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月(前編) ◆7d53oKGJP2





「……見えなくなったわね」
「はい」

永琳と古泉は、殺さんとする目標に逃げられてしまった。
が、とりあえず塔近くに居た者達と、城に向かう大集団の合流を妨げる事ができた。
ロールを逃がしたのは様々な意味で痛かったが、焦ってはいけない。
あれほどの大ダメージを受けているのに動き回っていたところを見ると、
何らかのドーピングを行っているようだ。
それも本人の生命を無視したレベルのもので、動けなくなるのは時間の問題だった。

また止めを刺しにいけない理由がある。
ロールの向かった遥か先に、あまりにも強大で邪悪な気を感じたからだ。
夜中頃に戦った相撲取りの、さらに性質を悪くしたような感じだ。
あの巨漢でさえ苦戦したのに、それより強い相手では今度こそ殺されるかもしれない……
それが二人を動けなくした理由であった。
本当ならば同じマーダーとして結束できれば嬉しいのだが、
それを望めるほど穏やかな気ではない。

もしかしたらあの凶悪な参加者がこちらに来る可能性もある以上、
またあの薬屋に隠れる必要があるかもしれない。

何にしろロールを追えないので永琳はイライラし続ける羽目になった。
残念ながら彼らはその苛立ちを抑えるスイーツ(笑)を持っていない。




いい男は川を下っていた。否、流されていた。
C-2エリアからC-3エリアの沼地までを阻むように流れる川を渡ろうとした結果である。
ちょうど人間の腰の上くらいまでの深さのあたりで、水底の岩についた藻に足を滑らせただけなのだが、
もともと両方の腕に大きなダメージを抱えており、支えもバランスも失った体は流されるしかなかった。
脱ぐわけにもいかぬ彼のトレードマークともいえる青いツナギが水分を多量に吸い重くなっており、
動こうにも動けない状態だった。

仕方が無いので流れの緩やかになったあたりで川から出る事にした。

流されながらいい男は思う。
『逆に考えるんだ、こっちの方が歩くより速いさ。と』

たしかに歩くよりは水の流れに身を任せたほうが速いが、体力の消耗はそれ以上に速い。
その事実に、水も滴るいい男はいつ頃気付くのだろうか?


彼が川を流れている事で、二つ回避したことがある。
恋人である道下の死体に会えなかった事と、橋でロールを待っていたデーモンに気付かれなかった事である。
後者については、まさかこんな時間にいい男が川をドンブラと流れているとは思わなかったからだ。

丁度ハルヒとデーモンがもうじき来るであろうロールの処遇について話し合っていたところだった。
勿論周囲には警戒していたが、boatも使わずそんなアホな移動手段をとる者がいるとは思わなかったのだ。




「―――之、さっさと起きなさい博之!」
「zzzz……オカン……もうちょい寝かせてほしいが…」
「誰がオカンよ、寝惚けてないでさっさと起きなさい!」
「zzzzzzzzz……」
「……」

「zzzzzzzzzzzzz」




「「「「「「 ひろおおおおぉぉぉぉぉゆきいいいいいいぃぃぃぃぃぃ♪ 」」」」」」




「ひっ!?」

あまりにも大きな声に驚き、博之は目を覚ます。


「やっと目を覚ましたのぉ?」
「…………水銀燈……のお化け!?」
「誰がお化けよ。ま、似たようなもんだけど……」
「なななな、なん、なんぞこr」
「ちょっと落ち着きなさい。乳酸菌とってるぅ?」

博之の目の前に居たのは、他でもない水銀燈。
クリサリモンに襲われて、妹と博之を助けるためにジャンクになった人形である。
だが、その服はボロボロでもなく、腕や脚もあり、首輪もなかった。

「……水銀燈? なんぞこれ……なんでそんなに落ち着いていられるんじゃ?」
「知ってるだろうけど、私がジャンクになるのは4度目なの。
 悔しいけどね……半分慣れちゃってるのよぉ」
「それで化けて出てきたんか!?」
「お化けじゃないって言ってるでしょ!
 ……実を言うと、何でここにいるのか、私にもわからないのよ」

