【ほしをみるひと 第二話】


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  これまでのあらすじ

 中学生の深井和葉《ふかいかずは》はシスコンであった。彼は本土から離れた過疎っている島で妹と不健全で堕落した毎日を送っていた。
 そんなある日和葉は双葉学園からやってきた女子高生、アッ子と出会う。そこから彼の日常は狂い始める。
 和葉は島の神社の地下に父親が遺した研究室を見つけた。そこには人間そっくりの機械人形が眠っていた。
 その研究所を後にすると、突然テトラボッド型の怪獣が出現し、島を襲い始めた。
 しかしその怪獣はどこからともなくやってきた戦闘機“星視機《スターゲイザー》”によって倒される。それを操縦していたのは昼に出会った女子高生のアッ子であった。


 登場人物。

  深井和葉:中学二年生。鬱屈の美少年(あるいは根暗のクソガキ)
  深井郁美:中学一年生。兄を慕う美少女(あるいはメンヘラのマセガキ)
  和泉亜希子:(通称アッ子)。双葉学園の生徒。伊達メガネ。巨乳。
  クロ:少女型ロボット。星視機の待機モード。
  母さん:和葉と郁美のママ。幸薄。


 第二話 ラノで読む





         1



 人生というのは何がきっかけで、どう転ぶかわからない。
 一寸先が闇か、それとも光かなんてそれこそ神のみぞ知ることだろう。だがぼくは賽を振るうのが神ではなく人であるということを信じている。神様なんていない。生きるために必要なのは自分自身の力。
 それでも人は不条理な運命の前では無力だ。全てを飲み込む巨大な洪水が起きてしまったら、ただ流されるしかないだろう。
 そう、今のぼくのように。
「おかわり!」
 そんな軽快な声が夕飯の食卓に響く。
 頬にご飯粒をつけたまま、そのメガネの女、和泉亜紀子《いずみあきこ》ことアッ子は母さんに茶碗を差し出していた。もうこれで三杯目だぞ。高校生なんだから少しは遠慮しろよ。そう思いながらぼくは目の前のすき焼きの鍋に箸を伸ばす。しかしこの暑い夏の夜にすき焼きか。母さんも奮発したなあ。
 すっかり我が家の食卓に馴染んでいるアッ子を郁美《いくみ》はじとーっと睨んでいる。
 対して母さんは娘が増えたかのように嫌な顔一つせずにご飯をよそっている。ぼくらはこんな風においしそうにご飯を食べることがないから、きっと母さんは嬉しいのだろう。
「マスター。あまり食べると身体調整に狂いが生じます。過度の肉体変化は機体とのシンクロ率が乱れます。ほどほどにしてください」
 そう澄んだ声でアッ子に注意を入れたのは、相変わらず宇宙人のコスプレのような黒い服装をしているクロという小柄な女の子だ。彼女はちゃぶ台から少し離れた所で正座をしていた。
「別にええやろクロ。今日くらいは。こんなごちそうを前にして遠慮するなんてバチ当たりなことできるかいな」
 いやだからお前は少し遠慮しろって。そう思っても、口にだせないのがぼくの駄目なところだ。
「ねえクロちゃん。本当に食べなくていいの?」
 母さんは食卓につかないクロを見て心配そうにそう言った。だがクロはやんわりと断った。
「私は人間が食べるような固形物質を消化することが不可能なんです。安心してください。エネルギーの確保は素体用の擬似レーションが支給されているのです。これは噛んで、私たちの口内に分泌される有機U5V――人間でいう唾液に触れると、一瞬でペースト状に変化し、素体の内部全体に染み渡ります」
 そう言いながらクロはどこからか手のひらサイズのブロック状の物体を取り出し、それをかじり始めた。「ボキ、サク、ネチョ、ヌル」と奇妙な音を立ててモグモグと頬を膨らませている。リスのようで面白い。クロの無表情も相まってあまりおいしそうには見えないが。
「あらあら、最近の若いこの間ではああいう食べ物が流行ってるのかしらね」
 などと母さんは暢気なことを言っている。どうやらまだクロのことを人間だと思っているらしい。クロの身体をよく見れば間接部分が球状だったり、瞳の奥にセンサーのようなものがあったり、顔も表情のパターンが少なかったりするが、それでもパッと見てクロをロボットと思える人はいないだろう。恐らく父さんが作っていたのも、このクロと同じものだ。父さんとこの女は何か関係があるに違いない。それを聞き出すまで帰すわけにはいかない。
 ぼくはアッ子のうるささにうんざりしながら頭に手を置いてさっきのやり取りを思い出す。



