マグカップネタからの妄想


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【マグカップネタからの妄想】

春休みのある日。
眞一郎の母がよかったら、と知らせてくれた無料の陶芸教室に二人は来ていた。
よくある地域なんちゃらセンター主催の講座で、課題はマグカップ。
まあ地域のイベントに他に若いカップルが参加するはずもなく、自分達以外は近所の人達だ。

「♪~」

初めて使うろくろに戸惑いを感じながらもそれを楽しみ、
持ち前の器用さでスイスイとマグカップを造形していく比呂美。
自分でもなかなか納得のいくものを形作ることができ、一人ほくそ笑む。
となるとやはり気になるのは想い人の反応である。

「眞一郎くん、出来…た………?」

眞一郎くん、私の見たらどう思うかな?上手って褒めてくれるかな?
そんなことを思いながら上機嫌で振り向きつつ、目に飛び込んできた彼の作品を見て愕然とした。

「ん~…まあこんなモンかな…ちょっとバランス悪いか?」

自分の作品をそう批評する眞一郎。
だが比呂美は忘れていた。彼もほんの小さな卵とはいえ、芸術家の端くれなのだ。
眞一郎の造形したマグカップは、素人目で見ても明らかに自分のものとはオーラが違う。
輪郭を形作る曲線は秀麗かつ豪快で、カップをちょっとした芸術作品たらしめていた。

「んで比呂美はうまくいった?見せてくれよ」

そう言われて、改めて自分の作品を見返す比呂美。
眞一郎くんのに比べて、なんて自分のはつまらない作品なんだろう…
そう思うと、なんだかうまくできたと思っていた自分がバカみたいな気がしてきてしまって、
思わずろくろの上の自分の作品を手のひらで叩き潰してしまった。

「あーおい!何やってるんだよ!せっかく作ったのに…」
「…ごめん、ちょっと失敗しちゃって…」

…やっぱり私は眞一郎くんの夢の役には立ちそうにないよ…
眞一郎の絵本は乃絵が評価したことで書き上げられた、と知ったときに感じた不安が頭をよぎる。
自分と眞一郎は感性が違うのだろうか。そんな自分が一緒にいても邪魔なだけではないのかと。
そしてハァ…という眞一郎の溜息、ズッと椅子を動かす音が聞こえ、
眞一郎が呆れてしまったのだと思った比呂美はますます気分を沈めて俯いてしまう。

しかし次の瞬間、比呂美は暖かな感触を背後に感じた。
思わず顔を上げて振り返ると、優しいがちょっと困ったような笑みを浮かべた眞一郎の顔が目に飛び込んでくる。

「俺も手伝うからさ、がんばろうぜ。ほら…」
「あっ…う、うん…」

そう言って後ろから比呂美の両手を取る眞一郎。
そうだ。眞一郎くんは私が何処に行っても必ず見つけ出してくれる。手を引いて一緒に歩いてくれる。
私も彼の隣を歩きたい。ならば、自分のすることはひとつ。
受身だけじゃない。眞一郎くんに相応しい存在に、彼を助けられる存在になりたい。いや、なってみせる。

「…うん、がんばってみる!手伝って、仲上先生!」
「お?…おう。…でも先生て。恥ずかしいからやめてくれよ~」
「いいの。よし、眞一郎くんに負けないの作ってあげるんだから!」
「はいはい、って…そりゃ言い過ぎじゃないのか…俺の立場が…」

本来の二人の調子が戻る。ろくろをまわして再び造形を始める二人。
となれば眞一郎が比呂美を背後から抱きかかえているような今の状況。意識しないわけがない。
加えて眞一郎が比呂美の手に手を添えて、一緒に作業を進めている。これは言うなれば。

「…こういうの…ってさ」
「?」
「…『二人の共同作業』、って言うのかな、えへへ…」
「……!……そ、そうかもな…」

いつか…何年かしたら…二人の目の前にあるのはろくろの上の粘土ではなく、純白で甘い何か。
そんなことを二人同時に思って赤面する。ちなみに突っ込みはいない。
そして『共同作業』開始から十数分後。

「出来たぁ~!」
「おお~!なかなかいいじゃん」

出来上がったそれは、女性らしい優美な曲線を持ちながらも強い存在感を感じさせるもの。
眞一郎のつくったカップと対になるような、それでいてお互い引き立てるような姿をしていた。

「ありがとう…眞一郎くんのお陰よ」
「何言ってるんだよ、比呂美が頑張ったからじゃないか。流石才女の比呂美さん」
「もうっ!からかわないでよー……」
「……」

背後からそっと眞一郎が比呂美を抱きしめる。比呂美も眞一郎に体重を預けてそれに応える。
振り向いた比呂美と、肩越しに視線を合わせる眞一郎。
ふたりでひとつのことを成し遂げた達成感と喜び、そしてそれをこんな些細なことでも感じることが出来る幸せ。
それを感じて、お互いは自分の姿を映す相手の瞳に吸い込まれるように顔を近づける。

そして―――――――――――――



「あー…ゴホン!」

中年の人のよさそうな講師が困ったような顔をして咳払いをした。
ふと我に返りまわりを見回すと、未だに造形しているのは自分達だけ。
周囲のおっさんおばさん達は呆けたように自分達の方を見ており、ヒソヒソ話をしている人もいる。
途端に自分達の行いを顧みて真っ赤になる二人。

「「ごっ…ごめんなさい!」」


………………


帰り道。
優しい夕日に照らされて、仲上家に向かうゆるやかな坂道に二人の影が長く伸びて寄り添う。

「ねえ、完成するの明後日だって。楽しみだね、あれでお茶飲むの」
「うん…そうだな」
「そうそう、真由にもらったおいしい紅茶があるのよ……どうしたの、眞一郎くん?」

不意に立ち止まる眞一郎。

「……俺のカップなんだけどさ」
「?」
「俺のもお前の部屋に置いといてくれよ、なんか離れ離れだとかわいそうだし」
「な~に、それ?元々そのつもりだったけど」
「いやその、さ…これからずっと二人であのカップを使っていけたらいいなって…」
「…うん、そだね。」

初めて二人で力をあわせて作った形あるもの。それをこれからもずっと二人で使い続ける。
その言葉の意味を改めて理解し、幸せと照れくささに頬を染める比呂美。
そして陶芸教室での続きとばかりに、眞一郎は比呂美を抱き寄せる。

坂の頂上、二人の影が重なった。



そして二人は忘れていた。
あの陶芸教室に参加していたのが近所の大人ばかりだということを。
もともと小さなコミュニティ、『仲上の坊ちゃんとその許婚は激アツ!(要約)』
という噂がより強固かつ大袈裟なものとなって駆け巡り、眞一郎の両親の耳に入るに時間は要しなかった。


  • END-
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