【暗黙のルール・後篇】


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【 2 】

 闇に漂う――否、闇であるかも判らない。
 そもそも目が見えぬ。嗅ぐことはおろか、触れることすら感じられない。
 五感の全てが消えていた。
 ただ意識だけが水面に浮かぶように、はたまた風に揺らぐよう曖昧に頼りなく、そこに存在しているだけであった。
 何処なのだろう、ここは? ――と意識した瞬間、ルールの自我は目覚めた。曖昧模糊として世界に溶け込んでいたその存在は、僅かに『個』を取り戻す。
 自分は何をしていたものか? ――記憶がどうにも曖昧だった。なんだか、思い出せないそれがひどく大切なことだったように思えて焦るも、まるで切り取られたかのようにそれは思い出すことが叶わない。
 ただ気持ちばかりが逸る。
 どうにかしなければとさらに強く身をよじらせようとしたその時、初めて自分以外の声が聞こえた。

[ 戦っていたんじゃなかったっけ? ]

 誰が? ――その声にルールは反応する。
 その途端、記憶の一部が戻った。
 思い出されるは夕陽に赤――夕暮れの双葉学園において自分は何者かと戦っていたのだ。
 ならば誰と? ――またしてもそこから先の記憶が思い出せない。
[ エリューって奴だよ。君とそっくりな奴。2Pカラーみたいな感じだったやつ ]
 その言葉に、今度はエリューのことを思い出した。
 そうなのだ。自分はそれと戦っていた。
 それは学園の秩序を乱す者であった。己の求める答えを見つけ出さんとする為に、他の人間を傷つけようとした許されざる存在だった。
 だから自分はそれに挑み、そして相討ちを狙うも失敗したのだ。
[ どうして失敗しちゃったの? せっかく体張ったに倒れ損じゃん、それじゃ ]
 自分でもそれが判らない――それこそは、自分が『命の意味』という命題を解けていないからに他ならないからだ。
 だからこそルールは問う。
『命』とは何なのだろう? ――
[ それは自分で考えなきゃ。ゲームの攻略本だって、ラスボスの最終形態とエンディングまでは書いてないでしょ? ]
 そんなルールの問いに、今までそれに応えていた声はさも愉快に笑うのであった。
 やはり自分で解くしかないのか――
 ならば戻らなければ。あの学園に――
 しかしどうやって? ――
[ 戻ることは訳ないよ。だけど戻ったところで難しいんじゃないかなぁ? ]
 必死に記憶の途切れた世界へと戻ろうとするルールに、声はどこか諦めを含んだ声で応える。
[ 判ってると思うけど、君もう死にかけちゃってるんだよね。絶対に助からないレベルの負傷してるから、戻ったところで数時間生きられるかどうかも怪しいし、ましてや戦ったりなんかしたらきっと、一時間だって生きられないよ? ]
 それでもしかし、戻らなければならない――ルールはそう思った。
 なぜならばあそこには仲間がいるのだ。そして戦っているのだから――
[ まぁ、そこまで言うのなら止めないけどね。それじゃせいぜい頑張って俺達を楽しませてよ ]
 その声がかけられるや否や体が重くなった。
 その時になって、ルールは初めて声の存在に気付く。あなたは何者なのですか――と。
[ それは教えられないな。答えは死後! なんて♪ ]
 笑い声が聞こえた。
 そうして徐々に意識は遠くなっていく。
 否、むしろ感覚は研ぎ澄まされていく。
 音が発生した。風の音だ。
 臭いが鼻をつく。血煙の饐えた匂いだ。
 体は重くなり、意識が安定して今しがたまでの対話の記憶が曖昧となり、そして一際強く痛みが体を突き抜けた瞬間――

「――あ? エヌルンッ、大丈夫か!?」

 覚醒した。
 目の前には、自分を覗きこんでいる紫隠の泣き出しそうな顔がうかがえた。
 どうやら彼女の膝枕で介抱されていたらしい。
「加賀杜、か。状況はどうなっているんだ? エリューは?」
 意識がはっきりすると共に、倒れる前までのエリューとのやりとりも思い出してそれを尋ねる。ただ――気を失っていた時のあの、何者かとの対話はだけは微塵として憶えてはいなかった。なにやら夢見が悪かったようには思えるのだが。
