【波乗り船の音の良きかな 二】


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 ◇四


「あぁ、愛しの龍河《たつかわ》様……。先日お噂に伺いました七福神様、この熱い想いを彼にどうか届けてください」

 夢を渡ってみたものの、たどり着いた場所はさっきとほぼ同じ双葉学園の敷地上空。夢の主は何処に、と獏の少女が探ってみると、図書館の片隅に佇《たたず》むアッシュブロンドヘアの令嬢へとたどり着いた。
「……ってかまたこの島の上空じゃねぇか。今度も知り合いか?」
「うーん、一つ年上の先輩みたい。私自身は会ったことないかも」
 夢の主を覗いてみるもののやはり面識はないのか獏の少女は首を傾げ答える。
「……ていうか恋愛成就っぽいな。どうする、俺ら全員専門外だぜ?」
 他の六人の顔を見回したダイコクが小さくため息をついた。
「あれ、そうなの?」
「あぁ。俺たちの中に縁結びの神様はいないんだわ」
「そういえば……」
 言われて、獏の少女は再度七人をキョロキョロと見渡す。確かにそこにいるのは富を中心に健康と勝負事にと偏った福の神の集団だった。
「そのくせジュロウとフクロクが半々で被ってたりするんだがな」
 ニヤニヤとその二人を見るダイコク。そこへホテイが首を突っ込むと、
「っていうかこの二人、元々が天南星《てんなんせい》の化身『南極仙翁《なんきょくせんおう》』っていう同一存在なんだぜ」
 ホテイの言葉にダイコクとビシャモンがうんうんと頷き合い、続けて横からエビスが口を挟む。
「一度クビになったくらいだもんな。七福神『ジュロウ抜きで』って」
「くぬっ……」
 四人の、特にエビスの容赦ない言葉責めに、ジュロウは眉間にしわをよせ、胸を強く押さえながらその場へヘたりこみ、甲板を這うように話の輪から離れていってしまった。
「……ねぇ、ジュロウのおじいちゃん凹んでるんだけど」
「いいよほっとけ、いつものことだ」
 船尾側の隅っこで小さくうずくまっているジュロウを余所に、ゲラゲラと笑いながらエビスがきっぱり言い捨てる。
 そこへ、彼らの輪から一歩離れた位置で眼下の少女をじっと眺め続けていたフクロクが、
「なぁ……ていうかあの嬢ちゃん、かなりやべぇんじゃね?」
 小さく呟《つぶや》く。
「やべぇって、何がだよ?」
「なんていうかこう説明しづらいんだが……あの嬢ちゃん、命を脅かされてもおかしくない程の病魔に冒されてるんだわ」
 そして、それがどんな病気かまではわからんが、と首を傾げながら答えた。
 フクロクに並びホテイが同じく眼下の少女を覗き見ると、
「へぇ、それにしちゃあピンピンしてるようだけど」
「あぁ。たぶん獏の嬢ちゃんの言う「いのうしゃ」って奴なんだろうな。詳しくはわからんがその病魔を押さえ込める程の生命力を維持できているみたいだが……」
「で、どうするんだ?」
「まぁ、あの状況じゃあ俺の福を与えてやったところでなんの足しにもならんだろうが……俺の肩書き上やってみなきゃ気がすまねぇ」
 ふん、と鼻息を荒げ、フクロクはその迷彩服の袖を捲り、右手を空に掲げ、叫ぶ。
「福星《ふくせい》!!」
 すると、その右手が黒く陰り、突如一匹の蝙蝠《こうもり》が飛び出した。続けて次は左手を地へ向けると、
「禄星《ろくせい》!!」
 再び叫び、その左手が濃緑に光る。そしてその手の先から、立派な角を生やした鹿が姿を現した。
「……福星《ふくせい》、禄星《ろくせい》、そして寿星《じゅせい》。我ら三位一神にして無病息災《むびょうそくさい》を司りし南極仙翁の化身、我らが名は福禄寿《ふくろくじゅ》なり!!」
 両手を上下に伸ばした姿のまま、まるで獣の雄叫びの如く大声で名乗り上げる。同時に蝙蝠と鹿がフクロクの元を飛び出し少女のいる建物へと潜り込む。しかし……、
「うーむ……」
「えっと、これであの先輩は大丈夫になるの?」
 首を傾げるフクロクに獏の少女が遠慮がちに訪ねた。
「いや。可能性はあるとしても結果としては気休めにすらならん……いやむしろ俺の福すら不必要なくらいあの少女の能力は凄まじいものなのかもしれん」
 そしてフクロクは呼び出した蝙蝠と鹿を元へ送り返すと、
「まぁ俺たちはこうやって夢を書き換えることはできても『現実ですでに起きてしまったこと』をどうにかできるほど万能じゃあないしな」
「そうなんだ……残念」
 言って、獏の少女が小さく肩を落とす。
「そもそも現状でどうにかなってるんだ、あとはあの少女自身の問題だろう」
 フクロクはしょげる少女の頭をぽんぽんと撫でると、未だに隅でイジケたままのジュロウへと向かった。おそらくはまたからかったりするのだろう。
「……うーん。七福神ってもしかしてそんなに凄い神様じゃないのかなぁ……?」
 そのまま次の夢渡りへと準備を開始した獏の少女は、なんとなく生まれた不安に小さくひとりごちた。






