【荒神の手】


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――1999年、この年を聞いてピンと来るものは、人によって色々ある。

ノストラダムスの大予言、世紀末、2000年問題。

一般の人にしてみれば、こんな程度のことしか思い出せないだろう。

だが私には違う、1999年は、私の信じていた世界が音を立てて狂った年だ。

燃え盛る車。

肉の焼ける匂い。

物言わぬ塊になった両親。

濁った目でこちらを見つめる人の生首。

地獄と化した高速道路のど真ん中で、大暴れするドス黒く蠢くバケモノと、それに対峙する白いバケモノ。

その他にも何人かの人間がよく分からないモノでバケモノを取り囲んでいる。

私は肘から先が吹き飛んだ左腕を抱えながら、夢なら早く覚めて欲しいとブツブツ呟く事しか出来なかった。

結局夢は覚めなかった、いや、もしかしたら私はまだ夢の続きを見ているのかもしれない。

悪夢なのか違うのかは、未だに判別がつかないけれど―――






                 「荒神の手」                    



「ん……」

今日も同じ夢を見た。

左腕が軋む様に痛む。

不愉快な夢だが、見てしまったものは仕方がない。

不愉快さに拍車をかけるようなけたたましい電子音を鳴らす生徒手帳を右手で掴み取って、乱暴に目覚まし機能をストップさせる。

学園の体力馬鹿が全力で握っても壊れないようなシロモノだから、私のようなか弱い乙女の全力ではビクともしないだろう。

あいも変わらず清潔かつ殺風景な部屋をぐるりと見回した後、天井の監視カメラにVサインを送る。

あの日――1999年の中央高速道路タンクローリー連続玉突き事件、世間一般ではそういうことになっている――事件の後、私の世界は一変した。

『ラルヴァ』人類が未だかつて体験したことの無い最大級の危険生命体。

突然現れて、一方的に攻撃を仕掛けてきたその生命体に対し、人類もただ手をこまねいていた訳じゃない。

ラルヴァに対する研究、戦闘方法、情報統制、それら全てを集約するため、ここ日本にはわざわざ人工島が建造された。

『双葉島』一般には国立の学園都市としてエリート人材育成の為、小さい頃から英才教育を施すという名目。

実際はラルヴァに対抗できる戦力確保のため、1999年から急に増えた若年層の異能力を持つ子供を集めた、いわば「日本を守る立派な兵隊さん」を作る学校だ。

幸か不幸か、私はそこに衣食住完備の昼寝付きで入り込むことに成功している。

ただまぁ、私の体をオモチャにすることに反対しませんという条件付だけれど。

私の左腕の肘から先は、ご丁寧にもラルヴァが作り上げてくれた特注品だ。

いってみればそう、私はラルヴァに寄生された世にも珍しい人間である。

そんな世にも珍しいケースの私の名前は難波 那美(なんば なみ) 双葉学園高等部に通う3年生だ。




「おはよう那美、気分はどうかしら?」

「どうってことないわ、いつもどおりの夢を見て、いつもどおりに朝ごはんとオクスリを頂く権利を行使したいわね」

「えぇ、でも今日はその前に左腕の検査をさせてちょうだい、ご飯はその後よ」

「えー……さっさと済ませてね」

「あと学校、ちゃんと行かないとダメよ?後見人の私の面子が立たないわ」

「はいはい、ドア、開けてくださいな」

「えぇ、今開けるわね」