 ともあれ横たわらせていた体を起こす。途端に腹部に来る激痛と、そして体全体に圧し掛かる虚脱感にルールは眩暈を憶えた。
「ムリしちゃダメだって、じっとしてろってばッ。姉御の能力で止血しただけで、内臓グチャグチャなんだぞ、エヌルン」
「ならば、その水分は何処だ? エリューはどうなった?」
 ルールの質問に紫隠は僅かに顔を上げる。それにつられて視線を上げればそこには――
「連携でいくぞ! 速人、理緒! 合わせろ!」
 今まさにエリューへと総攻撃を仕掛けようとする龍河達の後姿がうかがえた。どうやらまだ、気を失って五分と経っていなかったようである。
「正面から俺がぶつかる。速人は先陣切って奴の隙を作れ! 理緒は援護だ」
「無茶言うなよ、弾さん! あいつ、ルール先輩の能力持ってるんだぜ?」
「大丈夫よ、早瀬くん。もし溶かされたら、ちゃんとわたしが回収するから」
 笑えない――と表情を歪めながらもしかし、それでも速人は一縷の迷いなくエリューへと駈けて行く。
『カトンボめ、迎撃してくれる!』
 それを前にエリューはザ・フリッカーの右手を繰り出す。いかに速いとは言え、今の速人の動きは充分に目に捉えられるものであった。この程度ならば、タイミングさえ見誤らなければ充分にカウンターを狙っていける。
 そしてエリューの右手は、深々とその手首根元まで速人の顔面に突き立った。
 ザ・フリッカーの能力性ゆえか手応えすら無い。呆気無いものだと鼻を鳴らすもしかし、それが自惚れと速人への見縊りであったことを次の瞬間に理解する。
 顔面を正面から貫かれてもなお速人は眉元をきつく結んだ表情を一切変えなかった。それどころか瞬きの次の瞬間には、まるで霧散するかのよう速人は目の前から消えてなくなってしまった。
『ッ? なんだと? そんな能力などあいつには無かったはずだ!』
 思わず疑問は口になって出た。そしてそれに応えたのは、
「悪いけど、残像ですよ。それ」
 背後から聞こえた、誰でも無い速人の声であった。
 突如として響いたその声に振りかえる間もなく、そこから撃ち落とされた肘の一撃がエリューの首筋を強打する。
『あぐぁ……ッ!』
「突破口開けたぞォ、弾さん! 無駄にすんなよ!!」
 思わぬ一撃に崩れ落ちそうになるも、必死に耐えるエリュー。しかし次なる気配を感じ顔を上げるそこには、
「なるほど、こいつは良く似てやがる。瓜二つだ」
 目の前には、刃の如き牙を裂けた口中に並べた爬虫類と思しき竜の強面――右開きに体を開き、握り拳を作った右腕を天高く振り上げて身を引き絞った龍河がそこにはいた。
 それに気付き、ガードに両腕を胸の下に交差させるもしかし、
「もう遅ェ!!」
 ゴルファーのフルスイングの如く、上段から半月を描いて振り切られた龍河のアッパーカットは、胴の真芯を捉えて天高くにエリューを打ち弾くのであった。
「今だ、理緒! 仕損じるなよ!!」
「もちろん、全力で行きますッ」
 龍河の合図(こえ)、そして宙のエリューに狙いを定めると、理緒は取り出したミネラルウォーター数本の蓋を外しそれらを天高くに投げ放つ。
 そして、
「どうか、これで!」
 掛け声とともにエリューへと広げた両掌を突き出すと同時――宙のペットボトルそれぞれから溢れ出した水流は、さながら光学兵器の如く圧出されて四方からエリューを打ち抜くのであった。
『ゴガァッァアアアアアアア!!』
 速人・龍河・水分によるコンビネーションを前に、エリューは頭から墜落して地に沈む。
 そうしてしばしエリューに動きが無いことを確認すると、一同はそれぞれにため息をつきルールの元へと戻るのであった。
「大丈夫か、おい? 出るときゃ、一声かけて行けっての」
「そんなことよりも弾さん、早く救急車でも何でも呼んでくださいって。先輩、シャレになってないですよ」
 改めてルールの容体を確認し、戦いの事後処理にそれぞれが動き出そうとする。――誰もが、エリューの復活など疑ってはいなかった。
