乃絵、襲来


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 新SS、サードチルドレンです。

 第三新東京市、仲上家に乃絵が絵本を見るために襲来。
 ママンは仲上家の理想像を語る。
 落ち込む比呂美の部屋に、眞一郎が向う。
 サービスしちゃうわよ、シンちゃん。

 本編第八話の内容を予想するものではありません。
 純とのゲームや雪の降らない街は登場しません。
 人によっては胃が痛くなるかも。
 わずかながら光明が差すのを祈って。


 true tears  SS第二弾  
          乃絵、襲来

「やっちゃった……」



 学校から帰ってからすることは、宿題だ。
 成績を落としたくないし、おばさんの手伝いは突然だから。
 机に向って数学の教科書を広げている。
「早く、見せて」
「急かすなよ。大声を出すな」
 石動乃絵の嬉しそうな声がした。幻聴と思いたいけれど、そうではない。
 驚愕している顔を上げて、鼓動を落ち着かせてから考えてみる。
 何で石動乃絵がこの家にいるのだろう。学校ならいつ現れてもおかしくないけれど。
 それにしても眞一郎くんが石動乃絵に何を見せるのだろう。
 いてもたってもいられなくて、部屋の扉を開けてみる。
 左右を確認しても誰もいない。
 そっと足音を立てずに二階への階段の下に行ってみる。
 見上げる先には、まだ入ったことがない眞一郎くんの部屋がある。
 四番との誤解をとくために、夜に部屋の前まで行ったことはある。
 手を伸ばしてノックをしようとしたけれど、やめた。
 だって眞一郎くんに誘われてから入りたかったから。
 やはり部屋は心の壁のようなものだと思う。
「あなたはそこで何をしているのかしら?」
 よりによってもっとも出会いたくない相手に見つかった。
「眞ちゃんが女の子を連れて来たから気になっているのではないでしょうね?
あなたには関係ないでしょう」
 まさかそれをわかっていて、わざと遅れて来たの?
「知り合いの女の子だったから……」
 自分でも微妙に思える返答。さすがに嘘をつける余裕がない。
「どういう子か教えて欲しいわ。でもまずは部屋に入る前に、私に挨拶ぐらいはすべきよね。
何を考えているのかしら。男の部屋にすぐに向うなんて」
 おばさんの判断には同感する。私だったらそうしていた。
 やましいことは絶対にないように思われたいから。
 でも……。
「おばさんなら、誰が来たって……」
 おばさんはきっと眞一郎くんを誰にも奪われたくないはず。
「あなたはそう考えているようね。そんなことはないわよ。
たとえば愛ちゃんなんてどうかしら?
いつも愛想が良くて眞ちゃんの面倒を任せられるわね。
眞ちゃんにはしっかりしたお姉さんのような女性がお似合いだわ」
 おばさんは私をしっかり見据えて語った。
 その場しのぎの私の嘘に比較にならないほどに、揺るぎのない明確な意志が込められていた。
 私は眞一郎くんの妹だから、どうあがいてもお姉さんにはなれない……。
 愛ちゃんは私のあこがれの女性だ。
 いつも眞一郎くんにちょっかいを掛けながら、私にも微笑んでくれていた。
 引っ込み思案な幼い私に決別したくて、勉強やスポーツをがんばろうと思った。
