭絡された後で言っても、微塵も説得力はありませんがね、お客様」キュウキュウ! 御嬢様に警戒を集中させていた私の背中側から、不意に男の人の声と変な鳴き声が聞こえてくる。 振り向けば、洋館の陰から、燕尾服を着崩していながらも品の良さだけは保っている男の人が、剣の先にやたらとおっきな カボチャを突き刺して、肩に担いでやってくる。その足元にはヌイグルミのような……アリクイ?獏?が寄り添っている。 「あら、お疲れ様……まったく、お客様の前なのだから、そんなだらしのない格好は止して頂戴。貴方はともかく私の品位が  お客様に疑われてしまうのは我慢がならないわ。今すぐ正してらっしゃい。ついでに紅茶の御代わり、よろしくね?」 「あいよ~っと、心得ました、御嬢様。んじゃ、その前にこいつを放してやるか」 そういうと、男の人(まさか執事!? 本当に居るんだ、執事って……)は剣に刺していたカボチャを地面に置く。 するとカボチャからわさわさと足が生えて、御嬢様のほうに向き直る。 そこには目と口のような刳り貫きがしてあって、まるでハロウィンのランタン飾りのようだ。 「またお願いね、カラヴァーツァ」 こくこくと頷くおっきなカボチャは、そのまま自走して森の中に消える。 (まさか、あのパンプキンパイは) 「そう、今森に返してあげたカラヴァーツァの中身を、あそこの執事みたいな男に捌かせて、刳り貫いた中身で作ったのよ。  なかなか美味しいでしょう?」 美味しかったことは否定できない。思わずパティシエを呼べぇ!と叫びたくなるところだった。 だがそれとこれとは話は違う。目の前の御嬢様も、さっきの執事さんも、ナイトメアであるならば、倒さなければ! 「まぁ、貴女も婦女子の端くれならば、食事の途中で席を立つなんてマナー違反はしないこと。行儀がなってないと  陰口を言われても否定のしようがないわ。ひとまずは席にお着きなさい」 「むぅぅ……分かりました」 少なくとも現時点では敵意はないようだ。だったらさっきのパンプキンパイを食べてしまったほうがまだいい。 警戒は解かずに、リムは再び席に着く。 ※※ 「失礼、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアリス。この永劫図書館(ピブリオティカ・アエテルヌム)で司書の任を  勤めています。それから、この子はチビ」 チビと呼ばれたヌイグルミちゃんが「キュウ!」とひと啼き。なんとかわいいのだろうか! 「アリスさんにチビちゃん、ね。私は姫音 離夢」 「そう、じゃあリムと呼ばせてもらおうかしら。リム、私達は貴女方が戦っているナイトメアとは違うわ。あんな低俗なものと  一緒にされては困りますわね」 そういう御嬢様は紅茶を一口。すごい、これが優雅、セレブリティというものなのだろうか……! 「じゃあ、貴女は何? ここは誰の夢?」 「誰の夢でもなく、私は私、ここはここ。何かのきっかけがあったかは知らないけれど、この空間と『チャンネル』が  合ってしまったことで、能力発動と共にこの空間に招致された、というところかしらね。貴女みたいな夢渡りの力を  持った人間が来るのは、そう珍しいことじゃないのよ。そういう力が無くても、この図書館の書物を必要とするお客様と  幾人かの私の知己なら来ることが出来るようになっているもの」 夢の中ではない知らない世界に、なんて初めてのことだ。どうしたものだろう、ちゃんと帰れるのかな? 「心配要らないわ。きちんと玄関から出てくれれば、他のお客様と同じように、自然と意識は元の肉体に還るわ」 「……さっきから、私の心を読んでるんですか?」 私の考えていることを口にする前に答えを返している。そんな能力を持っていたりするのだろうか? 「いいえ、私にそんな大それた力は無いわ。でも、長いこといろんなお客様と接していれば、顔や仕草で何を考えているか、  くらいは大体の察しは付くものよ」 「はぁ、そうなんですかぁ」 そんな話をしていると、先ほどの執事さんが、ティーポットとお皿に乗ったケーキを持って戻ってきた。 「紅茶とケーキの御代わりはいかがですかな、御嬢様方?」 「ええ、そこに置いてくださるかしら」 すごい、本当に執事だ。ということは、やっぱりこの執事さんも、家事万能で芸達者、悪党なんて一捻りなのかな? 「リム、このダメ執事にそんな誇大妄想を抱いては駄目よ。