 学園最強と謳われる醒徒会役員達の三重殺を受けたのだ。よもやそこから立ちあがってくる者などいないだろうと高をくくった。
 しかし――
『………、――オオオォ』
 しかし、それは起きてしまった。
「ッ? 龍河さん、あれを!」
 水分の声に一同は振り返る。
 そこには頼りない足つきながらも静かに起き上がってくるエリューの姿が見て取れた。
『龍河弾……早瀬速人、そして水分理緒………その能力、確かに、貰い受けたぞッ』
 血塗られた眼で見上げながら笑みを向けるその表情に、一同は得も知れぬ戦慄を感じた。
「マズイ……速人!」
「言われなくたって!」
 それを前にすでに速人は動きだす。
 目の前の襤褸雑巾然としたエリューではあるがしかし、異能力者としての勘が――否、人間として本能が奴の危険性を痛いほどにまで速人に伝えていた。
 そして再び、エリューとの間合いを詰めようと駈けだした次の瞬間――すでに目の前には、エリューがいた。
「え……」
 視えなかった。速人の眼をしても。そして速人の眼は、高速を超えた光速の如きエリューの動きをその目に焼き付けていた。
 まるで映画のワンシーンでも見ているかのよう、全てがスローモーションで展開されるその世界の中、エリューだけがそんな時間の重力に縛られることなく動いていた。
 突き上げるような右膝が水月(みぞおち)に炸裂したかと思うと、その衝撃で天に打ちあげられようとする速人の体をさらに、体を反転させて打ち下ろされた左の踵落としが迎撃する。
 もはや叫ぶ暇すら無く蹴り弾かれ――速人は数メートルを地面と水平に飛んで、校舎の壁面に叩きつけられた。
「手前ェェ……ッッヅォォララアアアアアアアアアア!!」
 その光景を前に龍河が走る。
 エリューまでの距離を存分に加速し、振り上げた右拳を渾身の力を込めて打ちつけるが――
「なッ、なんだと……!」
 そんな龍河の一撃はエリューの左掌ひとつで受け止められていた。
 そして受け止める左手に力を込めた瞬間、まるで卵でも潰すかのよう龍河の右拳をエリューは握りつぶす。さらには左手に龍河を握り携えたままその腕を振り上げたかと思うと――後は何度もその巨体を振り上げては、龍河を地へ叩きつけるのであった。
「離しなさい!!」
 その光景を前に水分とて黙ってはいない。新たに数本のミネラルウォーターを開封すると、それらの水を一本に纏め上げた水流を力の限りにエリューへと撃ち放つのであった。
 それを前にエリューは龍河を叩きつけていた手を止め、迫りくる水流に顔を上げる。
 目の前に迫るそれを前にしてもエリューは動くことは無かった。
 彼の取った行動は、それに対してただ右手を上げただけ。まるで会釈でもするかのよう何気ない所作で掌を水流に向けて広げたかと思うと次の瞬間――のたうつ蛇のように流れの直線を歪めたかと思うと、かの水流は宙にて弧を描き、術者であったはずの水分へとその進行方向を変えた。
「そんな! くッ……お願い、言うことをきいて!」
 その変化に水分も必死に水流のコントロ――ルを取り戻そうとするも、もはやそれは彼女の手に負えるような代物ではなくなっていた。
 水流は無情にも水分の腹部に突き立つと――後は彼女の内臓を存分に掻き回してその体を天高くへ打ち上げる。さらには宙で彼女の体を捉えると、踏みつけるかのよう滝の如く勢いを以て水分を地に打ちつけるのであった。
 全ては一分にも満たない時間での出来事であった。
 醒徒会が誇る三人の役員は、瞬く間に打ち破られ――そして潰された。
 その光景を目の前にして、ルールは立ちあがる。
「え、エヌルン!? 何してんのさ、立っちゃダメだってば!」
 そんなルールを目の前に紫隠も声を上げる。
 しかし、
「ぼくが行かなくて、どうする?」
 ルールは依然として視線の彼方にエリューを捉えたまま応えた。
「もはや、ぼくしか残っていないんだぞ」
「だからってそんな体で挑んだら死んじゃうって! やめてよ!!」
 遂には涙を浮かべて制止しようとしてくる紫隠に、ルールは初めて振り返った。
 彼女を見下ろすその顔は――笑っていた。
