【Avatar the Abyss 2 プレイヤーキラー後編】


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ラノで読む
 7/

 双葉学園の都市計画の途中で廃棄された廃路線がある。
 鋼はそこに座っていた。理由は無い。だが何となく、ここだと思ったのだ。狩場はここだ、と。
 そして……
「よくここが判ったな」
 果たして、獲物はやってきた。
 新とベルだ。それが鋼と相対する。
「お前がゲーム内でPKしてるエリアだ」
「ほう」
「今までの被害者はそこに似てるところばかりだった。そしてそこをぐるりとローテーションしてる。なら次はここ、って訳だ」
「なるほど。知らなかったよ、自分では適当に選んでるつもりだったが……なるほどな、つくづく業が深い」
 鋼は自嘲する様に笑う。なるほど、自分で気づいてみればなんともつまらないものだった。ただ無意識にゲームでの癖が出ていた。いや、まさにゲームと現実を混同していたという事か。
「そしてアヴァター使いが通りがからなかったら、ネットの掲示板に書き込んで誘い出す、か。適当なんだか周到なんだか」
 アヴァタールオンラインのプレイヤーが作った掲示板の中に、それらしき書き込みがあったのを新は見つけた。それは先日の記事だったが、つまりはそういうことなのだろう。
「獲物がいなきゃ誘い出す。狩りの常套だ」
「狩り、かよ」
「ああ。ゲームも現実も同じ事だ。ただ、殺す」
「……」
 相変わらずの物言いだ。何もかも自分には意味がないと言わんばかりの殺意。殺すというだけの言葉にこんなにも重みがあるとは、新は知らなかった。だが……それでも、脚の震えと全身の寒気を押し殺す。
「何故こんな事を」
「俺が、人間だからだ」
「?」
「欲望のままに際限なく襲い、殺し、食らい、満たす。それは獣の所業だろう? だが人は自らにノルマを課す事が出来る。だからだ」
 そう薄く笑いながら、鋼は立ち上がる。
 実に身勝手な理由だった。そんな事のために、人を襲い、ゲーム感覚で……繭とまうを引き裂いたのか。
「……てめぇ」
 新の心に、恐怖とは別の何かが火を灯す。それは恐怖を消すほどのものではなかったが、だがそれでも……脚を一歩前に出すには充分だった。
「だったら、てめぇがそうされる事も当然ってことだよなあ!」
 新は叫ぶ。自分の恐怖を押し潰すように。虚勢を張る。
「やってみろ」
 その怒声を、鋼は涼しく受け流し、そしてカードを取り出す。

<Avatar Summon>

 電子音声が響き、それがその首無し騎士の名を告げる。

<Dullahan>

 鋼を守るかのように、戦車に乗ったデュラハンが、ナイトデッドが現出する。
「お前が今日のノルマだ。その命、俺がもらう」
 その死の宣告を真っ向から受け止めて、ベルが傍らの相棒に問う。
『新、神にその身を捧げる覚悟はあるか?』
「そんなものはない。だけど、共に戦う覚悟ならある」
『上等だ』
「いくぞ!」
 カードをセットする。

<Avatar Unite>

 電子音声が鳴り響き、そしてベルの身体が砕け散る。

<Belzebuth>

 光り輝く花弁となったベルの身体が、新の身体に纏われ、そして白い戦士の姿へと化身する。
 髑髏の紋様を刻んだマフラーが風にたなびく。
 幻想神格《アヴァタール》ヴェルゼヴァイスが、ここに光臨した。


