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括弧、推理、城にて(前編)  ◆0RbUzIT0To




海馬達が案じた策――脱出への第一歩、首輪の解析に関しては目処がついた。
Niceboat.のコンピューターから主催側のメインコンピューターへ向けてのハッキングによる首輪機能の停止。
それさえ成功すれば、この忌々しい枷は外す事が出来る。
しかし、それだけではまだ脱出へのロードは切り開かれた事にはならない。

「……どうしたものかしらね」

黒く淀んだ瞳を鈍く輝かせながら、春香は呟く。
絶対安静の亜美を探しに行った彼女は、その目的の人物を中庭で発見をした。
有無を言わせず寝室へと戻そうとしたが、亜美は日吉と共に何やら特訓をするつもりらしくそれを頑なに拒んだのだ。
力づくで連れ帰ろうにも、そんな事をして余計に亜美の容態を悪くしたら本末転倒だと春香は呆れ半分、二人に無理をしないように告げて戻ってきたのだった。

「脱出経路……ね」

脱出経路……即ち、この場から逃げ出す算段を彼女達は持っていない。
首輪を外した所で、それはただ枷を外しただけに過ぎず彼女達は未だ檻に閉じ込められたまま。
その檻を破る手段を見つけなければ真の脱出へのロードは未然防がれたままである。

「あの山を越えるというのも無理がある……あれだけの険しい山、怪我人を引き連れている我々ではそう易々と登れはしまい」
「それに、あの山を越えた所で何があるとも知れないしね」

今、彼らがいるのは大広間。
休息をするのならば寝室でもいいものかと思ったのだが、不測の事態にもすぐさま対応出来るようにと戻っていたのである。
そのお世辞にも座り心地がいいとは言えないソファーで体を休めながらもそれぞれの頭を捻らせて脱出案を練る。
だが、その四人がどれだけ苦心しても一向にいい案は思い浮かばない。
主催者の根城に攻め込むにしろ、それぞれのいた場所に戻るにしろ、その手段が無いのである。
何も考えが浮かばぬままそれぞれが沈黙し――その場を静寂が包み込んだ瞬間。

「方法ならあるわ」


凛とした声が大広間に響く。
四人は一斉に声のした方向へと振り向き、その声の正体を見る。

「もっとも、私が見つけたものじゃないけどね」

四人の視線の先には、少しだけ自嘲気味にそう呟く血塗れの巫女が立っていた。

「霊夢ッ――!」
「久しぶり……というべきかしら?それにしても、なんて格好してるのよ」
「うっ、こ、これはその……」

ようやく見つけた知人との再会に、思わず駆け寄ろうとしたアリスの足がその言葉を受けて止まる。
彼女が今羽織っているものは男性用の胴着が一枚だけ。
しかも、アリスの体型に大してそれが大きすぎる為に色々と目に毒な事になっているのだ、霊夢の言葉も当然といえば当然。
しかし、よくよく見回してみると、他の三人も大なり小なり格好がおかしい。
コスプレをした正義の味方、チャイナドレスを着こなす黒い瞳を湛えた閣下、半裸の胡散臭い男。
断言していいだろう、知らない人物が見たら間違いなく裸足で逃げ出すに違いない。
溜息を吐きながら、まだまごついているアリスの横を通り抜け霊夢は寝室へと通じる廊下へと足を向ける。

「海馬、ベッドは空いてるわよね?」
「空いてはいるが……まさか、寝たいなどと言うつもりではないだろうな?」
「そうしたいのは山々だけど、許してくれないでしょう?……この子を寝かせてあげるだけよ」

そう言いながら、霊夢は背を向きその負っていた少女を場にいる者に見えるようにする。
その瞬間、アリスと彦麿が息を呑み、春香の瞳が鈍く光り輝いた。
空気が変わった事に気付いた霊夢が、三者を見つめ返し問いかける。

「……何?この子を知っているの?」
「よく知っているわ……どこで拾ったのかしら?」
「ここからそう離れてはいないわ、それで……私はこの子を拾ってよかったのかしら?」
「ええ、礼を言わせて貰うわ。その子とはまた会って話さなきゃいけない理由があったから」


