【danger zone】


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ラノで読む  http://rano.jp/938

山口・デリンジャー・慧海 紹介SS

      danger zone

「いーち、にぃ、さ~ん、フォー、ファイヴ…」

 五つまでで面倒になったらしく、少女は数えるのを止めた。

 東京湾の羽田島に隣接する、廃業した海運会社の地下に設けられた連絡通路に、十数対の赤い瞳と、生臭い臭気。
 大田市場と自社ヤードを結ぶ、ケーソンの地下道で狼犬型ラルヴァに囲まれていたのは、一人の少女だった。
 金髪をツインテールにした少女、猫目気味な瞳の色は緑青、身長と胸の膨らみは、故郷のカンザスで9才児と間違われる程度。
 服装はジーンズにウェスタンブーツ、赤いチェックのウールシャツに革ベスト、金髪と調和したチョコレート色のテンガロン・ハット。
 カウボーイファッションの本場であるアメリカでさえ、都会をこの姿で歩けばコスプレかと疑われるような出で立ち。
 この少女に欠けているものがあるとすれば、旧いコルトを差した、幅広のガンベルト。

 少女を囲んだラルヴァ、シベリア狼に似た漆黒の獣は前足を突っ張り、唸り声を上げながら少女との距離を詰めている。
 少女は、首から下げた銀色の鎖、その先にある、赤子の握り拳ほどの造形物を、クイックレリーズ・キーで外した。

 レミントン・ダブルデリンジャー

 少女は日米の混血だった、母方の姓である"デリンジャー"は、ミドルネームとして名乗っている。
 彼女が首から下げていた銃も、デリンジャー。
 銃器コレクターだった少女の祖父が、名前同じじゃん、と衝動買いした銃。
 プラチナ仕上げに彫刻が施された、レミントン社が優良顧客のために特製したデリンジャー拳銃。

 拳銃のフィニッシュに合わせて、ヴァンクリーフ&アーペルの本店で作らせた、プラチナの鎖とクイックレリーズ・キー。
 まっすぐ引けば1tの負荷をかけても外れないが、先端を捻りつつ斜めに力を加えれば、絹のリボンが解けるように外れる。
 少女は、首筋を這う銀鎖の先、鉛弾を発射できる風変わりなアクセサリーを首から外した、まだ弾丸は装填されていない。
 白金の輝きを放つデリンジャーを右手に持ったまま、両腕を水平に広げ、空っぽの左手に意識を集中させた。

 ラルヴァ

 21世紀初頭の地球で起きた、自然現象的な大量召喚で人類の前に現れた、未知の生物群。
 通常兵器の攻撃を、原子分解に似た"キャンセル"で消去してしまう肉体構造を持つ獣は、
文明の進んだ人類を侵食するウィルスのように、各地で猛威を振るった。
 そして、ウィルスの召喚は、それに対抗するワクチンをも生み出した。
 ラルヴァの大量召喚に呼応するように、世界各地で発現した「異能の子供」
 それまで、時代の節々で偶発的に召喚され、人間の世界に現れるラルヴァに対抗すべく、
ラルヴァの攻撃キャンセルに浸透し、その肉体を破壊する、異形の能力を持った人間は、
エクソシスト、拝み屋、国家機関内部の特殊部隊など、様々な形で存在したが、
ラルヴァの大量出現は、地球という生物が本来持っている防衛機能を呼び覚まし、
結果、世界のあちこちで、「異能の子供」が大量に出生することとなった。

 何のことはない、地球がちょっと風邪をひいた、そして免疫を生成して、風邪菌を追い出そうとしている。
 いずれ来る、何がしかの変革に耐えうる生命力をつけようとしているのかもしれない。

 世界各国の政府は何も示し合わせることもなく、判で押したようにこれらの事件を秘匿した。
 ネットサイトやタブロイド新聞が書きたて、好き放題に騒ぐ事に関しては放置するという方策のおかげで、
 一般人にとってのラルヴァは一部のオカルトファンしか信じない、少年妄想臭の漂うUMA伝説と認識された。

