【ぼく、ペテン師:問題編その2】


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      2



 ぼくたち夏目家の兄弟は全員で五人だ。
 犯罪者にして逃亡者の長兄、賢治兄さんを除けば全員この双葉学園に籍を置いている。
 上から大学二年のユキ姉こと夏目雪緒。
 高等部三年のアキ姉こと夏目晶子。
 二年のぼく。
 そして一年の夏目龍之介。
 その龍之介からメールがあった。
 退屈な午後の授業が終わり、金色の日差しが校舎を包み始め、適当にクラスメイトに挨拶をすませぼくは龍之介のメールの通りに部室棟へと向かう。様々な部活の部室が並んでおり、迷ってしまいそうになる。その一番隅っこに汚らしい汚れた扉があり、落書きだらけで蛍光灯の光も切れている。そこには手書きで『探偵部』と書かれている。
「龍之介。今日は一体何の用なんだ――」
 いつものことなのでぼくは普通にがちゃりとその扉を押し開けた。そして後悔する。せめてノックくらいしたほうがよかったと。
「やあ兄貴! 待ってたよ」
 そこには嬉しそうにぼくにそう言う龍之介がいた。弟の癖にぼくより背が高く、くせ毛を金に染め、ピアスを三つも右耳につけており、初見の人には怖がられるだろう外見をしている。だがその顔は犬のように人懐っこい笑顔で、女の子に好かれるタイプみたいだ。
 だけどその笑顔がまた不気味だ。なぜなら龍之介は女子と半裸になりながら抱き合っていたのだから。その女の子の方はぼくが入ってきたことに凄まじく驚いており、
「きゃあああああああ!」
 という悲鳴を上げて必死に裸を隠そうとしていた。その横の龍之介はこんな状況なのにまったく動じず、相変わらずニコニコと笑っている。
「ちょうどいいや兄貴。混ざる? 結構いい女だぜこいつ」
 龍之介はそう親指をくいっとその女の子に向けぼくにそう言った。その瞬間ぱあんっと言う音が部室に響き、「最低!」と叫んで女の子はぼくの脇を泣きながら走り去って行った。ああ、可哀想だな本当に。龍之介の頬を見ると、真っ赤な紅葉のようなマークが頬に出来ていた。凄まじく痛そうだが龍之介はまだ笑っている。まるで痛みなの感じていないかのように。いや、事実龍之介は『痛み』を理解していない。
「龍之介。駄目じゃないか女の子泣かして。バレたらユキ姉にまた半殺しにされちゃうよ」
「だって兄貴。誘ってきたのは向こうなんだぜ。まあ、俺は兄貴が来るまでの暇つぶしになればいいやって思ってさ」
 龍之介はまるで反省してないようで、唇を突き出してぶーたれている。部室の机に腰掛けながら服を着直していた。ぼくと違ってずいぶん引き締まった体をしている。だがあちこちに傷があり、その半分くらいが女の子に刺されたり叩かれたものだという。ぼくには理解できない。
「せめて鍵くらいかけておけよ。他の部員も来るかもしれないだろ」
「いいんだよ兄貴。俺がここホテル代わりにしてんのどうせみんな知ってるし。だいたい何顔赤らめてんのさ、兄貴はアキ姉で女の裸なんて見慣れてるだろ。いいなー。俺はアキ姉とお風呂入ったこともないし。兄貴が羨ましいよ」
「何言ってるんだよまったく。学校であんなことして恥ずかしいだろ」
「兄貴の羞恥心と自意識が過剰なのさ。感情ない癖にそういうとこだけ過敏なんだもん」
「お前は逆に羞恥心と人の痛みがわからないんだろ。お互い様だよ」
 ぼくがそう言うと龍之介はとても楽しそうに笑っていた。
 ぼくたち夏目兄弟は呪われている。狂っている。壊れている。
 みんな何かが欠けている。ぼくは感情を、龍之介は『痛み』を知らない。
 いや、無痛症などではなく、痛覚は確かに存在するようで、怪我をすればすぐわかるし、病気になればすぐに寝込んでしまう。だが龍之介は痛みを“理解”できないらしい。
 龍之介にとっては痛みも気持ち良さも同じらしい。ただの感覚でしかないのだという。だから龍之介は人の痛みもわからない。だから平気で人を傷つける。女の子を悲しませる。でもそれは痛みを得ようとわざとそうしているようにぼくには見えた。
「それで、今日は何の用事なんだ龍之介」
「ああ、また依頼が入ったんだよ。俺たち“探偵部”にさ」