 ◇五


「ちくしょう、外道巫女め……いつか絶対あの乳揉みしだいてやる……」

「なんだありゃ」
 またも同じく双葉島、続いて訪れたのはとある飲食店の上空だった。休憩中だろうかコックコートの男が店の裏口にしゃがみ込みなにやらぶつぶつと呟いていた。
「うーん……」
 夢渡りを終えたと同時に人型へと戻った獏の少女が頬を赤らめていた。
「俺たちゃ福を与えて回るのが仕事なんだがな……、なんつーかありゃあただの煩悩の塊じゃないか」
 眼下を覗き見ていたダイコクがチッと舌打ち一つ。隣で腕を組んだビシャモンがむっつりとした表情のまま続ける。
「どうする? 飛ばして次行くか?」
「……いやまぁ、こうやってせっかく呼んでくれたんじゃ。邪険に扱うのも何だしちょっとくらい福を与えてやってもいいじゃろう」
 すると先ほどまで隅っこでイジケていたジュロウがいつの間にか復活し、ビシャモンの提案を遮って話の輪へ戻ってきた。
「なんだジュロウのじいさん。ていうかやるのか?」
「……『長寿』。あの少年には何処となく、身を挺してでも困難に立ち向かおうとするような気配を感じるからな、少しくらいは……」
 白く長い髭をなでながら、一歩前へ出ると
「それに……長生きできればいつかいい乳にも巡り会えるじゃろうしな」
 ニヤリと笑い、船側からコックコートの男に向けて両手を突き出した。
「我は南極仙翁《なんきょくせんおう》の化身にして延命長寿《えんめいちょうじゅ》を司りし者、寿老人《じゅろうじん》なり……」
 その両手に力が込められ……そしてジュロウがくるりと振り向くと、
「ま、こんなもんじゃな。乳は自分で求めてくれぃ」
 すでに見えぬ眼下の男にひらひらと手を振ってやった。
「ていうか、そんな欲のためだけで生き永らえるのもどうかと思うが」
 いい仕事をしたと言わんばかりの笑みで戻るジュロウに、相変わらず硬い表情のまま腕を組むビシャモンが口を出し、続けてエビスとダイコクも割って入る。
「欲があるからこそ人は人でいられるんじゃないか?」
「食欲、性欲、睡眠欲ってやつか」
「いや、それただの獣《けだもの》じゃんか。知能や理性で制御できるからこそ人間なんじゃないの」
 三人のツッコミに対し横からホテイが更にツッコミを入れる。そこへ、
「へぇ。いいこと言うじゃないか。さっすが元人間ってだけあるぜ」
「えっ?」
 フクロクの意外な言葉に縛の少女が突然驚きの声を上げた。
「あぁ、俺らの中でホテイだけが唯一、元人間なんだ」
「そうなんだ、知らなかった……」
 少女は目を丸くしてホテイを見つめ、納得したのかうんうんと頷いた。
 その少女の視線に居たたまれなくなったのかホテイは、言い出したフクロクを睨むと小声で、
「……お前がそう思うんならそうなんだろう。|お前ん中《・・・・》ではな」
 するとすかさず、
「待て。さらりと言い逃れようとするな。それに過去を改竄《かいざん》するんじゃない!」
 ダイコクが駄目出しした。
「くそっ、お前等はそうやってすぐ俺だけ仲間外れにしようとするんだ!!」
「いやいや、出自が異なるってだけで俺達ゃ七人『七福神』でずっと面白おかしくやってこれただろうが」
「うんまぁ……ジュロウ抜きで、な」
 エビスがぼそりと呟く。示し合わせたかのように、
「ぬっく……」
 ジュロウが呻き、膝をついた。
「よけいな口挟むな。まぁ冗談はさておき、確かに生まれも信仰も歴史も違う。目指す将来も与えられた運命も、おそらく迎える最期も違うだろう。だからこそこうやって一緒にいられるんじゃないか?」
 ダイコクは両腰に手を当て「いい笑顔」で皆に尋ねる。
「足りないものがありゃ補い合う。困ってりゃ助け合う。相手を思いやる心を持ち合うからこそ仲間でいられるんだと思うぜ」
 先ほどまでさんざんジュロウをバカにしていたフクロクが深い言葉を吐き、
「神様って言っても私らだって得手不得手はあるんだ」
 ベンテンが紫煙を薫らせながら。そしてエビスとジュロウが続ける。
「そうそう。何でもできる完全な完璧超人なんかいたら「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」って任せちまえば済むんだし」
「誰もがそんなんじゃそいつと手を取り合う意味がなくなっちまう」
 そして、終始腕組み姿のままビシャモンが口角をつり上げ、
「だからお前もどんなことがあろうとお前のまま『七福神のホテイ』でいればでいいんだ。わかったか」
「お前ら……」

