新年度の始まり-8


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新年度の始まり-8


新年度が始まり、何もかも慌しい新学期が一週間過ぎた頃…

昼食の時間。教室は慌しい雰囲気に包まれている。
4時間目の授業は体育で、着替えを終えた眞一郎は三代吉を追って、駆け足で
皆がいる昼食場所に向っていた。
「何だか俺だけすっかり遅くなったか…」
用具の片付けに手間取い、一度教室に戻って弁当箱を取りに行った三代吉より
も遅い到着になりそうだった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「遅いよぉ~。眞一郎く~ん」
周囲の視線をものともせずに、甘い声が響いてきた。
「比呂美、声が大きいだろ?」
近づいて少し注意。
「あ…うん…、ごめんね? 待ったから……つい…」
「い、いいけど…ハッ!」
眞一郎はそれ以上何も言えなかった。なぜなら…、
「「「…」」」
3人の視線が冷たかったからだ。
「おめぇが遅ぇから、みんな待ってたんだぜ?」
「先に言うことがあるんじゃない?」
「あぁ、もう…ダメ…。目、目がかすんで…」
いつものメンバー、三代吉、朋与、あさみは眞一郎に文句を言った。
「遅くなってごめん」
「…」
さすがに比呂美もこの時ばかりはかばわなかった。少し色々と自重するように
なっていた。何もなければ、だが。
「さっさと座れよ。食おうぜ!」
「ああ」
全員揃っての昼食が遅ればせながら始まった。このメンバーで食べるようになっ
たのは、新学期が始まってからだ。それまでは、三代吉と2人だけだったのが、
比呂美が加わると言い出し、それに朋与とあさみがついてきた。
この5人は春休みに愛子を加えて出かけたこともあり、自然と何かにつけ一緒
に行動することが多くなった。朋与はともかく、あさみはクラス替えでその時
のメンバーが、別の学校である愛子を除いて全員揃ったことを、喜んでいた。

しばらくそれぞれがお弁当を食べていると、こんな会話が聞こえてくる。
「眞一郎くん、これも食べる?」
「ん」
とか、
「眞一郎くん、これは?」
「おっ、それいただきー」
とか、
「眞一郎くん、これも?」
「食べる。さっきのすげぇ旨かった」
「ほんとぉ? 良かった~」
だった。この日は比呂美の手作りだったので、"量の調整は自由自在"、だ。
何故か眞一郎の弁当箱は、以前比呂美が使っていた小さいもので、それ以外の
おかず等は別の大きい入れ物に分けられていた。
「早く新しいお弁当箱、買わなくちゃ!」
と言いつつ、1年生であった昨年度から数ヶ月が経過している。3人は、
「はむっ…んぐ…」
無視したり、
「あっ、それちょうだい?」
無視したり、
「えぇ~? どれと交換?」
無視していた。
残念ながら、5人いるにも関わらず、2対3という構図で食事する場面が多く
見られるのは、何故だろう?

食べ終わると、5人での会話が始まる。
「いやぁ、食った食った。"おあずけ"されると、食うのが早ぇなぁ」
「それは言えるわね。いつもより、おいしかったかも」
「ホント、目がかすんだ時はどうなるかと…」
「…」
「ってことは、遅れたことは怒ってない、とか?」
眞一郎は厚顔無恥な事を言うが、
「「「あ゛?」」」
と言われるので、
「すみませんでした」
もう一度謝った。そこからはいつもの賑やかな会話が始まる。
「そうそう、それで―――」
と、朋与が比呂美に話かけた時、
「ん?」
「…」
あさみと目があった。
「どした?」
「な、何でもない…」
眞一郎は「最近あさみと目が合う気がする…」とは思っていたが、特に何をす
るわけでもなかった。三代吉はそれに気付いていたが、
「まぁた、絵本のことでも考えてぼけっとしてるから、見られてんじゃね?」
と、彼も特に気にしていない。
客観的に見れば眞一郎とあさみが目の合う時は、いつも"朋与と比呂美"が話し
ているのだが、あさみはともかく、眞一郎は気付かなかった。
"イガグリ頭事件"の次の日は、あさみの様子は少しおかしかったが、その日の
放課後にはいつもと同じだった。それを比呂美と眞一郎は安心していたが…