『ここ』と言われて、初めてここがあの忌々しい夢の世界ではないと気付く。
かわりに、そこは荒れ果ててボロボロになった礼拝堂の中であった。
そして同時に自分と一緒にいたはずの妹と萃香がいない事にも気付いた。

「そうだ、妹!萃香! 何処におるん!?」
「妹なら、あんたの隣にいるわよ。萃香っていう鬼の娘なら、その隣で寝てるわね」
「はぁ……?」



「いい?よぉく聞きなさい。博之達は夢の世界で、休息を取るために交代で寝る事にしたの。
 それで、ここは寝ている博之が見ている夢の中。
 ったく、夢の中で夢を見て、更にそのなかで寝てたなんて、とんだお馬鹿さぁん……」

言われて初めて、何処だかよくわからない場所でウロウロするわけにもいかず、
マーダーどころか他の参加者も居ないのでロールの樹の近くでゆっくりと休息を取る事にしていた事を思い出した。
疲労困憊していた萃香と、この世界に耐性のない博之が先に眠り、もしもの為に妹が見張っていた。


「本当に夢の中なんか……水銀燈に触っても、触った感覚がないぞ」
「あたりまえでしょ……ってヤクザみたいな格好のくせにベタベタ触ってんじゃないわよ!」

水銀燈から真紅ばりのパンチが飛んできたが、やはり痛くも痒くもない。
なんとなく痛いような気もするが、そんな事はなかった。

水銀燈の言うとおり、今の博之の格好は混沌としている。
顔には黒い模様が浮かび上がり、白いスーツの肩からは片方だけ黒い羽が出ていた。
だが、首に手をあててもあの忌々しい輪はない。



「ここは本当に夢の中なんか?」
「ええ、そうよ。さっきも言ったわね」
「じゃあ、水銀燈は…」
「ええ、夢よ」
「……最初からわかってる夢オチか?」
「誰が夢オチよ!」
「じゃあ、これは現実なんか!?」
「夢だって言ってるでしょ」
「どっちじゃ! まあいい……水銀燈……さっき助けてくれたんか?」
「当たり前よぉ。博之がボケッとしてるから私が出したのよ。
 次からは……まあ、気をつけることね」

ロールの銃撃を受けた博之を守ったのはこの黒い翼、水銀燈の生やしていたものと同じものだった。
水銀燈の意思は彼女が動かなくなっても尚、生きていた。

「アンタが死んだら、本当に私が復活できなくなるかもしれないのよ。私の為にしっかりしなさい」
「そんな事わかっとるが……水銀燈ぉぉおおお会いたかったぞぉ~!!!」

憎まれ口を叩かれても、水銀燈に会えて博之は嬉しかった。
あんなに短い別れで言いたい事も何も言えなかった。
だからこそ……彼女を直そうと誓った。

まさかこんなにすぐに会えるとは思わなかったが、ここは素直に喜ぼう。




「はっ……はっ……はっ……」

リミッターが外れているだけあり、追いかけてくる二人を撒くのに時間はかからなかった。
だが同時に多大な負荷で、その体の限界はどんどん近づく。
誰も居ない事を確認し、ロールは途切れがちな思考を巡らす。

ニートはきっと私を恨んでる、生き返らせてもきっと恨む、無かった事にはできない。
ヴァンデモンを優勝させて全員生き返らせても変わらない。

じゃあ、自分が優勝するしかない。



「……無理だよ」

そう、無理。

荷物をヴァンデモンに届けても意味は無い。
あのヴァンデモンを自分に倒せるわけがない。
そして限界の近づくこの体では、他の参加者を殺して回る時間もない。
完全な八方塞だ。


せめて、このオーバーヒートした体を冷やせるものがあれば……
そう思いデイパックを開けると、そこには、壊れた人形があった。
腕や足がなく、体中にヒビが入り、服は焼け焦げて髪も乱れている。