言いながら霊夢に近づき、その背負った少女を春香が引き受けつかさの様子を見る。
つかさが危険な状態である事は素人目にもすぐわかった。
話を聞くのは彼女の体調が戻ってからだろうと、春香はその焦がれる思いを押し込めて寝室へと向かう。
その様子を見送った後、霊夢は近場にあったソファーに座り込み大きく息を吐く。
ここまでの疲れやストレスが一気に押し寄せてきた為、思わずその眉間に手をやりそれを押し込める。
ようやく一息をつき、安堵した瞬間に鼻腔を通っていったものは血の匂い。
ちらりと立ち尽くすカイバーマンに目をやれば、その隣にいつもいた元気な少女の姿が確認出来ない。
それだけで、ここで起きたのか大まかに予想が出来た。

「そっちも大変だったようね……」
「様子を見た限りでは、そちらも……だな」

そう言うカイバーマンの口元には、いつもの嘲笑うかのような笑みは浮かんでいない。
恐らくは、彼もまた霊夢の身に起こった事柄について見当をつけたのだろう。
いつも霊夢の隣にいた食いしん坊恐竜がいない理由に。
……再び脳裏を掠めた彼の姿に意識を飛ばしていると、カイバーマンが向かいのソファーへと座りメモとペンを霊夢へと差し出す。
その横にはアリスと彦麿が座り、カイバーマンと同じように瞳を霊夢へと向けている。

「お前も疲れているのだろうが、そうも言ってられん状況だ。
先ほどの言葉の続き……詳しく聞かせてくれ」
「……感傷に浸る暇は無い、か。でも、私がそれを教える必要は無いわ」
「どういう事だ?」
「私よりも、もっと上手く説明出来る人間がいるのよ。
だから、私よりも彼女に聞いた方が話は早いと思う」
「……そいつは今どこにいる?」
「中庭。KASと日吉と亜美と、あとピンクの丸いのと一緒にいる。もうしばらくしたら入ってくるでしょ」

それきり、もう何も話したくは無いとばかりに霊夢は口を噤み視線を宙へと投げかけた。
戻ってきた春香が隣に座ろうとも、特に何も反応せずそのままの姿勢を保つ。
そのまま数分、再び大広間は静寂に包まれていた。
しかし、その沈黙に耐えかねたかのように一人の少女が口を開く。


「ねぇ霊夢、その……」
「……何?」
「魔理沙の、事なんだけど……」
「……ああ、そうね」

少女の言葉に、霊夢はすぐさま思い当たる。
目の前にいる正義の味方は、霊夢が何故この城から出て行ったのかを知っていたのだ。
二人の間で情報交換をされていたのだとしたら、少女の言葉の意図がすぐ読める。

「話すわ、私が城を離れてから何がしてきたのか」

順を追うようにして、自分が城を離れてからの行動を話していく。
離れてすぐに見つけた血に染まった白黒の衣服、Niceboat.でレイジングハートが解析をした首輪の情報。
親友を殺めた外道の最期、町での変態とのカーチェイス、そして……。

「ヨッシーは死んだ……私のせいでね」

町で富竹に無理やり従っていたヨッシーは、更なる混沌を齎した吸血鬼に向かって自爆を敢行してその命を散らした。
自分の力が至らないばかりに、彼を亡くしてしまった。
今でもその情景を思い出すと何かが込み上げてくる。
しかし、奥歯を激しく噛んでその感情を押し殺す。

「それで、その吸血鬼は……?」
「……合流したKASと萃香と一緒に、戦ったわ。でも、殺す事は出来なかった……」

その後、萃香は町へロールの説得に向かい、自分とKASは城へと急いでその道中でつかさを発見し保護。
更にこの城へつく寸前に、先に述べた自分よりも脱出算段について上手く説明が出来る人間と合流をした。
それが、城を出てから帰ってくるまでの彼女の行動の全て。
全てを語り終えて、深く息をつくと霊夢はデイバックから一つの黒い帽子を取り出した。

「……!」


それが何なのかを悟った瞬間アリスは口に手を当て悲壮に顔を歪ませる。
見間違うはずがない、あの普通の黒白魔法使いがいつも愛用していた物を見間違うはずがない。
それがここにあるという事は、矢張り、彼女は死んでしまったのだ。
改めてその事実を突きつけられ、思わず隣の胡散臭い男の胸に顔を埋める。
少女の啜り泣きが大広間に響く中、霊夢はそれを一瞥して立ち上がった。

