【翠玉の天使と三つの時 part2】

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京時が意識を取り戻したのは、学園からほど近い場所の、様々な店が軒を連ねたストリートにある、オープンカフェのテラスだった。京時はテラスの椅子に座り、彼の目の前の丸テーブルにはアイスコーヒーが入ったプラスチックのパックがある。  わけがわからない。  京時は確かに、佐々木に呼ばれて体育倉庫に向かったはずだ。そしてそれから彼に殴られて……。そこからの記憶がない。自分は、開放されたのだろうか。もしかして、殴られたせいで軽い記憶喪失になって、無意識的にここまで来たのか。いや、たとえそうだとしても自分が無意識のうちにコーヒーを飲むとは思えない。  なぜなら、京時はコーヒーが嫌いだからだ。  だいたい、オープンカフェでコーヒーをすするなどという行為は少なくとも京時の辞書にはない行動だ。 (ねえ、メタトロン。何があったのかな?) 『アンタ……もしかして、あのヘタレなの?』 (何を言ってるのかな? 僕は周防京時だけど) 『うるさい! 人を脅したり怒鳴りつけたり……』  メタトロンならば自分に何があったか知っているだろうと考えた京時だったが、彼女は何故か烈火のごとく怒っている。一体何があったのだろうか。京時は困惑するより他にない。  メタトロンは何かを教えてはくれそうにないので、とりあえず、今は佐々木達の事は忘れて目の前のコーヒーを処理して、とっとと寮に戻ろう。そういう事にして京時はストローをすすった。  やはり苦い。  釈然としない思いを抱えつつも苦いコーヒーをすすっていると、コンテナを牽引したトレーラーが京時の視界に入った。トレーラーはカフェの前の大通りを徐行していたが、やがて停止する。  (トレーラー? あんな大型のトレーラーがなんでこんなところに……)  京時が考えた、次の瞬間。  トレーラーは爆発した。  凄まじい爆音とともに炎上するトレーラーに周囲はパニックになり、通りは悲鳴と怒号に包まれた。蜘蛛の子を散らすように人々は逃げて行くが、京時は逃げる事ができなかった。足がすくんだのではない、何故かそこから逃げてはいけないような気がしたからだ。  そして、爆炎の中から現れたのは二体の獣。  一体は猪のような外見をし、ももう一体は豹のように見える。だが、それはただの猪と豹ではなかった。二体は、鋼で出来ているように見えた。金属特有の銀色の輝きを放ち、眼球は赤い輝きを放っている。明らかに普通ではない。金属生命体のようなラルヴァか、それとも超科学の産物なのか。  二体はコンテナから、のそりと出ると手当たり次第に周囲を蹂躙しはじめた。  メカ猪は商店に体当たりをし、ガラスを粉々にする。メカ豹は口から火炎を放射し、辺り一面を火の海に変えた。一瞬にした夕方の通りには地獄絵図と化す。  逃げなければならない。彼には戦う力も、戦う意思もないのだから。 『誰に、戦う力が無いって?』  京時の頭に声が響く。どこまでも高圧的な声。 『私がいるでしょう、私が! 時を操り、万物を粉砕せしめる、人の域を超える力を持った、この私が!』 (いや、そんな事はじめて聞いたんだけど)  確かに京時の言う通りだった。メタトロンは経時にはある程度説明したものの、京時に何も教えてはいない。 『そういや、そうだった……。まあそれはいいわ。で、やるの? やらないの?』 (やるって、そんな事、僕にできるわけが) 『あら、じゃあそこの逃げ遅れたっぽい女の子、死ぬわよ』  メタトロンが指し示している、正確には脳内に声が響いているだけなのでなんとなくそう感じられるだけなのだが、方向に目をやると、確かに十歳くらいの少女にメカ猪が迫っていた。少女は完全に声も出せない程におびえ、身をすくめて動かない。メカ猪は少女をいたぶるようにうなり声をあげ、ゆっくりと少女に近づいて行く。 『いいのかしら? あなたがいかなければ、あの子、死ぬわよ。あ《・》な《・》た《・》の《・》妹《・》のようにね』 (そうだ、妹……雪子……。あのとき、僕は……) 『あれ、ちょっと、京時? もしかして、地雷踏んじゃった? ってちょっと、アンタ何を』 「あああああああああああああああああああああああああ!!」  京時は絶叫しながら足下に転がっていた椅子の足を掴むと、メカ猪に向かって突進していく。 『そうじゃないだろ周防京時ぃぃぃぃぃ!!』  メカ猪までの距離、およそ五十メートルを全力で疾走する。数秒でメカ猪の前に躍り出ると、京時は渾身の力で右手に持った椅子の足を振り下ろす。だが、そんなものが金属に通用する筈も無い。猪の頭部に直撃した椅子の足は粉々に砕け散った。  椅子の足を振り下ろされたくらいではメカ猪はびくともしない。まるで蚊にでも刺されたかのように軽く首を振ると、少女を庇う形になった京時にその赤く輝く瞳を向ける。機械の人工的な光のようにしか見えないが、それが京時には自分への殺意のように思われた。  