【星の子達の甘い? 一日】


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 殆どの灯りが消えた丑三つ時……具体的には午前二時前後。一つの影が、キッチンでせわしなく動いていた。
「後は、冷蔵庫に入れて……朝までに固まればいいけど」
 その影……少女は、ちらりと時計を見た。『制限時間』ギリギリだ。用具の片付けは後にして、ベッドに戻る。
「んんっ……」
 そのベッドで寝ている男は、夢にうなされているようだった。例えるならば『地獄に行くのが嫌だ』と我が儘を言っている亡者のようだ。
「悪かったわね」
 少女がベッドの中にもぐりこみ、青年の手を握った。それだけで青年は落ち着いたようで、その表情が和らぐ。少女はそれを確認すると、握った手を近くに置いてあったバンダナで器用に結えた。
「まったく、こんな状態じゃおちおち料理も出来やしない……仕方ないけど」
 独り言をつぶやきながら、少しでも眠ろうと目をつむる。隣の奴が起きるまでには目を覚まして、朝食と昼の弁当を作らないといけない。
「殆ど眠れないわね……ったく」
 カレンダー機能付きの時計は、二月十四日を表示していた。




 星の子達の甘い? 一日




「予想はしてたが、チョコの匂いだらけだな……」
「アンタ、チョコ嫌いだっけ?」
 二年R組の教室、仲むつまじく……いや、正確には手を繋いでいるだけで、そう仲が良い訳ではないのだが……二人の男女が、席に座っている。
「嫌いじゃねーが、飽きるんだよ。あの甘さ」
 男の方……有馬雨流《ありま うりゅう》が、空いた右手で頭を掻きながらそう呟く。長い背丈のため、隣の少女を見下ろす形になっている。
「一年に一度なんだから我慢しなさいよ、というかアンタ、飽きるほど貰えるの?」
 隣で呆れた顔をしている少女は鞠備沙希《きくび さき》。たいぶ背丈に差があるようで、見上げる形にはなるが、慣れっこのようだ。
「さーてね。お前はあげる相手いんのか?」
「友チョコ用意したぐらいよ、アンタと違って、忙しいのよ」
「男からチョコ渡すって、ねーだろ」
「そーいう意味じゃないわよ」
 教室の中も少し騒々しい。周囲ではやはり、チョコをあげるのあげないのの話が繰り広げられ、男子も女子もソワソワしているのが一目で分かる。
「んじゃ、アタシはチョコ配ってくるから。アンタは?」
「別の用で席立つ。いちおうコレ解いてくれ」
「はいはい、ちゃんと手洗いなさいよ」
「わーってるっつーの」
 沙希が、彼女の右手と雨流の左手を結わえているバンダナを外した。これは二人……正確には雨流の生命線である。短時間ならば大丈夫だが、あまり長く離れていると、彼の命が危険に晒されるのだ。
 二人が席を立ち、沙希がクラスメイトの女子にチョコを持って話に来る。雨流との同居……互いの意志はあまり関係なく、流れで始めてしまったものだが……が始まるまでは、周りから『お高くとまっている』と思われていた沙希だが、雨流との会話でそのイメージは完全に崩されていた。
「……あれ?」
 クラスメイトと話していた沙希が、ふいに自分の席を見やる。そこには、挙動不審で隣席……雨流の席の前に立つ女子生徒の姿。手には、ラッピングされた何か。
「……ふーん」
 何か面白いものを見るように、沙希がそちらを見やった。
「……ま、その手しかないわよね」
 呟きながら、カバンの中に残っているもう一つの包装を思い出した。


「アンタ、机の中見てみなさいよ」
 授業が始まり、再び手をバンダナで結わえた沙希が、隣に座る雨流に話しかける。
「あ?……あー、なるほどな」
 そう言われた雨流は、机の中に入った何かに気づいた。
「……驚かないの?」
「毎年これだし」
 平然と言い放つ雨流に、沙希があきれ顔を見せた。
「アンタねえ……」
「せめて名前だけでも入れてくれりゃあいいんだけど。ホワイトデーで返せないじゃねーか。なんで前に出て渡さねーのかな」
「……まったく、なんで面と向かって渡されないか、分かってる?」
 横から見ている沙希にはよく分かった。
「その目つきじゃ、あげたくても近くに寄れないわよ……少しぐらいなんとかしなさいって」
「って言われても、なぁ……」

 雨流の机の中にチョコが仕込まれていたのは、その後二回。合計三個のチョコを手に入れた……そのうちの一人に、沙希は声をかけていた。
「アンタ、それじゃ誰が送ったか分かんないわよ?」
「それはいいの、どうせお返し期待してないし」
「ふーん、よく分かんないけど……」
「え? そういう鞠備さんだって……」
「ストーップ! あいつがそろそろ戻ってくるから、早く戻った方がいいわよ!」