「はああああっ!」
 ヴェルゼヴァイスが走り、跳躍。そして拳をナイトデッドに叩き付ける。
 衝撃と轟音。火花が散り、暗くなった廃路線を照らし上げる。
 それを槍で受け止めるナイトデッド。だがその威力は槍を伝い、衝撃を叩き込む。手ごたえはある。決定打ではないが確実にダメージは与えられている。
「うりゃああっ!」
 戦車の上で続いて二撃、三撃と拳や蹴りを繰り出す。だが、拳を槍の柄で絡め取られる。
『拙いっ! 離脱だ新!』
「! おうっ!」
 その柄を支点に身体を捻り、蹴り上げる。その反動で脱出し、距離を取る。
「……危なっ」
『槍だけ、ではなかったか』
 冷や汗が背中を伝う。もしもう少しタイミングがずれていたら、ヴェルゼヴァイスは串刺しにされていただろう。ナイトデッドがいつの間にか左手に持っていた剣によって。
 距離を取りながらヴェルゼヴァイスは走る。
『新、ヒットアンドウェイで距離を取りつつ行くんだ』
「ああ、だけど難しいなそれ。だってそれは……」
 そう、それはナイトデッドの得意とする戦法だ。
『ならとにかく食いついて、後はとにかく攻撃していくしかないか』
「結局のところ、手当たりしだいしかないか――来る!」
 ナイトデッドが戦車の手綱を握る。首の無い馬が嘶きをあげ、大地を踏みしめる。
 次の瞬間、それは眼前に迫っていた。
「ッ――!?」
 激しい衝撃。視界が回る。跳ね飛ばされる。
 剛力にして峻烈。まさに目にも留まらぬ速度で駆け抜けた戦車はヴェルゼヴァイスを、まるで嵐の中の木っ端のように翻弄する。
「ぐうううううっ!」
『ぐわああああっ!』
 跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられる。
 高速移動する戦車。その軌跡が、大地を抉る車輪の跡としてしか認識できない。
『前のときよりさらに速い……っ!』
「くそ、こないだは手加減してたってことか……がはっ!」
 今度は背中から叩きつけられる。
 ヴェルゼヴァイスは完全に術中に嵌っていた。
 高速移動で翻弄しヒットアンドウェイを繰り返してダメージを蓄積させ、動けなくなったところに四連続技の必殺攻撃を叩き込む。それが鋼の必勝パターンだ。ゲーム内で何度も食らった、鉄壁の戦法であった。
 それが現実においても、寸分違わずに再現され、必死必滅の攻撃を繰り出してくる。
『どうする、新……』
「ゲームと同じだからな……待て、待てよ」
 そう、同じだ。同じなのだ。ならば……
『切り抜けられるのか?』
 ベルが問いかける。それに新は苦笑で答えるしかない。
「計算上、理論上なら?」
『……頼りになるのか、ならないのかわからないな。ゲームではどうだった?』
「あくまで理論上。実際には完璧に無理無茶無謀のお手上げ侍」
『なるほど』
 ベルもまた苦笑する。駄目だ、まさに駄目すぎる。
『ゲームでは絶対に不可能、か。お手上げだね』
「ああ、王手、チェックメイト、詰み、ゲームオーバーでジエンドって奴だ。諦めるしかない」
 そう、その通りだ。全く持ってこれでは駄目だ。そう、ゲームの通りに全てが運ぶなら、だ。
「だが、これはゲームじゃない」
『私達の、現実だ!』
 立ち上がる。
『新、任せる! お前のフォローは私がする、だからお前は……戦え!』
「ああ!」
 拳を握る。そして振りかぶり、敵を見据える。敵の気配を感じる。轟音と殺意を肌で受け止める。
 戦車の轍が高速で近づいてくる。
 ……その機を、先んじて制する。
「ライフストリーム……バーンブラスト!」
 全身全霊、全魂源力を拳に集中させ、そして――地面を殴りつける。
『新っ!?』
 ベルが叫ぶ。そう、地面だ。ナイトデッドではない。敵を狙ったカウンターなら、タイミングが速すぎる。それは致命的なまでに、ただ地面を抉っていた。
「ふん、焦りすぎたか。早すぎ……何?」
 そう、早かった。故に、地面に叩きつけられたその力は、廃線路に敷き詰められていた石を砕き、宙に浮かび上がらせる。
 そして、超高速の戦車は――その小石の弾幕に、自ら超高速で突っ込んだ。
 悲鳴を上げる首無し馬。所々が破壊される馬車。その御者であるナイトデッドは、馬車の崩壊に巻き込まれ、そして大きく投げ出され地面に叩きつけられ、転がる。そのナイトデッドを尻目に、ヴェルゼヴァイスはゆっくりと立ち上がる。
「ゲーム内じゃ、こんな攻撃はないからな……」
 高速移動に対して石をぶつけて邪魔をする。こんな攻撃方法は、なるほどゲーム内には存在しない。故に、ナイトデッドのチャージアタックは破られた。
「タイミングは完璧だった。ただしゲームでは、だがな」
『現実《リアル》と仮想現実《バーチャル》は同じじゃない。そんな簡単な事を忘れたのがお前の敗因だ』
 だがこれは一歩間違えば、全力攻撃の直後の無防備な姿を晒すことに繋がる。ミスをしていたら、即死攻撃を食らうまでも無く敗北を喫していただろう。
 それはとても恐ろしいことだ。
 だが、乗り切った。乗り越えたのだ。
 一人では無理だった。だが……一人ではない。だからこそ、新は、ヴェルゼヴァイスはここに立ち、ナイトデッドを見下ろす。
 ヴェルゼヴァイスはナイトデッドを指差して、宣言する。