「で、どうする?」
朋与が突然眞一郎に聞いてきた。
「え?」
「聞いてないの?」
朋与の目に怒りが宿った。眞一郎は少し考え事をしていたのだったが、まさか
あさみと目が合うなぁ、何て言えるわけもなく、
「え~と…」
誤魔化すしかなかった。
「眞一郎~、まぁた、ぼけっと絵本か?」
三代吉はいつものツッコミ。それを無視して、朋与が続ける。
「まぁ…いいわ。もう一度言うわね?」
いつもの口調に戻っていた。
「はい、どうぞ…」
「眞一郎くん…」
「はい、そこ! いちいちフォローしない! いい? 今度の日曜、空けといて!」
「はぁ? 日曜? また?」
「またって、こないだの日曜は何もなかったじゃない!」
「あ、そうか」
「ほら、日曜は一緒に買い物いったでしょ?」
「そうだったそうだった、あれ…良かったよな?」
「うんっ、気に入った―――」
「はいっ! そこでストップ!」
朋与が手を出して、二人の会話を止める。
「続けるわよ? 今度の日曜、ウチとあさみの親が何かお礼したいって」
「お礼? 何で?」
眞一郎には何がなんだか、分からない。
「"集まり"よ! "集まり"! あたし達、奢ってもらったでしょ?」
「あぁ、あれ? でも、手伝ってもらっただろ?」
「そういう訳にはいかないのよ! 仲上酒造に招待されてきました、だもの」
「?」
「あぁ、オレとか愛ちゃんは慣れてるけど、2人は違うからだろ?」
三代吉はこんな場合だと普通に気付くらしい。
「ふ~ん、そういうもんか?」
「分かんない…」
比呂美には分からないらしい、彼女は既に"仲上"の一員のつもりだからだろう。
「はい! そこでストップ!」
もう一度、朋与が手を出して、始まりそうになった二人の会話を止める。
「いい? あたし達でなくて、親が気にしちゃうのよ。だから、日曜、空けて」
「え~と、比呂美はどう思う?」
「うん、私はいいと思うけど、眞一郎くんに任せる」
(((自分の意見は一応言うけど、任せるんかい!)))
3人の心の叫びは無視されて、比呂美と眞一郎は目で確認。
「うん、分かった。空けとく」
「楽しみ~」
比呂美は心底楽しい、という表情をする。眞一郎が断らないことが分かってい
たからだった。眞一郎が微笑む。
「「「はぁ…」」」
せっかく食べたお昼ご飯のことを、3人はすっかり忘れていた。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

その日の放課後、眞一郎とあさみは2人だけで教室に残っていた。
「はぁ…、これ時間かかりそうだな?」
「そうだね…、結構すごい量…」
2人は同じ姿勢で腕を組み、目の前に積まれた資料を眺めていた。尤も、同じ
姿勢になったのは、あさみが真似をしたからだか。
こうなった理由は簡単な事だった。

「コラ! 仲上! 外ばっかり見るな!」
眞一郎は書きかけの絵本の事を考えて、ぼけっとすることがこの2、3日は多
い。そんな様子を比呂美はにこにこしてながら見ているが、この授業の教師は
少し厳しいことで知られている。2日前にも注意したことを思い出していた。
「コラ! そこ! さっきから寝てばかりじゃないか! シャキっとせんかっ!」
あさみは最近寝不足な日が多い。うとうとして頭を揺らしたり、たまに机に頭
突きをしたり、思いっきり横に倒れそうになって奇声を上げて大騒ぎしたり、
最近では教師の間で要注意人物として挙げられていた。
たまたま2人揃って、同じ授業で何回か注意された為、資料整理を放課後に押
し付けられたのだった。

「まぁ、やるしかねーな?」
眞一郎は直前までの比呂美の顔と「ご愁傷さま~」と楽しげに"あいちゃん"へ
向った三代吉の顔を思い出した。
「仲上くんに任せて、私が帰るってのは?」
「生きて帰れるつもりか?」
「じゃ、ちゃっちゃとやりますか?」
あさみは眞一郎との2人の時間が持てたことに、内心では飛び上がりたいくら
いに喜んでいる。眠気なんてどこかに吹き飛び、目はぱっちり、トイレで髪型
も確認、気合十分だった。しかし、先程の比呂美の顔を思い出してしまう。

『私も手伝う!』
『さ、部活、部活』
『眞一郎く~ん!』
朋与が比呂美を引っ張るようにして、連れ去っていった。一瞬だけ朋与と目が
合った。「懲りてるわよね? イガグリ?」と目で言えることを少し尊敬した。