「今日は和葉《かずは》ん家に泊めてーな。ええやん、この島に民宿とかないそーやし。まさかこんなうら若き乙女に野宿しろなんて冷たいこと言わへんやろ? なぁ、こんな美少女と一つ屋根の下なんて最高のシチュやん。サービスするでー」
 あの一連の出来事のあと、アッ子はぼくの耳元でそう囁いた。甘い吐息がぼくの耳を刺激し、ぼくは何も言えなくなってしまう。そんなぼくの向こう脛をいくみは思い切り蹴ってきた。
「ちょっとカズ兄《にぃ》。何でれでれしてんの。この人なんでこんなに馴れ馴れしいのよ。 知り合いなの? でも昼前に会っただけだよね?」
「いや、ちょっとな……それよりこいつ、今日家に泊めて欲しいんだとよ」
 ぼくはアッ子とその隣にいるクロを指差した。それを見た郁美はもっとぷりぷりと怒り出した。
「し、信じられない。あんなどこの馬の骨とも知れない女を泊めるなんて、カズ兄の不潔!」
「不潔って……。しょうがないだろ、事実ここには宿もないんだし。困ったときはお互い様だ」
 ぼくはなんとか郁美を説得した。ぼくだって本来ならこんな申し出無視するに決まっているが、ぼくが体験したあの出来事、色々と気になることがあり過ぎて放っておくわけにもいかない。問題なのは母さんだ。だがそれも杞憂で、ぼくらがアッ子とクロを連れて行くと「和葉がお友達を連れてくるなんてなんて珍しいのかしら。ささ、どうぞ、頑張って御もてなしするわ」なんて張り切ってしまったから大変だ。母さんは神経が細いから、逆にこういう異常事態が起きると、深く考えるのをやめてしまう癖がある。それがまた母さんのいいところでもあるのだけれど。しかし、やはり郁美は嫌そうで、ぼくは参ってしまう。 以上回想終わり。





「なーんや和葉。あんま食べてへんやんか。ほら、あーんして、お姉ちゃんが食べさせてやるわ」
 ぼくの隣に座っているアッ子は肩を寄せてきてぼくに箸を向ける。肉をつまんでぼくの口へと運んでくる。それを見た郁美が、ちゃぶ台に手を置いてぼくとアッ子に怒鳴りつけた。
「ちょっと亜紀子さんカズ兄にそんなベタベタしないでください。不健全です」
「何ゆーとんの。むしろ健康的やで。それに和葉は結構可愛いんやもん。わりとうちのタイプやで。なんかこー母性本能をくすぐられるっちゅーかー。そもそもうち年下のちっこい男の子好きやねん」
 そう言いながらアッ子はぼくの首に手を伸ばしてまとわりついてくる。リンスの香りが漂ってぼくの鼻を刺激する。
「あー! もう、そういうのやめてよ! カズ兄だって嫌だよね?」
「い、いや別に」
 擦り寄ってくるアッ子の胸のふくらみがぼくの二の腕に当たる。柔らかい。そして大きい。折角のすき焼きの肉の味がわからなくなる。
「カズ兄! そんな脂肪の塊より私のほうがいいよね? 前に小さくて可愛いって言ってくれたじゃん!」
「あらあら。いいわね和葉ったらモテモテで。ふふふ。昔のお父さんそっくりね」
 アッ子と郁美に両側から挟まれ困惑しているぼくを母さんはそう笑った。いや、結構笑い事じゃないですよ母さん。爆弾発言はやめてくれ郁美。
「マスター。不純異性交遊は学園の規則に反しています。このことは風紀委員に報告させていただきます」
「ちょっとクロ! お堅い奴やなほんま。ここは学園の外なんやから別にえーやろー。無礼講やぶれーこー。にゃははは」
 アッ子は笑いながらぼくの背中をばんばんと叩く。まったく。こんなテンションの高い人間と一緒の空間にいると酷く疲れる。
「ねえ亜紀子さん。あなたどこから島に来たの?」
 母さんはふとアッ子にそう尋ねた。
「東京や。関西弁喋っとるゆーても別に大阪に住んどるわけやない。まあ生まれ故郷はそうなんやけど、数年前に東京の学校に引越したんや」
「へえ、意外だな」
「ああ、みんなかて知ってるやろ。“双葉学園”っちゅーとこから来たんや」
 その言葉を聞いてぼくと、郁美と母さんは一瞬沈黙する。
 双葉学園。東京湾に浮かぶ学園都市。そのほとんどが謎に包まれていて、何故そんな巨大な学園が建設されたかはわからない。
 だが、それこそ父さんが研究員として働いていたところだ。ぼくらは父さんがそこで何の研究をしていたのかも知らない。
 やはり父さんとアッ子は無関係ではなさそうだった。