「私だって学校ではしっかりできています。微笑もうとも思えばいつだって……」
 今まで非の打ち所がないようにやってきた。
 仲上家での手伝いでも、こなせている自負がある。
「成績は優秀。バスケではレギュラー。先生方の評価は高い。
ますますあなたの母親に似てきたわね」
 おばさんは腕を組んで、いつもに増して私に怒りをぶつけてくる。
 私ではなくて母を見ているように。
 がんばれば、いつか褒めてくれると思っていた。
 それとは逆におばさんは憎しみを募らせていたようだ……。
「何、やってんだよ。ふたりで」
 階段の上から眞一郎くんが声を掛けた。すぐに下に降りて来る。
「あの話の次は、よりによって愛ちゃんかよ!」
 眞一郎くんは声を荒げていて、階段を降りている石動乃絵も震えた。
「あなた、あの話を眞ちゃんにしたの?」
 おばさんは私を今まででもっとも強く睨んでくる。
「眞一郎くんに訊かれたし、知る権利があるからです」
 あの月の光を浴びて決意を固めた。それにあの庭はおばさまが私に兄妹疑惑を告げた場所。
 もう何があってもいいと覚悟した。
 今の私には何もできそうにないから、眞一郎くんに託してみたかった。
 結果的に眞一郎くんは石動乃絵を選んだ。
 ふたりが鶏小屋で追いかけっこをしているときに、私は背を向けた。
 眞一郎くんが帰宅したときにも、おばさんと衝突していた。
 何を説明すればいいかわからなくて、眞一郎くんを無視してしまった。
 だっておばさんが何を言おうとしていたのか、わからなかったから。
 せめて後一分ぐらいは遅く帰って来て欲しかった。
 いつもどこかで間が悪いことが起きてしまう……。
「俺は教えてもらえて感謝している。比呂美が何を悩んでいるのかを少しでも知れたから」
 眞一郎くんはおばさんに宣戦布告をしてから、私を見つめてくれている。
 でも眞一郎くんのそばには、しがみついている石動乃絵がいるのだ。
 あのように眞一郎くんに頼れたらと何度も考えた。
 そうすればおばさまに、ふしだらな女と軽蔑されてしまう。
「余計なことを……」
 おばさまはかすかに言葉を洩らして去って行く。
「あのことの真偽はわからないが、母さんがああいうことを言うには理由があるのだろ。
話してくれよ、昔に何があったのかを。俺は母さんを恨んでないから」
 眞一郎くんの口調は荒々しくても優しさが溢れていた。
 おばさんは足を止めてくれたが、すぐに歩き出した。
 おばさんの背中が儚げに見えた。
「邪魔をしてごめんなさい」
 眞一郎くんと石動乃絵に深く頭を下げた。
 私もおばさんの後を歩いてゆく。
 さすがに私には何の言葉もなかった。
 部屋に入ると扉にもたれる。
 兄妹疑惑を告げたときのような涙は出なかった。
 私なりに整理ができているのかもしれない。
 眞一郎くんには石動乃絵がいるのだから、もう見守るだけでいいからだ。
 むしろ羞恥心が込み上げてくる。
 私は何かをした母を、睨んでくるおばさんを恨んでいた。
 こんなことがなければ眞一郎くんに告白できていたかもしれない。
 でも眞一郎くんはおばさんのことを考慮してくれているようだ。
 たとえ兄妹疑惑がおばさんの嘘であっても、怒らないのかもしれない。
 嘘にまみれた私も許してくれるのかな?

