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◆虹が消えた日◆

高校3年生の夏休み。
私と澪は二人で電車に揺られていた。
今日は唯もムギも梓もいない、たった二人だけの旅路・・・

澪「ねえ律、私たちが昔行った・・・虹が凄く綺麗だった場所あったじゃない?」
律「んあ?ああ、あそこか・・・」
澪「今度、久しぶりに行ってみないか?」
律「まあ良いけど・・・いきなりどうしたんだよ(笑)」

普段こういうイベントは私が発起人となる事が多いけど、
今回ばかりは珍しく澪から私に誘いを持ちかけてきた。

律「久しぶりだよな〜」
澪「何も変わってなきゃ良いけどね・・・」

私たちが行こうとしているのは、都心から数十キロ離れた小さな田舎町。
幼いころ、両親達に手を引かれて赴いた緑溢れる大草原で
その近辺にある小高い丘は綺麗な虹が出る事で有名な所だった。

幼律「すっご〜い!みおちゃん、あの虹すごいね!」
幼澪「うわぁ、きれい・・・」

幼律「大きくなったら二人だけで来ようね♪」
幼澪「うん!また来れると良いね!」

生まれて初めて見る景色に暫く見とれていた幼い私たち。
そう、その場所こそが今回の目的地だ。

律「ふう〜、着いたぁ〜」
澪「こうやって来てみると結構長かったな」
律「なんか、もう疲れちゃった・・・」
澪「おいおい!」

電車を降り、無人駅の改札を出る。人通りも極めて少なく辺りは閑散としていた。

澪「あ、地図見せて」
律「あいよ」

聞きなれない名前が錯綜した地図を広げ模索する。
ある程度の下調べはしてきたものの、ここまで来れば記憶だけが頼りだ。

律「こうも山ばっかりだとなぁ・・・」
澪「う〜ん・・・駅からはそんなに歩く距離じゃないはずなんだけどなぁ」

果てしない道のりになりそうだったけど、こうして澪と歩いてるだけでも高揚感が沸いてくる。

あの日見た約束の場所・・・雨もすっかりやみ、私たちの旅は視界良好・・・なはずだった。

              ***

駅を後にして数時間。雲間からの日差しが辺りを照らし始めていたころ、
私たちは不慣れな田舎道をただひたすら歩き続けていた。

澪「こっちが・・・ここで・・・、この標識が・・・あれ?」
律「みお〜、ちょっと休もうぜ〜」
澪「ううん、まだまだ!」
律「ははは・・・まったく、澪は頑固だなぁ(笑)」

こうして笑っていられるうちは、まだ大丈夫。
そう言い聞かせるように私も澪の後に付いて懸命に歩く。
雨が降っていたせいか、道は幾分かは歩きやすかったが
たちまち気温も上がっていき、体中から汗が滲んでいた。

律「ふぅ・・・」

普段私たちが住む街とは打って変わり、辺りは木々や山々が広がっている。
そんな別世界を目の前に、自分の見識の狭さを改めて思い知らされた。

しかし、暑い・・・。ドラムをやっていたお陰で体力には自信があるつもりだったけど、
こんな距離を長時間歩いたのはおそらく初めてかもしれない。足にも力が入らなくなってきた・・・