          2


 午後十一時。
 母さんは床につき、ぼくらももう寝ようと思っていた。だが問題が一つ。
「それで、和葉の部屋はどこなん? うちも一緒に寝かせてーな」
 なんてアッ子が言いだすから大変だ。風呂上りのアッ子は、ノースリーブのシャツにホットパンツといった服装で、腰に手を当て牛乳をぐいぐいと飲んでいた。まったく、目のやり場に困るな。クロは相変わらず一歩も動かず畳みの上でじっとしていた。
 とにかくこいつらの寝る場所を考えなきゃ。ぼくと郁美は二段ベッドなので、アッ子には床で眠ってもらおうことにした。畳みだし、夏だからそんな仰々しい布団などはいらないだろう。だが、
「いややー! うち都会派やからベッドやないと寝られへんねん。それに抱き枕がないと落ちつかんのや。ベッドの数が足りないんやったら、一緒に寝ようや和葉」
 そんなワガママのことを言い出した。ぼくの胸を指でつついて、頬を染めている。
「だめー! そんなの絶対駄目! カズ兄とは私が寝るの!」
 郁美はそんなぼくとアッ子の間に入ってそう言うが、だからどっちも駄目なんだって。頼むから落ち着いてくれ。
 結局ぼくが妥協し、居間で寝ることになった。アッ子はぼくのベッドの上で寝て、クロがぼくらの寝室の床で寝ているからだ。ロボットに眠りが必要か? と思ったが、機械だって少しは休めなきゃ熱がこもってしまうのだろう。文字通りのスリープモードというやつらしい。
 ぼくは居間のちゃぶ台を隅にどかし、ゴザを引いて掛け布団を取り出し、座布団を枕代わりにしてようやく床につく。
 天井が遠い。木目不気味に目に映る。
 いつもは二段ベッドの上だから、余計に遠く感じる。そう不安定な気持ちになるのは、今日は色々あり過ぎてまだ頭が混乱しているせいかもしれない。
 父さんの研究所。
 白い少女型のロボット。
 虚無空間。
 テトラポッドの怪物。
 星視機《スターゲイザー》。
 そして、アッ子とクロ。
 あれらが本当に起こったことなのか未だに信じられない。まるで夢だ。だけど確かにアッ子もクロもここに存在するし、あのリアルな光景を忘れることなんてできそうにない。ぼくはテトラポッドの怪物のことを思いだし、身体が震えるのを覚えた。滑稽でバカらしい光景だったけど、間違いなく生命の危機だった。そして、現実世界に影響はないとはいえこの島が吹き飛んでいくのを見ていてとても心地よかった。
 恐怖と歓喜で身体は震えている。興奮してやはり眠れそうにない。
 ぼくは冷蔵庫から麦茶を取り出し一杯飲んで、サンダルをつっかけ、音を立てないように玄関の扉を開ける。
 星空が見える外に出ると、虫の鳴き声と夏の綺麗な空気がぼくを迎える。昼ほど暑くもなく、快適だった。ぼくの家は少し高いところにあり、近くに他の家はない。だからぼくにとっては過ごしやすい。
 ぼくはなんとなく夜の島を歩く。
 考え事で頭がいっぱいになるときは、こうして夜に散歩するのが一番だ。優しい風が頬を撫でとても気持ちいい。この島は子供と年寄りが多いから遅くまで起きている人は少ない。夜はぼくの世界になる。
 わずらわしいものは何もない。
 あるのは頭上に輝く星と、今は夜の闇に黒く染まっている木々や草たち、ここから見える広い海だけ。それはとても心が落ち着く。
 ぼくはふと、適当に歩く足を止め、例の神社へと足を向ける。
 あの白いロボットが眠っている父さんの研究所だ。どうも気になってしょうがない。ぼくはまたあの長い階段を登っていく。
 昼と違って日差しがないから大分楽なのだが、それでも登りきったあとは後悔するほどの疲労に襲われた。とりあえず気を持ち直して再びぼくは社の中に入り、下に降りていく。ポケットから鍵を取り出して鍵穴に挿入。扉は難なく開き、ぼくは研究所内に入る。
「やっぱりあのクロに似てるよな……」
 昼と同じように研究室の奥で座って眠っている白い少女のロボットを見つめて、ぼくはそう呟いた。
 クロと同じようにウサギの耳のような機械を頭につけ、宇宙人のようなぴっちりとしたスーツに機械的な身体。違いはせいぜい髪形と色くらいだろう。
 ふと足元を見ると、丸まったコピー用紙が落ちている。そうだ、これは父さんがぼくに残した手紙。ぼくがくしゃくしゃに丸めて投げたやつだ。こんなところに転がっていたのか。ぼくはその手紙を開きなおし読み直す。