「構わないさ。どうせ命の意味すらぼくは判らないのだから。こんな命(もの)、造り物のぼくには所詮、過ぎた『持ち物』だったんだ」
 伸ばす右手の人差し指でそっと紫隠の涙をぬぐう。
 その指先には、ザ・フリッカーでも人造人間でもない『人』としての優しと温もりとが満ちていた。
「なんとしてももぼくが引きつける。だから加賀杜は逃げろ ……」
「いや……いやだ。そんなの、いやだぁ」
「……今まで、ありがとう。ぼくは幸せだった」
 最後にもう一度微笑んで、ルールは紫隠を振り切る。
 超人として産み出されたルール人間兵器として造られたルールその役割、その存在ゆえに他の生徒の気持ちなど理解できなかったはずの人造人間はしかし、最後を迎えようとしたその瞬間に、初めて『人』としてその覚醒を果たしたのであった。
 そして正面からエリューを見据える表情(そこ)には――いつもの機械的な表情(マスク)が戻っていた。自らの意思でルールは今、全ての仲間を救う力を持つ人造人間として自分を 望んだのであった
『別れ話はもういいのかな? 人形君?』
「……ぼくの名は、エヌR・ルール! お前を、排除する!」
 駆け出し、挑む。
 しかしそれでも、ルールの能力に加えて他に三人の生徒会役員のそれを持ち得たエリューには遠く及ばなかった。
 この時、時刻は18時を越えた。
 学園内には夕刻の時報としてショパンの『別れの曲』が響き渡る。
 歌うようなカンタービレの旋律のなかで、ルールは踊るかのようエリューに蹂躙されていった。
 腕を折られ、脚を砕かれ、胸をひしゃがれ――二分の一小節が奏で終わられる頃、ルールは仰向けに地へと沈まされた。
『今度こそ、別れの時だ』
 それを目の前数メートルに見据え、エリューは右掌を上げ、その標準をルールに合わせる。
『最後は、君の仲間の技で送ってあげよう』
 エリューの声に反応して足元の水たまりが浮き上がり、その掌の中で収縮する。
 そして、無情にもトドメとなるであろう水流はルールへと撃ち放たれた。
 それの到達を前に、ルールの頭の中には今までの出来事が走馬灯のように甦り、そして駈け巡る。人が臨終に際した時に見つめるというそれ――それが自分にも現れたことにルールは嗤わずにはいられなかった。
――『人間』なものか、作り物が如きぼくが……。
 そして後は、他愛もなく訪れるであろう最後の瞬間を待ったその時であった。
「させない!!」
 突如として声が響いた。そして、激しく何かを打ちすえる鈍い音がこだました。
 突然のそれに驚いてルールは震える上体を起こす。
 そうして彼がそこに見たもの――
 目の前にあった光景は――
「……ばか、何をやってるんだ? 加賀杜! 加賀杜!!」
 その小さな体を広げ――エリューの水流を一身に受け止める紫隠の姿であった。
 やがてはそんな紫隠に軌道を逸らされ、水流はルールに届くこと無く空の彼方に突き抜けて消えた。
 そして大きく弧を描いて背後へと倒れてくる紫隠を、ルールは抱き止めた。
 エリューからの直撃を受けて衣類の肌蹴た胸元は、乳房は元よりその周囲の筋組織と骨格の一部とをえぐられて鮮血に染まっていた。
「馬鹿、なぜ逃げなかった!? なぜぼくなんて庇った?」
 そこからのルールの呼びかけに紫隠はうっすらと震える瞼を開ける。
「よりにもよってぼくなんか守ってどうするんだ……造り物の為に、人間の君が命を張ってどうする……!」
 強く紫隠を抱きしめて苦悶するルールを前に――その苦悩にしかめた頬へと、紫隠はそっと手の平を添えた。
「エヌルン……アタシの手、あったかいでしょ? エヌルンもあったかいよ……これがね、生きてる証拠なんだよ? 命の、証拠なの……」
 掛けられるその声に、ルールは顔を上げて瞳を見開く。
「命っていうのは、そう言うことなんだと思う。生まれがどうだとか、そんなこと関係無いよ……エヌルンだってちゃんと命があるんだ。だから……」
「加賀杜……」
「だから、自分のことを『造り物』だなんて言うのはやめてよ。……エヌルンは、大切な私の友だちなんだから、さぁ……」
