【幸運】


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 彼が自分の不注意と迂闊さに気が付いた時には、すでに手遅れであり、鼓膜が破れんばかりの爆音と共に目の前は真っ白になり、何も聞こえず何も見えなくなってしまっていた。
(どうして、こうなったんだろう)
 恐らく死に際なのであろう彼は、自分の短絡的な行為を後悔する。こんなことになるはずがなかったのに……と。いや、いつかはこうなるはずだったのだろうと、四肢どころか指先一つを動かすことも出来ずに、彼は過去を思い返していた。


 彼が自分の能力に気が付いたのは小学生の頃、原因不明の難病に苦しむ妹の元へ向かうため、家族一緒に乗り込んだ飛行機の事故だった。
 それは突発的なトラブルで、予測不能で致命的な事態だった。当然、彼の乗っている飛行機は墜落。当時の速報では生存者は絶望的であろうとまで言われていた事故だった。
 だが、彼一人が生き残った。
 評論家や現地を検証したマスメディアは『この事故で生き残るのは天文学的確率である』と、その奇跡をこぞって囃し立て、美談に作り上げていった。
 彼は一躍時代の寵児となった。そして、彼の唯一の肉親であり、不幸な病気の妹と共に格好のメディアの対象となったのだった。
 だが……。
 メディアが掌を返すようになったのは、彼が宝くじの一等を連続して当ててからのことだった。一本目の当選直後こそ、ワイドショーや夕方のニュースで頻繁に“奇跡は再び!!”などと世紀の美談として取り上げられていたが、二回目以降、何らかの規制があったのか、メディアの話題に上がることはなくなり、自然と彼のことは話題にならなくなっていった。
 ただ、そういったメディアの空虚な喧騒を抜きにしても、彼の身の回りでは、ある種のやっかみ、僻みや妬み、嫉みとは無縁ではなかった。人の業や欲というものは尽きないものなのである。
 だが、彼は当選金の全額を自分の妹の膨大な治療費にあてがっており、裕福とは言えない生活を粛々と送っていた。
 それというのも、妹の病気は原因すら解明できていない難病であり、治療法どころか対処療法も皆無という状態だったからだ。
 そんな状況で、技術的にも限界のある現代医療が抗えるはずもない。それを超えるであろう能力者の治癒魔法や能力でさえ(それには真贋問わず膨大な費用を要したにも関わらず)、進行を遅滞させることは出来ても、彼女の病気を回復させるには至らなかった。
 そんな、唯一の肉親である妹の病気を治せない現実とそれに役立つことさえ出来ない自分に彼は絶望していた。
(妹の病気さえも治せない、当り籤を引く程度の奇跡がなんの足しになるのだろうか?)


 当然、彼の類まれな能力を双葉学園が放って置くはずもなく、水面下で彼と接触し、任意に彼を保護すると、巧みな話術と彼のそそる条件を提示した交渉により、自らの傘下に納めることに成功していた。
 実際、メディアへの情報を遮断したのは政府と密接に関係を持つ学園の組織の一部であり、彼らの統制と情報操作によって、彼の奇跡は秘されることになっていた。
 なお、学園と彼との交渉において、妹の完全な保護とその治療費用の全額免除、また、治癒法が見つかった場合に速やかにその施術を行うという、彼にとっては涎が出るほどに旨みのある取引が行われていたのは想像に難くないし、それは事実だった。
 何より、彼がそれを承諾したのは、自分よりも唯一の肉親である妹が病気から回復し、幸せな生活を送るのが最大の大事であり、それを最も可能としてくれるのが双葉学園だと理解したからだ。