「さあ、覚悟を決めろ。敗北が、お前の現実《リアル》だ」

「ク……」
 その光景を見て、鋼は笑う。
 初めてだ。初めて、防がれた。だが……
「それを防いだ程度で、いい気になるな」
 そう、それはいわば、前戯に過ぎない。チャージアタックなど、必殺のデッドエンドジャンクションへと繋げるためのただの予備動作に過ぎないのだ。
 槍を杖にして、立ち上がるデュラハン。
 一転して静かに、まるで彫像のように構える。その静寂に、ヴェルゼヴァイスの、新の背筋に氷のような悪寒が走る。
「――来る」
 敵の必殺スキル。死連撃、デッドエンドジャンクション。高速の四発の攻撃を叩き込まれたものは、どれだけライフが残っていようが、そこには死が待つのみだ。そして現実に置けるデッドエンドジャンクションは――アヴァターをロストさせてしまう。
 これを食らうわけには――いかない。絶対に、だ。
 敵は動かない。その微動だにしない姿は、首の無い姿とあいまって、ただの死体にすら見える。そう、それはまさしくただの死――死の具現だ。デュラハン、それは逃れ得ぬ死の具現であり象徴と言われている。何処に逃げようと追ってきて、その首を刈る死神。
 恐ろしい。
 目を逸らしたくなる。逃げ出したくなる。震えが走り、歯の根が合わさらない。眼前の存在が新の恐怖を呼び起す。
 だが――
『新、恐れていい』
 優しい声が新の魂に届く。
『恐れていいんだ、新。だから――』
 暖かい。その声が、新に熱を取り戻させる。
『目を開け、目を反らすな、よく見て、足を踏ん張れ。恐怖は恥ではない。生きとし生けるものは、みな死を恐れる。それが生命だ。だから――』
「……ああ」
『だから。その先を見ろ、死の恐怖の先を掴みとれ!!』


 そして、ナイトデッドの槍が奔る。

 一撃。
 それはヴェルゼヴァイスの胴を貫く。
 まるで侍の居合いのような電光石化。認識する前に、激痛が走り、体がくの字に折れる。

 二撃。
 横薙ぎの槍が左腕ごと胴体を砕く。

 三撃。
 袈裟懸けに落とされる槍が装甲を引き裂き、マフラーを切り裂く。


 そして――
 死撃。
 それは確実にヴェルゼヴァイスの心臓に向かって疾り――
 その槍の穂先が、握り締められる。
 心臓を貫く一歩手前で。
「な……に!?」
 鋼は瞠目する。完璧なタイミングだった。そう、完璧に決まっていたはずだったのだ。

 そう――完璧すぎた。
「何度も味わったんだ、タイミングは掴めてる」
 新は笑う。槍を掴み、言う。だが心臓は激しく鳴り響き、全身の震えと悪寒は止まらない。
 だが――生きている。
 一歩間違えば確実に死んでいた。新もベルも死んでいた。新は恐ろしい。この現実が、死が何よりも恐ろしい。
 だからタイミングを違えなかった。読み違えなかった。そしてその恐怖の先にある勝機を掴むことが出来た。
 生きているという実感を――その安堵を。
 死の恐怖の先にある命を、勝ち取った!
『それに、こちらは二人だ』
 そうだ。だからこそ、何もかもが違うのだ。これはゲームではない。覚悟ある者が勝つ、確かな現実《リアル》なのだ。
 ヴェルゼヴァイスは脚に力を込める。左腕は折れている。右腕は槍を掴んで離す事は出来ない。だから、この一撃が最後だ。
『ライフストリーム……』
 右手で掴んだ槍を支点にして、跳躍。そのまま身体を捻り回転させる。右足に全生命力、そして全魂源力が集中し、膨大な流れを紡ぎ出す。
 その全ての奔流を収束させ――
『バーンブラスト!!』
 全霊全力を込めた回し蹴りが、ナイトデッドの巨体を砕いた。





