【遠野彼方は普通である その4】


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 【遠野彼方は普通である】 その4

「激闘!  セイバーギア! 」編

 遠野彼方をひとことで言い表すならば「普通」であろう。
 容姿をはじめ勉強もスポーツも平均よりややまし、ましてや異能も持たない彼はごく普通の「どこにでもいる学生」に過ぎない。
 ラルヴァとの死闘や世界の有り様について考えることもない。そのような者が日々気にかける事といえば、返却される小テストの結果や、好きな女の子のこと、または友人関係についてであろう。
 彼方も例に漏れずに新しい友人について考えていた。
 その友人の名は、天堂 遙(てんどう・はるか)という。
 ちょっとしたきっかけでできた友達。商店街で背後に鎧武者を立たせて泣きそうになっていた子供。
 初等部の彼は、とある地方から独り双葉へとやって来ており、周囲に馴染むことがうまく出来ていなかった。
 そんな遙もとある事件を経て、物怖じすることなく積極的に周りと関わっていこうとひとまわり成長し、彼方としても安心していたところなのだが……
「さて、どうしたものかな」
 初等部とはいえその人間関係は複雑だ。むしろ他人との距離感でいえば中等部、高等部よりもずっと濃密であろう。ちょっとしたきっかけで生涯の友が出来ることもあれば蛇蝎のごとく嫌われることもある。
 クラスにようやく馴染んできたと思えるようになった遙だが、ある時気がついたという。
 ──僕は、男子のなかで浮いている!?
 さもありなん。天堂 遙、その容姿は少女と見紛うほどの美少年である。
 身体強化系の異能者には敵わないが、幼少時からの鍛錬によって身体能力は高く体育の授業では活躍を見せる。そのかわり勉強の方はいまひとつだが、欠点があった方が親しみ易い。加えて敬愛する彼方を見まねて困っている人がいれば助けてあげようとする性格だ。
 ありていに言えば女の子にモテるのである。
 これが中等部や高等部での話ならば「あの野郎モテやがって」とやっかみで済むのだが、初等部の男子にとっては「あいつは女子の味方だろ」という見方になる。
 嫌われるわけではない。しかしその評価は、少年たちが敬遠するのに十分であった。
 遙は悩みに悩んで、結局は彼方に泣きついた。たかがそんなことぐらいでと笑いとばしたりしないのが彼方である。
 彼方自身、小学生時代は両親の仕事の都合で何度も転校を繰り返した。その時の経験からすると──
 テレビ画面の中の映像を眺める。

 君の家にもセイバーギアがやってくる!
 数百数千種類ものセイバーギアパーツ!
 君だけのカスタマイズ!
 無限のセイバーギアから君だけのセイバーギアを掴み取れ!
 セイバーギアシリーズ、絶賛発売中!
 さぁ! お店にダッシュだ!

「やっぱりこっち方面かな」


 ──結論を述べると、天堂 遙はセイバーギアを介して男子生徒たちとの交遊を得る事に成功した。
 『セイバーギア』。
 それは小学生の間で大人気な遊戯のことで、セイバーと呼ばれる特殊なハイテクを駆使したフィギュアを動かして戦わせる新世紀ホビー。プレイヤーはバトルの勝敗に誇りのすべてを賭けるのだ。
 玩具好きな双葉学園初等部の生徒たちの間でも、この『セイバーギア』ブームは熱く静かに広がっていた。
 いつの時代でも対戦遊具は子供たちにとっての大切なコミュニケーションツールである。
 初対面であっても、互いにセイバーを手に向かい合えばそこに関係は生まれる。熱いバトルが繰り広がれば、それだけ関係も深いものへと成長していくものだ。
 しかし、ただセイバーギアで遊ぶだけではダメだ、と彼方は言った。
 初等部とはいえ高学年ともなれば、独自のカスタマイズや戦術を駆使するスポーツのレベルに達する世界である。素人があからさまに仲間に入れてもらうためだけに手にするということは反感を招きかねない。
 やるからにはある程度のレベルを見せなければ受け入れられないだろう。
 彼方はセイバーギアを遙に勧める際にみっつのことを課した。
 ──セット販売されているキットではなく、パーツ単位で購入しオリジナルで組むこと。
 ──自分のお小遣いで買える範囲のパーツで組むこと。
 ──勝てなくてもいいけど、真剣にプレイすること。
 もちろん素人がいきなりできるものではない。彼方はツテを使い何人かの指導者を手配していた。
 セイバーギアは最新の機器を使用しているがやはり玩具であり、模型作りやラジコンの技術を持ち込むことが出来る。そちら方面での経験者が集められた。
 ある者は渋々と。またある者は報酬に釣られて。だが、やはりノリのいい双葉学園の生徒である。いつの間にか誰もがのめり込んで遙に知識と技術を惜しげも無く注ぎ込んでいた。
 そうして、およそ一週間もの時間をかけて一体のセイバーギアが完成する。
 ──それは、一人のギアバトラーが誕生した瞬間でもあった。

