【異能力研究者の個人的な考察の覚書】


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異能力研究者の個人的な考察の覚書


 普段、私は学生たちを相手に「異能」に関する講義を開いている。特殊な力を持った子供たちにその力を誤って使わぬように促すことと、よりよい使い方を示してやるというのがその講座の基本的な役割だ。
 この仕事はとてもやりがいがあるが、この双葉学園の規模の割には受講する生徒が他の講義に比べて少ない。……といっても数百人単位ではあるのだが。
 とにかく、週に一度の講義と生徒たちから提出されるレポートの評価さえ終えてしまえば案外暇なことも多い。もちろん学期末などは忙しくなるが。
 そんな暇が出来たとき、私は少しずつ個人的な異能の考察を記すことにしている。我ながら異能に関する研究以外にやることがないのか、とも思うがこれはこれで楽しかった。なぜなら個人的な考察にはいわゆる「タブー」がないからだ。
 子供たちに知識を与えるという講座の性質上、どうしても教えない方がいい事というのは出てくるもので、そういった危険だったりあまりに倫理から外れた異能の使い方は伏せることになっている。これは私個人の考えでもあり学園の方針でもある。正しい倫理観を育てるのが第一、ということだ。
 そんな理由で伏せられた事柄を掘り下げてみようというのが私の個人的な考察だ。

 今日も少し暇が出来たことだし密かな楽しみに興じることにしよう。


 *


 一・ある回復系異能について。

 回復能力者は他の系統に比べると数が少ないとされているが、系統内を見てみるとその多様性は他の系統にも劣らないと言える。回復系は大きく分けると「対象の回復力を高めるもの」「異能によって、失われた箇所を補填するもの」「時空操作で傷病のなかった頃の肉体に戻すもの」の三種があるが、今回とりあげる異能は三つ目「時空操作で傷病のなかった頃の肉体に戻すもの」に近いタイプだ。
 この異能は私の講座を受講している一人の女子生徒「Y」のもので、前述の通り回復系であるが、対象に異能を行使する際に「痛みを伴う」という特異性を持っている。
 異能を行使する時に何らかの条件・触媒が必要なものは意外とよくある。魔術系と呼ばれる異能がその最たるものだろう。本人の意思に関わらず何らかの「コスト」を必要とするものもあるが、基本的には異能を行使する人間自身がそれを支払うことになる。
 では「Y」の場合はどうかだろう。被術者に「痛み」というコストを支払わせているのだろうか?答えはNOだ。先に彼女の異能は「時空操作で傷病のなかった頃の肉体に戻すもの」に近いと述べたが、この場合「時空操作で生体の負傷箇所の治癒するまでの時間を早送りしている」と考えられる。そうであるなら、被術者の感じる痛みは「本来、完治までに感じるべき痛みを早送りで感じている」ということになる。
 ここまで考えてみるとただ不便なだけの異能に感じられるかもしれないが、もう一歩先まで考察を進めるとまた違った、この異能の「恐ろしい可能性」に思い至る。現状、彼女の異能は回復系の域を出ていないが、「時空操作」であるならば確実にその先がある。
 それは「生命活動自体を早送りする」というものだ。これは傷の治癒には大きくプラスになるが、重体、つまり「被術者が自力での回復が困難」な場合、悪くすれば死に至るのを早めるだけになる恐れがある。
 ここまでくると前述の「恐ろしい可能性」がなんなのかは明白だが、あえてここに記す。それは「意図的な過回復により対象を老化させる」というものだ。もちろんこれには相応の根源力が必要になるだろうが、たとえば限られた範囲、腕や足など肉体の一部のみにこの効果を集中させた場合を考えると十分恐ろしいといえるだろう。
 私の知る「Y」は理由もなく人を害するタイプではないが、この可能性には気づかぬままでいてほしいと願う。


 二・根源力以外の肉体的なコストについて。

 一で少し触れた「コスト」に関して変わったものを挙げてみたい。
 通常、異能の発動には確実に根源力が必要となるが、ここで挙げるのはそれ以外の「コスト」として「腹が減る」というものだ。
 本人たちは根源力は消費していないと考えているようだが、おそらくは根源力の消費よりもはるかに「コスト」の方が大きいのだろうと考えられる。この場合「腹が減る」というのがそれにあたる。要するに根源力とともにカロリーも消費されているわけだ。異能を使い続ける限り彼らはいくら食べても太らない、女性なら誰もがうらやむ体質に見えることだろう。が、下手をすると異能の使いすぎで「餓死」する可能性もある。気をつけてほしいものだ。