これは地味にしか役に立たないんだから。そもそも彼、  執事として雇っているわけではなくて、この館の修繕補修の代償に肉体労働で対価払いをしてもらっているだけですもの」 その辛らつな言葉の割には、随分と気に入っているように見えるのは、気のせいかな? 「何だか、私の知らない世界ってまだまだあるんですね~」 「ま、こんなところに来る様な物好き自体、そうはいないからな」 「あら、そんな失礼なことを言ってもいいのかしら?」 「ぐ、む……そっちのお客様も、また機会があったらコイツの相手してやってくれな。見てのとおり、コイツ暇人だから」 「あ、はい! こんなにおいしい御菓子と紅茶がいただけるのならまた来ます!」 「……リム、そういうことを言うと、食に卑しいと思われるわよ。程ほどになさい」 「はぁい、ごめんなさい」 怒られちゃった。見た目は私より年下っぽいのに、まさにこれぞ大人の女の風格!というやつに圧倒されてしまった。  ※※ 程よく談笑の種も尽きてきた頃。アリスさんが執事さんを呼ぶべくベルを鳴らす。 ……執事さん、今空間割って出てきたように見えたのは気のせいですか? 「さてリム、そろそろ還らないと、肉体とのリンクが切れてしまうわ。シズマ、玄関まで送って差し上げて」 「心得ました。それではお客様、どうぞこちらへ。当館玄関までご案内いたしましょう」 「は、はい! どうも、ご馳走様でした。また来ますね!」 「ええ、機会があったらまたどうぞ。今度はウチの本も読んでいきなさいな」 「読めそうな本があったら、そうしますね」 「ええ、それではまたね、リム」 アリスさんとチビちゃんに手を振って、花咲き乱れるお庭から、図書館の中へ。 建物の中は、4階建てのフロアにたくさん本がある学園の図書館ですら目じゃないくらいに、たくさんの本が並んでいる。 「うわぁ……すっごいなぁ……こんなにいっぱい本があったら、読みきる前に死んじゃうよぉ」 「ま、読む前に死ぬこともあるけどな。ご他聞に漏れず奥までいくと迷宮だし、化け物も出るからな」 「ほへ~、なんだか凄いなぁ……でも、私にも読めそうな本ってあるのかな? こういうところって、なんだかお堅い本しか  ないような感じがするんですけど」 「ま、普通はそう思うわな。ところがどっこい、あっちの隅のほうに世界の漫画・小説コーナーがあったりするんだな、これが。  アリス自身は『こんな低俗なもの、趣味じゃないのだけれどね』とか気取ってるくせに、偶に寄っては読みふけってたり  してるんだけどな」 「へぇ、可愛い所もあるんですね」 そんな話をしながら、玄関口にやってくる。 とてもとても重々しいその扉の上には、 お帰りはこちら またのご来訪をお待ち申し上げます と日本語で、しかもそこそこ達筆の筆書きで書いてある。なんか元々あった看板に、上から被せたみたい。 「それでは、お客様ご自身で扉を開けて、外へ、ご自身のあるべき場所へ、お帰りなさいませ」 「どうも、お世話になりました。また来ますね、執事さん」 「ああ、そうしてくれるとアリスも喜ぶ」 「はい! それじゃ、さようなら!」 重々しく感じられた扉は、手をかけると羽のように軽く開かれて、私の視界はまぶしい光で真っ白に染まって―――  ※※ 「……て、…ム、……きてってば!」 「ん、あ……ふわゎぁ……あれ、コトだ。おっはよ~」 「おはよ、ってリム……もうとっくに放課後。校舎に残ってるのって、もう先生たちと私たちくらいだよ。さ、早く帰ろ、リム!」 「うん……そうだねコト……ふわゎ」 お友達のコトと、一緒に寮に帰ります。 紅茶とケーキがおいしかったという記憶はあっても、やっぱりおなかは膨れません。悲しいです。 「あ、リム、涎が酷いよ。まったくもう……今日はどんな夢見てたの? こんなになってるってことは、お菓子の山で  おなかいっぱい食べる夢でも見てたんじゃないの?」 コトはポケットからハンカチを取り出して、リムの涎を拭いてあげる。割とあることなので、コトとしても慣れっこだ。 「ありがとうコト。ん~、どうだったかなぁ~、えへへ、まぁそんなところ~」 喜色満面で答えるリムと、やっぱりねと得心顔のコト。 今のは夢であって夢ではない、とアリスさんも話してたけど、でもやっぱり夢かもしれないので話さないことにします。 でも御菓子を食べたことは事実なので、そこだけは否定はしません。あのパンプキンパイとマロングラッセ、おいしかったなぁ。 こうして私は、ちょっと奇妙な夢体験から現実へ、学校から寮へ。 そしてまた、悪夢と戦う夜が訪れます。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
