第1次山縣内閣


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

{{日本の内閣記事|だい1じ やまがた ないかく|3|山縣有朋|Template:和暦?|12月24日|Template:和暦?|5月6日|藩閥内閣|第1回衆議院議員総選挙|なし|http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/03.html|前職 = 陸軍中将監軍}}

Template:和暦?11月29日大日本帝国憲法が施行されたため、この内閣の在任時に日本議会制度帝国議会)が開始された。

概要

条約改正交渉に失敗して倒れた黒田内閣の後を受けて成立した。内閣職権を廃して内閣官制を導入、「大宰相主義」を否定して内閣総理大臣を「同輩中の首席」と位置づけた。教育勅語の発布、第1回衆議院議員総選挙の実施(Template:和暦?7月1日)、府県制郡制の導入などを行った。

1890年(明治23年)11月25日に召集された第1議会において、山縣は自己の信条である「主権線の守護と利益線の防護」という観点から大幅な軍事予算増強を提案する。これが、かつての自由民権運動の流れを汲む民党の反感を買って「民力休養・政費節減」を主張した。閣僚ながら民党とも親交のある農商務大臣陸奥宗光の説得、買収によって立憲自由党の一部(土佐派)が予算案に賛同したために、最初の予算案は通過したものの、政費節減政策の実施を受け入れざるを得なかった。議会終了後に議会運営に自信がないとして山縣は辞表を提出した。

在職期間

国務大臣

職名 氏名 出身 就任日 退任日 備考
内閣総理大臣 3 山縣有朋 長州藩伯爵
陸軍中将
Template:和暦?12月24日 Template:和暦?5月6日
外務大臣 4 青木周蔵 長州藩・子爵 1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日
内務大臣 3 山縣有朋 長州藩・伯爵
陸軍中将
1889年(明治22年)12月24日 1890}}5月17日 兼任
4 西郷従道 薩摩藩・伯爵
陸軍中将
1890年(明治23年)5月17日 1891年(明治24年)5月6日
大蔵大臣 3 松方正義 薩摩藩・伯爵 1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日
陸軍大臣 3 大山巖 薩摩藩・伯爵
陸軍中将
1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日
海軍大臣 3 西郷従道 薩摩藩・伯爵
陸軍中将
1889年(明治22年)12月24日 1890年(明治23年)5月17日  
4 樺山資紀 薩摩藩・子爵
海軍中将
1890年(明治23年)5月17日 1891年(明治24年)5月6日
司法大臣 3 山田顕義 長州藩・伯爵
陸軍中将
1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日
文部大臣 4 榎本武揚 幕臣・子爵
海軍中将
1889年(明治22年)12月24日 1890年(明治23年)5月17日
5 芳川顕正 徳島藩 1890年(明治23年)5月17日 1891年(明治24年)5月6日
農商務大臣 6 岩村通俊 土佐藩 1889年(明治22年)12月24日 1890年(明治23年)5月17日
7 陸奥宗光 紀伊藩 1890年(明治23年)5月17日 1891年(明治24年)5月6日 衆議院議員(1890年(明治23年)7月1日 - )
逓信大臣 4 後藤象二郎 土佐藩・伯爵 1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日
班列 - 大木喬任 肥前藩・伯爵 1889年(明治22年)12月24日 1891年(明治24年)5月6日

脚注

その他の人事

職名 氏名 出身 就任日 退任日 備考
内閣書記官長 2 小牧昌業 薩摩藩 Template:和暦?12月24日 1891}}5月6日
3 周布公平 長州藩・男爵 1889年(明治22年)12月24日 1889年(明治22年)12月26日
法制局長官 2 井上毅 肥後藩 1889年(明治22年)12月26日 1891年(明治24年)5月6日

外部リンク




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_ 2009年1月3日 (土) 06:10。












     
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。