自分よりボロボロな人形であったが、何故か……美しいと思った。
どうしてこんなに安らかな顔をしているのだろう。
どうして……どうしてこんなに幸せな顔で眠っているのだろう。

「ねぇ……私はどうしたらいいの?」

すでに動かないこの参加者は、何も答えない。
そんな事はわかっているはずなのに……
私ももうじき、彼女のように動かなくなる……
違う事は、彼女のような表情では眠れないであろうという事。



 『乳酸菌とってるぅ?』



「!?」

不意に誰かに話しかけられたような気がしたが、まわりに誰もいない。
ヴァンデモンのいる橋まではまだ遠く、自分を殺そうとする二人もまだ見えない。
気のせいか…


コッ

壊れた人形の手から、何かが落ちた。

それは何故かヤクルト。別に特別な飲み物でもなく、E缶のような回復作用を持つわけでもない。
強いて言えば、カルシウムと乳酸菌を一緒に摂取できることと、おいしいこと。それだけだ。

右手は使えなくても、左手の指で蓋を破る。

「おいしい……」

そういえば、ニートが勝手にグルメテーブルかけでお菓子を出してたっけ。
こんな事になるなら、うまい棒くらいで怒らなければよかった……

カサッ

今度はキャンディが出てきた。
これも特別なものではなく、強いて言えば食べると自分が特別な存在である気がする。それだけだ。
口に含めば、濃厚なバターの甘さが口の中に満ちる。

「……なぐさめてくれてるの?」

何も言わない人形への二回目の質問であり、もちろん返事は無い。
だけどロールにはこの眠り人形が……少しだけ笑ってるように見えた。


ポチャン

三度目の物音がデイパックの底から聞こえてきた。
沢山のぬいぐるみ(変に重い)の退けると、そこには……
ペットボトル入りの水があった。

「そっか、なんで気がつかなかったんだろう」

リミットを超えたロールの動力部は高熱を帯びている。
なら――水で冷やせばよかったんだ。

一番小さなぬいぐるみに水を含ませ、動力部に宛がう。
すると少しだけ体が楽になるのを感じた。

「私……まだ、頑張れる。やれるだけやってみる。 ……ありがとう、お人形さん」

もう少しだけ、ロールは頑張ろうと思った。




北に居る凶悪な気配が動く様子はないが、別の人物が西からやってきた。
全身ずぶ濡れで何も荷物を持たない男が一人、町へ向かっているのを見つけた。
何故か隠れも周囲に警戒もしていない。
彼が積極的参加者かどうかはわからないが、接触する事にする。
もしそうなら仲間になるよう勧誘するし、失敗したらゆめにっきに閉じ込める。
対主催者なら殺すか、それが無理でも同じくゆめにっきに閉じ込めればいい。
もっとも、自分達が積極的である事がバレさえしなければ問題はないのだ。

対主催者で自分達の素性がバレて、更に殺害に失敗した場合、
逃げられるか日記に閉じ込める事になるが、前者は問題外。
自分達の情報をこれ以上漏らすわけにはいかない。
後者の場合、古泉の負担をまた増やしてしまう事になる。

対主催の可能性があるなら、隙を見てすぐに殺してしまうのが無難だろう。
もちろん危険が伴うが、ハルヒの行動がわからない以上、仲間は増やしたい。

ハルヒに渡した爆弾の音は未だ鳴らず、彼女が戦闘を起こしていない事だけはわかる。
数十分後の放送で、彼女の行動の成果はわかるのだろうが。
もし既に死んでいるとすれば、彼女が口を割り自分達の存在がバレている可能性もある。
そうなれば完全に自分達は『詰み』だ。