少女は暗がりの中で目を覚ます。 いや、この表現は本質的な意味では間違っている。彼女の「肉体」は今だ深い眠りの中にあるのだから。 夢の中にあって覚醒した少女、姫音 離夢(ひめね りむ)は夢の中で歩を進める。 「ここは、誰の夢なのかなぁ?」 首を傾げて考えてみたが、やはり誰かがいないと分からない。 彼女、リムには特殊な異能が備わっている。 対外的にはただただ「眠っている」ようにしか見えないが、異能の本質は、今時分のように他者の夢に介入し、そして 悪夢を見せて人々を蝕むラルヴァを狩る能力である。 とはいうものの、彼女のこの能力を知っているものはごく僅かである。というのも、この能力で悪夢(ナイトメア)を狩ると 「自分が出てきた夢」そのものも消失してしまうため相手方には何も残らないというのがまず一つ。 そしてもう一つ、この能力は時に、垣間見られた相手にとって秘密にしたいことを、願望と直結した夢として相手方の了解なく 知ることになってしまうこともある。 そういった事情があるため、彼女自身はこの能力のこと、垣間見た夢のことは誰にも話そうとはしない。 「あ、なんか見えてきた……あれは、お屋敷?」 数歩歩いたところで、誰かの夢と接続し突如森の中に放り込まれる。 目の前には、周囲を取り囲む木々より少し大きめな、大きな洋館がそびえている。 「ほぁ~~、おっきぃなぁ~~! どこかの御嬢様の夢かな?」 あるいは、御嬢様的生活を夢見る誰かの夢かもしれない。 いつもならナイトメアが当人に何かしらの影響を与えている場面に直接遭遇するだけに、こういう舞台の袖からこっそりと 入っていくような状況から始まるのは珍しいことだ。 夢の舞台があの洋館なら、行ってみるより他はない。よし行ってみよう、意を決したリムは林中を進む。   ※※ 森が切れると、そこには花盛りの広々とした庭と、テーブルと、大きなパラソルと、 「あら、そんなところからお客様とは珍しいわね。ようこそ、私の庭へ。歓迎するわ」 正真正銘掛け値なし、純度100%の御嬢様がティータイムをご満悦の最中だった。 (うわぁ、かっわいぃ!) よくかわいらしい女の子のことを「お人形さんの様な」と喩えることがあるが、まさにその言葉がぴったりだ。 ……でも、油断よくない。こんな格好をした悪夢(ナイトメア)だって、何体も倒してきた。 いつでも臨戦態勢を取れるように、警戒を怠るわけにはいかない。 だが、しかし、そうは言っても! 「いっただっきまぁ~~す!」 「はい、おあがりなさいな」 だってだって、おいしそうなパンプキンパイが目の前にあるんだもん! 女の子としては食べないわけには行かないよ! たとえ肉体的におなかが膨れなくても、おいしいデザートで私のハートはおなかいっぱいなのさ! 「うふふ、随分といい食べっぷりね。お出しした甲斐があったというものだわ」 たとえるなら猫まっしぐら、リムは肉体が覚醒しているときには決して出ないであろう俊敏さでテーブルに着き、 パンプキンパイをはもはもと頬張る。 (こんなおいしいパイを食べさせてくれる人が、ナイ) 「ナイトメアのはずがない、かしら? ふふふ……」 「!?」 (私の能力を悟られた!?) おいしいパンプキンパイは惜しいが、それ以上に命は惜しい。 テーブルに着いたときと同じくらい、いや、それ以上の速度で紅茶を啜る御嬢様から距離をとる。 「くぅぅ! さようなら私のパンプキンパイ! 甘いもので私を篭絡しようとしても、そうはいかないんだからね!」 「おもいっきり篭絡された後で言っても、微塵も説得力はありませんがね、お客様」キュウキュウ! 御嬢様に警戒を集中させていた私の背中側から、不意に男の人の声と変な鳴き声が聞こえてくる。 振り向けば、洋館の陰から、燕尾服を着崩していながらも品の良さだけは保っている男の人が、剣の先にやたらとおっきな カボチャを突き刺して、肩に担いでやってくる。その足元にはヌイグルミのような……アリクイ?獏?が寄り添っている。 