「あれは……!」
 その戦いを、藍空翼は見ていた。
「ヴェルゼヴァイス様、また……」
「どうやらまた先に片付けられてしまったようですね」
 傍らのメガネがため息をつく。それは無念か、はたまた安堵か。
 これ以上犠牲者が出る事はないだろう。そう言った意味では喜ばしいことではある。だが、忘れるわけにはいかない。あれはあくまでも、ラルヴァに取り憑かれた一般人なのだ。その力に溺れ、正義のヒーローを気取っている愚か者に過ぎない。
 今はいい。所詮は力に憑かれた者同士の無様で醜い潰し合いの範疇を出ていない。だが、もし。もしもその力を、異能者とラルヴァとの戦いに……双葉学園生徒の使命に横から手を出すようなことになれば、些か拙い。
(これで、二度目ですか……)
 はしゃぐ翼を尻目に、メガネは内心呟く。
 このまま放置しておくべきか、それとも……
 ラルヴァとして、潰すべきか。
(危険ですね。早めに手を打たねばなりませんね、これは……)






 現場から離れ、鋼は背を冷たい壁に預け、息をはく。
 全身が吹き飛ぶような強烈な衝撃と、その直後の虚脱感。アヴァターを破壊されたものは、精神ショックを食らうとは聞いていたが、これほどのものとは思わなかった。それに……
「久しぶりだ、この快楽……肌が粟立つような命のやり取り」
 掌をじっとりと汗がぬらす。身体が冷たく、そして熱い。そうだ、これだ。求めていたものはこれなのだ。
「仮想現実じゃない……ゲームじゃ、ない」
 ゲームでも何でも、そこに興奮は久しくなかった。だが、あった。あったのだ。自らの欲望を満たすモノが。
「俺の求めていたモノが、現実《ここ》にある……」
 鋼は呼ぶ。その名を。自分の求めていたモノ、その名前を。
「ヴェルゼ……ヴァイス……!」
 鋼の哄笑は、しばらく鳴り止む事はなかった。







 8/

 かくして、事件は終わった。
 一連のPK事件は幕を降ろす。以後、ナイトデッドにより襲われる人間はいなくなり、それを斃した白い戦士の名はまたインターネットの噂に上る事になるが、それはまた別の話である。
「……いないな」
 朝。新はゲームにログインしてみるものの、その中にももう、まうの姿は無い。
「仕方ないか」
 息を吐く新に、ベルが言う。
『小学生には、つらいだろうな。だが、別れは来るものだ……彼女もそれを、自分の成長の糧として受け入れるときが来るだろう』
「そうだといいんだけどな」
 難しい話だろう。
 そして確かに、もう新達に出来ることは何もない。あとは彼女自身の問題なのだ。病室で泣く彼女に胸すら貸してやれなかったへたれ男に出る幕などないのだ。
「いくか」
『早いな』
「ああ。なんか今日もゲームする気分じゃない」
 そもそも左腕が見事に折れてギブスなのだ。マウス操作だけではろくに動かせない。
『……そうか』
 そして新とベルは部屋を出る。


