怪物記 第一話


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怪物記

第一話【死出蛍】


     兄ちゃん、蛍はなんで死んでしまうん?
                   ――節子


 F1という競技はそれより下位のF3などとは大きな違いがある。出場選手やスタッフのレベルの差もそうだが、マシンレギュレーションの違いだ。F3カーのエンジンの排気量は2000ccだがF1カーに搭載されるエンジンの排気量は2400ccだ。だからF1カーとF3カーがレースすればまず間違いなくF1カーが勝つ。いささか回りくどくなったが、私が言いたいのは性能差は埋められないということだ。要するに、
「君達……もう少し、加減して、歩く気は、ないか……?」
 双葉学園都市の生徒と比べればF3カーはおろか原付程度の私の体力はもはや限界だった。現に彼女らと20メートルは距離が開いている。
「学者さん、いくらなんでも体力なさすぎですよ」
「こんなジャングルの中を30kmも歩けば普通は疲れ果てる……」
 私の体力はあくまで人並みだ。もっとも、人並みはずれた面々から見れば貧弱もいいところだろうが。
「何にしろこのペースで歩き続けるのはもう無理だ……。ペースを緩めるか休憩するかしないことにはもう歩けん」
「でも早く問題のラルヴァ見つけないと夜になっちゃいますよ?」
「ラルヴァ……か」

 人類はラルヴァと呼ばれる生物と戦っている。
もっとも、彼らは生物というくくりには収まらない。彼らは獣のようであり、怨霊のようであり……人のようである。
 彼らとの戦いは世界の『裏側』でずっと昔から続いている。それこそ人類が文明をもったころから続いているらしい。世界各地の伝説や伝承の類――雪女やミノタウロスなどは当時のラルヴァのことを綴ったものだとも今では考えられている。それらの伝説や伝承の中、そして世界の『裏側』にしかいなかったラルヴァの有り様は二十年前から大きく様変わりした。
 まるで器の中から水が溢れ出すようにラルヴァは『表側』に現れ始めたのだ。今の世界にはラルヴァが溢れている。しかしこの国でそのことを知る人間の数は決して多くはない。大多数の国民は情報統制に遮られ、ラルヴァの存在を知らない。知っているのは遥か過去からラルヴァと戦い続けていた人間――『裏側』の異能力者と、彼らと接触をもつ『表側』の政府。そして、彼らに育てられる異能力者の少年少女――双葉学園都市の学生たちだ。
 彼らは学問やラルヴァに対抗する術を学ぶ学生であると同時に、『表側』の世界を襲うラルヴァと戦う戦士でもある。日本の各地でラルヴァが出現した際には現場に急行し、ラルヴァを討伐する使命を帯びている。
 だが、彼らに同行する私は双葉学園の学生ではない。『裏側』の異能力者でもない。ラルヴァを研究する一人の科学者だ。双葉学園の学生たちがラルヴァの起こす事件を解決するために現場に出向くとき、研究のために同行する。
 そう、今回のように……だ。

「……休憩がてらに今回の事件を再確認してもいいか?」
「既に休憩は決定事項なんですか……。しょうがないですね。みんなー! ちょっと休憩するよー!」
 彼女の号令で今回のラルヴァ討伐パーティの面々が思い思いの姿勢で休憩する。仲間と雑談するのもいれば木に背中を預けて寝ているのもいる。……中には「何でこの程度で休憩するんだ」と非難がましい目で私を見ているのもいるが。
「それで今回の事件の確認でしたっけ?」
「ああ。私が事件のあらましを覚えている限り話す。それに修正や追加があったら言ってくれ」
「はい、わかりました」

 事件の分類は【変死事件】。ラルヴァが起こしたとされる事件では一番件数が多い事例だ。
 最初の被害者はここで働いていた女性従業員。一週間前から姿が見えない。以後の事件の被害者と同様に死亡したと推定されている。
 第二の被害者はここの男性従業員。六日前の終業時間になっても姿が見えず、翌朝ミイラになってるのが発見された。外傷はない。
 第三の被害者は第二の被害者の変死事件を調べていた警察官。捜査に当たっていた警官全員がミイラになって発見された。発見時刻はやはり朝。警官たちが拳銃を発砲した形跡はあったが弾丸は全て土や木に埋まって発見された。
 かくしてこの変死事件はラルヴァによるものという見方が強まり、刑事事件から双葉学園預かりのラルヴァ事件となった。