澪の口数も徐々に減っていき、私たちの間に重たい空気が漂い始める。

律「あちいよぉ・・・みお〜、そろそろ・・・」
澪「さすがに暑いな・・・じゃあ休もっか」

私たちは国道沿いにある自動販売機を見つけ、ジュースを買いながら一休みすることにした。

澪「この辺りで良いはずなんだけど・・・」
律「どれどれ、ちょっと貸してみ」

律「うわぁ、なんだこりゃ・・・?似たような地名ばっか・・・」
澪「このお陰でさっきから迷いっぱなしなんだよ」

律「確か、父さんが言ってたのはここで・・・でも、母さんは違う事言ってたなぁ・・・あれ・・・?」
澪「10年も前の事だしなぁ・・・」

幼少期の淡い記憶。

頭の中には浮かんでいるはずなのに、どうしても辿り着けない。

焦りと不安だけが私たちを包み込んでゆく。

律「よっし!じゃあ、そろそろ行こう!澪!」
澪「律・・・」
律「大丈夫か?歩けるか?」
澪「うん、でも・・・」
律「ほら」

ずっと俯いていた澪に、私はそっと手を差し出してやる。
さっきまでは澪の後に付いていくばかりだったけど、今度は私が澪の手を引いてやる番だ。

(まだまだ先は長いぜ・・・!)

              ***

私と澪が歩き始めて約5時間半。
そろそろ日も傾き、藍色の夜空が辺りを染め上げようとしていた。

地図を片手に"あの時の場所"を必死になって探す。
私はまだ何とか持ちそうだったけど、澪の疲れは限界に達しようとしていた。

律「みおー、どうだ?大丈夫かー?」
澪「うん・・・」

澪はついに私が何か話しかけないと喋らなくなってしまった。このままじゃマズい・・・

(どこかにゆっくり座れる場所があればいいんだけどなぁ・・・)

そう思った刹那、尻餅をついたような鈍い音がした。
私は咄嗟に後ろを振り返ると、澪がその場にへたり込んでしまっていた。

律「・・・!澪!」
律「大丈夫か?おい、しっかりしろ!」

無謀だとも思っていた。昔から体が弱く、体力の無かった澪に
こんなにも長い距離を半日かけて歩かせる事が・・・

(どうして気づいてやれなかったんだ・・・!)

私は思いっきり自分を責めた。

だけど、今はそんな事を考えてる場合じゃない。早く澪を休ませる場所を探さなくちゃ。

そう思い、私は澪の腕を自分の肩に廻し身体を支えるようにして歩いた。
そして、澪を励ますように懸命に耳元で声をかけ続けた。

律「しっかり掴まってろよ・・・!あと、もう少しだからな・・・!くっ・・・」

澪は息も絶え絶えで、意識を保とうとしているのがやっとの状態だった。

ひと周り背の大きい澪の身体を腕だけで支えるのは大変だったけど
私はそんな事はお構いなしに夢中になって歩き続けた。


あてどなく歩いていると、一筋の灯りが見えてきた。
今日の朝降り立った無人駅のホームだ。

私はここぞとばかりに澪をベンチに横にならせ、
持っていたハンカチやタオルを全て濡らし澪の身体を拭いてやった。

律「澪、もう大丈夫だぞ・・・澪」

暫くして飲み物を買おうと私が立ち上がろうとした時、
澪が目を開き久しぶりに自分から口を開いた。

澪「り・・・つ・・・」

              ***

律「澪!」

数時間ぶりに聞いた澪の声に安堵感が私を包み込む。

律「いま、ジュース買って・・・」
澪「律・・・あ、ここは・・・」
律「一番初めに来た駅だよ」

朦朧とした意識のまま、正気を取り戻せていない澪に
私はこれまでの経緯を出来るだけわかりやすく説明した。

澪がゆっくりと身体を起こそうとする。

律「お、大丈夫か?」
澪「うん・・・起きれる。ありがと・・・」

どうやら澪の意識は回復したようだ。

先ほど買ってきた飲み物を澪に手渡す。

律「な〜んか・・・結局、虹は見れなかったな。はははっ」

私が何気なく苦笑いを浮かべると、澪が小さく私に呟いた。

澪「ごめん・・・律・・・」
律「え・・・?」

思いがけない謝罪の言葉に私は澪の顔を見た。

澪「私が言いだしっぺなのに・・・なんだか情けないよ」
律「な、なに言ってんだよ!急に・・・」

私の言葉を遮るように澪は言葉を続ける。

澪「だって、律はいつだって・・・私の為に手を引っ張ってくれたり
  世話を焼いてくれたり・・・私のワガママだって聞いてくれてたじゃない・・・?
  バンドをやろうって誘ってくれた時も、軽音部を始めようって言ってくれた時だって、そう・・・」