「……あ」
 学校への道中、新は幻覚を見た。
 いないはずのリスが、道路を渡ろうときょろきょろと周囲を見回している。
『新、あれは――』
「ベルにも、見えるのか」
 幻覚ではない? それでは一体……
「あ、お兄さん!」
 そして元気な声が新の耳に届く。
「繭……ちゃん?」
「はい!」
 駆け寄ってくる繭。そして繭を見つけ、リスがその足元に擦り寄る。
「この子、ぼくのこと覚えててくれたんです!」
『まうっ』
「……え?」
 突然の展開についていけない新達に、繭は説明する。
 どうしても諦め切れなかった。忘れられなかった。だから、もう一度試してみたという。
 そしたら……再び、アヴァターが生まれたのだ。最初からではあるが、前よりも小さかったが、それでも確かに。
 そして、ちゃんと……繭のことを、まうは覚えていたのだ。
「そうか、よかったね」
「はい。お兄さんのおかげです」
「……俺は何もしてないよ」
 そうだ、何もしていない。ただ自己満足で、鋼と、PKと戦っただけだ。繭の力になれる事などなにもしていなかった。
「まうが言ってます」
「え?」
「敵討ちで戦ってくれたって……ボロボロになってまで。その手も」
「……あ、いやこれは」
 隠そうとしたがそもそも無理だった。思いっきりギブスでガチガチなのだ。
 というか、その時は消えていたはずの、ロストしていたはずのまうが何故そんなことを知っているのか。
『やれやれ、どうにもかっこつかないね。バレなかったら孤高のヒーローのようにかっこいいのに』
「うるさい黙れ」
 揶揄するベルに憮然として呟く。確かに、なんともかっこ悪かった。
「あの、ちょっと見せてくれますか、ギブス」
「いいけど……見てて面白いものじゃないよ」
「はい、でもいいんです。しゃがんでください」
「?」
 よくわからないまま、言われた通りにしゃがんでみた。
 次の瞬間、両方の頬にやわらかい感触が。
「……!?」
『わあ』
 繭とまうが、新の頬にキスしてきたのだ。
「……お、お礼ですっ!」
『まうっ』
 とたとたと走り去り、途中で振り向いて笑顔でそう言い、そして繭とまうは走り去った。
 それを呆然と見つめる新。
『……ぷ、あははは。こりゃ参ったな、小学生の子供かと思ったら実にオンナじゃないか』
「うるさいっ」
 さもおかしそうに笑うベルだった。
「……しかし、何だったんだろうな、あれ」
 まうの事を言う新に対し、ベルは微笑みながら言う。
『……私と同じだよ』
「どういうことだ?」
『精神寄生体アバターは、人の心を反映する。想像上の友達としてお前が私を作り、育てたようにな。そう、あの子は新しく作るとき、失った友達を、あのリスを強く想った……だから、再び「帰って来た」んだよ』
 新には、よくわからなかった。
「そういうものなのか」
『ああ。少なくとも、彼女の中では、あの子は確実に戻ってきた、それは真実だ。ならそれでいいだろう』
「……だな」
 よくわからない。だが、それでも。
 確かに大切なのは、それが彼女にとっての真実だということだ。だったら、野暮な事は言うまい。
「あんな笑顔を守れるのなら、ヒーローをやってみるのも、悪くないかもしれないな」
『そうか』
 恐怖を克服したわけではない。恐怖に慣れたわけでもない。薄れたわけでもない。
 だけど、それでも……戦える。
 思えば、何処までも自分本位な自己満足だ。だが……
『それでいいよ』
 ベルはそれを肯定する。それが生きるという事だ。
 苦しみ、恐れ、悩み、それでも前に進む。それが、人が生きるという事だ。自己満足大いに結構である。
『私は、共に行くから』
 ベルは言う。新はそれに頷き――

「さて、それじゃあ学校休んでレベル上げするか」
『ちょっと待て!?』
 意気揚々と引き返す新。
 やはり新は駄目人間だった。





 9/

「無様ですね、最強のプレイヤーキラーと呼ばれた鋼さんが、この体たらくとは」
 廃工場に座る鋼の前に現れた白い少女は、冷ややかな視線を投げかける。
 彼女の名はルクスリア。アヴァタールオンライン運営チームの使いを名乗る、白い闇のような少女だった。鋼にメモリーカードを渡したのもこの少女である。
「……」
 そのルクスリアの侮蔑も事も無げに無視し、ただ黙って座っている鋼。それを彼女は、敗者の弁と受け取り笑う。
「ですが、お兄様はまだあなたに期待してます。そこで」
 一枚のカードを取り出す。
「雪辱の機会が必要でしょう? あなたにもう一度、これを授けましょう。受け取りなさい」
 カードを差し出すルクスリア。
「アヴァターを破壊されたなら、俺に寄生するアバターも消えるのではなかったのか?」
 このカードは人間に寄生するラルヴァ、アバターを抽出・強化するものだ。少なくともそう聞いている。つまり、アヴァターを破壊されたなら、とり憑いたアバターは消失してしまうはずなのだ。
「そうね。普通ならそうです。ですがこのカードは、ただ人にとり憑いたアヴァターを強化させるだけではないの」
「ほう?」
「メモリーカードの名の通りに、アバターをこのカードに記憶させ、封印する事が出来るのよ。レアな成長を遂げた貴重なラルヴァは、一般人にとり憑かせたまま腐らせるには惜しいでしょう?」
「……なるほど、そういう魂胆か」
 鋼はその言葉で察する。つまり……
「一般人《おれたち》は、モルモットか」
「そうとも言えるわね。アヴァター進化の為の貴重なサンプル。そうやって集められたカードは、新しく一般人にアヴァターを与えることも出来るし、何より……異能者《わたしたち》にも使えるの。素晴らしい事だと思わない?」
 そうすることでこのカードは正しい意味での、異能者が扱う超科学アイテムとなる、というのだ。今までは人間に憑いていたラルヴァ、アバターがこのカードを利用していた。そうやって宿主を使い潰すことで、このアイテムは完成するのだ。
 他の超科学アイテムの例に漏れず、使用している間は自分の異能が使えなくなってしまうが、それはゆっくりと解決していけばいい。
「だけど、稀に意志の強さで潰されない一般人もいる。あなたのようなね。そういうのはとても貴重なの。だからもう一度チャンスをあげるわ。あなたなら、アバターに取り殺される事もない」
 微笑みながらカードを掲げる。
 だが……その誘いに鋼は答える。
「施しを受けるのは……性に合わん。ましてやモルモット扱いされて喜ぶ馬鹿がいるか。一度だけ言う、失せろ」
「何? あなたそんな口利いていいの? 私達の力添えが無ければ、あの白いアヴァターに勝てませんが」
「……」
 その挑発の言葉を受け、鋼はゆっくりと立ち上がる。
「そういえば、今日のノルマはあいつに邪魔されて……クリアしてなかったな」
「?」
「お前でいい。あいつに比べればカスほどにもそそられないが……お前で我慢してやる。ノルマはノルマだ」
 その凶暴な視線に、ルクスリアは不快そうに眉をひそめる。
「何、あなた……私達を裏切ろうというの?」
「裏切る? 違うな。貴様らの犬になった覚えは無い」
「ふん、でかい口を……あなた、自分が何を言ってるかおわかり?」
 笑い、ルクスリアはカードを取り出し、ゲーム機にセットする。電子音声が鳴り響く。

