少し、このままでいい?


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アニメ true tears SS『少し、このままでいい?』

※6話以降という設定で、眞一郎と比呂美が結ばれる話です。


 ──────────


 いつからこんな関係になってしまったんだろう……
 ふと気がつくとそんなことばかり考えている自分に気付いた。

 本格的な冬が近づきつつある日曜の朝、
「眞ちゃーん、ご飯用意できてるわよー」
 着替えを終えてベッドの上でぼんやりしていると、階下から母さんに呼ばれた。
「……今行くからー」
 日曜くらいのんびり寝ていたいとも思うけど、うちはみんな揃って飯を食うのが当たり前なので仕方なく起き上がる。
 どっちにしろこういう生活が身についてるので、逆に起きないと落ち着かなかったりするのだけど。
 廊下はひんやりとしていて少しだけ身が引き締まる感じがした。
 晴天の朝の日差しもまぶしく心地いい。
「おはよう」
 居間に入り自分の席に座りながら挨拶する。
「おはよう」
 父さんはもう食事を終えているようで、新聞を読みながら静かに応えて、
「降りてこないのかと思ったわ」
 母さんは仏頂面で先に食事を始めていた。
 そして、
「おはよう」
 素っ気無い静かな声で比呂美が挨拶をする。
「………………」
 そこから会話が続くこともなく、俺が空の茶碗をいつものように比呂美に差し出すと、ゆっくりとした動きでご飯を盛り付け返してくる。
 その間 目を合わせることもなく、また彼女は食事に戻る。 
 まるで“義務だから”“仕方なく”と言いたげな雰囲気がそこにあった。

 少し前までなら、挨拶をすれば柔らかな表情さえ見せていてくれたのに。
 会話がなくても落ち着ける空気に満ちていたのに。 

 いつからこんな関係になってしまったんだろう……

 ──────────

『私の方が誕生日遅いから……眞一郎君がお兄さん』
 そんなことを聞かされて落ち着いていられるわけもなく──
 かと言って、両親に事実を確認する勇気もなく──
 俺は気がつけば竹箒を持って庭の落ち葉を掃いていた。
(何やってんだ俺……)
 鏡を見たら自嘲気味な顔をしているだろう表情のまま、ぼんやりと庭の隅から落ち葉を集めていく。
 仮に、俺と比呂美が腹違いの兄妹だとして、それが今のギスギスした空気の原因なのかと言えば、きっとそれは違う。
 いつからかは知らないが比呂美はもっと前から知っていたようだし、この関係はつい最近だ。
 じゃあ原因は?
 ここ数日の出来事を振り返る。
 思い返すと、やっぱり──
 ピッ! と短くクラクションが鳴った。
 音のした門の方を見ると一台のバイクが止まっていた。運転手がヘルメットを外す。
「よぉ」
 石動純がニヤニヤした顔で馴れ馴れしく声をかけてきた。
 そうだよ、やっぱりアンタとのことが原因なんだよ。
「比呂美は?」
 そう石動純が尋ねてきたとき、玄関が空いて比呂美が出てきた。
「……!? 石動さん……わざわざ迎えに来なくても……」
 石動純がいたことに少し驚いたようだけど、もともと二人で会う予定だったみたいだ。
 デート……か……
 二人はここのところ時間があればよく会ってるみたいだった。
 少しだけ憂鬱な気分にさせられる。
 比呂美は俺のことを一瞥したが、それ以上は会話もなく石動純に歩み寄る。
「少し早く出れたから来たんだ」
 言いながら比呂美にヘルメットとゴーグルを渡す。
 比呂美はそれを身に着けるとバイクの後ろに跨る。
 俺と目を合わせたくないのか俯き加減に視線を落としている。
 その表情はこれからのデートを楽しみにしているものにはとても見えなかった。
「お前は出かけないのか?」
「は?」
 唐突に石動純が問いかけるので、間の抜けた顔で返事してしまった。
「乃絵が外出する準備してたからな。お前達もデー──」
「──石動さん!……」
 強めの声で比呂美が石動純の言葉を制したので、俺たちは驚いて彼女を見た。
 まるで、その続きは聞きたくないという風に見えたのは気のせいだろうか?
「そろそろ……」
「……分かった。じゃあな」
 比呂美が出発を促すと、石動純はエンジンを吹かして二人は肌寒い空気の中を走り去っていった。
(……………………)
 好きな女の子が他の男のバイクに乗って去っていく場面なんて正直見たくもない。
 でも、こうなることを望んだのは俺だ。
 俺は比呂美を好きだけど、比呂美はアイツが好きで……だから比呂美には笑顔でいて欲しいから、アイツに紹介して……
こうしてデートする仲になって……なのに……
(……なんで全然嬉しそうな顔 見せてくれないんだよ)
 比呂美が笑ってくれれば諦められる……そんな気がするのに。
「あの子またなの?」
「!?……ビックリした~……」
 いきなり母さんが後ろに立っていたので、思いっきりビビってしまった。
 母さんは比呂美のいたところを睨み付けるようにして、
「この前も男とバイクに乗って出かけていったのよ?」
 ……どうも母さんは比呂美のことが好きではないようだ。仲も良くないように見える。
 原因は……やっぱり異母兄妹のことなのだろうか?
「別にいいだろ? 比呂美が誰と会って何しようが比呂美の勝手だろ?」
「そういうわけにもいかないの。周りの目だってあるんだから。仲上の──」
「もういいよ」
 それ以上はうざったくなって聞く気にはなれなかった。
「ちょっと眞ちゃん!」
 母さんに竹箒を渡して俺は家の中に戻った。