「霊夢?」

少女と同じく悲痛の顔を浮かべていたカイバーマンの疑問の声に答えようとはせず、霊夢はテラスへと足を進める。

「話は終わったし、休憩も十二分に取れたわ……あの吸血鬼を退治してくる」
「なっ!?」

それだけを告げ、霊夢はレイジングハートを起動しその足に桃色の羽を生やす。
レイジングハートは、それを咎めようとするものの霊夢は聞かない。
慌て、カイバーマンが立ち上がり霊夢の肩を掴む。

「待て、貴様の話ではその吸血鬼はKASと萃香という鬼の力を合わせても太刀打ち出来るものではなかったのだろう!?
貴様一人で戦いを挑んでなんとかなるものではあるまい!」
「大丈夫よ、あの子との戦いでその吸血鬼も弱っているはずだもの」

KASは確かに頭に問題はあるがその実力は折り紙つきだ。
萃香にしても制限がなされているとはいえ、彼女の持つ鬼の力は強大である。
その二人と協力をして尚、倒せなかった吸血鬼にたった一人で敵うはずがない。
それがわかっているからこそカイバーマンは霊夢を止めるが、霊夢はそれを冷たくあしらい更に歩みを進める。

「あいつはヨッシーを殺したわ、私にはその責任を取る必要がある。仇を取る必要がある。
心配はいらない……私はあのYOKODUNAも一人で倒したもの、魔理沙の仇を取ったもの。
今度もなんとかなるわよ」


そう、今から大体半日前にこの城を出た時は、共に異変を解決してきた黒白魔法使いの仇を取る為だった。
そして、その仇討ちは見事上手くいった。
だからこそ、今度もきっと大丈夫だと。
この殺し合いの場に連れてこられてずっと一緒にいたあの恐竜の仇を必ず取れるのだと霊夢は信じていた。

「そうよ、これくらい訳ないの……今まで解決してきた事件に比べれば、これくらい……」

言い聞かせるようにそう呟くと足元へと魔力を込める。
肩を掴んでいたカイバーマンの手を強引に引き剥がし、やや白みがかってきた空へと飛び出そうとしたその時。

「クスクスクス……」

黒い笑い声が聞こえた。
振り返り、声の元を見る。
全てを見下し、嘲笑うかのような微笑みを湛えた黒き瞳を持つ者がいた。

「……何?」
「別に……ただ、滑稽に見えただけよ。あなたがね」

問いかけた霊夢に返ってきたものは嘲笑交じりの言葉。
その言葉に、カッと全身が熱くなり顔が紅潮する。
可笑しい?滑稽?一体、今の自分の何が滑稽だというのだろうか。
憤怒と疑問の表情を浮かべていた霊夢に、春香は言葉を続ける。

「柳の下の泥鰌……一度上手くいった仇討ちが今度も上手く行くと誰が保証出来るのかしら?
その相手が、強大な敵というのなら尚更。それを人は勇猛でも蛮勇でもなく、無謀と呼ぶのよ」
「……無謀だろうがなんだろうが構わないわよ、私はあいつと戦えれば――」


「あら?仇討ちをするのではなかったかしら?」
「ッ……!」

不意に立ち上がり、立ち尽くす霊夢へと春香は近づいていく。

「そう、あなたは勝とうが負けようが構わないと考えてる……駄目ね、それでは。
そんな気の持ちようで戦ったら勝てる相手にも勝てるはずがないもの」
「違う……私は勝つわ、必ず。いつものようにね」
「……まるで英雄気取りね」
「ッ!」

理性が働く前に、体が動いていた。
レイジングハートを握り締めていた方とは逆の手を大きく開き、思い切り春香目掛けて叩きかける。
カイバーマンが止めに入る暇もなくそれは春香の頬へと近づき。

受け止められる。

「なっ!?」

「ほら、ね?すぐ挑発に乗って体が動く……。図星を刺されたかしら?それとも、単に短気なだけ?
どちらにしろ、矢張り無謀ね」
「ッ!あんたに……そんな事を言われる謂れは!」
「霊夢……?」

いつになく感情的な霊夢の口調に、ようやく感情が落ち着いたアリスが声をかける。
しかし、それすらも聞こえないかのように霊夢は怒りを募らせてゆく。
目の前の少女は黒かった、とてつもなく黒かった。
闇を操る程度の能力を持つ妖怪なんかに比べて、圧倒的に黒かった。