「あら、お疲れ様……まったく、お客様の前なのだから、そんなだらしのない格好は止して頂戴。貴方はともかく私の品位が  お客様に疑われてしまうのは我慢がならないわ。今すぐ正してらっしゃい。ついでに紅茶の御代わり、よろしくね?」 「あいよ~っと、心得ました、御嬢様。んじゃ、その前にこいつを放してやるか」 そういうと、男の人(まさか執事!? 本当に居るんだ、執事って……)は剣に刺していたカボチャを地面に置く。 するとカボチャからわさわさと足が生えて、御嬢様のほうに向き直る。 そこには目と口のような刳り貫きがしてあって、まるでハロウィンのランタン飾りのようだ。 「またお願いね、カラヴァーツァ」 こくこくと頷くおっきなカボチャは、そのまま自走して森の中に消える。 (まさか、あのパンプキンパイは) 「そう、今森に返してあげたカラヴァーツァの中身を、あそこの執事みたいな男に捌かせて、刳り貫いた中身で作ったのよ。  なかなか美味しいでしょう?」 美味しかったことは否定できない。思わずパティシエを呼べぇ!と叫びたくなるところだった。 だがそれとこれとは話は違う。目の前の御嬢様も、さっきの執事さんも、ナイトメアであるならば、倒さなければ! 「まぁ、貴女も婦女子の端くれならば、食事の途中で席を立つなんてマナー違反はしないこと。行儀がなってないと  陰口を言われても否定のしようがないわ。ひとまずは席にお着きなさい」 「むぅぅ……分かりました」 少なくとも現時点では敵意はないようだ。だったらさっきのパンプキンパイを食べてしまったほうがまだいい。 警戒は解かずに、リムは再び席に着く。 ※※ 「失礼、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアリス。この永劫図書館(ピブリオティカ・アエテルヌム)で司書の任を  勤めています。それから、この子はチビ」 チビと呼ばれたヌイグルミちゃんが「キュウ!」とひと啼き。なんとかわいいのだろうか! 「アリスさんにチビちゃん、ね。私は姫音 離夢」 「そう、じゃあリムと呼ばせてもらおうかしら。リム、私達は貴女方が戦っているナイトメアとは違うわ。あんな低俗なものと  一緒にされては困りますわね」 そういう御嬢様は紅茶を一口。すごい、これが優雅、セレブリティというものなのだろうか……! 「じゃあ、貴女は何? ここは誰の夢?」 「誰の夢でもなく、私は私、ここはここ。何かのきっかけがあったかは知らないけれど、この空間と『チャンネル』が  合ってしまったことで、能力発動と共にこの空間に招致された、というところかしらね。貴女みたいな夢渡りの力を  持った人間が来るのは、そう珍しいことじゃないのよ。そういう力が無くても、この図書館の書物を必要とするお客様と  幾人かの私の知己なら来ることが出来るようになっているもの」 夢の中ではない知らない世界に、なんて初めてのことだ。どうしたものだろう、ちゃんと帰れるのかな? 「心配要らないわ。きちんと玄関から出てくれれば、他のお客様と同じように、自然と意識は元の肉体に還るわ」 「……さっきから、私の心を読んでるんですか?」 私の考えていることを口にする前に答えを返している。そんな能力を持っていたりするのだろうか? 「いいえ、私にそんな大それた力は無いわ。でも、長いこといろんなお客様と接していれば、顔や仕草で何を考えているか、  くらいは大体の察しは付くものよ」 「はぁ、そうなんですかぁ」 そんな話をしていると、先ほどの執事さんが、ティーポットとお皿に乗ったケーキを持って戻ってきた。 「紅茶とケーキの御代わりはいかがですかな、御嬢様方?」 「ええ、そこに置いてくださるかしら」 すごい、本当に執事だ。ということは、やっぱりこの執事さんも、家事万能で芸達者、悪党なんて一捻りなのかな? 「リム、このダメ執事にそんな誇大妄想を抱いては駄目よ。これは地味にしか役に立たないんだから。そもそも彼、  執事として雇っているわけではなくて、この館の修繕補修の代償に肉体労働で対価払いをしてもらっているだけですもの」 その辛らつな言葉の割には、随分と気に入っているように見えるのは、気のせいかな? 「何だか、私の知らない世界ってまだまだあるんですね~」 「ま、こんなところに来る様な物好き自体、そうはいないからな」 「あら、そんな失礼なことを言ってもいいのかしら?」 