律「澪・・・」

澪「それなのに・・・ぐすっ・・・私ばかりが甘えてて・・・ぐすん・・・
  私は律に何もしてやれていないのが・・・うぅっ・・・ぐす・・・もどかしくて・・・ひぐっ・・・」


いつも繊細で怖がりで泣き虫だけど、それでいて私より遥かにしっかり者で
間違った道に走ってしまいそうな私をすぐにコントロールして
正しい方向に導いてくれた親友であり、母親のような存在。

そんな澪が今、こんな私のために涙を流してくれている。
学園祭のライブの直前や軽音部のみんなでバイトをしようと提案した時にも、
澪は私に助けを求めて泣きついた事があったけど、こんな理由で私に涙を見せたのは初めてかもしれない。

私は思わず澪を抱きしめていた。
そして、私は真っ直ぐに澪の目を見ながら語りかけた。


律「そんな事ないよ。私だって最初の頃はさ・・・なり振り構わずに澪を引っ張りまわしたりして
  本当は澪が嫌がってるんじゃないかな・・・って。でも、私たちがそれぞれの楽器持って
  初めて音を合わせた時のこと、覚えてるか?私はしっかり覚えてるぜ、澪の笑顔をさ」

すすり泣く声をあげる澪に私はそっと言葉を続ける。

律「ムギが仲間に加わって、唯のギターが手に入って、新入部員に梓が来た時だって
  澪、凄く喜んでくれてたよな。それに・・・初めてこの街に来て虹を見た時も
  "澪ちゃん、こっちおいで"って感じで澪の手を引っ張ったと思うんだけど・・・」

澪「う・・・うん・・・」

律「いくら綺麗な虹でも、一人で見てたってつまんないって思ったからなんだ。
  そういう素敵な景色だからこそ、大切な人と一緒に見たいって思うじゃん?
  今日は虹は見れなかったけどさ・・・澪とこうやって一緒に歩いて一緒に休んで
  時間を共有できてる事がもの凄く幸せだよ」

澪「ぐすっ・・・りつぅ・・・ぐすん・・・」

そして、私は澪を抱き寄せ優しく頭を撫でてやった。

              ***

時刻は夜の7時を回り、漆黒の闇が辺りを包み込んでいた。

澪「そろそろ行こうっか」
律「そだな」

澪があらかじめ予約しておいたという宿を案内してくれるという。
こういう事に関してはやはり抜かりがない。さすが澪だと思った。

その道中、澪がこんな悩みを私に打ち明ける。

澪「ずっと不安だったんだ」
律「ん・・・?」
澪「このまま卒業して、進路もバラバラで、いつか離れ離れになるんだろうなって・・・」
律「大丈夫さ!心配すんな!私の心の中に澪はずっといる!」
澪「ふふっ、ありがと」
律「澪だって私のことは絶対忘れないモンだと信じてるぜ!」
澪「そうだな・・・心配かけてゴメン」

澪「私だって律の事は絶対忘れない。私はお前の"心の故郷"なんだろ?(笑)」

澪はそう言うと私の腕をグッと掴んだ。

澪「よし、宿はこっちの方向だ!律、絶対にはぐれるなよ!しっかり私について来い!」

やれやれ・・・さっきまでクタクタになりながら、大泣きしていたのは何処のどいつだ。はははっ・・・

出典
【けいおん!】田井中律はドスコイ可愛い34【ドラム】

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  • りっちゃんと澪ちゃんがまるで恋人同士の様ですねぇ(微苦笑)。……でもいいか。“りつみお”だから。全面的に容認(笑)。 -- (紅玉国光) 2009-09-23 14:42:54

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最終更新:2009年07月15日 20:32
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