比呂美さんの独り言


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【はじめに】
冒頭部分は流石堂の流ひょうご様作の同人誌「おもいはココで」から、イメージを
頂戴しております。「おもいはココで」を未読の方におかれましては、
是非とも一読をお勧めする次第です。


比呂美さんの独り言

「えっ?!
 ぁぅ」
気づいたときには、既に遅くて。
「何ぃかなぁ、比呂美。
 その指輪はぁ?」
しかも、見つけた主は朋与――私の親友、黒部朋与、で。
「えっと、その、ね。
 えっと」
こんなときになのに私の頭の中は、昨日のお祭りのことで一杯で。
眞一郎くん――私の大切な彼氏、仲上眞一郎くん、に買って貰った、それはペアリング。
その眞一郎くんが、迷うことなく私の左手の薬指にしてくれた、指輪。
「ふ・ふぅん。
 …あ、婚約指輪だったりして」
しどろもどろになる私に、ニンマリ顔の朋与が追い打ちをかける。
「へぇ、そうなの?
 わぁ、良いなぁ」
あさみが、キラキラと目を輝かせて羨ましがってくれて。
いや、それはそれで嬉しいことなのかも知れないけれど。
「何でも、ないの。
 えっとね……」
結局、経緯を説明するのに5分を掛けてしまった私が、そこにいた。

「ま、仲上君にしては上出来よね」
朋与は、私の“経緯説明”を聞き終えると、
うんうんと頷きながらそう結論づけた。

“上出来”

確かに。
昨日の眞一郎くんの行動は、私の中では特別に心に残った。
あの眞一郎くんが、私に気を配って、ペアリングを買ってくれるなんて。
あっ、勿論「あの」と言ってしまうのには、それなりの理由が、ある。
……実は眞一郎くんは、自分の着るものなどは、
ほとんどおばさんが選んでタンスにしまってあるものだけを着る、そんな人だ。
そんなアクセサリーはおろか、衣料関係にほぼ無頓着な眞一郎くんが、
彼自身の分も含めて、指輪を買ってきてくれた。
――凄く、嬉しい。
言葉ではその一言なのだけれど、
それ以上の感情が私の中に蓄積されていく。
ずっと、ずっと願ってきたことが、次々と実現していく。

眞一郎くんの隣は、私にとって日の当たる明るい場所……。

彼は笑顔で私の手を引いて、そんな明るい場所へ私を連れて行ってくれている。
勿論、手を引かれているだけでは、あの頃の私と変わらないから、
他の誰でもない、湯浅比呂美に私はなりたい。そう思っている。
それは眞一郎くんの傍に、私がいられるためにも。
だから、いろんなことを一生懸命にやっていく。
バスケも、勉強も、仲上の家の手伝いも。
眞一郎くんとのことも。

「でも、たまには手を抜く場所がないと疲れるでしょ」
朋与は、いつもそう言って私を連れ出してくれる。
彼が絵本を仕上げたい日などは、お邪魔しないようにしている。
そんなとき。
察してくれるのか、朋与たちに誘われる。
バスケもキャプテンとしての日々が始まっているから、
みんなとのコミュニケーションも重要なことだと、思う。
そう思っていると、朋与が呟く。
「気使いすぎ、比呂美は」
そう言われ、私は思わず微笑む。
えっと、それはそのままお返しします、朋与さん。
「そうかな?
 ま、良いじゃない」
うん。ありがとう、朋与。
「良いの良いの。
 伊達に親友やってないって」
いつもの朋与の決めぜりふに、私は頭が上がらない。

「河合さんの受け渡し、終わりました」
今日も、仲上の家でお手伝い。
最近では、近所であれば仲上酒造の上得意様に届ける役割も私になってきている。
以前は、おじさんかおばさんが直接行くかしていたのだそうだけれど。
「それは、あれだ。
 うちのやつなりに、比呂美に気を遣っているんだろう」
この日もおばさんに上得意様へのお届け物を頼まれ、酒蔵にそれを取りに行ったとき、
おじさんにそう言われた。私は、頬が朱に染まるのを隠せない。
「まあ、嫁修行と言うところかな」