 夕日をバックに語り合う古い青春ドラマのようになんか良いこと言ってるなぁと、獏の少女は微笑ましく彼らを見つめていた。




 ◇六


 夢は渡れどもたどり着く場所はまたしても同じ島の上空。ちょっとうんざり気味の七福神たちを余所に、また知り合いの夢だったのか獏の少女が声を上げる。
「あ、二礼《にれい》さんだ」
 二礼と呼ばれた夢の主は、路地裏にある小さな空き地で、ときおりその姿を変える複数の|黒い塊《ラルヴァ》を、手にした木刀で次々と殴り倒していた。
「なぁ、なんか黒い丸いのと戦ってるぞ。あれ宝船の周りにいた悪夢《ないとめあ》ってのに似てねぇ?」
 言われて、獏の少女は舷側板から身を乗り出して眼下を覗きこむ。
 大きさは様々、状況に応じてかその姿を変える黒い塊という点は一応共通ではあるのだが、その体の大半を占める大きな目を備えている点と「キシィィッ!」という鳴き声を上げている点、そしてなによりその|黒い塊《ラルヴァ》が積極的に木刀を持った少女へと体当たりで攻撃を仕掛けている点に、悪夢《ナイトメア》との相違点があった。
 亜種や上位種ならまだしもただの悪夢《ナイトメア》ならただその辺りをふわふわと漂っているだけのはずなのだ。
「あー、うん……でも違う、かな。あれはたぶん、二礼さんが過去に遭遇した|化け物《ラルヴァ》の記憶みたい。こうやって夢に見るくらいに忘れられないような……?」
 そしてそう現状を判断した。
 ダイコクは獏の少女の横に並ぶと一緒に船の下を覗き、
「へぇ……どうするよ、手助けした方がいいか?」
「うーん、悪夢《ナイトメア》や、あとは夢魔の関係じゃなければ、私はその人の夢にはあまり関与はしたくないんだけど、ね」
 少し寂しそうな笑顔で答える。
「そうか。しかし彼女も初夢に七福神を呼んでくれた一人なのだろう?」
「うん、そのはずー……」
 どうしたものかと考え込む少女とダイコクの元へ、髪を掻き揚げオールバックヘアを整えながら、ビシャモンが声をかける。
「わかった。ならば|俺ら《・・》が出よう」
 そしてサングラスをくいっと押し上げる。ダイコクはそのレザーライダースーツの背中をぽんと叩くと、
「戦闘はお前の専門分野だしな。まかせた、ビシャモン……ってかあいつら呼ぶのか」
「出るって……え、『|俺ら《・・》』?」
 獏の少女が投げかけた疑問に聞く耳も持たないといった様子で、ビシャモンは二人の元から数歩離れると彼らに背を向けたまま天を仰ぐと、
「……来い。ヤシャ、ラセツ」
 ビシャモンの声に呼応するかのように、突如二人の人影が宝船の甲板へと降り立った。