 触れてくる紫隠の手にルールもそっと触れた。そして包み込むそこに、この鉄火場からは考えも出来ない優しくて柔らかい温かみを感じた瞬間――ルールの掌は淡く輝いて光の粉を空に広げた。
 まるで紫隠の優しさが包み込んでくれるかのようそんな光は学園に広がり、そして降り注いでいく――
 本能化した生徒達の上に――
 今日まで戦い荒んだ者達の心に――
 そして今、戦い散った者達の上に――
 それらは等しく無限の愛を以て、全ての存在を包みこんでいくのであった。
『ふん、思わぬ邪魔が入った』
 そんなルールと紫隠を前にエリューは再び右掌の標的を合わせる。
『今度こそ終わりだ。――ぼくは、これでお前に成り変わるぞ。ルール!』
 そしてトドメとなろう一撃がうち放たれたその瞬間――
『――え?』
 エリューの右腕が宙に舞った。
 その光景を理解しかねてエリューはただ瞳を見開く。
 ルール達へとトドメの一撃を打ち放とうとしたあの瞬間、まるでエリューの右腕はテグスにでも引き上げられるかのよう、訳無く切断されて宙に打ち上げられた のであった。
『う……うぉおおおおおッ!? お、おぉ! 何だとォ!?』
 一拍子遅れてくる痛みと出血に、エリューは切断された肩口を抑えて地に膝をつく。
 そんなエリューへと、
「アンタの敗因はただ一つだ。……おめーは俺を怒らせた――なんてね♪」
 何者かの声が掛けられる。
 その正体を探して周囲を見渡すエリュー。やがてその瞳は秋風舞う、砂塵の彼方へと注がれる。
 そこに現れたるは、旋風になびく深紅のマフラーの姿――反らせるよう大きく胸を張り、目下にエリューを見下ろす早瀬速人の姿であった。
『馬鹿な……!? 貴様は確かに――』
「本当、どういう訳なんだろうな? だけど、復活しちゃったんだよね俺。それに、ヒーロー達の帰還は、俺だけじゃないみたいだぜ」
 小さく鼻を鳴らしてウィンクを一つする速人。
 それに応えるかのよう地が震え、大きく割り上げた地表を天に舞わせながら復活してきたのは――
「黙ってりゃ、ずいぶん好き放題やってくれたじゃねーか……この偽モン野郎!!」
 赤き流麟の竜人・龍河弾。
 さらにはその隣、間欠泉の如く噴き出したるは巨大な水流。その頂上にて折り目正しくエリューを見下ろす――
「先程は随分とお世話になりました。ここからは、そのお礼をさせていただきたいと思います」
 皮肉もたっぷりに、慇懃に頭を下げる水分理緒。
 かくしてここに、醒徒会役員達はその完全復活を遂げたのであった。
『ふん、死に損ない共め……。ならば、何度でも殺してくれる!』
「その言葉、まるっと返させてもらうぜ……少なくとも俺達の分それぞれ、三回は死んでもらおうか!」
 エリューに応え、第二ラウンドの先陣を切ったのはやはり速人であった。
 こちらへと迫りくる速人に合わせてエリューもまた地を蹴る。そうして再び二人の影が触れ合った瞬間、場には壮絶な打ち合いが展開された。
 とはいえ、
『ふははは! 遅い遅い!』
 やはりスピードに分があるのはエリュー。守り一辺倒の速人を圧倒的に攻め立てて行く。
『今度はこそは復活できないよう、このザ・フリッカーにて消滅させてやるぞ』
 斯様に攻め立てていたエリューではあったが――不意な速人の一撃が、攻めの連撃を掻い潜ってエリューの脇腹に突き立った。
 その一撃にエリューはダメージ以上に、速人の攻撃に触れられてしまったことに驚きを隠しえない。
――当たった、だと? いや、偶然だ。スピードにおいては、このぼくが圧倒的にコイツを凌駕している!
 しかしそんな思い上がりはすぐに改められることとなる。
 先の一撃に続き、またしても速人の攻撃がエリューの体に当たる。それこそが神速の逆転劇の始まりであった。
 打ち合いが続くにつれ、次第にエリューの攻撃は空を切ることが多くなる。その一方で速人のそれらは確実にエリューの肉体を打ちすえていった。
 肘が炸裂し、拳が突き立ち、蹴りが食い込む――いつしか二人の攻防は一転し、今ではエリューが辛うじて速人の攻撃をしのぐ有り様であった。
――な、なんだ……こいつは? 先程の時よりも早い! それどころか……さらに、加速しているだと!?
