【MOON CHILD 2】


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 沈む。
 沈む。
 意識が沈む。
 竜朱の意識はまどろみの中に、ただ落ちていっていた。
 そう、これは夢だ。
 通り過ぎてしまった過去を、脳が記憶の整理で再現しているだけに過ぎない。
 だから。
 目を背けろ。耳を塞げ。鼻を閉ざせ。
 だがそう言われても、夢の中の映像なんて、明晰夢でもない限り自分ではどうしようもないものだ。
 だから見てしまう。
 燃えている村。

 ラルヴァによって滅ぼされ地図から消えた村。
 本当にそうか?
 滅ぼしたのはラルヴァか? いや、違う。
 それは――

『もう駄目だ、この村は』
 白い服に身を包んだ男たちが言う。
『蔓延している。助からない』
 そんなはずはない。まだ生きている人たちはいる。いるんだ。
 だが、彼らは言った。

『この村は――主に見放された』

 そして処理が始まった。
 ラルヴァに呪われた。感染した。ゆえに浄化せねばならない。神の名の下に。そう、彼らは言っていた。
 竜朱が生き残ったのは、偶然にすぎない。たまたま、一人の異能者に見つかり、保護されたから。奇跡ではない、ただ運が良かっただけだ。
『この世界は、お前が知らぬ理不尽に満ちている』
 異能者は、そう言う。
『だがお前は生き延びた。その意味や理由? そんなものはない』
 告げる。
『そうだ、意味も理由も何も無くただ生き残った。それが世界だ、それが神意という名の運命だ。喜べ少年、お前は選ばれたのだよ』
 喜べるものか。
 俺には好きな子がいた。親友もいた。なんでそいつらは死んで俺が。俺だけが。
 こんな理不尽(うんめい)、許せるものか。
『ならどうする?』
 竜朱は思う。その光景を忘れない。憎しみを忘れない。怒りは色褪せない。
 俺が。
 俺が。
 俺が。


 俺は――

 神を――






 リノリウムの冷たい床の感触が竜朱の意識を引き戻す。
「……っ」
 覚醒した脳が状況を分析しようと回る。
 ここはどこだ? 依然、例の地下室のようだ。腕がロープで縛られている事に気づく。
 そして顔を上げる竜朱の耳に、声が届く。歌のような、祈りのような。これは……
(呪文……?)

 ADONAI 、EL 、ELOHIM 、ELOHI 、EHYEH ASHER EHYEH 、ZABAOTH 、ELION 、IAH 、TETRAGRAMMATON 、SHADDAI……

 淀んだ空気の流れる、腐臭と薬品臭を孕んだ風にのって少女の言葉が聞こえる。
 その意味を理解して、竜朱は体を起こして叫ぶ。
「萌葱っ! ……お前は、自分が何やってるかわかっているのか!?」
 その叫びに、萌葱は視線だけ振り向く。そんなことは判っている、といわんばかりに。それはそうだろう。その問答はすでに終わっている。彼女は姉の魂を取り戻すのだ。
 だが――竜朱の言葉は、萌葱の想像と理解の外に合った。

「それは死者の魂を召喚する呪文じゃない……悪魔召喚の呪文だっ!!」

「――え?」
 そして、それは一歩。あと一歩、ほんの一瞬だけ遅かった。
 すでにそれは、完成していた。
「……くっ!」
 竜朱が歯噛みし、腕を縛るロープに魂源力を注ぎ込んで弾け飛ばすが、もはや遅い。
 異変が起きる。部屋の空気が軋み、変わる。より昏く、より禍々しく変質していく。
「え……な、何……これ」
 円を描くコードに紫電が走り、機材が明滅する。そして、巨大な培養層の中の『萌葱』が瞳を開け――
「残念、もう遅い、遅いのですよ」
 赤く輝く瞳が笑う。
 田辺の口から漏れる言葉とシンクロする。