「タモさん、チィーッス」
「また急に呼び出して。なんすか、タモさん」
 ビシャモンと同じレザーのライダースーツ姿、ヤシャ、ラセツと呼ばれた二人組は首だけで小さく会釈する。
 おそらくそれが相変わらずな対応なのだろう、ビシャモンは深くため息をつくと、
「……ったくお前らは、タモさんと呼ぶなと言うに。ここでは多聞天《たもんてん》ではなく七福神の一人、毘沙門天《びしゃもんてん》だと何度言えば……」
「「へいへい」」
 しかしビシャモンの小言に二人はいかにも面倒臭そうに答えるだけだった。
「イヤな奴が来た」「本当だ、イヤな奴が来た」「イヤな奴が来た」
 少し離れた位置でベンテンとホテイ、そしてフクロクがボソボソと囁き合っていたが、彼らのことなど気にもせず、ヤシャとラセツの二人は獏の少女を見るなり即座に声をかけた。
「おや、こちらの美しいお嬢さんはどちらさんで?」
「えっ……えーっと……」
 もじもじと返答に詰まる少女の前にビシャモンが立ちはだかる。
「今回俺らの手助けをして貰ってる獏の嬢ちゃんだ。いいから行くぞ」
「なるほどなるほど。では獏のお嬢さん、これから俺とご一緒にお茶などいかがでしょう?」
「いやいや、ここはこのラセツと共に朝まで語り合おうじゃありませんか」
 好き勝手に振る舞う二人に業《ごう》を煮やしたビシャモンは、二人の耳を強く掴むとそのまま引きずるように引っ張りながら、
「い・い・か・ら・行・く・ぞ」
「痛《いて》っ、ちょっタモさんそれ洒落になってないっす!」
「すいませんっした! ほんとすいませんっした!!」
 手を離さないまま、船側から二人を連れて飛び降りていった。


 * * *


「うーん、倒しても倒してもキリがないっすねぇ」
 二礼は手にした木刀でその黒い目玉の|化け物《ラルヴァ》を殴り倒していく。「キシィィッ!」という悲鳴と共に殴り飛ばされた一つの目玉が霧散していく。
 しかし彼女の言うとおり、一つ倒しても次の一つがまた現れるという堂々巡りが延々と繰り広げられ続けていた。