 光速を越えたエリューのそれをさらに上回る速人の連撃――その様は疾風の如く、言い得ては『神速』となりてエリューを翻弄していった。
 もはや今に至っては、エリューは防ぐことすら――その目に捉えることすらままならない。ただ一閃、速人の深紅のマフラーがテールランプのよう赤き残像を引いてエリューを打ち据えていく。
「ちったぁ反省したか、コノヤロー! あとは残りの二人に――シメられてこい!!」
 ジャックナイフのよう体躯に対して垂直に蹴り上げた速人のキックが、連撃の締めとばかりにエリューを打ち据えて上空高くに蹴り上げる。
 速人の神速に翻弄されたエリューは軽い眩暈を憶え、無抵抗に空に舞う。それに狙いを定めたのは――
「二番手……水分理緒、まいります! ――龍河さん!」
「おうよ!!」
 水分の呼びかけに、龍河は渾身の力を込めて地表へと拳を打ちつける。
 そんな龍河を中心に、亀の甲羅のよう激しくひび割れて砕け散った大地――その下からは、地層の断裂によって剥きだされた水脈から巨大な水柱が湧き立った。
「今日は、少し怒らせてもらいます。存分に……付き合ってもらいますからね!」
 その水柱を前に両手を天に掲げる水分。さらには巨大な荷物を抱えるかのよう、空を抱いた両腕を水分は腰元まで下ろす。その動きに合わせて大蛇の如く筒身をねじらせる水柱。
 そして、
「受け取りなさい!」
 再びその両手を、宙のエリュー目掛け突き放った次の瞬間――かの水柱は巨大な水の竜となりエリューへと迫った。
 一方でようやく正気を取り戻したエリューは、次に迫りくる水分の攻撃に眉元をしかめる。
『忘れてはいないか、水分? 水を操るといいのなら、このぼくも然りなんだぞ! 纏めて押し返してくれる!』
 水分同様に腰元に添えた左掌にて力を溜めこみ、その掌を向かい来る水竜へと突き出すエリュー。その行動に一度はその勢いが止められる――しかし、
『う、うおッ……お、重い……制御、出来、ないッ……!』
 想像を絶する負担にエリューは眼を見開く。
 今の水流操作に強い負担を感じるのは片腕だからということだけではない。明らかに己の制御を越えた水量と勢いに、逆にエリューの体が押し潰されそうになっているのだ。
「あなたには背負えないでしょう。この水は、この学園に生きる全ての生徒達の命を支える水……『奪う』ばかりのあなたになんて支えられるものではないです!」
 今日未明の事件に始まる一連のエリューの行動がよほど腹に据えかねていたのだろう。らしくもなく叫ぶ水分の怒りに同調するかのよう、水流はさらなる水を水脈から吸い上げ、さらに倍の大きさに膨れ上がった。
 そして遂には抑えつけられなくなり、
『う、う……うおおおぉぉッッ――、ギャバ!?』
 かの水竜はエリューに直撃した。
 その大きさと勢いから来るダメージたるや、大型ダンプにハイスピードにて衝突されるに等しい。その直撃を受けエリューの前面における骨々はほぼ粉砕に近く破壊される。
 斯様に打ち据えられるエリュー。しかしまだ――しかしまだ終わらない!
「うおっしゃ――! 行かせてもらうぜ!!」
 しんがりを務めるは竜人・龍河弾。依然としてエリューが水竜に打ち据えられているのを確認すると、自身もまた水分の撃ち放つそれの中へ身を投じた。
 巨大な水の流れの中、両腕を前に突き出し流線型に体位を保つ龍河。やがては水流の流れに完全に体が乗ると、その体躯は回転を始めさながら弾丸のよう龍河の体を変形させる。
「俺に……いや、『俺達』にケンカを売ったのが運の尽きだ! このペテン師ヤロ――!!」
 叫ぶ―――思いの限りに。そしてエリューへと到達した瞬間、
『グブッ!? ボギャアアアアアアアアアッッ!!』
 龍河の巨体はエリューを貫いて、その胴に巨大な風穴をひとつ開けた。
 一連の集中攻撃を受けてエリューは地へと落ち、微動だにしなくなる。
 その様子を見守る醒徒会一同。今しがた龍河が刳り抜いた風穴は、胴体部に収まる内臓のそのほぼ全てを根こそぎ弾き飛ばしていた。心臓すら失ったとあってはもはや、即死であったとしてもおかしくはない。
 しかし……
『…………ご、ゴブ! う、うううぅぅぅ……ッ』
 エリューは動いた。
 生まれたての偶蹄類のような足つきで立ち上がったかと思うと、激しく痙攣して震える視線をこちらへと向ける。そしてその視軸に醒徒会のメンツを捉えると、
『ぐ、うッ……バオオオオオオオオォォォッッ!!』
 エリューは大きく両肩を広げ力の限りに――そして怒りの限りに声を上げる。
 それと同時に、その体にも変化が生じた。
 大きく広げた胸元が裂け、そこから剣のような肋骨が露出したかと思うと、次には盛り上がる筋繊維がたちどころにその骨格を包みこんでいく。