 現在、現実に存在する狼ラルヴァに囲まれている、日米混血の少女もまた、その現象によって異能を得た子供だった。
 彼女が他の異能の子供に比して稀有なのは、彼女の一族が代々、異能者を数多く輩出していたこと。
 少女がその血統と、異能の大量生産によって生まれながらに宿していた能力。
 魔弾の射手
 火薬爆発式の発射火器、2019年の時代にあっても、後100年は最前線で使われつづけると言われている、銃という武器。
 対戦車砲さえも、その皮膚に備わった機能で溶かし、拡散消去してしまうラルヴァの、キャンセル機能を貫徹する弾丸を撃つチカラ。
 少女の何代か前には、もっと違った名前で呼ばれていた、ただ鉄砲撃ちとか、化物狩人とか、時代によって違う名で呼ばれていた。
 それがいつのまにか、少女の何代か前の異能者によって、ウェーバーのオペラから頂いた名になった。
 後世の異能者が、自身を名乗る時にどれだけこっ恥ずかしいかについては、考慮してくれなかった。

 狼ラルヴァに囲まれた少女は、拳銃と弾丸を持った両手を水平に広げたまま、ブーツの尖った爪先を鳴らして駆け出した。
 彼女のブーツに噛み付いていたラルヴァが、分厚い革の急な動きに犬歯を折り、短い悲鳴をあげる。
 前に、横に、絶えず走りつづけながら、拳銃と弾丸に異能を宿すチカラを持つ少女の、詠唱が始まった。
 ルーンでもサンスクリットでもない、彼女にとって唯一にして絶対の、神聖なる詔。
「…キャリパー・フォーティーワン・フルメタル・ジャケット…」
 走る少女の掌に小さな渦が巻く、山吹色の渦流は、金属特有の反射性の色彩を帯びた。
 音速に近い速さの渦が一瞬、左手で鋭い音をたてた後、2発の弾丸が左の掌に現れる。
 少女が出したのは、デリンジャーに装填可能な41口径の銅合金被甲弾、主に軍隊、警察で使われる、汎用性の高い地味な弾丸。
 ダムダムやホローポイントのような派手な人体効果はないが、適度な弾頭重量の弾丸は、弾道がフラットで扱いやすい。
 少女は右手を体の前、右から左に滑らせながら、手の中にあるデリンジャーのラッチを押し、手首を返す。
 鋼の銃身と薬室を、慣性で上向きに中折れさせた、二発の弾丸を握った左手は頭上に差し上げられている。
 激しく動きつづけていた少女のブーツが、突然たたらを踏む、同時に、真横の右手と頭上の左手を、激しく振り始めた。
 まるで京劇かフラメンコのような、マクロスF最終回のアルトのような、ラルヴァに囲まれた中での、少女の舞。
 踊る少女、左右の手が交差した瞬間、足を止め、姿勢を安定させた一瞬に、右手に持った拳銃に左手の弾丸を装填する。
 一瞬の足踏みを終え、再び走り出す、あと少し足を止めていれば、少女は俊敏な狼ラルヴァに包囲され、一斉に飛び掛られていた。
 両手がすれ違い、右と左の肘がクロスする頃には、少女は弾丸を装填したデリンジャーの中折れ銃身を閉鎖し、
短銃身拳銃の狙いを、少女の首筋から数センチの位置で鋭い牙を立てる、一番近いラルヴァに定めていた。
 少女のダンスは、彼女が赤子の時に与えられ、オモチャ替わりに撃っていたデリンジャーでの、幾度もの実戦で得た、
装填から射撃準備までの、一分の無駄もない動きだった、一切の虚飾を排した物の美しさは、人間も機械も変わらない。
 熟練した蕎麦打ち職人や鉄工職人の動作は、しばしば舞踏の如き美しさを持ち、能や歌舞伎の所作や見得にはそれらが取り入れられている。