 探偵部。なんて言うと胡散臭いんだけど、ようするに悩み相談や助っ人をするだけの部活動だ。殺人事件なんて出会ったこともない。ほとんどが地味な依頼なんだけど、龍之介たちは『学園側に知られるとまずい事』も依頼として受けているようで、たびたび危険な綱渡りをしている。バレたら間違いなく処分ものだろう。
「それで、なんでぼくが呼びだされるんだよ。ぼくは部員でもなんでもないんだぞ」
「頼れるのは兄貴だけだよ。俺は非能力者だし、異能者の兄貴がいると心強いんだよ」
「ぼくのペテンの力なんてなんの役にも立たないよ」
「んなことねーって。役に立たない力なんてないさ兄貴」
 龍之介は真っ直ぐな目でそう言う。その瞳からは一切の嘘も感じられず、ペテン師のぼくとは正反対だ。
「わかったわかった。とりあえず話しは聞くよ」
 面倒事は嫌なのだが、弟に頼られるのは兄としても悪い気分じゃない。ぼくはパイプ椅子を引き寄せそれに腰を下ろす。龍之介たちの手伝いをするのは別に初めてってわけでもないし、もし龍之介が一線を越えてしまうことがあるのなら、兄としてそれを見て見ぬふりはできない。
「もうすぐ朝顔《あさがお》の奴が依頼人連れてくるはずだから、煎餅でも喰って待ってようぜ兄貴」
 龍之介は部室にある冷蔵庫からお茶を取り出しイカ煎餅をばりばりと食べている。すると廊下の方からバタバタとした足音が聞こえ、扉が大きな音と共に開かれた。
「やあ龍之介くん今日も楽しく部活動を始めよう!」
 そこには学生なのに黒いトレンチコートを着込み、ニット帽を眼深に被った怪しげな眼鏡の少年が立っていた。不健康そうな色白の顔に、長身痩躯でカマキリのような外見をしている。
「やあ朝顔くん、こんにちは。お邪魔してるよ」
「おっと、これこれは龍之介くんの兄上の中也さんじゃないですか。よく来てくれましたねぇ」
 その少年、朝顔《あさがお》郁実《いくみ》くんはニタニタと細い口を歪めながら笑っている。彼は龍之介と同じクラスの生徒で、同じく探偵部の部員だ。探偵部は龍之介が立ちあげたため、先輩はおらず、龍之介が部長を務め、この朝顔くんが副部長ということになっている。
「そういえば朝顔、初音《はつね》の奴はどうしたんだ」
「初音くんは見てないね。まあ彼女は週に一回顔出すかどうかだしねぇ」
「困ったな。まあいないのはしょうがないか」
 初音、というのはこの探偵部の三人目の部員の女の子だ。こんな変な部活に入るなんて変わった子なんだろうけど、生憎ぼくはまだその子を見たことがない。よく部活をさぼるようで、龍之介も頭も悩ませてるみたいだ。
「いやいや、龍之介くん。そんなことより依頼人を連れてきたよ。入ってもらって構わないかい?」
「ああ、入ってもらおうぜ」
 龍之介がそう言うと、朝顔くんはドアの外にいる人物を手招きし、部室へ呼び寄せた。
「ささ、どうぞ入ってください桃子《ももこ》さん。汚らしい部屋ですがどうかご勘弁を」
 そうして朝顔くんに手を引かれ入ってきたのは女の子だった。小柄でふわふわとした髪の毛が可愛らしい。校章の色を見るとどうやら一年のようだ。でもその猫のような瞳は何かに脅えているかのように視線が定まらず、肩はかすかに震えている。
「おい朝顔、お前が気持ち悪いから怯えてるじゃないか。早く手を離して座らせてあげろよ」
 龍之介はヘラヘラとからかうように朝顔くんに呼びかけた。朝顔くんは「ボクが怖いのかい。そりゃまいったなぁ。傷つくなぁ」と、爪をかりかりと噛みながら呟いて、来客用の少し豪華な椅子に彼女を座らせている。だが相変わらず彼女は怯えて俯いたままだ。一体何をそんなに怯えているんだろうか。
「ようこそ探偵部へ。俺が部長の夏目龍之介。こっちの変態が副部長の朝顔郁実。それとこっちは部員じゃないけど助っ人に来てくれた俺の兄の中也兄貴だ」
 龍之介は彼女にぼくたちを紹介している。ぼくも一応「どうも」と話しかけるが、一瞬びくっとしただけで目も合わせてくれない。
「悪いけど自己紹介してもらえるかな。それと依頼の内容も俺は依頼者から直接聞きたいんだ」
 龍之介はニコニコしながらそう言うが、その口調は厳しく、有無を言わせないものだった。だけどそれでも女の子はずっと黙っていて、口をパクパクと動かすだけで声が出てこないようであった。ぼくはそれを見かね、呼吸を整えて、その女の子に笑顔を向ける。
