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第二帖


互角の戦力で始まろうとしていた越前の戦いだったが、戦前に状況は一変する。
合従に加盟する長宗我部元親が4,000、六角義賢が15,000の援軍を派遣したのである。
これによって防御側の戦力は43,000に膨れ上がり、攻撃側の増兵は必至とみなされた。
ところが、攻撃側は24,600の兵を7,850人に絞り、圧倒的不利な形成で決戦に臨む。
六角家に疑念を抱いていた松永久秀の、近江攻めのための計略が動いていたのである。

合戦前の緊張の中、越前の外では静かに時が流れていた。
都では逃亡の身の松永久通が浪人の木下藤吉郎と出会い、自らの苦悩を吐露する。
また、奥州では伊達政宗が土佐からの贈答品である野菜を前に、
遠藤基信に自らの正室・愛姫についての感情を語っていた。
堺には南蛮から渡海したレオンが上陸し、日ノ本で一旗揚げようと志していた。

越前の戦いが幕を開けると、松永軍は六角軍に向けて攻撃を開始するが、
朝倉軍の奮戦もあり、また多勢に無勢で攻撃側の敗北に終わる。
朝倉義景は久秀の悪行と合従の奮闘を喧伝して勝利を確たるものとした。
一方、京へと帰還した久秀はすぐに大軍を編成し、三好家に援軍を要請。
開戦前に兵力を減らしたのは、近江侵攻のための力を温存するためであった。