 ──────────


 いくら時間が経っても少女の涙が止まることはなかった。
 僕はその涙を拭いたいのに、ここは硝子の壁に隔てられていて……


「……はぁ……こんなんじゃなくて、もっとこー…………ダメだ」
 どうにもアイディアが沸かずに、俺は持っていた鉛筆をスケッチブックの上に投げ出した。
 昼過ぎ。陽も少し傾き始めた頃。自室で絵本を描くために机に向かっていたけど、どうにも集中できなかった。
 もちろん比呂美のことが気になるからだ。
 鉛筆で線一本走らせるごとに、比呂美の物憂げな顔、涙顔や怒り顔……そして笑顔が浮かんでは消える。
こんなにも比呂美が好きだったのかと改めて認識させられる。
 比呂美は今、何をしてるのだろうか?
 目の前の窓のブラインドを開けて外を眺めた。
 映画でも見て、昼飯食って、ショッピングして、お茶して……んでどっかで休憩……
 一瞬、洗面所で鉢合わせしてしまった時の比呂美の裸体(タオルで隠してたけど)がフラッシュバックした。
「あ~…クソっ!」
 俺は妄想を遮断するように、ブラインドを思いきり閉めた。
 そのまま席を立って壁にかけてあった上着を羽織り部屋を出た。

 出かけてくるからと母さんに告げて家を出たのはいいものの、特に行く宛てもなかった。
 まぁ散歩と思えば別に宛てなんかなくても構わないのだけど、このもやもやとした気持ちを発散させるようなことをしたいなとは思う。
 かといって誰かと会って何かするというのは気が引けた。
 どうするか? 何するか? そんなことを考えながら無意識に歩みを進めていたら、目の前に“あいちゃん”があった。
 自動ドアの入り口から中を覗くと、休日だからか結構にぎわっていて、カウンター内で愛ちゃんがせわしなく働いていた。
 そのまま素通りしようと思った時、こちらに気付いた愛ちゃんと目があってしまい、屈託ない笑顔で手招きされてしまった。
 これは今入らなかったら後で何かされると思い、俺は自動ドアを開けた。
「いらっしゃいませ~」
 愛ちゃんの元気な挨拶に促されるように中に進むと、ちょうど一番奥のボックス席が空いたところだったのでそこに座った。
「三代吉と一緒じゃないの?」
「そっちこそ。休みなんだからデートぐらいすれば?」
「アンタみたいに暇じゃないの」
 と、2、3言葉を交わして愛ちゃんがコーラと今川焼きを持ってくる。
 注文せずとも欲しいものを持ってきてくれるのは長年の付き合いがあってこそだ。
「って、これ多くない?」
 見れば皿には4つの今川焼きが。そして愛ちゃんは向かい側の席に座って、呆れた表情を浮かべた。
「周りを見なさい。周りを」
 言われて改めて周りを見るが、別に客が入ってることくらいしか……あ、そうか。
「珍しくカップル多いでしょ? そんな中 隅っこで一人淋しい眞一郎の為に、この可愛いあたしが相手してあげるってことよ」
「そりゃ、どうも」
 どうせ一人身だよと毒づきながらコーラを一飲み。
 カウンター内を見ればいつのまにかおばさんがいて、どうやらホントに変わってもらったらしい。
「で? こんな時間にめずらしいんじゃないの? 何か用とかあった?」
 愛ちゃんが今川焼きを一つ口にして尋ねてくる。
 たいていここに来るときは学校帰りか踊りの練習に行くときだから、愛ちゃんが気にすることもわからなくはない。
「別に。なんとなく」
「ん~……眞一郎、何か落ち込んでる?」
 ……さすが、長年の付き合い。
「そんな訳ないじゃん。ほら、この通り……んっ…んんっ…むぐっ、んんっ!」
 今川焼きを一気に食って見せたが、見事に喉に詰まらせてしまった。
 アホか俺は……
「そーゆーバカなことしようとすることが変なの。何年アンタのこと見てきてると思ってんのよ。少しの機微でわかるんだからね」
 難しい言葉知ってるな愛ちゃん。
「何かあるんだったら話してみなよ。別に無理強いはしないけどさ」
 真剣な表情。
 誰とも会いたくないと思っていたけど、こうして自分のことを気にかけてくれて、まっすぐ向き合ってくれる人がいることに自分は幸せだなと感じた。