 彼の能力は“因果律の調整”だった。分かりやすく言うと自分が振ったサイコロの目を自分の都合の良いように操作できるのである。
 つまり、マークシート式のテストを受ければ鉛筆を転がしても満点を取れるし、彼がラスベガスへ乗り込めば、一晩どころかスロットマシンのレバーを引くだけでジャックポットという有様で、元手が数ドルあれば僅かな時間で億万長者になれるのだ。
 さらに言えば、彼に安全ピンを抜いた手榴弾を投げても偶然にも不発になるどころか、核ミサイルでさえも“天文学的な確率の積み重ね”によって起動しないか、着弾点を大きくそれ、彼には安全圏になるような場所で爆発するのである。
 ある種、彼は無敵で不死身だった。それはそうだ、無意識に自分の都合が良いように因果律を修正してしまうのだから。
 もちろん、それにはしわ寄せもある。それは彼の周りだ。ギャンブルは勝者がいれば敗者がいる。それと同様に、彼が被るべき因果(つまりは負け)を他の誰かに押し付けてしまうことになるのだ。
 これは学園から下されるミッションに多く見受けられることになる。
 どんな絶望的なミッションであろうと、その能力を存分に発揮し、作戦の成否に関わらず彼は必ず無傷で生き残り、本部に戻ってくるのだ。
 これを快く思わない人がいないわけがない。必然、彼の周りに人は寄り付かなくなり、『死神』『疫病神』などと陰口を叩かれることになる。
 結果、彼はチームを組むことはなくなり、単独編成によってラルヴァが多く徘徊する場所への強行偵察などを行うことになった。
 当然、それでも彼は平然とした表情で本部に戻り、状況を的確に報告した。それが彼の仕事だったからだ。
 彼は、そんな自分の能力を嫌悪していた。
 チームを組んでいたクラスメイトや上級生、下級生が何人も怪我をし、時に死んでしまうこともあった。だが、彼はかすり傷ひとつもないのである。そういった、自分の不幸を他人に押し付けるという能力の発動は、彼の罪悪感を苛み、更にその幸運さえもいつ尽きてしまうのかもしれないという強迫観念も彼の心を蝕んでいた。
 彼は『もし、この世に神という存在がいるのなら、全ての人に幸運を等しく授けるはずだろう』と考えていた。だからこそ、彼はギャンブルなどに手を出すことは一切なく、選択式の試験問題に回答することもなかった。何時尽きるかもわからない自分の能力を些細なことで浪費したくなかったのだ。
『勝つ人間がいれば、負ける人間も必ずいる』
 これは、彼がこれまで見てきた現実問題であり、自分の能力の根源だった。だからこそ、いつか大きなしっぺ返しが自分に降り懸かるはずだと恐怖していた……。


 酷く簡単なミッションだったと彼はブリーフィングルームで渡された資料を読みながら思っていた。いつも通りの極々普通の仕事だったはずだ。
(それがなんで、こうなってしまったのか……)
 何も見えなくなった彼の目の前に妹の元気な姿が浮かび上がり、彼に微笑み手を振っている。それは彼が一番望んでいたものだった。
 彼にとっての一番の気がかりは妹だった。彼は自分が死ぬことで学園は妹を放逐するのではないかと心配していた。だからこそ、学園側からの命令には絶対服従していたし、どんなことがあっても死ぬまいと心に誓っていた。それが親友に自分の死を押し付けるような酷い行為であってもだ。
 彼にとって、妹は最後の肉親であり、心の拠り所であり、全てだったのだから。
 だが、そんな思いももうすぐ終わりを迎えようとしていた。
 彼は笑い話になるようなちょっとしたミスで瀕死の状態になっており、彼の目の前で優しく微笑む妹の幻影が彼の死を出迎えていた。
 差し出される手を掴もうとするが、身体は動かない。
(ゴメンよ、そっちにはいけないんだ……)
 声にならぬ声で彼は答えようとする。その声に反応したのか、妹の幻影は彼を優しく抱き起こそうとする。その瞬間、僅かに指が何かを掴むように動き、そして力なく手がパタリと落ちる。
 彼は全ての罪悪から解き放たれたように、実に幸せそうな表情を見せていた。


「お兄さんには連絡したのかい?」
 目の前で息を引き取った若い女性の姿を見つめながら、彼女の担当医は機材を片付ける看護士に声を掛ける。
「それが……彼は先ほど連絡があって……」
 彼女は医師に目を合わせることなく、言葉を適当に濁すと機材の片付けに没頭しようとする。担当医は、その言葉と行動に理解を示したのか、静かにため息をつくとぼそりと一言呟く。
「そうか……。なんとも痛ましいことだ。でも彼にとっては幸《・》運《・》だったかもしれんな。妹さんが死んだと知ったら、彼はとても正気ではいられまいて……」
「ええ……」
 医師は、今さっきこの世を去った兄妹を思い、僅かに頬を塗らした。彼らの幸せを祈りながら。







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