京時は後ろを振り返る。  少女と目が合う。少女の目は、京時に縋るような目だった。当然の事だ。今、少女には京時以外に頼れるものなどないのだから。  あの時もそうだった。妹の縋るような目。血を流して倒れている両親。兄として、妹を守らなければならないと思った。必死で抵抗した。だが敵わなかった。妹と引き離された。そして妹は、殺され、自分は……。  周防キョウジは確かに誓ったはずだ、絶対にこの怒りを忘れないと。奴等に『処理』され、廃棄された時に誓ったはずだ、自分達の時を歪めた人間達を必ず殺してやると。  そう、それこそが周防京時の願い……。      ** 「やっと、自分の願いに気づいたわね」  メタトロンの声がした。京時は再び、白と緑の歯車や発条にかこまれた部屋にいた。 「何で、僕はここに。 あの化け物は? あの子は?」 「現実は何も変わってないわよ。ここはアンタと私の精神の部屋。虚構じゃないけど現実でもないの。それよりも、アンタ、ついに自分の願いを自覚したわね」 「願い? そんな、僕は……」  否定しようとするが、言葉にならない。京時は確かに自分の奥に眠るマグマのような怒りと憎しみを自覚していたからだ。 「否定できないでしょう。 で、どうするの? 私と契約する? それとも今ここであなたの後ろでおびえている女の子と一緒に死ぬ?」 「僕は、僕は……」 「いつまでうじうじうじうじ悩んでんだよ、『僕』ちゃん!」  いつの間にあったのか、よくわからないが、とにかく部屋の左側の壁にあるドアを蹴り開け、その向こうから男が現れた。  その男は姿形は丸きり京時と同じ。違うのは赤く染まった瞳と、怒りに歪んだかのような表情、そして禍々しい雰囲気だった。 「なんだ、君は。僕……?」 「幻時!? なんでアンタここに?」 「いて当然だろ、馬鹿な人形だな。なんたってここは周防キョウジの精神なんだからな。ああ、初めましてだな、『僕』ちゃん。『俺』は周防幻時。お前の狂った過去だ。お前が自分の望みを自覚したようで何よりだ。とっととおっぱじめようぜ。この人形の力でよ!」  幻時は一気にまくしたてるが、京時には状況が全く理解できない。もう一人、荒い口調の自分自身が現れたという事実に対処しきれない。 「あなたの説明では『僕』が困るでしょう、幻時」  今度は右側の壁にあるドアがゆっくりと開き、また別の男が現れた。その男もまた姿形は京時と同じ。違うのは青く染まった瞳と、穏やかな表情、そして体の芯が冷えるような冷たい雰囲気。 「また僕が出た!?」 「やっぱり経時もいるのね……」  メタトロンは何かを諦めたかのように溜息をつく。 「やあ、初めまして京時。『私』は周防経時。あなたの歪んだ未来です」 「なんなんだよ、幻時とか経時とか! わけがわからないよ」 「あなたは、というよりも私《・》た《・》ち《・》は、奴等に実験を受け、改造されました。それは勿論、覚えていますね」 「ああ、忘れられるわけが……」  異能を開発するという名目で受けた非人道的な実験と肉体改造の数々。あの苦痛の日々を忘れられる訳も無い。 「そうでしょうね。そしてその精神的苦痛から逃れる為に、あなたは自分の人格を三つに分けたんです」 「人格を分けた?」 「そう、その結果、あなたの過去を担当する周防幻時、そして未来を担当するこの私、周防経時という二つの人格が生まれました。今まで、急に記憶がなくなった事がありましたよね?」 「確かに、今日も……」 「あなたが記憶を無くしている時は『私』か『俺』が前面に出ていたわけです」 「そうか、そういえば、前にも記憶が無かった事が……」  京時は俯いて考え込む。確かに今日だけでなく、今までにも幾度かそういう事があった。 「納得していただけましたか? では、これからの事です。あなたは今まで、目を背け、逃げようとしていた自分の願いに気づいてしまった。では、気づいた今、どうしますか? メタトロンと契約して、あなたの願いを叶えますか?」 「いや、僕はただ、静かに……」 「それはおかしいですね。だったら貴方は今、ここにはいないはずだ。本当に平穏を望むなら、全てを忘れてどこか遠くの田舎にでも逃げればよかった。でも、貴方はこの異能者の学園に入って、半端に異能への望みを引きずって生きている。何故ですか?」    経時の指摘は京時にとっては耳に痛いものだった。経時の指摘した通り、本当に平穏を望むなら双葉学園になど入るべきではない。この異能者の学園に入ったのは、ここならば自分も異能に目覚めるかもしれないという希望と、その異能を使って過去の復讐を果たしたいという望みがあったからに他ならない。 「『僕』は……。『俺』と『私』はどうしたいの?」 「あぁん!? 決まってんじゃねーか! 目の前のイノブタも、俺たちをグチャグチャにしたあのカスどももぶちのめせる力が目の前にあるんだ。何を迷う」  幻時の答えはシンプルだった。 「『私』は『僕』に任せますよ。これはあくまで周防京時の望みですからね」 「私は願いの善悪は問わない。アンタが復讐を望むのならば契約する。