「「これで大いなる業は成された」」

 培養層に亀裂が走る。
 ガラスが砕け散り、中の培養液が飛び散る。
「っ!」
 竜朱は萌葱を抱きとめる。竜朱の腕の中の萌葱は、だまってそれを見つめている。
 違う、あれは何? あれは、自分の求めていた姉ではない。わかる。中のモノが――違う。
 全裸の少女は、田辺の隣に立つ。その歪んだ表情は、田辺のものと瓜二つだった。
「悪魔は」
 田辺は言う。
「悪魔を召還できない……それは人の子のみが成せる。まあ、下級の使い魔を呼び出すことは可能ですが、それは今回の目的には使えない。私自信を呼び出す必要があり、それは此処に呼ばれた私には出来ない」
 そして萌葱の姿をしたモノも言う。
「だがこれで儀式は完成されました。そう、これが完成だ」
 それを見て竜朱は問いただす。
「お前ら、まさか……そういうことか。田辺……じゃないな、お前は」
「その通り。この田辺理人という人間はただの器。私を召還し、そして失敗したただの哀れな人間に過ぎません。
 わが名は……ベリス」
 田辺、いや『ベリス』は誇らしげにその名を口にする。
「ベリス……そうか、ソロモン七十二柱のひとつ……錬金術(かがく)を人に与えるという。しかしその心魂は邪悪、人間を騙し陥れ破滅させることに喜びを見出すという……」
 その竜朱の言葉に、ベリスは肩を揺らして笑う。
「くっくっく、その通り……そうでしょう萌葱君。クローン技術の錬金術(かがく)は私が君に与えた……そして君はその通りに、私の思惑通りに造ってくれた……そして、私の教えた儀式を疑う事無く執行し……」
「そしてベリスを、お前自信を再度召還させた……」
「そうです。この少年の肉体は、所詮は私が憑依しているに過ぎない。完全な私、新たなる私が欲しかったのでね。憑依ではなく受肉、確固たる私自身を造りたかった」
「そ、そのために……そんなことの為に姉を……おねえちゃんを!」
 身を乗り出して叫ぶ萌葱に対して、浅葱の姿をしたベリスが嘲笑する。
「そんな事? そう、そんな事ですよ。だけどあなたの犯そうとした罪に比べればそれが何だと言うのですか。
 生まれなかった姉を生まれなおさせたい? 自分の罪を償いたい? 愚かしい、実に愚かしい。
 そんなことだからあなたはまた失敗し、罪を犯し続けるのです! 母を、友を、全てを欺き裏切り続け、そして今また神の摂理を侵そうとして……姉をまた殺した」
「――!!」
「どういう気持ちでしょうねえ、二度も死産させられた、西宮浅葱は一体なにを思っているのでしょうねえ!」
 ベリスは笑う。
「やめ……て……」
 萌葱は慟哭する。己の罪を突きつけられて。
 二度。二度も殺した。
 二度も、姉を生まれさせることが出来なかった。
「だいじょうぶだよー、萌葱ちゃん。だって私、二度目は死んでないから」
 そして、浅葱の声で、言葉で、玩弄する。

「だって私……二度目は悪魔に生きたまま食べられちゃったんだから! あはははははは!! おまえのせいだ!! おまえの!! もう私の魂は救われない、地獄に落ちた、落とされたぁ!! あーっははははははははははははははははははははははははははは!!」

「嫌ああああああああああああああああああ!!」
 浅葱の悲痛な絶叫が、慟哭が響いた。
「貴様……ぁあっ!」
 竜朱が叫び、拳を振るう。
 だが……その拳を、飛んできた機材が打ち払う。
「っ!?」
 そして、鉄、コード、ガラス、プラスチック……数多の資材、機材が浅葱の姿をしたベリスの裸身にまとわりつき、全身を覆う鎧へと変質し、練成されていく。
「これで完成です……はは、はははははは」
 田辺が笑い、そして……その体が、糸が切れた人形のように倒れる。
「……そっちのベリスの魂源力を使って、鎧を作ったか」
 ベリスの気配が消えた田辺の体を見下ろして舌打ちする竜朱。
『その通り』
 真紅の鎧に身を包んだ巨体が、鋼の響きで笑う。
『あとは――邪魔者を始末すれば終わります。ああ、ですが貴方達が私に隷属するというのなら、その命を助けて差し上げても構いませんが』
「ふざけろ。悪魔と取引する魔術師が何処にいる」
『でしょうね。残念……ですよ!』
 剣を振りかぶるベリス。
「……っ!」
 竜朱は近くにあった鉄パイプを握り、そしてその剣を受け止める。
『ほう……貴方の力。今朝の人工精霊の時といい……対象に魂源力を流し込むことによる強化や破壊……といった感じですか』
「繊細な魔術は性に合わないんでな!」
『いいえ、シンブルなのは好きですよ……そういった人間のほうが騙しやすい!』
「そりゃどうも……っ!」
 鍔迫り合いから一度離れ、そしてベリスが言う。
『故に解せませんね。そのような大罪を犯した咎人を何故かばうのですか?』
 指差すのは、へたりこんでいる萌葱。
「そうだな、たしかにそいつは罪を犯した」
 それに対して、竜朱は言う。
「だから何だ?」
 その言葉に、萌葱は顔を上げた。
 今、何と――言ったのか?
『ほう?』
「だから何だ。ああ、確かにそいつは罪を犯した。人を生き返らせる――それは罪だと、人が侵してはならない神の領域だと言われている」
 竜朱はまっすぐに、ベリスを睨む。
「だからどうした。大事な人に生き返って欲しい、そう思うことが罪なのか? そう願うことが悪なのか?
 その祈りは――否定されるものじゃない。
 てめぇに出来ねえからって、神様持ち出してそれが罪だ悪だと誤魔化してんじゃねぇよ! 悪魔(おまえ)は無能だから人っこひとりだって生き返らせないんだろう? てめぇの無能を棚に上げて、見下してんじゃねえ」
『貴様……』
 ベリスの兜の中の顔が、怒りに染まる。
「人の祈りに、願いに、悲しみに漬け込んで利用しないと何も出来ない悪魔が。お呼びじゃないんだよ、とっとと豚のように消え失せろ」
『小賢しい……ならば先に!』
 剣を振り、竜朱の体を弾く。竜朱の体勢が大きく崩れた。
『貴方から死になさい!』
「っ……!」
 怒りに任せた剣。それを――

