【悪の華2】


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  FLOR DE MAL 2


  苦戦

「くっそう、ブルーさえいてくれれば……」
 地面に突っ伏し、拳を握り締めながら、アールディレッドが悔しそうに呟く。
 コスチュームの所々が破れ、肌が露になり、裂傷なのか擦過傷なのかは不明だが、一部からは出血を引き起こしていることも分かる。
 彼以外のピンク、イエロー、ブラックも同じように傷つき大地に倒れこんでいた。
「全く、ざまあ無いわねアールディファイブ!! 今日こそお前たちの命日ぃ。さあ! ベアリバー、あやつらにトドメを刺すのだっ!!」
 露出度の高いユニフォームに身を包んだミスガーベラが手下の怪人に指図する。
「くまーっ!!」
 訳のわからない雄たけびを上げると、熊とも人ともつかない二メートルはあろうかという巨大な槌を持った毛むくじゃらの巨人が、倒れているアールディファイブにトドメを刺そうとゆっくりと近づいていく……その時だった。
「おっと、そうは問屋がゆるさねえぜ、ミスガーベラっ!!」
「何奴っ!?」
 悪役のお約束、いや性といった方がいいだろう。ミスガーベラは馬鹿丁寧に背後から聞こえてきたその声にマントを仰々しく翻しながら振り返る。
 逆光でその姿はシルエットになっていたが、採石場の高台に立つその影は本来ならここにいないはずのアールディブルー。彼は何かを手にして無駄に格好いいポーズを決めていた。
「そ、それは貴様を抹殺するはずの特殊爆弾!? 何故それを持ってここに現れた? 貴様は浄水場と共に爆破されたはずではっ??」
 ミスガーベラは誰も求めていないのにご丁寧に事の次第を説明する。
「チッチッチッ」
 ブルーは口の前で人差し指を動かしながら、キザなしぐさで彼女の言葉を否定した。
「すり替えておいたのさーっ!!」
『な、なんだってー!?』
 ミスガーベラとその手下である戦闘員二人、ついでに怪人ベアリバーが思わず驚きの声を上げる。
「こいつは土産だ、受け取りな!」
 そう言って、ブルーは手に持っていた怪しげな器械を怪人の方へと投げつける。
 そして……。
 豪快な爆発。
「お、おのれアールディファイブめぇ……。次こそ、次こそお前らを血祭りに上げてくれるわ~」
 相変わらずの捨て台詞を吐き捨てながら、ミスガーベラと戦闘員はその場から走り去っていくのだった。
「ブルー! てっきり死んだものだと思ってたぞ」
「おいおい、勝手に殺さないでくれよ」
「本当よ、レッドはせっかちね」
「全くだわ!」
『はーっはっはっはっはっはっ!!』
 それはもう薄っぺらい作り笑いが、双葉島の片隅にある採《・》石《・》場《・》っ《・》ぽ《・》い《・》と《・》こ《・》ろ《・》に気色悪いほどにいつまでも響いていた。