<Avatar Summon>

「何がノルマよ! わざわざ目標決めて頑張らないと何も出来ないような弱虫が粋がらないことね! その新しい目標ごと叩き潰してあげる!」

<Asmodeus>

「ソード・オブ・アスモダイっ!」
 ルクスリアの手に、巨大な剣が現れる。豪華にして峻厳、凶悪にして美麗。ミセリゴルテの比ではないそれは。ルクスリアの意思に従って振り下ろされる。
「俺がノルマを決めているのは、目標じゃない」
 その落とされる剣を、刃を一瞥すらせずに、鋼は言う。
「制約だ。そうでもしなければ、俺は俺自身を止められない。この……滾る欲望を。俺自身すら飲み干す、奈落の欲望を……!」
 鋼鉄の音が響き渡る。
「――え?」
 ルクスリアはそれを見て呆然とする。
 受け止めていた。生身の人間が、ソード・オブ・アスモダイを。。
 腕にはチェーンを巻いていて、それで剣を受けている。斬れる事はなかったものの、骨が砕け、血が飛び散る。
「腕の骨一本、か。代償としては、まあまあだ」
「な……なによこいつ! 腕を捨てて……!?」
 鋼は笑う。
「アヴァターによるアヴァター狩り……PKでなら、得られるものはあるかと思っていた。ああ、大当たりだった。感謝しておこう」
「な、なに……」
「おかげで俺は、生きる楽しみを……敵を見出せた!!」
 剣にそって走り、距離を詰める。火花が散る中肉薄し、そしてそのまま鳩尾を左手で殴り、身体を回転させ、延髄に回し蹴りを叩き込む。
「が……っ!」
「先ほどの言葉は撤回しよう。右腕一本か……それなりに楽しめた」
 ルクスリアの身体が床に叩きつけられる。埃と油で白いドレスが汚れ、そしてカードが散らばる。
 鋼はカードを拾いながら、ルクスリアに向かって言う。
「未だ、満たされるにはほど遠いがな」
 それを見上げながら、ルクスリアは痛みに震えつつ、声を吐き出す。
「あなた、何者なの……アバターがとり憑く人間は、異能者ではない……なのに、こんな」
「異能者でないから弱い、か? 傲慢だな。アヴァターなど、所詮はゲームにすぎん。人間にたかがゲームの駒が勝てるか。ましてや、あいつらのように強い意志も魂も持たないただの剣などで俺を斬れるか」
 ヴェルゼヴァイスの拳は凄かった。強い意志と力、魂を感じた。それに比べればこの剣など、ただ強いだけだ。
「狂ってる……」
 落ちたカードを幾つか検分する鋼。そこに一枚、別仕様のカードがその目に留まる。
「やめなさい、それは駄目!」
 それを見て、ルクスリアが叫ぶ。 
「それは誰もが扱えなかった、黄金のアヴァターが封印されているのよ……! アモン、堕落の化身!」
 彼女は知っている。かつて、それを手にした人間がその身体を乗っ取られ暴走した。それはよくある話だと言ってもいいだろう。だが、アモンは誰も、一秒とて耐えられなかったのだ。そしてその全てが廃人となった。
 アモン。悪魔の英雄。ソロモン72柱にも数えられ、そして七大罪の悪魔マモン、アーマイモンと同一視される強大な悪魔、それをルーツに持つアヴァター。
 だが鋼はそれを聞き、逆に興味をそそられたようだった。
「面白い」
 そのカードをセットする。
「この俺が……これ以上、堕ちるものか。堕とせるなら堕としてみろ」