彼が協力的な積極的参加者である事を願う……



川が浅くなり、町が近くなったところで俺は水から出た。
町の入り口にデカチチの女とブレザーを着た男が立っており、どうやら自分を待っているようだ。

あのブレザーに俺は見覚えがある。確か……ウホッ……キョン君や谷口君と同じ制服じゃないか!
二人とも死んじまったが、三人目ともなるときっと俺と縁があるに違いない。

といっても、何かできるわけじゃないんだが……
隣に居る憎いナース服のデカチチ女でなんとか頑張るしかないのか。

「俺の名前は阿部高和。いい男だ」




「御機嫌よう。水銀燈と……」
「永井博之の……」

「「今宵も愛媛~☆」」


「って何遊んでるのよ!」
「暇だからラジオでもやろうか言うたのは水銀燈じゃぞ。手紙も何もないが……」
「……全く、この会場に来てからロクな夢を見ないわ。やっぱりトランクがなきゃ駄目かしら。
 乳酸菌とって落ち着かなきゃ……そういえば博之! アッサリ私の体とくんくんとヤクルト
 奪われちゃってるじゃないの! くんくんに何かあったら、真紅みたいに毎晩夢に出て嫌がらせしてやるわよ!」
「それって究極のプライベートの侵害じゃ……水銀燈、少しは落ちつ……」


『水銀燈! そこに居るですか水銀燈!!』

「!? だ……誰ぞ!」

突然の他者の声で、水銀燈と博之の喧嘩は止まる。
てっきり自分達以外に誰もいないと油断しきっていたので、博之は慌てて翼を伸ばして水銀燈を庇う。

『水銀燈!』

「この声は……そんな馬鹿な」
「何処ぞ! 隠れてないで出てこい」

『ッ……』

「博之、大きな声を出さないで。翠星石……違うかしらぁ?」

『さ…………最初ッから隠れてなんていねーですよ、デカ人間!』

「翠星石、何故あなたがそこに居るの?」

そこ、とは礼拝堂の壊れた水場で、その水鏡に誰かの影が映っている。

「ん、どっかで聞いたような名前じゃな……って、水銀燈の妹か!」

水銀燈の記憶の中にある姉妹の名前、ローゼンメイデン第三ドール、翠星石。
そのヴィジョンが揺れる水面に淡く出ていた。

そして彼女は、参加者の名前にはない。
正真正銘のイレギュラーがそこにいた。

『や……やっと通じた。心配してたですよ、水銀燈』

水鏡の淵に隠れるようにオッドアイのオランダ人形がもじもじと話す。
ひどく警戒されているなと博之は感じたが、記憶の中の彼女もそんな感じだった気がする。
姉妹の中で一番臆病で人見知り……やったか?

「どうしてこの世界が……他の世界とは隔絶された世界なのに」

『隔絶されているのは……ここの外の外なのですよ。
 それにここは夢の世界、支配者はそこにいるデカ人間です。
 あの道化師達の作ったフィールドからは、既に外れた世界なのです。
 この世界の中に入ったから、逃げられたですよ。
 ……理解したですか?』

外の外? 支配者? デカ人間?
俺はデカくないぞ。そら人形からすれば充分デカいかもしれんが…
それに、外から中に入ったら普通は逃げられなくなるモンじゃないけ?

「……もっと混乱してきた」
「それでも、どうしてあなたが此処にいるのよ……
 どうやってここを見つけたの?」

『…………きっかけは、』


一番最初に異変に気付いたのは翠星石だった。
ジュンの部屋にあるトランクから、アリスゲームに負けて動かなくなった蒼星石が消えていたからだ。

残ったドールである真紅、翠星石、金糸雀は相談し、それぞれNのフィールドと夢の世界を探し回る事にした。

真紅は水銀燈に協力を求めようとしたが、その水銀燈も同じく行方がわからず。
せめてと思い真紅は水銀燈のミーディアムに会いに行くが、
『水銀燈の指輪が消えた』と聞いて事の重大さを知る。