 自分のセイバーギアを手にクラスメイトに勝負を挑み、からくも勝利して賞賛を浴びる遙の姿を、陰から見守る彼方を始めとする指導者たちであった。
 いつの世も、こうして子供たちはぶつかり合い、互いの理解を深めていくものなのである。
 セイバーギア。彼らはそれを手に今日も戦うのだ。
『ギアバトル、レディ――ゴーーーーー・セイッ!!』

 おわり?



 一週間後、天堂 遙は再び遠野彼方に泣きついた。
「すみません、彼方さん……」
 放課後、寮に戻りセイバーギアを持って彼方と待ち合わせた遙が頭をさげる。
 その様はまるでご主人様に叱られてうなだれる子犬のよう。思わず「俺に任せておけ」と兄貴面するか「お姉さんに全部任せておけばいいのよ」と怪しい妄想をしてしまいそう。
「気にしない気にしない。僕としても気になることだからね」
 とぽややんと笑う彼方。詳しく訊けばこの後クラスメイトとギアバトルをするのだという。
「こんどクラス対抗戦があるんです。五対五の試合で今のところ四人までメンバーが決まっていて……」
「なるほど、五人目に遙くんが選ばれたってわけか。でも他のメンバーの中に納得できないって言う子がいるんだね?」
 はい、とうなずく遙。そこにはラルヴァを前に敢然と立ち向かった際の面影はない。これまで同年代の子供が周囲にいなかったせいか、他人からの敵意を向けられることに慣れていないのだろう。
 それはこれまでのギアバトルでの対戦成績にも表れていた。ギリギリのせめぎ合いの際、相手に呑まれてしまうことがあるのだ。
(ただ仲良くってだけじゃ、やってけないものだしね。ここらできちんと立ち向かわないと)
「さて……」
 遙たちがいきつけとしている玩具店に到着する。双葉区の店だけあって異能対応のセイバーギアのパーツも取り扱っているショップだ。
 店内のセイバーギアコーナー。そこに十数人の初等部男子が集まっていた。おそらく遙のクラスの男子生徒のほとんどだろう。
 集団の中から一歩前に立つ三人の少年と紅一点、一人の少女がいる。
(熱血、クール、博士、女の子……見事にアニメのキャラ構成だな。さしずめ遙くんは経験の浅い天才キャラかな?)
 何気に失礼な評価を下す彼方。
「天堂、だれだその人」
 彼方が評するところの熱血少年が訊ねる。口調から彼が遙の参戦に反対しているのだろうと分かる。
「この人は遠野彼方さん。僕の……」
「友達さ。そして遙くんにセイバーギアを始めさせた張本人でもある」
「師匠ってこと?」
「おれ知ってる。猫のひとだ」
 子供のコミュニティに年上の者が入り込むのはタブーであるかもしれない。しかし、子供たちは違う世代もから大いに学ぶことがあるはずだ。そこまで深く考えているわけではないのだろうが、彼方はいぶかしむ視線をすべて受け流した。
「ところで、今回の件を取り仕切ってるのは君たち四人でいいのかな?」
「お、おう。俺は陽ノ下アキラ」
 と熱血。続けて三人も自己紹介する。
「ボクは海野レイジです」クール。
「オレは大地ヒロシ」博士。
「私は星野ミコトです」女の子。
「うん、よろしく。僕は本来ならば見届け人として来たんだけどね。ちょっと気が変わった。……遙くん」
「え?」
 びしり、と遥に指をつきつける。
「──遠野彼方は、きみにギアバトルを申し込む!」