 一通り思っていたことを愛ちゃんに話した。
 一番気になってた何故俺に対してギスギスしてるのかってことを、女の子の視点から聞いてみたかった。
 もちろん比呂美と異母兄妹かもしれないということは避けたけど。
「ふーん……なるほどね」
 神妙な顔つきで俺の話を聞いていた愛ちゃんは、コーラを一口飲んで、
「眞一郎が比呂美ちゃんのこと好きだってことはよくわかった」
 ほんの少し寂しげに微笑んでみせた。
 愛ちゃんは機微が分かるっていってたけど、俺には愛ちゃんの表情の理由が分からなかった。
「……そこは否定しないけどさ。……やっぱ、俺のおせっかいが原因なのかな?」
「まぁ、眞一郎のおせっかいは今に始まったことじゃないけどね」
 と、愛ちゃんは憮然とした表情。
 何か空気が重いな……
「俺、愛ちゃんになんかした?」
「……何十年後かに教えてあげる」
 ????????
「まぁ、それはいいとして。おせっかいって言ってもさ、比呂美ちゃんはその人と上手くいってるわけでしょ?」
「ん……まぁ、たぶん」
 実際のところはよく知らないけど、よく会ってるなら上手くいってるんだろう。
「もしそのおせっかいのせいでフラれたとかなら怒るのはわかるんだけど、上手くいってるんなら逆に感謝されてもいいとあたしは思うけど」
「まぁ……そうかも」
 言われて納得する。
 比呂美はアイツが好きで、なのにデートするようになっても楽しそうじゃないからわからないんだ。
「比呂美ちゃんはさ、ホントにその人と付き合いたかったの?」
「──は?」
 愛ちゃんが唐突に言った言葉に思考が固まる。
 いや、だって……
「比呂美が好きっていったんだから……」
「それ、ちゃんと比呂美ちゃんが言ったの?」
 愛ちゃんが訝しむ顔をする。
「言ったよ。本人が話してるの聞いたんだから」
「眞一郎に直接言ったんじゃないの?」
「ちょうど友達とそう話してるのを立ち聞きして……その聞いてたのを比呂美に気付かれて……そのあとちゃんと話してくれたから」
 あの時の比呂美の表情はよく思えてる。
 嬉しそうな照れくさそうな……ホントに好きなんだと思い知らされた瞬間だったから。
「それ、本心だったのかなぁ?」
「えっ……?」
「比呂美ちゃん……ホントにその人のことが好きなの?」
 なんだよ……それ……
 比呂美が嘘ついてるってことか……?
「比呂美ちゃんはやっぱりさ……」
 愛ちゃんはそこで視線を落とす。
「やっぱりなに?」
 続きが気になって俺は促す。
 しばらく考えた後、愛ちゃんはこう口にした。
「なんでもない………………………から……」
「最後なんか言った? 聞き取れなかったんだけど?」
 顔を覗き込もうとした俺にデコピンをして、
「後は自分で考えなさい」
「いてぇな……もうなんだよ……」
 恨めしげに見る俺を横目に愛ちゃんは立ち上がって、
「もう戻るわ」
「あ、うん……」
 なんだか愛ちゃんとも変な空気なったんじゃないか思った時、彼女が言った。
「比呂美ちゃんのためにとかじゃなくてさ、眞一郎はどうしたいの?」
 突然の問いに言葉が詰まる。
「例え比呂美ちゃんがその人のこと好きだったとしても、何もしないで諦める眞一郎なんて見たくないよ」
 それだけ言って愛ちゃんは店番に戻って行った。
 残されて今まで話しに集中していて気付かなかった店の喧騒が少しだけ気に障る。
(俺だって言えるものなら……)
 好きだって言いたいさ……でもホントに兄妹だとしたら……
 そんなはずはないと信じたい。信じてる。
 けど……けどさ………………
 ──チキンだ! チキン過ぎるぞ俺!
 もしかして乃絵の言うところの飛べるってのは“飛べる=鳥=チキン”ってことなのか?
「あーーーもうー!」
 残ってた今川焼きを一気に平らげる。
「んっ──!んっ、ぶぐっ、んっ、んんっ──!」
 また喉に詰まらせる。
 チキンつーか、バカだ……