仲上家の親戚の方々には、既に『仲上本家の嫁』として私は認知されている、みたい。
今年のお盆の集まりのときも私の席は去年の、いわゆる仲上の家の同居人、
でしかなかった私の位置とは全く違った席となった。
それは、本家の嫡男である眞一郎くんの隣の席。
これの意味することを、理解できない人たちではない。
「器量の良い子を貰われることになったねぇ、理恵子さん」
「私も、そう思うわよ。
 眞一郎ちゃんも決めるときは決めてくれるのね」
「でも、比呂美さんはホントよく働く子だねぇ。助かるねぇ」
勿論、ずっとお勝手方…台所仕事を手伝っていた私にも聞こえるように、
親戚の年配の女性陣は理恵子さん―――眞一郎くんのお母さん、へ話しかけている。
「ありがとうございます。そう言っていただけると」
「いえでも、まだ高校生ですから。二人とも」
「ええ、私も助かっていますから」
準備から片付けまでをこなしつつ、おばさんは始終微笑みながら受け答えをされていて。
…うん、私も頑張らなくちゃ、ね。

「あんまり、無理しないようにね。比呂美ちゃん。
 パソコンは見続けると、もっと目を悪くするわよ」
お店のお手伝いで帳簿の整理も、私の仕事。
だいぶ、勘定科目も判ってきていた私にとって、毎日の売り上げを計上して、
試算表を作ることなどはお手の物となっていた。
最近は、目の疲れが著しい、との理由で、
おばさんからパソコン関係の仕事をほとんど私が引き継いではいたのだけれど、
あまり私が根を詰めているように見えるのか、
目に良いとされるブルーベリーのキャンディーの登場と共に、
おばさんにそう言われるようになった。

「高校を卒業したら、眞ちゃんにもバイトして貰って、
 ちゃんとしたのはそのときにでもね」
私も、これをしていることが無意識領域に入ってきていたのか、
ついうっかり、データ入力の最中も眞一郎くんから貰った指輪をしていたことが、
最近おばさんにばれてしまった。
でも、おばさんは呆れるでもなく、叱るでもなく。
――仲上の嫁としても、恥ずかしくないようにならないと。

体育館に響くシューズの音。
「香奈恵っ!
 もっと周り、見て走るっ」
学校では女バスの部長として指示を出しつつ、後輩たちの動きを見る。
基礎体力をつけて、後半戦でもキレを失わないようにしないと。
「どう、朋与」
「そうね。
 もうちょっと読んで動けるとパス通しも良くなるかな」
「うん」
副キャプテンである朋与とも意見を交換し、課題を見直す。
秋季大会も近い。螢川や古城あたりも、奮起してくる。
勿論、負けられない。

「今日はここまで!」
ここで各自にそれぞれ課題を出し、
考えて行動できるように頭になじませてくるように指示する。
動きと読みが連動できれば、冴えも生まれる。
「みんな、クールダウンをしっかりとね。
 以上、解散」
「お疲れ様でしたっ」