「“大丈夫だよ。安心して。ぼくたちはキミの味方だから、きっと力になるよ”」
 ぼくがそう囁くと、「は……はい」と呟き、女の子は少しだけ穏やかな顔になり、ゆっくりと顔を上げた。龍之介が鋭い視線をぼくに向け、口元をにやりと歪ませる。
 今のぼくの言葉は嘘だ。今のも“|嘘の言葉《ペテン》”で彼女を信用させ、落ち着かせただけだ。こういうことのために龍之介はぼくを呼んだのだろう。
 でも嘘の言葉でも、彼女にとっては優しく温かい言葉に感じたのだろう。やがて決意したように女の子は消え入りそうな声で語り始めた。
「私……一年N組の野村《のむら》桃子《ももこ》です……。前に龍之介くんの噂を聞いて、それで、相談にしにきたんです……」
「相談?」
「はい……。私最近誰かに見られてるんです……。いつもいつも誰かに覗かれてるように思えるんです……。携帯電話や寮の電話に悪戯電話が何件もあったり……」
 なるほど。ストーカーか。
 よくある話しで、その多くがただの被害妄想の場合だったりするのだが、野村さんの様子を見る限り本当に怯えていて、実害があったのだろう。
「部屋の中が荒らされて……。でもお金とか盗まれてなくて……下着とかばかり……。それで、部屋には手紙が置いてあって『俺のこと学園側に話したら殺す。お前の友達もみんなどうなるかわからない』って書いてあって……私怖くて怖くて……もう誰の手も借りれなくて……」
 後半は泣きだしてしまい、嗚咽交じりで語っていた。学園の裏で動いている探偵部なら、情報が漏れることはなのだと思ったのだろう。そうして話を聞き終わり、龍之介は彼女を見つめ、にこりと優しく微笑む。
「それで、俺たちはそのストーカー男を見つけて、もう二度と悪さできないようにすればいいのかな」
「……はい」
「そうか、じゃあどうしようかな。とっ捕まえた後どうしようかな。指の骨を全部折って、口の中に石を詰め込んで顔を蹴ってやろうか。それともそいつの済む寮に火を放って何もかも失くしてやろうか。ああ、いっそ去勢してやるのが一番いいだろうね。ちょうど野球部からくすねてきた金属バットがあるからそれでナッツみたいにカチ割ってやろう。ああ、その時は桃子ちゃんもやるかい? きっとすかっとするよ。金玉を潰すとみんな猫みたいな変な声で鳴くんだ。面白いよ」
 満面の笑みでそう残酷なことを語る龍之介を見て、野村さんはさらに怯えてしまっているようだった。いや、ドン引きというのか。
「ああ楽しみだなあ。久しぶりに人を殴れる。きっと痛いんだろうなあ。俺にもその痛みがわかればいいのに。痛みがわかるやつが羨ましいよ。はははははは」
 ストーカーを拷問する想像をし、龍之介は恍惚の表情になっていた。頬を紅潮させ、目は天井を見ている。悪い癖が始まった。痛みが理解できない龍之介は、人が痛みに苦しむ様を見ることが何よりの幸福なのだと、そう言っていた。そのときこそが自分が生きていることが実感できるのだと。
 そんな龍之介を見て、野村さんはぎゅっとスカートのすそを掴み、足を震わせていた。ネチネチとした視線を向ける朝顔くんのほうは見ようともしない。ぼくのことはどう思われているのだろうか。さっきのペテンできっとぼくだけは信用できると思っているのか、助けを求めるような小動物のような目でぼくを見つめてくる。しかたない。
「落ちつけ龍之介。ストーカーへの報復方法はあとでいい。今はそのストーカーを見つけ出すことが先だろう。何か手はあるのか?」
「そうだな兄貴。でもそういうのは朝顔にまかせればいい。お前なら朝飯前だろ?」
 朝顔くんは怯えている野村さんを見て「はあはあ……」と荒い息遣いをしていたが、龍之介にそう言われると、きりっとした表情になり「当り前ですよ」と自信満々の表情になっていた。朝顔くんは席を離れ、部室の隅に山積みになっている機械類から妙な物を持ってきて、どかりとテーブルの上に置いた。
「これは?」
「盗聴器と盗聴発見器ですよ中也さん。誰かにいつも見られていると感じるのは多分そのせいです。恐らくカメラも仕込まれてるでしょうね」
「……ストーカーはともかく、なんでそんなものをキミも持っているんだ」