 気を揉む間もなく次の目玉へ木刀を打ち込んでいく。
 そこへ突如、彼女の眼前にレザー製のライダースーツを纏ったいかにも柄《がら》の悪そうな三人組が現れた。
「ヤシャ、ラセツ。やれ」
 オールバックの男の一声で、残りの二人は直刀を持つと、耳につく奇声をあげながら生まれ出る黒い目玉を有無も言わさず右へ左へと切り捨てていった。
 オールバックの男もその手に愛用の三つ叉の矛、三叉戟《さんさげき》を手にし、先の二人と並び黒い目玉の化け物を次々と突き潰していく。
 頼んでもいない増援によって一気に纖滅速度が加速し、気がつけば数分と経たずに見える辺りの目玉の化け物は消えてなくなっていた。
「……何すか、っていうか誰っすか?」
 二礼にとっては「助けてもらった恩」よりも不意に現れた不審者三人組という点ばかりが気にかかるのか、彼らに対し明らさまに警戒しながら尋ねた。
 ヤシャ、ラセツと呼ばれた部下と思われる二人は、
「うっわ、さっきの獏のお嬢さんに勝るとも劣らない素敵な乳房をお持ちじゃないか」
「お嬢さん。俺と一緒にお茶などいかがでしょう?」
 二礼の心配事など欠片も気にせず、この上ないほど軽薄に馴れ馴れしく誘いの声をかけてきた。
「うるさい、お前ら黙ってろ」
 しかし即座に、ビシャモンは厚かましく声をかける二人を一喝すると、二礼へと向き直ると、そのサングラスを押し上げながら低い声で、
「少女よ、力《ちから》が欲しいか」
「……へ?」
「力が、欲しいか? と聞いている」
 手にした三叉戟を握り直し、再度尋ねる。
「欲しいのなら、くれてやる」
「あ。いやよくわかんないっすけど別にそんなのいいっす」
「そうか……っておい! ここは『はい』と答えるところだろう!?」
 予想と反した返答だったのか、ビシャモンが柄にもなくずっこけた。
「うわータモさん格好悪ーい」
「毘沙門天《びしゃもんてん》の名が泣きますね、こりゃ」
 面白いおもちゃを手にした子供のように喜々とした表情でヤシャとラセツの二人は即座にビシャモンに茶々を入れる。
「あ、七福神の人だったっすか」
 そこへ、彼らが口にした「毘沙門天」という単語に二礼がポンと手を打った。
「つまりこれって初夢ってことっすか。っていうか七福神って本当に現れるんすね。ダメもとで枕の下に絵を敷いてみたっすけど」
 これが夢の世界とわかり、二礼はうんうんと頷いてみせる。
「そうだろう、お前にも俺たち七福神を呼んだ理由があるのだろう? だから俺がこうやって力を……」
「いや別に。それにうちはうちの信仰する神様がいるんで。浮気すると機嫌損ねられるんで遠慮しておくっす」
 木刀を肩に担ぎポリポリと頬を掻きながら、二礼が悪びれもせずビシャモンに答える。
「「「…………」」」
 レザースーツの三人組がこれはまいったと互いの顔を見合わせていると、どこからともなく目玉の化け物が再び発生しだした。
 ビシャモンはこの状況に苛立ってきたのか、近くに湧いたそれを三叉戟で横薙《よこな》ぎに一刀両断すると、
「……こちらにも事情がある。なんとかお前さんに福を与えさせてはくれないか」
「そう言われても……うーん」
「頼む、このとおりだ」
 足下に転がってきた黒い化け物を突き潰すと、その容姿に似合わず少女に向けて深く頭を下げた。
「……困ったっすねぇ。それじゃこっちの神様にバレない程度に……ほんのちょっとだけっすよ」
「すまない、恩にきる」
「タモさん格好悪ーい」

 ビシャモンは手にした三叉戟を二礼へと掲げると、
「我は、利天主《りてんしゅ》|帝釈天《たいしゃくてん》の外臣が一人、北倶廬州《ほっくるしゅう》を守護せし四天王|多聞天《たもんてん》、勝ち戦を司りし毘沙門天《びしゃもんてん》なり」

「何か変わったんすか?」
 両手を見下ろしわきわきと動かしながら、二礼が首を傾げる。本人としては何らかの変化があると思っていたのだろうか。
「さぁな。お前さんの心がけ次第だろう」
 二礼の疑問を、用の済んだビシャモンが適当に受け流す。二礼はビシャモンの対応に怪訝な表情を浮かべると、
「勝ち戦を司る……ってそれじゃ私はもう負け知らずってことっすか?」
「そりゃまぁ全戦全勝とはいないけどな」
 横からヤシャが割って入る。しかしビシャモンはすぐに、
「うるさい、こういうものは気持ちの問題でもあるんだ」
「うわっ、タモさんそれぶっちゃけすぎ」
 自身の発言にフォローを入れるが続けてラセツにつっこまれてしまった。
 そして結局、二礼は三人のやり取りにため息をつくと、
「……よくわからないから気にしないことにしておくっす」
「……まぁそれも一つの手だろう」
「タモさん格好悪……いってぇ!」
 追い打ちをかけたヤシャの後頭部へとビシャモンの拳が振り下ろされた。