 確かにその紙にはあの少女が“星視機”だと書かれている。星視機の零号機なのだと、そう書かれていた。ぼくはクロが自分のことを弐号機だと言っていたのを思い出す。ということは壱号機もあるわけで、少なくともこの白い少女を合わせて三機以上存在するということになる。
 父さんはこの星視機の開発に関わっていたのか。
 一体なぜ? あの怪物と戦わせるためか。じゃあ父さんは双葉学園の研究施設で何をしていたんだろうか。
 わからない。そんなことぼくの知る常識を超えたものばかりだ。
「へー。まさかこんなところに研究所があるなんて思わへんかったわー」
「個人でこれほどの研究施設を保有できるわけがありません。深井博士は恐らく学園に来る前から“裏の世界”と繋がっていたと考えるほうが自然でしょう」
 突然そんな声が室内に響き、ぼくは驚いて後ろを向く。
 そこにはアッ子とクロがこちらを見て立っていた。
「な、なんで……?」
「なんでやあらへんよ、それはこっちの台詞やっちゅーねん。突然外に出て行くんやもんそりゃ怪しむて。なあクロ?」
「和葉さんの行動を不審に思ったのは私です。マスターは大きないびきをかきながら眠っていました。郁美さんに気づかれないようにマスターを起こすのも一苦労でしたね」
「ちょ、クロ。そんなこと言うなや! うちの可憐で清楚なイメージが台無しやないか」
「大丈夫です。マスターにそんなイメージは最初からありません」
 二人はそんな漫才のようなやり取りをしている。まったく、ぼくはうんざりしながら彼女達の方に身体を向ける。
「……ちょうどいいや。ぼくもアッ子たちに聞きたかったんだ。このロボットのこと」
 ぼくは後ろの眠っている機械仕掛けの少女を指差す。するとアッ子はにんまりと笑い、何か納得した表情だった。
「やっぱりこの島にあったか“タイプゼロ”。そもそも和葉の苗字を聞いたときにピンときたんや。和葉、あんたの親父さんは深井京次郎《ふかいきょうじろう》やな」
 アッ子はメガネを光らせてそう言った。そう、深井京次郎はぼくの父さんだ。なぜアッ子がそれを知っているのだろうか。いや、父さんはアッ子のいる学園にいたんだ。不思議でもないか。
「深井博士はうちら双葉学園でもそこそこ名の知れた科学者だったで。まさかたまたま会うた子が深井博士の息子とはな。因果なもんや」
「名の知れたって……どうせ悪名だろ。知ってるよ、父さんが向こうで何か悪いことしたんだろ」
「なんや知っとるのかい。せや、違法な研究に手を染めて失踪したっちゅー話や。まあうちらの学園がそもそも真っ当なもんやないことはわかっとるけどな。それでも失踪前はすごい科学者やったらしいで、なんせクロ――いや、星視機の基礎を作ったのは深井博士やからな」
「やっぱり、じゃあこの白いロボットも父さんが」
「そもそもうちらは“それ”を探しにここに来たんや。深井博士が壱号機の前に、個人で作ったとされる幻の試作機。それが星視零号機《スターゲイザー・タイプゼロ》。アバターネームは“シロ”や」
「シロ……か」
 ぼくはその白いロボット少女の名を知り、少しだけ人間味を感じるようなった。やはり名前というのは大事な物だ。シロだとかクロなんて猫や犬みたいで安直な名前だと思うけど。
「アッ子、あんたたちがこの子を探してたってなんでだ」
「決まっとるやろ、星視機が一機増えるだけで戦力大幅アップやで。なんせ零号機抜かせば現状三号機までしか学園にはないんやからな。日本中に現れる“主軸《アクシズ》”を相手にするのはきついでほんま」
 アクシズ。確かアッ子はあのテトラポッドの怪物のことをそう呼んでいたな。父さんはあれと戦うために星視機なんてものを作ったんだろうか。
「……なあ、双葉学園ってなんなんだ。父さんはいったいそこで何をしていたんだ」
 ぼくがそう聞くと、アッ子は「ええで、教えたる」と八重歯を見せながらそう言った。だがクロはそれを遮ろうとした。
「いけませんマスター。情報の漏洩は第一禁止事項です。処罰されますよ」
「あんたが黙っとれば済む話や。それになクロ、和葉には真実を知る権利と義務がある。そう思わへんか?」
 アッ子はそう言い、クロは溜め息をついて「しょうがありませんね。確かに彼は無関係ではありませんですし」と呟いた。ぼくはロボットでも溜息をつくんだなあ、とどうでもいいことを考えていた。