「だめええっ!!」

 弾かれるように飛び出した萌葱が、庇う。
「ばっ――」
 だがそれは無意味だ。萌葱の体ごと切り裂かれるだろう。よしんば盾として役立ったとしても、これでは――
 そう竜朱は思う。だが次の瞬間に起きたことは竜朱の予想を超えていた。

 止まったのだ、刃が。

『……!?』
 その事態に、刃を止めたベリス自身が驚いていた。
 その好機を竜朱は見逃さない。だがこのまま反撃に転じるには体勢が悪すぎる。だから……
「っ!」
 床に落ちているコードに手をたたきつけ、魂源力を流し込む。急激に強力なエネルギーを流し込まれたそれは機材を暴走させ、爆発させる。
『ぬ……っ!』
 その煙幕が、ベリスの視界を奪う。剣を振り煙を払った後には、もう竜朱たちの姿は無かった。





「馬鹿かお前。なぜあんなことを……」
 萌葱と田辺を引き連れて一旦離れた竜朱は萌葱に悪態をつく。
「ごめんなさい、体が勝手に……」
「結果的には悪くなかった。だが奴が剣を止めなかったらお前は確実に死んでいたぞ」
「……でも、悪いのは……私です」
「違う。悪いのは、お前の罪悪感や姉への想いを利用したラルヴァだ。お前は悪くない。……悪いと思いたければそれでもいいが、罪の意識に浸るのは此処を出てからにしろ」
「……はい」
 竜朱は考える。何故、あの時にベリスは刃を止めたのか。
(契約者だから……じゃないな。奴は萌葱を利用しただけだ。最初にベリスを呼び出したのはこいつだが……)
 竜朱は倒れたままの田辺に眼をやる。その目は開いているが、しかし反応は無い。
 心が、壊されているのだ。
「素人が悪魔召還儀式に手を出した末路か……治療すれば治る可能性はあるが、少なくとも今は役に立たないな」
 田辺の意識が戻れば、糸口が見つかると思ったのだが、それは望めそうに無かった。
(そうなると……いや、待て。あれはベリスが止めたのではない、としたら……?)
 その思い至った可能性を確かめるため、竜朱は萌葱に質問する。
「萌葱」
「はい?」
「お前は、あの培養層の中の浅葱に、話してたな。お姉ちゃん、と。それは……もしかして、今までずっと続けていたか?」





『ふむ……どこへ消えたやら。まあいい、このまま建物ごと潰すのもまた一興……』
 歩きながらベリスが言う。
『……む?』

『ほう、一人ですか。どうしました、もう一度私と組み、今度こそ新しい姉を作りたい……とでも考えましたか?』
「お姉ちゃん……!」
 だがベリスのその問いかけには答えず、萌葱はただ呼んだ。姉を。
「お願い、目を覚まして!」
『く……くははは!』
 その姿をベリスは嘲笑う。
『何を言い出すかと思えば……貴方の姉など存在しない。ここにはこの私しかいない……!』
「違う! お姉ちゃんは……ちゃんといる! 私は信じている!」
『これだから人間は愚かで罪深い! もういい所詮貴方に用は無い! 姉の妄想を胸に抱いて死になさい!!』
「ずっと……ずっと話して来たんだから……信じてる! お姉ちゃん!!」

