【お祭りだよ、ご主人さま! 初日編①】


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   お祭りだよ、ご主人さま! 初日編①


 双葉学園の総合体育館にて、いよいよ『第十九回双葉学園文化祭』の開会式が始まった。
 この開会式はもちろん、学園のトップである醒徒会が主催する。藤神門御鈴会長による開会宣言のあとは、副会長の華やかな異能芸が会場を盛り上げた。
「にゃはは。みんな、三日間楽しもうねぇ~~~」
 就任してから隠れファンが爆発的に増えたとされている、加賀杜書記が愛嬌を振りまく。主に男子生徒による、気持ち悪い声質の歓声が上がった。
「待てこらぁ――ッ! どうして俺はこんなことになってるんだぁ――ッ!」
 コンクリートの板に磔にされた、醒徒会庶務が泣き叫んでいる。頭の上には小ぶりな『りんご』が乗っかっていた。そして加賀杜書記の傍らには、笑天のステージを連想させるザブトンの山がたたずんでいた。
「それじゃ、ザブトン芸いっくよぉ~~~。ええーい!」
 ぎゃあ――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!
 ・・・・・・それだけ見物すると、六谷彩子は体育館を出て行った。ズガンズガンと、コンクリートにハンマーらしきものが直撃する音が、体育館全体をびりびり揺らす。
 本来なら、学園の生徒全員が開会式に参加するのが筋ではある。が、双葉学園は人数が多すぎるので、任意参加という形式を取っているのだ。
 モバイル学生証が鳴った。手に取ると、液晶には「貧乳眼鏡」という四文字が表示されている。笹島輝亥羽からのメールだ。
『開店前のミーティングを始めるから、教室に来なさい』
 彩子は画面を消してポケットに戻す。教室までの道中、すでに仮装している生徒とすれ違っていったり、手作りの飛行機をみんなで運ぶ理系男子を見かけたりと、園内もだんだん賑やかになってきた。
 今は双葉学園の制服を着ているが、彼女ももうあと数分も経てばメイドさんとなって、客に媚を売る立場になるのだ。
「魔女研では曲芸飛行を披露したいと思いま~す、ぜひ来てください~」
 突然、とんがり帽子を被った女の子たちに囲まれる。彩子はふっと苦笑しながら、彼女らにこう語りかけた。
「あなたたちも大変ね。同情しちゃう。魔女のコスプレ? 魔女喫茶でもやるの?」
「なっ! 失礼ねぇ!」
 黒髪ロングも可愛い、リーダー格の女の子が怒る。
「バカにしないで! 私たちは魔女よ。箒に乗って空を飛ぶ、れっきとした魔女なのよ!」


 徹底的に磨かれた窓ガラスが、一点の曇りも作ることなくきれいな朝日を吸い寄せる。早出してきた生徒たちが、開店前に一通り掃除をしておいたらしい。生徒が躍起になって燃えたり、協力的になったりするのは、学校行事のいいところねと彩子は思った。手書きのメニューといった小道具も、徹夜のすえぎりぎりになって完成したそうだ。
 そしてクラスメート全員が、瑠杜賀羽宇の用意したメイド衣装に着替えてやってきた。まるでこれからオペレッタでも始まるかのような一体感があった。時刻は九時半を過ぎた。そろそろ他のクラスも、準備は完了していることだろう。
「完璧な段取りですね。三日間、不眠不休で衣装を用意したかいがありました」
「そうね。それでもう少し気の利いたものだったら、もっと良かったんだけどね・・・・・・!」
 秋晴れの空のように能天気な瑠杜賀に、笹島がちくりと一言刺す。
「あんまり羽目を外さないように。厄介ごとだけは起こすなよ? お前らのことだからな」
 字元数正は実に冷たい口調でそう言い放った。昨日の準備日も、この男はとうとう姿を現さなかった。彼はそれだけ伝えると、興味なさそうに職員室へ行ってしまう。
「何だよ。ちっとぐらい、担任らしいとこ見せてもいいんじゃねぇのか?」
「だよなー」
 女装した召屋正行と拍手敬が、口々にそう文句を言う。
「さあさあ、開店十分前よ!」
 珍しいことに、星崎真琴が手を叩いて周りを盛り上げる。嫌な空気を振り払う目的もあったのだろう。やがてざわついていた教室は静まり返り、みんな笹島のほうを向いた。
「C組の力を見せてやりましょう。みんな、頑張るわよッ!」
「よっしゃあああ!」
 女装メイドどもの雄雄しい叫び声が、教室を揺るがした。


