【召屋正行の日常はこうして戻っていく そのに】前編


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召屋正行の日常はこうして戻っていく そのに

「おにいちゃん、近づいたら危ないよお」
 そう言って、加奈《かな》は僕の傍で大きな口を開けてあくびをしている巨大な生き物を恐る恐る指差している。
「大丈夫、怖くなんてないよ。だって、クロは友達だもん」
 クロの鬣《たてがみ》が生えた首に僕はギュっと抱きつく。ふさふさの鬣が頬に当たってこそばゆい。僕がその鬣をクシャクシャと撫で回すと、クロは目を細め、気持ちよさそうに喉を鳴らして鳴いていた。
「でも、でも……」
 それでも加奈は、クロが怖いらしく、僕の方へよってこようとしない。それはそうだ。自分の何倍もありそうな生き物が、大きな口と真っ白な牙を見せながら目の前にいるのだ。怖くないわけがない。だから、僕はこう言う。
「クロはとっても優しいんだぞ。いつでも僕を守ってくれるんだ。この前だって、変な怪獣に襲われた時、戦ってくれたんだぞ。とっても優しくて、すんごく強いんだ! きっと、加奈のことも守ってくれるよ」
「ホ、ホントかな?」
「ホントさ! な、クロ」
 そう僕が問いかけると、クロはもう一度、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「だから、大丈夫。触ってみなよ」
 ゆっくりと、僕たちへ近づく加奈。少し震えながらも恐々とクロの頭を優しくなでる。それが気持ちよかったのか、目を細め、ふにゃりとその場に座り込む。そして、大きな舌で加奈の頬を舐める。ザラリとした舌の感触に一瞬だけ加奈はビクリとするものの、クロに悪意のないことを感じ取り、嬉しそうにギュっと抱きつく。
 クロもそれがまんざらでもない様子だった。
「だから、大丈夫って言ったろ?」
「うん! クロちゃんは、なんか太陽みたいな暖かい匂いがするねー」
「それはクロがすごく優しいからだよ」
 僕は、そのことをまるで自分のことのように自慢げに加奈に語りかけていた。


「――しや、召屋」
 どこか暖かく、優しく、心地の良い夢をみていた召屋を、誰かが激しく揺り動かし、その快楽から引きずり出そうとしていた。
「……ん? どうしたイワン?」
 目の前にいる胡散臭い外人を見ながら、残念そうに呟く。
「た、大変だ、大変なんだ」
 いつもは慌てることのない、寮の隣人であるイワン・カストロビッチが妙に焦っている。というか、何故、この部屋にいるのかという疑問もあるが、召屋はそれはとりあえず無視することにした。
「だから、何が? もしかして、あいつがいなくなったのかっ?」
 寝起きで朦朧としていた召屋が、カストロビッチの言葉に反応し、活性化する。“あいつ”というのは、もちろん、召屋が自分の異能で無意識に召喚していた悪魔のような格好をした女の子だ。
「いや、そうなんだけど」
 その言葉に、本格的に目が覚めたのか、心地よい睡眠を妨げられたことも忘れ、布団を放り投げる勢いで起き上がり、喜ぶ召屋。
「ほ、本当かぁ!」
「いやまあ、本当なんだけどねぇ……」
 何故かそこで口ごもるカストロビッチ。召屋と目を合わせようせず、あさっての方向を見ていた。そして、ゆっくりとある方向へと指を差す。
「あれ」
「――――っ!?」
 そこには、黒ビキニパンツ一枚にエプロンをし、背中に蝙蝠のような羽を生やした筋骨隆々の男が、甲斐甲斐しくもフレンチトーストを作っている姿があった。
「あ、ご主人、お起きになったのですね」
 そう言ってこちらを振り返る男は、ヒゲの剃り残しも青々しい、太い眉毛にホリの深い男らしい顔立ちで、エプロンの隙間からはフェロモン溢れる胸毛が見え隠れしていた。
「だ、誰だよこいつ?」
「知らんわ。俺が起きたら、あの子の代わりにこれがいた」