 バトルステージのそれぞれの立ち位置について準備を進める彼方と遙。
「なんでこうなるんだよ?」
 憮然としてアキラ。事が自分たちの手から離れて進むことに納得がいかないのだろう。
『君たちが戦ったとして、どちらが勝っても禍根が残るでしょ。なら僕らの戦いを見て資格があるかどうか判断してみてよ』
 彼方の言葉である。
「かこんってなんだよ、そもそも手を抜いて天堂が強いところ見せようって……」
「アキラのバーカ。そんなことするわけないでしょ」
「バカってなんだよ、大体お前が天堂をメンバーに入れようなんて言い出すから──」
「ふたりともいい加減にしないか。どんな意図があろうとも、バトルを見れば全て判る」
「そうそう、ギアバトルで誤摩化しがあればオレたち皆が気付く」
 そんな会話を耳にしながら、これは是非とも遙を仲間に加えてやりたいと考える彼方。仮面をつけ黒マントに身を包み、悪役として彼らの前に立ち塞がってみたらどうだろうか? そんな妄想すら浮かぶ。
「ああそうか」
 クスリと笑みがこぼれる。
「僕も燃えてるってことなんだ」
 久しく忘れていた感覚。小学生時代、放課後に友達と競い合った気持ち。忘れ去られたはずのそれは、静かに心の奥で待ち続けていた。
 こうして再び燃え上がる日を。


「ギアバトラー天堂 遙、セイバーは『九曜(くよう)』です」
 バトルステージに遙のセイバーギアが立つ。
 オーソドックスな人型だ。基本パーツを組み合わせたフレームに、オリジナルの外装を装着して甲冑を纏った鎧武者としている。
 紅の鎧。太刀を手にした絡繰り武者『九曜』。それは遙の『式神』を模した姿であった。その『九曜』の背中からは異能の才能を持つ者だけが見る事の出来る十本の青白く光る糸、『念糸』が伸びて遙の指先に繋がっている。
 ──双葉区で販売されているセイバーギアには他にはない機能がある。ギアバトラーの異能を反映させることができるのだ。
 この『九曜』は、遙の『式神使い』としての異能を利用したセイバーギアである。
「天堂のセイバーはパーツそのものは特別なものを使っていない。だけどその強さはあの異能を利用したところだろう。リアルタイムで操作できるということは大きなアドバンテージだからな」
「へっ、セイバーはそうやって使うものじゃないだろ」
「もーすぐそうやってアキラはケチつけるんだから」
「レギュレーションには違反していない。セイバーそのものに馮依する奴だっているんだ」
「『九曜』起動」
 静かに息を吐いて、遙は指を滑らかに動かして複雑な印を組む。『九曜』の目にLEDの光が点り、起動。その手にした長大な太刀を構える。その場に「おおう」と声が漏れる。セイバーギアはその起動の瞬間から見る者のテンションを上げて行くのだ。
「うん、いい感じだね。あれからまた手を加えたのかな?」
「はい、クラスの皆からジャンクパーツ分けてもらったりして。彼方さんはセイバー持ってたんですか?」
