【ある中華料理店店員の選択】 その4B


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【ある中華料理店店員の選択】 その4B



8.ある中華料理店店員の選択

「俺は……」
 正面に立つ少女の姿を見据える。
 重大な事件に巻き込まれたというのに、寝っぱなしで気付きもしない。
 中身が違うせいで何時ものニヤニヤとした人を小馬鹿にする表情もない。
 見た目はほとんど同じなのに全くの別人。
「出来るなら、また見たいよなぁ」
 思い出すのはほとんどがチャーハンを食べている姿。
「また作って、馬鹿やってってな」
 壁を見る。
 先ほど穴を開けた部分はもう完全に塞がり、本当に穴があったのか分からないくらいだった。
 今の疲労感からするとさっきの発勁は打てて残り4発。
 しかも1発では道を作ることすら出来ない。
 だけど、と拍手は一つ息をついてからこぼす。
「神様、やっぱ無しだ。生き汚いって言われようと俺やっぱり生きるほうに賭けてみたいわ」
 それに、と続け、
「壁の向こうでは多分誰かが俺たちを探してくれてる。まだそこに希望はある」
 どうなるか分からないが、出来る限り最後まで足掻いてみよう。
「……そうか」
 無表情から一転して何か言いたそうな顔をする神様。
「ならばどうする、このまま座して死を待つつもりか?」
「いんや、死なぬ努力をするさ」
 見栄を切った。
 何か方法があるはずだ。
「努力、か。まぁ何をするにしても考えるだけならば座って足を浮かせておけ」
 神様が場の中央に座り込む。
 胡坐を掻いているところを見るに、再び瞑想に入るのだろう。
「足? なんで?」
「貴様の能力は足を通して地から力を吸い上げるものと言っただろう。足がついていなければ発動せん」
 胡散臭さを感じた拍手だったが、とりあえず言われるとおりに座り足を上に向ける。
 足を地面から引き剥がすと張り付いた糸を引きちぎるような抵抗と共に紋様が地面から剥がれ、足に纏わりついた。
 完全に紋様が消えると同時に拍手の体の発光が急激に弱まっていく。
 ジリジリと縮まっていた場も力を吸い上げられなくなったことにより動きを止めた。
「神様、この体制結構ツライんですが……」
 上げた足を生まれたての子鹿の様に震わせて拍手が言う。
 座ったまま後ろに手を着いて両足を上げる、傍から見れば非常に間抜けな格好な上に腹筋と背筋への負担が凄まじかった。
「知らん、少なくとも行動を起こすまではそうしておれ」
「えええええ」
 拍手が股の間から神様を見る。ようするに尻を向けていたのだ。
 相手が瞑想して目を瞑っているからと好き放題だった。
「その能力、恐らく能力者の限界を気にせず吸い上げる類であろ。何かするまで膝より下をつけるな」
「無茶言うなぁ」
「その無茶を通そうと言うのだ。その程度堪えて早く考えい」
「へーい」
 しかし、そんな無茶を通す方法があるのだろうか。
 拍手は間抜けな体勢で考える。
 打てて4発の発勁がこちらに残されたカード。
 しかも4発目を打てば間違いなく拍手は気絶するだろう。
 その上一発打つごとに場が狭まってしまうというペナルティまである。
 更には拍手の足に纏わりついている能力の紋様。
 初めての発動なので限界が分からない。
 足を上げることで省エネモードみたいになってはいるが、ぶっちゃけると何時解除されてもおかしくは無い。
「厳しいねぇ」
 酷い詰め将棋だ、拍手は思う。
「そうそう、言い忘れておった。この畜生じゃが、場で封じているようなものでな。場が狭まれば起き出すかもしれん」
「げ、まだ条件キツクなんのかよ。てか、それもっと早く言うべきでしょう!?」
「やかましい、早うせい」
「ちっくしょ、外道巫女の神はやっぱ外道かよ」
「……この場でなければ最大級の縛を掛けてやるものを」
 瞑想中の神様の眉間に皺がよる。
 神様と呼んではいるものの、すっかり普段のクラスメート相手の会話に近くなっていた。
 だが、それが拍手には心地いい。
 ピリピリとした緊張感で張り詰めているよりは何か良い案が浮かぶ気がした。



