【異能力研究者の初秋のある奇妙な日】


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異能力研究者の初秋のある奇妙な日


「今日の講義はここまで。何か質問のある者は?」
 終業の鐘が鳴り、私はいつも通りに締めの言葉を告げて確認する。が、今日は質問者はいないようで、生徒たちは皆いそいそと机上の勉強道具を片付けている。
 勉強道具といっても小さなメモリスティック一つ。授業内容を打ち込んで記録させたそれをPCから取り出して、学生証のメモリスロットや制服のポケットにしまいこむ者がほとんどだ。
 女生徒の中には小さな鞄を持っている者もいるが、その中身は勉強道具ではないだろうことは想像に難くない。
 大半の情報がデジタルデータとして扱われる昨今、何らかの準備物が必要な授業を除いて手ぶらで受講する生徒も多かった。

(便利な世の中になったものだ。……少し、かつてはあった「勉強する場所」という風情が感じられなくなった気もするが)

「よし、ではまた来週」

 生徒たちの様子を確認し、再びいつも通りの言葉を発して私自身も教壇に備え付けられたPCからメモリスティックを取り出し、OSを落として液晶モニターを閉じる。そして教壇上の埃を軽く払い落としてから教室の出入り口へと向かった。

「稲生先生。ちょっといいですか?」

教室を出た私を一人の女子生徒が呼び止める。「結城宮子《ゆうきみやこ》」私の講義を受ける生徒の一人で、一月ほど前のある出来事で私が「借り」を作ってしまった相手でもある。
 あの日彼女は「この埋め合わせはキッチリしてもらいます」と言ったが、あれから今日に至るまでさしたる要求もないままだった。

(ようやく「借り」を返すことができるのかな?)

「何かな結城くん」
「あの事なんですけど」

(やはり来たか)

「東さんの回復祝いのスポンサーになっていただくって事でいかがでしょう?」
「わかった。店はこちらで決めてしまって構わないかな?」
「はい。よろしくお願いします」

 彼女の言葉は、私の予想通り「借り」を返すことに関してだった。
 事の発端となったのは「東明《あずまあきら》」という女子が起こした小さな事件で、彼女を助けるために結城宮子と彼女のパートナーである皆槻直《みなつきなお》の力を借りたことと、その時とった私の不誠実な行動が彼女たちに対する「借り」。そして東明はその時のことがきっかけで、この一月は休養を余儀なくされていた。

(個人差はあるだろうが、異能を使うことにも肉体を酷使することと同様に、相応のリバウンドがあるといったところか)

「お店って何です?生徒と二人で遊ぶなんてダメですよ稲生先生」

 不意にかけられた言葉に驚き振り向くと、そこには長い髪を綺麗に三つ編みにした「ちいさい」と言っても差し支えない体格の女性が立っていた。胸元には教員証がぶら下がっていて、彼女が教師であることを示している。
 春奈・C・クラウディウス。教員の中でも特に生徒たちに人気のある女性だ。
 彼女の顔には教師としての責任感と、私を咎めるような表情が浮かんでいて、私がいかがわしい事をしようとしていると誤解しているのが伺えた。

「春奈先生……。そういうことではなくてですね……。
 ……ああ、そうだ。それじゃあ春奈先生もご一緒にいかがですか?」

 *

「あのー……本当によかったんですか?」

 店へと向かうワゴンタイプのタクシーの車中で春奈先生が私に申し訳なさげにそう問いかける。誘ったときに「食べ放題ですよ」と言うと二つ返事で「行きます!!」と答えた女性と同一人物かと不思議に感じるほどの恐縮ぶりだ。
 今日は彼女と私、皆槻直と結城宮子のコンビ、そして主賓の東明の五人での食事会で、全員がこのタクシーに同乗している。春奈先生は後部座席の中央で小さな体をさらに小さくしていた。

(冷静になってみると自分のした反応が恥ずかしくなったという所かな)

「もちろんですよ。今日は東くんが元気になったお祝いですから、遠慮なさらず」
「そうですよ。稲生先生も若い女性がいた方が嬉しいですもんね」
「また君はそんな……私は別に若い子が好きなわけではないよ。
 そりゃあ春奈先生のように素敵な人とご一緒させてもらえるのは光栄だけどね」