「いやあ、まあ、ちょっと趣味でボクも使うんで。ちょっとしたツテで学園外から送ってもらいました」
 へへっと照れくさそうに朝顔くんは笑っていた。ああ、彼が一番怪しいじゃないか。こんなのバレたら停学じゃすまない。いや、それはストーカーも同じか。けど“標的”と同じ知識を持つ朝顔くんは探偵部においてとても頼もしい存在になる。ぼくたちがやることは別に“正義”ではないのだから。
 ぼくたちがこんなことをしているのをアキ姉は知らない。知らなくていい。知ったらきっと怒るし、悲しむだろう。
「よし、じゃあ朝顔。お前は兄貴と一緒に桃子ちゃんと部屋に行って盗聴器と盗撮カメラを調べてこい。俺は聞き込みを始めるから」
 龍之介にそう言われ、ぼくは野村さんに「行こうか」と呼びかける。野村さんはびくりと肩を震わせているが「はい」と呟きゆっくりと立ち上がった。
「あの……よろしくお願いします」
「“大丈夫だよ。ぼくたちに任せて。きっとストーカーを退治するから”」
 ぼくがそう言うと、また桃子さんは安堵の表情になる。“|嘘の言葉《ペテン》”を使用するたびに、胸の奥がちくりと痛む。でもそれでいい。それでこの女の子が落ち着くのなら別にいいだろう。
「さあ野村さん。キミの部屋に行こう。ああ、|許可を得て《・・・・・》女の子の部屋に入れるなんて感激だなぁ。何年振りだろう。興奮しちゃうなぁ」
 朝顔くんはテンションを上げて、くるくると回転するようにどんどん先へ進んで行ってしまう。ぼくも彼に置いて行かれないように少し早歩きになる。すると、ぼくのブレザーの袖をちょいっと野村さんは引っ張った。
「どうしたの野村さん」
「あの……。こうしていていいですか。なんだか怖くて……」
 野村さんは震える声でおずおずとそう言い、ぼくの袖口をぎゅっと掴んでいる。きっと人と離れるのも恐ろしいのだろう。
「いいよ。じゃあ並んで歩こうか」
「……はい!」
 ぼくは野村さんの歩調に合わせゆっくりと歩きながら部室棟を出て、野村さんが住んでいる女子寮へと向かっていった。朝顔くんは野村さんの寮がどこにあるのかすでに知っているようで、勝手にどんどん進んで行ってしまう。やれやれと思いつつもぼくたちはその寮へたどり着いた。
 ぼくとアキ姉が住むボロアパートとは違い、大きくはないが真っ当な女子寮で、男のぼくたちが入れるのか疑問だった。とくに息を荒くして凄まじく怪しげな朝顔くんが一緒にいるので余計に怪しまれるだろう。ぼくはちらりと朝顔くんを見ると、不気味ににやりと笑っている。
「何を心配そうにしてるんですか。中也さんの“力”の出番じゃないですか。頑張ってください」
 そう言って朝顔くんはどんとぼくを突き出し、寮の受付へとぼくを押しやった。まったく、面倒は全部ぼくがやることになるんだからな結局。
 受付のガラス窓の向こうにいるおじいさんがぼくたちを不審そうな眼で睨んでいる。ぼくは背筋を伸ばし、ぺこりとそのおじいさんに挨拶をした。
「“こんにちは、ぼくは二年の夏目です。彼女、野村桃子さんの自室に少し用があるので入らせてもらってよろしいでしょうか。彼女の部屋の模様替えをするのに男手が必要なんです。決して迷惑をかけたり不純な動機があるわけではないので入室を許可してほしいのですが”」
 ぼくがそうおじいさんに言うと、穏やかな顔になり、「入っていいよ」と許可を出してくれた。これもまたペテンだ。総て真っ赤な嘘だ。
「さすが中也さん。さすがペテン師。あんな子供だましの出まかせで騙せちゃうんですから便利な異能ですねぇ」
 朝顔くんは大げさに手を上げて感心したように頷いている。まったく嬉しくないが、確かにラルヴァ相手には何の役にも立たない能力だけど、探偵部においてぼくほど便利な能力はないのだろう。だから龍之介はぼくをよく部活に巻きこむのだ。
「さあ野村さん行こうか。キミの部屋などこだい」
「三階の301号室ですよ中也さん。うふふ」
 黙っている野村さんに尋ねると、なぜか朝顔くんが得意げに答え始めた。
「だからなんでキミはそんなに詳しいんだ!」
「ボクは女の子のことならなんでも知ってますよ。特に高等部でレベルの高い女子の個人データならボクのPCにぎっしりと詰まってますからね。ふふふ」
 ストーカーより立ち悪いじゃないか!