「で、比呂美はどうすんの?」
そして、更衣室。
片付けや、体育教官室への鍵の返却などで遅くなったから、
朋与と二人だけで着替えている。
「えっ、何が?」
「なにがって、もう。
 進路よ、進路!」
そう言えば。
進路希望調査の提出日がまた近づいてきていることに、
今気がついた私は、ちょっと手を止めてしまう。
「……ちなみに“仲上君のお嫁さん”とかは進路じゃないからね、比呂美さん」
にへらっと笑んでいる朋与の顔を見返す私の頬が、
…真っ赤になったのが自分でも判る。
「ふ・ふうん。
 ま、基本線は“そこ”でも、進路は別に書いておかなきゃ」
「と、朋与ぉ」
そう怒った振りをしつつ、私は考える。
眞一郎くんのお嫁さん。
私の選択肢…というより、未来の中の一ページに、
その文字がある。
それだけでも、私は心の底から喜びを感じる。
でも。
それだけでは、眞一郎くんにとって、他の誰でもない湯浅比呂美、
……仲上比呂美にはならない。
「私、加賀大学に行こうと思ってる」
「えっ?」
ふと、漏らした言葉に、朋与が聞き返す。
「へぇ、加賀大かぁ。
 そうだよね。比呂美の成績じゃ、加賀大目指せるよねぇ」
お隣の県にある、国立大学法人加賀大学。
北陸三県では、トップレベルの経済学部がある。
仲上酒造の経営に役に立つなら、経営学を学びたい。
会計も経済も。役に立つことを、学びたかった。
「でも、比呂美。
 それ、ちゃんと自分の意志ってこと、みんなには伝える努力しないと」
自分の思いを、つい話してしまったけれど、
その思いに、返答をくれたのは親友の朋与だった。
「それって、どういう…」
「結局、比呂美が自分で積極的にそれを選んだことをちゃんと言わないと、
 仲上君あたりは、誤解しちゃうじゃないかな、と」
あっ。
そうかも知れない。その可能性について、私は考えたことはなかった。
確かに、経済学を学びたいという気持ちは、
仲上の家を助けたいという気持ちからだけれど、それは私の自発的意志、による。
それでも、眞一郎くんの主観で『私が自分を犠牲にしている』、と思ったら。
「ありがとう、朋与。
 ちゃんと、眞一郎くんには説明しなきゃ、ね」
眞一郎くんに誤解されては、駄目だ。
私は強く思う。
「そうそう。
 あんたたち、お互いに説明不足してきたでしょ」
―確かに。
朋与だからそう言ってくれるけれど、
恥ずかしい話、その通りな私たちだったから。
「…だったら、今はそうならないようにしないと、ね」
「うん」
敵わないな、もう。
朋与と私。お互いに、クスッと微笑みあう。
「結構結構。
 まあ、私はもうちょっと受かりやすいところ、探すことにするわぁ」
「あっ、うん…」
そっか。朋与は…違う大学を進路にするのかな。
そうなったら、離れてしまうのかな。
「もぉ。寂しそうな声出さないの。
 まだ1年以上先の話でしょ」
「そうだね」
大人になるために、急き立てられるように進路を決めなくちゃ行けない。
でも見失っちゃ駄目なものは、見失わない。
それだけは、心に誓う。

夕暮れ時。
眞一郎くんが、私のアパートから帰って行く。
今日はお手伝いがお休みの日だから、一緒に仲上の家に行かないから。

学校からの帰り道は眞一郎くんと一緒だった。
そしてしばらく私のアパートでお話しして、彼は帰っていく。
「また、明日ね」
窓の外から、彼の姿が見えなくなるまで、私は見送る。

カバンの中には、進路指導室から貰ってきた資料が一つ。
『国立大学法人加賀大学 入学案内』
私が行きたい理由は、経済学部が充実していることが第一だけれど、
もう一つが、この麦端から通えないことはない、という点。
始発に乗って、北陸本線の特急“おはようエクスプレス”に乗れば、1時間も掛からない。
金沢市内で下宿を探さなくとも、十分通える。
これは、私にとって十分に魅力的な条件だった。
でも。
「…貴方は、どこへ行くのかな…。
 眞一郎くん…」
最近、射水の方にある絵本館に出かけることの多くなった彼。
一瞬身構えたけれど、彼のお目当ては、
館長の東保さんと、芸術を教えていらっしゃる杉岡尚滋先生みたいで。
「眞一郎くん、
 杉岡先生のおられる富山総合に、行きたいのかな」
確かにそういう雰囲気を、私は感じている。
富山総合大学の二上キャンパス。麦端からだと、難なく通える距離。
たぶん、そこの芸術文化学部に、入りたいのだろう。
「そうなると…。
 眞一郎くんと、違う大学、か」
ロフトの上に上がって、ゴロンと寝転がってみる。
「ふぅ」
思いっきり息を吸うと、そこは眞一郎くんの香りもするけれど、
今は天井を一点に見つめる私だった。