 少女はクロスさせた左手で右肩をホールドした、左の肘と腕で心臓を守りつつ、右腕を安定させる、FBI射撃法のひとつ。
 激しくエネルギーを湧出させていた肉体が、ピタリと動きを止める、少女は瞬きの間、完璧な射撃姿勢のまま停止した。
 銃声
 現代兵器の通用しない異世界生物、ラルヴァが、顎の下に41口径の弾丸を食らい、後頭部を弾けさせながら吹っ飛んだ。
 爆発音に近い音と同時に、旧式火薬の煙が小柄な体を包んだ、前も後ろも崩れたトンネルの空間に、刺激的な煙が充満する。
 天井の金網から吹き込んだ海風で、煙が晴れた頃、絶えず走りつづけていた少女は、ラルヴァの前から姿を消していた。
 古式銃での室内戦では、弾丸より煙が武器と言われている、黒色火薬の煙は目にしみ、うっかり吸うとホントに苦しいらしい。
 ラルヴァもまた、大量の煙の中で少女を見失った、彼らにとっては、群れから餓死者を出さぬがための、命の糧となる人体。
 統率の取れた群れが多数の利を活かして狩りを行うなら、まず身を呈してでも獲物の退路を断つ、そうすれば、仲間が獲物を屠ってくれる。
 狼ラルヴァの中でアシの速い数匹が獣の本能で、崩れかけた地下トンネルの瓦礫の隙間、少女が突入に使用した狭い出入り口に殺到した。
 狭い通路で身を沈める狼ラルヴァの一群、トンネルの広いスペースで戦闘に備えて歩き回るラルヴァ。
 ガンスモークの煙幕で少女を見失った狼ラルヴァが、獲物の退路を絶ちながら視覚嗅覚の回復を待ち、気配を殺す一瞬の静寂。
 少女は、瓦礫で塞がったトンネルの最奥、入り口を伺うラルヴァの背後に居た。
 黒色火薬が発する刺激性の煙で、狼ラルヴァは視覚と嗅覚を減力され、群れの狩猟機能は一時的に麻痺していたが、
少女には、銃器が発する大量の硝煙を通して、獲物やその周辺物を、五感を総動員して知覚する能力があった。
 銃身の短いデリンジャーは、通常の人間が、イヤープロテクターを着けずに撃てば数発で鼓膜を壊す、それは普通の人間の話。
 乳飲み子の頃から硝煙を吸い、銃声を子守唄替わりに聞いていた少女の、ごく自然な皮膚感覚を異能とするなら、彼女は全身が異能の塊。

 火薬が発する芳しい香りの中、見ずとも感じられるラルヴァや瓦礫を飛び越えて、背後に回った彼女は、再び戦の舞を始めた。
 少女は右手のデリンジャーを折り、薬莢を弾き飛ばした、左手を空に差し上げながら、さっきとは異なる詔を唱える。
「…グレイサー・セイフティ・スラグ…」
 微細な粒状の鉛を、高強度の接着剤で、浅草銘菓「おこし」のように固めた弾丸、硬い物に当たると砕け、跳弾しない。
 街中や室内での安全な射撃が出来るため、一時期護身用として人気があったが、人体に喰らうと摘出不可能な非人道さゆえ廃れた弾丸。
 ある程度開けたトンネル内での初弾射撃と異なり、コンクリの狭い通路に向けて通常弾を撃つのは、自殺行為だった。
 壁に当たって跳ねた弾丸は、射手の無能を嘲笑うように、撃った人間を、時に無関係な人間を狙って飛んでくる。
 跳弾の危険性については、脇腹の古傷がよく知っていた、それに、さほど重要ではない理由だが、あの通路の向こうには客人が居る。
 二連発拳銃の、ほぼ重なった銃声が再び轟く。
 グレイサー・セイフティスラグは、ラルヴァの体内で破裂し、二体の狼ラルヴァが即死した。
 少女はそれからも絶えず走り回り、弾丸をシルヴァーチップやソフトポイントに替えながら射撃を続け、次々とラルヴァを撃ち飛ばしていった。
 彼女が目にも止まらぬ速さで広げた腕を、体の正面や側面でクロスさせる頃には、掌から出現させた二発の弾丸が装填されている。
 少女はジーンズで包まれた細くしなやかな足でブーツを鳴らしながら、ほぼ一秒に4発の速さで弾丸を排莢、装填、発射した。

 単独で複数の獲物を相手にする術については、少女は以前、デリンジャーでの狩りに執心していた頃、父から学んでいた。
 日本人の父、カンザス人の母と愛し合い、魔弾の射手を輩出するファミリーに婿入りした途端、異能を発現した。
 血筋か籍か、いい加減な基準で能力を顕した父はその後、十代最後の二年を設立間もない双葉学園で過ごした。
 少女が大好きな父から習った、一人対多数の戦闘方法、集団の正面に立たず、横に立たず、ただ、角を攻めて退く、角を攻めて退く。
 父はその数日前に、吉川英治の宮本武蔵とモーニングのバガボンドで、吉岡一門と武蔵の対決を読んでいた。
 それは鮫が人間の集団を襲う手口とも同じ、集団から僅か突出した「角」を少しづつ喰い、やがて全滅させる。
 第二次大戦では、撃沈された駆逐艦の搭乗員がその方法で、一夜の内に百数十人の犠牲者を出している。