「あっ、そーだね……って…………んな馬鹿な話はねーだろっ!!」
「ということで……」
 カストロビッチはそういうと、そそくさちょ服を脱ぎ、黒いビキニのパンツも脱ぎ始める。理由は簡単。彼は、(召屋さえいれば)誰彼構わない“バイ”だったからだ。
「さあっ、朝の3Pといこうじゃないか、召屋っー」
 この時、枕元に愛用の特殊警棒があったことを心底感謝する召屋正行だった。


「これはどーいうことなのかしら?」
 特殊能力者の育成を掲げる双葉学園、その高等部二年C組のクラス委員長である笹島輝亥羽《ささじまきいは》はこめかみに血管を浮き上がらせながら、目の前にある異常な光景に苛立ちを覚えていた。
 心なしか、セルフレームのメガネが震えている。後一押しで、こめかみの血管も切れるに違いない。そんな勢いだ。
「そりゃまあね、昨日私は、二十四時間以内になんとかしなさいとは言ったわよ。えーえー。でもね、だからって、可愛げのある悪魔っ子を暑苦しいおっさんにしてもなんの解決にもなってないでしょ。というか、一部好事家にとっては昨日の方がましってもんだわ。ねえ、拍手くん? それとも何? 明日になったら、このおっさんは正太郎くんも真っ青の半ズボンが似合いそうな少年悪魔や喪服が似合いそうな妙齢の未亡人の悪魔に変わるのかしら。ははっ、白髪白髭の仙人風やシルクハットとタキシードが似合う悪魔もいいかもしれないわね。毎度毎度、どうして貴方はこうも私の悩みを増やすの? それともあれ? 私の小じわや白髪を増やすことが貴方の趣味なの。というか、黙ってないでなんか言いなさいよ、召屋くん! なんか言えやゴラァ!?」
 息継ぎもせず、一気に捲くし立て、鬼気迫る形相で召屋に詰め寄る。あまりの勢いに気圧され、後退る。
「い、いやまあ、そうは言っても俺の意思で呼び出したワケじゃないからさ。きっと明日には直るよ。うん」
 全くもって説得力のない言い様に、笹島の機嫌が直るはずもない。
「その確証はどこにあるの? というか、そのおっさんはなんとかならないの? 凄んごく暑苦しいんだけど」
「お嬢さん、それは失礼な物言いですな。こう見えても私は地獄の伯爵ですぞ」
 無駄に厚い胸板とセクシーな胸毛を惜しげもなく披露する、高校の教室という、実にティーンエイジな環境に恐ろしいまでに場違いな男が反論する。その不満げな口調から察するに、それなりのプライドは持っているようだった。ただ、伯爵というほどには高貴さのかけらもないのだが。あるのは八十年代映画館のスクリーンで多く見られた、安っぽいセックスシンボル臭だけ。
「うっさい、変態!! 露出狂! どーせ、それも召屋くんが作った脳内妄想設定でしょうがっ?」
「え!?」
「言っている意味が分からないのだが、お嬢さん?」
「アァァァッ!?」
 そろそろ、笹島のストレスも臨界点に達しようとした時、HRの始まりのチャイムがなり、間髪いれず、担任教諭である字元数正《あざもとかずまさ》が扉を開け、教室へと入ってくる。その神経質な顔立ちに違わず、無駄にいや、当然のごとく几帳面であった。
 そして、召屋の方を一瞥し、その横に存在するクラスの異物を確認すると、軽くため息をつく。
「……召屋、いつもの放課後指導室こい。いいな」
「やっぱりな」
「さて、今日の―――」
 召屋の言葉を完全にスルーして、必要なことだけを事務的に話し続ける字元だった。


「ところで松戸、その顔どうした?」
 召屋は、自分の後ろの席の松戸科学《まつどしながく》に声を掛ける。理由は簡単、まるで、誰かに引っかかれ、殴られたような、傷や痣がその不健康極まりない青白い顔中にあったからだ。
「ああ、これね。ちょっと有葉《あるは》さんに実験を手伝ってもらおうと思ったんだけど、案の定妨害が入ってねえ」
 やれやれといった表情で、肩をすくめる。もちろん、その妨害というのが誰で、どんなことだったのかは、召屋には良く理解できた。自分も少なからず、その被害を受けていたからだ。