 ◇七


 今晩ラスト一人の夢渡りを終え、人型に戻った獏の少女は眼下の夢の主を見るなり、
「……えっと、またちょっと降りてもいい?」
 はにかみながら七福神たちにいじらしく頭を下げた。
「何だ、って、あぁ……男か。さっきも言ったが俺たちゃ縁結びはできないからな」
「なっ……違っ」
 並んで覗き込んだエビスがからかい混じりに笑い飛ばす。少女は耳まで真っ赤に染め、両手を眼前でぶんぶん振りながら、
「ほんと、そんなんじゃない、から……」
 本心か否か、消え入るほどに小さな声で呟いた。


 * * *


 自分以外の人影がまったくいなくなった西日の射し込む高等部一年B組の教室。
「……帰るか」
相方のドラは部活へ参加しているのだろう、中島虎二、通称トラは遅い帰宅の準備を進めていた。
 なぜクラスメイト全員が居なくなるまで一人教室に残っていたのか。特に呼び出しや約束があったわけでもなく。
 ただ一つ、そういえば前にこのような「誰も居ない教室」で何か大事なことがあったような……、でもあの時は……。
 消えてなくなっていてもおかしくないほど曖昧な記憶が、頭の片隅にうっすらと浮かび上がる。
 思い出せない思い出ほど厄介なものはない。もやもやと晴れない気持ちに、トラは後頭部をガシガシと掻き上げ深くため息をつくと、無意識に夕日に照らされた窓側前列寄りの空席へと視線を送った。

 窓から二列目、前から三番目。
 クラスで眠り姫と呼ばれているその席の住人、姫音《ひめね》離夢《りむ》は、登校してから下校するまでのほとんどの時間をその机に突っ伏したまま居眠りをして過ごしている。異能による特例らしく学園からも黙認されているらしいのだが……。
 最近何気なく気にかけてしまうその席の住人を想い描く。
 自分と同じくらいの、女性としては長身の部類に入る背丈、強く自己主張する豊満な乳房とそれに相反する華奢な容姿を、黒く長い髪がカーテンのようにサラリと包み込む。
 そしてその整った顔立ちでぼんやりと微笑む彼女の姿が――

「……中島君?」

 ――ふと気がつくと、妄想《イメージ》していた人物が実体となっていつの間にかその席に佇《たたず》んでいた。
 ただ、普段の学園制服ではなく、彼女は薄絹の和風な衣を一枚羽織っただけの姿だったのだが。
「中島君」
「……姫音?」
 その瞬間は、お互い驚きもなくそれがまるで自然であるかのように。
 夕日に照らされているその表情は逆光にになっていてよくわからなかったが、トラにはリムは確かに自分に向かって微笑んでいるように見えた。

「これは夢……か?」
 トラは自分の頬を軽く抓《つね》ってみた。が、特に痛みは感じられない。まるでシナリオ通りに想い描いていた人物が姿を現せば誰もがそう思うことだろう。
 しかもこんな性的な格好であれば尚更……。と、その時「思い出せない思い出」がトラの脳裏をよぎった。
「……でもなんかこんな夢を前にも見たことがあったような気がしないでもない……な」
「えっと、えーっと……気のせいだよ、きっと」
 その事実を知ってか知らずか、リムは頬どころか耳までどころか顔全体が真っ赤になるほどの勢いでその場を誤魔化した。

「コトからいろいろ聞いてるよ。いつも本当にありがとう」
 場の空気を取り戻すとリムは大きく一つ深呼吸して、トラへと一言切り出した。
「ん?」
「えっと、帰りの|HR《ホームルーム》の前に起こしてくれたりとか、移動教室のとき声かけてくれたりとか、他にも勉強教えてくれたりとか……本当に助かっているんだよ」
 そしてもう一度「ありがとう、中島君」と続けた。