「実はあれから触発されてね。一週間かけて作っちゃったんだ。予想以上に大変だったけど。──これが、僕のセイバーだよ」
 バッグから取り出されてバトルステージに置かれたそのセイバーギアに、会場にどよめきが広がった。
「なんだあれ!?」
「デコセイバーかよ」
「びゃっこたんだよ!?」
 その言葉の通り、彼方のセイバーギアは「あの」白虎そのものであった。
 醒徒会長藤神門御鈴が常に身のそばに置く最強クラスの式神「白虎」。
 その姿はまさに白い虎猫のぬいぐるみ。大きな鈴をつけ、しっぽにはピンクのリボン。
 本物よりもひとまわり小さいが、まさに瓜二つである。どう見てもバトルステージに似合っていない。ぬいぐるみにセイバーギアのフレームを内蔵したものだろう。
「ネタギアかよ、ふざけんな!」
 アキラが叫ぶ。
 ネタギア、デコレーションセイバーとも呼ばれるそれは、バトルを目的としたセイバーギアではなく、見せるためやイベント用に改造されたものである。当然真剣にバトルを競う子供たちからの評価は低い。ブーイングが起きる。
「ふざけてなんかいないよ。僕はこれで戦う」
 そう澄まし顔で手にしているのはどう見ても猫じゃらし。どうやら操作補助のコントローラーらしい。これも一応レギュレーションには違反していないものだ。
「ギアバトラー遠野彼方、セイバーギア名はびゃっ──」
「びゃ?」
 慌てて自分の口を塞ぐ彼方。
 実は白虎関係のグッズを制作するには醒徒会の承認が必要なのであった。すくなくとも会長自身にサンプルの提出を求められている。これまでの特製びゃんこぬいぐるみや、びゃこにゃん定食はそうであった。会長が欲しがっただけともいう。
 今回のセイバーギアについては個人制作の一品ものだ。承認を必要とするものではないが、公式のショップでのバトルとなると色々煩いかもしれない。
 なにより会長の機嫌を損ねてしまい、今後は白虎に触らせないなどと言われたりしては大変困る。
 そこまで瞬時に考えて、彼方は咄嗟に名前をでっちあげた。
「セイバーギア名は『白炎(びゃくえん)』」
「びゃっこじゃねーの?」
「びゃこにゃんだろ?」
「いーの、赤いヨロイ武者ときたら『白炎』が正しい。憶えておくといいよ」
 まるでネズミの国からの使者に怯えるかのように言い切る彼方。しゃーねーなーとエントリーデータを打ち込む店員。
「セットアップ」
 猫じゃらし型のコントローラーを剣を掲げる騎士のように構える彼方。チカチカっと『白炎』の目が点灯し、「んなー」と声をあげる。その本物そっくりな声に、さきほどの『九曜』とは違う意味で「おおう」と声があがる。
『赤コーナー『九曜』VS青コーナー『白炎』』
「えっと、その、彼方さん?」
「遠慮はいらない。遙くんの持てる力すべてで掛かってきなさい」
『ギアバトル、レディ――ゴーーーーー・セイッ!!』
 ゴングが鳴り響いた。