ただそれだけよ。それがわたしたち永劫機なんだから」  暫く考え込んでいた京時だったが、やがて顔を上げると、幻時と、経時と、そしてメタトロンを見渡す。その顔にはいつも張り付いたような笑顔の卑屈な男の姿は無かった。 「わかった契約しよう、メタトロン」 「そうこなくっちゃなあ、『僕』ちゃん! ぶちのめしてやろうぜ、どいつもこいつもよお」 「いや、そうじゃない。確かに、復讐心も殺意も否定出来ない。それは僕の心でマグマのように滾っている。それが僕の願いなんだろう。でも、僕は今、目の前のあの子を助けたいんだ。二度と、あの時みたいな思いをしたくないんだ、僕は」 「周防キョウジは全会一致ってわけだ。でも、いいの? そんな曖昧で。私の力を使う対価は強烈なのよ? そんな曖昧なもののために対価を支払うの?」 「ああ、構わない。ここで何も守れずに死んでいくよりは、その方がずっといい」  京時のはっきりとした言葉を受けて、メタトロンは溜息を一つついたが、やがて真剣な表情で自分の周囲の周防キョウジ達をそれぞれ一瞥する。そして深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。 「この私、永劫機メタトロンがお前に与えるのはこの時間を操作する人を超えた力! そしてその対価にお前が支払うのはお前の時間! 周防キョウジ、お前は私との契約を望むか?」 「『僕』は永劫機メタトロンとの契約を望む」 「『俺』は永劫機メタトロンとの契約を望む」 「『私』は永劫機メタトロンとの契約を望む」    三つの周防キョウジの言葉が重なる。 「いいでしょう! 私が望むように、伴侶のように、召使のように、或いは奴隷のように仕えなさい!」  メタトロンが叫ぶと同時に、部屋が光に包まれた。      **  京時が意識を取り戻すと、目の前には先ほどと同じ光景が広がっている。自分を威嚇するメカ猪、手当たり次第に火をつけてまわるメカ豹、そして自分の後ろで怯えている少女。 『状況は待ってはくれないわよ。京時、とっとと私を召喚なさい!』  頭に響くメタトロンの声に京時は黙って頷くと、懐から深緑に輝く懐中時計を取り出し、頭上に掲げる。  そして、周防キョウジはメタトロンを開放するキーワードを唱えた。 ————時に今日はなく  僕が言う。 ————永劫に未来はなく  私が言う。 ————永遠には過去はない  俺が言う。 「「「爆現せよ! クロックワーク・アンゲルス、メタトロン!!」」」  三つの声が重なると同時に周防キョウジの掌中の懐中時計は崩れる。そして時計は緑色の光の球となり空に舞い上がった。   そして、光球からはおよそ全長三メートルの巨体が姿を見せた。その巨体はまるで光から生まれ落ちたように落下すると、轟音と、着地の衝撃で砕けたアスファルトを舞い上げて大地に降り立つ。  その巨体は、一言で言えば不格好だった。  全身は白い装甲で覆われ、ところどころに露出したフレームも全て白い。その中でところどころにある緑のラインが際立っている。  そして、腹部で時を刻む深緑の時計が印象的だ。    ここまではいい。  不格好なのは体のサイズに比べて、あまりにも大きく、そして長いその腕部だ。拳が異常に大きく、前腕部には腕をはみ出すくらいの、手甲のようなものが装着されている。二本の足で立っているのが不思議に思えるくらいだった。 「ゴリラだなあ、こりゃ」  キョウジは現れたメタトロンを見て思わず呟いた。まるで白いゴリラのようだ。 「ヒャハハハハハ!! こいつは傑作だ! 敵はメカ猪にメカ豹、そんで味方はメカゴリラってか! メカ哺乳類最強決定戦だな!」 『ゴリラじゃない! 乙女にゴリラっていうな! てか、アンタまさか、幻時?』  メタトロンは外見ではその感情はわからないが、怒ったような声で幻時を怒鳴りつける。 「いかにも、『俺』は周防幻時だ。『僕』じゃあバトルはできないからなあ。『俺』の出番てわけだよゴリ子ちゃん!」 「だからゴリラって言うな!」 「うるせえ! メカ猪が来るぞメカゴリラ、構えろ!」  幻時の言葉を受けて慌てて前方に頭を向けたメタトロンの視界に突進してくるメカ猪が映った。猛烈なスピードで突っ込んでくるメカ猪を避けることは不可能と判断し、メタトロンは手甲でメカ猪をガードする。  金属と金属がぶつかり合う嫌な音がして、接触部から火花が飛び散った。  重さから考えればメタトロンの方が有利だったが、運動エネルギーは速さの 二乗に比例する。メカ猪のスピードは体格の差を覆し、ガードしていたメタトロンの巨体は吹っ飛ばされて仰向けに倒れてしまう。 『全く、注意ならさっさと言いなさいよ……』  ぼやきながら立ち上がり、体勢を立て直すメタトロン。だが呼びかけた相手、周防幻時はどこにもいない。幻時を探知すると幻時はメタトロンの後方で、逃げ遅れた少女を物陰に隠していた。 「死にたくなかったらここに隠れてるんだぞ。いいな?」 「うん、わかった。お兄ちゃん」  少女に隠れているように言い含めると、メタトロンにテレパシーを飛ばす。 (おい、メカゴリラ。まずはあの猪を仕留めるぞ) 『アンタ、意外と優しいところがあるんだ』  幻時が逃げ遅れた少女をかばい、安全な所に誘導した、という事がメタトロンには意外だった。先ほど佐々木の手をへし折ろうとした姿からは想像できない優しさだ。 (んなこたどうでもいい! ちんたらしてるとまた吹き飛ばされるぞ) 『わかってるわよ。でも、仕留めるって? 私の能力使う?』 (そんな、まどろっこしい事はしねえ! さっきは不意打ちだったが、今度はそうじゃねえんだから対応できるだろ。テメーのスペックならよ) 『まどろっこしいって、それが私の特長なのに……』 (いいからぶちのめせ!) 『わかったわよ、もう』  文句を言いながらも幻時の指示に従うと、メタトロンはメカ猪に向き直り、今度は腕を若干広げるオープンスタイルで構えた。メカ猪は威嚇するように鳴きながら、その場で右前足で地面を蹴っている。突進の前兆だろう。  次の瞬間、メカ猪は再び猛烈な勢いで突進してくる。再び二体は接触するが、今度は宙を舞ったのはメカ猪の方だった。メタトロンは突進するメカ猪がぶつかる直前でその両脇を掴むとメカ猪の勢いを利用してそのまま後方に放り投げた。柔道の巴投げのようなものだろうか。勢いをつけて地面に叩き付けられたメカ猪は起き上がる事ができない。 (今だ、仕留めろ) 『言われなくたって!』  幻時の指示に応えるとメタトロンは両手両足で地面を蹴って飛翔する。そしてメカ猪の真上から一気に降下し、倒れるメカ猪の胴体にその巨大な拳をつきたてた。  加速度がかかった巨大な拳が装甲を粉砕し、メカ猪の体内に侵入する。そしてその拳が体を貫通しようかという瞬間、メカ猪は爆発した。 『熱い! 熱いって!』  爆発炎上するメカ猪からメタトロンは慌てて身を引く。三メートルの巨体は全身から焦げたような煙を出している。 「馬鹿野郎、次がくるぞ焼きゴリラ!」 『誰が焼きゴリラだっていうの!?』  怒声をあげながら火を振り払うメタトロン。一応は乙女である彼女に焼きゴリラの呼称は許される者ではない。  そして、その焼きゴリラに向けて今度は後ろから火炎が放射された。 『きゃあああああ!!』 (言わんこっちゃねえ、この迂闊ゴリラ!)  メタトロンに向けて火炎を放射したのは、いつの間にかその背後に構えていたメカ豹だった。火だるまになるメタトロンはその場でじたばたと暴れるだけで状況に対処できない。  そのメタトロンの腹部に埋め込まれた時計にメカ豹は狙いを定める。腕部は頑丈に出来ているらしいメタトロンだったが、他の部位はそう頑丈でもないらしい。しかも時計は永劫機の核、紛う事無き弱点だ。無防備な状態でそこを突かれてはひとたまりもないだろう。 「おい、阿呆ゴリラ! 豹が来るぞ! 避けるか防御するかしろ!」 『熱い熱い熱い熱い熱い!』  幻時はメタトロンに呼びかけるが、火を吹き付けられてパニック状態になっており話が通じない。 「実戦に弱すぎんだろ、この残念ゴリラ。しゃーねーな!」  メタトロンに向けて幻時は疾走する。それとほぼ同時にメカ豹は鋼鉄の牙をむき出し、唸りをあげて、身を屈める。メタトロンに飛びかかるべく、その両足に力を集中させていく。  そして、数秒後、メカ豹は力強く地面を蹴り上げると、無防備なメタトロンに向かって飛びかかる。メタトロンは動けない。これで、一環の終わり。  そうではなかった。メカ豹はメタトロンに牙を突きつける事は無く、逆にその脇腹に強烈な衝撃を受けて吹っ飛んだ。  衝撃の原因は幻時だった。幻時は一瞬で間合いを詰めると、メカ豹の跳躍に合わせて、脇腹にドロップキックを叩き込んだのだ。  しばらくして、火をもみ消してようやく我に返ったメタトロンには目の前の光景が信じられなかった。周防幻時は鋼鉄の獣の跳躍をものの見事に吹き飛ばしたのだ。 『なんなの幻時。アンタまさか身体強化……』 「そんなわけねーだろ。だったらテメーとは契約できねえしな。単に横から思い切り蹴り飛ばしたから奴は吹っ飛んだだけだ。ま、改造されてっから多少は身体能力も普通より上ではあるんだけどな」 『思い切った事するわよね、アンタといい京時といい。それよりアンタは熱くないの? 私のダメージはアンタにもフィードバックされるはずよ』 「さぁなあ。さっきから妙に熱いがそんなの関係ねえな。それ以上に楽しくてしょうがねえんだよ! 思う存分暴れられるのがなあ!」 『やっぱアンタおかしい』 「んな事より、あの豹また来るぞ。構えろ狂乱ゴリラ」  幻時の指摘通り、メカ豹はいつの間にか立ち上がり、再び眼光鋭くメタトロンと、幻時を狙っている。赤く光る瞳が足蹴にされた事に対して怒りに燃えているように見えた。 『でもどうするのよ。さっきみたいにまた突進中にアンタが蹴り飛ばしてそこを私がトドメをさすとか?』 「無理だな。さっきは不意打ちだからなんとかなったんだ。二度はねえよ」 『じゃあどうするっていうのよ? やっぱり私の能力を使った方が……』 「いいや、そんなもんはいらねえ。