 ガンスモークの中を駆け抜けた少女に、一頭一頭、集団の一角を撃ち殺された狼ラルヴァは、群れの機能を失い、18頭全てが射殺された。
 少女の発した弾丸の命中率は70%ほどだったが、ラルヴァを外し壁に当たった弾丸も、群れを牽制、威嚇するための機能を果たし、
ラルヴァから外したタマはあっても、無駄弾は一発もなかった。
 石造りの地下室で行われた、狼ラルヴァの殲滅は少女の突入から一分にも満たぬうちに終わった。

 少女が最後のラルヴァを仕留めた弾丸の空薬莢を捨て、デリンジャーを首の鎖とキーで繋ぐ頃、通路の奥から声がした。
「お見事」
 通路の奥から現れた声の主は、血の海で絶命している数十体の狼ラルヴァに動じもしない、妙齢の女性。
 デリンジャーを撃ち、ラルヴァを殺す能力を得た少女、魔弾の射手と言われる異能の少女は、
日本の異能者を、ラルヴァとの戦いに投入すべく訓練する教育機関、その編入資格を諮る実技試験を終了した。

 妙齢の女性は、異能者を全国からスカウトし、その審査役を負う、異能者学府の生徒課長、学園長直属の幹部で、事実上のナンバー2。
「山口・デリンジャー・慧海さん、合格です、双葉学園にようこそ」

 東京湾の工業地帯、崩壊し廃墟となったケーソントンネルをねぐらとし、人間を食い殺すラルヴァの一団が居るという。
 ホームレスや港湾労働者への襲撃をマスコミには隠蔽し、それでも漏れた事件は野犬の襲撃としていた当局は、
ラルヴァに対抗できる異能者の訓練と実戦派遣のために設立された、双葉学園に、掃討を依頼した。
「ねぇオバサン」
 慧海は生徒課長の顔を見もせず 狼ラルヴァの噛み傷であちこちが裂けたブーツで、空薬莢を踏み潰しながら口を開いた。
「あんたにひとつ聞きたいんだけど」
 少女が、ジーンズで包まれた足を振り上げた、ラルヴァの血がべっとり付いたブーツでの、寸止めの蹴りにも、生徒課長は微笑みを崩さない。
「この辺で、トニー・ラーマのウエスタン・ブーツを売ってる所、知らない?」

 数日後、山口・デリンジャー・慧海は、双葉学園の高等部1年に編入された
 学園制服である開襟シャツの衿には、デリンジャーを吊った鎖が輝き、頭の後ろにはチョコレート色のテンガロンハットを引っかけている。
 春の陽気が気持ちいい入学の日、慧海は開襟シャツの袖を肩まで捲り上げ、拝領してすぐに、その場で捨てたブレザーに替わり、
 カンザスシティ・チーフスの真っ赤なレザースタジアムジャケットを、引越し荷物が入ったダッフルバッグと共に、左手にブラ下げていた。
 日本人より白い細腕、その肩には、スー族の叔父が彫ってくれた、バフ・ザ・マジックドラゴンのタトゥーが鮮やかな色彩を魅せている。
 ラルヴァ掃討の入学試験、その帰りに慧海が上野で買った、キャラメル色のウェスタンブーツは、まだ少し固い。

 地下トンネルの狼ラルヴァ掃討、編入試験生の慧海は、当初は三日と想定されていた作戦を一分弱で終わらせた。
 その作戦、慧海に課せられた編入試験は、学園が編成した6人のチームで行われる掃討作戦への同行とサポートだった。
 最後まで怖気つかずに参加できれば合格、しかし、国家機関による結界でトンネルに閉じ込められたラルヴァは、
学園の執行部が、機関から事前に与えられた、野犬程度という情報よりも強力な戦闘力を有した、狼ラルヴァの一群だった。
 誤情報を元に編成されたチームは、模擬戦気分で参加を志願した生徒達、実戦の経験はほとんど無かった。

