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 終わりの始まり・日本人主婦の場合 ◆Sz..tJk4Gg
 
 むずがりだしたひまわりのおしめをバスルームで変えながら、野原みさえはため息をついた。
 
 アメリカ西海岸の陽気な太陽を一身に浴びる土地・セント・マデリーナ島。ハリウッドスターたちも訪れる、今超ーホットな観光スポット。リチャード・ギアも訪れたと週刊誌にも乗っていた。
 陽光に焼いた逞しい肌の金髪碧眼のイケメンたちに溢れ、美味しい料理を啄みながら、ちょっとしたセレブ気分も味わえる。

 商店街の福引で旅行券が当たり、そういった期待に舞い上がったものだが、いざ来てみれば、興奮は次第にしぼんで行った。
 大体、子持ちの三十路前女に声を掛けてくる男などいるはずもない。イケメンは大勢いたが、こっちに興味を示してこなければ飽きてくる。
 ついでにリチャード・ギアもいなかった。これが一番悔しい。
 と、しんのすけの見ているテレビの音が、とりわけ大きく響いた。

「しんちゃん、音小さくしてー!」

 何度も言っているのだが、いつもどおり聞きやしない。これが終わったら拳骨のひとつやふたつお見舞いしなければならないだろう。
 ひろしはシロを散歩させに行くと言って、こちらの返事も待たずに出て行った。かれこれもう4時間は経っている。どうせビーチにでも行って、若い子の水着姿でも眺めているのだろう。
 その様子を想像すると非常に腹が立ってくるが、それは彼が帰って来てから思いっきり引っ掻いて発散させればいい。
「ひまちゃん、もう終わったからねえ」
 ひまわりを抱き上げ、バスルームを出た。

「わっはっはっはっは!」

 テレビの前でしんのすけが高笑いをしている。ケーブルテレビでアクション仮面がやっているらしい。しかも何話も一度に。迷惑な。
 拳に息を吹きかけながら制裁に向かおうとした背後で、どんどんと扉をノックする音が聞こえた。
 テレビに腹を据えかねた隣室の住人か、もしくは苦情を受けた従業員が注意しに来たのだろうか。
「小さくしなさいって言ってんでしょ!」
 言いながらしんのすけの頭に拳を落とし、テレビを消す。
「ああ、今いい所だったのに〜!」
「どうも、すいませーん! もう消しましたから〜!」
 不満を口にする息子を無視し、みさえは謝罪をドアの向こうに告げる。が、ドアを叩く音は収まらない。
 聞こえなかったのかもしれない。ひまわりをベッドに置いてから、ドアに近づいてもう一度謝罪を口にする。しかし、収まる気配はない。
 一言苦言を呈さないと気が晴れないのだろうか。段々と腹が立ってきて、みさえはドアの鍵を解除して、ノブを回した。ひろしの言に従い、ドアチェーンは外さないでおく。

「だから、すいませんって――!?」

 突然ドアの隙間から潜り込んできた腕によって、みさえの言葉は中断された。腕は何かを掴もうと宙を何度もまさぐっている。その腕は土気色で、中指肉がえぐれ骨がむき出しになっている。
「え――?」
 そのドアの隙間から、みさえは腕の主を垣間見た。ぼろぼろの金髪の間から見える双眸は白目を剥き、生気を失った端正な顔。半開きの口からは鬼が哭くような、低くくぐもった声が漏れている。
 普通じゃない。そう判断したとき、みさえの髪を来訪者の手が掴んだ。凄い力で引き寄せられる。
「きゃっ――!?」
 ドアの隙間に顔を押し付けられ、みさえは悲鳴を上げた。生臭い声が耳元で聞こえる。
 念願の金髪のイケメンのお誘いだが、こんなシチュエーションはお呼びではない。みさえは両腕に力を込めた。


「こンのぉ! 日本の主婦なめんじゃないわよ!」

 叫びと共に渾身の力で振りほどく。ぶちぃっという音と、鋭い痛みを伴ってみさえは拘束から逃れた。握りしめた来訪者の手からみさえの髪が覗いている。
 来訪者がドアにぶつかる音が響く。閉めなければ、チェーンごと壊される。あり得ないことだと思うが、今はそれが正しいような気がしてくる。でも、女の力で男を押し返せるはずがない。それに、もう近付くのも嫌だった。