だからこそ、腹が立つ。腸が煮え繰り返る。
何故そんな者にここまで言われなければならないのか、闇を具体化したような者に自分の行いを咎められなければならないのか。

「あんたにはわかんないでしょうけどね、私には責任があるのよ!
ヨッシーを死なせてしまった、その責任が!
だから私は――」
「死ぬ?責任を取る為に、態々死にに行く?また英雄気取りね」
「ッ!?いっ……!が……」

叫ぶ霊夢の腕を捻り上げ、春香は嘆息する。

「責任、責任……馬鹿の一つ覚えみたいにそればかり。
大体、私にわからないってどういう意味よ、そっちの方がむかつくわね」
「もうよせ、春香!それ以上は……」
「嫌よ、むかつくもの。それと私は閣下と呼びなさい」

見かねて仲裁に入った彦麿を睨みを利かせて止め、春香――否、閣下は言葉を紡ぐ。

「責任感、義務感、大いに結構。やれる事をやる者がやるのは道理だものね。
でも、今のあなたはそれを言い訳にしているだけに過ぎない……違うかしら?」
「違っ……!」
「違わないわね、その反応は図星を刺されたもののそれよ」

じわじわと言葉で責めながら更に腕を捻り上げていく。
霊夢の顔は苦痛に歪み始めるが、閣下は手加減をする様子をまるで見せない。
まるで罪人に罰を与えるかの如く、責めを強めてゆく。


「あなたは逃げているのよ、ヨッシーと霧雨魔理沙の亡霊からね。
救えなかった、助けられなかった、力を持つ自分がいたのに守れなかった、だから自分には責任がある、責任を取らなきゃいけない。
茶番ね……力があろうが無かろうが、死ぬものは死ぬし、生きるものは生きるわ」
「だまれ……!」
「真理よ……っと、これ以上やると本当に折れちゃうかもね」

そう言い放つと共に、閣下は霊夢を床に叩き伏せる。
小さな呻き声を呟きながら霊夢は倒れこみ、すぐさまアリスが駆け寄る。
しかし、それを無事な方の腕で振り払って霊夢は自身を見下ろす閣下に目を向ける。

「誰が逃げてるっていうのよ……!私は二人の死をちゃんと受け止めているわ。
だから――!」
「責任を取る……でしょう?聞き飽きたわよ」
「ッ!だったら、聞くな!」
「そういう訳にもいかないのよ、ここであなたを死地に向かわせたら……私もその『責任』を背負わなきゃいけないからね」

霊夢に振り払われたアリスは、それでも尚閣下に食いかかろうとする霊夢を止めようと体を押さえつけていた。
霊夢が暴れる度に胴着が捲れ上がり、その肌が露になるが気にする素振りは見せない。
必死に霊夢に縋り、止める。

「そもそも責任を取るって何かしら?仇を取る事?自分も死ぬ事?守ってもらった命を大事にして生き抜く事?」
「仇を取る事よ」
「そう、ならそれをヨッシーや霧雨魔理沙は望んでいて?」
「それは――」

魔理沙はあんな性格だ、仇を取ったならきっと喜んでくれている、と思う。
もしかしたら自分に倒せなかった相手を――と悔しがっているかもしれないが、それでも怒る事はないだろう。
だが……ヨッシーはどうだろうか?彼は少し頭が弱くて何よりも食事に対して貪欲で間が抜けていたが、心優しい恐竜だった。
そんな彼が、危険を冒してまで仇を討つ事を望むだろうか?


彼は最期の言葉に、彼の仲間の事を話していた。
大食漢ではあるものの、気のいい仲間だと……遊びに行ったなら、その彼らと仲良くして欲しいと。
だとしたら、彼が望むものはその仲間に彼の最後を伝える事?
いや、そんな事は一言も言っていなかった……彼は、彼の仲間に会えとは一言も言っていない。

「わからない……」
「そうよね、死人は言葉を話さないから何を望んでいるか何をすればいいのかなんてわからない。
だからこそ、責任なんてものは取れないのよ」
「責任が……取れない……?」

