コーヒーに想いを込めて


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 true tears  SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて

 蛍川との交流試合の翌日に比呂美は、メガネを掛けるようになった。
 まだ何もできていない眞一郎は、ふたりの思い出の場所である竹林に向う。
 第十一話が放送前に書いた前作の続きです。
 よって本編とは異なる部分があります。

 true tears  SS第十一弾 ふたりの竹林の先には
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/96.html



 眞一郎くんを私のアパートに招く。
 メガネかコンタクトかを相談するという理由でだ。
 流れが不自然にならないようにしていた。
 うまく誘えたけれど、ほとんど会話もなく部屋に入る。
 ふたりはコートとマフラーを脱いで壁に掛ける。
「コーヒーでいいよね」
「ああ」
 眞一郎くんは小さく返した。
 私はキッチンに向かってやかんを沸かす。
「きれいに片付いているな」
 胡坐をかいて見渡している。
「まだ引っ越してから一週間しか経っていないし」
「これかな? コンタクトの資料って」
 眞一郎くんはテーブルの上に束で置いてあるのを見つけて開く。
「酸素透過性、含水率、角膜……。聞き慣れない言葉ばっかり」
 愚痴をこぼしていても、投げ出そうとはせずに読み込んでくれている。
 部屋に来た名目を守ろうとしているのだろう。
 私はマグカップを用意してインスタントコーヒーの粉をスプーンで入れてゆく。
「やっぱり日ごとにメガネかコンタクトかを選ぶべきではないかも」
 眞一郎くんの声が聞こえてきて硬直してしまったが、
片方のマグカップのためにもう一杯だけコーヒーの粉を掬う。
 砂糖とお湯を入れてスプーンで掻き混ぜる。
 片手ずつにマグカップを握り締めてテーブルに向う。
「ありがとう、席が近いな」
 眞一郎くんの右側に私は座っている。
「仲上家の居間にある机とは違うから」
 あえて対面になろうとはしなかった。
 そっと横から眞一郎くんの様子を窺う。
 取っ手を握り締めて口に含んでくれている。
「何か怒らせたみたいだ。俺がちゃんとしてい……」
 あれから一週間の言い訳を重々しくしようとしている。
 私は眞一郎くんがマグカップに唇を付けた位置を見つめる。
 どれほど苦い味がしているのかと奪って確かめたくはなった。
 私のマグカップを持って立ち上がってからキッチンに行く。
 眞一郎くんに入れた量と同じくらいのコーヒーの粉を入れて掻き混ぜる。
 席に戻ろうとするときに眞一郎くんと目が合うと、表情を硬くしていた。
「髪型を変えようかな? 短く切ってみたりして」
 ずっと長い髪をしているのはお母さんの影響もあるし、
眞一郎くんを想い続けている限りは、いじりたくないからだ。
「今のままがいい。ずっと伸ばしてきているし」
 眞一郎くんの言葉を受けてコンタクトの資料に視線を落とす。
「でもさ、俺たちは学校でめだっているから大人しくしておきたい」
 眞一郎くんと私は何かと好奇な眼差しに晒されている。
 私が逃避行をしてからますます悪化しているほどにだ。
 マグカップを口に運ぶと、苦味に刺激されても胃の中に入れる。
 砂糖でごまかそうと考えたが、却下する。
 眞一郎くんも同じように飲んでくれているから。
「メガネかコンタクトかを私が選んでいても、眞一郎くんのせいとはわからないと思う」
「だったら、ふたりきりのときだけ選ぼう。
 学校や仲上家ではコンタクトにして、ここにいるときだけメガネとか」
 英断が浮かんだためか悠長にコーヒーを楽しんでいる。
「眞一郎くんの案としては受け取っておく」
「何だよ、それ」
「だって先のことはわからないし」
「次は祭りが終わってから来るよ。そのときはメガネで」
 この件は終わったので、私はコーヒーを飲もうとする。
「こうやってゆったりと過ごせるときが、以前からあったら良かったのにな。
 比呂美を踊り場に連れて行けたかもしれない」
 眞一郎くんは穏やかに見つめてくる。
「踊り場か、どんなところか興味はあるわ」
 両手をマグカップに添える。
「何のために踊るのかが漠然としたままだから」
「仲上の息子だから眞一郎くんが花形に選ばれたし。
 私だったら悩まずに踊ろうとしていたかも」
「比呂美は好きそうだな、こういうの」
「バスケと違った筋肉を動かせそうだし。
 幼馴染の女の子のために甲子園をめざす漫画があったわ」
 それとなく言ってみて返答を待ってみる。
「比呂美の案として受け取っておく。踊りの練習に行かないと」
 眞一郎くんは一気にコーヒーを飲み干してから立ち上がる。
「何それ、仕返しのつもり?」
 私も立ち上がって眞一郎くんのところに行く。
 コートを着ようとしているので、マフラーを巻いてあげる。
「コーヒーごちそうさま。あれで済むようにしないと」
「今度は塩を入れるからね」
「そうならないようにしよう。でも今もメガネを掛けてくれているし、ふたりきりなのに」
 眞一郎くんはにこやかに指摘して玄関に向う。
 私はメガネを外そうと右手で触ってみたけれど、できなかった。
 後を追って玄関に足を運ぶ。
「もう来ないでね」
 眞一郎くんは靴を履いてドアを開けて外に出てから閉める。
「また来るから」
 ドア越しに一言を残してくれていた。
 しばらく佇んでから席に戻る。
 まだ余っているコーヒーを空にする。
 少し冷めてしまっていても苦味がましになったような感覚があった。
 のんびりとしていられなくて、二つのマグカップを流し台に運ぶ。
 蛇口をひねってお湯を出す。
「踊り場に行っておけば良かった……」
 ちゃんとするから、と言われてから悩んでいた。
 外堀から埋めるかのごとく眞一郎くんの彼女としてまわりから認められるかもしれない。
 今から行ってみようにも、仲上家の手伝いがある。
 明後日の祭りまでほとんど予定が埋まっている。
 おばさんたちに説明して休ませてもらいたくない。
 私にも仲上の娘としてこなさねばならないことがあるから。
 流れ出るお湯を俯いて眺めていたので顔を上げる。
 祭りの当日には眞一郎くんの踊りを良い場所から見るのを伝えておこう。
 またこの部屋に来てくれる約束もあるし、私を描いたかもしれない一枚絵もある。
『僕は君の涙を拭いたいと思う』
 眞一郎くんが使ったマグカップに唇を付けた場所を、右の人差し指でなぞる。

                    (完?)



 あとがき
 合鍵やキスを使わずに大人のアプローチを描こうとしました。
 しかし展開してゆく内にふたりの性格が変わってゆき、別人になりました。
 比呂美は駆け引きを修得し、眞一郎は包容力が増しています。
 何だか後日談のようになってしまいました。
 それと第十二、十三話に向けたフラグを立ててあります。
 比呂美が眞一郎を教室で誘ったときには、部屋でメガネを掛けていませんでした。
 眞一郎のほうから待つように約束されてからはメガネを掛けていたのに、
ドアを開けると眞一郎母が……。
 眞一郎が比呂美を探しに竹林へ来たときにはメガネがありません。
 さてSSでのまた来るからになる眞一郎の訪問は、翌日以降になりそうです。
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