 そして約20分が経過。
 神様が瞑想をして維持に努めているとはいえ、場が少し狭くなっていた。
 拍手は完全に背中を床に着け、膝裏を抱え込んで寝転がっている。
「これしか無いかな、やっぱり」
 そう呟く拍手の脳裏に一つだけ、一か八かの手段があった。
「神様、一つだけ思いついたよ」
「そうか」
 返す神様の額に汗が流れる。
 場に二人いること、拍手が能力を発動した際に吸い上げた力のせいでそれまで均衡していたバランスが崩れてしまった。
 負担分を神様の力で補ってはいるが、二礼の肉体への負担が大きかった。
 瞑想を中断して神様が目を開く。
「貴様は何をしとるかぁっ!?」
「え」
 目を開けたとたん視界に入ってくるのは拍手の尻。
「あ、いや、足上げろって言われたんで」
「死ね!」
「酷いなおい! そうならない為に考えてたんじゃねぇか!!」
「いいや、今死ね! すぐ死ね! 骨も残すな!!」
「何処の魔人公爵だ。まぁ動くよ、決めたら早い方が良い」
 激昂する神様を置いて拍手が足を下ろした。
 再び花が開くように畳み込まれていた紋様が場に張り付いていく。
「今から3発打ち込む。出来れば神様瞑想しててくれ」
「……良いだろう、それで?」
「終わったら駆け抜ける」
「愚策よな」
「それしか思い浮かばなかったんだよ」
 体から漏れる魂源力で僅かに発光させながら拍手が言う。
 床を見ると場に食いついている紋様の端が歪み消えつつあった。
 それ以上の策を考えている余裕が無かったのだ。
「無理ならどうする?」
「そんときゃ最後の一発打って何とか開けるから神様だけ行ってくれ」
「始めから命を捧げていれば早いものを」
「ダーメ、俺も生き残りたいんだ」
 両手をぶらぶらと振って、軽く準備運動。
 今回は連射、今までやったことの無い技だがやるしかない。
 何時もよりも大分広く足を開き、両手を離して壁へ。
「さぁ、頼むから上手くいってくれよ!」
 踏み込み、両手に力を。
「くぅっ!」
 場から力を吸い上げる。
 神様が場を固定させるため力を使い小さく悲鳴を上げた。
 拍手の両手が輝き、
「はぁっ!」
 気合の裂帛《れっぱく》が入る。
 同時、両手より白い光が膨れ上がって弾けた。
 光は壁に対して垂直ではなく僅かに両外へ向けて伸びていく。
 その間に人一人分程の厚みを残して。
「これで、どうだ!!」
 右手は腰に。
 左手を壁から柱のようになった部分に当て、放った。
 三本目の光が薄くなった部分を引き裂き道を作り、石化している表皮に達し盛大なヒビが入る。
 厚みはおそらく数十センチはあるが、おそらくあの程度なら最後の一発を入れて神様に引っ張り出してもらえば何とか出れる!
 黒い壁には余裕で人が出入りできそうな大穴が出来ていた。
「よっし、出るぞ!」
「うむ!」
 拍手がそう判断して後ろで瞑想している神様を胸に抱きかかえる。
 安全地帯だった場を越え、黒い肉片が沸騰したように泡立ち水っぽい音を立てて降りしきる隙間へ。
 コンクリートに偽装されている表皮部分、厚みは数十cmはありそうなそれに手を当て、
「……え?」
 拍手の膝が落ちる。
 足に展開されていた紋様がほとんど残っていない。
 場から出たために能力を維持するほどの根源力が保持できなかったのだ。
 靴の下に広がっているのは黒い壁の一部、力を吸い上げられるようなものではない。
「抜かりおって!」
 神様の手から石が四方に飛ぶ。
 口が高速で祝詞を紡ぎだしほんの僅かな場を再構築した。
「クソッ!」
 拍手が膝をついたままコンクリートを殴りつける。
 大きなヒビが大量に入ったそれが、崩せない。
 それだけではなかった。
 能力が終了し、拍手の体にその代償が重く圧し掛かる。
 急激な疲労感。
 そして白くなっていく意識。
 後一発の発勁を打つことなく肉体と精神が限界を迎えていたのだ。
「ぐううっ」
 唇を血を流すほど強く噛み、意識を保とうとする。
 しかし、徐々に体から力が抜け自由が利かなくなりはじめていた。
「まずいな、これは」
 さっきまでとは違い白い壁に力無く爪を立て、それを割りながらも血のあとを残しても抗おうとする拍手を見て神様が言う。
 場は咄嗟に張りなおした急拵えのもの、長くは持たない。
 さらに、
「キイィィ……」
 この場の主が場という封印から目覚めようとしていた。
 今まで進んできた道が一気に黒い壁で埋まる。
 最早後戻りすら出来なかった。
「ギキィィッ!」
 場の周囲に黒い触手が跳ね回る。
 ガリガリと場が構成する壁を削ろうと棘を突きたてた。
「拍手、もう……無理じゃ!」
 神様が悲鳴を上げる。
 これ以上は場を持たせることすら危うい。
 もし場を潰されれば神様の塒《ねぐら》に二礼を非難させることも出来なくなる。
「うぅぅ」
 返す言葉を繋ぐことすら出来ずに拍手が唸る。
 棘の一本が場の壁に穴をあけ、舌なめずりをするかのように神様の前髪に触れた。 
「触るな畜生風情が!」
 神様の声に応えるかのように鋭くとがった先端が大きく膨らみ、中から白い球体が黒い表皮を割って顔を覗かせる。
 不気味に震え、生理的嫌悪を覚えさせる動きを伴いながら球体が回転した。
 やがて隙間から縦に裂けたものが見える、球体は目だった。
「キキキキ」
 隙間は弓なりに歪み、声は嘲笑を思わせる。
 転がり目玉が意識を覚醒させ、夏の日に欠片となり生き延びた原因。
 復讐を誓った捕らえ追い込んだことを理解したのだ。
 転がり目玉は、片方は既に虫の息でもう片方は抵抗をしているが大量の命を食らい力を蓄えたその身には無力に等しいと思った。
「キィーッ!」
 場に侵入していた棘が途中で枝分かれ、神様の周囲に浮かぶとそれぞれの先に目玉が生まれた。
 二人の命は完全に転がり目玉の手の内。
 場が構築していた障壁にヒビが入っていく。
 もう神様が二礼を逃がすことも出来ない。
 二人が死を覚悟したその時、赤い粒子が二人の背後、ヒビの入った壁の向こうから零れだした。
 そして聞こえる声、