 ──────────

『相談料よ』と2人分の代金を払わされ“あいちゃん”を出た後、
そのまま帰る気にもならず、またぶらぶらと歩いていたら海辺の通り道に出てしまった。
 小さい頃、祭りの夜に比呂美と歩いた道。
 繋いだ手の感触なんかはさすがに覚えてないけど、
何も言わずに俺の手をぎゅっと握っていたあのことは忘れることがない。
「っしょっ、と」
 俺は堤防に登って座り込んだ。
“あいちゃん”に入るまでは晴れていたのに、いつの間にか西の方から空が翳りだして、日差しはほとんどなくなってしまっていた。
 風も少し出てきて、気温もぐっと下がってきていた。明日はもしかしたら雪が降るかもしれない。
(比呂美は覚えてないって言ったんだっけ……)
 ゆるやかに波打つ海面を眺めなら、この前 比呂美とここを歩いたときのことを思い返す。
(まぁ、比呂美にとってはあんまりいい思い出じゃないよな…下駄なくして泣きじゃくったことなんて……)
 そう自分に言い聞かせるもやはり少し寂しいのは誤魔化せなかった。
 比呂美とは幼馴染だけど、共有しているものが圧倒的に少なすぎる。
 今、同居していても、比呂美は一歩引いていて、同じ目線でいることなんてない。
 そう考えればあの日のことは唯一大切なもののように思えてならない。
 そして、今はアイツが比呂美と共有するものを築き上げているのかと思うと、やはり憂鬱になってしまう。

 それは比呂美のためだと何度も言い聞かせてきたのに、
 それが本当に比呂美のためになっているのだろうか?

「眞一郎君……?」
 正直 幻聴まで聞こえるようになってしまったのかと思った。
 ここに比呂美が来るなんて思わなかったから。
「そんなところにいると風邪引くよ?」
 振り返ると、風になびく長い髪を抑えながら比呂美が佇んでいた。
「デートはどうしたんだ?」
 俺が尋ねると比呂美は視線を落として、
「今日は終わり」
「送ってもらえばよかったじゃん」
 送り迎えは癪に障るけど、わざわざ歩いて帰ってくることもないだろってのも本心だ。
「家に迷惑かけちゃうから断ったの。朝だってもともと来て貰う予定なんてなかったから」
「そんなの気にすることないだろ」
「そういうわけにもいかないの」
 なにかを諦めてしまっているような比呂美の言動にときどき理不尽なものを感じるけど、
それを顔に出せば比呂美はますます負い目に感じてしまうことを知ってるから必死に押しとどめた。
「……そっちは?」
 座ってる俺の近くに寄りながら比呂美が主語のない問いかけをした。
 何のことかわからず問い返すと、
「……石動乃絵と。……会ってたんでしょ?」
 ほんの少しだけトゲがあるような響き。
「会ってないよ。外出る準備してたかどうか知らないけど、別に約束なんてしてなし」
「でも、付き合ってるんでしょ?」
 ……やけに乃絵のこと気にするな……と思った。
 乃絵のことは別に嫌いじゃない。つかみ所がなくてよくわかんない奴だけど、
自分の感性に真っ直ぐなところは少し羨ましい。
 乃絵と付き合ってくれと言ったのはアイツだ。
 代わりに比呂美と付き合ってやってくれと取り引きしたのは俺だ。
 もしも、俺が乃絵と付き合わなかったら、アイツは比呂美と別れると言うのだろうか?
 だとしたら比呂美のためには……
「…………先に帰るね」
 俺が無言でいるのを肯定と取ったのか、比呂美はそのまま家の方へ歩いてゆく。
 これでいいんだ。これで比呂美はアイツと──