更に捜索を進めた真紅は、数多いNのフィールドから過去を覗く扉を見つけ出し、二人の誘拐現場を見ることが出来た。


  『 貴 様 見 て い る な 』


が、同時にピエモンに見つかってしまい、独り戦闘をするも惨敗。
ボロボロになりながら自分のフィールドに逃げ込むが……

そこにまでピエモンは追いかけてきて、最後の戦闘。
真紅はあっけなくジャンクにされた。


だが、ただやられるだけではなかった。
真紅の持つ人口精霊『ホーリエ』に自分の見た情報を持たせ、こっそりと逃がした。

真紅が命がけで残した情報から、翠星石は水銀燈と蒼星石が異世界の悪魔に連れ去られたと知る。


『こうやって、どこに行ったのか大体の見当はつけてたです……
 でも、ものすごく強い結界が邪魔をして水銀燈にも接触できなかったですよ。
 昨日の夕方にもなんとか進入しようとしたですが、うまくいかなかったです』

「レナの言ってた通り……本当にいたんか、名簿に載ってない参加者が。」
「昨日の夕方…………ああ、あの凄く変な夢を見た時間帯ねぇ。
 こなたに起こされなかったら一体どうなってたのかしら。
 でもくんくんとお話できたし……」
「水銀燈、何ブツブツ言っとん?」

『蒼星石と真紅はそっちの世界に居るですか?
 外のフィールドにいるですか!?』

「真紅のローザミスティカは見つけたわ……
 蒼星石のローザミスティカもどこかにあるはずよ」

確かに二人は連れてこられたが、その二人の名前は名簿にはない。
真紅は既にジャンクにされており、先ほどまでローザミスティカも持っていた。
恐らくは蒼星石も同じ事になっていると思う。

「大丈夫やが! 俺がローザミスティカを全部拾ってきてやる!
 姉妹で仲よう3っつセットで帰らせたる!」
「ちょっとぉ、人をお中元のギフトみたいに言わないでくれる!?
 ……話を戻すわ。どうやってここにいるのかしら?」

『水銀燈が結界の弱い場所に出てきたのを感じたので、
 媒介の人間ごとこの夢の中に連れてきたです』

「結界……結界って、ゲームのフィールドの事かしら?」

『そうなるです。水銀燈達の居たフィールドがまるごと強大な結界で覆われてるです』

「じゃあ、この糞みたいな世界から出る事は……可能なのか?」

『もう出てるじゃないですか。半分くらいですが』

「……博之」
「……水銀燈」

「「やったああああ!!!」」

博之と水銀燈は抱き合い、このゲーム始まってから最も大きい歓声を上げる。
行き当たりばったりではあるが、ついに脱出のためのルートを見つけたのだ。

「元の……元の世界にも帰れるんか!?
 あの糞ピエロ共の処に殴りこめるんか!!?」

『それでもまだ半分ですよ……
 強固な鳥篭とそれに巻きつく鋭い棘。
 鳥篭だけ取っても出られないです』

「そうよ、この世界から逃げても、真紅みたいにどこまでも追われて殺されるか、
 首輪を爆発されて死ぬだけよ……ここから出るだけじゃ意味がないわ」
「そんな……」
「でも、首輪を取る方法も見つかるかもしれないわよ?」
「そうやったな。俺達は首輪を外せるヤツを探しに城を目指してたんやもんな」


『水銀燈……変わったですね』

ポツリ、と。
その緑のドレスを強く握り締め、下を俯いて言葉を漏らす。

翠星石の知っている水銀燈は、
残酷で、意地悪で、孤独で、狂っていて。
誰かと一緒に歓声をあげたり、仲良くするなんて想像もできなかった。

もっとはやく、もっとはやくに姉妹として仲良く出来れば……

「……そうね。私は変わったわ、間違いなく。
 この世界に連れてこられたのがきっかけというのは癪だけど」

博之と出会い、成り行きで契約した。
塔でマーダーと戦い、博之に守られた。
仲間達と結束し、このゲームを破壊すると誓った。

かつての自分とは全く違う自分が、ここにいる。

『これからも優しい水銀燈でいてくれるですか?』

「……いいわ。真紅との決着はいつかつけるけどね」


『もっとはやく…………その言葉を……ック……聞きたかった……です……ヒック』

俯く少女はポタポタと涙を流している。
もちろんその涙に博之は心当たりがない。

「な、なんで泣いとるんぞ?」
「ちょっとぉ、何も泣く事ないじゃない。翠星石…?
 …………………………………………………
 …………………………金糸雀はどこにいるの?」