「しかし半日かけての捜索も成果なし、か」
「はい。でもこの事件は早く解決しないといけません」
「なにせ現場が“こんなところ”だからな」
 私は周囲の鬱蒼としたジャングルを見回した。しかしここは日本であるし屋久島でもない、普通こんなジャングルはない。さらに言ってしまえばこのジャングルは本物のジャングルじゃない。ここは
「ラルヴァもなんでまた遊園地のアトラクションなんかに出現したんだか」
 ここはN県にある地方遊園地の中だ。人口のジャングルはこの遊園地のアトラクションの一つであり、実際には直径1km程度とそう大した広さではない。
しかし件のラルヴァは姿を見せず、おかげで延々と歩き回って結局30kmも歩く羽目になった。
「今日は変死事件の調査ってことで警察筋から閉園にできてますけど、そう何日もは無理ですよ。
 ここは普通の遊園地で営業者も従業員も誰一人ラルヴァのことは知らないんですから」
 そんなわけでこの事件はスピード解決が求められている。今ここにいるのは私を含めて六人だが、数十人の学生が遊園地中を手分けして捜索している。私はラルヴァが隠れるならここだろうと踏んでこのグループに同行したが、ラルヴァは姿を見せない。
「それにしても、こんなに見つからないなんて……ホントにラルヴァがいるんでしょうか?」
「いるさ。それだけは疑いようがないし、どんなタイプのラルヴァがこの事件を起こしたのかも既に想像がついた」
「え?」

「ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定だな」

「銃弾が全て土木の中から発見されたということは『発砲はしたが当たらなかった』ということ。
 この時点でラルヴァのカテゴリーは物理攻撃をすり抜けるエレメントか、高速移動で回避するタイプかに絞れる。
 次に被害者が全て外傷もなくミイラ化していたのは生気吸収によるものと推測できる。
 そういった生気吸収はカテゴリーエレメントの十八番であるし、ビーストやデミヒューマンが同じことをしようとすれば被害者は大なり小なり外傷を負う。
 連中は生気を吸収するタイプでも噛みつきか握首を行うからな。よってカテゴリーはエレメントに特定。
 また被害者が全て朝になってから発見されたというのも大きい。
 恐らく、夜間の発見者は発見した被害者と同様に生気を吸われて殺されている。
 つまり第三の被害者である警官たちは夜間も事件の捜索をしていたために、殺しつくされた。
 しかし朝の発見者は殺されていない。このことから対象の活動時間は夜間限定であると断定できる。
 それらの総合的な結論が『ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定』だ」
「…………」
 推論を述べ終えたとき、彼女や彼女のパーティメンバーはポカンとした顔で私を見ていることに気づいた。……どこか間違えただろうか。まぁ、外傷なしで生気吸収する新種のデミヒューマンという線もないではなかったが……。
「さすが探偵さんですね、びっくりしました」
「いや待て。私は探偵じゃないぞ、学者だ」
 しかしながらシャーロック・ホームズの趣味は化学実験という設定なので両者は案外近いのかもしれないが。
「あら? でも夜に活動するラルヴァってわかっていたなら何も昼間に動き回らなくても良かったんじゃないですか?」
「科学者というのは仮に九割の確度で正しいと思っていても、後の一割を確かにするために実験を重ねるものだからな。
 昼間に歩き回って何も出てこなかったおかげで夜間限定のラルヴァだと断定できた」
 そう、ようやく断定できた。
「さあ、そういうわけで、だ。夜間まで待つとしようじゃないか。正直なところこれ以上歩くと肝心の夜に歩けなくなる」
 私の足腰は座ったまま立てないほど限界だった。