「あ、それと特殊警棒のメンテナンスがそろそろ必要なんだけど、預けてくれるかい」
「また、ろくでもない機能とか付けないだろうな?」
 松戸を微塵に信用しない不審な面持ちで後ろのポケットから警棒を取り出し、彼にとって、唯一効果的な防衛手段であるそれを手渡す。
「さあねえ?」
 クスクスと笑う松戸の姿を見ながら、やっぱり渡すのは止めた方がいいかもしれないと思い始めていた。


 昼休み。やはりというか、案の定というか、召屋の周りには気の置け“る”仲間が集まっていた。
 ちなみに、廊下はギャラリーで休み時間毎に埋め尽くされ、ろくでもない噂が実しやかに囁かれている。
「召屋くんって、二刀流らしいよ」
「なんでも、女はロリコン、男はガチ専らしいぜ」
「凄い特殊性癖よね」
「多分違います」
「だから、有葉ちゃんとコンビを組んだって話を俺は聞いたぞ」
「やっだーっ、マジィ?」
「実は、妹さんとも関係があるとか。昨日のあれは妹さんそっくりだったって言うし」
「えーっ? ホントォ!? ちょっと気持ち悪いかも……」
「多分、そんなことないですよ」
 時には召屋のことを思いやる否定的な意見も出てはくるが、殆どは召屋いかに特殊な趣味嗜好を持っているのかということに終始していた。

 その話題の中心人物である召屋はというと、否が応でも聞こえてくる根も葉もない噂話に完全に頭を抱えていた。
「こ、これは本格的に不味いな……」
「だから、さっさとなんとかしなさいって言ったのよ」
 委員長である笹島が、これまでの鬱憤を晴らすかのような上から目線で、大きな身体を限界まで縮め凹んでいる召屋に言い放つ。
「でも、めっしーのせいじゃないしー」
 そう言って召屋をフォローするのは、明らかに高等部には不自然な身長と顔立ちの有葉千乃《あるはちの》だった。召屋の化物《ラルヴア》討伐のパートナーであり、まるで女子小学生のような相貌の男子。召屋の召喚(だけ)能力を補完する、相手を従属させる能力使いだ。屈託の無い笑顔が彼女(彼)の魅力である。
「だめよ千乃。こんな変態に近づいちゃ」
 汚らわしいものから我が子を引き離すように有葉を抱きしめる背の高い女の子は、春部里衣《はるべりい》。自称、有葉千乃の保護者でありフィアンセ。褐色の肌と猫ッ毛を綺麗に切り揃えたショートヘア、相手にきつめの印象を与えるつり上がった大きな瞳が印象的な子である。多くの男性の視線を釘付けにするスタイルは彼女の魅力であったが、近寄ったところで、有葉千乃以外の男性に対する好戦的な姿勢もあって、そんな奇特な人物は皆無だった。
 少し話に戻るが、松戸の顔が痣だらけ傷だらけになったのは、有葉の(自称)保護者である彼女の努力のお陰ということである。
「あ!? そう言えば、有葉さんは相手に言う事を利かせられるのよね? ちょっと、このおっさんに消えてくれるように言ってくれないかしら?」
 有葉の台詞にふと思いついたように、笹島が、男性どころか女性でさえ羨む春部の胸に優しく抱きしめられている有葉に声を掛ける。
「うーん、できるかどうか分からないけど……」
 笹島の質問に少し戸惑った表情をする。だが、その表情の意味することが分からず、不思議そうに再度質問する笹島。
「どうして?」
「だって、人にはこの能力使ったことないもん」
「そうなの?」
「うん。知ってる人を無理矢理なんとかしようとするのは、私は嫌だな……」
「まーっ!! なんて素敵な考え方なのっ!? それでこそ、私の千乃よーっ」
 更に必要以上に強く有葉を抱きしめる春部。
「ぐ、く、苦しいよ春ちゃん。でも、めっしーが困ってるから、なんとかしないと」
 大きな胸に圧迫されながらもなんとか喋ろうとする。
「別にぃ? あいつはどーなってもいいじゃない?」
「だ、ダメだよ、春ちゃん。めっしーは友達だもん!」
「……え、えぇ。そうね」