  総攻撃

「くそー、また失敗したか……」
「気を落とさないで下さいよガーベラ様」
「そうですよ、幸い、熊川《くまかわ》さんも軽症で済んだことですし、今回の失敗を踏まえて次の作戦を成功させましょうよ」
 私たちはいつものごとく、いつものように作戦の失敗による反省会を秘密基地の一角にある第二会議室で行っていた。
「熊川さんの怪我がそれほどでもないのは幸いだっけど、まさかブルーにあんな特技があるなんてなあ……」
「やっぱり情報収集不足ですかね? 何なら私、調査しますよ?」
 戦闘員二号こと祐天寺京香《ゆうてんじきょうか》がぐいと乗り出し、私にアピールする。
「いや、そういう卑怯なことは止めよう。あくまでも戦いはフェアに行わなくてはならん。相手の弱みを見つけて、それを突いて勝ったところで首領様は喜んでくれまい?」
「というか、ガーベラ様がそういうの嫌いなだけじゃないんですか?」
 戦闘員一号であり、この秘密結社カーサネグラでは一番付き合いの長い小杉武蔵《こすぎむさし》が肘で私を突き、私の言動を軽く茶化す。マスクで表情は見えないが、恐らくさぞかしにやついた顔をしてるのだろう。
「ま、まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも来週の計画なのだが……」
「ガーベラ様、そろそろ戦闘での怪我も癒えたラルヴァさんも結構いますので、総攻撃というのはどうでしょうか?」
「でもさー、同じ怪人……というかラルヴァさんたち使ってるとマンネリっぽくないですか?」
 一号が面倒くさそうに口を挟む。理由は簡単だ。彼の能力は転移。実は爆破や必殺技を放たれる(もしくは発動する)直前にラルヴァさんたちを安全な場所へと転移させる仕事をしている。当然、ラルヴァさんたちが増えれば彼の仕事も増えるということである。まあ、何にせよ時々というか、結構な確率で失敗するため、私たちの崇高な目的に協力してくれるラルヴァさんたちに怪我を負わせてしまうことが多いのだけれど。
「ふむ、確かにな……。何の対策もしないで総攻撃ってのは卑怯だし、何よりも相手にも失礼だしなあ」
 チラシで作ったメモに落書きをしながら私は何か良い案はないかと思案する。
「なら、再生怪人ってことで再登場させるのはどうですか? こう、ちょちょちょいと角とか付け加えて。それならマンネリも防げますし、なんとなく秘密結社の大反抗作戦っぽいですよね?」
「おおっ! 二号、お前は良いことを言うな。さすが私が目を掛けたことだけのことはある。その線でいこう。各自、その方向で企画書を作るように。本会議はいつものように金曜だ。いいな」
 そして、私たちは解散した。


  空想と現実

 作戦会議と言う名の反省会が終わった後、私はいつものようにシャワーを浴び、肌が荒れそうなほどの化粧を落とし、ミスガーベラから綱島菊奈《つなしまきくな》へと戻る。
 そして、バイト先である居酒屋“黒来家《くろきや》”へと向かう。例の一件以来、私はすっかりこの居酒屋のちょっとした用心棒と化していた。
 まあ、それはそうだ。ここは能力者の集う双葉島。それなりに統制と管理は為されているとはいえ、禁酒法時代のアメリカではない。成人が酒を飲むのを禁止している訳じゃない。
 優等生もいれば劣等生もいる。何より無駄な理由をつけては騒ぎたい年頃だ、コンパや飲み会で羽目を外すことも多いだろう。だからこそ酒に飲まれて暴れる生徒もいれば、酒の勢いにかこつけて、自分の特殊な趣味を主張しようとする馬鹿もいる。能力をかさにして大暴れするうつけ者もいる。全くもってアルコールとは恐ろしいものである。
 だが、そういった馬鹿者どもにとって、私の能力は有効だった。
 直接肌に接触することで相手の力や体力を奪い取るというこの異能は、特に大暴れしたときに致命的な破壊をもたらすことが多い超人系能力者を押さえつけるのに最適だった。
 そのため、ちょっとした揉め事があれば、即座に私が対応することになってしまっていた。実際、軽く触ってしまえば、相手の体力を奪い取ることができるこの能力は悪用さえしなければ実に有用である。
 そのおかげで私は好きな人とキスどころか付き合うことさえできないのだが……。
 考えてみて欲しい。大好きな彼とキスすると、その彼が意識を失ってしまう状況を。手を繋ぐだけで倒れてしまうシチュエーションを。
 異性と付き合う……。いや、同性でさえ付き合うことは不可能だ。触れば相手の体力を全て奪い取ってしまうのだから。
 そんな憂鬱な日々が続く私だったが、少しだけいいこともある。
 新人の中目黒が仕事を覚え、一人前になったことだ。元々物覚えの良い子だったが、数日のうちに優秀なスタッフの一人となり、私の仕事を軽減してくれていた。
 ただ、あの事件以来、彼女は私に今まで以上に懐き、それがちょっと面倒ではあったのだが。でも、彼女の一人前のスタッフとなったことで、私に依存することを辞めるだろう。
 そう思っていたが……。