放心したように呟く霊夢に、閣下は先ほどまでとは打って変わって諭すような口調で言葉を投げかける。

「結局の所、死人相手に責任を取るなんてのは自己満足にしかならないのよ。
生きてる者がその死人に対して出来るのは、悲しむ事と想いを継ぐ事くらいね。
だから、割り切りなさい。その者の死は死であると、受け止める」
「……そう簡単に、割り切れる訳ないじゃない!」

簡単に割り切れたとするなら、どれだけ楽だろう。
この心に降りかかる重く苦しい重圧感が取れるというのなら、どれだけ楽だろう。
そうする事が、今の霊夢にとって最良の手段であるという事くらい自分でもわかっている。
閣下の言葉の全てが自分の図星を突き、正論であるという事もわかっている。
しかし、そう簡単に人の心というものは移ろうものではない。
ヨッシーは霊夢の目の前で死んだ、自分がもう少し上手くやっていればと思えば思うほど、その自責の念は一層強まる。


尚も体を押さえつけていたアリスを振りほどき、霊夢は立ち上がり宙に浮く。
そして、足に生えた桃色の翼をはためかせてテラスの方へと全速で駆け抜ける。
止める者は何もいない、いや、余りの行動の速さに誰もが反応出来ていなかった。
唯一肉体的にその速度に追いつけるはずの閣下は、冷ややかな瞳を霊夢へと向けている。
どう思われようと構わない、仇を討てれば、責任が取れれば――それで構わない。
そのまま、テラスを抜けて大空へと飛び上がろうとしたその時。

「シリアルは禁止だって言ったろレムー!!」

その空気をぶち壊す声と共に、霊夢の腕は掴まれた。

「ッ……!離して、KAS!!」
「さっきから『……』が多いぞ、レムー!シリアルな証拠だ!俺は言ったはずだぞシリアルは駄目だって!
とりあえず、落ち着けって。ほら、ここ寒いから中入るぞっていう」

そう言うと強引に霊夢の腕を引っ張って再び大広間へと戻る。
少女は必死に引き剥がそうとするものの、KASが強く握っているそれはそう簡単に剥がせない。

「割り切る割り切らない、難しい事ばっか話すんじゃないっていう。
そんなに割り算が好きかレムーは!レムーが割り算なら俺は加減乗除の加になる!!」
「また訳のわからない事を……!」

先ほどまでの切迫していた空気とはまた違う意味で、大広間には緊張感が漂っていた。
違う点は、霊夢と論争をしているのが理知的な閣下ではなく感情的であり且つ言語能力にかなり不備があるKASであるという点である。
KASは霊夢の腕を掴んだまま、顔を思い切り近づけて力説する。


「でっていうが死んでからレムーはおかしい!シリアルになる回数が多い、その上なんか変!よくわかんねーけど!」
「常時変なあんたに言われたくは無いわ!」
「俺のどこが変だっていう!?俺はいつだってTASの上を行く男!!変なはずがないっていう!!」
「もうよせ、KAS。貴様が話していてはラチが明かん……」
「うるせーカイバー、俺はレムーと話してんだ!スッコンドビッチ!」

カイバーマンを一喝し、KASは再び霊夢に向き直る。
表情はいつもと同じく、何を考えているのかわからない。
そして、態度もまたいつもと同じく――真剣なもの。

「でっていうの死が割り切れない?だったら、何だって俺に言わない?」
「あんたに言った所で……」
「だからレムーは馬鹿だってう!割り切れない、割り切れないって割り算も出来ない馬鹿だ!」

唾を飛ばしながらKASは叫び、そこで一拍置いて霊夢の瞳を覗き込んだ。
少女の瞳に死地に向かう事への恐怖は無い、そこにあるのはただ一人で恐竜の死を背負ってしまった事に対する責任感と罪悪感。
それを見つけたからこそ、KASは大声で叫ぶ。

「割り切れないなら、括弧で括って俺を足せ!!」

それは、いつもの如くKAS独特の言い回しで理解が不能な言葉だった。
だからこそ、霊夢も……そして、そこにいた全員がその言葉の意図をすぐに理解出来なかった。
それがわかっているのかいないのか、KASは更に言葉を続ける。

「割り切れないってのは、数字が足りてないんだ。
だから、ずっとずっと割っていっても小数点が延々と続いて割り切れない!なら、俺を足せってう!」

その言葉を足されて……霊夢達は、ようやくKASの言っている言葉の意味を理解した。
彼はいつだって真剣でいて、それでいて純粋で真っ直ぐである。
つまり彼が言いたいのは、こういう事だ。