 果たして夜中になってラルヴァは出現した。
「ほたる……?」
 木の中から一円玉程度の青白く光る球体がふわふわと浮かび上がってきた。たしかに、何も知らずに見れば蛍に見える。
「【死出蛍】か……予想外だな」
「しでぼたる、ですか」
「カテゴリーエレメント、下級Cノ5だ」
 ラルヴァはその強さや知能によってカテゴリからさらに細かく分類される。下級Cノ5は『現代兵器が通用し』『単細胞生物レベルの知能で』『自然災害レベルで存在するだけで人を殺す 』だ。
「下級でCで5? それっておかしくないですか」
「そうだな。普通5という等級は圧倒的な力をもったラルヴァに与えられるものだ。
 しかし死出蛍はその例外に当たる。極めて弱いが、存在するだけで人を殺す。
 こいつらは近づくだけで人の生気を吸収するからな。まぁ、普通は触られても軽度の栄養失調程度で済む」
 死出蛍はラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァだ。これといった意思もなく現代科学で対処可能だが、いるだけで人に危険が及ぶ。稀に死ぬ。感染しないインフルエンザのようなものだ。
「そもそも対処法さえ知ってれば何も怖くないラルヴァだ。まぁ、拳銃は効かないが」
 私は持ち込んだ懐中電灯を点けて対処法を実演して見せた。懐中電灯の光で、死出蛍の青白い光を包み込む。すると、
「あ!」
 懐中電灯の光が過ぎ去ったとき、死出蛍は消滅していた。
「死出蛍は自分よりも大きく強い光に包み込まれると消滅する。懐中電灯を持っていれば子供にだって倒せるラルヴァだ」
 数多いるラルヴァの中でも最弱のラルヴァといっても過言ではない。その脆弱さ、低い危険度、まだ野犬の方が危険だろう。
 しかし……だからこそ、解せない。先ほど述べたように普通は死出蛍に触られても軽度の栄養失調になるくらいだ。死ぬなんて事態は滅多にない。だというのに……この事件は人が死にすぎている。たかが死出蛍で何人も人が死ぬわけはない。そもそも警官たちとて夜間に捜索をしていたのだから当然懐中電灯は持っていたはずなのに、なぜ……。
「……学者さん」
「なんだ?」
「死出蛍って群れますか?」
「ん? ああ、群れる。と言ってもラルヴァの一種だ。ある特殊な条件下でなければせいぜい十かそこらだろう」
「じゃあこれって特殊な条件下ですか?」
「……何?」
 彼女が指差したのはこの周囲の木々……否、
「なるほど。たしかにこれだけ集まれば死ぬほど生気を吸われるな」


眠りから目覚めるように木々の中から浮かびだす、数百数千もの死出蛍の群れだった。




「しかし、なんとも……すごいなこれは」
 呆れと感心が半々の心境で私は死出蛍を見ていた。数千匹の死出蛍の群れは今も続々と数を増し続けている。夜行性とはいえ、これだけいてよく昼間一匹も見なかったものだ。……ああ、そうか。日が昇ると木に隠れない奴は消えてしまうのか。
「感心してる場合じゃないですよ学者さん!?」
 口調こそ慌てているが彼女と彼女のパーティの動きは機敏だった。先刻説明した『接触すると生気を吸われる』、『大きく強い光に包み込まれると消滅する』という二つの情報を有効に使い、距離をとりつつそれぞれが携行した懐中電灯の光を当てて死出蛍を消していく。さすが双葉学園都市の生徒。場慣れしている。
「ところで君達は異能を使わないのか?」
「あたしのチームは全員身体強化系の異能ですから!」
 なるほど。道理で昼間あれだけ歩き回ったのにまったく疲れないと思った。
「となると逆に死出蛍で良かったということか」
 エレメントに物理攻撃は効かないが死出蛍は懐中電灯があれば倒すことができる。この分ならじきに…………待った。
「だから……これで倒しきれるなら警官は全滅なんてしやしない」
 ラルヴァの存在を知らず、気が動転していたとしてもこの暗闇で懐中電灯の光を当てれば死出蛍の弱点は分かる。しかし警官は全滅した。即ち、死出蛍にはまだ秘密が…………あった。
 懐中電灯に照らされて徐々に数を減らしていた数千の死出蛍。奴らは示し合わせたように一箇所に集合し