『うう……う……うわああああぁぁぁぁん!!!』

俯いていた翠星石は顔をあげ、一気に涙を流す。
誇り高き少女もなにもない、大泣きだ。

『ホ……ホーリエがも……戻って来る前からグスッ
 かな……金糸雀もいなくなってヒック……帰ってこない……
 金糸雀の家に行ってみたら…………金糸雀のミーディアムが倒れてて……
 ゆすっても叩いても全然起きなくて……魂が抜けてるみたいに…………』

「なんですって……」
「なんぞ……? 一体なんぞ!?」

『私は独りになって……しまったですよ…………デカ人間……お、お願いしますです。
 翠星石に……できることならなんでも……するですから……三人を連れて帰って下さいです……
 独りは嫌です……私はただ、皆と一緒に暮らしたいだけなんです…………』

未だ止まらぬ涙を流しながら、緑の人形は頭を下げて懇願する。
記憶の中にある彼女とは全く違う。
水銀燈が1日で大きく変わったように、翠星石もまた大きく変わってしまったのだ。

孤独故に。


「翠星石!!!」

水銀燈が一際大きな声をあげる。
それには怒気が含まれており、水鏡をピシャピシャと揺らした。

「誇り高きローゼンメイデンがそんなセリフを言ってはいけないのだわ!
 もっと胸を張って、顔をあげなさい!」
「水銀燈、なんか口調がいつもと違っとるぞ?」
「博之、ちょっと黙ってなさい!」
「はい……」

まるで誰かさんに感化されたように……
ローザミスティカを長く取り込んでいたからだろうか。
毅然とした態度の水銀燈が一喝する。

「私も真紅も蒼星石も、みぃんなこの世界から脱出するわぁ。
 雛苺も復活させるし、金糸雀も見つけ出すわぁ。
 そして姉妹で仲良くするのよぉ…… だからさっさと頭を上げなさい!」

『水銀燈……そんな事ができるですか?』

「できるできないじゃなくて、やるのよ! 博之が!」
「結局俺かい!」

『ありがとうです……ありがとうです、水銀燈!』

まだ涙で濡れてはいるが、翠星石は薔薇のように表情を明らめて
ニッコリと笑った。

「もう少し待ってなさい。
 アリスになる為のヒントを見つけたわ。
 『萌え』っていうのを極めればアリスになれるのよ!
 まあ、そんなメンドくさい事しなくても、主催者をボコボコにして
 「全員アリスにしろ」って脅してやればアリスになれるわ」


なんか知らんがメチャクチャな事言うてる気がするが……
究極の少女ってそんなホイホイなれるもんなんかな。
「世界最強の格闘技」とか「世界で一番危ないスポーツ」が
イッパイあるようなのと似てるかもしれんな。

ローザミスティカ探して、この世界の脱出方法を皆に教えて、
主催者をボコボコにして、オカンもジーコも生き返らせて、
この水銀燈の注文を全部叶えて……疲れるわ。
ああ、ついでに俺の身長をもっと伸ばしてもらおうかな?
あとジーコをもうちょっと……

でもドラゴン○ールみたいにイッコしか願い適わんかったらどうしよ……




「……博之、聞いてるの!? 博之!!」
「! ……聞いてなかった。」

『……具体的な脱出の方法について、もう一度言うですよ。
 たぶん、この方法なら真紅を攫ったピエロ達のところまで一直線に行けるです。
 まず、蒼星石の鋏とローザミスティカがあれば、その夢の世界を強く支配できるです』

「な……なんで?」
「蒼星石が人の夢を司るドールだからよ。
 人の夢を庭に例えて、『心の樹』の邪魔をするモノを取り除くのが蒼星石の鋏」
「ああ……そういや妹がロールの樹に絡み付いてた雑草を切ってたな」

『そんなカンジで、夢の中の邪魔なものを切る事ができるです。
 ここの外も、随分邪悪ですが……一応、夢の世界です。嫌なものは切り裂けるです。
 人の心を強く縛り付けるしがらみだったり、嫌な記憶だったり……』