『ヨッシーの死を背負うのは、霊夢一人だけでは無い』と。

「っ……!」
「俺だって、でっていうが死んで悔しくて悲しくてでもそんなの俺じゃねぇ!からここまで来たんだ!
それなのにレムーは一人でシリアルして割り切れない割り切れない!!
なんで一人でやろうとすんだ!俺がいるってう!カイバー達もいるってう!!」

ヨッシーが死んで、悲しんでいるものは霊夢一人だけではない。
ヨッシーをよく知り、そして少しの間だけでも過ごしたKASやカイバーマン達。
そして、それは霊夢とヨッシーとずっと行動を共にしてきたパートナーも同じである。

『レイム……』

霊夢が握るその魔法の杖は、言ってしまえばただの道具に過ぎない。
だが、それでもその魔法の杖には感情がある。
共に過ごした仲間を大切に思う慈しみの心と、その死を悲しむ感情が。

『KASは確かに理解不能な言語を用います、その言葉全てを解析するのは不可能でしょう。
ですが、彼の言っている言葉の真意と彼の持つ心は……きっと、今の私の持つそれと同じでしょう』
「……レイジングハート」

「レムーが割り算なら俺は加減乗除の加になる!!」

大事な事なので二度言う。
少女にとってヨッシーの死が余りにも重いものなのだとしたら、それを半分でも引き受ける。
そうすれば、目の前の少女はまたいつもの調子を取り戻してくれるだろうと。
自分の苦手な重苦しい空気を生み出す事も無くなるだろうと、信じて。
純粋なまでの自身の思いの丈を、目の前の少女へとぶつける。

「KAS……」

霊夢は俯き、先ほどとは変わって蚊の無くかのような小さな声で呟く。
彼女は幻想郷で誰にも縛られず、重さも受けずに過ごしていた。
唯一苦楽を共にした仲間であるヨッシーの死を受け、その重荷を背負ってもそのスタンスは変わらないはずだった。
事実、閣下の並べた言葉の前でも彼女は頑としてそれを受けなかったのだから。
しかし、それでも……目の前にいるこの男は霊夢の心の中にまで無理やり入り込み、抉じ開け、救ってみせた。
その重荷を共に背負ってくれると言ってみせた。
KASの持つ能力にはどれだけ難攻不落のステージだろうと攻略してみせる、その奇抜な発想の他にもう一つ。
どれだけ厚い壁があろうとそれををすり抜け、例えダメージを受けても前にひたすら進むその強引さがある。
その強引さが、霊夢の心の壁をぶち破り通り抜け、思いの丈を彼女へと伝えるに至ったのだ。

霊夢の様子に気付いたKASが、その腕を放す。
もう、少女は迷わないはずだ。
少女は理解した……自分のせいで死んだ恐竜は、無謀な仇討ちは望んでいないと。
そして、その死を悲しみ背負ってくれるのは自分ひとりではないと。
だからこそ、少女はその俯いていた顔を上げて目の前の男を見つめて、口を開く。

「ありがとう」

素直に出てきたのは、感謝の言葉。
それを述べる少女の顔には、彼が死んでから久しく見せていなかったその極上の笑みが浮かんでいた。


「さて……こちらは一件落着したとして……」

先ほどとは打って変わって、和やかな雰囲気が立ち込める大広間の中。
閣下はその視線を、一人の少女へと向けた。
少女は閣下から浴びせられる、その人を試すかのような瞳には決して物怖じせずににこりと微笑み返す。

「あなたが、私達に教えてくれるのかしら?その、経路を」
「そうなるかな?かな?」

その言葉を受けて、閣下は満足気に頷くと少女にソファーにかけるよう勧める。
少女が座ると、その対面側に閣下……そして、霊夢の様子を見守っていたアリス、彦麿、海馬とが連なって座る。
横を見れば、中庭から戻ったらしい日吉と亜美、カービィが立ってその様を見つめていた。

「日吉、お主は中庭で特訓とやらをするのではなかったのか?」
「したかったさ……だが、そこの鉈女が埋葬し終わった後、俺達にまで付いて来いって言いやがってな。
俺達は頭働かすのが苦手だっつっても、それでも必要だからって聞かねぇ……。
さっさと話つけてくれた方がありがたいんだがな」