          3


 ぼくは研究室のイスに腰をかけ、アッ子はどこからかホワイトボードを探してきて、まるで学校の授業のように説明を始める。
 そうしてぼくは教えられた、世界の裏側を。
 異能者と呼ばれる特殊な力を持った人間が、ラルヴァという化物たちと戦っているという事実を。双葉学園とはその異能者を育てラルヴァを討伐している組織だということを教えられた。
 実に馬鹿げた話だ。まるで漫画だ。だが昼間の出来事を思えば嘘だとは思えない。
「じゃあ、父さんはそのラルヴァを倒すための兵器を開発してたってこと?」
「そうやな。深井博士は三年前に抹消された兵器開発局の科学者やった。そこで深井博士はとある特定のラルヴァを討伐する方法をひたすら研究してたって話しや。それこそが四次元ラルヴァ、俗名“アクシズ”」
「あのテトラポッドの怪物か」
「せや、アクシズは別次元に存在するやっかいな奴でな。虚無空間っつーこの世界を模して作られた架空世界にいるんや。そして安全圏から人間の魂を喰っとる。普通の人間にはアクシズの存在を認識することすら不可能でな、今までどの異能者もアクシズに対抗する手段はなかったんや」
 アッ子はそう言いながらきゅきゅっとマジックでホワイトボードに絵を描き始めた。とてつもなく下手だが、おそらくあの絵はアクシズと星視機の絵だろう。
 ホワイトボードを手でばんっと叩き、ぼくに注目させる。
「しかし、数年前からうちら“超空間知覚能力者”が現れ始めて戦況は変った。今まではその存在の真偽すら怪しかったアクシズの姿を捉えることができるようになったんや。言っても超空間知覚能力者の数はえらい少ないんやけどな」
「超空間知覚能力?」
「ああ、アクシズが作り出す虚無空間を認識し、侵入する力や。それがうちの異能であり、和葉、あんたの異能でもあるんや。何かの間違いでない限り、あんたも異能を持つ人間の一人や。超空間知覚能力はアクシズがいなきゃなんにも役に立たないから今まで気づくことはなかったやろうけどな」
 それを聞いてぼくはびくりと身体を震わせる。
 ぼくがその異能者だって? 
 確かに、アッ子と同じようにぼくはあのおかしな空間にいた。虚無空間に侵入する能力か、昔漫画などで読んだ超能力は便利で羨ましいと思ったけど、こんな微妙な力なんていらないな。そう思いぼくは溜息をつきながら肩を降ろす。
「がっかりすることはないで和葉。うちら超空間知覚能力者しかアクシズに対抗できる異能者はいないんやからな。名誉なことなんやで。そうはいっても虚無空間に侵入する以外力の無いうちらがどうやってあの巨大なもんと戦うか――それが問題やった」
 アッ子はそう言いながらホワイトボードに描かれた星視機をこんこんとこつく。
「それで、私たちが生まれることになったのです」
 するとクロがそう話に入ってきた。
「私たちは深井博士が理論を完成させた虚無空間専用の戦闘兵器です。アクシズと戦うためだけに作られました。虚無空間というある種の架空世界のみにおいて戦力になるので、学園の学者などは私たちのような兵器のことを、皮肉を込めて“架空兵器”と呼んでいます」