――そのまま一匹の巨大な死出蛍と化した。

 小さな球体が巨大な球体を成す様はまるで原子の結晶構造のようだ。一匹一匹は一円玉程度の大きさだった光球も寄り集まって、今では運動会の大玉の数倍は大きい。
「納得した。これではもう懐中電灯ではどうしようもない」
 私も生徒たちも懐中電灯の光を当て続けているが、まったく効く様子がない。それはそうだろう。今の死出蛍の光は懐中電灯などよりも遥かに大きく強い。加えて、今の巨大化した死出蛍に触れられれば一瞬でミイラと化してしまうはずだ。さらに不味いのは、
「……やっぱりなぁ」
「あの、学者さん? やっぱりって?」
「さっき死出蛍のことをこれといった意思もなくと言ったが、あれには若干誤りがある。
 動物以下の微生物並みのCランク知性と言っても、微生物並みには知性があるんだ。
 食べ物を探す程度の知性は持っている」
「つまり……?」
「デカくなって大食らいになった死出蛍には我々がご馳走に見えているだろうな」
 巨大死出蛍はゆっくりと動き出し、

次の瞬間には最高速で突撃してきた。

「退避ーーーーーー!!!」
 彼女の退却指令に彼女のパーティが一斉に駆け出す、と同時に私は彼女に背中におぶられていた。『さすが身体強化系。私一人くらいへっちゃらだ』や『男としてはいささか恥ずかしい格好だな』など思うことは多々あったが何よりしみじみと思うことは、
「……背負われてなかったら私は今頃ミイラの仲間入りしていただろうな」
 現在彼女と死出蛍の両者とも推定時速50kmオーバー。『表側』の陸上世界記録が足元にも及ばない一般道路の制限速度ギリギリのスピードだ。自分の足で逃げてたら一秒で死出蛍に追いつかれて生気を吸い尽くされていただろう。身体強化特化のパーティに同行してよかったと心から安堵する。
「それで学者さん! これからどうしましょう! 死出蛍には光の他に弱点ないんですか?
 あたし虫除けスプレー持ってますけどこれ効きますか!?」
「ハッハッハ、面白いことを言うなぁ黄みは」
 死出蛍という名前でもあれは昆虫型のラルヴァではない。そもそも効く効かない以前に虫除けスプレーじゃ駄目だろう、殺虫剤じゃないんだから。
「光以外に明確な弱点はない。あとは他のエレメントと同様に異能で片付けるしかない。
 だから手としてはこの遊園地に来ている他のグループの超能力・魔術タイプの異能力者に任せるか……」
「か?」
「懐中電灯と比較にならない光量を当てるしかない。
 君、フラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」
「そんなの用意してないですよ」
「そうか。なら」
 するべきことは一つ。
「逃げよう」
「はい」
 私を背中におぶったまま彼女達は死出蛍から逃走する。逃走を開始してすぐにアトラクションのジャングルを抜け出し、今は舗装された園内の道路を走っている。お互いに全力で動いてるのだろうに両者とも時速50kmからまったくスピードが落ちない。私は『やはり異能力者とラルヴァはすごいな』と子供のようにぼんやりと考えていた。
 ただ死出蛍はこれが最高速度なのだろうが、彼女は全力でこそあれ最高速度ではない。私という荷物を背負っているから逃げ切れない速度でしか動けないのだ。その証拠に彼女の仲間は先行して前方にいる。
 さて、どうしたものか。少なくとも彼女の背から飛び降り自ら死出蛍に食われることで彼女の負担をなくすという選択肢はない。死ぬのはごめんだし、そんなことされたら彼女達もトラウマだろう。
 やはりここは彼女に頑張ってもらうしかあるまい。頑張れ。
「学者さん! 他のグループと連絡が取れました!」