「かーちゃん、もてもて〜」
「見てないで助けなさいよ、あんたはぁ!」

 呑気な声のしんのすけに怒鳴ったとき、電話が目に入った。
「ふ、フロントに電話しなくちゃ!」
 番号をプッシュするが、コール音が鳴り響いたまま一向に誰も出ない。
「なんで出ないのよ!?」
 みさえは受話器を叩きつけた。と、窓の外で幾つものサイレンが鳴り響いていることに気付いた。そして、ドアの隙間からは幾つものの悲鳴が流れ込んでくる。テレビの音で気付かなかったが、いつからこれは続いているのだろうか。
 ドアの隙間からゆらゆらとした人影が二つ、廊下に伸びているのが目に入る。暴漢は一人ではなかったらしい。
「か、かーちゃん……」
 さすがに周りの異変に気付いたのか、しんのすけが足にしがみついてくる。ひまわりも泣きだした。
 こういうとき、避難勧告等がフロントからあるものだろう。それがないということは、そんな時間もなく制圧されてしまったということか。アクション映画のテロリストがやっているみたいに。
 混乱しそうになる頭を押さえながら、みさえはテレビを付けた。こういうときは情報が大事だと、団羅座也が言っていたはずだ。
 
その間もドアが軋む音が聞こえている。
 チャンネルを回すと、地元放送局のアナウンサーが深刻な口調で、島全体で暴動が起きていると告げていた。人が人を食い、死者が蘇る。ニュースで聞くとは夢にも思わなかった言葉が飛び交っていた。

『住民の方々は警察が救助に来るまで、家を出たりせず、その場で待機していてください。繰り返します、現在、セント・マデリーナ島全体で――』

 ガン、ガンとドアが叩かれる。来訪者は2人から、5人に増えていた。チェーンを繋ぎ止める金具の悲鳴がよく聞こえた。ドアが破られるのも時間の問題だろう。
(ここから移動しなくちゃ!)
みさえはひまわりをおぶると、本当に必要なものだけを旅行バッグに詰め始めた。警察に行こう。そこに行けば、どうにかしてもらえる。
強張った表情で部屋を動き回るみさえの姿に、しんのすけが動揺を隠せないようだった。

「か、かーちゃん、何する気?」
「ママと逃げるのよ、しんちゃん」
「とーちゃんとシロは?」
「………………」

 手が止まる。あまりの事態に二人の存在を忘れてしまっていた。いま、ひろしはどうしているのだろう。彼もまた、あの“来訪者”の仲間に襲われているのか。彼が外に出て4時間。なぜ、彼はこんな状況なのに家族の元に帰ってこないのだろう。

(襲われてて、帰るに帰れないに決まってるじゃない!)

 無理やり、そう思い込み、みさえは口紅でホテルの壁に「警察署に行く」と大きく書き遺した。
「これでパパが帰って来ても、ママたちがいるところが分かるわ」
「……とーちゃん、これをチャンスと美人のおねえさんと駆け落ちしていたりして」
「ないない」
 半眼で手を振りながら、しんのすけの軽口が戻ってきたことに安心する。彼の中で、どうにか今の状況に踏ん切りをつけたらしい。頼もしい息子だと、抱きしめたくなる衝動に駆られるが、我慢する。
 ここは三階の一番端だ。非常階段に一番近い。ベランダを超えて行けば、どうにかそこまで行ける筈だ。
 しんのすけと共にベランダに出る。そこから見える街の風景は一変していた。所々で黒煙が上がり、悲鳴と怒号、銃声があちこちで響いていた。ホテル前の通りでは、あの“来訪者”の同類が人を襲っているのが見えた。血の海の中に倒れている人も見える。


(なによ、これぇ……)