  剥がれ落ちる現実

「ちぃぃぃふぅぅぅ!」
 年齢にしてはあまりにも背の小さい少女が私に声を掛けてくる。中目黒だった。
「だ・か・ら・! 学園内でその名で私を呼ぶんじゃない!」
 私は彼女の軽率な行動を間髪いれず否定する。
「だって、チーフはチーフですしぃ……」
 しっっかし、なんだってコイツが私と同い年なんだ? 背は低いし顔も童顔で幼女のように可愛らしい。どうみても中学生じゃないか。それなのに大学三回生だとぉ? どんだけ合法ロリなんだよお前?
「ねーねー、講義終わったらご飯食べに行きましょうよ! 私、ちーふのためにお弁当作ったんですよ!」
 うわぁぁぁ、うぜえ、マジでうぜえ、ガチでうぜぇ!
「ダメだ。私は用事がある」
「どんな用事ですか?」
「お前には関係ない」
「関係ありますぅ!」
 そういう小動物的な視線を私に送るんじゃない。可愛すぎるぞ、中目黒! ぎゅっと抱きしめたくなるじゃないか。
「あ! 小杉さんだ。こすぎさーん!!」
 中目黒が突然大声を上げてあさっての方向に手を振り始める。なんだ、お前はちょっとおつむが残念な子なのか? いやちょっと待て、小杉ってちょっ……。
「おい、お前誰をっ?」
「この前私を庇ってくれた小杉さんですよぉ。ちーふも憶えてるでしょ」
 ああ、お前以上に色々とな……、知りたくないことまで知ってるよ。仕事とプライベートは分ける主義の私としては実に不快なことだが。
「やあ、どうもです。先日はみっともない姿を見せてしまいまして」
 頭を掻きながらヘラヘラと笑う小杉の顔には、レッドに殴られた痕であるアザがまだうっすらと残っていた。全くもってせっかくの優男が台無しだ。それとな、人と話す時は目を見て話せ、目を見て! お前の視線が私の顔に向いてないぞ。私の目よりも約三十センチほど下じゃないか。それ以前にお前、もっと露出してるのをいつも見ているだろ。いい加減見飽きろよ。
「お前たち、いつの間に仲良くなったんだ?」
 私は心に沸き起こったセクハラ批判をおくびにも出さす、二人が知り合った経緯を質問する。
「いや~、偶然同じ講義を受けてましてね。それで……」
「はい!」
「そうか、それは良かったな。私は用があるので失礼するぞ」
「え~っ? 一緒にお昼食べましょうよ~」
 中目黒が縋るような目をする。
「嫌だ」
 そう言って、私は面倒そうな二人に別れを告げ、部活棟へと足を向ける。去り際に背後から二人が話す声が僅かに聞こえてきた。
「あの人、いつもはあんなに無愛想なの? お店で会った時はニコニコしてたのに」
「そりゃあチーフは接客のプロですから、笑顔だってプロ並みで、仕事以外でおいそれと魅せるわけにはいかないんですよ。でも、あのぶっきら棒な感じも素敵です!」
 うっっせえな。無愛想なのは生まれつきなんだよ。何より私は“この能力のおかげ”で人付き合いが昔から苦手なのだ。