 剣が振り下ろされる、その瞬間――

 亀裂が走った。

『!?』
 ベリスの体が止まる。ひび割れる。鎧が砕け、その中から――

「萌葱ちゃんっ!」

 西宮浅葱が、飛び出した。

『ば……馬鹿なああっ!? 何が、何がおきているというのです!?』
 絶叫する。その肉体を持っていかれ、いまや鎧と、それを動かす半実体の魂源力の塊……ただのエレメントラルヴァとなったベリスが驚愕と激痛、そして恐怖に叫ぶ。
 抱き合う姉妹。その姿を認められず、ただただ慄く。
『ありえない、なんだソレはぁっ!? それは私の体、受肉した私の体ァッ! 魂無き人形が、何故なぜナゼぇえええ!!』
 そして剣を振り下ろす。だがそれはのろく、そして割り込んだ竜朱によってあっさりと止められる。
『貴様ァ……貴様か、何をしたぁっ!! 魔術師ィィィ!!』
「何もしてねぇ」
 竜朱は答える。
「萌葱が、その子がただ想っていた、想っていたんだ。試験管の中の彼女にずっと語りかけていた。その想いが……魂を作り出した」
『……! まさか、それは』
「そう、人工精霊さ。彼女の母は、浅葱がそこにいると振舞ってきた。萌葱は、それをずっと演じて来た。そこに確かにいるように……そしてそれは、人工精霊を生み出す。チベット密教ではタルパ、秘教カバラーでは境界の守護者……とも言う。対話によって形成される擬似人格、人工霊魂体だ」
『な……』
「だからその形成された魂は、お前より先に、すでにその体に投射されていたんだ。先客がいたんだよ。つまりお前は……」
『まさ、か……!』
「受肉ではなくただの憑依、だったってことだ。そしてそれは彼女の覚醒によって、弾かれ分離した。そう、さっき偉そうに見下してたがな、お前は最初から失敗して、そして萌葱は成功していたんだよ」
 その突きつけられた真実に、ベリスが叫ぶ。
『馬鹿な……! ありえない、なによりもムーンチャイルドが完成するなど……! ましてや人を生き返らせることなど不可能だ!!
 それは神の領域を、摂理を侵している!
 人間が! そのようなことは絶対にありえない!!』
 竜朱はそれを否定する。悪魔による否定を、否定する。
「人間だから、出来るんだよ」
『なん……だと……!?』
「天動説の否定。進化論の提唱。ES細胞にiPS細胞にクローン技術の確立。
 人間の歴史は神の摂理とやらを覆して来た。出来るんだよ、神の定めた運命とやらをぶち壊すことが!」
 そう言い放ち、竜朱は剣を弾き……そして右腕を、その砕かれた鎧の中に叩き込む。
『ガ……ッ!!』
「人の弱みや欲望に付け込むことしか出来ねえ悪魔が、人間を、俺たちを舐めるな」
 そして。
 その中に――ベリスの本体に、竜朱は魂源力を流し込む。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 絶叫する。
 流し込まれた力が、ベリスの魂を蹂躙し、破壊する。
 だが――
「!?」
 竜朱はその腕に異変を感じた。引き抜こうとするがもう遅い。
『思い上がったな! その油断の隙をつかせてもらった!』
 ベリスは悪魔、すなわち精神体、カテゴリーエレメント。そして悪魔の力は……田辺の時と同じく、対象に憑依し支配する。
『貴様の肉体を貰うぞ! 貴様に憑依し、そして今度こそ……!』
 勝利を確信するベリス。
 だが次の瞬間、竜朱の中に進入したベリスが見たモノは――

 憎悪。
 苦痛。
 苦悶。
 絶望。
 悲嘆。
 害意。

 ただただ充満する膨大な――


 悪。


『な、なんだ、なんだコレはぁ!?』
 ベリスは叫ぶ。その身を守る鎧が次々とひしゃげ、へこんでいく。まるで深海の圧力に潰されていく潜水艦のように。
 それほどに圧倒的な、ただただ強大な魂源力の圧力がそこにはあった。
『馬鹿な、これでは乗っ取ることなど……この力は、一体――!?』