 三・系統の混合。

 とある男子生徒が「もともと超能力系異能を持ち、超科学アイテムによって異能を制限、魔術系に近いコマンドワードで発動を制御する」という、なんともややこしい状態にある。ここで気になるのは「一人ひとつ」という異能の大原則だ。彼の現状はどう説明できるのだろうか。
 「魔術系に近いコマンドワードで発動を制御する」という部分だが、これは通常の魔術系と同じで特に問題はない。では「超科学アイテムによって異能を制限」という部分はどうだろうか?ただ超科学アイテムを使うというのであれば原則に触れるはずだが、彼はもともとの異能を失ってはいない様だ。そこで考えられる可能性としては「超科学アイテムの燃料として異能が必要である」というものと、「超科学アイテムがさしたる機能を持たないものである」というもの。そして「実は超科学アイテムがもともとの異能を模倣している」というもの。本人の話を聞いた限りではこの三つの要素が微妙なバランスで釣り合う事で彼の現在の能力として成り立っていると思われる。
 異能の原則に一体どういう基準があるのかは今後の研究課題としたい。


 四・永劫機。

 私にとって、いや双葉学園にとって現状、おそらく一番の疑問はこの「永劫機」だろう。一見すると明らかに「一人にひとつ」という異能の原則に触れている。にもかかわらずそれらはそこにあるのだから。
 彼らの扱いは「人造ラルヴァ」ということになっているが、それでもやはり引っかかる部分がある。それは「現在の人類にはまったくのゼロから命を作り出すことは出来ない」というものだ。人造人間といえば醒徒会会計補佐の名が挙がるが、彼の場合は肉体構造的には人間と変わりない。つまり、明らかにはなっていないが誰かのDNAなり卵子なりを用いて強化調整されたうえで生み出された「人間」だと考えられる。となるとやはり「ゼロから生み出された」わけではない。
 永劫機に関しては学園内で得られたわずかな資料以外にその存在を紐解く手掛かりがないため、ここからは逆説的に考えてみることにする。
 まずは私の知りえた永劫機の能力を列挙しよう。

 ・懐中時計が超科学の産物である。
 ・懐中時計から人間形態、武器形態、戦闘形態への変形が可能。
 ・永劫機自身に自意識がある。
 ・未覚醒能力者と契約を交わすことで「永劫機の主人」とする。
 ・永劫機と主人は精神交感が可能である。
 ・時空操作能力を持つ。
 ・他者の時間を奪い動力源とする。

 以上の七つだ。
 一つ一つ考察していこう。

 ・懐中時計が超科学の産物である。
 これは自体には特に疑問はない。

 ・懐中時計から人間形態、武器形態、戦闘形態への変形が可能。
 これはサイコキネシスによる物質再現だろう。なんらかの条件付けで形態を固定しているものと考えられる。

 ・永劫機自身に自意識がある。
 感情があり、考え、しゃべる。まさに人間と変わりない。人工知能だとしてもここまでのものは現代の科学では作り出せない。ならば超科学の産物か、本当に人間であるかのどちらかだろう。しかし人間形態に「変形」していることから、肉体自体は人間のものではない。となると肉体を除いた部分が人間、乱暴な言い方をすれば「魂」のみは人間であるとも考えられる。

 ・未覚醒能力者と契約を交わすことで「永劫機の主人」とする。
 細かく言うと、覚醒していない者に「永劫機を操る異能を与え、同時に全機能を理解させる」という、なんともでたらめな能力だ。さらに言うなら「永劫機を操る異能を与える」と「全機能を理解させる」という能力は別々のものだろう。系統としてはどちらも一種の精神感応であると考えられる。だが一瞬にしてこれらを処理するというのはとてつもなく強力なテレパスでなければとても不可能だろう。そしてその内容はいわば洗脳のようなものだ。

 ・永劫機と主人は精神交感が可能である。
 これ自体には特に疑問はない。

 ・時空操作能力を持つ。
 これ自体には特に疑問はないが、影響を及ぼす対象が異能者と中級以上のラルヴァを除く全ての物質ということは、一定以上の根源力を持っている者は能力に抵抗できるということだろうか。ならば大量の根源力を含有する機器などはどうなるのか?という新たな疑問がわいてくるが、このことに関する資料は残念ながら得られていない。