「せや、虚無空間に侵入してるうちらは精神だけが暴走して、肉体から離脱しとるんや。逆に言えば精神世界の精神体ならどんな無茶も可能っちゅーことやな。虚無空間なら空を飛んだりビームを手から撃ったりだって理論上可能なはずや。やけども人間の精神はそんな単純にできとらんのや。空飛べますよ、と言われて実際に飛べると心から思える人間はおらん。その虚無空間における精神の補強をなすのが星視機なんや。星視機を介すことでうちらはアクシズと戦う力を作り出すことができてるんやね」
「つまり妄想増幅機械ってわけか」
「妄想って……嫌な例え方やけどその通りやな。ヴァーチャルリアリティのシュミレータみたいなもんやで。キアヌやキアヌ。ってサイバーパンクでキアヌってたけしが出てたのもあったよな」
「ふうん。ほんとなんだか信じられない話だな。ラルヴァや異能だけでも頭が混乱するのに、虚無空間だの架空兵器だのと」
 ぼくは頭が痛くなってくる。
 いっきにぼくの知っている世界がぐるりと角度を変え、奇妙な世界へと紛れ込んだみたいだ。
「そんな他人事ゆうてる場合やないで和葉。あんたも戦うんや、アクシズと」
「なんだって?」
 ぼくは耳を疑う。戦うだって? 誰が? ぼくが? あの怪物と?
「じょ、冗談じゃない……なんでぼくが――」
「言うたやろ。超空間知覚能力者は数が少ない。あんたが戦力になってくれるというんやったら、アクシズとの戦況は大きく変るんや」
 アッ子は厳しい目でぼくを見つめている。そんなことありえない。ぼくが戦うなんてできるわけがない。 
「いやだ、なんでぼくが戦わなきゃいけないんだよ。ぼくが、ぼくみたいな子供に何か出来るわけないだろ」
「それは違いますよ和葉さん。私たち星視機のような架空兵器は精神の柔軟性によって性能が左右されるのです。それ故に低年齢であるほど機体の性能は格段に上がります。和葉さんのような異能者は大変貴重なのです」
「だからって――」
「ちょうど星視機が一体見つかったわけやしな。運命やと思わへんか?」
 そう言ってアッ子はあの白い少女ロボット――シロを指差した。父さんが作った最初の星視機。ぼくは父さんの手紙を思いだす。確かに父さんはこのシロをぼくに託したんだ。
 だけど、だからといってぼくが戦う理由になんかならない。
 ぼくは戦わない。
 そんな危険なことをする理由が無い。
 ぼくは普通に生きて、普通に大人になるんだ。
 これ以上わけのわからないことに引っ掻き回されたくない。島を出て父さんの援助も受けず、母さんにも苦労もかけさせたくないんだ。
 郁美だって大人になればきっとわかってくれる。
 だけど、そう頭で思っても、ぼくの身体は正直に武者震いしていた。
 この退屈な日常から抜き出せる。この平坦な世界をぶっ壊せるかもしれない。