 春部は、恐ろしく残念そうな表情をする。有葉の召屋を評する“友達”という言葉がどうにも気に障ったらしい。
 しかし、有葉の言うことには抗えないのか、その言葉自体に強い否定は示さなかった。
「ということで、まあ、頑張れ。期待はしてない」
 全く覇気の無い声で召屋が元気付ける。自分に降りかかったことなのだから、僅かなりとも積極的になったらいいだろうに。基本的にすべては川面に浮く落ち葉のごとく、受身であるのが彼の長所であり、短所でもあった。
 そんな、全く元気が出なさそうな掛け声に押され、有葉は、召屋の傍に立つ、パンツ一丁のバート・レイノルズ風悪魔に近づくと、胸に下げたブレスレットを片手で握りながら、そっと悪魔に触る。
「じゃあ、あっしーさん!」
「はあ?」
 突然、自分のことをあっしーと呼ばれた悪魔は戸惑い、その言葉を投げかけた人物に目を向け、眉間に皺を寄せ、納得のいかない表情をする。
「うん! 悪魔だからあっしーさん。凄く言いづらいんだけど、消えるってことはできるのかな?」
「お嬢さん、それがお嬢さんたっての願いであっても承服しかねる」
「じゃ、じゃあねえ、めっしーから離れて欲しいんだ?」
「それも無理ですな。私自身が消滅してしまうのだから。もちろん、消滅しない範囲で離れるというのはアリだが、それはお嬢さんが望んでいることはそうではあるまい? まあ、お嬢さんが『お嬢さん自身《・・》を守れ』というならば、私もやぶさかではないのですけれど。嗚呼! 実に残念なことですなお嬢さん」
「駄目なの? …………ううっ」
 ジワジワと有葉の目じりに涙が溜まり、それがホロホロと頬を伝って落ちていく。恐らく、彼女なりに責任感を感じたのだろう。ただ、喜怒哀楽の喜の表情を多く見せる有葉だけに、この姿は周りにも意外と思わせるものであった。
「ゴメン、めっしー……」
 そう言うと、人だかりが出来ている教室や廊下を掻き分けて、一気に出て行く。
 もちろん、こんな展開で、実際の状況が見えてない野次馬の召屋への反応が良くなるわけがない。伊達や酔狂で少数なからずもファンクラブが結成されていない。
「おい、おい、あいつ、有葉ちゃん泣かしたぞ」
「ホント、最低よね」
「そりゃ、性癖が異常だから、ドSなんだよ」
「あー、納得……」
「確かに変態かもしれないけど、そんなことないと思います」
 本人とは関係なく、様々な言葉が飛び交う。その殆どが、悪し様に召屋を非難していた。
「いや、こりゃ、随分と参ったね……」
 そういった反応に対し、へらへらと軽薄そうに笑う。いや誤魔化す。
「参ったじゃないってーのよっ! こんのっボケッ!!」
 まるで汚物を語るような口調で吐き捨てると、召屋を殴るのも忘れ、春部は有葉を追いかけていく。
 残ったのは召屋と笹島の二人。いつもならいるはずの松戸とカストロビッチもそこにはいない。彼らは、科学部の実験とやらで部室棟に出向いていた。いつも笹島に甲斐甲斐しく着き従っているポンコツメイドの瑠杜賀羽宇《るとがはう》は何故か休んでおり、ムードメーカーの拍手も誰かに呼ばれたのか、何故かその場には居なかった。
 そして、それを遠巻きに見つめるクラスメイトや野次馬。
「ちっ、いづいわね……」
「え?」
 笹島が何を言ったのか分からず、思わず聞き返いてしまう。
「あ? ああ、ゴメン、どうにもこの場の空気が悪いっていったのよ」
 なんとも微妙な空気が漂う中、どこからから、女子の声が聞こえてくる。
「あのー委員長? 異能研の稲生先生に訊いてみたらどうですか?」
 どこから聞こえてきたのか、か細いその言葉に、一瞬逡巡するも、なにやら納得した様子で頷く委員長。
「――そうね、こうなったら、あの人に聞いてみましょう」


 その日の放課後。担任教師である字元の呼び出しを快調に無視した召屋は、というよりも強引な笹島によって、学園内にある研究棟内の一室の前に引っ立てられていた。