 向かい合った紅の鎧武者と白き獣を阻むものは、数十センチほどの空間のみ。
「征け『白炎』!」
「──!?」
 彼方がコントローラーを前方に突き出した瞬間、『白炎』はその距離を一気に跳躍した。その体当たりをかろうじて躱す『九曜』。
「早い!?」
「なんだあれ!? ネタギアじゃないのかよ!」
「あのセイバーは相当な軽量化が施されている。おそらく着ぐるみの中身はほとんどアーマーをつけていないはずだ」
「それだけであんなダッシュができるのかよ。どんな異能なんだ!?」
 彼らの目の前では『白炎』が素早い動きで『九曜』を翻弄していた。『九曜』の太刀の間合いの外から一気に踏み込み、体当たり、あるいは前肢を叩き付けようとする。
「違う! 彼方さんは異能使いじゃない!」
 遙は思わず叫んだ。この動きは純粋にセイバーギアの性能だ。
「やばい、よけろ天堂!」
「きゃあ!」
 『白炎』の右前肢がついに『九曜』を捉える。遙は咄嗟に『九曜』をジャンプさせ、ダメージを軽減しようと試みた。
 ガッ!
 跳ね飛ばされ、後方に投げ出される『九曜』。
「こらえろ、こらえろ!」
 必死に糸を繰り、転倒を回避する。バックステップ。距離をとる。
 ──追撃は、ない。
 はぁっ、はあっ。
 緊張のあまり息があがる。
 んなー、と鳴く『白炎』。その背後に見える彼方は静かに微笑んでいた。
「よく耐えたね。今ので決まると思ったけど」
「彼方、さん」
 『白炎』の猛攻は完全に予想外であった。最後の一撃はかろうじて反応できたが、あれで終わっていてもおかしくはなかった。しかし。
「──?」
 ダメージはない。いくら甲冑の厚い部分で受けたとはいえ、あれだけの勢いで叩かれたからには破損があるはずだ。
「ひょっとして、それは──」
「気付いたようだね。そう、『白炎』の素早さの秘密はこの肉球にある」
 んなー、と右前肢をあげる『白炎』。可愛らしいピンク色の肉球が見える。
「そうか、そういうことか」
「分かるのかヒロシ!?」
「あのセイバーのダッシュ力はあの柔らかい肉球でステージの床をグリップすることで生まれるんだ。オレたちが使ってるようなただのゴム製じゃない、かなり特別なものを使っているはずだ。でもそれだと耐久力が落ちるはず……」
「その通り。この肉球はシリコン樹脂製のものだよ、それも高級品さ。四つ足の安定力と大地をしっかり踏みしめることでこれだけの瞬発力を発揮することができる」
 ちなみに彼方自身にそれほど高いセイバーギア関係のスキルがあるわけではない。彼方は、以前に特製びゃんこぬいぐるみの制作に関わったことから、その辺りのノウハウを手にしていたのだ。
 外装である着ぐるみも刺繍部の協力があってのものだ。『ビャコにゃんをこの手の中に再現する』、そのコンセプトを追い求めてコネをフル活用してこの『白炎』作成に取り組んでいた。
「なるほど。おそらくたった一度のバトルで壊れても、最高の性能を発揮するのならかまわない。そんなレベルのものなんだ」
「くそっ、子供に真似できない金持ちバトラーめ」
「だけどそれって……」
 ありゃ、気付かれたかと頭を掻く彼方。
「そう、この肉球だと打撃力に欠ける。殴った勢いも吸収してしまうからね」
「なんで爪をつけないんだよ」
「だよなぁ。トラなんだろ?」
 その言葉にちっちっちと指を振る。
「分かってないなぁ。セイバーギアの『ギア』という言葉。これはバトラー同士ががっちり噛み合って物凄いバトルを動かすという意味があるんだ。ただ相手を破壊するための武器を僕の『白炎』は必要としない」
「そ、そうだったのか!」
「いや、そうなのか?」
 観戦者の間にも意見が分かれるところだ。
「まあ、これはあくまで僕のポリシーということだけどね」
 爪を出し入れする機能のパーツを使用することも出来るのだが、あくまでこれはデコセイバーなのである。──あのパーツ使うと可愛くなくなるし、というのが本音だ。
「くっ」
 遙はおののいた。遙にとって彼方という存在は頼りになる兄、あるいはヒーローとさえ呼べるものであった。それが敵として目の前に立ち塞がっている。どうすればいい?
 ──勝てなくてもいいけど、真剣にプレイすること。
 ふっとその言葉が蘇った。
 それは彼方が遙に課した言葉。
 真剣にプレイすること。
 それこそが今、彼方が自分に対して行っていることではないか。
「……」
 彼方に厳格な父の姿が重なる。全力での打ち込みを全て受け止めてみせる、と泰然とした姿だ。
「ということで遙くん。さあ回そう、君と僕とでバトルという名のギアを」
「──はい!」
 遙は満面の笑みを浮かべた。この人は僕のことを友達と呼んでくれた。なら、それにふさわしい、応えられる自分でいたい!
「全力で、いきます!」