 そう突っ込もうと思ったがもうバカらしくなってきたので、朝顔くんの言葉を無視し、ぼくたちはエレベーターで三階まで上がった。
「ここか。野村さん、鍵を開けてもらっていいかな」
「はい……あれ?」
 301号室の扉の前までたどりつき、野村さんにそう促したのだが、野村さんは鍵をガチャガチャとして首を捻っていた。
「鍵が……開いてます……」
 そう言う野村さんの顔は真っ青になっており、またガクガクと身体を震わせていた。鍵が開いてるだって、それはどういうことだ。ぼくは朝顔くんと顔を見合わせ、率先してぼくは中へ入っていく。
「ごめんよ野村さん。危ないから後ろからついてきて、先に入らせもらうよ」
 ぼくは真っ暗な部屋に入り、部屋の中に人の気配がないか神経を研ぎすまし慎重に足を踏み入れる。もっとも、戦闘訓練を受けていないぼくにそんな感性はないのだけれど。
 ぼくはそれでも手探りで照明のスイッチを入れる。ぱあっと光が部屋を照らし、そこにある光景にぼくは絶句するしかなかった。
 野村さんの部屋は可愛らしいぬいぐるみがたくさん置いてあって、ピンクが基調になっているごく普通の女の子の部屋だ。
 だがそこには異世界のような光景が広がっていた。
 ぼくの肩から顔を覗かせている野村さんは「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げ、そのまま膝をがくりと落としてしまった。
「野村さん。見ない方がいい」
 だがもう遅かった。それを見た野村さんがガタガタと震え、また泣き出してしまっている。
 無理もない、その野村さんの部屋には何百枚という写真がばらまかれていたのだから。
 部屋中にばらまかれているその写真を一枚拾い上げそれを見てぼくはぎょっとする。そこには裸でいやらしいことをしている野村さんの姿が映っていた。
「み、見ないで!」
 野村さんは必死な形相でぼくから写真をばっと奪い、泣きながら部屋中の写真をかき集めていた。
「見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで!!」
 泣き叫びながら写真を一人で集めるその姿はとても痛々しく、でもぼくたちは写真の内容もありそれを手伝うことができなかった。朝顔くんは足元に落ちていた一枚を拾い上げ、食い入るように見ている。その顔はすましているが内心とても喜んでいるかのようににやけている。
 数分後、ようやく野村さんは全部の写真を集め終え、無理矢理すべてゴミ箱の中へと突っ込んでしまった。
 そしてそのあと力尽きたかのように部屋の隅でうずくまり、声を殺して泣いてしまっている。追い詰められ、傷つけられ、その姿はもう見てはいられないものだろう。そう、普通の人間にとっては。
 だがぼくは彼女の悲しみが理解できない。
 彼女が悲しんでいるということはわかる。悔しいと思っているのもわかる。恐怖を感じているのもわかる。だけど理解《・・》はできない。自分にそんな気持ちが存在しないから、ぼくは野村さんになんて話しかけたらいいのかわからなかった。
「どうして……。どうしてこんなひどいことするの……」
「“落ちついて野村さん。今は大丈夫だから。今ここにはキミを傷つける人はいないよ。顔を上げて、話を聞かせて”」
 そんな言葉は詭弁だ。何の意味もない。普通ならば罵声を浴びせられるくらいに心の籠っていない言葉だ。だけどぼくの放つ言葉は総て彼女にとって肯定的なものになる。それがぼくの力だから。ぼくの偽物の言葉で発狂寸前だった野村さんは、なんとか落ち着きを取り戻し、泣きはらした真っ赤な目でぼくたちをぼんやりとした目で見つめてる。だけどまだその小さな肩は震えたままだ。
「さっきの写真はなんだったの?」
「あ、あんなこと私はしてません……。あの写真は全部嘘です……!」
「嘘?」
 嘘という言葉だけでぼくは少し過剰に反応してしまう。ぼくのことを嘘つきだと言われてるわけじゃないのに。
「アイコラですよ中也さん。アイドルコラージュです。つまり顔だけが野村さんで身体の方はどこぞのポルノ女優との合成でしょう。よく出来てますがボクの目は誤魔化すことはできません。よく見てください、この写真も実際の野村さんとはバストのサイズが全然違いますね。それどころか写真によって体型が違いすぎます。雑過ぎです。ボクならもっと上手くできるのになぁ。もったいないなぁ」
 そう言いながら朝顔くんはがさごそとゴミ箱に捨てられた写真もあさり始めた。途中ゴミ箱に入っていた野村さんの捨てたガムやハシなどをポケットに入れていたのだが、あえて目を瞑ろう。
「じゃあ誰かが野村さんを脅かすためにこんなのを作ったのか」
「でしょうね。そしてこの部屋にこんな写真がばらまかれていたってことは、ストーカーがこの部屋に入ったんでしょうね」