ちっ、と軽く舌打ちをして日吉は半ば自暴気味に言う。
それを受けて少女は少しだけ困ったかのような顔をして日吉に謝罪をするも、それでも尚必要だからとこの場に留まるように説明する。
渋々といった様子で日吉は了承し、その場に座り込む。
そして、ようやく落ち着きを取り戻した霊夢とKASが少女の横に座ると同時に閣下がその口を開いた。

「まずは、名前を聞かせてもらおうかしら?」

にこりと微笑みながら、少女はその瞳に青い炎を灯して答える。

「私の名前は竜宮レナ――。
殺戮の運命をスクラップ&スクラップして打開してみせる、その意思を継いだ者です」


話はまず、レナがこの場に連れてこられてから今までに起きた全てのものを話す事から始まった。
外山浩一、友人キバとの出会い。月の頭脳・八意永琳との対峙。塔で起こった惨劇と、それを超えた意思を継ぐという大きな誓い。
富竹ジロウの強襲。自分達に魔法の知識を与えてくれ、守ってくれていたティアナ・ランスターの死。そのティアナから機動六課の意地を受け継いだ萃香との契り。
水銀燈、キバ、こなた、ピッピ……四人もの犠牲を払ってようやく勝ったTASとの戦い。
そして、ここに来るまでの道程で出会った博麗の巫女とTASを超える男との出会い。

「初めは霊夢ちゃん達の事を疑っちゃったんだけどね……だって、こなちゃんを背負ってるんだもん。
だから、二人には悪いと思ってるけど……」
「いきなり鉈を向けられた本人としては、悪いと思ってる程度ですまして欲しくないけどね」
「うぅ、ごめんなさい……」
「……あの時のあんたとは別人ね。どっちが本性なのかしら」

すっかりいつもの調子を取り戻した霊夢が悪態をつくと、レナが涙目を浮かべて謝罪の言葉を述べる。
レナと霊夢達との出会いは、一言で言えば最悪だった。
それも当然といえば当然、KASと霊夢はその背中につかさとこなたを背負っていたのである。
レナが鉈を二人に向け、冷たい瞳を浮かべて二人を背負っている訳と素性を質問したのであった。
慌て、弁明をした二人の言葉はレナから見て嘘を吐いているようには見えなかった。そうして三人は和解し、この城まで来た。
城につくなり霊夢は城内へ事情を説明に行き、レナとKASは日吉達と共にこなたを改めて埋葬する事にしたのである。
――因みに、その道中レナの口からTASの死を聞かされたKASは喜びとも悲しみともつかぬ曖昧な表情を浮かべ、ただ一言、「そっか……」と呟いただけだった。
しかし、それも一瞬の事……次の瞬間にはまたいつものテンションに戻っていたのだが……。

「あなたの来歴はわかったわ……何だか少し、親近感が沸くわね。同類として」
「どういう意味かな?かな?」
「わかってるくせに……まぁ、いいわ。それよりも……」

と、閣下が呟くと同時にカイバーマンが二枚の紙と白紙のメモをレナへと差し出す。


「あなたが言っていた、博之とキョンの妹……だったかしら?
彼らはこの城には来ていないみたいね……私はここから南の川からこの城へ向かっていたけど、それらしい人影は見なかったもの」
「そう……他の人は、どうかな?どんな事でもいいんだ、手がかりなら……」

会話をしながら、レナは渡された紙に目を走らせる。
そこに書かれていたのは、首輪の解析結果についての詳細。そして、自身が持っている脱出経路の説明を求めるという旨だ。
見上げれば、この場にいる全ての人間がその瞳をレナに集中させている。
ふぅ、と一息をつくとレナは渡されたメモにたった一文だけを記し、それに合わせて九枚の白紙のメモをカイバーマンに渡す。

『全てを話す前に、皆の持つ情報が欲しい』

レナが渡した紙には、たったそれだけしか書かれていなかった。
一瞬、カイバーマンは文句を言おうかと目の前の少女を見つめ返す。
今はそんな悠長な事を言っている暇ではないと。
情報交換の以前に、脱出経路を知る事の方が先決であると。