出たとこ勝負だ。なんとかなるだろ」  事もなげに言い放つと、幻時は鼻を鳴らす。その余裕がメタトロンには理解できない。 『でも、そんな無茶するとアンタの体持たないわよ?』 「でもの多い逆説ゴリラだな。知らねえよそんなの。いいじゃねえか、どうだ……」  言いかけたところで幻時は突然頭を抱えて地面に膝を付き、うずくまる。 「おい、よせ。『俺』はもっと楽しみたいのに!」 『ちょっと、幻時、何してんのよこんな時に! 大丈夫なの?』  うずくまり叫ぶ幻時に声をかける。その間にもメカ豹はうなり声をあげて飛びかかる機会を伺っていた。メタトロンは気が気ではない。  すると、うずくまっていた幻時は急に立ち上がる。先ほどまでの禍々しさは消え、むしろ穏やかな表情をしていた。メタトロンにはその穏やかさがむしろ薄ら寒いものに感じられる。そして彼女はその薄ら寒さを知っていた。 『アンタ、まさか経時?』 「その通りです。ここからは『私』がこの場を担当しましょう」  それは周防キョウジの第三人格、未来を担当する『私』、周防経時だった。 『今度は経時が出てきたの?』 「あなたさっきから疑問符ばかりですね。それはともかく『私』が出たのはこれ以上この体を傷つけさせないためですよ。幻時のやり方は荒過ぎますからね」 『それは確かに。で、何か策はあるの?』 「あなたの能力を使ってはやいところ片付けちゃいましょう。火を吐くのは厄介ですが、あの機械の獣はどうも本物の獣に比べても劣る程度の知能しか持ち合わせていないようです。動きが単調すぎる。ランクで言えば、下の上、高く見積もっても中の下程度でしかありません。本来なら永劫機が苦戦するようなレベルじゃないんですよ。本来なら」 『いちいち、嫌みっぽいわねえ本当に。じゃあ何で苦戦してるって言いたいのよ』 「一つは幻時のあなたの能力を活かす気の無い戦い方、そしてもう一つはあなたです。メタトロン、あなた実戦経験殆どありませんね?」 『うっ、それは……』  経時の言う通りだった。メタトロンには片手で数える程の実戦経験しかないのだ。 「まあ、いいんですよそれは。ともかく今は目の前の敵です。私の指示通りに動いてくださいね」 『はいはい、わかったわよ』  不承不承といった感じで頷くと、メタトロンは経時の声に耳を傾けた。  メカ豹は抜け目なくメタトロンと経時を睨みつけると、飛びかかる体勢に入った。先ほどは人間の方に注意を向けなかったせいで不覚をとったが、今度はそうはいかない。  十分に力を溜めると、メカ豹はメタトロンに飛びかかる。と見せかけてメタトロンと経時の前に着地すると口に力を込めた。飛びかかったのはフェイントだ。火炎放射で経時とメタトロン、両方を仕留める腹づもりだったのだ。  だが、メカ豹の眼前にあるのは機械と人間ではなかった。その目の前には大きな看板があった。それで防御するつもりなのだろうが、たかがプラスチックの看板では無意味だ。まとめて燃やし尽くしてやる。 「とでも、考えてるんでしょうかね。あの豹は」 『そんなのいいから、とっとと動きなさい!』  叫びをあげる。メカ豹は大きく口を開け、今まさに火炎を放射しようとしていた。 「わかってます。いきますよ」  メタトロンはちょうど自分と経時が身を屈めれば全身を隠せる程の大きさの看板を前に掲げる。  それを確認すると経時は右手の指をパチンとならし、口を開いた。 「時間停滞《デッド・ロック》」  それは永劫機メタトロンが誇る能力。無機物の時間を操る超常の能力。  メカ豹の火炎が看板に到達すると同時に、メタトロンが手を触れた看板の時間は停滞する。  本来ならば一瞬で溶けるだろう看板は、だが火炎を受けても溶けるどころか全く変形する事はない。メカ豹は躍起になって火を吐き続ける。 「ほう、さすがですね、時間停滞。ただのプラスチックがこうも頼もしくなるとは」  経時は感嘆の声をあげる。 『わかってると思うけど、これはあくまで看板の時間を停滞させて、外部の影響を受けないようにしただけだからね。それも一分しか持たないんだから。一分過ぎたらその分の影響をまとめて受けるから、こんな看板なんて一瞬で消し炭になるわよ』 「わかってます。そしてあなたが同時に時間停滞させられるものは三つだけ。それもあなたが触れているものだけでしたね」 『そういう事。次はどうするの? あと、二つまでなら時間停滞できるわよ』 「そうですね。じゃあ、そこの棒を使いましょうか」 『どう使うかはなんとなくわかるけど……。アンタも大概残酷よね』 「『私』は京時の中の大人のイメージ、歪んだ未来の象徴ですからね」  そう言うと、経時は自重気味に笑った。  メカ豹は躍起になって火を吐き続けた。周囲はその火炎に包まれて行くのに真正面の看板だけはどうしても焼く事ができない。看板の後ろにいるであろう機械と人間はもう逃げたのだろうか。周囲に炎が広がった事によりその姿を視認する事は出来ない。獲物を取り逃がす事はそのプライドが許さなかった。  