「あぁ。別に気にするなよ。こっちも好きでやってるだけだし」
「えっ……?」
「……?」
 リムの過剰な反応にトラは一瞬どぎまぎした。しかし自分もとくに変なことを言ったわけじゃないよな、と考え直す。
 何かのきっかけだったかいつの間にかクラスの眠り姫を起こす側のグループに入っていたこと。二学期中間テスト前に皆でファミレスに籠もって試験勉強した際に彼女の親友である相羽《あいば》呼都《こと》に頼まれ、それ以降なにかと彼女たちの勉強の相手をすることが多々あったこと。
 別に嫌だったら断っていてもおかしくはない、実際断らずに今も続けているのだし特別な理由も問題もない、クラスメイトに対するトラ自身の好意としての行動にすぎない……はずだ。
 ……はずだ、とトラは心の中で強く頷いた。
 考え込むトラの姿に何かを感じ取ったのか、リムは改めて、
「ううん。えっと、でも本当にありがとう」
 微笑み、再度深く頭を下げる。
「あぁ」
 つられてトラもリムへと微笑み返した。


 * * *


 宝船の甲板の上、船側から二人の様子を覗いていた七福神たちはそろってため息をついていた。
「縁結びの神様じゃなくても気づくぞ、あんな遣り取りしてりゃあよ」
「若いっていいねぇ。青春だねぇ」
 ニヤニヤしているフクロクとベンテンを横目にエビスはダイコクへと振り向くと、
「よぉダイコク、お前の番だけどどうする……、ってもうやる気満々じゃねぇか」
 既にダイコクは俵《たわら》を両肩に担《かつ》ぎ上げ、準備万端と舷側板へと足をかけた。

「……我は大国主命《おおくにぬしのみこと》の化身にして五穀豊穣《ごこくほうじょう》を司りし大黒天《だいこくてん》なり」
 名乗り上げ、そして両肩の俵を夢の主へと放り投げると、
「汝《なんじ》に、稔《みの》り、あれ」
 俵は空中でほつれ、中に詰められた幾多の穀物や種子がこの夢一帯へと四散していった。





 ◇


 七人の夢渡りを終え、宝船は七福神たちの聖域へと凱旋した。
 獏の少女がうつむき加減に別れを切り出そうとタイミングを計っていると、
「静かだと思ってたらまーたいつの間にかホテイが居眠りしちまってるよ」
 偽物の財宝の山を背にいびきをかいているホテイを見下ろしながら、ベンテンは気だるそうにキセルをふかし呟いた。
 彼女の言葉に七福神の他の五人が彼の元へと集まる。
「またか、人間だった時の習性とはいえこうもしょっちゅう寝落ちされると気にもなるわな」
「ていうか昔はこんな酷くはなかったような気もするんだが」
「どうする、また蹴り起こすか」
 眠るホテイを中心に六人がざわざわと話し合っていると――

「えっ!?」
 突如、宝船の甲板のあちこちから悪夢《ナイトメア》がぽこぽこと生まれ出て、獏の少女は驚愕した。
「さっきまでなんともなかったのに、何で……?」
 そして起きている六人の手を借りて慌てて悪夢をかき集めると彼女はそれらを一気に貪《むさぼ》った。
「……嬢ちゃん、こりゃどういうことじゃ」
「ジュロウのお爺ちゃん……わかんない。でも他の人の夢の中で湧かなかっただけマシだったけど、それでも……」
「まさか、ホテイが寝てるのが原因とかはないよな?」
 ダイコクの言葉に獏の少女ははっと何かに気付きホテイへと目線をむける。
 彼の言う通り、眠って夢を見るから悪夢《ナイトメア》が発生する。しかもこの「七福神の聖域」は夢の世界と並行して存在しているからなのかその悪夢がこちら側にまで湧き出てしまっている、としたら……。
「ホテイさんをこのまま起こさないで。私ちょっとホテイさんの夢の中に行ってくる」
「行くって、嬢ちゃんもうボロボロじゃねぇか。大丈夫なのか?」
 心配して声をかけるエビスに、少女は微笑み返すと、
「ちょっと様子を見てくるだけだから……もし本当に何かあったらその時は――」















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