 彼女は器用にも私を背負って全力疾走しつつ片手で通信機を使って他のグループと連絡を取り合っていた。
「超能力・魔術タイプの異能力者は?」
「いました! もうじきこちらに到着します……来ました!」
 彼女の言葉とほぼ同時に車のエンジン音が私の耳にも届いた。一台の軍用ジープが交差した路地からやってきてこちらに並走する。その軍用ジープは最年長らしい男子学生が運転し、後部座席から三人の女子学生がルーフのない車内から身を乗り出している。
 三人は死出蛍へと狙いを定め――超能力・魔術の力を死出蛍に向ける。不可視の念動が、極北の冷気が、炎の円盤が死出蛍を攻撃する。不可視の念動は死出蛍の少しだけ後退させ、極北の冷気は死出蛍の速度を若干緩め、炎の円盤は死出蛍を真っ二つに引き裂く。が、あっという間に再び結合して元通り。
 要するに効いていないのだ。
「はぁ!?」
 ジープを運転していた男子学生が驚愕の声を上げる。ああ、私も驚いた。
「弱いラルヴァだと思っていたが……。
 懐中電灯で死滅するくせに異能に対してこれだけ高い耐性があるとはな。
 なるほど、5の等級だけでなく下級の等級でも例外だったか」
「だから感心してる場合じゃありませんって!?」
 まったく応えた様子もない死出蛍は我々を追い続ける。
「異能が効きづらいとなるとやはり光しか倒す手段はないか……」
 しかし、そんな光源をどこから用意すればいいんだか。
「ちなみにそちらはフラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」
 駄目元でジープを運転していた彼に尋ねてみたが、
「ねえよ! つうか太陽拳って技じゃねえか! 天津飯かよ!」
やはり駄目だった。それも今度はツッコミまでついていた。
 さて、どうしたものか。まぁとりあえず今すべきは……データ収集か。
「君達、頼みがあるんだがもう一度攻撃してみてくれないか、と」
 最初からそのつもりだったのか彼女たちは私が言い終えるころには既に死出蛍を攻撃していた。しかしやはり念動は多少のノックバックをするに留まり、冷気は進行速度をわずかばかり緩めるに過ぎず、炎の円盤は死出蛍を切り裂くもすぐ復元されてしまう。
「……ふむ」
 なるほど。なるほど。なるほど。
 “二回とも同じだった”。おかげで合体した死出蛍の耐性は大体分かった。推測どおりなら……、
「聞きたいんだが、虫除けスプレーはどこにある?」
「え?」
「さっき虫除けスプレーを持ってると言っただろう?」
「ポーチの中ですけど……」
「少々借りるぞ。あと、悪いが少し動く」
 彼女の腰に装着されているポーチを開き、中から虫除けスプレーの缶を取り出す。缶の横面に書かれた『火気厳禁』の注意書きを読み、私はおもむろに懐からライターを取り出す。同時に身体を捻って自分の上半身を死出蛍の方へと向かせる。
「きゃっ! なにを」
「あの生徒が放った炎の円盤が死出蛍を真っ二つにするのを二度見た。
 二回ともすぐに修復したのでご覧の有様だが、一時的にとはいえ分裂したのは確かだ。
 ではなぜ分裂したのか? 高速回転する円盤が切断したのか?
 いや違う。運動エネルギー……物理攻撃はエレメントに何のダメージも与えない。
 切断したのは……炎の高熱だ」
 私はスプレーのノズルの先端を死出蛍に向け、
「高い熱エネルギーを受けることで元々は群体である死出蛍は一時的にその繋がりを断たれる
 ようだ。無論、またすぐに元に戻るわけだが……」
スプレー缶の手前に点火したライターを添える。
「熱エネルギーを受ければ部分的に合体が解けて分裂して小さくなってしまう。
 炎で包める程度には、な」
 私がスプレーのトリガーを押し込むとノズルの先端から高圧ガスによってスプレーの微粒子が噴出し、