「ガナリオン、クルァァァァァッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」




 轟音と衝撃を伴って、赤が黒を引き裂いた。
 崩れ落ちていた拍手が顔を上げ、神様に光が戻る。
 目の前にはカーネリアンの装甲を輝かせ、赤い粒子を炎のように巻き上げた背中が見えた。
「俺、参上!」
 そう言ってポージングを決める。
 乱入者の名はガナリオン、元の名を木山仁《きやまじん》。
 拍手の仲間だ。


 希望が、やってきた。










「ギイィィィィィッ!」
 転がり目玉は苛立っていた。
 あと少しで屈辱を果たせたはずが、弄ぼうとしたせいで邪魔者の乱入を許してしまったからだ。
 しかし転がり目玉は怯まなかった。
 上空へ飛ぶと千切られた体を集め、下にいる三つの人影を押しつぶすために降下する。
 たとえ先ほどのような攻撃を受けても、膨れ上がった肉体全てを消し去ることは出きずに潰しきり肉体の一部にしてやろうと思った。
 だが、それは裏切られることになる。
「甘いな!」
 第四の人物が4m四方の空間へ飛び込んできたのだ。
 風を引き裂き、ショートカットの短い髪を靡かせ、耳のピアスを光らせて彼女が両手を天に向け叫ぶ。
「吹き飛べ!」
 両腕の周囲に展開された空間より膨大で暴力的な空気が吹き上がり、落下しようとしていた黒い肉体を逆に空へと押し上げる。
 転がり目玉はそれに抗うために肉体を変化させ周りのビルに突き立てた。
「ギイィッ!?」
 そんなもので止まるはずが無かった。
 そう、止まるはずが無い。拍手のバイト先大車輪の顔見知りである彼女の名前はワールウィンドの皆槻直《みなづきなお》。
 その風は多少成長し、肉体を肥大させた程度の下級ラルヴァが抗えるような代物ではない。
 ビルの一部を削り取りながら転がり目玉は風に運ばれていく。
 やがてビルの高さを越えて宙へと舞い上げられた。
「ギシャァァァ!」
 だが舞い上げられただけ、転がり目玉にダメージは無い。
 掴むものの無い宙では動くことは出来なかったが下から吹き上げる風は威力を減らしている。
 じきに重力が勝ち地に下りることになるだろう、そう転がり目玉は考えた。
 そこに聞こえてくる声。
「オッケーオッケー、バッチリよー!」
 転がり目玉の無数の瞳が一斉に聳え立つビル郡の屋上を見る。
 左腕は真上を、右手は浮かぶ転がり目玉を捉え、スカートを靡かせた少女がいた。
 都会特有の人工光が照らし出す表情に笑みが浮かぶ。
「死ね!」
 物騒なセリフと共に向けられた右手から無数の火弾が飛び、
「ギガァッ!?」
 転がり目玉の体を抉り、大量の穴を開けていく。
 空中に逃げ場など無い。
 だが、抉られ減らされはしたが致命傷には至っていない。
「ギイィィィィ」
 転がり目玉は考えた。
 このままでは危ないのではないか、と。
 地に落ち、逃げても終われる可能性がある、と。
 そこで転がり目玉は成長したことで得た力を使うことにした。
「何あれ!?」