「こら! 寝るなっ!」
「んあ?」
眞一郎が注意する。
「全然終わる気配がない…」
「ちょっと、仲上くん! サボらないで!」
あさみが注意する。
作業効率はすこぶる悪い。気合十分なはずのあさみは、単調な作業で眠気を呼
び覚ますことに成功し、眞一郎はついついサボりがちだった。
「比呂美の部活よりも、こっちが先に終わると思ってたけどなー」
「!」
あさみの眠気が再び吹き飛んだ。眞一郎の口から"比呂美"と出る度にあさみの
心臓はどきん、とする。
(いつからだっけ? こんなに比呂美の存在が気になるのは?)
眞一郎のことが気になりだした頃は、それ程でもなかった。単なる憧れに近い
感情だったのかもしれない。だが、この1、2ヶ月はそれでは済まされなかっ
た。特にこの1週間と少しは酷い。気が付くと目で眞一郎を追いそうになり、
油断すると近くに寄ってしまう。
基本的にはいつも比呂美が近くにいる。なので、視線や眞一郎との距離には、
かなり注意している。それは、かなり神経をすり減らすことで睡眠不s――
「こら! 寝るなっ!」
「んあ?」
眞一郎に注意された。
「疲れてんのか? 少し休むか、顔でも洗ってこいよ」
「うん…、ありがと。行ってくる…」
「途中で寝て帰って来ないってのは、ナシな?」
「保障はしないよ!」
「ちっ…」
眞一郎は黙々と作業を再開した。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
<お好みでサントラ"舞い降りる記憶の影に"でも聞きながら読んでください>
<もしくは"SeLecT"。どっちがいいか、おまかせします>

「はぁ…」
誰もいないトイレで溜息が聞こえた。

「どうしよう?」
小さい声で鏡の中の自分に問いかけた。あさみは作業中に寝ていたのではない。
眞一郎に近づきたい、その気持ちを抑えるために、目を閉じて体を硬直させて
いた。意識的に体に力を入れないと、ふらっと近づきそうになるからだ。
しかも、机を2つ付けている。普段の授業での隣の距離とは違う。今まで、こ
んな距離で眞一郎を感じたことはない。
もう少しだけ、近づけば?
簡単に肩が触れ合える、簡単に抱きつける、簡単に手を握ることができる。

あさみにとって、それはとても辛い距離。


「どうしよう?」
また小さい声で鏡の中の自分に問いかけた。
いつも眞一郎の隣にいる比呂美がいない、忘れたいが忘れられない。
でも、比呂美は友達。でも、今はいない。でも、眞一郎の中には確実にいる。

あさみにとって、それはとても辛い選択。


「どうしよう?」
もう一度小さい声で鏡の中の自分に問いかけた。
ちらっと横を見ると、眞一郎の目を見ることができる。作業中には見ることは
できないが、"必要な時"にはたぶん"あの目"を見ることができる。
"あの目"で、自分が見られたら、自分だけを見たら、自分に向けられたら。

あさみにとって、それはとても辛い想い。


「まぁ、イガグリ、イガグリ、だよね?」
ぱしゃぱしゃと顔に水をかけて、"何か"をハンカチで拭い去る。
「ふぅ、がんばろう…」
あさみはこの1週間と少しで、かなりの体力と精神力を使っていた。

余裕はない。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「おっ、帰ってきたか?」
眞一郎と目が合った。"あの目"ではないが、同じ人の目、どきっとした。
(イ、イガグリ)
あさみは呪文を唱えるように心の中で叫ぶ。なるべく目を合わせないようにし
て、少し俯いたまま元の席へ座った。

「どした? やっぱ疲れてんのか? 体調悪いなら、帰ってもいいぞ?」
「だ、大丈夫…」
眞一郎の優しさは、"友達"に向けたものだ。
(イガグリ、イガグリ、イガグリ)
あさみは懸命に心の中で叫ぶ。

「そうか? おい! ちょっと、手が震えてるぞ? 本当に大丈夫か?」
「…」
眞一郎が自分を見ている。たぶん、少しだけ心配している。たぶん、少しだけ。
(イガグリ!、イガグリ!、イガグリ!)
心の中で叫ぶ声を大きくする。

「おいってば! こっち向け! 大丈夫じゃないって!」
「…」
(イガグリッ!、イガグリッ!、イガグリッ!)
心の中で叫ぶ声が絶叫に変わる。

ぐいっと肩を掴まれ、体の向きが変えられた。
「!!!」

"あの目"があさみを見ていた。

「仲上くん!」


続きは…ありますよ。勿論です。


END


-あとがき-
ちょっとしつこい文章ですみません。さらっと読んで頂ければ…

 ありがとうございました。

 

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