 魔窟

 初等部から大学、果ては大学院まで、膨大な数のクラスと生徒数を誇る双葉学園の部活棟もまた巨大なものであった。
 どんなに怠け者を取り除いても必ず働くことを止めてしまう働き蟻が発生するように、一定規模以上のコミューンを形成すれば、はみ出し者は必ず現れる。
 それはこの双葉学園でも例外ではなく、優等生もいれば落ちこぼれも生まれるし、真っ当な部や同好会がある一方で、いかにも怪しげで活動内容すら分からないものが数多く存在していた。有名なところでは活動内容が甚だ不明で不穏すぎる野鳥の会だろう。よくもまあ、醒徒会が放っておくものだ。全くもって嘆かわしい。
 今、私が歩いている先にあるヒーロー研究開発部もそういった有象無象なきな臭いもののひとつ。戸口にぶら下がっている“HERO R&D”と書かれた看板が無闇に偉そうで腹立たしい。なーに横文字使ってんだよ。
 大体だな、研究はともかく、何を開発してるんだかどんな活動をしているのか良く分からんじゃないか、この特撮オタクが。全くもって胡散臭いことこの上ない。
 そんな差別的かつ不遜なことを思いながらその扉の前を通り過ぎようとしたその時だった。
「――っ!?」
 豪快に扉が開き、私はそれにぶつかり後ろに倒れてしまう。
 その扉に鼻を強かにぶつけた私は、ヒリヒリする鼻をさすりながら立ち上がろうとする。
 が……。世界がオカシイ。まるで霧の中にいるようで、目の前がぼやけてしまっている。なにも見えないではないか。
 ああ、転んだ勢いでメガネを落としてしまったのだな。これでは歩くこともままならない。メガネを探さないと。メガネメガネ……っと。

 パキッ!!

 おい、ちょっとまて、今変な音が後ろの方からしなかったか? 合成樹脂がなんらかの重みに耐えかねて粉砕したような音に近いな。ははは、気のせいに決まっている。さてメガネ、メガネと。一応、音のした方に振り向いてみる。するとそこには、巨大な物体がそそり立っていた。あれ? こんな所に柱なんてあったっけ?
「ゴメンゴメン、大丈夫か?」
 目の前にあるのは柱ではなく謝罪をするだけの知能と礼儀を弁えた常識的な人間のようだった。恐らく、扉を開けた張本人なのだろう。相当な粗忽者に違いない。その扉にぶつかってしまう私も粗忽者だが。
 いや、それよりもメガネだ。
「謝罪はいいとして、もうしわけないが、メガネを探してくれないか? 私はあれがないとまともに歩けもしないのだ。その辺に転がっているはずなのだが」
「いや、その……眼鏡なんだけどな……」
 そう言って、目の前にいる男らしきものは、私に何かバラバラになった物体を手渡す。
 何だコレ? ゆっくりと目に近づけ凝視する。なにやら長年愛用している見覚えのあるもので構成された物体のようだった。元の形は留めてないが。
「スマン!」
 男はもう一度謝る。な・る・ほ・ど・! 謝ったのはこれのことだったのかハハハハ……。
「――って、謝って済むかボケェェッ!!」
 私は大体この辺りだろうという大雑把な予測に基づき、奴の顔面に渾身の右ストレートをお見舞いする。こちらの拳が痛むほどの手ごたえがある。
 しかし、何故避けなかったんだこの男は。オーバーアクションなテレフォンパンチなんだから避ければ良いものを。
「痛ーっ……いや本当に申し訳ない」
 ほほう、なるほど謝罪の意味もあって避けなかったのか。中々どうして漢《おとこ》じゃないか。なにかと五人組で私の部下やラルヴァさんを袋叩きするアールディファイブとは大違いだ。
 しかし困ったな、これでは目的地に着けないではないか。
「どーしたの? 赤井君」
 どこからか可愛らしい女性の声が聞こえてくる。なんとなく聞き覚えがあるような気もしたが思い出せない。方向からしてヒーロー研究開発部の部室からだろう。
「いや、ちょっと彼女の眼鏡を壊しちまってさ……」
「まあ、大変! 赤井君は本当にドジね。ささ、こっちへ来て――もう、赤井君、そちらのレディをちゃんとエスコートしなさいよ」
「全く、桃瀬《ももせ》には敵わないなあ」
『あはははははっ!』
 な、なんだこのうすっ気味悪いサークルは……。何でこんなに気色悪いほどにさわやかなんだよ。新手の新興宗教か? 洗脳されないうちに早々に退出するのがよかろう。だが、メガネをなんとかしないといかんな。アジトに戻ればコンタクトがあるのだが。
「さあ、こちらに座って。貴方のメガネはウチの黒峰《くろみね》君が直してくれるわ。彼はね、物質を時間遡行させる能力者なの。うーん、ちょっと難しかったかな? 言ってみればドラ○もんのタイム風呂敷みたいなもんね」
「そ、それは私のメガネが直るということか?」
「ええそうよ」
「まあ、アイツに任せておけよ」
 私のメガネを踏み潰した男がバシバシと背中を叩く。しかし、どうにもコイツは暑苦しいなうざいことこの上ない。
「それはすまない」
「謝ることなんてないよー。だって、赤井くんが悪いんだからさ!」
 おや、さっきとは別の女性の声が聞こえてきたぞ。この声も聞き覚えがあるのだが、どうにも思い出せないな。ふむん。
「ちょっと時間が掛かるんで待っててくれよ」
 赤井と呼ばれた男が再び私の背を叩く。なんともなれなれしい男だ。お前、場所が場所ならセクハラで訴えられるぞ。一瞬でも評価した自分が口惜しい。
「どうぞー、インスタントコーヒーで申し訳ないんですけど」
「あ……ど、どうも」
 なんだ、不気味な新興宗教と思ったけど、結構いい人たちじゃないか。やっぱりアレだなあ。全ての無償の親切を頭から疑るという思考は止めた方がいいのかもしれないな。しかし、ここには何人いるのだろう? うーん……三人? それとも四人? 良く分からんなあ。
「そういえば、お名前聞いてませんでしたんね?」