ライターの火が着火して即席の火炎放射器となった。

「推測どおりだ」
 炎の高熱に炙られ、巨大死出蛍がボロボロと崩れだす。バラバラにされたところでまた合体することなど容易な死出蛍の分体はしかし、炎に包まれて徐々に消えていく。なぜなら
「簡単な科学の問題。燃焼という現象のエネルギー変換を説明せよ」
「? えっと、化学エネルギーから熱エネルギーと音エネルギーと……あ!」

「光エネルギーだ」

 熱エネルギーで元の小さな光球に分裂した死出蛍を炎という名の光が包み、消滅させていく。私が虫除けスプレーで簡易火炎放射器を作ったのと同様に、車の女子学生たちも虫除けスプレーやヘアスプレーを取り出し、炎の円盤の少女が点火することで火炎放射を死出蛍に噴きつける。
 良い子は真似しないで頂きたい。
 徐々に徐々に磨り減っていくというのに微生物並みの知能しか持たない死出蛍は我々を追撃することをやめず、結果として総体積を減らし続ける。死出蛍はもう、詰んでいた。
「そういえばこんな諺があったな」


「飛んで火に入る夏の虫、だ」




 スプレーの中身を使い切るまで火炎放射した結果、死出蛍は一匹残らず消えてなくなっていた。
「終~了~!!」
 ジープを運転していた男子学生のその言葉が合図になって私は彼女の背から降ろされ、生徒たちもようやく終わったと息をついた。
「……まぁ、まだ一つ残ってるんだが」
「残ってるって何がですか学者さん?」
 私の独り言が聞こえたらしく彼女が私に尋ねてきた。
「死出蛍の群れが出る前に話していたことだが」
「?」
「死出蛍は通常多くても十匹程度の群れしか作らない。……ある特殊な条件下でなければ」
「その条件って」
「それは“現場”に戻ってから話そう。君、すまないがジープに乗せてくれないか。おんぶを頼むのも気が引けるのでね」

 数分後、我々は死出蛍と遭遇した場所であり、被害者たちが殺された場所であるジャングルのアトラクションへと戻っていた。ジープを降りて全員でジャングルの中を歩く。
「おっと……」
 逃げるときは背負われていたので気づかなかったが夜間の鬱蒼としたジャングルは中々に歩きづらい。うっかりすると足を取られて転びそうになるので注意しながら歩いていく。
 だがそうして歩いていたとき、ぐにっ、と足元から柔らかい感触が返ってくる。
「…………」
 “踏んでしまったかもしれない”。
 私は恐る恐る足を動かし、今しがた踏んだ地面に懐中電灯の光を当てる。暗いのでわかりづらいが私が踏んだあたりは心なし地面の色が他と違う。それに土の表面が随分と柔らかそうだ。まるで……最近一度地面を掘り返したかのように。
「この事件のことを、もう一度確認してもいいかな?」
「? はい、構いませんけど」
「最初に事件が起きたのは一週間前。この遊園地で働いていた女性従業員が行方不明になった。
 翌日、やはりこの遊園地で働いていた男性従業員の姿が終業時刻から見えず、翌朝ミイラに
 なって発見された。このことから最初に行方不明になった被害者もまた同じように変死して
 いると見られ、第一の被害者とされた」
「はい、この事件の被害者たちは死出蛍に生気を吸われて殺されたんですよね」
「それなんだがな……第二の被害者と第三の被害者はともかく……第一は違うかもしれん」
「どういうことですか?」
 私は彼女と話しつつ、慎重に靴を動かして色の違う土を少しずつどかしていく。
「さっきは途中になったが、死出蛍が十以上の群れを作るには特殊な条件が整っていなければ
 ならない」
 土をどかしていくと、土とは違う若干硬い感触がした……この靴は後で捨てよう。
「その特殊な条件下とは……」
 土をどけ終えると、その中からあるものが文字通り顔を出した。それは……、

「新鮮な“他殺”死体が近くにあることだ」

地中の微生物に食われて腐乱した女性の死体。

この変死事件の最初の被害者だ。




 翌日、私は双葉学園都市内に借り受けている自分の研究室で死出蛍の事件のことを留守番していた助手に話していた。
「これは私の推測になるが恐らくあの女性を殺したのは第二の被害者だな」
「はぁ、何でですかー?」
「痴情のもつれか、金銭トラブルか、そんな事情は知ったことではないが彼は彼女を殺した。
 突発的な殺人だったのだろう。遺体を処分する準備など何もせずに殺してしまった彼は、
 ひとまず彼女をあのアトラクションのジャングルに埋めた。準備を整えるまでの急場しのぎ
 としてな」
「無計画ですねー」
「まったくだ。翌日、遺体を処分する手筈を整えた彼は彼女の遺体を掘りおこすために再び
 深夜にあの場所を訪れた。だが運悪く彼女という他殺死体を苗床に繁殖した死出蛍に襲われ、
 ミイラ第一号になったわけだ。まぁ、彼に関しては自業自得だな。
 可哀そうなのは第三の被害者である警察官達だと私は思うね」
「ご冥福をお祈りしますー」
「しかし、こうして推測を続けたところで殺人事件のほうの真相を知る術はないな。
 この事件はラルヴァ事件になってしまったのだから警察としては迷宮入りだ」
 どちらにしろ加害者は死んでいる。見方によっては殺された女性が復讐したとも言えるだろう。死出蛍にしてみればただ単に繁殖と食事をしていただけなのだろうが。
「死出蛍は生きている人間の生気を吸って生き、他殺死体を使って繁殖する。
 何故他殺死体でなければいけないのかはまだわからない。
 殺された人間の怨念でも吸うことで繁殖するのか、それとも単なる習性なのか。
 何にしても、傍から見てる分にはまるで死者の魂が蛍に変ずるかのような光景なのだろうな……」
 蛍は古くから人魂を連想させる生物だ。以前観た映画でも死者を荼毘に付したときの火の粉が蛍を連想させるシーンがあった。
「センセも死んだら蛍になりますかー? この夏の見ものですねー」
 助手の脳内では俺の命は夏までなのだろうか。
「生憎だがそんなに早く死ぬ気はないな」