らちがあかないと判断し、メカ豹は火炎放射をやめた。周囲は燃え盛り、看板を回り込むことはできない。かくなる上は、看板を飛び越えて、逃げた獲物を追うしか無いだろう。数メートルの跳躍など雑作も無い事だ。足に力を込めて看板を飛び越える。看板を遥かに超える高さの跳躍。  だが、メカ豹が獲物を追う事はなかった。  跳躍し、空中で無防備な姿を晒すメカ豹の喉に棒が突き刺さり、貫通する。そのままメカ豹は自らが吐き出した炎の中に落ちた。 「|歪めた時の代償《タイム・パイル・アップ》」  時間停滞で止められているモノにかかった力は、停滞が終わると同時に一気にそのモノに影響する。それを利用してモノを停滞させた状態で一方向に全力で力をかける事で、停滞を解除すると同時に弾丸の如きスピードでモノを飛ばし、標的に叩き付ける。仕込みの多さが面倒だが、今回は相手の知能のおかげでその技は完璧に炸裂した。喉を突き破られ、そして炎に焼かれたメカ豹は猪と同様、爆発を起こして粉々に砕け散った。 「何とかなりましたか」 『やったじゃない! 私たち、意外といいコンビかも』  メタトロンは勝利の喜びを全身で表現し、飛び跳ねる。三メートルの巨体が飛び上がり、着地する衝撃で地面は揺れ、経時は思わず転倒しそうになる。 「その巨体ではしゃがないでください、鬱陶しいですよ」 『アンタは、全く、どこまでも……。まあ、それはともかくあれはなんなの? ラルヴァじゃないわよ』 「なんでわかるんですか?」 『私たち永劫機は倒した相手の時間を奪う事ができるはずなのに、出来なかったのよね。だから、あれはラルヴァではない』 「やはり、そうですか。そもそもコンテナから出たところから怪しかったわけですが」 「ご明察ですね。 いかにも、アレらはラルヴァではないですよ」  経時とメタトロンの前に突然、男が現れた。その男はスーツに顔の上半分を覆う仮面をしている。それはまるで、『オペラ座の怪人』の怪人・ファントムのようだと経時には思われた。 「不躾ですね。あなた、なんです?」 「私はオメガサークル・アクセントのマイスター、ラメントといいます。以後よろしく」  男は恭しく頭を下げる。その仕草は芝居がかっていて、メタトロンには不愉快だった。 「どこから突っ込んでいいのか返答に困りますね。とりあえず、オメガサークル・アクセントとは? オメガサークルは聞いた事はありますが、どう違うんです?」  オメガサークルという組織を周防キョウジは知っていた。忘れるわけもない、自分達の仇であるかつての『兵器開発局』の残党で結成された、非合法な研究に手を染める組織。  現在の周防京時の復讐の対象である。 「ああ、私たちは下部組織のようなものです。オメガサークルと思っていただいて問題ありませんよ。まあ本体とは殆ど交流はありませんので向こうの情報は殆ど知りませんけど。ちなみにマイスターというのは、そう幹部みたなものだと思ってください。これも本部にはない呼称ですけどね」 「はあ、そうですか。じゃあ、先ほどのメカ豹とメカ猪はあなた方が作ったものと?」  芝居がかった言い方のラメントに対して経時も調子を崩す事はなく、飄々と会話をしている。 「いかにも。我々は本体のように人をいじくるのにあまり興味がなくてですね。今日あなた方が破壊したのは我々が開発した超科学の産物、|機械仕掛けの獣《ベスティーア・エクス・マキーナ》のうちの二体です」 「ほう、それでここでそれを放した目的は?」 「実験ですよ、実験。この双葉学園で適当な異能者と戦わせてデータを取ろうと思ったんですよ。でも幸運でした。まさかかの有名な永劫機と出会えるなんて。で、ここからが本題なんですけど。その永劫機、私たちにくれませんか?」  相変わらずの芝居がかった口調だが、ラメントと名乗る男はとんでもない事を言い出した。本当にそんな事が通ると思っているのだろうか。 「話になりませんね。メタトロン、やりなさい」  今度は経時もとんでもない事を言い出した。 『やるって、そこの人を殺せって言うの?』 「当然です。下部組織だろうがなんだろうが、オメガサークルと名のつく組織の人間を生かして返す道理は私たちにはありません。殺しなさい」  いつもの冷徹さとは違う、怒りを隠そうともしない経時の態度にメタトロンは困惑する。 「おお、こわいこわい。じゃあ私はここで退散するとしますか」 「逃がすわけがないでしょう。やりなさい! メタトロン!」  経時の剣幕に圧され、戸惑いながらも腕を振り上げ、メタトロンはラメントと名乗る男に拳を突き出す。  だが、その拳は空を切った。拳が当る直前で、ラメントの姿はかき消えたからだ。 『何、どうしたの?』 「テレポート、ですか。まあ、のこのこ私たちの前に姿を見せた時点で、そのくらいの安全策を講じているとは思いましたが……」  経時は顔を下に向けて、深く溜息をつく。 「『私』とした事が情けない反応でしたね。京時、あなたに主導権を渡します。今日はとりあえず、もう家に帰りましょう。明日からまた忙しくなりそうですから」 「あれ、体が動く? 