 凶暴な狼ラルヴァに恐れを成し、せっかくラルヴァを閉じ込めた結界を開いたまま逃げようとする6人。
 彼らの後ろからついていった慧海は、火薬を抜いたプライマー弾をデリンジャーに装填し、生徒達を次々と撃った。
 西部劇のパフォーマンスによく使われる、軽い弾頭を雷管の力だけで発射する弾丸、威力は皿を割る程度。
 それでも人体に食らえば、ゴツイ男のパンチほどもあるプライマー弾の衝撃で気絶した6人を通路に転がして、
結界の開口部を塞ぐ「蓋」替わりに使った慧海は、蓋になった連中をブーツで踏み越えて結界内部に単独突入し、
再び結界内に閉じ込められた数十匹の狼ラルヴァを、デリンジャーであっという間に射殺した。
 被害は、生徒6人の負傷。
 そのまま逃げていれば俊足の狼ラルヴァに背中から襲われ、食われていたであろう経験の薄い6人の生徒は、味方から撃たれて全滅した。
 編入試験の予想外な結果は、慧海に関する記録に目を通す以前に、慧海の父親と親交のあった生徒課長には特に意外でもなかった。
 今はアメリカで、44マグナム拳銃を撃ち、ラルヴァと闘ってる慧海の父は、生徒課長が双葉学園の高等生だった頃の初恋の相手で、
命の恩人でもあるという、生徒課長の話を信じるなら、若き日の父は荒野の七人に出ていたクリント・イーストウッドそっくりな好男子だったらしい。
 今の父も、娘である慧海からみれば格好いい、それにマディソン群の橋のイーストウッドほどは老けてはいない。

 生徒課長はラルヴァ殲滅作戦の終了後、慧海の仕事に少々のケチをつけた。
「さすがは魔弾の射手です、でも、お友達を撃つのは少々いただけませんね」
 慧海はトンネルの入り口で銃傷を負って唸る生徒より、すっかり破れてしまった自分のブーツを気にしながら呟いた。
「そう思うなら、あいつらのポッケを探ってみることね」
 生徒課長は、現場に到着した救護班に指示し、彼らの制服と所持品を調査させた。
 すると出てくる出てくる、ウェブカムにCCDカメラ、学内情報の詰まったメディア。
「…なるほど、彼らは、能力に見合わぬ志願をしたと思ったら、そういうわけだったんですね」
 校外秘であるラルヴァの情報を、オカルト系の有料ネットコンテンツに売って、小遣い稼ぎをしている生徒が居るという。
 慧海は彼らの、カメラ映りを考慮した不自然なフォーメーションと、攻撃を受けた時にポケットを庇う不自然さから、大体の思惑を察した。

 双葉学園の編入生、山口・デリンジャー・慧海は、学園の食堂で、チリソースで煮込まれたインゲン豆をつついていた。
 学園の寮棟に隣接する、購買部を兼ねたセルフサービスのカフェテラス、高速道路のパーキングエリアと造りは変わらない。
「はぁ~、毎日毎日毎日、食い物といったら豆とベーコンばかりよ」
 この学園に入学すれば、学園のある人工島からの外出が制限される替わりに、衣食住は無料で供される。
 在籍している限り、自衛隊の防衛大や少年工科校のように、国からは給料さえ出るので、仕送り目的で編入を決めた生徒も多い。
 特例的な生徒課長のスカウトを受けた不遜な編入生、山口・デリンジャー・慧海が、学園入学の条件として突きつけた要求は単純だった。
 豆とベーコンだけは毎日食えること。
 慧海が、母親の故郷であるカンザス州のドッジ・シティで過ごした幼少期、日米を往復した少女期。
 食べ物といえば豆とベーコン、他のものを望んだことはあまりなかった。
 少なくとも、毎日、豆ばかりの食事に文句を垂れながら食う、それが西部のガンファイターとして正しい姿であると思っていた。
 慧海の父も、「豆さえ喰ってれば人は死なない」という、ある偉人の言葉を教えてくれた、その通りだと思う。
 慧海の編入審査を担当した生徒課長は、その要求については請け合った、学園では東京で一番美味いチリビーンズが食べられるという。
 確かに学園の食堂では、真っ赤なチリがいつも煮られていて、手作りのチリは慧海が馴染んでいたホーメルの缶詰めよりずっと旨い。
 しかし、そのチリを食いたがる生徒は、見た限り、慧海以外誰も居ないようだった、たまに付け合せで少量取る生徒が居るくらい。
 昼飯のメインディッシュにチリを食べるのは、刑事コロンボによく似た英語教師の爺さんと、年中ダイエットをしている美術教師だけ。
 慧海の朝は三色豆のサラダ、昼はチリビーンズ、夜は納豆ご飯と冷奴、カンザスに居た頃から父がよく作ってくれた和食は嫌いじゃない。
 この学園に来てから、ずっと繰り返されている朝昼晩の豆料理、これが毎日食えるなら、当分ここに居ても悪くないと思った。