 所詮は玩具。『九曜』の太刀も安全基準に応じた軟質素材で出来ているし、『白炎』もシリコン樹脂製の肉球に過ぎない。興味のない人間が見やれば狭い空間でガチャガチャぽこぽこぶつかり合っているだけにしか見えないだろう。
 しかし、この場にいる全ての者には違う光景が見えていた。
 ぶつかり合う闘気が火花を散らし、風景をぐにゃりと歪ませる。繰り出される攻撃に双方血を流し、咆哮をあげ、互いの誇りを賭けて命を削り合う姿が見える。
「『ダブルラッシュ』!」
 うなななーと『白炎』が両前肢で襲いかかる。
「なんの! 『弧月乱舞』!」
 『九曜』が迎え撃つ。
「すごい……」
 誰かの呟き。それは全ての者を代表しての言葉であった。
「『白炎』、なんてやつだ。異能もなしにあれだけの動きをするなんて……」
「アキラ、お前の王虎(キングティーガー)であれができるか?」
「レイジ、お前こそ龍牙(リューガ)であれに対応できるのかよ」
「あのなめらかな動き、まるで生き物みたいだ。モーションをサンプリング? しかしあんなセイバーで再現できるわけは……」
「ヒロシ、あれはアキラのとは違う、虎の動きじゃない。猫の動きよ!」
 四人組が目の前で繰り広げられるバトルに魅入られていく。いや、四人だけではない。クラスメイトやそれ以外にも店内の客が集まりギャラリーで人垣が出来ていた。
「流石はクラス代表メンバーといったところかな?」
 オーケストラの指揮者のようにコントローラーを振りながら彼方。
「僕には異能はない。だけど持っている知識や経験は活かせる。それがセイバーギアというもの。猫の動きを再現する──僕には、それができる!」
「ありえない!? あんなぬいぐるみスタイルでどうやって!」
「──愛さ」
「愛!?」
「なんだそりゃー!」
「いやん☆」
「まて、そもそも白虎は猫なのか?」
 『白炎』が『九曜』の太刀をかいくぐり、猫パンチを叩きつける。はじけ飛ぶ『九曜』の肩の装甲。
「──猫とは、人の身近にいる中でもっとも野生的な獣なんだ。人間は日本刀を手にしてようやく猫と同等になるとさえいわれているよ。遙くん、勝てるかな?」
 双方のセイバーは同じくらいのサイズである。どちらも片手で持てる程度だ。だが『九曜』にしてみれば『白炎』は本物の虎を相手にしているようなものだ。たとえ武装しているとはいえ、その獣性は相手にするにはあまりにも強大だ。
 だが。
「忘れたんですか? 天堂家は、『九曜』を用いて古来より妖魔と戦ってきました。獣退治なんてなんでもありませんよ!」
 彼方に呑まれることもなく、臆せず挑む遙。
「『九曜』、ついていってるよ、あの動きに!」
「だがダメージを貰い過ぎだ。見ろ」
 『九曜』の甲冑がまた破壊されてステージの床に散る。
「所詮、プラモを継ぎはぎして作ったやつだ。何度も衝撃を受ければああなるさ。それに対して『白炎』は着ぐるみの柔らかさでダメージを吸収している」
「ああ、柔らかい方が壊れにくい。スゴい発想だ。だけど弱点はある!」
「それは何!?」
「熱だ! 『白炎』は内部の熱が溜まって動きが鈍くなってきている、モーターがヤレてきてるんだ!」
「焦るな天堂! 引き延ばせば勝機はあるぞ!!」
 ギャラリーから声援が飛ぶ。しかし。
「くぅっ」
 遙は額にびっしりと汗を浮かべていた。実戦さながらの緊張に集中力を維持するので精一杯であった。
 『九曜』は遙の異能で操作することを前提としたセイバーである。センサー類のいくつかを排除することによって異能感応ユニット搭載による重量増加のデメリットを解消している。
 だが、それは『九曜』が自律稼働できないということでもある。全ての操作はギアバトラーである遙の負担となっていた。
 遙の集中が途切れた瞬間、拮抗していたパワーバランスは崩れ去るであろう。そしてその時は迫っていた。
「ああ!」
 『白炎』の跳躍からの攻撃を躱そうとした『九曜』が、操作を誤ったのか片膝をつく。
「勝機!」
 着地から反転、助走をつけての体当たり。これで決める!
 しかし。
「なに!?」
 高い接地性能を誇るはずの『白炎』が脚を滑らせ、膝をついた。
 ──肉球の劣化? いや、これは!?
 『白炎』の脚の裏に『九曜』の欠け落ちた鎧の破片がくっついていた。それが肉球の性能を封じ、ステージの床で滑らせたのである。
「まさかこれを狙っていたのか!」
「勝機はこっちに!」
 『念糸』を繰る。『九曜』がとった構えは突き。斬撃を吸収してしまう『白炎』であっても、刺突までは防げまい。
「駆けろ! 『九曜』!!」
 ダッシュ。真正面から突進する『九曜』。
「まだまだ!」
 猫じゃらし型のコントローラーを、フェンシングのようにヒュンとひとつ回転してから突き出す。
 カッと『白炎』の口が開く。口の中に光が点り、キュウンと回転音。
「放て! びゃっこビーム!!」
『がおー!』
 ゴウッ!
 『白炎』の口腔から何かが放出される。ビームではない。
「──!?」
 だが、それが捉えたのは『九曜』ではない。『九曜』の太刀だけであった。
「上か!」
 はっと見上げれば跳躍した『九曜』の姿。どうやってあの高さまで? どうして躱せた? その疑問のせいで反応が遅れた。
「腰をねらえ!」
 誰かの叫び。
 『九曜』は二度トンボをきって降下。狙うのはその叫びに応じて『白炎』の腰部!
「いけ! 『雷撃蹴』!!」
 『九曜』の蹴撃は、『白炎』体内のスポンジの吸収力を超え、内部フレームにダメージを叩き込んだ。