 ビルの屋上、先ほどまでノリノリで対空砲火を放っていた少女、拍手と同じ2-C所属の六谷彩子《ろくたにさいこ》が叫んだ。
 穴だらけになったとはいえまだ塊だった肉塊がバラバラの球体へ分裂していくのを見たためだ。
「ギキ、ギキキキィ」
 これが転がり目玉の力だった。
 己の核を宿した肉体とは別に、残った肉体にも幾らかの自我を与えて切り離す。
 路地裏の奥に本体を隠したまま食料にありつくに進化した結果得られた能力。
 分体がいくら潰されようが、核を持つ本体が生き延びれば残りを集合し元の肉体へ戻ることが出来る。
 逃げ切れることを確信した転がり目玉だったが、やはり甘かった。
「ギ?」
 六谷とは別のビルの屋上、二人の少年が立っている。
 片方の少年が的確に転がり目玉の本体を捉えていた。
 しかしそれが伝わりにくいのかもう片方の少年に文句を言われている。
「ドラ、あそこのやつだ!」
「あそこってどれだよトラ!」
「いいから打てよ!」
「この距離だと効くか分からないが……よし!」
 ドラと呼ばれた方の少年が腕を構え、正拳突きを空《くう》にむけて放つ。
 その技は空手の一つ、空を裂く拳に乗せられた衝撃波が転がり目玉の本体の真横にいた分体を引き裂いた。
「あー! おしい!!」
「なんだ、外れたのか?」
 本体を指差していたほうの少年、名前を中島虎二《なかじまとらじ》。
 正拳を放ったほうの少年、名前を錦龍《にしきりゅう》。
 共に1-B所属であり、神楽二礼のクラスメートだった。
「ギー!」
 ビルの屋上に着地した転がり目玉が号令を出す。
「キー!」
「ギキー!」
「キキー!!」
 分体たちがそれに答え、四方八方へと散り散りになって逃げていく。
 転がり目玉もそれに紛れるようにして逃げ出した。
「うわぁ、気持ち悪ーい」
「どうするんだこれ?」
 また別のビルの上には背がちぐはぐなコンビがいた。
 背の高い方の少年が手に持った特殊警棒で向かってくる分体を倒していく。
 小さいほうも前へ出ようとするが、横から来た少女に止められ背後に回される。
 丁度そこに襲い掛かろうとした分体が三枚に下ろされた。
「もう、千乃は危ないことしなくていいの怪我したら危ないじゃない」
「わぁい、春ちゃんかっこいい!」
 猫耳を生やしてその爪で引き裂いたのは春部里衣《はるべりい》。
 千乃と呼ばれ、歓声を上げたのが有葉千乃《あるはちの》。
 そんな二人を特殊警棒で肩を叩きながら笑って見ているのが召屋正行《めしやまさゆき》。
 三人とも拍手の友人であり、クラスメートである。
「結構な人数が来てる筈なんだけど、これは処理しきれないんじゃないか? よっと!」
 召屋がまた一匹を倒して言う。
 他のビルの屋上にも拍手と二礼のクラスメートや知り合いが集まってきていた。
 分体は密度を薄くでもしたのだろうか、普通に手で殴って倒す者もいるほどに弱い。
 その分を数に回したのだろう、その数は恐ろしいほどだった。
 総出で倒しにかかるが、このままでは間をすり抜けて逃げ切るものが出る。
 皆がそう考えた時、