 チリビーンズの昼飯を終え、錫のカップに淹れた薄いブラックコーヒーを飲んでいた慧海の隣に、スーツ姿の女性が滑り込んできた。
 番茶の湯呑みを持って、慧海が一人で座っていた席の右側にやってきた生徒課長、慧海は学園に来て以来、ずっと食事は一人。  

 慧海がクラスに編入される直前、彼女が行ったラルヴァ討伐の映像が、教材として異能実習の時間に上映された。
 大半が実戦経験の無い生徒達にとって刺激的だったのは、ラルヴァの射殺よりも、その直前の、味方を撃つ時の無邪気な笑顔。
 身長142cmの小柄な少女が180cmを超える上級生男子を引き倒し、髪を掴んで持ち上げた頭に、接射で弾丸を撃ち込む。
 マフィアの処刑シーンに似た光景、6人の生徒達はプライマー弾を頭部やレバー、金玉に喰らい、病院送りとなった。
 慧海が編入したクラスの誰かがつい口に出した「デンジャー」という単語が、そのまま彼女を影で呼ぶ名前となった。
 それから他の生徒は、慧海と距離を置いて接する事になったが、慧海自身はその扱いも、デンジャーというアダ名も嫌いではなかった。
 その後の慧海の編入、担任教師は空いている教壇前の席に座るよう指示したが、慧海はさっさと机と椅子を教室最奥の壁際に移した。
 それを咎める教師に、デリンジャーを突きつけた慧海は「…酒場では、壁を背にする、それをたった一度怠ったばかりに…」と言った後、
まだ学園に来て日の浅い教師の、頬骨から鼻のあたりを銃口でスっと撫で 「…こっから上を、吹っ飛ばされた奴を知ってるわ…」
 学園の生徒は、慧海の入学前に広まった、彼女についての噂が、話の尾鰭でも何でもない事実だと知った。
 生徒課長が隣席の慧海に、一方的に話しかけてくる、慧海はコーヒーを飲み干すと、黙って席を立った。
 私物として持ち込んだ、傷とへこみだらけの錫のカップとアルミの皿、銀のフォークを掴み、カフェの端にある水道の前に立つ。
 学生食堂に備え付けられた白無地の陶器でできた食器など使う気がしない、落せば割れるし、武器にも使えない。
 通学鞄のダッフルバッグに常に入れている、カンザスの砂漠で使っていた自分の皿とカップを、毎回洗って使えばいい。
 少なくとも、ここでは水が自由に使える、食器を砂で洗っていた、砂漠のキャンプより恵まれている。
 砂をぶっかけ、払っただけの食器は嫌いじゃない、砂漠の砂は完全な無菌、しかし飯に砂が混じらないほうが旨いのも事実。
 水で洗った食器をバンダナで拭き、食堂から出ようとする慧海の右横を、お茶の入った湯呑みを持った生徒課長が、マラソンの伴走トレーナーのように真横を歩く。
 このオバサンは、編入面接の時もこんな感じだった、「私達は生徒と教師、それ以前にお友達でないといけません」と、正面でなく右横に座った。
 ガンマンが最もイヤがる、利き手のすぐ横、左手で書類に書き物をするオバサンは、常に右手を開けて、テーブルに載せていた。
「慧海さん、もう学園生活には慣れましたか?、そういえば慧海さん、あなたは学園長への挨拶がまだでしたね」
 忘れていた。
「そうだ、早くその学園長とかいうのを呼んでこい、あたしが学園に来て、一言の挨拶もないのはどうなってるの?」
 慧海には、このオバサンの困った顔が見えるようだったが、彼女の想像に反して、生徒課長は嬉しそうに微笑んでいる。
 こんな所も父親にそっくり、生徒課長は、かつて自分が想いを寄せ、届かなかった男の面影を見るのが好きだった。
「あなたの編入試験実技、単独での狼ラルヴァ掃討が、学園職員や醒徒会役員の間で、話題になっています」
 とっくに知ってる、くだらない話のようだ、それに、学生によるラルヴァ情報のリークについては黙殺するらしい。
「今期の醒徒会執行部に、あなたを加えることも提議されました、惜しくも一票差で執行部就任は逃しましたが」