ロックが外れる電子音の後、ミサイルが直撃しても壊れなさそうなドアがゆっくりと開いていく。

ここは学園都市の中央部にあるラルヴァの研究施設で、私はそこにやっかいになっている。

正確には、いつ寄生されている私には何があるかわからないので監視つきで拘束されている、といった方が正しいのかもしれない。

まぁ、気の持ちようということだ。






「おはよー先生、ご機嫌いかがかしら?」

「えぇ、あなたのお陰で研究も進んで上々よ、あとは学校にもいってくれれば文句無いんだけどね」

「いやよ、わざわざ戦うためのお勉強なんか、私はか弱いか弱い一般ぴーぷるなんだから」

「そうじゃなくて、まだ義務教育は終わってないんだから、ちゃんと勉強しなきゃだめよ」

「へいへい……ほら、さっさと左腕の検査、してちょうだいな」

この人は私の後見人、我妻 啓子(あがつまけいこ)、年は三十路間近で確か独身。

どこか抜けている容姿と裏腹にラルヴァ研究の第一人者であり、ラルヴァが地球の生物に与える影響の研究をしている。

要するに私は彼女にとってみればこの上ない研究材料であり、サンプルなのだ。

その事を中学時代にヤンチャした勢いで言ったら、全身全霊で泣きながらビンタされてしまった。

この研究所にはあまりいい人間はいないが、彼女だけはそれ以来別格の存在となった。

「えぇ、失礼するわね」

私が左腕を差し出すと、いつものようにごちゃごちゃした機械で何枚か写真を取り、前に取った写真との差異を細かくチェックしていく。

正直私には同じようにしか見えないのだが、日に日に神経接続や骨格の作りが試行錯誤されているらしい。

ラルヴァが同化しているのか、私が同化しているのかはわからないが、少なくとも私の体に害をなす気は今のところ無いらしい。

「はい、協力ありがとう 、朝ごはんにしましょうか」

「もう腹ペコよ、さっさと食べたいわ」

「ふふ、那美は本当に食いしん坊ね」

「ここでの楽しみが飯くらいしかないのがいけないのよ」

「希望すればテレビでも雑誌でも許可されるって前から言ってるでしょう?まったくもう……年頃なのにお洒落もしないで……」

「だって読みたい本とか無いし……お洒落しても見せる相手がいないし……」

「浮いた話の一つも無いの!?お母さん悲しいっ!!」

「誰がお母さんだっ!誰がっ!」 

この軽いノリが今の私のこの生活を支えてくれる唯一の楽しみだ。

この研究所に入った時、最初私は全身解剖の後ホルマリン漬けにされるという極論まであったらしいが、それに断固として反対したのが啓子先生だというのを聞いてから、彼女だけには嘘をつかないことにしている。






「おっと、そろそろ遅刻するわね、送ってあげるから一緒に行きましょう」

「えー、行かないと駄目なのー?」

「留年していつまでも高校生気分を味わいたいなら、止めはしませんけどね」

「むぅ……それはそれで勘弁ねがうわ」

「でしょう?さ、行きましょう」 

啓子先生に連れられて、学園関係者に支給される黒いボックスカーに乗って学園まで直行する。

研究所から学園までは直通の道路があり、シャトルバスも走っている。

これは学園のラルヴァ研究者志望の学生や特別講師として研究所の研究員が招かれる事があるかららしい。

まぁ寮に入っていない生徒は私を含めてもごく少数だし、学園都市全体にはバスの他にもモノレールやら地下鉄やらが走ってるからか道路は空いていて、30分も経たずにすいすいと学園前についていた。