 そんな変化は胸元だけに留まらない。同じように両碗両脚も『人の形』であった皮膚を貫き突出すると、たちどころにエリューのそれらを変形させていく。
 やがては龍河の開けた風穴もふさがり、そして速人が両断した右腕が生え換わり、水分の砕いた骨格の全てが再生する頃には――
『ゴォォオオオオオオオオロォォオオアアアアアッッ!!』
 そこには巨大な竜が一匹、再誕の咆哮を叫ぶのであった。
「この野郎……遂に正体現しやがったか!」
 その圧倒的なまでの強大さと迫力に龍河でさえもが息を飲む。
 これこそは誰でもない龍河の能力をコピーしたことによる、エリューの『竜化』であった。
 しかもその再生力たるや、失われた主要臓器を一瞬にして再生たらしめるほどのものである。その強靭な生命力は、もはや『不死』と言っても過言ではなかった。
 そしてそんな相手を倒せる人物こそ――
「最後は……ぼくが行く!」
 エヌR・ルールをおいて他にはいなかった。
「これで決着をつけてくる。加賀杜を頼んだぞ」
 そう言って仲間達を追い抜き邪竜・エリューの前へと歩んでいくルール。その後ろ姿に、
「ピンチになったら呼べよ! いつでも助けてやるぜ!!」
 龍河が――
「ルール先輩一人だけだって思わないでくださいよね。俺だって、やる時はやれるんですから!」
 速人が――
「だって私達は仲間なんですから。大切な、仲間なんですから」
 水分が――
「エヌルン……ファイト、だよぉ……!」
 そして紫隠が――
 そんな仲間達の勇気と友情が、これ以上に無くルールに力を与えた。それを一身に受けられることに――その『繋がり』の中に自分がいるということに、ルールは強い喜びを感じていた。
「終わりだ、エリュー……いや、もう一人のぼくよ!」
『ウ、ウフォォオオオオ……ルールルゥゥゥゥッッ!!』
 叫ぶや否や、その両掌にザ・フリッカーの能力を展開させるルールそしてそれと同じくして、エリューもまた両掌に同じ能力を発動させる。
 そして互いはそれぞれの両掌を――滅びの力とを組み合わせた。
 その瞬間、激しい衝撃波が二人を中心に発生し、輪となって走り去る。
 植え込みの観賞樹は薙ぎ払われ、取り囲む校舎の窓ガラスは残らず砕けて四散し、後方にてその戦いを見守っていた仲間達も龍河の支えを得て、辛うじて地にへばりつく有様であった。
 その衝撃の中心にて、手四ツで組み合う二人。本来ならばあり得ない同属性の組み合わせは思わぬ化学変化を互いの体に起こしていた。
 ルールとエリューの組み合う掌が僅かに発光したかと思うと、二人の体はたちどころにその光に包まれていった。
 分解作用の相殺による原子圧縮の果て、原子は原子核を維持できなくなり大量の電子を周囲に振りまく。この電子これこそが二人を包みこむ光の正体であり、そしてそれが二人の体から発せられる意味とはすなわち――それぞれの肉体が崩壊しているからに他ならなかった。
『グ、グゥゥウウウ……フフッ、質量ノ多イぼくガ、僅カニ有利ダナ』
 その意味合いを理解し、エリューはルールへと言葉をかける。
『ぼくハ、微塵デモ肉体ノ一部ガ残レバ、ソコカラ再生ヲ果タセル。オ前ヲ消滅サセタ後、ぼくハ復活ヲ果タスゾ!』
 エリューの言葉の通り、互いに同じ速度で消滅を進めたのならば、その容量(キャパシティ)の少ないルールが先に消滅することは目に見えている。そしてこの状況を逆転する術などは皆無に等しいのだ。
 しかしそんな絶望的な状況の中、
「『命』の意味を……ぼくは見つけた」
 ルールは唐突にそんなことを口にした。
「命とは――『繋ぐ』ことだったんだ!」
『ツナ、グ?』
 ルールはその顔を上げるとまっすぐにエリューを見据える。
「そうだ。今日と明日、人と人、想いと想い――それを繋げる行為・存在こそが『命』だったんだ!」
 僅かに、エリューの加重に圧されていたルールの体が起き上がる。
「繋げてみせるぞ、ぼくの命を……」
『ヌ、ウッ? ウォオオオオ……?』
 徐々に起き上がってくるルールの体に比例してエリューの体が沈む。その展開にエリューは困惑を隠せない。そしてその理由を探るべく足元に視線を落としたエリューは、そこにて起こっている変化に息を飲んだ。
 見下ろす自分の下半身は――すでに膝元まで消滅を進めていた。
「早瀬が示し、龍河が切り開き、水分が導き、そして加賀杜が照らしてくれたこの勝利(みち)を――ぼくは必ず繋げてみせるぞ!!」
 叫ぶ――生命力の全てを振り絞り力を込めたルールの両掌は、さらにエリューを押しつぶして消滅を進めていく。
『ヤ、ヤメロ……ヤメテクレェ! 死ニタクナイ! マダ消エタクナイッッ!!』
「今こそ帰る時だ、暗黙の獣よ!! 滅びよ……もう一人の『ぼく』よ!」