「 我が地上の日々の追憶は 永劫へと滅ぶ事無し」

 歌が聞こえた。

「 その福音をこの身に受け 今此処に来たれ 至高なる瞬間よ 」

 月と星の光のしたで一人の少年が歌を紡いでいく。

「  時よ止まれ、お前は――美しい! 」

 叫ぶ少年の背後で、悪魔がその身を見せた。
 少年の名前は時坂祥吾《ときさかしょうご》、時計仕掛けの悪魔の名は永劫機メフィストフェレス。
「メフィストフェレス!」
 少年の呼びかけに答え悪魔が手を振る。
 直後、逃げようとしていた分体全ての動きが止まった。
 メフィストフェレス、その能力は「時間の流れを堰き止める」こと。
 次いで少年が叫んだ。
「時空回帰呪法《クロノス・レグレシオン》!!」
 堰き止められた時間は力となりて分体を打ち砕いていく。
 残っていた分体はその一撃で全て消え去った。
「凄いなあんた、何者だ?」
 近くにいた一年が時坂に声を掛ける。
「通りすがりの永劫機使いだ、覚えておけ」
 時坂が手を振ると背後のメフィストフェレスが空間をゆがませてその姿を消し、一人の少女が現れた。
「また祥吾さんはそういう事を言う……」
「いや、ここはこう応えるべきだろう?」
 最近見た古い動画のポーズを真似た時坂が少女、メフィストフェレスの仮の姿とやり取りをかわした。




 転がり目玉は焦っていた。
 分体は全て倒されてしまった。
 もう残されているのはわが身だけ。
 幸いに先ほど分体の動きを止めた力からはギリギリ有効範囲を逃れていたために倒されることは無かった。
 また潜み、力を得よう。
 暗い路地を隠れるように転がり目玉は走る。
 その前に、痩身の女性が立ちふさがった。
 お下げ髪を肩から垂らしたその女性が口を開く。
「あなたは一番してはいけないことをしました」
 転がり目玉は警戒する。
 相手がどんな能力を持っているか分からない。
 分からないが、見て理解した。
「私の生徒に手を掛けようとするなんて、私は絶対に許さない!」
 コイツは脅威ではない、と。
「キシァァッ!!」
 歯をむき、飛び掛る。
 食うことが出来れば大幅に力を取り戻せるだろう。
 だが、それもやはり不可能なことだった。
 転がり目玉はこの双葉島でやってはいけないことをやってしまったのだ。
 その身に十文字の切れ目が通っていく。
 余りの速度で振るわれた刃は転がり目玉がその主を認識することもさせずにその命を奪っていた。
「猫達の仇、確かに」
 手に持つ二つの刀、黒陽と月影を振り切って残心を終わらせた少女が立ち上がる。
 制服の腕には風紀委員長の文字が刻まれていた。
「春奈先生、無茶は困ります」
「ごめんなさい逢洲さん、一言だけどうしても言いたかったの」
 お下げ髪の女性の名は春奈・C・クラウディウス、あだ名を金剛の皇女《ダイアモンド・プリンセス》。
 二礼探索の協力者ミズ・ダイアモンドであり、1-Bの担任教諭だった。
 春奈に苦笑を返すのは風紀委員長の逢洲等華《あいすなどか》。
「これで、終わりですね?」
「ええ、全て」
 二人は頷きあうと、路地裏から皆が待つ場所へと姿をけした。



 こうして夏から続いた事件は終わりを迎えた。

 その後のことだが。
 木山と皆槻に現場から運びだされ風紀委員に見つかった拍手敬だったが出島の記録自体が一切無く、お咎めも無しに一週間の入院生活を送ることになる。
 救出された神楽二礼は一切ことのあらましを知らず、目を覚ましたときの第一声は「腹が減った」。
 心配して駆けつけた仲間全員が思わずため息をつくほどの能天気さであった。




 これが、この事件の全てであり。
 ただの中華料理店店員だった拍手敬が選択し、掴み取った未来である。














「と、いうことだ分かったか?」
 暗幕で闇に染まった部屋の中で誰も座っていない椅子に向かい、言い聞かせる様にピエロのマスクを着けた少年が呟いた。









                               ある中華料理店店員の選択 ハッピーエンド 完


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