「そっか。経済学か。
 でも、比呂美がうちのことを思ってくれるのは嬉しいな」
そして昨日私が悩んでいた場所で、
同じように寝転がりながら、今日は隣に眞一郎くんがいる。
結局ちゃんと話すことにした。進路のことも、私の希望も。
「眞一郎くんは、
 行きたいところ、あるの?」
腕枕してくれている彼に、聞いてみる。
「ああ、一応。
 今のところは」
苦笑する彼。今のところ、というあたりからいって、
少し気持ちは揺れているのかも知れない。
「……富山総合?」
「ああ。
 比呂美は判ってたんだな」
苦笑いの度が増す彼の頬を撫でながら、私は囁く。
「そっか。
 でも、――別々だね」
決まったわけでもないけれど、でも、そう思う。
これまで小中高…10年以上、一緒の学校に入って、一緒のクラスだった私たちだけれど、
初めて、別々の学校に入ることになるのかも知れない。
そう思うと、私の心に、少しだけ陰のようなものが差す。
でも。
「別々にはならないよ」
「えっ?」
思わず見つめ返す彼の瞳。
「比呂美と俺は、もう別々にはならない。
 だから大学が違おうと、俺は比呂美と別々じゃないから」
誓ったから、とそう彼の瞳が訴えていた。
ああ、そうなんだ。
もう、彼と私の心は離れることなんてない。
だから、彼は言う。
別々にはならない、と。

……私、バカだ。

「うん。
 そうだね。眞一郎くんと一緒だよ」
こんなにギュッとされても不安になる私に、彼はいつまでも抱き留めていてくれる。
離さないでね。
私も、頑張って進むから。歩んでいって見せるから。
眞一郎くんと一緒に、進むから。

彼と一緒に、そう誓い、少し微睡んだ。

「じゃぁ、また明日」
玄関で靴を履く彼。まるで通い婚、とでも言って良いのかな。
「うん。
 …眞一郎くん」
「なにっ…んっ」
キスをプレゼントするのは、決して過剰じゃない私の気持ち。
その証拠に、ちゃんと二人の唇にはキスを終えて離れても、唾液の橋が架かるほど。
お互いが求め合っているんだから。
「お、お前なぁ」
帰り際に、帰りづらくなる。と、こぼす彼に微笑みを返す私。
「敵わないな、比呂美には」
苦笑を浮かべつつも、もう一度キス。
今度は、触れるだけ。
そして、閉まる扉。遠ざかる靴音。
窓越しに彼を見送る。
「大好き」
その気持ちも、変わらない。
だから、頑張ろう。これからの毎日も。
頑張ろう。
彼と一緒に、綴る日々を。

さてと。今日も、なに作ろうかな。
私は早速冷蔵庫を開いて、夕飯の支度を始めた。


【後書きという名の言い訳】
今晩は、独り言の人です。
前々回の「眞一郎の独り言」の、今度は比呂美さん版と言いますか。
まあ、進路問題は高校生である彼らにとって、大きな問題です。
眞一郎には、絵本館の人脈を有効に活用した進路を期待しますが、
比呂美さんは、やっぱり大学進学で経営を学びたがろうな、と思います。
そのあたりも踏まえつつ今回のお話となりました。
またもこんなのでも宜しければ、またお付き合い下さいませ。
ここまで、読んでいただきまして本当にありがとうございました。

前述の通り、冒頭部分は流石堂の流ひょうご様作の同人誌「おもいはココで」から、
イメージを頂戴しております。
本件に付き、流ひょうご様よりお許しを頂戴いたしました。この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。
繰り返しではありますが、未読の方におかれましては、是非とも一読をお勧めする次第です。
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