「ものすっごい物騒な力だの……反則くさいな」
「反則でもなんでも、今はこれに頼るしかないでしょう?」

『あと、蒼星石のローザミスティカがあれば、夢の扉を開く事ができるです。
 その力を使えば、夢の世界を経由して……』

「主催者の居る場所に出られる……?」
「そうなるわねぇ……ま、首輪を外してからのハナシだけど」
「よっしゃあああ なんか現実味がでてきたやが!
 じゃ、ここからさっさと抜け出そうぞ!」
「話聞いてたのぉ? 蒼星石のローザミスティカがないと無理なのよ」
「あっちゃあ…… まずはそれ探さんといかんのか」

『私もすぐにそっちに行くです! 待ってるだけなんて御免なのです!』

「……来れるのぉ?」

『この場所みたいに、結界に綻びがある場所があるかもしれないです。
 そこから助太刀するです!』



くすくすくす



また突然、闇の中に小さな嗤い声が響く。
それも博之のいる礼拝堂の中からではなく、翠星石の映る水鏡の中から。
しかし、この笑い声は翠星石のものではない。

「翠星石……そこに誰か居るの?」

『誰なのですか!?』

後ろを振り向いた翠星石が警戒の声を発する。

博之たちの場所からは何も見えない。
翠星石の後ろの深い漆黒には何も見えない。
だが、確かに誰かがそこにいるのだ。



『……真っ暗な孤独な闇夜に見る夢は、黒蜜のように甘くて重いのかしら?』

この声は……語尾は、間違いない。
でも、この違和感は何?

水銀燈が感じる違和。その答えは出ない。
でもこの声は……

『金糸雀……なのですか?』
「へ? 金糸雀ちゅう子はさっき行方不明って……」


ローゼンメイデン第二ドール、金糸雀。
長女である水銀燈の一つ下、翠星石の一つ上のベビードール。

『金糸雀! よかったです、無事だったですね。心配かけさせやがってですぅ!』

博之たちの場所からは何も見えない。
翠星石の後ろの深い漆黒には何も見えない。
だが、翠星石はその暗闇の奥にいる『誰か』に話しかけているのだ。

『今まで何処に居やがったですか!
 金糸雀まで居なくなったのかと思ったですよ。
 やっと居なくなった姉妹達と連絡がついたですよ!
 これから乗り込んで助けに行くです!
 ああ、そうだ。金糸雀のミーディアムが大変な事になってるです!』

矢継ぎ早の言葉を浴びせながら、翠星石は闇の中の相手の方へと歩んでゆく。
そう、話す事は沢山ある。でも、もう大丈夫。姉妹で協力すれば、どんな敵だって倒せる。

「翠星石……」

『水銀燈とも仲直りできたですよ。皆を連れて帰れば、ずっと一緒に幸せに暮らせるですぅ!』



「翠星石、逃げなさい!!」



『よかったかしら。これで姉妹7人、ちゃんと揃ったのかしら。』

『……え?』

水銀燈は何を寝惚けた事を言っているのだ。
でも金糸雀の言葉に、翠星石は何かがひっかかった。

みんなそろった。そうですよ、揃ってよかったです。
これからはずっと仲良く7人で暮らしていける……
蒼星石も雛苺も復活させる方法があるって水銀燈が言ってるし、
全員でアリスになる方法もあるって言ってたし、
もうアリスゲームなんてやる必要ないです!
やった! ローゼンメイデン 第三部完!!!
ってカンジです。おいしい作戦です。何もおかしくないです。

水銀燈も、金糸雀も、翠星石も、蒼星石も、真紅も、雛苺も……

……あれ、どう考えても

 6 人 し か い な い で す ?