 春奈先生の言葉に答える私に結城宮子がすかさず合いの手を入れ、私はそれに軽口で答える。
 結城宮子本人に自覚があるかはわからないが、彼女のこういった振る舞いは人を気遣う気持ちの表れのように感じられる。事実、春奈先生も「そうですか?それじゃあご馳走になります……」等と、恐縮しながらも安心した様子が覗えた。

 *

 しばらくしてタクシーは目的地である鍋料理店に到着した。
 私は運賃の支払いを教員証の機能で済ませると、皆とともに店の入り口をくぐる。我々を迎えた店員に予約している旨を伝えると、店の奥にある座敷に案内してくれた。
 この店はカウンターの数席を除いてほとんどの席が座敷になっている。大きさも四畳半から八畳、人数によってはそれらの座敷をつなぐ襖を取り払って大部屋にもできるという、宴会にはもってこいの形態だ。

「あのー……今更なんですが、私だいじょうぶなんですかね?」
「あ、そういえば私も……」

 それぞれ席に着いたところで春奈先生と皆槻直が思い出したようにそうつぶやく。
 一瞬、何のことかと考えた私だったが、すぐに「あの事」に思い至る。
 春奈先生は学園では大食いとして有名で、学園に近い商店街などでは「春奈お断り」の張り紙まであるという噂の、食べ放題を売りにする店の天敵だそうだ。そして皆槻直は次世代の大食い女王だとかなんとか。
 商店街からは少し外れているこの店でもその事は知れ渡っていたようで、私が予約の電話をした時にも一悶着あった。

「ああ、もちろん大丈夫ですよ。その辺りもしっかり予約のときに話しておきました。
 ですから、今日は本当に遠慮なく食べてください。皆槻くんもね」

 私は彼女たちの言葉に笑顔でそう答えると、運ばれてきた食材を片手にコンロに火を入れた。

 それからはもう、宴席は怒涛のごとき様相を呈した。
 春奈先生と皆槻直は、まさにリミッターを外されたという表現がしっくりくる恐るべきスピードで、茹で上がる端から食材を胃袋に収めていく。
 昔、何かのドラマで「俺の胃袋は宇宙だ」などという主人公を見た気がするが、目の前で次々と消えていく鍋の中身は、さながらブラックホールに飲み込まれていく星のはかない瞬きのように感じられた。
 その様を初めて目にする私と東明は元より、皆槻直のパートナーとしてそれなりの月日を共にしているはずの結城宮子も、さすがに春奈先生と二人そろっての食事を見たことはなかったらしく、唖然とした表情を浮かべていた。

(九十分食べ放題で一体何人前食べるんだろうか、この二人は……)

 私が予約時にした店との交渉では「とりあえず二十人分の食材を用意しておいて、それより少なかった場合はそれに応じた料金を支払う」というものだったが、開始から三十分で空になった大皿は既に六つ。単純に考えるとこの三倍は消費されることになる。

(勢いがついたら二十人前、超えるんじゃないか?)

 そんなことを考えながらも、ある意味、爽快な気持ちになった私は、自分のペースで箸を動かすことにした。

 *

「稲生先生、ごちそうさまでした」

 食事を終え、私たちは店から出た。
 皆、心行くまで鍋料理を堪能したのか、満足げな表情で口々に礼を言う。
 ただ一人、春奈先生だけは私の背中で静かな寝息を立てている。仕事の疲れがたまっていたのか彼女は満腹(?)になると同時にぱったりと眠りに落ちてしまっていた。

「春奈先生おきませんね」
「うん。
 さて、どうしたものか……。送ろうにも私は春奈先生の自宅を知らないしねえ」
「え、チェックしてないんですか?」
「一体なにをチェックするというんだね……」

 春奈先生の顔を覗きこみながら私をからかいにかかる結城宮子。
 もしかしたら私は彼女の中の「いじっていい人リスト」にでも登録されたのだろうか。
 そんなことを考える私の耳に春奈先生の小さな寝言が聞こえてきた。

「……いや、こわい……」

 その瞬間、ざわりとする寒気が私の体中に広がった。なんとも言えない恐怖、焦燥感。そんな感情が沸き起こってくる。周囲を見ると、生徒たちもみな一様に困惑・狼狽した表情を浮かべていた。

(これは一体……。この場にいる全員が何かに『恐怖』しているのか?)