 学園の授業だけでも面倒なのに、この上つまらない仕事をさせられる羽目にならずに済んだことについては、感謝した。
「しかし、あなたの稀有な能力を活かすべく、風紀委員への就任を希望する声が、とっても多いんです」
 慧海は右隣から聞こえてくる、どんなに挑発しても柔らかさを失わない声に、負けそうな気持ちになった。
 このオバサンは、攻撃より強い力を持っている、闘わずしてラルヴァを封じる、搦め手のうまかった慧海の母親に似ている。
 異能には無縁だった母は、異能のアイテムとしての銃を調律するガンスミスとしては一流で、先日もデリンジャーを分解調整してくれた。
 もっとも、会うたびに新型銃を薦める悪い癖があり、慧海はSIGのポリマーフレームについて熱弁を奮う母をやっと追い返した。
「…バン・バンが出来ればなんでもいいわ、そのために、このファッキン学園に入ったんですもの…」
 学園入学時に、学園内でのデリンジャー発砲は禁じられた、無論守る気など無いが、この学園には撃って面白そうなものも無い。
「風紀委員になれば、学園内での異能アイテム使用禁止、実習以外での異能発動禁止の校則が、ある程度柔軟に適用されます」
 慧海は足を止めぬまま、正面を向いたまま、真横に居る生徒課長の語る、日本語特有の難解表現を、自分にもわかる言葉で要約した。
「つまり…気が向いたらバン・バンしてもいいってことね」
 生徒課長が肩を竦めるのが、視野の端に見えた、肩を揺らし笑ってるようにも見える・・・もしかしてこのオバサン、面白がっているのか…。
 その通りだった
 慧海は午後の授業をさぼって、学園敷地の外れ、海の見える草原にある、白い木で出来た平屋に帰ろうと思った。
 生徒は学生寮に住むという校則に従い、慧海が自分専用寮として勝手に建てた、米軍規格の将校住宅で昼寝でもしたほうが有益に違いない。
 足が意思に拠らぬ方向に向いているのは、知らない内に、ちょっと遠回りしてもいいという気分になっていたのだろう。
 慧海自身が気づかぬうちに、生徒課長の行く方向について歩いていた、人をうまく操るこのオバサンは最も厄介な異能者かもしれない。
 校舎の内部、生徒課長がDNA認証キーを使って開けた、一般生徒立ち入り禁止区画の一角、日本的な作りの檜のドアを開ける。
「ここが醒徒会の資料を閲覧する部屋です、現在は、主に醒徒会役員の憩いの場となっています」
 資料などどこにも見当たらない和室では、体格も雰囲気もバラバラな数人の生徒が、思い思いに畳の上で寛いでいた。
 生徒課長の話では、つい先日、選出された新しい醒徒会役員のミーティングらしいが、友達の下宿に溜まってるようにしか見えない。
「慧海さん、ご紹介します、あなたと一緒に、学園の風紀と安寧を守って頂く、逢洲等華さんです」
 資料閲覧室の奥には、漆黒の制服をきっちりと着た、長身の女生徒が、畳の上に正座してこちらを見つめていた。
 黒髪の綺麗な女は、学園で悪い噂ばかり広がってる慧海の、突然の入室を、前から知っていたかのように、静かな微笑みを浮かべている。
 そのアイスとかいう風紀委員がどれほどのものか、狼ラルヴァ討伐の時の馬鹿共のような奴なら、願い下げだ。
 相手の技量と肉体的耐久度を測る、一番確実な方法を用いることにした、何発までなら撃っても死なないか、それが一番わかりやすい。
 慧海は左の掌を握る、一瞬の握りの後、開いた手には、二発の弾丸、十文字に割れたゴムの弾頭を持つ、暴徒鎮圧弾が発現していた。
 数日前にガン雑誌で見て、どうしても人間相手に使ってみたくなり、無限弾丸の能力で左手から出す練習をしていた弾丸。
 欧米では逮捕用に使われている非致死性の弾丸で、撃たれた奴の運と当たり所がよければ、骨折程度で済む。 