「ぐ、む……そっちのお客様も、また機会があったらコイツの相手してやってくれな。見てのとおり、コイツ暇人だから」 「あ、はい! こんなにおいしい御菓子と紅茶がいただけるのならまた来ます!」 「……リム、そういうことを言うと、食に卑しいと思われるわよ。程ほどになさい」 「はぁい、ごめんなさい」 怒られちゃった。見た目は私より年下っぽいのに、まさにこれぞ大人の女の風格!というやつに圧倒されてしまった。  ※※ 程よく談笑の種も尽きてきた頃。アリスさんが執事さんを呼ぶべくベルを鳴らす。 ……執事さん、今空間割って出てきたように見えたのは気のせいですか? 「さてリム、そろそろ還らないと、肉体とのリンクが切れてしまうわ。シズマ、玄関まで送って差し上げて」 「心得ました。それではお客様、どうぞこちらへ。当館玄関までご案内いたしましょう」 「は、はい! どうも、ご馳走様でした。また来ますね!」 「ええ、機会があったらまたどうぞ。今度はウチの本も読んでいきなさいな」 「読めそうな本があったら、そうしますね」 「ええ、それではまたね、リム」 アリスさんとチビちゃんに手を振って、花咲き乱れるお庭から、図書館の中へ。 建物の中は、4階建てのフロアにたくさん本がある学園の図書館ですら目じゃないくらいに、たくさんの本が並んでいる。 「うわぁ……すっごいなぁ……こんなにいっぱい本があったら、読みきる前に死んじゃうよぉ」 「ま、読む前に死ぬこともあるけどな。ご他聞に漏れず奥までいくと迷宮だし、化け物も出るからな」 「ほへ~、なんだか凄いなぁ……でも、私にも読めそうな本ってあるのかな? こういうところって、なんだかお堅い本しか  ないような感じがするんですけど」 「ま、普通はそう思うわな。ところがどっこい、あっちの隅のほうに世界の漫画・小説コーナーがあったりするんだな、これが。  アリス自身は『こんな低俗なもの、趣味じゃないのだけれどね』とか気取ってるくせに、偶に寄っては読みふけってたり  してるんだけどな」 「へぇ、可愛い所もあるんですね」 そんな話をしながら、玄関口にやってくる。 とてもとても重々しいその扉の上には、 お帰りはこちら またのご来訪をお待ち申し上げます と日本語で、しかもそこそこ達筆の筆書きで書いてある。なんか元々あった看板に、上から被せたみたい。 「それでは、お客様ご自身で扉を開けて、外へ、ご自身のあるべき場所へ、お帰りなさいませ」 「どうも、お世話になりました。また来ますね、執事さん」 「ああ、そうしてくれるとアリスも喜ぶ」 「はい! それじゃ、さようなら!」 重々しく感じられた扉は、手をかけると羽のように軽く開かれて、私の視界はまぶしい光で真っ白に染まって―――  ※※ 「……て、…ム、……きてってば!」 「ん、あ……ふわゎぁ……あれ、コトだ。おっはよ~」 「おはよ、ってリム……もうとっくに放課後。校舎に残ってるのって、もう先生たちと私たちくらいだよ。さ、早く帰ろ、リム!」 「うん……そうだねコト……ふわゎ」 お友達のコトと、一緒に寮に帰ります。 紅茶とケーキがおいしかったという記憶はあっても、やっぱりおなかは膨れません。悲しいです。 「あ、リム、涎が酷いよ。まったくもう……今日はどんな夢見てたの? こんなになってるってことは、お菓子の山で  おなかいっぱい食べる夢でも見てたんじゃないの?」 コトはポケットからハンカチを取り出して、リムの涎を拭いてあげる。割とあることなので、コトとしても慣れっこだ。 「ありがとうコト。ん~、どうだったかなぁ~、えへへ、まぁそんなところ~」 喜色満面で答えるリムと、やっぱりねと得心顔のコト。 今のは夢であって夢ではない、とアリスさんも話してたけど、でもやっぱり夢かもしれないので話さないことにします。 でも御菓子を食べたことは事実なので、そこだけは否定はしません。あのパンプキンパイとマロングラッセ、おいしかったなぁ。 こうして私は、ちょっと奇妙な夢体験から現実へ、学校から寮へ。 そしてまた、悪夢と戦う夜が訪れます。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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