 考えている間にも得体の知れない恐怖心はじわりじわりと強くなっていき、私はこの場から逃げ出しそうな衝動に駆られはじめた。

「先生……これ、なんなんですか?」

 腕にすがりつく東明は、真っ青な顔をして私にそう尋ねる。彼女の手を握ってやりながら他の二人に目を向けると、結城宮子は皆槻直にしがみついて震えており、皆槻直も常にはない厳しい、不安げな顔をしていた。

「……これは何者かの能力によるものかもしれない。異能者かラルヴァかはわからないが……。理由もなく同時に複数の人間が恐怖に駆られる、なんて事は普通はないからね」

 私はなるべく感情を抑え、皆に聞こえるようにそう仮説を伝える。

「感情に訴えかけるか……グレムリンとかですかね?」

 そう私に問いかける皆槻直の声音も、恐怖心を抑えつけているのがよく判るものだった。

「どうかな。私はラルヴァの専門ではないが、グレムリンが意図的に人の感情を操るというのは聞いた事がない。その手の亜種という線もあるかもしれないが、誰かの異能である可能性も否定できないと思う」

(しかし異能者の仕業だったとしても一体どういう理由で私たちに恐怖心を抱かせるのかが解らない……。いや、そもそもターゲットが私たちなのかも……)

 判断がつかない。そう考える私の目の前を、一台の車が明らかに制限速度を越えるスピードで通り過ぎ、前を行く車に追突した。
 突然の事故に驚いたのもつかの間、ぶつかって止まった二台にさらにもう一台の車が突っ込む。
 あまりの事態に私の恐怖心は吹き飛び、冷静さを取り戻す事ができた。

(これは……)

 事故に驚いたのか、道沿いの商店や民家から多くの人が飛び出してくる。が、すぐにそうではないとわかった。
 なぜかというと、みな口々に「怖い」「逃げなきゃ」そんな事を口走りながら、四方八方へと逃げ惑っていたからだ。
 そして私の背中で眠る春奈先生も同じような寝言をつぶやいている。

(やはり私たちが狙われているわけではなく『広範囲に無差別に』影響が出ている。ここまで強烈に他者の精神に影響を与えるような強力な能力を持つ者……。ラルヴァならまず間違いなく感知されるだろう。となるとやはり異能者……)

 そこまで考えて私はようやく気づく。

(そんな強力なテレパスはこの島に三人もいないだろう。そしてそのうちの一人は今、私の背中にいる)

 よく見れば逃げ惑う人々も無意識にこの場から遠ざかろうとしているようだ。

(この仮説があっているかは判らないが、やってみるしかない)

「東くん、春奈先生を下ろすのを手伝ってくれ」
「え? あ、はい」

 いまだに腕にすがっている東明にそう促すと、私は春奈先生を背中から一旦下ろし、腕に抱きかかえるように移動させた。
 そして春奈先生の胸元を確認する。

(やはり、ないな)

「結城くん!君もこっちへ! 皆槻くんは一人で行動できるね?」
「は、はい」

 結城宮子と皆槻直の二人も、幾分か冷静さを取り戻しているようで、私の言葉に素直に答える。

「よし、皆槻くんは店に戻って春奈先生の教員証を探してくれ。彼女が座っていた辺りにあるはずだ」
「わかりました」
「結城くんと東くんは春奈先生に思いつく限りの『食べ物の名前』を聞かせてくれ」
「え!?」

 指示に応え店へと向かう皆槻直を見送り、私は残った二人にも別な指示を出す。その突拍子もない内容に、彼女たちはそろって驚きの声を上げる。

「疑問はあるだろうが、とにかくやってくれ。重要なことなんだ」
「わ、わかりました。え、えーと……ラーメン!」
「あ、うー……ちゃ、チャーハン!」

 私の強い語気に押されて答えた結城宮子は早速、食べ物の名前を口にし始め、つられた東明もそれに続く。
 次々に並べ立てられる料理名に答えるそぶりもないが、春奈先生の苦しげな顔は段々と柔和なものに変わりつつあった。
 そして周囲の人々の喧騒も、それに合わせるように少しずつ、本当に少しずつだが収まっていくように感じられた。

(これは正解だったかな)

「稲生先生!教員証ありましたよ!」
「ありがとう皆槻くん」

 私は駆け戻ってきた皆槻直の手から教員証を受け取り、彼女に礼を言うと、それを春奈先生の胸に置く。
 すると今まで続いていた恐怖心や焦燥感がスッと薄らいでいった。

(リミッターが機能したようだ。あともう一押しでいけるかな?)