 確かにここのカギは開けられていた。誰かが侵入したのだろう。だけどどうやって? 鍵をどうやって開けた? ストーカーみたいな怪しい奴が簡単に女子寮に入れるのか? それこそぼくみたいに寮の女の子と一緒に入らない限り無理だろう。
 ぼくが考え込み沈黙が訪れるが、突然ぴりりりりという音が盛大に響き、その沈黙を破った。それは携帯電話の着信音で、野村さんのスカートのポケットから聞こえてきたものだった。
 野村さんは恐る恐る携帯電話を取り出す。ストーカーからは無言電話もかかってきていると聞いた。そのせいか電話を取る野村さんの手は震えている。だけど野村さんは発信者の名前を見てぼくたちに見せなかった明るい笑顔になった。
「あっくんからだ!」
 その顔はとても幸せそうで、愛おしそうに携帯の画面を見つめていた。
「あっくん?」
 ぼくと朝顔くんはお互いにぽかんとして顔を見合わせてしまう。
「あっくんは私の彼氏です。ちょっとごめんなさい」
 そう言って野村さんは涙をこぼしながらもとても安堵した表情をしていて。電話で彼氏のあっくんと会話をしているようだ。向こうの声は聞こえず、どういう会話をしているのかいまいちわからないがその顔はとても穏やかで、幸福そうだった。
 ぼくが異能《ペテン》を使って話しかけたときとは違う、自然で、本当の笑顔。ぼくのこの偽物の言葉では本当の恋人の言葉には勝てないのだろう。
「朝顔くん。せっかくだから今のうちに盗聴器やカメラを探そうか」
「そうですね。しかし意外でした。まさか彼氏がいただなんて」
 朝顔くんはコートから機材をがちゃがちゃと取り出し調査を始めた。ぼくはカメラが仕組まれそうな場所を探していく。すると大量に出てくる出てくる。ぼくと朝顔くんは床を這いずりながら会話をつづけていく。
「でも彼氏からしたらいくらストーカー調査っていっても男が二人も彼女の部屋に上がってる状況ってのはいやでしょうねぇ」
「そうかな。ぼくは彼女ができたことないからわからないよ」
「たとえば中也さんたちのアパートにおアキ姉が見知らぬ男の人を連れてきたらいやでしょう?」
「さあね。でもぼくはそいつを殺してしまうかもしれない」
 ぼくが嘘の表情を消して、素の言葉で言うと、朝顔くんは嬉しそうに爪をがりがりと噛みながらぶつぶつと何かを呟いていた。
「ふふふ。でしょうね。そう言うと思いました。やっぱり中也さんは素敵だなぁ。狂ってるなぁ。抱きしめたいなぁ」
 アキ姉に限ってそんなことはないだろう。でもアキ姉は騙されやすい。アキ姉はこの世に悪意があることを知らない。ぼくがしっかりしていないと駄目だ。アキ姉の綺麗なあの手を、他の男が触れるだなんて想像するだけで吐き気がしてくる。
 ぼくが抱えているこの黒い気持ちはなんなんだろう。「愛」や「嫉妬」なんて感情をぼくは持っていない。だとするなら恐らくこれは『独占欲』なのかもしれない。普段ぼくの手を引っ張ってくれるアキ姉が、他人のものになるのは許せない。
 ぼくにはアキ姉しかいないんだ。
 アキ姉がぼくを甘やかしたんだ。ぼくはアキ姉がいないと生きていけない。どれだけ自立しようとしてもアキ姉がそれを止めた。だからもうぼくは巣立ちの時期を逃してしまった。だからアキ姉だけが夏目家という巣から出ることは許せない。
「だいたいこれで全部ですかねぇ。結構な数がありましたね」
 汗をぬぐいながら朝顔くんは盗聴器や盗撮カメラをテーブルの上にどかりと置いていた。しかしこれだけの数を設置するなんてストーカーの執念は恐ろしい。するとタイミングよく電話を終えた野村さんが戻ってきた。そしてその盗聴器と盗撮カメラの山を見てまた顔をひきつらせていた。
「こ、こんなに……」
「どうしますか野村さん。全部処分する?」
「……は、はい。中を確認したくもないです」
 野村さんはそれらから目を背け、嫌悪と恐怖の表情になっている。
「朝顔くん。じゃあ壊してくれ」
「え? いや、ちゃんと中身確認しましょうよ。もしかしたら犯人の手掛かりがあるかもしれませんよぉ。そうだ、一回ボクが一度家に持ち帰ってじっくり調べて――」
「いいから。壊してあげて」
 ぼくが彼を睨み低い声で言うと、渋々鞄からトンカチを取り出して盗聴器と盗撮カメラに向かって思い切り振り下ろした。激しい破壊音が部屋に響きそれらは完全に粉々になって砕けてしまった。朝顔くんは「ああ勿体ないなぁ。結構いい値段するみたいだし。まだ中身見てないのになぁ」と残念そうに呟いている。まったく彼が家に持ち帰ったらコピーして私物にするだろうから止めて正解だ。それはさておきぼくはこれからどうするか野村さんに尋ねる。
「それで今晩どうしますか野村さん。こんなことがあったあとじゃこの部屋に一人で寝るのは怖いでしょう」
「うんうん。よければボクが今晩寝ずの番でここにいてもいいよ。ふふふ」
「……朝顔くん黙っててくれ。それで、寮の他の子の部屋に泊めてもらったらどうかな。最悪女子部員の初音くんを呼びだしてもいいし――」