 午前十時。いよいよ開店だ。
「・・・・・・おはよう。C組はどんな具合なのかな」
「いらっしゃいませぇッ!」
 むさくるしい女装メイドが両側に並び、白い歯を輝かせる。来客第一号は「うわあ」とびっくりし、後ずさってしまった。
「違う、そうじゃない!」
 メイド長・笹島輝亥羽が、男子たちに怒鳴った。やる気満々だった彼らをシッシと追い返し、彼女自らが対応を始める。
「あら、誰かと思えば。C組の委員長じゃない」
「そういうあなたはA組の菅誠司さんね。いらっしゃい」
「おほー、メイドさん! メイドさんっスよ、すげぇっ」
 菅誠司の背後からぴょこっと顔を出したのは、比較的しっかりした顔つきの男子生徒であった。まだまだ目元が幼く、言動も無邪気である。
 笹島は菅誠司と市原和美をテーブルに案内し、手作りのメニューを渡す。二人が「けっこう充実してるんスね。俺、全部頼んじゃっていいっスか?」「少しは部費の心配をしようか」などという会話をしているうちに、どんどん客はやってきた。
「ぜんっぜん似合わない男メイドさんばっかりだねー。気持ち悪いとしかいいようがないよ。これ、何かの罰ゲーム?」
 隣にいた背の高い子が慌てて、「辻堂さん! ダメ!」と口を塞ごうとする。接客や裏作業をしていた女装メイドどもがそのテーブルをにらみつけ、「あ?」「聞えたぞコラ」「チッ」と口々に言った。
「まあまあそこは多めに見て! 今日は私たちのメイド喫茶に足を運んでくれて、本当にありがとう!」
 テーブルには背の高い女子と、奔放な発言をした黒マフラーの子と、あともう一人背の低い子がおり、彩子が対応にあたっている。何でも彼女らは風紀委員のメンバーで、クラスの出し物に参加する合間を縫って、こうして見回りに出ているとか。
 せっかくの来客だ。一人ひとりの客を大切にすれば、絶対にいいことがある。口コミで評判が広まるかもしれない。あるいは、リピーターになってくれるかもしれない。彩子は張り切って営業に入った。
「これでもC組の女装はクオリティ高いほうだと思うわよ? H組にいいお手本がいてね、何とかその子みたいになれないか、徹底的にこだわったんだから」
 小柄な子がちょっぴり苦笑しながら、筋骨粒々でワイルドな女装メイドたちに視線を送った。
 飲み物をコップに注いで彼女らに渡す。彩子は意外と、仕事は仕事と割り切ってきっちりこなせるタイプなので、身も心もコンパニオンになりきっていた。扱いにくそうで扱いやすいのが、六谷彩子のいいところであるのかもしれない。
「お仕事どう? 大変?」
「あ、はい。近頃ちょっと奇妙な事件が起こっていまして・・・・・・」と、寒川玲子は言う。
「奇妙な事件? 何よそれ」
「猫が次々に失踪してるんだよねー」と、辻堂悠希。
「ほえ? つまり、今そんなことで風紀委員が動いてんの?」
「不可解なことに、野良猫がどんどん消えていってるんです。学園からも、双葉島からも。それでもう、うちの委員長が必死になっちゃって・・・・・・。逢洲委員長の鶴の一声で今、風紀委員直属の全組織が情報収集や警備にあたっています」
 そう、町田來栖はやけに丁寧な口調で彩子に説明した。言葉の使い方や発音、声の調子に相当気を使っているように思えた。
 春先にトラ猫を叩いて追い返そうとしたら、逢洲等華にシバかれてしまったことを彩子は思い出す。たかが野良猫の減少ぐらいでこんなにも神経質になるとは、少し身勝手じゃないの? 猫嫌いな彼女は率直に思った。
 ふと、ここであのトラ猫のことも思い出す。自分に向けられた、無垢な瞳・・・・・・。
(ふ、ふん! どうして私が今になって、あんな小汚い子のことなど!)
 と、ここで彩子は、客の三人が自分のことを見つめていることに気づいた。お前は感情が顔に出やすいからとっても分かりやすいぞという、純子の指摘が聞えたような気がした。
「こ、こほん。失礼」
 オレンジジュースをぐいっと飲み干す。すっぱい。「業務用」は美味しくない。
「あなたたちI組なのかしら? そうそう! I組といったらね、藤沢って男知ってる? 私ね、アイツに一発二発ヤキを入れなきゃならないの。けっこう前の話だけど、何でアイツ、しれっとした顔で女子トイレから出てくるのよ! 私がトイレから出たら、鉢合わせしちゃって! いったいあの時あの場所で何をしていたか、徹底的に事情聴取しないと気がすまない!」
 風紀委員の女の子二人が、町田のほうをじーっと見つめている。
 町田はどうしてか、大量の汗をザーッと流しながら話を聞いていた。