「春奈先生、そろそろ起きてください。もう一軒行きますよ。起きないと私たちだけで美味しいもの食べちゃいますよ」

 私がそう声をかけると彼女のお腹から盛大に「腹の虫」が鳴き、一瞬の間をおいてゆっくりと目が開かれる。
 それを確認した私は、事態の収拾をつけるべく消防へと救急車の要請をコールした。

「稲生先生、これってもしかして……」

 すっかり冷静さを取り戻した結城宮子が私にそう問いかけるが、私は頷いて「説明はまた改めてするから、今は何も言わないでくれ」とだけ答える。そう言われても彼女は釈然としない様子だったが、無言で見つめる私の気持ちを汲んでくれたのか「わかりました」と、この場は退いてくれた。

(そもそも最初から妙だった。
 いくら疲れていたとしてもいきなり眠ってしまうなんてそうそうあることじゃないし、全く起きないというのも普通ではない。普通でないならなにか外的な要因があったということだろう。眠りに関わるラルヴァといえば夢魔《ナイトメア》・淫魔・砂男《ザントマン》などだが、今回のことはこれらが複合していたように思える。これらのラルヴァはほとんど感知されないしね。淫魔は関係ないかもしれないが……)

「あれ……?稲生先生……。
 ひゃわあ!なんで私、抱かれてるんですか!?」

 一人、考えに沈んでいた私を春奈先生の声が現実に引き戻す。
 私の腕に収まっていた彼女はしばらく呆然とし、状況に気づくと勢いよく飛び起きて私から離れた。その顔にはあからさまに不審げな表情が浮かんでいて、さらに両腕で胸元を押さえている。

「……なにか誤解されているような気がするので言っておきますが、私は何もしていませんよ」
「春奈先生がいきなり寝ちゃったから面倒見てくれてたんですよ」

弁解する私の後に続き、結城宮子がそう説明する。その言葉に安心したのか、春奈先生は腕を下ろすとホッと息をついた。

(ここの所どうも女性に誤解されることが多い気がする……)

 気をつけないと何か大事になりそうだ……などと考えていると、事故現場にはけたたましいサイレンを響かせながら次々に救急車と消防車が駆けつけていた。ドアが開き、駆け出した消防隊員たちはすばやく展開すると、あっさり「要救助者確保!」と声を上げる。見た感じ怪我の度合いは大小さまざまだが、死者は一人も出ていないようだ。
 三台の車が追突した上に集団パニックが起きていたことを考えると軽微な被害で済んだと言っていいだろう。
 怪我をしていない者も多いらしく「一体なんだったんだろう」などと困惑を口にしながら、それぞれ家や店舗へと戻っていった。

(事態はこれで収まったとして……後の処理が大変だ。
 とりあえずは理事会への報告を済ませなければならないな。責任問題はどうにかごまかすとして……一体いくら請求が来ることやら……。
 おっと、一つ確認しておかなくては)

「春奈先生、眠っている間なにか夢を見ませんでしたか?」
「え、夢ですか? ……うーん、なにか怖かったような、お腹が空いたような……よく覚えていません。あ、でも誰かが助けてくれたような気がします。
 ん……? あ!」

 私の問いかけに戸惑いつつも答える春奈先生だったが、突然、何かを思い出したように声を上げる。

「な、なんです? 何か思い出したんですか?」

 彼女の声に驚きなが何があったのかと問いただす私だったが、春奈先生の口から発せられたのは。

「稲生先生、さっき美味しいもの食べに行くって言いましたよね!? 私をのけ者にするなんてダメですよ!」

 という、予想外の言葉だった。

(この人は……食欲が凄いのか、まだ寝ぼけているのか……。いや、これは両方だな)

 事実、彼女の目はまだ微妙に半開きで少し眠そうだ。
 本当の所「美味しいものを食べにいく」というのはなんとか春奈先生を起こそうと言ったことだったが、ここまで食いつきがいいとそんな事を説明できる雰囲気ではまったくなかった。

「はは……。 それじゃあ皆で大車輪に行って杏仁豆腐でも食べましょうか」

 私は苦笑しつつ彼女にそう答える。そんな私を見る生徒たちも、同じような表情をしていた。




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