 とぼくが言いかけると、野村さんは少しだけ朗らかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「いいんです。今あっくんから電話があってこっちに来てくれるって言ってました。あっくんは強いし身体強化の異能を持ってますから頼もしいんです」
 彼氏のことを自慢げにそう言う野村さんの顔は、ごく普通の女の子の顔で、怯えていた顔しかみていなかったぼくには新鮮だった。
「でも野村さん。彼氏が来るって、ここ女子寮なんだから無理じゃない?」
「ううん。ここはそんなに規則が厳しくないんです。あっくんは受付のおじいさんとも仲良しだからきっと通してもらえますよ。だから今日は大丈夫です」
 野村さんは涙を拭き、頬を染めてそう言った。
「そう、なら安心だね。じゃあぼくたちはもう帰るよ。彼氏とハチ合わせても面倒だし」
「もう帰るんですか中也さん。ボクはもう少し女の子の部屋の臭いを堪能したい……怖いから睨まないでください中也さん。帰りましょう。ええ帰りましょう」
 朝顔くんは猫背のままそそくさと外を出ていき、ぼくも帰る支度をする。寮の玄関先まで野村さんは見送りをしてくれ、ぼくたちはそこで別れた。
 外はもうどっぷりと日が沈み、闇が訪れている。冬の寒い空気が頬を切るように冷たく、ぼくはマフラーを首に巻いた。手もかじかんできたので手袋を持ってこればよかったなと後悔する。
「それじゃあ中也さん、ぼくはここで」
 十字路の中心で朝顔くんは白い息を吐きながらそう言った。ぼくと彼は住んでいる場所が違うので、ここで別れることになった。
「ああ、じゃあまた」
「明日も部室に顔出してくださいね。まだ野村さんの件は終わっていないんですから。盗聴器と盗撮カメラをはずしただけで実質何も解決してませんからねぇ」
「わかってるよ。どうせ龍之介に呼びだされるさ。じゃあおやすみ」
 ぼくは朝顔くんに手を振り、別れを告げそのまま真っ直ぐ歩いていく。
 この道は人が少なく、街灯もあまりないから少し不気味だ。ぽつりぽつりと家はあるのだが明かりがついていない。
 ぼくは今日のことを整理していた。
 ストーカーは一体どうやって、いつ野村さんの部屋に入ったんだろうか。盗聴器や盗撮カメラをあれだけ仕込むのはけっこうな手間だ。
 ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、目の前に人影が見えた。
 切れかけてチカチカと点滅している外灯の下にレインコートの人物が立っている。フードを眼深に被り、顔半分がマスクで隠れていて表情が見えない。なんだあの人は。
 ぼくは不審に思いながらもさっさと通り過ぎようと思い少し早歩きで直進していく。だけどそのレインコートの人物とすれ違う瞬間、
「探偵部のやつだな」
 という低い声が聞こえた。
「え――」
 とぼくがその人物のほうを振り返ろうと思った瞬間、凄まじい衝撃がぼくの腹部に走った。視界が揺れ刺すような痛みが胃を破壊していく。その勢いのままぼくは吹き飛んでしまい、ゴロゴロと地面を転がっていく。痛みと衝撃のせいで自分が壁にぶつかっているのか地面に倒れているのかわからなくなる。
 なんだ。何が起きたんだ。
「がはっ――……ぐっ」
 胃液が逆流してきて、ぼくは思わずその場に吐き散らしてしまう。息が乱れ上手く呼吸が出来ない。なんとか気絶しないようにふんばりながら、ぼくはゆっくりと視線を上に向けていく。
 そこにはさっきのレインコートの人物がぼくを見下ろすように立っていた。目だけがマスクとフードの間から覗かせている。その目は恐ろしいまでに深い黒で、ぼくを、虫ケラのように睨みつけていた。こいつがぼくを蹴ったのか。なぜだ。
「きみは……」
 ぼくが呟きかけると、その人物は足をぶんっと振り、今度はシューズのつま先でぼくの顔面を思い切り蹴り抜いた。顔の中心に痛みが集中し、目の前にチカチカと火花が散るのが見えた。鼻がじんじんと熱湯をかけられたように熱く、手で鼻を触るとドクドクと血が洪水のように溢れだしてくる。
 あまりに容赦のない暴力。ぼくは地面に顔を伏せ声すら上げることができなくなっていた。うつ伏せになっているぼくの上に、その人物は足を乗せ、ぼくの耳元に向かってその低い声を発していた。
「野村桃子から手を引け。これ以上踏み込むならこれだけでは済まさない」
 ぞっとするほどに冷たく、容赦のない言葉。
 レインコートの人物は、ぼくの腕ぎりぎりと締め上げ、肩の付け根に足をどすっと置いた。
「“やめろ、助けてくれ。ぼくは探偵部じゃない!”」
 ぼくは“ペテン”を使い、その人物に訴えかけるが、その人物は離れてはくれない。ぼくのこの能力は微弱なものだ。相手に話を聞く気がない場合、ぼくの言葉はなんの力も持たない。偽りの言葉は、所詮偽りでしかないのだ。
「今日は腕一本で許してやる。次は無い」
 痛い。ゴキゴキという嫌な音が響き、その人物はぼくの腕をへし折ろうとしていた。