 アッ子と一緒に星視機に乗ったとき、ぼくはとんでもない快感に襲われたんだ。全てのしがらみやジレンマを捨てて、戦うためだけに生きたら、それはきっと楽しいことかもしれない。
 ぼくがいるべき世界は、島の向こうの双葉学園にあるのだろうか。
「クロ、そのシロちゃんは起動できるんかいな?」
 ぼくの戸惑いを無視し、アッ子とクロはシロに興味津々のようで、眠っているシロをまじまじと見つめていた。
「眠っているということはエネルギーが切れているのか、意図的にスリープモードにされているかのどちらかでしょう」
「ふむん。ならどうしたらええのん?」
「ひとまずエネルギーを供給してみます。まだ擬似レーションは余っていますので」
 そう言いながらクロはあのブロック状の物質を取り出し、自分の口でそれを含んで租借する。そして口移しでシロの口内へレーションを流し込んだ。やがてクロは口を離すが、やはりシロは眠ったままだ。
「……駄目ですね。エネルギー不足で眠っているわけではないようです。だとすると、恐らくプロテクトがかけられて強制スリープされているのでしょう」
「駄目っかぁ。こりゃまいったにゃー」
 アッ子は唸りながら腕を組んで考えているようだ。
 それでいい。目覚めなくていい。そうすれば乗る機体もないぼくに用はなくなるだろう。それならこいつらも諦めて帰るかもしれない。そして、ぼく自身も諦められる。
 ぼくがヒーローになるなんて、絶対に無理だ。
 ぼくは勇気も正義感も持ってはいない。子供にだってクズはいる。それがぼくだ。まわりの大人たちはぼくのことをわかってはいない。
 夢を持たない子供もいる。
 汚れている子供もいる。
 可愛げのない子供もいる。
 ぼくはこのまま、そのまま大人になっていく。
 なんでもない日常を、なんでもないままに生きていく。
「まあ、シロのことはあとで考えるとしてや。和葉。あんたどうする気や。双葉学園に来るのか、来ないのか。選んでもらうで」
 アッ子は真剣な顔でそう言った。
 選べ、か。
 ぼくは今まで自分から何かを選んだことがあるだろうか。
 父にも、郁実にも、クラスメイト達にすらぼくは流されるだけだったんじゃないか。
 ぼくはどうしたいんだろう。
 ぼくはぼく自身をどうしたいんだろう。

「ぼくは――」

 しかし、ぼくがそう言いかけた途端、凄まじい耳鳴りが響き、頭が割れるような痛みを覚えた。
 これはあの時の感覚、虚無空間に足を踏み入れた時と同じ感覚。
 なんとか瞼を開き、状況を理解しようとアッ子のほうへ目を向ける。アッ子も頭を押さえていたが、慣れているのか案外平気そうだ。
 だがその顔には危機感が現れていた。その強い刺激が過ぎ去り、ようやくアッ子は口を開く。
「敵が現れおったで。出番や和葉」
 敵。
 人類の脅威、ラルヴァ。
 その中の一種、四次元怪獣“アクシズ”がまたもこの島に出現した。

続く










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