「じゃ、いってきまーっすと」

「はい、いってらっしゃい、あ、今日の分の薬と新しい左腕の拘束具よ、ブレスレット風にしてみました」

「ふぅん……結構可愛いじゃない、ありがとセンセ」

「帰るときには電話頂戴ね」

「言われなくても分かってるって、そんじゃまた後でね」

このままだと教室まで着いてきかねない先生をなんとか送り返すと、新しい拘束具を左腕に巻きつける。

学園の対ラルヴァ用結界や投薬処理、共存関係から暴走の可能性が低いとは言え、私の左腕がラルヴァなのには変わりが無い。

そのラルヴァを抑えるために、ラルヴァに有効な特定の電磁波や異能力の波動を人工的に発生させるのがこの拘束具だ。

最初はそれこそ鎧のようなガチガチの金属製から骨折のキプスのようなものに変わり、今ではここまで小型化されたのはありがたい。

チクリとした痛みの後、左腕が若干重くなるような違和感を感じる。

どうやら動作は確実らしい、一安心といったところか。

「さて……気乗りしないけど、一応勉強しますか……」

私はどうにか気持ちを鼓舞してあんまり好きじゃない自分のクラスに赴いた。





やっぱりというかなんというか、私はこの学校が苦手である。

どいつもこいつも未来への希望に満ち溢れてるというか、日本を担う存在として万進しているというか。

私の性根が歪んでいるといえばまぁそこまでなんだが、何が楽しくてラルヴァと喧嘩なんかを好き好んでやりに行くのか理解に苦しむ。

ラルヴァに「殺される」という概念が欠落でもしているのか?と思わないでもないが、そんなことを言ったら間違いなく退学モノだ。

私がこの学校で生き残るコツは「目立たず・騒がず・関わらず」の3つだ。

目立たない程度の成績で、目立たない程度に話を合わせ、目立たない程度にいなくなる。

その甲斐あってか、この3年間で友達というものを一人も作らないことに成功している。

今日も適度に義務教育を受け、能力の実技訓練は上手くサボるの黄金パターンだ。

そもそも私の能力自体ラルヴァのお陰で付いたようなものなのだから、もしかしたら私はこの学園の中の誰かに退治されるかもしれない。

そんな馬鹿げた妄想を浮かべながら、マイベストサボりプレイスである図書準備室にもぐりこみ、本で作った硬いベッドに横になった。

午後の陽気に包まれているうちに、昼飯と薬のお陰で眠くなった私は意識を手放すことにした。





―――ねぇ……聞こえているんでしょう?

誰よ……私は今眠いんだから……

―――そんなに私を怖がらないで……私はあなたを守るためにいるの……

守る?何から?誰を?何で?

―――君が大事に思う人も一緒に守るから……だから恐れないで……抗うことを、戦うことを

煩いわね……喧嘩なんて好きな奴にやらせておけばいいのよ、私はイヤなのよ、二度とあんな光景を見るのは

―――だからこそ……君は戦うんだ……君は優しい子だから……

もう黙ってよ!私は平和で静かにセンセイと一緒に暮らしたいだけなんだから!!