「ふぅん……手がかりを知って、どうするつもりだ?貴様には如何様も出来まい。
それよりも先に、貴様がすべき事があるだろう」

自然と、閣下とレナの会話に割り込むようにしてレナに対して皮肉を言う。
それは彦麿やアリス、閣下も同意見だったようでカイバーマンの横で静かに頷く。
すると、少女は首を傾げその顔には微笑みを湛えながらも……その瞳に、青い炎を燃え盛らせながら呟いた。

「私の今すべき事は、手がかりを得る事だよ……」

静かに、だが力強く、言葉を続ける。

「私には運命を打ち砕くなんて勇気も、仲間の為に腕を失って血を噴出しながら説得する強い意志も、何も持たないのに人々を魅了するカリスマも無い。
だから、私が自慢出来るのはこれだけ」


頭を指差し、呟く。

「小賢しいまでによく働く、この頭脳を行使する事だけだよ」

そう言うやいなや、すぐさま再びメモに一文を足しつつ話を続ける。

「私は誰も守れなかった。外山さんを、圭一君を、ティアナちゃんを、銀ちゃんを、キバさんを、こなちゃんを、ピッピちゃんを。
皆々、守れず、救えず、助けられず……あまつさえ、殺してしまった。
だからこそ、私が今やらなきゃいけない事は誰よりも私がわかっている……私がすべき事は、博之さんと妹ちゃんを早く見つけて守る事……」
『そして……全ての情報を揃え、整理し、分析し、推察し、推理し――活路を見出す事』

「博之さんと妹ちゃんを見つける為にも、皆には協力して欲しいかな?かな?」

そのメモに記されていた言葉に、大広間にいる一同は一瞬だが息を呑んだ。
レナとて、自身が口にしている通りにその仲間が危険な状態にあるかもしれないと思っているはずだ。
だというのに、彼女は即座に脱出への情報を教える前にカイバーマン達が持っている情報を渡せと要求している。
しかも、そこに絶対の自信を持って。

「……そうね、それで仲間が見つかるというのならレナに協力してもいいかもしれないわ」

一番最初に反応したのは、霊夢だった。
会話の上でレナの言葉に肯定すると同時に、ペンを取りメモに自身の持つ情報の全てを箇条書きにしてゆく。
それは決して、レナの真摯な言葉に突き動かされたという訳ではない。
ただ、レナの言葉に勘が働いたのだ。
この少女の言う言葉は本物であると……この少女ならば、全ての情報を得て活路を見出す事が出来るかもしれないと霊夢の勘がそう告げた。
それに習ったかのように、KASもペンを取り周りの人間も同じようにメモへと自身の情報を書いていく。

「……ふぅん」

唯一、カイバーマンだけは挑戦的な目をしたまま腕を組み動かない。
目の前の少女は確かに、只者ではないだろう。歴戦の戦士であるカイバーマンにはそれくらいの判断がついた。
しかし、かといって自身の持つ全ての情報を会ってまだ間もない少女に明け渡していいのだろうか。
加えて言えば、情報を箇条書きにしてレナに渡し、それを把握させ推理させるだけでも時間はかなり浪費してしまう。
だからこそ、カイバーマンはレナに向けて苦言を施す。

「本当に貴様は、情報を得れば貴様の仲間を見つけ出せるというのか?」

それを受けて、レナは迷う暇も無く真っ直ぐな瞳を持って答える。

「見つけ出します、それが私がここまで生き残った……その意味だと思いますから」
「ふぅん……面白い。ならば、見せてもらおうか」

ペンを取り、カイバーマンは呟く。

「貴様の生き残った意味とやらを、この目でしっかりとな」



sm185:フルボッコを追跡しながらやってみた 時系列順 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm185:フルボッコを追跡しながらやってみた 投下順 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm183:リィンカーネーション(後編) 海馬瀬人 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm183:リィンカーネーション(後編) 日吉若 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm183:リィンカーネーション(後編) 双海亜美 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm183:リィンカーネーション(後編) 矢部野彦麿 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm183:リィンカーネーション(後編) アリス・マーガトロイド sm186:括弧、推理、城にて(中編)
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sm183:リィンカーネーション(後編) 天海春香 sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm176:両手には飛び立つ希望 竜宮レナ sm186:括弧、推理、城にて(中編)
sm176:両手には飛び立つ希望 クラモンD sm186:括弧、推理、城にて(中編)
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