『僕』は……。っていたたたたた!」  体の主導権が京時に戻と同時に、彼は凄まじい痛みに襲われた。打撲に加えて、全身に軽度の火傷。全身が燃えるような感覚がある。幻時と経時はよくもこの痛みで平然としていられたものだ。 「あれ、そういえばメタトロンは?」  京時は周囲を見回すが、どこにもその白と緑の巨体は見当たらない。懐中時計に戻ったのかと思い、ポケットをまさぐるが、そこに懐中時計は無かった。 「それって、ボケのつもり? ここにいるしょう、ここに」 「あれ、メタトロン? どこ?」  もう一度周囲を見回すがやはりメタトロンは見当たらない。あの大きさを見落とすわけはないのだが……。 「ここっていってんだろこのどヘタレ!」 「あわびゅ!」  腹部に猛烈な衝撃を受けて京時は前屈みになる。前屈みになった京時の顔の目の前には……緑色の瞳があった。  白い髪に、肌に、服に、羽根に緑の瞳とネックレス。紛れも無い、それは精神世界でのメタトロンだった。 「メタトロン? なんで?」 「正式に契約したからね。これからは現実でも実体化できるようになったってわけ。これだけの美少女が側にいるなんて嬉しいでしょう」  京時の聞きたかったことは、そういう事ではなく、精神世界では百六十センチ程度はあったはずのメタトロンの身長が今、この現実ではおそらく百四十センチちょっとしかない、という事についてだった。だが、それを聞けばもう一発、どこかに強烈な打撃を喰らう事は間違いないので黙っている事にしようと思う。 「それよりさ、ほら、そこ」 「そこ?」  メタトロンが指し示す方向には、先ほど、幻時が助けた少女がいた。さらにその後ろには少女の母親らしき女性が立っている。再会できたのだろうか。  京時と目が合うと少女はにっこりと笑い足早に近づいてきた。そして京時の目の前にたつとぺこりと頭を下げる。 「ありがとう、お兄ちゃん。助けてくれて」 「いや、僕は、何も……」  助けようとしたのは確かだが、実際に少女を助けたのは京時ではなく幻時だ。だが、それを伝えたところでどうにかなるものでもない。京時が困惑していると、少女は京時の手を取り、その手のひらに何かを置いた。 「これ……飴玉かな?」 「うん、助けてくれたお礼。そっちのお姉ちゃんの分もね。じゃあ、ばいばい、お兄ちゃん」  少女は最後にもう一度ぺこりと頭を下げると母親に向かって走り出した。母親も京時に向かって深く頭を下げている。 「飴、か。ほら、メタトロン。君の分もあるらしいから」  京時は二つの飴のうちの一つをメタトロンに渡すと、もう一つはポケットにしまった。 「あら、アンタ舐めないの?」 「うん、あの子を助けたのは『僕』じゃなくて幻時だからね。今度幻時が表に出た時に舐めればいいよ」  受け取ると同時に早速袋を開けて口にあめ玉を放り込んだメタトロンの問いに、京時はそう返答する。 (ああ!? 俺はいらねーよ飴なんて。テメーが舐めろてメーが。大体俺は甘いものが嫌いなんだよ)  頭に幻時の声が響く。その声はぶっきらぼうだが、どこか照れが混じっているようにも京時には感じられた。同じ感想を持ったのか、メタトロンも笑っている。 「結構優しいんだね『俺』は」 (ああもう、うるせえ! いいからとっとと舐めろよ。大体俺達は三人で一人の周防キョウジなんだからな。誰が何を助けようと飴を舐めようと関係ねえ!) 「わかったよ、じゃあ、周防キョウジを代表して『僕』が飴をなめさせてもらうよ」  京時はそこまで言うとポケットから飴を取り出し、袋を開けて口に放り込む。レモンの味がした。 「甘いね」  それだけ言うと、京時は微笑んだ。いつもの作った笑顔ではない、心からの笑顔だった。 「馬鹿ね、飴が甘いのは当たり前じゃない」  口は汚さとは裏腹にメタトロンも笑みを浮かべる。 ————四つの心が、同じ時を刻み始めた。      **  メタトロンと戦闘した翌日、京時は始業ギリギリの時間に教室に滑り込んだ。普段なら始業の三十分前までには登校している京時にしては異例とも言える事で、クラスの注目が少しだけ京時に集まった。  こうなったのは前日の戦闘と、さらにメタトロンが『メタトロン様歓迎パーティ』と称して勝手にケーキやらジュースやらを買い込み、一人というか一体で騒いでいた事が原因だった。その馬鹿騒ぎは最終的に経時が表に出てメタトロンを脅した事で収束したのだが、それでも睡眠時間は大幅に削られて、京時は寝坊をしてしまう。おまけに懐事情も相当にマズい。  クラスの注目は、すぐに京時から離れていった。昨日の騒ぎはまだ広まってはいなかったらしい。京時はホッとして、授業に向き合う。 (京時、ちょっといいですか?)  ぼんやりと教師の話を聞いていた京時の頭に声が響く。それは経時のものだった。声そのものは京時も幻時も経時も同じものだが、その声が経時のものである事は何故か理解できる。 (今後の事についてちょっと話をしておきたいと思いまして) (どういうこと?) (私たちが昨日、永劫機を召喚して戦闘した事は既に学園側に知られているでしょう。