 メイド喫茶という思い切った企画だけあって、C組の教室には見慣れた顔がどんどんやってくる。女の子たちがよく頑張ってくれているので、売り上げは順調に伸びていった。
 しかし、客商売にトラブルはつきものだ。事件は午後一時ごろに起こった。
 混雑するお昼時は、絶好の稼ぎ時だ。ピークが過ぎて来客数も落ち着いたころ、一部の女子が昼休みに入る。そこでいよいよ、女装男子も本格的に戦線へ投入された。
「俺、あっちの客と話してくる。拍手はそこの女性の人をヨロシク」
「OK、兄弟」
 拍手敬は召屋と分かれ、注文票として利用しているメモ帳を片手に、そのテーブルへと近づいた。
「ご注文は決まりましたか」
 仕事そのものは、いつものバイトとそっくりなので特別緊張するようなことはない。メイド服に身を包んでいるそのさまは、まるで異次元そのものではあるが。
「・・・・・・このチーズケーキを」
「はい、分かりまし」
 拍手は絶句した。
 危うく、右手に握るペンが零れ落ちそうになった。
 客の女性は高等部の制服でも奇抜な仮装でもなく、ごく普通の目立たない私服を着ていた。落ち着いた表情、物言い、振る舞い。きっと女子大生か。
「聞えませんでしたか? チーズケーキを・・・・・・」
「あ、すみません。すぐ用意します」
 それから素早い動きでテーブルから離脱する。心臓がバクバク言っているのがよくわかった。
 冷蔵庫の扉を開き、業務用のチーズケーキを一つ取り出して紙皿に載せる。使い捨てタイプの小さなフォークを置く。フォークをつまむ拍手の右手は、ひどく小刻みに震えていた。
(で け え !)
 もう一度、ばっと客のほうを向いた。おっぱいが大きい。すっげえおっきい。何あれエロい。おっきいおっぱい。やっべぇおっぱい。
 たとえおっぱい好きでなくとも、オスという種のひたすら隠し持つライオン・ハートがいきり立ってしまうぐらいの、非常に魅惑的な形をしていた。
(草食男子が覚醒してマンモス丸呑みするレベルじゃねえか)
 おっぱいマイスターはそう評す。背筋を大量の汗が流れていった。
「拍手くーん・・・・・・?」
「は、ハイ!」
 彼はびくっと震えた。背後に泣く子も黙るメイド長・笹島輝亥羽が接近していたのだ。
「分かってるわよね? 客に変なことしたら、承知しないからねぇ・・・・・・?」
「分かってますって! 間違ってもセクハラとかそういうことは絶対に」
 メイド長が実に気難しい顔で監視をしているなか、拍手はチーズケーキを落としてしまうことのないよう丁重に運び、おっぱいお姉さんのところを目指した。体中が震えて仕方ない。おっぱい魂が奮えているのだ。
「お待ちどうさまでした。チーズケーキです」
「・・・・・・ありがとう」
「では、おれ・・・・・・じゃねぇや、『わたくし』はこれで」
「待って・・・・・・?」
「へ?」
 彼女は少々困ったような表情になり、拍手を呼び止める。洋服からズンと飛び出るおっぱいが、両腕に挟まれてぎゅっと動いたのを見逃さない。黒髪に眼鏡をかけた巨乳のお姉さんは、彼に冷静なことを言った。
「あなたが私と会話してくれるメイドさんじゃないのですか・・・・・・?」
 拍手敬に試練が訪れた――。