『比呂美ちゃんのためにとかじゃなくてさ、眞一郎はどうしたいの?』

「好きなんだろ? アイツのこと」
 気付いたら俺は堤防から降りて、比呂美の背中に問いかけていた。
 理性じゃ押し留められない気持ちがあるんだなって思った。
 比呂美を行かせてやることが出来なかった。
 違うか……行かせたくなかったんだ。
 俺がどうしたいかなんて……比呂美のことを諦めないことしかない。

 立ち止まった比呂美はそのまま動かずにいた。
 その間は一瞬だったのか、長い時間だったか。
「……そうよ」
 振り返った比呂美の表情に迷いは見られなかった。
「付き合ってるんだよな?」
「そうね」
 まっすぐに視線を返してきて、意志の強さに引き込まれそうになる。

 だからこそ、その瞳の奥に見えた気がした。
 俺と同じように『これでいいの』と囁いてる比呂美が。

「だったらなんで、そんな顔してんだよ!」
「──!…………」
 考えるより先に本心が口をついて出た。
 ただ、ここでぶちまけないと、俺自身を納得させることができそうにない。
「好きなやつと付き合えて、今日だってデートして、楽しいはずだろ? 嬉しいはずだろ?
 なのになんでそんな寂しそうな目してんだよ!
 それじゃ、うちにいる時の比呂美とかわらないじゃんかよ!
 うちでの事と、比呂美の気持ちは関係ないだろ!
 だから少しでもアイツと上手くいくように──」
「それがおせっかいだって言うのよ!」
 俺の激昂を遮るように比呂美が叫んだ。
「もう私のことは放っておいって言ったでしょ!」
 全身全霊を懸けたかのような拒絶。
 瞳には涙が浮かんでいた。
 ……何が比呂美をそこまで追い詰めるのだろう。
 彼女が背負うものが人より多いことは分かってる。
 だからこそ、その涙を拭ってあげたい。
「放っておけるわけがないだろ……!」
「どうして──」
「──好きなんだよ!」
「──!?…………」
 後悔はなかった。
「比呂美のことが好きだから……放っておくことなんてできない」
 ただ、こんな口論の合間の告白なんてバツが悪くて、比呂美の顔が見れなかった。
「…………………………」
「…………………………」
 長い、長い間が空く。
 風の音や波の音。走り去る車の音やカモメの鳴き声が、時が止まっていないことを教えてくれた。
 どれくらい経ったか。比呂美が呟いた。
「嘘……」
 やっとの思いで見た比呂美の表情は戸惑いで溢れていた。
 視線を彷徨わせて、ほんの少し震えていた。
「比呂美……?」
 俺は心配になって力なくうな垂れた手を取ろうとして──
「嫌っ!…………!?」
 身を引くように俺の手を払いのけた。
 そのことに一番驚いたのは誰でもない比呂美だった。
 自分の手と、俺の手を交互に見つめて、自分の行動が信じられないといった感じだった。
「っ……ごめんなさい……!」
 表情を歪めて比呂美は振り向き、そのまま逃げるように去っていった。
 俺はその背中を追うこともできず、ただ視界から消えるまで見つめているしかできなかった。
 言ってしまった。
 好きだと伝えてしまった。
 そして、また一つ比呂美に背負わせるものを増やしてしまった。
「──くそっ」
 感情に任せて堤防を思い切り殴りつけた。
 痛い。痛いに決まってる。そりゃ拳から血もでるさ。
 ……この痛みは、比呂美の辛さにどれくらい近づけてるのだろう……