『ウ、ウォォアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
 エリューの断末魔が響き渡る。
 そしてルールがその両手を完全に地へと着いた次の瞬間には――エリューは微塵も残らずに分解されて、綿毛の種子が旅立つかのよう光の粉を空高く無数に舞いあがらせる。
 エリューの消滅――それを以て件の事件は、ここに完全決着を迎えたのであった。
 ようやく勝ち取った勝利に思わずため息をつくルール。しかし、決着にもかかわらずルールの体が発光を納める様子は無かった。それどころがより一層にその輝きを増して分解を進めているようにすら見えた。
 それを危惧するからこそ、
「ルール! おめぇは大丈夫なのか?」
「先輩、あいつと同んなじで分解が止まって無いじゃないですか!」
 龍河と速人の声に振りかえり、ルールは小さく鼻を鳴らす。
「どうやら都合よくは行かないみたいだな」
 そんな仲間達の元へと歩み戻りながらルールは呟くように言う。
「ザ・フリッカーの能力にあまりにも長く触れすぎた。自分でも試してはみたが、分解の進行は止められそうにない」
「そ、それはつまり……」
 ルールの言葉に、平素感情的にはならない水分ですらが息を飲む。
 すなわちそれは、ルールの『死』を意味するに他ならなかったからだ。
 やがてルールは水分に抱きかかえられた紫隠の元へと屈みこむ。
『え……エヌルン……』
 そこから息も絶え絶えに語りかけてくる紫隠に頷くと、ルールはそっと彼女の胸の傷に手をかざす。
「『命(これ)』はもう、ぼくには必要ない……君に全部あげよう」
 そしてその右手で静かに彼女の胸をぬぐうと――削り取られたはずのその胸元は傷跡一つなくそこに再生を果たしていた。
 しかし、
「え……そ、そんな! ダメだ、それじゃダメだよ!」
 命を助けられたはずである紫隠はそれでもしかし、己の救命に戸惑いの声を上げた。
「だってそれじゃエヌルンが助からない! それじゃダメなんだってば!」
 言葉の通りルールの命の最後の灯を彼女は受け取ってしまったからであった。
 それでもしかしそんな紫隠を見守るルールの顔は――穏やかに笑っていた。
「確かに死とは別れだ。でもそれは『消滅』ではない」
「消滅じゃ、ない?」
「そうだ。ぼくは、やっとぼくだけの『命の意味』を見つけることが出来た。それこそは繋げるということだったんだ」
 語りながら視線を巡らせると、ルールは自分を取り囲んでくれている仲間達へと一瞥を送る。
「大昔から今日にいたる未来まで、多くの人々達がそうやって色々なものを繋げてきた。それは命であり、人であり、技術であり、そして想いだった」
「エヌルン……」
「それら繋ぐ行為こそが『命』ということだったんだ。『物』や『人』という概念なんか関係ない。そしてだからこそ、ぼくは今『命』を持ち得たんだよ」
 もはや今のルールに、自分の出自を問うコンプレックスなどは微塵も残ってはいなかった。何処までも胸を張って、『自分』という存在の命をルールは負い目なく証明することが出来たのだ。
「それを気付かせてくれたのがみんなだった……そして加賀杜、君だった。本当にありがとう。ぼくは、幸せだった」
 エリューに最後の戦いを挑んだ時に告げた感謝と同じ言葉をルールは紫隠に送った。しかしそれは捨て鉢に玉砕を覚悟したあの時の感謝とは違う、本当の意味での感謝であった。
「今日の勝利とこの学園の未来を『繋いだ』ぼくの命は――双葉学園が在り続ける限り、永遠にここに在る」
 今にも溢れそうな紫隠の涙をそっとルールの人差し指がぬぐった。人の温もりがそこにはあった。
「さようなら、みんな。ここに居ないみんなにもよろしく伝えてほしい。そして――」

「ありがとう」
 ルールは、笑った。

「ッ――エヌルン!」
 その笑顔に、紫隠は両手を伸ばしてルールを抱きとめようとする。
 しかし彼女の小さな両腕は空を抱いて、光の粒子を空へ振り散らすばかりであった。
 完全に、ルールはこの世界より消滅して失せた。
 しばし誰もが言葉を発することが出来なかった。
 そんな世界の中で紫隠は空を抱いていた両腕をゆっくりと解く。腕の中には――ルールのつけていたサングラスだけが残されていた。
「エヌルン……エヌルン……ッ、ッッ――うわぁああああああああああ!」
 夕陽が消え、比類なき夜の闇が広がる空にルールの輝きはもう微塵として残されてはいない。
 ただそこに響き渡る紫隠の泣き声だけが、全ての終わりを告げるばかりであった。



                  【 完結篇へ続く 】



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