 ゴングが鳴り響き、アナウンスが勝者として遙と『九曜』の名をあげた。
 ステージ上では『白炎』が目をグルグルモードにして機能停止していた。セイバーギアは相手を破壊することを目的としたゲームではない。一定値以上のダメージで勝敗が決するように設定されているのである。
 わっと歓声があがり、クラスメイト達が遙をもみくちゃにする。
「すげー、やるじゃん!」
「最後のあれ、どうやったんだよ!」
「マジでねらってたんかよ!?」
 手荒い歓迎。しかし誰もが笑っていた。
「お見事、遙くん」
「彼方さん……」
 向き合う二人。どちらからともなく手をのべて握手をかわす。
「最後のジャンプ、こっちの攻撃を見越してのものだね? どうして判ったの?」
「あ、はい。彼方さんの『白炎』は話しをしてる時も口を開けて声を出してました。たぶん、熱を逃がしてたんだと思いました」
「あちゃ、バレてたか」
 うーん、ハッタリ下手だなぁと頭を掻く。
「だから『白炎』の口には他にも何か仕掛けがあると考えたんです」
 おおーと周囲からも感心する声。
「うん、実は『白炎』の弱点は最初から判ってたんだ。あれは体内の熱をファンによって強制排出する機能だよ」
 ビームじゃないじゃんと突っ込みが入る。
「いや、熱風にすぎないといっても、熱感知センサー搭載タイプには目つぶしとしては効果的だ。過熱しやすいセイバー相手にも有効な、立派な技だと思う」
 ヒロシの解説に何人かが頷く。心当たりがあるギアバトラーだろう。
「しかしわざわざ口の中までLEDを搭載するのはムダではありませんか?」
「いや、だってやっぱり必要じゃないか、びゃっ──げふんげふん」
「びゃっこビームってはっきり言ってたよな」
「そうそう」
「それはともかく」
 強引に話題を変える。
「熱感知センサーのない『九曜』には目つぶしにはならないけど、少なくとも警戒させることはできると思って発射したんだ。それをあんな風に躱すとは予想もつかなかったけどね」
「──これだ」
 レイジがステージの一角を指し示す。そこには『九曜』の太刀が床に突き立てられていた。
「この床のパネルのつなぎ目に剣の先を刺して、棒高跳びの要領で飛び上がったんだな?」
 うん、とうなずく遙。理屈は判れどそれを実行できる者がどれだけいるか。
「そして『白炎』の弱点が腰であること……良く判ったね」
「アキラ?」
 あの瞬間、遙に指示を出したのは誰あろうアキラであった。
「俺もトラ型セイバー使いだからな。弱点は共通だと思ったんだよ。それにあれだけの動きをするんだから、邪魔になる装甲は全部とっぱらってあるはずだし」
 素晴らしい、と彼方は何度も頷いた。
「猫の動きは腰の柔軟性によって成されているんだ。可動域を確保するためにギリギリまでパーツを削ってある。その分耐久力は落ちるけど、あそこをピンポイントに狙える相手はそうはいないと思ってたからね」
「すげえな天堂」
「ううん、あそこで教えてもらわなかったら狙ってもいなかったよ。でも、陽ノ下くん、どうして?」
「──アキラだ」
 ぶっきらぼうにこぼすアキラ。照れている。
「チームメイトになるんだからな。名前で呼べよ。俺も遙って呼ぶからな!」
「え……」
 差し伸ばされた手に、思わず彼方を見る遙。彼方は無言で頷いた。
「よろしく、アキラ」
「おう」
 強く握りあう手。再び歓声があがった。拍手が店内を満たす。
「よろしく、遙くん」
「だが、まだまだ課題は多いぞ。敵は強い」
「まずは装甲の強化と軽量化だな」
「……ありがとう、皆」
 チームメイトに囲まれて、遙ははにかみなから微笑んだ。
 ここに来るまでの不安やわだかまりはもうない。あるのは新たな友情という名の絆である。
「次は誰がやる?」
 ステージ上を片付けた店員が訊ねる。その場にいるギアバトラー達は一斉に手を,声をあげた。
「へへっ、俺も負けてられねーぜ!」
「俺、このパーツ買う! 俺のセイバー、完成させるんだ!」
「じゃあ、余ったやつ、このパーツと交換しようぜ」
 その光景を少し離れて見やる彼方。
 玩具による戦いによって育まれる友情は幻想であろうか。
 ──答えは否である。
 ぶつかり合うことで生まれる気持ちはどれも本物だ。
 ここにあるものは全て確かに存在している。
 それは彼らの心の中に、宝物として残り続けるであろう。たとえ歳を重ね忘れ去ったとしても、ずっと心の奥で輝きを失わず再び燃え上がる日を待ち続けるのだ。