 彼女がこういった規則破りをするのは、非常に珍しいことだと召屋は不思議に感じる。
 そして、昼休み以降、今のことを含め、様々なことに違和感を覚える召屋の目の前にあるプレートにはこう書かれていた。
“異能力研究室”と。
「失礼しまーす」
 扉がカラカラと音を立て開く。
 室内は、様々な研究者たちが忙しそうに行き来していた。
 お目当ての人物はさほど時間も掛からずに見つかる。彼の周りにだけ資料や生徒のレポートが山積みになっていたからだ。思わず二人と一悪魔はそのボリュームに圧倒される。
 それというのも、ネットやパソコンが普及して以降、こういった風景はまずおめにかかれなかったからだ。
 それなのに、まるで前世紀にタイムスリップしたように、ステップラーで留められた書類が堆く積み上げれている。山積みの書類の隙間で忙しそうにそれらレポートを精査している男性こそ、異能研究室の研究者の一人、稲生賢児《いのうけんじ》その人だった。
「稲生先生?」
 彼はレポートの精査に忙しいらしく、笹島が声を掛けたことにも気が付いていないようで、もう一度、笹島は稲生に声をかける。
「先生? 稲生先生?」
 ようやく気が付いたのか、レポートから顔を上げると“二人”の方を見やり、無駄に背の高い召屋の後ろにいる物を確認し、嬉しそうに召屋たちに声を掛ける。
「ああ、君が召屋くんだね。話は聞いてるよ。たまには私の講義も受けてくれないだろうか? 為になると思うのだが」
「いや、結構です」
 間髪入れず否定する。召屋は能力者ではあっても、極力、能力や化物《ラルヴア》には関わりたくもなかったし、知りたくもなかったからだ。血生臭さと殺伐さとは無縁の極々平凡な生活。それが、召屋の望む日常だった。こんな学園に在籍してもだ。
「まあ、そういわずに。あ、その辺に掛けたまえ。コーヒーは砂糖とミルクは入れる方かな?」
「ブラックで」
「ミルクだけでいいです。先生」
「そうか」
 そういいつつ、コーヒーメーカーにかけられたポットからコーヒーを紙コップに注ぎ、“二人”に渡す。もちろん、笹島にはミルクの小さなパックも一緒にだ。
「安いコーヒーですまないね」
 熱いコーヒーをすすりながら自分の席に座りなおす。
「で、何か用なのかな? というか、用件はそれだよね。教員室でも話題だよ。召屋くん」
 嬉しそうに笑いながら、稲生は自分のカップに注いだまだコーヒーを啜るも、その熱さにに思わず舌を引っ込めてしまう。
「熱っ!!」
 舌を出し、その火傷を冷やそうと文書を使って扇ぐも全く効果はなさそうだった。
「単刀直入に聞きます。これってなんですかね?」
 申し訳なさそうに召屋が質問する。
「ご主人、こ《・》れ《・》とは失礼ですぞ!」
「いい質問だ。それは恐らく……」
 召屋の後ろにいた“これ”が、稲生の台詞を被りにぎみに自分の意見を言い始める。
「そこの御仁もだ! 私を無視するとはどういうことかね? こう見えても私は地獄の公爵ですぞ! もっと敬意を持って扱うがよい」
「朝に言ってたことと違うじゃん」
 笹島が小声で突っ込む。
「これはすまなかったね、地獄の公爵さん。失敬。で、召屋くん、これの正体なんだが、私はすでにひとつの予測を立てている」
 何事もなかったようにさらりと悪魔をスルーし、稲生は召屋へと詰め寄る。
「え? そうなんですか?」
「そりゃあ、昨日から教員室でも話題なっていたからね。私が興味を持たないわけないだろ?」
「は、はあ」
「私を無視するといい度胸だな」
 この場に不要な暑苦しいオッサンをキレイサッパリに無視して、稲生は話を続けることにした。
「私はね、“これ”は君の能力の暴走だと推測しているんだよ」
『ぼ・う・そ・う?』
 その言葉に思わず、笹島と召屋が同時に声を上げる。恐らく、一番驚いたのは本人よりも笹島だろう。ただ、この場には驚いてない人物もいるようで……。
「だから、私を無視するなよ」