 あれから数学の教科書を開いても頭に入ってこない。
 ついつい携帯電話の眞一郎くんの顔を眺めてしまう。
 わけのわからない行動と思われているはずなのに、ぎこちなくポーズをしている眞一郎くん。
 洗顔フォームと歯磨き粉を間違えただけなのに。
 こうでもしないと私は眞一郎くんの写真を一枚も所持できない。
 さすがに待ち受けにはせずに、画像フォルダの奥に保存している。
「比呂美」
 眞一郎くんの声がした。私は携帯電話を閉じて机に置く。
 扉を開けると、眞一郎くんがいた。
「少し話さないか? 携帯でもいいけれど」
 眞一郎くんはわざわざ携帯電話を見せてくれた。
 今までに眞一郎くんから電話が掛かって来たことはない。
 おじさんに言われて緊急連絡のためにお互いの電話番号とメールアドレスを教え合っている。
「部屋に入って」
 眞一郎くんを中に入れる。家の中でふたりでいられる場所は限られている。
 それに携帯電話だと寂しい。
 前回のように私は机にもたれる。
 何だか立っていられないから。
「二度目だね」
「そうだな」
 眞一郎くんは変わりようのない部屋を眺めている。
 私は何も考えずに眞一郎くんの言葉を待つ。
 変に勘ぐるから、ややこしいことになると思う。
 私は期待さえも明確ではなくて漠然としているから。
「まずは今日のことだな。乃絵は俺の描いている絵本を見に来ただけなんだ。
絵が大きいので運びにくいし、学校には持って行けないから。
こんなことになるなら軽はずみなことはしなければ良かった」
 眞一郎くんは言い訳がましくなくて反省しているようだ。
「絵本って何のこと? そういえば眞一郎くんは絵が上手だったね。
小学生のとき、壁に張られた絵の中で輝いていたし」
 それから眞一郎くんの絵を見る機会は減ってきた。
 中学に行くと、さすがに壁には張ってくれないから。
「この前の朝食のときに、母さんから東京の出版社からのを封を切られたことがあっただろ。
ああいうことを今でも続けている」
 あのときは私も驚かされた。
 眞一郎くんのほうを堂々と見ていて、去ってからはおばさんのほうを見ていた。
 少しでもどういうことか教えて欲しかったから。
 でもおばさんに睨まれて、あっと声を洩らした。
 眞一郎は眞一郎、仲上は関係ないというおじさんの台詞は、心に刻んでいる。
「すごいね。私も見てみたい」
 率直にそう思ったけれど、眞一郎くんは渋い顔をしている。
「乃絵は雷轟丸のときは褒めてくれていたが、他の絵のときは黙ってしまった。
それからすぐに帰ろうとしたんだ。
やはり俺の絵本は絵日記みたいなものかもしれない。
考えていることが絵になってしまうんだ。
比呂美が見たいときには、乃絵のようになるかもしれないと覚悟していてほしい。
それと今、見せるのは何だか卑怯な気がする……」
 眞一郎くんなりの解釈があるのだろう。
 絶対に私には見せたくないという拒否ではなかった。
「見せられるようになったら見せて欲しい」
 同時に眞一郎くんの部屋に入るのを意味しているのだろう。
 おばさんには内緒にしておこう。
「先送りにしているようでも、時間をかけていこう。
俺たちはいつもその場だけで判断していたようだ。
だからぎくしゃくしていたのかもな」
 眞一郎くんは苦笑いをしながら、振り返っているようだ。
 私の嘘もその場から逃れることだけを考えていた。
 四番と付き合うことになるなんて思ってもみなかったし、校外なら誰でも良かった。
「そうしましょう。私から見たくなったら見せて欲しい。今はできないから。
私、四番と別れる。
付き合っているのかは微妙だけれど、本当はデートも断ろうと思っていたし」
 私の発言に眞一郎くんは目を見開いている。
「ここに来る前に気づいたんだけど、好きな相手を番号で呼ぶのは不自然だよな」
 頭を掻きながら詫びていた。
 私はずっと止めて欲しかった。
 だからわざと四番と呼んでいたのは遠回しすぎたかもしれない。
 もともと私が種を蒔いたために眞一郎くんを責められない。
「俺は乃絵に告白している。乃絵が変わり始めていて支えてあげたいから。
もっと早くに気づいていれば……」
 私もはっきりと断っていれば……。
「私にできることがあれば手伝うわ。でも喧嘩をしているし、四番の妹だし……」
 私は介入しないほうがいいかもしれない。
 でも眞一郎くんだけには本心を伝えておきたい。
 もうできるだけ嘘をつきたくないから。
「それから俺はメルアドを変更しているんだ。
比呂美には教えていなかったと思うから、今から空メールを送る」
 眞一郎くんが携帯電話を握っているので、私も同じようにする。
 単なる空メールであっても宝物だ。
 絶対に消去しないでおこう。
 プライベートメニューがメールの受信を知らせてくれている。
 私はすぐに携帯電話を開いてしまった……。
 そこにあるのはあの眞一郎くんの画像だ。
 慌てて閉じても遅かった。顔を上げることができずにいると、
「そろそろ部屋に戻る。いつでも電話を掛けてくれ。俺も掛けるから。
これなら母さんに見つからないだろう」
 去って行く眞一郎くんを素直に見送ることはできない。
「見たよね?」
「何のことかな?」
 扉を閉めつつとぼけようとしている。