「……ろくでもない夢をみたような気がするわ」

目を覚ますと既に日が傾きかけ、部活動に励んでいる生徒達もいそいそと片付けに走り出す頃合だった。

まったく我ながら食って寝てしかしていないなと呆れるが、対ラルヴァ訓練をしない学生なんてこんなものだと自分を正当化することにする。

「おっと、先生に電話しないといけないわね」

私は基本的にセンセイの車で通学しているので、交通パスを持っていない。

そのため車を呼ばないと歩いて帰るしかないのだが……使えるものは使うのが私のセオリーだ。

学園の生徒に配られる生徒手帳型端末を操作し、携帯電話モードに切り替えてから研究所に電話する。

短い呼び出しコールの後、先生が電話に出る。

「今日は随分と遅くまで学校にいたのね、勉強する気になったのかしら?」

「寝る子は育つって言う成長法を実践しようと思ったのよ、今から帰るから、迎えよろしく」

「まったく……まぁいいわ、15分くらいでそっちに着くから、校門前でってことで」

「ん、じゃあ待ってるわね」 

ピッと電話を切ると、簡単にメールをチェックする。

「何々……?追試のお知らせ、補講のお知らせ、再テストのお知らせ……醒徒会選挙のお知らせ……ふぅん」

どれもこれも実技系の教師からのお達しばかりだ、このままだと確かに卒業が危ういかもしれない。

「だけどなぁ……どうしても受ける気になれないんだよなぁ……」

一応私は後方支援技術を習得するコースを受けてはいるが、ある程度は実戦に出ることを学園の生徒には義務付けられている。

逃げられるものならいつまでも逃げていたい、あの地獄を見た人間からすれば、ラルヴァなんて記憶から抹消したい存在だ。

「まぁ、今はとにかく家に帰ることを優先しますか……」

こそこそと図書準備室から抜け出すと、実技担当の先生に見つからないよう忍び足で教室まで行き、鞄を引っつかんで校門前で啓子先生を待つことにした。






「で、今日も実技訓練はサボったのかしら?」

「別に……私より強い奴なんてこの学校に掃いて捨てるほどいるんだから、いいじゃないの」

「……まぁ、あなたの境遇を思えば仕方ないのかもしれないわね」

「…………ごめんなさい」

「謝らなくてもいいわよ、まぁ、別に能力者だからって戦わなくちゃいけないわけでもないしね」

研究所に帰る車内で先生と今日会ったことについて会話をする。

私の宙ぶらりんな状態を心配してくれているのは分かるし、とても嬉しい。

けどどうしても、私は戦うことに踏ん切りがつかないのだ。

能力を使うと、あの時の風景が脳裏にフラッシュバックするのもそれに拍車をかけている。

戦おうとするたびに地面に吐瀉物を巻き散らしかねない奴なんて、役立たず以外の何者でもないだろう。

私は多分、このまま先生のお手伝いをして過ごしていくんだろうな……そう思いながら窓の外を眺めると何か違和感を感じた。

何ともいえないけれど、空気が震えているような、不思議な感覚。

私はこれを何処かで知っている―――でもどこで?

これはそう――この感じは――






「車を止めてッ!!!早く!!!」

「え!?何!?」 

突然大声で叫んだ私に驚いている先生に無理やりブレーキを踏ませ、車を急停止させる。

「何?いきなりどうしたの!?」

「この感じっ……この感じはっ……」

今は一分一秒でも無駄に出来ない、生徒手帳のシステムを対ラルヴァ用に切り替えると、ラルヴァが出現する際に発生する空間のひずみを探知するソナーモードを起動する。

「やっぱりっ!」

ソナーモードにはひずみをあらわすメーターが振り切れ、100m程先の地点には既に肉眼で確認できるほどラルヴァ出現の兆しが現れている。

「先生は今すぐ学校に戻って人を呼んできて!私はここに残ります!」

「馬鹿なこと言わないの!那美も一緒に逃げるのよ!」

「誰かが食い止めないとどの道追いつかれるわ!それに私は一応学園の生徒なのよ?ラルヴァと戦うのも勉強の一つ!」

「でもアナタは!」

「いいから!私が心配なら早く学校で誰か呼んで来て!」

「―――っ!!!」

「だいじょーぶ!私はこんなことじゃ死なないわよ」

「無理だと思ったら、すぐに逃げるのよ?命は粗末にするものじゃないわ」

「……身にしみて分かってるわ」

ハンドルを切って猛スピードで学園にすっ飛ぶ先生の車を見送り、ラルヴァ出現ポイントに振り返る。

既にラルヴァは実体化を90%ほど終え、私に純然たる殺意を向けていた。

全身を射抜かれるような寒気が走り、足の震えが止まらなくなる。

今すぐにでも逃げ出したいが、今の私の後ろには啓子先生がいる。

あれだけ大見得を切った以上、無様に逃げ出すにしてももう少し気合を見せ付ける必要性があるというものだ。

「来てみなさいよ、このウスノロ」

精一杯の啖呵を切ると、同時にラルヴァがこっちの世界にやってきた。






「とはまぁ言ったものの……!」

ラルヴァが伸ばしてきた触手を這い蹲りながら無様に避けると、安全だと思われる距離を取る。

「こりゃ無理くさいぞ……先生まだかな!おっとっと!」

さらに距離が伸びた触手が唸りを上げてコンクリートの道路を容赦なく穿ち、街路樹を簡単にへし折り、ガードレールを両断する。

あんなものに叩かれでもしたら私の体は血の詰まったゴム風船のようになってしまうのは目に見えている。

「不定形型のラルヴァか……カテゴリービーストで有効度は2ってとこかな?破壊力は一級品ね」

とにかく何かしら抵抗して、自分は無抵抗な羊ではないと主張しなければ間違いなく殺されてしまう。

「能力を……使うしかないか」

左腕に巻いたブレスレット型拘束具を外し、手のひらを開いてラルヴァに向ける。

私の特殊能力は「荒神の手(ゴッドハンド)」とかいう大層な名前がついている。

もともと私の左腕になる前のラルヴァに備わっていた能力らしく、私が使えるのはそれの弱体化版だ。

半径10メートル以内にある物を『握りつぶす』という単純な攻撃。

とにかく半径10メートルにあるもので、5メートルまでのものなら紙くずのようにグチャグチャに出来るという、それなりに破壊力のある能力だが、握るというアクションが必要な上、ラルヴァの能力を意識的に使うという特性上、ラルヴァセンサーに引っかかるというデメリットもある。