 凄まじいまでの激痛がぼくの右腕を支配していく。まるで電流を流されながらハンマーで殴られているかのように激しい衝撃。折られる。腕を折られる。
 でもぼくは、そんな事態になっているのに、恐怖を感じていなかった。
 吐き気を覚えるくらいに、気絶してしまいそうなほどに痛みを感じているのに、それでもどこか別世界での他人の出来ごとのように感じていた。
 そんな中途半端に腕を折るだとかなんて駄目だ。
 殺せ。
 どうせなら殺してくれ。
 この嘘の人生を終わらせてくれ。
 そんなことをぼんやりと考えている間も、みしみしと腕は悲鳴を上げている。だけど腕の痛みが限界を超える寸前に、
「兄貴いいいいいいいいいいいいいい!!」
 という怒声が遠くから聞こえ、ぼくの上に乗っていたレインコートの人物の体重がふっと消える。
 ぼくが顔を上げて視線を向けると、レインコートの人物はその叫び声の主に衝突されて一緒に地面を転がっている。突然の突貫に驚いたレインコートの人物は、頭を押さえながら混乱していた。その間に叫び声の主はぼくのもとへと駆け寄ってきた。外灯に金の髪が照らされ、ゆっくりと輪郭を浮かび上がらせていく。
 その金髪の男はぼくの良く知る人物だった。
「龍之介……?」
「大丈夫かよ兄貴!」
 龍之介が心配そうにぼくの肩を抱いている。腕はもう痺れて腕の感覚がおかしくなってしまっているようだった。
「……どうしてここに?」
「朝顔のやつに電話したらもう帰ったって言ってたから、それで迎えに来たんだけど……。ひでえなこれ。どう兄貴、『痛い』ってどんな感じなの?」
 龍之介は心配そうな顔をしながらも興味津津にぼくの傷口や痺れている腕をぐいぐいと押してくる。やめろぉ!
「それにしてもあいつは誰なんだ」
 龍之介は視線をぼくからレインコートの人物に移した。そいつはゆっくりと立ち上がり、とんとんっとフットワークととって拳を構えている。テレビで見たことがあるボクシングと同じスタイルだ。
「へえ、あんた俺とやり合う気?」
 龍之介は不気味な笑みを浮かべながらレインコートの男を睨みつけていた。まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「いいぜ、来いよ通り魔! 俺に『痛み』を教えてくれよ!」
 目をギラギラと輝かせ、龍之介は挑発するように手を広げている。やめろ。相手は手強い。無茶するな。そう怒鳴りたかったが、痛みと苦しさで声がでず、ひゅうひゅうと喉から息が漏れるだけだった。
 だが、レインコートの人物はその挑発に怒りを覚えたかのように外灯の柱に向かって拳を思い切り叩きつけ、激しい轟音が響き、その外灯の柱はひん曲がってしまっていた。それを見てさすがの龍之介も少しだけ眉をぴくりと震わせた。
「へえ、その力普通の人間じゃねえな。異能者か……」
 龍之介はぺろりと指を舌で舐め、品定めするように向こうから仕掛けてくるのを待っている。
 しびれを切らしたレインコートの人物は、ふっと駆け出し風のような早さで龍之介のところまで突進してきた。だが龍之介はよけようともしなかった。その人物が右ストレートで龍之介の顔面を殴りつけ、激しい音が響いたが龍之介は少しだけのけぞっただけですぐに顔を上げていた。顔はぐちゃぐちゃに潰れていて、鼻血で悲惨な顔になっている。
 だが、それでも龍之介は不気味に笑っている。
「ははははは! どうした、全然わかんねーぞ。お前が俺に『痛み』を教えてくれないなら、お前の『痛み』を教えてくれよ!」
 その龍之介の反応に、レインコートの男は少しだけひるんだように引き下がろうとしていた。だが、その瞬間を龍之介は見逃さなかった。
 龍之介はポケットから何か黒い物を取り出していた。
 スタンガンだ。しかも凄まじく強力な、違法改造のスタンガン。龍之介がスイッチを入れると「バチバチバチ」と激しい音を立てて青く光っている。
「逃がさねーよバーカ」
 龍之介はその人物の腕を引っ張り、その少しだけ見えている顔の部分に思い切りスタンガンを叩きつけ、電流を流した。
「ぎゃああああああああ!」
 絶叫とともに肉の焦げる匂いがぼくの鼻先を刺激し、その人物は顔を必死に抑えながら全力で逃げ出してしまった。
「おい逃げるんじゃねえ! もっと、もっと『痛み』合おうぜ!」
 龍之介は鼻血をまき散らしながら逃げていくその人物の背中に向かって叫ぶ。だがもうそいつは夜の闇へと溶け込み、見えなくなってしまった。
 龍之介も深追いはやめたようで、ふんっと鼻の穴を片方押さえて息を噴き出し、鼻に溜まってる鼻血を総て出し切っていた。
「兄貴。大丈夫か?」
 血だらけの顔で爽やかに笑う龍之介の笑顔見て、ぼくは安心してしまい、ゆっくりと意識を失っていった。
 ひどく眠い。
 疲れた。





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