 ──────────

「なんでこんな怪我したの?」
 夕食前、拳の傷はあっさりと母さんに見つかり、呆れられつつしっかりと叱られた。
 自分で処置しようとしたけど空いたのが利き手じゃないので上手くいかず、適当に手当てしといたらこの有様。
「まぁ……いろいろあって」
 正直に理由を話せるわけもなく、適当にお茶を濁すしかなかった。……全然濁ってもいないが。
「……まったく。湯船には入れちゃだめよ」
 傷薬を塗られ、ガーゼを当てて包帯を2、3周。あっけなく治療は終わった。
 比呂美の背負うものもこれくらい簡単になんとかできればいいのになんて思った。
 救急箱を戻しに行った後、母さんはすぐにテーブルに食事を並べ始める。
 用意されたのは3人分だった。
「比呂美の分はどうした?」
 居間に入ってきた父さんが、真っ先に尋ねた。
「外で済ませてきたそうよ。そうならそうと先に言ってくれないと……」
 人数分作ってるんだから余るじゃないのとかなにやらぶつぶつと母さんは文句を続ける。
 正直、ほっとした。今、比呂美とどんな顔して会えばいいかわからない。

 ──────────

 夜中。なかなか寝付けなかった。
 何も考えないように、考えないように……
 頭の中をクリアにしようとするほど、右手の痛みが鮮明になる。
(痛いなぁ……)
 寝ることを諦めて天井をぼんやりと見上げた。
 傷はもちろんだが、比呂美に弾かれたことが痛かった。
 あの時の表情からして、無意識の行動だったんだろう。
(つまり、比呂美の本心に拒絶されたってことだよな……)
 真実はどうあれ兄妹からの告白。
 この間聞かされた俺とは違って、ずっとそう意識してきた比呂美からすれば嫌悪の対象になったかもしれない。
 だからこうならないように比呂美は俺に対して一線を引いていたんじゃないかと、今だから思える。
 兄妹と認めていない俺と、兄妹と受け入れている比呂美。
 二人の認識の差が大きすぎて、いくら俺が好きだと言ったところで届くことがないんだ……

 唯一好きなった人は、唯一好きになってはいけない人でした。

(どこの漫画だよそれは……)
 俺はこれからどうすればいいのか……
 先の見えない霧の中に迷い込んでしまったみたいだった。

 ──────────

「眞一郎ー。おーっす」
「おー」
 俺より遅れて教室に入ってきた三代吉と朝の挨拶を交わす。
「ん?どしたその手」
 右手の怪我を目敏く見つけてきた三代吉がさっそく尋ねてくる。
「まぁ、青春の証……みたいな?」
「……何言ってんだお前?」
 そんな可哀想な人を見る目をするな。

 朝 起きて身支度を整えてから朝食を取るために居間に入ると、比呂美の姿はもうなかった。
 朝練があるとかでもう出たと親から聞かされたけど、今まで朝練があっても一緒に食事ができないなんてことはなかった。
 やっぱり避けられてるんだろうなと、自分でご飯を盛りながらしみじみと思ってしまった。
 食事を終え、食器を流しに置きに行くと、台所のテーブルに、俺の食べた朝食と同じおかずが折り畳みの蝿帳に包まれて置いてあった。
 食器の下には『夜に食べます 比呂美』の添え書き。
(飯も食わない程早く出ってたのか)
 そこまで会いたくないのかと思ったら、月曜の朝特有の憂鬱なんて目じゃないほど凹んだ。

「今日雪降っかなー?」
「かもなー……」
 曇天の空を眺める三代吉に上の空で返事をしながら、比呂美の席へちらちらと視線を送る。
 本当に朝練をやっているようで、同じバスケ部の黒部もまだ来ていない。
 二人がようやく教室に入ってきたのは予鈴の直前だった。
「比呂美ったらギリギリまで練習するんだもん」
「……ごめんね」
 遅れてきた理由を周りの女子たちに報告するそんな会話が聞こえてくる。
 そのほんの一瞬、
「っ……」
 比呂美と目が合ってしまい、彼女はしまったという表情を見せて、さっと体ごと視線を逸らした。
(まぁ……予想はしてたけどさ……)
 にしても、比呂美ちょっと顔色悪かったか……?
 やっぱり心労になっているんだろうかと思ったけど、授業をいつも通り受け、指されれば問いにきちんと答え、休み時間も友達と楽しそうに談笑していた。
 杞憂だったかなと少しだけ安心したそんな矢先──
「仲上君!」
 昼休みも終わり頃、とっくに昼食を食べ終え、三代吉とだらだらとくだらない話をしていた時だった。
 黒部が俺の所に血相変えてやってきた。
「?」
「比呂美が……! 比呂美が倒れたの!」


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