 本当は泣き喚きたかったが、背中のひまわりと足元のしんのすけの存在がそれを押しとどめる。母親が取り乱しては、子供の不安は膨れ上がるだけだ。
「かーちゃん、オラも見たいぞ」
 せがむしんのすけの背中を押しやり、ベランダの端に向かう。非常階段とベランダとの距離は思っていたよりも距離があった。しかし、幸いにも足場になりそうなでっぱりが存在している。
 みさえは手荷物を非常階段に投げ入れた。足場と、その下に見える地面に冷や汗が出てくる。

「かーちゃんのたるんだおケツの重さに耐えられるかどうか……」
「ええい、不安を煽るようなことを言うな!」
「じゃ、お先にそーゆーことでー」

 しんのすけはパッと身を翻すと、出っ張りの上を器用に伝い、非常階段へと入り込んだ。
「かーちゃん、はやくはやくー」
「身軽なやつ……」
 呟いたとき、バンッと大きな音が部屋から聞こえた。ついにチェーンが外れたらしい。
 決心し、みさえはベランダの柵を跨ぎ、出っ張りに足を掛けた。壁に密着し、蟹歩きでそろりそろりと進む。ガシャンと窓ガラスが割れた。“来訪者”たちはベランダへと出たようだ。

(急がなくちゃ!)

 逸る心をどうにか抑制し、慎重に足を進める。“来訪者”のうめき声がベランダから聞こえた。
「ふー、ふーっ!」
 自分の、激しくなる鼻息が他人事のように耳に入る。先で待つしんのすけの顔が怯えたように歪むのが見えた。“来訪者”がすぐ背後にまで迫っているのだろうか。だが、後を振り向かず、ただ前のみに視点を固定する。後ろを見たら、もう前に進めない気がするのだ。
 非常階段の支柱のひとつに手を掛け、みさえは柵を跨いだ。息を整えるため、踊り場にへたり込む。後方を見やると、“来訪者”たちがベランダで立ち往生しているのが見えた。

「……妖怪モーレツ鼻息オババ」

 慄然としたしんのすけの頭をはたいた。言葉の響きが気に入ったのか、ひまわりが笑い声を上げる。
 溜息をついて、みさえはのろのろと立ち上がった。階下に降りると、裏通りのせいか人通りはまったくない。“来訪者”の同類もいないようだ。ごみ捨て場に金網の張られた空き地と、表とは違う趣がある。
 観光地としては幻滅だが、人の営みが在る安心感のようなものも不思議と感じられた。
 あの“来訪者”が何なのかは、考えないことにしよう。しんのすけに訊かれても、高卒だから分からないと、いつものように誤魔化そう。
 そう心に決める。あれは考えてはいけないものだ。ゾで始まる言葉が喉元に競り上がってくるが、無理やり飲み込んだ。大体自分はSFなんて嫌いなのだ。
 荷物から地図を出し、警察署の方角を確認する。
 東に行けば警察署に繋がる大通りに出られるようだ。みさえは地図をたたむと、ごみ捨て場から傘を取り上げた。何もないよりはましだろう。

「行くわよ、しんちゃん」

 みさえはしんのすけの手を握り、東の方へと足を進めた。

【G−04/ホテル裏/−1日目・日中】

【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
 [状態]: 健康、不安
 [服装]: いつもの夏服
 [装備]: なし
 [道具]: なし
 [思考]
 1:みさえと警察署にいく?
 2:ひろしとシロが心配?
 3:つーか、きれいなお姉さんと会いたい?

【野原みさえ@クレヨンしんちゃん】
 [状態]: 健康、不安、疲労(小)
 [服装]: いつもの夏服
 [装備]: 傘
 [道具]: 旅行バッグ(ひまわり関連用品、化粧品、日用品、観光ガイド兼地図)
 [思考]
 1:警察署にいく
 2:ひろしとシロが心配

【野原ひまわり@クレヨンしんちゃん】
 [状態]: 健康
 [服装]: いつもの服
 [装備]: なし
 [道具]: なし
 [思考]
 1:?????????

※警察署に移動しています。
※ホテル3階、非常階段に近い部屋の壁に「警察署に行く」という伝言が書かれています。
※野原ひろしとシロも島に来ていますが、所在地及び生死不明です。