<Avatar fusion>

 電子音声が響き、輝く硝子のような、金属のような破片が身体を取り巻き、覆っていく。

<Amon>

 金と銀に輝く鎧。血に染まる真紅のマント。
 双頭の鷲を象った鉄仮面。
 その全てが……漆黒に、黒曜石の輝きに染まっていく。
「俺の敗因は……ゲーム通りに事を進めようとしていた。所詮この現実すらも遊び、俺を楽しませられない遊戯とタカをくくっていたことだ。だからデュラハンで遊んでいた……ああ、それじゃ駄目だった」
「う、嘘でしょ……!? 飲み込まれていく、染まっていく……アモンが……! な、なんて……」
「奴の言うとおりだ。現実とは、最高に俺を楽しませてくれる。だから……最初からこうすればよかった。俺自身が、行けばよかった。いや違うな、そうしていればこの出会いも無かったか? まあ、どちらでもいい。今大切なのは……」
「――強欲……!」
 その姿を見て、ルクスリアが震える。悪寒が止まらない。ありえない。ありえなさ過ぎる。これは何? 悪夢? 目の前で繰り広げられているこれは一体何?
「俺を突き動かすこの衝動……! 貴様に呑み込めるものか、アヴァター……!!」
 凶暴な愉悦に身を任せて哄笑する、漆黒の魔人が、そこに立っていた。
「いい色だな。夜の闇のような深い黒。そうだな、新しいアヴァターには名前がいる。そう……ナイトグリード。|闇夜の強欲《ナイトグリード》……とでもするか」
 ナイトグリードは、ルクスリアを片手で持ち上げる。
「俺の腕が治るまで、貴様には精々俺の世話をしてもらおうか」
「ひ……っ!」
 その視線に射すくめられ、がちがちと歯を鳴らすルクスリア。そのドレスの股間部分が塗れ、床に水溜りを作る。恐怖のあまり失禁したのだ。
「悪いが帰すわけにもいかんしな。貴様らにバレれば、少し厄介になる。今はただ静かに回復に専念したいからな」
「あ、や、あ……っ」
「俺は奴に敗北した。だからもうPKはやめだ、つまり俺の欲望を抑えるための別のノルマがいる……そうだな、一日一回、お前で狐狩りもいいかもしれないな? 逃げるお前を俺が捕らえる。そして捕らえたら手足を一本ずつヘシ折っていく。そうやっていけば、お前が全身の骨を砕かれて死ぬ前には俺の腕も治るか? まあ……一度目で勢い余って殺してしまうかもしれんが」
 折れた腕でルクスリアの肩を掴み、力を入れる。骨がミシミシとなり、肩が脱臼する。
「ああああああああああああああああああああああっ!!」
 激痛が少女を襲う。
「や……やめてください、なんでも……! 何でもいう事を聞きます、お世話します、だから……殺さないで……! ゆるして……お、おねがい……します……!」
「いいだろう」
 少女の必死の命乞いに気を良くしたのか、ナイトグリードは彼女を掴んでいた手を離す。
「きゃぅっ!」
 ルクスリアが地面に落ちる。自らが作った水溜りに落ち、ドレスがさらに汚れる。
「……別のノルマを見つけないといけないな……どう足掻こうと奴との再戦ほど心踊るものもないが」
 薄く笑うナイトグリード。それを見上げて、ルクスリアは震えながら呟く。
「な、何……あなた、何なの……!?」
「俺か? 俺は……」
 ナイトグリードは、さも当然のことのように言った。


「ただの、欲深いだけの――人間だ」






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