「やっちゃった……」
 今までで最大の自爆だ。
 嘘をつかなければいいと安心していた。
 でも眞一郎くんと緊張しないで話せたのは久しぶりだ。
 四番のことを嘘だと悟られないようにしなくてよくなったからだ。
 携帯電話の画面を開いてから、電話を掛ける。
 もちろん眞一郎くんで、何度も掛けようと思ってもできなかった。
 でも今回は訊くべき内容は決まっている。
『さっきのを見たよね』
『もちろん。でも嬉しかったな。
あの画像を見てくれているんだ。
できればもっとましなのを撮って欲しい』
『いいの?』
『できれば俺も比呂美を撮りたいな。
さっきの机にもたれている姿とか……』
 眞一郎くんはどんな表情をしていて、私はどんな姿をしていたのだろう。
『いいよ。今度、撮り合いましょう』
 今の私たちはどういう関係かはうまく説明できない。
 でも写真を所持し合っていてもいいと思う。
『それと俺は比呂美に話したいことがある。
あのことで悩んでいるなら、いつでも父さんに訊く。
戸籍上は問題ないし、母さんは世間体を気にして外に洩らさないだろう。
他に愛ちゃんとのことや祭の練習のこと。
でも今は保留しておく。
いつでも訊いて欲しい』
『私だって進路のことや今日の数学の宿題のことを訊きたかった。
誰かさんのせいで手に付かなかったから』
 言ってしまってから、少し後悔。
 だんだんと口が軽くなっている。
『俺はまったくしてないな。それよりはましだ』
『そんなふうに比べないでよ。最後に一つだけ訊かせて欲しいの』
 眞一郎くんの返答に唇を尖らせてから、声を改めた。
『何でもいいよ』
『私は仲上家でも笑顔でいたほうがいいのかな?』
 おばさんは私が無口だから苛立たせているのかもしれない。
 感情までも封印しているから、おばさんはあのような態度でしか接しられない。
 どう考えても、愛ちゃんのほうを誰もが選ぶだろう。
『笑顔のほうがいいと思う。急にはできないから少しずつで。
俺も母さんを無視しないようにしないとな。
下手をすると俺のせいで比呂美にとばっちりが行っているかもしれないから』
 そんなことはあるかもしれない。でも嘘も方便。
『さすがにないと思う。でも笑顔でいられるようになる』
『俺も比呂美と気兼ねなく話せるようになりたい。また下校とかしたいし』
 街の人々に冷やかされるかもしれない。
 あのときは海岸に逃げてしまったけれど、四番のことや話題がなくて困ってしまった。
『またいつか。今回はこれくらいにしましょう』
 いろいろなことが起きすぎて、整理したくなってきた。
『では、夕食のときに。さすがに大人しくしていたほうがいいな』
『そうよね』
 どんな夕食になるのだろう。おばさんの機嫌が直っているのかな?
 おじさんは兄妹疑惑のことを把握しているのかな?
 でも眞一郎くんと私とは無言であっても、良い意味で気まずいかも。

               (完?)


     あとがき

 乃絵の襲来が揺らぎをもたらしてくれました。
 焼け野原に残った宝物を再構成していくかのようにです。
 いつか乃絵と純がしっかりと登場するのを書いてみたい。
 今の心理状況と設定が未解明なために、とても書けそうにありません。
 このSSではママンがなぜ比呂美母を恨んでいるかを、
ふたりにはわからないようになっています。
 昔の比呂美母が今の比呂美で、昔のママンが今の朋与として描いてはいます。
 以前では親友だったのに、何らかの理由で離れてしまいました。
 いつか本編でわかる日を期待して。
 ご精読ありがとうございました。
ツールボックス

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