 そう言ったのは問題そのものの悪魔だった。悪魔らしく、嫌味のある視線を稲生に向けるが、稲生、召屋、笹島はそれを完全に無視することにした。
「そう、暴走だ。召屋くん、君はイメージしたものを具現化できる能力。君は召喚《サモン》と自称しているが、それは、いわゆる、一般的な召喚師《サモナー》とは大きくことなる。召喚師特有の召喚獣との感覚共有もなければ、契約条件も召喚の制限も殆どない。ただ、眼前に生き物を召喚する」
「はあまあ、そうですけど……」
 言われたことに戸惑いつつも、渋々同意をする。そんな召屋の反応を無視し、稲生は極力分かりやすく、誰でも理解できるように自分の理論を説明することにした
「一番良い例が、えーと? ドラ吉くんだったかな? あの小型のドラゴンは、君が即興で召喚したものだというじゃないか。字元先生から回ってきたレポートにもそう書かれていたよ。つまり、君の能力は召喚《サモン》ではなく、創造《クリエイト》という言い方の方が正しいのかもしれないね。大げさに表現するならば、神の御技といってもいい」
『はあ?』
 要領を得ないのか、口をあ開けて稲生を見つめる二人と一悪魔。
「つまりだ、何を言いたいのかというと、今のそれは召屋くんの能力の暴走が生み出したものということだ」
「ならば、私は悪魔ではなく、妄想の存在とでもいうのか?」
「そうですよ、先生。こんな馬鹿な悪魔も長い歴史を紐解いたらいるんでしょ?」
 稲生は少し冷めかかったコーヒーを一気に飲み込み、その言葉を打ち消すように淡々と語り出す。
「悪魔召喚者《デビルサマナー》が召喚《サモン》するものは、伝承に即した、比較的画一的なものなのだよ。まあ、俗物的な悪魔っぽさはあるけれど。何より、召喚には犠牲がつきものなんだ。だが、それは君たちにはなさそうだろ―――つまり、これはきみの力の暴走によって創られた“想像の産物”の可能性が高い」
「でも、ここにいるじゃないですか? これは俺の創造の産物って言うんですか?」
 召屋は稲生の意見に、唾が顔に届きそうなほどに猛然と食って掛かる。
「だがね、悪魔召喚は厳密な儀式と契約が必要であって、朝起きたら傍にいるなんてことはない。そんな出来事は“漫画の中だけに《・》”ありえる話だ。だからと言って、そこの御仁が悪魔じゃないとは断言できないよ。悪魔はもちろん、彼らが住まうとされる地獄なんてものの存在を証明した人は、何処にもいないからね」
「じゃあ、これは何なんです?」
「そーですよ、この歩くセクハラみたいな物体はどー見ても悪魔じゃないですか」
「失敬だぞ、そこの腐女子」
「だから言ったじゃないか。それは、召屋くん、君自身の意思。いや、創造や妄想と言ったらいいのかな、そういった類の物の可能性が高い。だからこそ、私はこれが能力の暴走だと断定できる。原因はともかくね。第一、君の能力は年々、衰えているのではないかな? 普通ならこんな高度な知能を持つものを召喚したりできないだろ? 今では」
「……」
 その問いに召屋は無言で答える。
「元来、想像力というものは大人になるほどに衰えていくものなんだよ召屋くん。人は、常識や知識を学ぶことで、無垢な心を失い、多感なイメージを破壊され、夢から醒めるものなのだ。君だって、子供の頃はテレビのヒーローがこの世界を守っていたと信じてただろ? それどころか悪の怪人や怪獣が存在するって思ってただろ? それがどれだけ陳腐で出来の悪い着ぐるみであっても」
「いや~、さすがにそれはないです」
 稲生のその言葉を即座に否定した召屋に、幼い頃からヒーローに憧れていた笹島はしょんぼりとする。そんな笹島を気にすることもなく稲生は言葉をさらにつなぐ。
「まあ、そういうことなんだよ。外的な要因によるものなのか、それとも内的なものなのかは分からない。能力の新たな進化という可能性もないことではない。とりあえず、原因を判明させるためにも、精密検査を受けた方がいいかもしれないね。どうするね? こちらで、しかるべき研究所の検査を受ける手はずを整えておこうか?」