「こんちくしょうがぁぁぁ!!!」

左腕をラルヴァに向け、対象を握りつぶす様をイメージする――と同時に脳内に走るあの時の光景に脳みそがはちきれそうになる。

「っつ・・・!っぐぅぅぅぅ!!!」

ラルヴァが伸ばした触手をぐしゃぐしゃに握りつぶすと、体勢を整えるためにいったん私の能力の範囲外に出る。

ボロボロになった道路の上に無様に潰された触手が落ち、影も形もなく霧のように消えうせていった。

「はぁーっはぁーっ……ゴホッ!ゴホッ……!学園の教師は何やってんのよ!か弱い生徒が死にそうだってのに!」

私が体勢を整えている間に握りつぶした分の触手が君の悪い音を立てながら再生していき、またその鎌首をもたげて私に襲い掛かる。

唸りを上げて飛んでくるその触手に対し、私はまた能力を行使する。

ラルヴァも学習しているのか、自らの体積を犠牲にしてまで触手を増やし、先ほどの倍以上の数で襲い掛かってくる。

何本かは「荒神の手」で握りつぶせたが、視界外から飛んできた別の触手に反応できず、脇腹を貫かれてしまった。

「う……!?」

視界が真っ白になり、その後に真っ赤な染みが広がっていく錯覚を覚える。

そのまま遠慮なく振り回され、体を硬い道路に思いっきり叩きつけられる。

一発、二発、三発と打ち付けられ、簡単に私の意識は闇に沈んだ。







暗い暗い闇の底。

何所から差してるか分からない光の下に、小さくて質素なテーブルがあり、一人用の椅子が向かい合うように2脚、湯気を立てる熱々の紅茶も2人分。

ここに来るのはあの事故以来の事だと思う。

椅子には先客が一名、あの頃からずっと私がここに来るのを待っている。

1999年の大事故の後、私の肘から先になった白いラルヴァ。

今は私の姿を借りているそいつは私に椅子に座るよう促すと、にっこりと嬉しそうに笑った。

――来てくれて嬉しいわ、那美。

「不可抗力よ、来るつもりなんて無かった」

――でも、来てくれた、こうして面と向かってお話しするのはあの時以来ね。

あの時……左腕を失い、出血多量で死にかけていた私に、このラルヴァは念話でこう語りかけてきた。

『死にたくないのならば、私が生きる力を与えましょう』

年端もいかぬ死にかけの少女に対し、変なことを聞くラルヴァも居たものであると今では思うが、その時の私はとにかくこんな所で死にたくないとただひたすらに神様にお祈りしていた。

そのカミサマからの問いかけに、私はイエスと答え――そして今、助かった命を失おうとしている。

――まだ、死にたくは無いのでしょう?