「私はまだラルヴァを知り足りないのだから」



第一話【死出蛍】 





登場ラルヴァ
【名称】   :死出蛍
【カテゴリー】:エレメント
【ランク】  :下級C-5
【初出作品】 :怪物記 第一話
【備考】   :ラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァ。
        これといった意思も無く現代科学で対処可能だが、
        近づくと生気を吸われるのでいるだけで人に被害が及ぶ。
        普通は軽い栄養失調になる程度だが稀に死ぬ事例もある。
        自分より強い光に包み込まれると消滅する。
        懐中電灯を持っていれば子供でも対処可能。
        通常は群れても十匹程度だが、他殺死体があると繁殖して数を増す。
        過去に確認された動物の死体での繁殖数は百匹ほどだったが、
        人間の他殺死体の場合は数千匹を超えることが確認された。
        数を増すと集合・合体し一匹の巨大な死出蛍となる。
        この状態になっても光が弱点である。
        また、強い熱にさらされると一時的に合体が解ける。
        ただし、光と熱以外には強い耐性を示す。


登場キャラクター
学者
【名前】
語来 灰児(カタライ ハイジ)
【学年・クラス】
ラルヴァ研究者
【性別・年齢・身長・体重】
男・25・182cm・63kg
【性格】
物事の視点や考えを周囲に左右されない。そして何よりも理屈屋。
【生い立ち】
大学を飛び級で卒業後に日本政府直属の研究所に就職した後にラルヴァの生態研究専門の研究者となる。
【基本口調・人称】
年上に対しても年下に対しても目上に対しても目下に対しても学者然とした順を追ってはいるが回りくどい話し方をする。
一人称:私 二人称:君 一人称複数形:我々 二人称複数形:君達
【その他】
学園都市に研究室を借りて滞在し、能力者がラルヴァと戦う際に同行し、ラルヴァを観察する。
学園都市に来る前からの助手が一人いるが、彼以外誰も姿を見たことがない。

夏でもブラウンのロングコートをはおり、内ポケットにライターや懐中電灯など色々なものをしまっている。しかしフラッシュグレネードと閃光玉と太陽拳は入っていなかった模様。
夏場は保冷剤が仕込んであるのでコートを着込んでいても内側は涼しい。



【久留間戦隊(クルマセンタイ)】
怪物記一話にて灰児が同行したパーティ。
リーダーは久留間走子(クルマ ソウコ)。
五人のパーティメンバー全員が身体強化系の異能力者であり、高速・高機動の連携徒手格闘戦を得意とすることで知られている。そのためビーストには強いが、エレメント、特に接触による生気吸収を行うタイプの相手は鬼門である。
実戦経験は多く、戦績も中程度。


【TeamKAMIO】
怪物記一話にて援軍に到着したパーティ。
リーダーは上尾慶介(カミオ ケイスケ)。
四人のパーティメンバーは異能力者でないカミオと三人の少女異能力者という構成。
上尾の軍用ジープにパーティメンバーを乗せることで足の遅い異能力者をカバーする戦術を取る。
オンロードオフロード屋外屋内を問わず自前のジープで走破する。
その際に公共物を破壊してしまうことも多い。


ツールボックス

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