 コーヒーを差し出してくれた女性が椅子に座りながら私に語りかける。あまり名乗りたくはないのだが、ここは名乗っておいた方がいいだろう。
「綱島といいます」
「そっかー、綱島さんかー、下の名前は?」
「菊奈……です」
「可っ愛いーっ! ねえ聞いた、赤井君、“き・く・な”さんだって! 菊奈!! 駅の名前みたいでカワイイよねー!」
 お前は私の軽く気にしていることを軽く袈裟切りにする才能があるな。悪かったな、私は神奈川出身だよ。この名前で小学生時代、“東急”とか“急行”とか呼ばれてどれだけイジめられたか……。
「私の名前は桃瀬、桃瀬飛鳥《ももせあすか》、あなたの眼鏡を壊しちゃったのが御馬鹿さんが赤井君で、向こうで直しているのが黒峰君よ。それとその隣……見えないと思うけど、いるのが黄土《おうど》さんよ」
「やほー」
 あさっての方向から桃瀬さんとは違う声が聞こえてくる。だが、その声の主がどんな人物はメガネのない私には確認することは出来なかった。
「ということで、よろしく、今日から友達だね!」
 そう言いながら桃瀬さんは私の手袋を付けた手を握ってくる。なんだろう、この人懐っこさは、私はこういうのが一番苦手なのだ。
「ところで、綱島さん、なにか部活とかに入っているの? 部活棟にきたってことはそういうことよね」
 桃瀬と名乗った人物とは別の女性がそう質問する。あーあ、これは確実に勧誘じゃないか。適当な部を名乗って逃げるという手もあるが……さて、どうしようか。
「いや、特にそういうものには……。どちらかというと部活ではなくボランティアに参加しているので」
「なんだよ、あれだけのパンチの持ち主だからウチに勧誘しようと思ったのによぉ」
「赤井君は黙ってて。へーそうなんだ。それってどんな活動をしているの?」
 くっそー、コイツ食いついてきやがった。スルーすると思ったのに。ここは適当な嘘ですり抜けるしかないな。
「ちょっと説明しづらいんですけど、あえて言えば『世界平和』のための活動といいいますか……」
「すばらしいぃぃぃっ! なんて素晴らしい行動なんだ。俺も常々世界平和には……」
 突然、そう言いながら赤井が私の手を握る。震えた声や鼻を啜るなどから、泣いているのかもしれない。
 なんだ、コイツ。本当に暑苦しいな、もうどっか行けよ。とりあえず、これ以上ウザそうなコイツの台詞を入力しないように自分の意識をコイツをシャットアウトすることにした。
「世界平和かー。あれね? マザーテレサとかそういう感じのかな?」
「ま、まあ、そうですね」
「実はね、私たちの部も平和のために頑張ってるのよ」
 ほう、チャラチャラお遊戯ごっこで遊んでいるワケではないのか。
「ただね、それを邪魔する人たちがいてさあ……」
「あーそれ分かります。私たちも活動を邪魔する心無い人たちがいますから」
 思わず、私はアールディフファイブの憎憎しい顔を思い出してしまう。拳が汗ばむ。
「へえ、そういう人ってどこにでもいるのねー。今度、そういう人たちが現れたら私に連絡してくださいよー! 力になれると思うから!!」
 いやいやどうして、桃瀬さんは良い子じゃないか。本当のことを話してアールディファイブの相手をしてもらおうかなあ。
「よーっ! 新しいのがようやく出来たぞー!」
 部室の扉が開き、いかにも軽薄そうな声が部室内に響き渡った。誰だよ?
「あ、青田《あおた》、ようやくユニフォームは出来たのかよ」
「ゆにふぉうむ?」
 その言葉に私はなんとなく嫌な予感を感じる。
「私たちの活動のための服ですよ。この前破れちゃったので、新調したんです。ほら、ここのロゴが格好いいでしょ?」
 彼女はそういって派手な色の衣装をこちらに見せる。なんか全身タイツっぽいぞそれ。
「誰? その人」
「綱島さんだよ、青田君。赤井君が彼女の眼鏡壊しちゃったから、黒峰君が直すまで待ってもらっているの」
「へー……あれ? でもどっかで会ったような気がするなあ。でも、思い出そうとすると、後頭部の傷が疼くのはどうしてだ?」
「見てくださいよ、綱島さん、ほら、このロゴがポイントなんですよー。ウチのリサーチ&ディベロップメントの頭文字のR《アール》とD《ディ》をあしらってるんです。格好良いでしょう?」
 あーる? でぃ? えーと……ちょっと待って、ちょっと待て。もしかしてここってさ……。そういえば、どいつもこいつもどこかで聞き覚えのある声をしてたよな。そう考えるとこれって?
「直った……」
 男性らしき声が聞こえてくる。ふう、この声には聞き覚えがないぞ。やっぱり、違うよな。もう、私ったら、うっかりさんだなー! 
 その聞き覚えのない声の主は私の目の前に直したメガネをそっと置く。
 私は彼に直してもらった眼鏡を手に取り、掛けることにした。
 そして、その目の前に広がっていた世界は……。