「ヒャッハァー!! チョコよこせぇ!!」
「見せつけてくれるじゃねーか!!」
 放課後、商店街のセールスに繰り出した沙希とそれに付き合わされた雨流の周りに現れたのは、妙な仮面を付けた集団。モヒカンみたいな台詞を吐いているが、あまり気にしてはいけない。
「ぁん!?」
 雨流が一睨み。それで半分ほど吹き飛んだが、未だ残り半分は怯みながらも交戦意志を失っているようには見えない。
「……えっと、何? こいつら」
「しっとの心は!」
「父心!」
「押せば命の……」
「知らねーけど、毎年出てくる。面倒くせー、来るならとっとと来な」
「「最後まで言わせろー!!」」
 完全に呆れた表情の雨流が、周りの奴らを煽るような台詞を吐く。安い挑発に乗った奴らが襲いかかってくるのを、雨流は蹴りの一撃で軽くいなした。
「チクショウ! 女連れだからかは知らねーけど余裕ぶっこきやがって!!」
「こんな日に手を繋いで歩いてるとか、お持ち帰りコースかお前!! ちくしょうふざけやがって!」
 男共の怨念が形となって周囲を包む。そういう異能持ちの奴が近くに居るのかもしれないし、ラルヴァのせいかもしれない。
「どうでもいいけどさ、どうやって抜けるのよ、コレ?」
「ジャンプして飛び越えるか、蹴り飛ばして強行突破。どっちがいい?」
「前者ね。スマートな方がいいわ」
「お前ら、何ゴチャゴチャ……」
 男どもが再び絡もうとしたその矢先……
「はいはい、ちゃんとつかまってろよ」


 沙希を横手に抱えて、大きく跳躍した。着地地点に居た男の肩を踏みつけて、その囲いを跳び越えていく。


 置いてけぼりをくらった男達は、歯ぎしりをしながら次の獲物を探す。
「あの野郎スカしやがって……」
「あいつの事は忘れようぜ、次行くぞ次!!」
「いつまでも『次』があると思うな、ってダディに教わらなかったか? shit boys」
 ……男達の背後で、火薬が炸裂する音が響いた。
「おい、発砲は警告をしてからだと注意した筈だが?」
「ヤツらが聞いてなかったのが悪い。大体なんであんなジェラシー丸出しのみっともない真似してんだ? さっぱり分かんね」
 軽口を叩く二人の背後には、見るも無惨な情景が広がっていた。そこに転がる男共は、皆鈍器……刀の峰打ちも、十分凶器である……で殴られたか、非致死性のゴム弾で打たれており、時折ピクピクと痙攣するのが見える。
「私は西地区の分隊を回ってくる、こちらの方面は任せた」
「オーライ、ったく、チョコが欲しいならgive me chocolateぐらい言えないもんかね」
 双葉学園風紀員と、モテない男共の集団……しっと団との戦いは、今まさに最高潮へ達していた。だがそれは、また別の話である。



 そして、しっと団にしつこく狙われていた二人……沙希と雨流は、買い物も済ませて無事にマンションに戻っていた。
「……チョコ作った後片付けてなかっただろ。なんか甘かったぞ」
「仕方ないでしょ、アンタが眠ってる間に作って、朝はギリギリまで寝てたんだから。さっき洗ったわよ」
「どーりで、午前の授業、居眠りしてただろ」
「してないわよ!」
「真横に居て、こんな手なんだからバレバレに決まってんだろ」
 この日の夕食……サンマの塩焼きを食べ終わり、二人でダラダラと会話をしている。
「にしても、お前誰にチョコやったんだ?」
「女の子友達よ。それがどうしたの?」
「男には渡さなかったんだな、そしたら」
「……それが、どうかしたの?」
「別にー、なんかネタになんねーかなって」
「っさいわねぇ、アンタはどうなのよ、結局何個?」
「三つ。宛名は無し」
「ふーん、ちゃんと食べなさいよ?」
「……どういう意味だ?」
 それに答える沙希の表情は、いつになく真剣だった。
「本気のチョコっていうのは、女の子の気持ちが籠もってるんだからね。そこの所、分かってる?」
「はいはい、分かってるっつーの。それなら、食えなくてもお前にはやらないからな」
「食べられる訳無いじゃない」
 カバンから包装紙に包まれているチョコを出す雨流を眺めていた沙希が、突如驚いたように跳ね上がった。
「あー!!」
「ん?」
「ちょっと、これ解いて!? やる事あったの忘れてた!」
「なんだかわかんねーけど、ほらよ」
 バンダナが解かれると、沙希は慌てて台所へ向かった。
「……? 変なヤツ」

 慌てて台所に駆け込んだ沙希は、その片隅に置かれたラッピング用紙とリボンを手に取る。
「み、見られてないわよね……?」
 既に使われた残りの包装紙を手に取って、雨流の方を見る……幸いなのかは分からないが、彼は渡されたチョコのうち一つを見ていた。
「危ない危ない……とりあえず、仕舞っておかなきゃ」
 彼女が手に持っている包装紙と、雨流の持っているそれは、同じ柄であった。
「……どうしたの? それがそんなに気になる?」
「いや……どっかで見たような気が、な」
「き、きき、気のせいじゃない!?」
 沙希は包装紙を後ろに隠しながら、そろそろと自分の私物がある部屋へ入り込んだ。後ろに隠しているモノを鞄にしまい、一安心
「……ふう」
 沙希は、少しだけため息をついた。




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