 遠野彼方は普通である。
 彼らと同じ年の頃、同じように友達と競い遊び合った。
 そして今もなお、その気持ちはここにある。
 彼方は、こう訊ねた。
「皆、セイバーギアは好き?」
 ──もちろん、その答えは


 彼方の手の中で、再起動した『白炎』ががおーと鳴いた。









 数日後。
 『九曜』対『白炎』のギアバトルは、あのショップの『今週のベストバトル』に選ばれ、動画配信された。
 そのことが双葉でのセイバーギア界に少なからず影響を与えていることを、まだ誰も知らない。

 醒徒会執務室。
 醒徒会長藤神門御鈴が猫じゃらしに似たコントローラーを振っていた。
『うなー』
 それが左右に揺れるのに反応し、前肢をくいくいっと動かすのはもちろん『白炎』だ。
「おお、なかなか良くできてるではないか。こうして見ると兄弟みたいだぞ白虎」
「うなー?」
 『白炎』が『ダブルラッシュ』という名のじゃれつきをするさまを不思議そうに見やる白虎。
 御鈴は、遠野彼方が本来楽しみたかったモードで遊んでいた。監修という名目で一時的に彼方から提出されたものである。
 もともと、彼方がやりたかったのはこうしてナデナデしたり肉球をプニプニすることである。それらのためにこだわり抜いた結果、意外なまでのバトル性能を得たという事実は、セイバーギアの奥の深さを現していると言えよう。
「ガキの玩具だろ。大人のレディが遊ぶものじゃない」
 大晦日の料理大会のように、また大会を開催するなどと言い出さないよう牽制の言葉を吐きながら、醒徒会会計の成宮金太郎がそれを見やる。
「大体こういうのは金をかければ強いっていうわけじゃない。一体幾らつぎ込んでいるんだソイツは」
 目の肥え金太郎は『白炎』の外装の生地が高級品であることを見抜いていた。おそらく内部パーツの総額よりも一桁上の金額になるはずだ。
「なんだ詳しいのだな」
「……いや、別に」
「でも、可愛いじゃないですか。女の子でもこういうの欲しがると思いますよ」
 と水分理緒。
「そうだな……」
 デコレーションセイバーといえば一部のマニアしか手をつけないジャンルではあったが、動くぬいぐるみとして欲しがる層は開拓できるのでは? と金太郎は思いついた。
 実際のところ『九曜』対『白炎』のギアバトルの配信は、異能を持たないギアバトラーを奮起させ、同時にバトルに興味のない女子生徒たちにも可愛らしいと興味を持たせているのだ。
 通常のギアバトルとは別に、デコセイバーコンテストなどで人を呼べるかもしれないなどと、つい考えてしまうのだった。
 そのせいで金太郎は気付かなかった。御鈴が『白炎』をじっと見つめていることに。
「……」
 ひょっとしたらひょっとすると、『ビャッコタイガー』という名のトラ型のセイバーを操る、謎の覆面ギアバトラーが誕生したりするかもしれない。



 また、ある場所では──
「遠野彼方、セイバーギアに手を出したらしいな」
「我らの野望を邪魔した男」
「だが、セイバーギア界こそ我らが得意とする舞台」
「さよう、にっくきあの男を打ち倒し、我らの悲願を達成するのだ」
「第43ロボ研の復活の為にも、奴には鉄槌をくれてやらねば」
「では刺客として俺が行かせてもらおう。我が『黒炎』にかかれば奴のセイバーなど赤子も同然よ」
 ギャリギャリギャリと、不気味な音をたてて一体のセイバーギアが頭をあげる。
 深く静かに、闇が動き始めていた。




 『セイバーギア』。
 それは小学生の間で大人気な遊戯のことで、セイバーと呼ばれる特殊なハイテクを駆使したフィギュアを動かして戦わせる新世紀ホビー。プレイヤーはバトルの勝敗に誇りのすべてを賭けるのだ。
 玩具好きな双葉学園初等部の生徒たちの間でも、この『セイバーギア』ブームは熱く静かに広がっていた。
「バトルしようぜ!」
 いつの世も、こうして子供たちはぶつかり合い、互いの理解を深めていくものなのである。
 セイバーギア。彼らはそれを手に今日も戦うのだ。
『ギアバトル、レディ――ゴーーーーー・セイッ!!』


 おわり








おまけ
「ふむ。これが例のセイバーギアというやつだな?」
 柊キリエが『白炎』を手に取る。
「男というのは本当にいくつになってもこういうのが好きなんだな。一体幾らかかったんだ?」
 彼方がこだわったという外装の手触りはすべすべで、かなりの高級生地であると判る。ひょっとしたら魔女たちが使う帽子やマントの生地に匹敵するかもしれない。
「えーっと、全部で◯◯円くらいかな?」
 彼方が言う金額を聞いてキリエの視線が冷たいものになる。貰ったお小遣いをどう使おうが勝手だろうに、また無駄遣いして! と叱る母親のような目だ。
「彼方くん、キミは本当に莫迦だな」
「うわっ、そんなにしみじみ言わないでよ! いつだって男のロマンを殺すのはそういう女の冷めた一言なんだ!」
「その資金を捻出する為にキミはあんな危険なバイトをして、ここ暫くはこうして逢う時間まで削ったというわけか、大体初等部の子を相手に大人げない真似をしてロマンもなにも──」
 ポキリ。と、キリエの手の中で音がした。
「──!?」
「すまない、壊れた」
 ぎにゃーと悲鳴をあげる彼方。
 いつだって趣味に理解のない者は、このようにたやすく破壊をもたらすのである。




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