「レギオン」

 ベリスの叫びに答えるのは、静かな、しかし何よりも大きな竜朱の声。
『!?』
「先生はそう呼んでるよ、俺の異能を。大質量、大総量の魂源力。呪詛と怨嗟に満ちたただの力の渦、それが俺の中の力だ」
 それはマルコによる福音書第五章に登場する悪霊の名。それに取り憑かれた者は強力な力を得るが、しかし発狂してしまうという。憑かれた男は墓場に棲みつき自身を傷つけ続け、疲れた獣の群れはガラリヤの海へと自ら飛び込み死したという。
 それこそが呪い。竜朱の村を襲った呪いにほかならない。だが竜朱は生き残った。その膨れ上がる大質量の魂源力を抑え付ける意思によって。
『馬鹿な……大量のラルヴァをその魂に内包してるというのか……! 貴様はその郡体だと……』
 そのベリスの叫びを竜朱は否定する。
「いや、あくまで先生が便宜上そう読んでるだけだ。ただのかっこつけた能力名にすぎない。俺は最初から最後まで一人だよ。これが俺だ」
 その事実に、ベリスは恐怖する。
『馬鹿な、このような……人の魂にこれほどの憎悪と絶望が! 焼ききれ消滅してしまうはず、なのにお前は! そんなことは、理論上は可能かもしれぬ、だが机上の空論だ! それを……!』
「願うことは現実になる。魔術とは己の意思のままに現実を変革する術である」
『!?』
「だったら、俺が思うことは何でも出来るだろう? そう、クソッタレな神を殴り倒すことだろうと」
『……貴様……は……!』
 その意思に、ベリスは絶望する。
 勝てない。勝てるはずが無い。
(ここまでの超質量の負の邪念を飲み込み抑え付け、我ひとつで天に向かい挑む意思……! これが……人の傲慢というのか!)
 押しつぶされる。
 心が折れたベリスにもはや個我を保つ力は残っていない。だが最後に、最後に残ったベリスの意思が、ただ問う。
『貴様……何者だ!?』
 その問いに。
「言っただろう。どこにでもいる魔法使いで……ただの人間様だよ」
 竜朱は答え。
「じゃあな残虐公爵。悪魔(おまえ)は人間(おれ)の糧となれ」
 そしてベリスは……押し潰されて消滅した。






「というわけで、これがその本だよ」
 竜朱は校長に本を渡す。ムーンチャイルドの書。
 クロウリーの記した、小説を。
「ふむ、確かに」
「ただのダイムノベルが、魔術書なあ……普通に和訳で読んでる人間にはわからないだろうな」
「だからこその魔術書ではあるがね。ご苦労。ところで、他に……何も無かったのかね?」
「ねえよ、何もな。何も問題は無い」
 竜朱はそういう。
 萌葱と浅葱の事は伝えない。あれは何も無かった、そう、最初から萌葱と浅葱はどちらも人間として存在していた。ならば何を言うことがあるだろうか?
「……そうか。君が言うのならそうなのだろう」
「そうだよ。あー、疲れた。これで補習もなんとかセーフ、ということか」
 ため息をつく竜朱。
「惜しいねぇ、私としてはこのままうやむやにこの学園に居ついて欲しかったんだが」
「悪くない提案だが断る。やっぱり母校が愛しいんでね」
「そうか」
「ああ。じゃ、俺は帰るよ」
 そして竜朱は校長室を出て行った。
 校長がそれを確認したのと同じタイミングで、電話がなる。受話器をとると、女性の声が響いた。
『どうでしたか司祭殿。私が手塩にかけたあれの仕上がり具合は』
「君か。ああ、おかげで無事に終わったよ。残念ながら月の子は誕生してしまったようだが、それはまあいい。人工精霊によって再現されただけの人の魂であるなら、それは只の人と変わらない。放置しても構わない。
 不完全な、ただの無害なラルヴァにすぎんよ』
 校長は静かに言う。窓から見下ろすその光景には、双子の少女が笑っていた。
「真なる月の子の誕生は阻止せねばならんがね。人類の霊的進化は急くものではない。だがそれに抵触さえしなければ、目くじらをたてるものでもなかろう。結果的に、誰も損をしておらんのだからな」
『寛大な処置、痛み入ります。流石は司祭殿、心が広いことで』
「しかし君も酷だな、愛弟子をあのようなものにぶつけるとは」
『ええ。あの程度の雑魚に遅れをとってもらっては困りますからね。あれにはもっと強くなってもらわねばならない。私はね、もっともっと楽をしたいのですよ』
 その物言いに、校長はため息をつく。
「君のところのことだからとやかく言わんがね。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす……かね?」
『我が子と言うほど情が移ってはいませんがね。だが実戦経験は何にも勝りますよ』
「それは双葉学園の教育方針かね?」
『いいえ、私の持論です。私は楽を出来て彼らは強くなれる、万々歳です』
「……」
 苦笑する校長だった。
 最後に、校長は電話の向こうの同胞に尋ねる。
「しかし彼は……何なのかね?」
『人間ですよ』
 それに、彼女は答えた。


『ただの、罪深い人間です』



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