「……そうね、まだ、死にたくないわ、痛いのもイヤだし」

――ならば、私が力を与えましょう、あなたが生き残る為の力を。

「……要するに、戦えって事ね?」

――人も、ラルヴァも、何かの為に戦っています。

「まぁいいわ、使わせてもらうわよ、アンタの力を」

――えぇ、使ってください、那美、私を。

光が次第に強まっていき、やがて私たちを包み込むほどに輝き始める。

その光が左腕に収縮すると、刺青のような痣が浮かび、その痣に沿って光が点滅していく。

ラルヴァと人間が一つになった奇跡のようなケースの究極の形が、私の左腕に今この瞬間、宿った。 

――いきましょう、那美、私たち二人で、守るんです。






目が覚めて始めにしたことは、未だに激痛を訴えている脇腹の治癒だった。

今の私ならばほっといても勝手に治るのだが、戦闘となると流石に耐えられない。

私の脇腹を貫いている触手を左腕で力ずくでねじ切り、そのまま脇腹に押し付けるようにねじ込んでいく。

ラルヴァとの適合力を極限まで高めた今の状態なら、重大な臓器の損傷でもない限りは痛みこそ残るもののこれで直るはずだ。

突然復活した死んでいたはずの獲物に驚いたのか、あのラルヴァは触手を引っ込めてじりじりと距離をとり始める。

その距離は目算でおよそ20m、だがそこはまだ私たちの間合いだ。

ちょうどいい、この能力の本当の力、どんなものかこいつで実験してみよう。

「やるわよ……って、あんたの名前、聞いてなかったわね」

――何とでも好きに読んでちょうだい、那美。

「そう……じゃ、ミナね、アンタは今日からミナよ」

――ミナねぇ、幾らなんでも安直じゃないかしら。

「いいのよ、分かりやすい方が……んじゃ、やるわよミナ!『荒神の手』!!」

左腕に念を込めると刺青状の痣の光が輝きを増し、左腕が眩しい白色の光を放ち始める。

今のこの能力に握るというアクションも、5mという制約も必要ない。

ただ純粋に、そこにあるものを『潰す』。

それが「荒神の手」、ミナの本当の力。

本能で危険を察知したのか、時空を捻じ曲げてラルヴァが逃げようとするが、もう遅い。

「さよなら、ウスノロさん」

ラルヴァを中心に、直径10mの範囲にあるもの全てが中央に向かって『潰される』。

色々なものがひしゃげ、ねじ切れ、切り取られ、無理やりに潰されていく中心で、ラルヴァの断末魔が響く。

ぽっかりとボウルのように削り取られた道路の中央に、バスケットボールサイズにまで圧縮されたコンクリートや街路樹の成れの果てが鈍い音を立てて転がり落ちた。

「……終わり……かな?」

――ラルヴァの反応は消失しているわ、私たちの勝ちよ。

「ふぅー……これ、酷く疲れるわね……あ、痣が消えてる」

――今の那美のレベルじゃ、一日に1発撃てればいい方よ、私と限界まで同調するから、肉体的に負荷もかかるわ

「文字通りの切り札って訳ね……ま、今後使う予定も無いでしょうけど……」

戦闘が終わり、緊張の糸が切れるのと同時にボロボロになった道路に倒れこむ。

全身がビキビキと痛むし、左腕にいたってはビキビキと痙攣、その上脇腹の痛みがまたぶり返してきた。

「あー……うちの学校の生徒達って、こんな風に空を見てんのかしらね」

――さぁ?それは分からないけど……

「分からないけれど?」

――少なくとも、那美はあの人、啓子先生を守れた、それでいいじゃない

「……そうね、その通りだわ」

遠くでサイレンの音がする。

恐らく先生が学校で助けを呼んできてくれたのだろう、後は彼らに任せればいい。

体を包む疲労に身を任せ、私は満足げに瞼を閉じた。










「あいだだだだだっ!怪我人なんだから、もう少し丁寧に扱ってよ!」

「日がな一日部屋でジュースやらお菓子やら食っては寝て過ごしてる怪我人は居ません!」

あれから一週間、私は今研究所の自室で自宅療養という名目のサボりを満喫している。

あのラルヴァがそれなりに強敵であったらしく、実技訓練の単位として認定してくれるという幸運にも恵まれ、かなりグータラな生活をここ一週間で送ることが出来た。

その代わりに私の左腕にあったラルヴァの組織があの戦闘の後、病院に担ぎ込まれた際の調査で判明したことだが、全身にくまなく散らばりって色んなところの組織と結合してしまったらしい。

それを聞いた啓子先生はいろんな意味で目を回し、結構どたばたしたものの、結局のところ観察処分の域を出ることなく、未だにそれなりに自由で、それなりに拘束された生活を送っている。

ブレスレット型の拘束具をネックレスに換え、今まで隠していた左腕を出せるようにもなり、夏でも長袖を着る必要が無くなった。

ただまぁ、困ったことが一つだけ増えたのもまた事実。

――ねぇ那美、たまには外の景色が見に行きたいわ、啓子と一緒に買い物にでも出かけましょうよ

『煩いわね、サボれるときには全力でサボる!それが私の生き方なんだから!』

あたしの頭の中に、同居人のミナがやかましく常駐するようになり、一人でいられる時間がまったく無くなってしまった。

「ちょっと那美!聞いてるの!?」

――ねぇ那美、那美ったらぁ!

「あーもううるさいうるさいうるさーい!私を一人にしてくれー!」

学園生活もあと1年を切ったのに、私の身の回りは急にやかましくなってきた。

――何より一番困るのは、私がそれを好んで迎え入れてしまったという、その事実なんだけれど。





〜了〜






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