 慧海の右手が風切り音をたてて動いた、首から下げたデリンジャーを外し、鞭のように動く左手で弾丸を装填し、ハンマーを叩いて発射した。
 逢洲は立ち上がった、制服より着物の似合いそうな体型、見る限り、ゆっくりとした所作だったが、慧海はその動きを見て、驚かされた。
 このアイス・ガール、あたしが銃を抜こうとする前に、カタナに手を置きやがった。
 逢洲の傍ら、畳の上に置かれた日本刀の鞘が払われた、スローな動きからクイックな一撃、気づいたら先に斬られる、日本武道特有の後先の太刀。
 慧海が平手でハンマーを叩き起し、狙いを定め、トリガーを絞る、ゼロコンマ2秒ほどの間に、逢洲の刃は弾道を遮っていた。
 酒場の護身用として作られたケンカ銃のデリンジャーは、初弾に合わせて動いた敵に、その防御の隙を突いて二発目の弾丸を叩き込める。
 しかし慧海の放った次弾もまた、逢洲の二本目の刀に弾かれた、慧海は再び弾丸を装填し、撃つ。
 資料閲覧室に、銃声と弾丸と硝煙、そして白刃が乱舞した、和室の卓袱や座布団が、弾と刃を受けて吹っ飛ぶ。
 生徒課長と、新しい醒徒会役員だという数人の生徒達が、突然おっ始まった銃と剣の決闘を予想していたかのように、
部屋の奥にある障子戸から、さっさと隣室に逃げていった、危険な噂ばかり伝わっている慧海、無理もない。
 その内の一人が後頭部にゴム弾を食らい、敷居の所に突っ伏して失神している、あれは誰だ?まぁいいか。

 激しい銃撃と剣戟が繰り広げられた、ほんの数秒の刻。
 慧海は、喉仏に日本刀の切っ先を突きつけられていた、逢洲が持っていたもう一本の刀は、峰で慧海の左手を抑えている。
 そして逢洲は、デリンジャーを眼球に突きつけられていた。
 装填しているのは弾頭先端の鉛を露出させ、穴を抉ったホロウポイント、人間の頭をスイカのように弾けさせる、殺しの弾丸。

 銃を突きつけ、刀を突きつけられたまま、慧海は隣室と隔てる障子戸の前に立っていた生徒課長につぶやいた。
 「…いいバン・バンができそうね……その、風紀委員っていうのを、やってみることにするわ」
 慧海がデリンジャーを下ろそうとする、ほんのわずか前、逢洲は二本の刀を下ろした。
 刀を鞘に収めるのも、慧海がデリンジャーの弾丸を暴発防止のため抜き、首の鎖に戻すより前。
 先手先手を打つ、不思議な女。
 慧海は、自分より頭ひとつ分背の高い逢洲の前で両手を腰に当て、胸を張った、胸のサイズは私の勝ちだ、と、双方が同時に思う。
 「あたしはデリンジャー・・・山口・デリンジャー・慧海、デンジャーともガンキチとも味方殺しとも、好きに呼ぶがいいわ」
 慧海は自分が学園の生徒に、裏でどう呼ばれていたか知っていた、どれも、たぶん自分には相応しい呼び名。
 「私は逢洲等華、何と呼んでもいいぞ・・・デンジャー・・・それとも慧海、のほうがいいか?」
 慧海の素性を顕すアダ名、しかし慧海にとっては、母方の姓から頂いた大事な名前、そして慧海を守護する相棒の名前。
 一文字欠けてるのは、あたし自身にまだ、欠けてる所があるんだろう、ファーストネームで呼ばれるのは、もう少し後でいい。

 きっと、アイスもそれを知っている

 逢洲が刀を置き、慧海に右手を差し出した、利き手を預けるのはお互い様、慧海はこの学園に来て初めて、他人に親愛と信頼を示した。
 「エ・・・エミちゃんとか呼んだら撃つぞ!・・・アイス・・・」
 逢洲と慧海は、互いの手を握り合った。

デンジャーと呼ばれた少女が、アイスと勝手に呼んだ少女と共に、魔法学園の風紀と秩序を守ることになった。
 「ところでエミちゃん、風紀委員というのは、何をしたらいいんだ、私にはよくわからないのだが」
  学年もこの学園でのキャリアもひとつ上の、先任風紀委員が、たった今風紀委員になった新入生の少女に聞いた。
 「とりあえず、校内清掃ってのはどうだ?アイス、あそこでノビている醒徒会役員とかいう奴を、どっかに捨ててこよう」

 逢洲と慧海は、風紀委員としてコンビを組んで最初の、共同作業を始めた。


 人中に呂布あり
 馬中に赤兎あり

 双葉学園に
 危険《デンジャー》あり

 danger zone  おわり
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