「いや、結構です」
「そうか。自分で問題を解決するという姿勢もそれはそれでいいことだ。ただ、本当に困った時には、私や担任の字元先生のような大人に頼るのもいい。能力はともかく、人生経験と知識は君たちより豊富だからね。役に立たないかもしれないが、力になれるかもしれない」


「ご主人、やはり、あの青瓢箪教師、全く役に立ちませんでしたな」
 自分の後ろで不遜な笑顔を浮かべながら佇む暑苦しいなおっさんを眺めながら、召屋は事態がいつも以上にややこしいことになっていることに頭を掻き毟る。
 何より、結局、問題解決の糸口が掴めないまま、二人と自称悪魔は異能研究室を後にしていたのが問題だった。
「じゃあ、召屋くんも二十四時間以内になんとかしなさいよ! 私も解決法を考えるから」
 そう言って、大股で豪快に校門を出て行く笹島の後ろ姿を見ながら、召屋は自分が何故この学園にいるか、その意味を思い返していた。
 召屋は学園側からみても、決して有意義な能力を持っている人物ではない。どちらかと言えば、使い勝手の悪いどうでもいい能力を持った人材であり、貴重でも有能でもない。
 しかも、最低限の任務の依頼や要請しか受けず、口実を作っては極力逃れようとするなど、実に怠惰で、非協力的だ。どんなに贔屓目に見ても優等生とは言えなかった。
 ならば、彼は何故ここに居るのか?
 それは、ここにくる以前、彼自身が日常の中にある異質、非日常的な存在だったからである。
 召屋は、自分が不可思議な力を持っていることに違和感を覚えていた。何故、こういった力を自分以外持っていないのだろうか……と。
 力を公にすることはまず無かったが、それでも自分の異物感は痛いほどに感じていた。
 多数は少数を駆逐し、相対は絶対基準を不安なものにする。つまり、能力者が多数を占めるこの学園都市に存在することは、取りも直さず異物ではなくなる。しかも“使えない”能力者の召屋正行は比較的平凡平和な存在であり、弱者だった。日常側に存在しえたのである。
 だからこそ、彼にとっては、非日常なことが散在するこの双葉学園の中で、自分なりの折り合いを付けて、平凡な日常をいかに維持していくかが重要だった(実際のところ、まずそれが維持されるということはないのだが……)。
 しかし、異能研の稲生の言葉は、それを尽く壊してくれた。召屋正行の異能は、異能の中でも特殊であると言い放つ。
 それは、彼の求めている“相対的な平凡な日常”からの逸脱に他ならない。自分の後ろにつき従う悪魔の格好をしたおっさんがその証拠だった。
「糞っ!」
 相変わらず、後ろにつき従う悪魔を一瞥すると、校門を蹴り飛ばす。もちろん、自分の足が門よりも丈夫なわけも無く、思わず、その足を抱えうずくまってしまう。そんな時だ。
 召屋の携帯が鳴る。メール着信を見ると寺安《じあん》神父からだった。アルバイトのお誘いらしい。
 ある出来事をきっかけに知り合った神父からのアルバイトといえば、ろくでもない仕事に間違いない。化物《ラルヴア》との戦闘現場の事後処理である。ありていに言えば、掃除屋。能力者が化物《ラルヴア》と戦ったあとの現場の清掃や化物の死体片付けである。
 場合によっては“人”の処理ということもある。幸いにも召屋は立ち会ったことはないが。他にも能力者同士の喧嘩などによって発生した公共施設の破損箇所の修理など、仕事としては非常に多岐に渡っていた。
 メールに書かれている住所を確認する。島でも中心部である学園からかなりの離れた場所にある廃棄施設だった。召屋は徒歩で行くことを諦め、寮の裏手に停めてあるバイクで移動することにし、その痛む足を寮へと向けることにした。





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