 ただ注文を聞いてものを出すだけでは、普通の喫茶店と変わりない。
 二年C組は「メイド喫茶」なので、メイドさんはオーダーを取るだけでなく、かいがいしくお客さんの世話も焼かなければならないのである。そういう「ゲーム」なのだ。
「客とゆっくりお話をする」ことを、具体的なサービスの内容として決めていた。C組のクラスメートはそもそも、メイドやメイド喫茶というものをよく知らなかったので、彼らなりに想像力を働かせた結果、このような内容に落ち着いたのである。
「リーダーはとても真面目でいい人です。ビースト戦になると、誰よりも熱くなる方ですが」
「はあ」
「八雲ちゃん・・・・・・無邪気でちっちゃくて、可愛い子です」
「はあ」
「学者さんは不思議な方です。収入源はいったい何なのでしょうか・・・・・・」
「はあ・・・・・・?」
 まったく相手の話が頭に入ってこない。何をどうやっても、意識は巨乳のほうに行ってしまう。我ながら困った性癖だと拍手は思い知った。
(巨乳が俺を誘っている・・・・・・!)
 そうなってしまいそうなときは歯を食いしばり、握りこぶしを固く結ぶことで煩悩を振り払う。精神集中。心頭滅却。まさに己との戦いだ。
 本音はおっぱいが気になって仕方ない。ものすごく気になって仕方が無い。しかしここで理性を保たなければ、客に対して失礼なことになってしまうかもしれない。でもこのおっぱいをもっと鑑賞していたい。・・・・・・ああ、女装をさせられて前かがみになってしまうなんて、俺はどうなってしまうの――? 彼は非常事態に陥っていた。
 拍手があまりにもそうして黙り込んでいるから、客のほうはだんだん不安そうな顔になってきている。こういった風俗まがいの遊び場では、相手が楽しくなさそうだと非常にきまずい。ましてや客のほうが一方的に話をしているだけでは、なおさらである。
(ちょっとちょっと!)
(うわ、びっくりした)
 見かねたメイド長が、横からこっそりと拍手を小突いた。
(何やってるの! 少しは気の利いたことしゃべってあげなさい!)
(そうはいっても・・・・・・くっ・・・・・・)
(客にたくさんしゃべらせてどーすんの! 私たちはメイドさんよ? エンターテイナーよ? もっと楽しませてあげなさいな!)
(それもそうだなぁ・・・・・・。俺が客だったらイラついてるところだわ)
(本当にわかってるの・・・・・・? 天気とか景気とか何でもいいから、自分の好きなように、ささいなことから盛り上げて!)
(わかったよ。とにかく話しかけてみるわ)
 彼が急にかしこまった顔になったので、客のほうはきょとんとする。拍手はこほんと軽く咳払いをし、そしてこんなことをきいた。
「バストサイズを教えてください!」
「バッキャロ――――――――!」
 たまらず笹島は立ち上がり、拍手の頭を異能込みでぶん殴った。
「痛えじゃねえか!」
「何で開口一番がそうなるのよ! あんた客になんてこときいてんのよ!」
 二人が口論を始めたとたん、「ガシャン」という音が響く。
 バストサイズをきかれたお姉さんが、無表情でコーヒーカップを片手で潰していたのだ。破片がたくさん刺さっている。
(めっちゃ怒ってるゥ――――――!)
 真っ青になったメイド長は拍手の額を床に叩きつけ、「申し訳ございませんッ、お客様ッ」と謝罪した。自らもまっさらなおでこを床に着けて、一生懸命土下座する。拍手は頭部へのダメージが蓄積しており、今にも意識が飛んでしまいそうであった。
(ほら、あんたも謝りなさいッ! 今ならたぶん許してもらえるからッ)
「その、すみませんでした! 今のは忘れてください!」
 二人は恐る恐る、客の顔色をうかがう。相変わらずきょとんとしたような無表情をしており、特に激怒しているようには思えない。破片の刺さった右手はかなり痛そうだが。
(全然怒ってないんじゃねえか? たぶん、さらりと流してくれたんだ!)
(あんたねえ・・・・・・?)
 二人がそうささやきあった、そのときだった。
 お姉さんはまったく表情を変えない、静かな声で二人にこう告げる。
「・・・・・・許しません。運営委員に言いつけちゃいます」
 彼女はそっとC組の教室を去っていった。
「拍手ェえええええ! あんたなんてことしてくれたのよおおお!」
「く、苦しい苦しい! 首絞めんなぁっ・・・・・・! 俺が悪かった! 本当に悪かった! おっぱい魔人のおっぱい魔王のおっぱい聖人で、ホントすみませんでしたぁっ・・・・・・!」
 彼はその後、休み時間を終えて後から事情を聞いた彩子にまで、徹底的に殴られたという。


 この一件が後々、影を落とすことになろうとは、誰が想像できただろうか。


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