近いうちに醒徒会に呼び出される事はまず間違いありません) (そうか、そうだろうね)  その事は京時も考えていた。永劫機について聞かれた場合、どうするのか。 (どうやら、しらを切る事もできないようです。この学園には他の永劫機もいるようですから。永劫機の存在自体がそれなりに知られています) (え、そうなの!?) 『そうよ。メフィストフェレスと、それにロスヴァイセかしら』  彼の胸ポケットの中の深緑に輝く懐中時計が囁く。 (え!? そうなの? それって結構重大な事実なんじゃあ) 『別に重要じゃないでしょ。十二体の永劫機のうち最強の永劫機を決めてどうこうとか、そういうのじゃないし』  メタトロンは事も無げに言い放つ。そもそも京時には永劫機が全十二体という事すら初めて知った事実だ。 (いや、でも一応姉妹とかそういう括りでしょ? 会ってみたいとかそういうのは……) 『ない』 (はあ、さいですか……)  取りつく島も無いメタトロンに何故か京時はガッカリした。別に彼女が他の姉妹に会いたいと考えた所で何かが変わる訳ではないのだが。 (話を戻しますよ。永劫機が知られている以上、その戦闘能力を求められる事はまず間違いないでしょう) (まさか、僕らもラルヴァ討伐に駆り出されるってこと?) (そうです、その場合にどうするか、という事ですよ) (何を言ってるんだよ、断るに決まっているだろう) (そう、そこです。京時はそう言うと思っていましたよ。でも、それじゃ困るんですよね) (なんで?) (いいですか? 私たちはメタトロンを召喚する度に時間を使います。時間を使い切れば、私たちは消滅する。他者を殺してその時間を奪えばいいんですが、今回の相手はただの機械で、それは不可能でした) (そう……だね。確かに) (ちなみにメタトロン。私たちに残された時間はどのくらいなんですか?) 『ん、知らない。 私、そのへんのセンサー壊れててさ。わかんない』  メタトロンはそんな事は関心が無いとばかりに言い捨てた。 (本当に使えない駄ロボですね。あなたは。……とにかく、私の言いたい事はわかりましたね、京時?) (ああ。ラルヴァ討伐に参加して、ラルヴァの時間を奪うってことだね?)  駄ロボと言われたメタトロンが何か騒いでいるが、京時と幻時はそれを無視して話を続ける。おそらく昨日遭遇したオメガサークルの下部組織の兵器も自分からメタトロンを奪おうとしてくるはずだ。戦闘系の異能者の知人を増やしておく事はプラスになるだろう。 (そういう事です。この駄ロボと私たちだけでは敵わない敵がいずれ現れるでしょう。そうなった時、助けてくれる人が、私たちには必要です) (そうだね。わかったそうしよう)  心の中で頷くと、京時は会話を打ち切り、授業に集中した。平穏な日常はもう戻って来ないだろうが、言い訳のような諦めを積み重ねて生きているよりはいいだろう。そう思った。  はっきりとそれまでの日常が崩れたのは、その日の昼休みの事だ。弁当を取り出した京時の机に、チェリオが置かれる。 「ん、チェリオ?」  そのチェリオを置いた男は……佐々木だった。横には佐藤も立っている。  二人はあからさまに昨日までとは雰囲気が違う。二人とも髪を金髪に染めていたはずだが、丸坊主になり、ピアスもはずしている。さらに違和感があるのはその緊張した表情だ。脂汗までかいているではないか。 「え、あの……佐々木君に佐藤君? どうかしたのかな?」 「いや、あの俺たち、昨日の事、いや昨日までの事を反省しまして」 「昨日? なんのこと?」  京時の脳内には様々な疑問符が浮かび上がる。わけがわからない。  状況が飲み込めず困惑していると、佐々木と佐藤は意を決したように頷きあう。そして、次の瞬間、彼らは土下座をしていた。 「「俺たち、間違ってました! このとおりです。勘弁してください、周防さん!」」  二人の声が奇麗にハモリ、教室中に聞こえるような大きさで京時に謝罪する。 「いやいや、なんの事だかさっぱり……」 「ホントすんませんでした! なんでもやりますから、アレだけはご勘弁を!」 「アレ? なんの事……」  そこまで言ったところでようやく京時は彼らがこんな事を言う原因に思い至った。 (幻時に経時、君たち二人に何したの?) (ぎゃはははは! 超おもしれえなコイツ等!) (さあ? でも悪いようにはしていませんよ。気になるなら後で携帯の写真フォルダを見てください)  教室は不良二人のいきなりの変化と、その二人がそれまで影でいじめいたと思われていた周防キョウジに土下座をしているというありえない展開に騒然としている。  この学園に来て以来、これほど多くの人間の視線を集めたのは初めてだ。    京時は自分の平穏な日常が終わった事を、はっきりと自覚した。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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