  裏返り

「なんで急いで帰っちゃったんだろうな、彼女?」
 アールディファイブのリーダーである赤井は開いたままの戸口を見つめながら、コーヒーを啜っていた。
「きっと用事があって、その時間に間に合わないと思ったんじゃないかな?」
 桃瀬が綱島の飲んだコーヒーカップを片付けながら、そう呟く。
「俺、あの人とどっかで会ったことあるんだよなー。思い出せないんだけど」
 青田が未だに残る後頭部の腫れを摩りながら、新しくできたユニフォームを嬉しそうにニヤニヤと眺めていた。
「そんなこと、どーでもいいじゃん」
 黄土がゲーム機で遊びながら、興味なさそうに突っ込みを入れる。
「お、俺、彼女に惚れたかもしれない……」
 年甲斐もなく頬を染めながら、赤井はそう呟いた。当然、部室にいる全員がそのあさってな方向の反応に驚きを隠さないでいた。
『はぁぁぁぁっ!?』
「おいおい、特別美人でもないし、取り立てて特徴のない顔立ちだぞ。一目惚れにしちゃあ出来が悪すぎる。ま、乳はでかいけどな」
 あまりのことに、思わず青田が小ばかにするように呆然としている赤井にツッコミを入れる。
「いや、彼女のパンチがさあ……。こう、胸にキュンときたんだよ。キュンとね……」
 そう言いながら、赤井は殴られた左の頬を愛しそうにさすっていた。

 終わり




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