「翠星石、何をしているの! 早く逃げなさい! 早く!!」

博之たちの場所からは何も見えない。
翠星石の居る深い漆黒には何も見えない。
だが、翠星石はその暗闇の奥にいる『誰か』と話しているのだ。

どうしてかはわからない。
翠星石と話している声は金糸雀のものに間違いない。
けれども……決定的な違和がある!
こんなに離れているのに、寒気が止まらない。
何かが違う。何かが違う。何かが違う。何かが……!
水銀燈に、答えは出せなかった。



『これで全員揃ったかしら』

金糸雀に翠星石はぎゅっ……と抱きしめられた。

どうして私を抱きしめるです?
金糸雀も寂しかったですか?
全員揃ったのがそんなに嬉しいですか?
相変わらず暢気ですね。
そうですよ。最後の一人がまだ残ってるじゃないですか。

『翠……星……石……』

『なんです?金糸雀。これから忙しくなるのに』

『に…………げ…………て…………』

『え?』


何かの間違いだろうか。
自分に抱きつく金糸雀が、先程の自分にも負けず劣らずの大粒の涙を零し、
その右目からはいつぞやの偽者の姉妹のように大きな白薔薇が咲いているのだ。
偽の姉妹、つまり薔薇水晶は左目に薔薇模様の眼帯をつけていただけだったけれども。

そして『逃げて』と。

何から逃げろと言うのだろう。
この場所から? この世界から? 水銀燈から?
それとも自分を抱きしめる金糸雀から?

ああ、わかった。金糸雀の体から伸びる無数の白い茨からだ。
でも金糸雀にはこんな能力はない。
では、今自分を抱きしめているのは『誰』なんだろうか……?

『おまえ……誰ですか? 金糸雀に何をしたですか!?』

『金糸雀お姉さまはもういないわ。私が食べちゃったから。
 私の名前は…………』


 雪華綺晶。








「翠星石! 返事なさい! 翠星石!!」
「な…なんぞ? 今度は一体なんぞ!?」

水銀燈がどんなに怒鳴っても、もうその声は届かない。
水鏡がバシャバシャと波打つだけで、漆黒には何も映らない。


『……Who killed Cock Robin?』


代わりに、ただ小さく英語の童歌が帰ってきた。

「翠星石ぃー!!」
「水銀燈、危ないが!」

博之が水銀燈を後ろに引っ張り、鏡から引き離す。

水銀燈がその水鏡にみた最後の絵は、水面に襲い掛かるようにびっしりと張り付いた白い茨だった。



「なんぞあれ……水銀燈、どこか痛うないか?」
「あ……アリスゲームが……」

「アリスゲームが……終わってしまった……」

あれは金糸雀じゃあない。
金糸雀は茨など操ったりはしない。
金糸雀の皮を被った別の誰かだ。

……本物の金糸雀はもう生きてはいないだろう。

すっかり忘れていた最後のドールの存在。
ローゼンメイデンで唯一誰も名の知らぬ一番下の妹。
その他の人形はもう誰も残っていない。
翠星石も金糸雀も、そいつに襲われたんだ。


自分がスタートを切ったゲームが今、幕を閉じた。



「終わってない! まだ何も終わってないが!」
「博之……」

「まだ俺が残ってるし、ローザミスティカっつうのもこっち側にある!
 だから希望をすてちゃイカン! こっから打開を見せたれ!
 俺はまだ何も諦めておらんぞ、オカンもジーコも絶対に諦めん!
 翠星石は悪いやつに攫われたのか!?
 だったらスグに助けにいくが!!!」

「……わかったわ、私は諦めたりなどしない。
 なぜなら私は…誇り高きローゼンメイデン、第1ドール水銀燈。
 でも、今じゃない。今は無理……ここは夢。何があっても、ここは博之の夢の中でしかない」

「何を言ってるが?助けに行かんのか!?」
「博之は何も気にしなくていい。
 これは誰でもない、私達ローゼンメイデンの問題だから。
 博之はゲームを脱出する事だけを考えればいい」
「でも……」
「夢の内容を信じるか信じないかは自由よ。
 でも今はそれよりももっと大きな問題が待っているでしょう?」

「……ええのか?」
「そう、これは夢。悪い夢は忘れて、あなたはいい夢だけ覚えていればいいのよ……」



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