 ・他者の時間を奪い動力源とする。
 二であげた「コスト」に近い。つまりこの場合は根源力とともに消費されるのが「時間」つまり生命活動そのものであるという事だ。また、この「時間」は戦闘形態でのみ消費されるということから、超科学アイテムとしての懐中時計は「時間」を蓄える機能があるものと考えられる。補足すると、先にあげた「永劫機自身に自意識がある」という項目は、この「時間を蓄える能力」が懐中時計の機能だとすると、自ずと人工知能の線が消える。超科学のアイテムといえど、複数の機能を同時に備えることは出来ないのだから。

 ここまで考察してきてわかるのは、やはり一体のラルヴァが持つにしては恐るべき多様性があるという事だ。
 一系統の応用で見かけ上複数能力に見える場合は多々あるが、ラルヴァとはいえ本当に複数の系統を持っているものは少なく、複数の能力である場合も「生まれ持った身体能力+異能」という組み合わせが一般的だ。つまり永劫機はそれらの常識を超越した存在であるとも言える。
 では永劫機が複数の能力を行使できる理由はなんだろうか。結論から言うと「実は永劫機一体の能力ではない」ということだろう。つまり複数の異能者、あるいはラルヴァが永劫機の「土台」として存在していると考えられる。
 もし前述の考察が事実であるなら、やはり新たな疑問が出てくる。それは多くの能力を常に保持しつつ、一つの意思で、場合によっては複数の能力を同時に用いているというものだ。ただ一つの異能を使うことでさえ熟練しなければままならない場合も多いことを考えると、複数の能力を同時に扱うことの難しさは推して知るべしだろう。これを克服するには、ここまでに挙げたものとはまた別の「能力を統合する」能力が必要になってくる。

 話をまとめなおそう。
 永劫機を現存する形で運用するには複数の能力が必要で、さらにそれらを統合する能力も同時に必要。そして全能力を行使するためのエネルギーが必要だということだ。
 これらの前提から単純に考えると、一体の永劫機につき懐中時計の機能を除き、「物質再現」「能力統合」「精神感応・一」「精神感応・二」「時空操作」「時間吸収」と、少なくとも六種の能力を持った「土台」と、「懐中時計を作り出す」異能者、「人間の魂を懐中時計に定着させる」異能者が存在することになる。製作に関わる二人の異能者はただそれぞれの作業を行うだけだが、「土台」となる者は一体どういう扱いになっているのか。私が思いつくのは超科学機器によるエミュレート、あるいは異能者・ラルヴァを直接使ったとても残酷な方法だ。エミュレートは再現する異能が強力であればあるほど困難になるという。永劫機の持つ能力を鑑みるに、一部を除きエミュレートは難しいだろう。となると嫌な考えを捨てきれなくなってしまう。永劫機の人格たる「魂」の出所ともなると、より恐ろしい事が思い浮かぶ。人格は魂によって決定付けられるという説がある。ならば永劫機の「少女」という人格は「少女」の魂であるがゆえかもしれない。

 永劫機の開発に携わった者たちは一体、どういう理由からこれほどの能力を持つ存在を欲したのだろうか。探究心か、功名心か、あるいは単純に愉しみのためだろうか。いずれにしても恐ろしく、危険な行為であることには違いない。

 最後に、この考察は現在までに私が得た知識と情報を基にしており、事実がどうかは不明であることを断っておく。私の知らない技術や異能をもって、人の道を外れない研究開発が行われたと信じたい。今の時代、異能に最も触れやすいのは十代の子供たちなのだから。


 *


 一区切りついて壁に目をやると、時計の針は十七時四十分を指していた。大学部を除けば、まもなく最終下校時刻。部活動に勤しむ学生たちも岐路につく頃だろう。
 窓を開け耳を澄ますと子供たちの楽しげな話し声がかすかに聞こえてくる。

 ――いつもこうなら良いんだが。

 学園の性質上難しいとはわかっているが、子供たちには普通の学生生活を送ってほしい。そのためには私たち教師が出来る限りのことをしなければ。そして私に出来ることは異能を研究することだけ。私の得た知識を彼らに伝えていきたい。

 遠ざかっていく声に耳を澄ましながら湿り気を帯びた六月の空気を胸に吸いこむと、私は今日もまた、決意を新たにした。



                 了






 *本作は筆者の勝手な想像で書かれており、各作者様の構想から逸脱している可能性が大いにあります。妄想の域を出ぬものとご理解ください。




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